「落ち込んでいる」と思うのが良くありません。
「落ち込んでいる」と思うたびに「自分は今、落ち込んでいる」と考えてしまい、虚無感が強くなります。
いわば、暗示です。
元気がないときは、無気力な歩き方になりがちです。
視線は下を向いていて、歩き方もとぼとぼしていて、足を引きずるかのようなリズムの悪さです。
元気がなくて気分が沈んでいるときは、自然と歩き方にも反映されます。
一概に引きこもるのが悪いことではありません。
皇室のご先祖の神様といえば、天照大神です。
天照大神には素戔嗚尊という弟がいましたが、粗野な性格で力も強く、いつも粗暴な振る舞いが目立っていました。
人から注意を受けたとき「怒られた」と思って落ち込んでいる人がいます。
相手の注意の仕方にもよりますが、優しく丁寧に注意を受けたのなら落ち込む必要はありません。
それは「怒られた」ではなく「叱られた」というほうが正しいからです。
あなたには友人が何人いますか。
人生では調子のいいときがあります。
あなたの調子がいいときは、きっと大勢の人に囲まれるでしょう。
あなたの進む道には、多くの邪魔が登場します。
邪魔とけんかしても、お互いが傷つくだけです。
邪魔を恨んでも、自分が苦しむだけです。
泣くときは思いきり泣きましょう。
我慢はご法度です。
泣くことを我慢していませんか。
人間は、感情的な生き物です。
落ち込めることにも、感謝しなければいけません。
地球上では、感情を持たない生き物がほとんどです。
落ち込んだときは、肉を食べましょう。
落ち込みと肉は関係ないように思えますが、深いところでつながっています。
肉は、人の気持ちに作用することが医学的に確認されています。
考え方をポジティブにしたければ、スピードを上げましょう。
行動のスピードを上げると、それだけでテンションが上がります。
朝に目が覚めたら、ゆっくりではなく、さっと起きる。
自分のダメなところを探すと、落ち込みます。
学校教育の名残でしょうか。
ダメなところを探し、なんとかしなければいけないと思いがちです。
落ち込んだときは、気分転換をしましょう。
興味のある本を読む。
気になる映画を見る。
「気持ちが落ち着かない」
そんなときは、ろうそくを1本取り出しましょう。
ろうそくに火をつけて、じっと見つめるのです。
座っているとき、足を広げていませんか。
足を広げたほうが、ゆったりして楽かもしれませんが要注意。
それは、横柄になる習慣です。
なぜ、幸せを感じないのか。
その理由は、感謝が足りないせいかもしれません。
自分の利益や欲ばかりを考えていれば、幸せになりそうに思えますが、逆です。
感覚があるうちは、まだ大丈夫です。
痛い・つらい・悲しい・苦しい。
正常な感覚があり、まだ感覚が残っています。
つらいことがあってひどく落ち込んでいるときは、食欲がなくなります。
まさに「元気がゼロ」の状態です。
そんなときは「何も食べたくない」と思うもの。
落ち込んでいるときは、心も体も冷たくなっています。
そんなときに活用したいのは、温かい缶ジュースです。
落ち込んだときには、温かい缶ジュースを買いに行きましょう。
落ち込みからすぐ回復できる方法があります。
ジョギングです。
ジョギングをしながら落ち込む人はいません。
カレーは、スパイスがあると、いっそう楽しめます。
スパイスがなくてもカレーは楽しめますが、あったほうが、さらに楽しめます。
少量でも、その役割は重要です。
夏場に苦しめられる天気と言えば、台風です。
台風とは、最大風速が毎秒17.2メートル以上に発達した熱帯低気圧のことを指します。
台風は、いつ発生するかわかりませんが、確実にあるのはたしかです。
行き止まりと思っている壁。
もうこれ以上、先に進めません。
叩いても押しても引いても、動く様子はありません。
人間は、どんなときに反省するのでしょうか。
楽しんでいるときや喜んでいるときには、意外と反省はしません。
何も悪いことが起こっていないので、反省する必要もありません。
こう考えてみましょう。
「落ち込みを楽しんでみよう」と。
元気がなくて、それどころではないと思うかもしれません。
落ち込みを、敵と考えていませんか。
自分を苦しめる、もやもやした存在。
たしかに不快な気持ちにさせるため、敵のように感じるかもしれません。
元気がないときは、少し上を向いて深呼吸をしましょう。
下を向いてはいけないのです。
下を向くと、気持ちも下がったままになります。
人はなぜ悔しい気持ちになるのでしょうか。
それは、挑戦したからです。
「このままではいけない」と思い、新しいことに挑戦しました。
多くの人が気にするのは、結果です。
勝つか、負けるか。
早いか、遅いか。
失敗すると、落ち込みます。
その落ち込みをどうするかです。
落ち込んでいると友人や知人から「どうしたんですか」と、声をかけられることがあります。
つらいことがあったときは落ち込みます。
つらいことであればあるほど、落ち込みもひどくなります。
表情から笑顔が消えて、死んだような顔つきになります。
「落ち込んでいる」と思うのが良くありません。
「落ち込んでいる」と思うたびに「自分は今、落ち込んでいる」と考えてしまい、虚無感が強くなります。
いわば、暗示です。
「落ち込んでいる」と思うから、余計に落ち込むのです。
「元気が出てきた」と考えることです。
わくわくすることを考えましょう。
「理由もないのに『元気が出てきた』なんて考えられない」と思う人もいるでしょう。
「元気が出てきた」と考えられることに、元気を出すのです。
まずポジティブな考え方に触れることができたことを素直に喜びましょう。
前向きに考えられるのは、素晴らしいことです。
「元気が出てきた」と考えるだけでも、立派なポジティブ思考です。
暗示の力も、時には有効です。
あなたは、どんどん元気になります。
悪い暗示はよくありませんが、良い暗示なら、時には人生に素晴らしい力を発揮します。
元気がないときは、無気力な歩き方になりがちです。
視線は下を向いていて、歩き方もとぼとぼしていて、足を引きずるかのようなリズムの悪さです。
元気がなくて気分が沈んでいるときは、自然と歩き方にも反映されます。
落ち込んでいるのでいるので当然のことではありますが、これが良くありません。
下を向いてとぼとぼ歩いていると、なかなか落ち込みから抜け出せません。
下を向いていると、心のベクトルも下向きになります。
地面ばかりが目について、光が視界に入ってきません。
元気のない歩き方をしていると、元気のない刺激が筋肉から脳に送られます。
とぼとぼ歩いていると、なかなか気分もテンションも落ちたままになります。
落ち込みから抜け出そうにも難しいのです。
少しでも落ち込みから早く抜け出したいなら、前を向いてさっそうと歩きましょう。
落ち込んでいるときは体がだるくてそんな元気はないかもしれませんが、ほんのちょっとだけ気力を振り絞ってください。
大切なことは「生き生きした歩き方をする」ということです。
目線を上げて、前を向きましょう。
ぴんと背筋を伸ばして、テンポよく歩きましょう。
演技でもいいので、歩き方だけでも「ポジティブ」を表現することです。
前を向けば、目に明るい光が飛び込んできます。
美しい景色が視界に入り、いろいろな刺激が飛び込んでくるようになる。
テンポよく歩けば、血行が良くなって体がぽかぽか温まってきます。
心のエンジンがかかって、不思議と明るい気分が広がってくるから面白い。
前を向いてさっそうと歩けば、あっという間に落ち込みから抜け出せるのです。
歩く機会は日常の中に点在しています。
お手洗いに行くとき、買い物に行くとき、登下校や出退勤のとき。
長い距離はもちろん、短い距離でもいいのです。
10歩でも10秒でも歩く機会があればチャンスです。
歩くときは、ぜひ前を向いてさっそうと歩いてください。
自分を励ますつもりでもいいのです。
前を向いてさっそうと歩けば、あっという間に落ち込みから抜け出せます。
一概に引きこもるのが悪いことではありません。
皇室のご先祖の神様といえば、天照大神です。
天照大神には素戔嗚尊という弟がいましたが、粗野な性格で力も強く、いつも粗暴な振る舞いが目立っていました。
しかもいたずらが好きで、天照大神は日頃からずいぶんと悩まされていました。
そんなある日、天照大神は「もう我慢できない。限界だ!」ということで天の岩屋戸に引きこもりました。
神様が引きこもったため、世の中は光を失い、真っ暗になります。
このままではいけないということで、八百万の神様は天の岩屋戸から出てくるよう、あれこれ知恵を出します。
岩屋戸の前で踊ったり歌ったり手を叩いたりなどどんちゃん騒ぎをして、にぎやかな雰囲気を演出しました。
しばらく引きこもっていましたが、天照大神は外のにぎやかな様子が気になり、天の岩屋戸から出てくることになります。
これが有名な天の岩屋戸神話です。
神話といえば聞こえはいいですが、言い方を変えれば「日本史上初の引きこもり事件」「最も有名な引きこもり伝説」です。
「引きこもる」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いですが、一概には言えません。
あの天照大神でさえ引きこもったのですから、私たち人間も限界のときは引きこもるのもありです。
限界のときは、しばらく部屋にこもって、ひたすら寝まくることです。
あらゆる刺激も情報もシャットアウトです。
何もしない時間を過ごすことも大切です。
しばらく外の世界と断絶した時間を過ごすのも悪くありません。
天照大神のように、限界のときは堂々と引きこもればいいのです。
ここに罪悪感は必要ないのです。
ただし、ずっと引きこもったままでは良くありません。
落ち着くまでの一時退避です。
普段の自分を取り戻すまでの休憩であり、人生の夏休みです。
また元気を取り戻したら、きちんと表に出て、日常活動に戻ることが大切です。
「絶対引きこもってはいけない」より「引きこもることもあっていい」と考えるほうが、人生を生きやすくなります。
人から注意を受けたとき「怒られた」と思って落ち込んでいる人がいます。
相手の注意の仕方にもよりますが、優しく丁寧に注意を受けたのなら落ち込む必要はありません。
それは「怒られた」ではなく「叱られた」というほうが正しいからです。
「怒る」と「叱る」は違います。
怒ることは、感情の爆発です。
感情を相手にぶつける行為であり、一種のストレス発散になっています。
怒る状態のときは、乱暴な言い方や汚い言葉遣いが目立っていて「自分のため」になっているのが特徴です。
叱ることは、相手に諭すことをいいます。
理性をコントロールされていて、むやみに感情をぶつけることはありません。
静かで淡々とした口調になっていて、冷静な状態があります。
言葉のすべてが「相手のため」になっているのが特徴です。
「怒る」と「叱る」は似て非なるものです。
怒ることは「個人的感情」がベースであり、叱ることは「愛情」がベースです。
怒ることは「自分のための行為」であり、叱ることは「相手のための行為」です。
それぞれ別物であるため、きちんと区別することが大切です。
人から注意を受けたとき、冷静に振り返ってみてください。
相手は、怒っているのではなく、叱っているだけではありませんか。
叱られたことを怒られたと誤解しているなら、今すぐ認識を改めてください。
叱られたことを怒られたことと勘違いしていると、相手を悪く誤解しかねません。
怒られるのは嫌なことですが、叱られるのはありがたいことです。
わざわざ悪いところを無償で教えていただけました。
親であれ上司であれ先輩であれ、叱ってくれる人は神様です。
叱られることはあなたの成長につながります。
落ち込む必要はなく、相手に感謝が必要です。
きちんと悪いところを直して、次に生かせばいきましょう。
叱られることは、幸せなことなのです。
あなたには友人が何人いますか。
人生では調子のいいときがあります。
あなたの調子がいいときは、きっと大勢の人に囲まれるでしょう。
呼ばなくても、向こうから人が寄ってきます。
調子がいいときは、その話題に乗ったり運にあやかったりしようと、多くの人が寄ってくるもの。
多くの人に囲まれて、人気者の気分を味わい、幸せと思うでしょう。
しかし、普段は仲良しの友人関係でも、自分にトラブルが起こると、急に対応が変わります。
自分の周りを囲んでいた友人たちが、さっといなくなるのです。
「面倒なトラブルにかかわるのは嫌だ」と警戒して、距離を置きます。
あるいは、そそくさと逃げていきます。
「助けてくれ」と言っても「急ぎの用事を思い出した」などと言われ、助けてくれません。
昨日まで仲の良かった人に連絡しても、音信不通です。
気づくと、多くの友人を失っているのです。
多くの友人を失ったと思いますが、そうではありません。
そもそも最初から友人ではなかったのです。
友人のように見えた、知り合いでした。
多くの人が離れていく中、最後に残ってくれる人がいます。
その人が、本当の友人です。
その友人を一生大事にしてください。
トラブルがあっても、あなたを見捨てなかった友人に感謝しましょう。
トラブルのときに応援してくれた人こそ、本当にあなたを考えてくれている人です。
あなたの人生において、お金以上に価値のある財産です。
あなたの進む道には、多くの邪魔が登場します。
邪魔とけんかしても、お互いが傷つくだけです。
邪魔を恨んでも、自分が苦しむだけです。
大切なことに気づいてください。
あなたの行く手を阻むものがあれば、こう考えましょう。
あなたを邪魔しているのではなく、鍛えてくれていると。
筋トレにはダンベルが必要であるように、あなたの成長にも、ダンベルのような存在が必要です。
短期的に見れば、たしかに邪魔しているように見えるでしょう。
しかし、長期的に見れば、あなたの邪魔をしているものこそ、あなたを助けてくれているのです。
直接邪魔をしていても、人生の長い目で見ると、気力・体力・精神力を鍛えてくれ、成長に役立っています。
これに気づけば、世の中に邪魔はなくなります。
すべて、自分の成長のためになる存在であるとわかります。
邪魔があるから、諦めるのではもったいない。
邪魔があるからこそ、突破しましょう。
「登場しましたね。負けませんよ」と大きく息を吸って、立ち向かいましょう。
あなたは今、生まれ変わりました。
一皮むけるチャンスです。
目の前に立ちふさがっているものは、あなたを邪魔しているのではなく、鍛えてくれているのです。
泣くときは思いきり泣きましょう。
我慢はご法度です。
泣くことを我慢していませんか。
涙がこらえながら泣いたり、声が出ないように泣いたりです。
たしかに泣くことはちょっと恥ずかしく感じるかもしれません。
見苦しい姿をさらすようで抵抗を感じる人が多いもの。
「情けない」「弱々しい」「大人らしくない」など、泣くことにネガティブな印象を持つ人もいるのではないでしょうか。
しかし、泣くことを我慢していると、希少なチャンスを生かせません。
泣くことは、ストレス解消効果が抜群です。
涙には「コルチゾール」と呼ばれる副腎皮質ホルモンが含まれています。
コルチゾールは別名「ストレスホルモン」とも言われていて、ストレスを大きく低下させる作用があることで知られています。
たっぷり泣いた後、気分がすっきりするのはそのためです。
そのため泣けば泣くほどストレス解消効果が得られます。
たくさん泣けば泣くほどストレスを解消できるというのに、無理に涙を我慢しては十分な効果が得られません。
泣くことは、爽快な気分が得られる絶好のチャンスです。
泣くことは、いつでもどこでもできることではありません。
悲し涙はもちろん、うれし涙や悔し涙も流すときも、常にあるわけではなくシチュエーションが限られます。
泣ける本も泣ける映画も泣ける音楽も限られていて、いつでも出会えるわけではありません。
泣ける作品でも、繰り返すにつれて慣れてきて、だんだん泣けなくなることもあります。
だからこそ、泣くときは思いきり泣くのです。
思いきり泣くことは、思いきりストレスを解消させることです。
たっぷり泣いて感情を解放させてください。
泣くのを見られるのが恥ずかしいなら、人目のつかないところに移動しましょう。
トイレの個室や自分の部屋などプライベートな環境であれば、人に見られる心配はありません。
泣き声を聞かれるのが恥ずかしいなら、自分の部屋がベストです。
大声をあげて泣くのも良し。
大粒の涙をぼろぼろこぼして泣くのも良し。
1粒でもたくさん涙を流すことです。
涙腺を緩めて、涙が枯れてしまうほどたっぷり泣いてください。
しっかり泣くと、しっかりストレスが解消されて、気分もすっきりします。
たっぷり泣いた後のあなたは、新しく生まれ変わっているのです。
人間は、感情的な生き物です。
落ち込めることにも、感謝しなければいけません。
地球上では、感情を持たない生き物がほとんどです。
空を飛ぶ鳥類や、水中を泳ぐ魚類、草むらで這い回るは虫類には、感情がありません。
それに比べると、落ち込めるだけで素晴らしいことです。
落ち込めるのは、高度に発達した脳があるおかげです。
こう考えてみてください。
落ち込んでいるときは、自分を反省したり、人生の意味を考えたりする機会であると。
八方ふさがりの状態だから「なぜだろう。どうすればいいのだろうか。別の方法はないだろうか」と必死で考えます。
苦痛や束縛から逃れようとするとき、人間は、未来を切り開くすさまじい思考力を発揮します。
普段は考えないことまで深く考えるため、人生の理解を促す機会になるのです。
そのため、よく落ち込む人は、思考力の成長スピードも速くなります。
芥川龍之介や太宰治など、文学者たちの多くは、よく落ち込むタイプばかりです。
ゲーテは、失恋で落ち込んだパワーを作品に発揮しました。
落ち込める感情があるから、私たち人間の知性を高めることができます。
時には、落ち込むことは大切です。
いつも落ち込んでばかりではいけませんが、人生ではなくてはならない感情です。
落ち込んだときは、肉を食べましょう。
落ち込みと肉は関係ないように思えますが、深いところでつながっています。
肉は、人の気持ちに作用することが医学的に確認されています。
落ち込んでいるときは、脳の中で、ある物質が不足しかけている可能性があります。
その物質とは「セロトニン」と「ドーパミン」です。
脳内神経伝達物質であるセロトニンとドーパミンは、別名「幸せ物質」とも呼ばれています。
セロトニンは、歓喜や快感を伝え、精神を安定させる働きがあります。
ドーパミンは、気持ちを奮い立たせ、興奮の伝達に重要な働きがあります。
普通は、セロトニンとドーパミンが正常に分泌されることで、幸せな気持ちも感じることができます。
ところが、セロトニンとドーパミンが不足していると、普通に感じるはずの幸せな気持ちが感じにくくなるのです。
セロトニンとドーパミンの材料は、肉です。
きちんと肉を食べていますか。
肉が不足すると、セロトニンとドーパミンも不足気味になります。
情緒が不安定になり、落ち込みやすくなったり、幸せを感じにくくなったりするのです。
落ち込み気味の人は、肉をしっかり食べましょう。
幸せ物質であるセロトニンとドーパミンは、タンパク質からつくられるため、肉が大切です。
肉は良質のタンパク質で、健康にも欠かせません。
タンパク質は、筋肉・内臓・皮膚・爪・毛髪など、人の体をつくるのに不可欠な栄養素です。
1日に必要なタンパク質は「体重×1グラム」とされています。
たとえば、体重が60キロの人は、タンパク質は60グラムほど、必要になる計算です。
体重の「キロ」を「グラム」に置き換えると、1日に必要なタンパク質の量を簡単に計算できます。
気持ちを安定させるためだけでなく、健康的な生活のためにも、落ち込んだときは、肉を食べましょう。
考え方をポジティブにしたければ、スピードを上げましょう。
行動のスピードを上げると、それだけでテンションが上がります。
朝に目が覚めたら、ゆっくりではなく、さっと起きる。
通勤通学のときは、のろのろではなく、きびきび歩く。
仕事は、だらだらではなく、てきぱき対応する。
会議にも、制限時間を設ければ、話し合いが活性化するでしょう。
情報収集も、スピードを意識すると、前向きな考え方で吸収できるようになります。
スピードを心がけると、体の動きが速くなり、全身の血流量が増加します。
その結果、脳をめぐる血液の量も増え、脳の力が活性化するのです。
スピードを心がけると脳の回転も速くなり、考え方が積極的かつ建設的になります。
恥ずかしいことでさえ、スピードを意識すると緩和されます。
感じる余裕を与えないため、恥ずかしさをかき消してくれるのです。
さらにスピードには、疲れを感じにくくさせたり、眠気を吹き飛ばしたり、運を高めたりする効果もあります。
恐るべき、スピードの力。
スピードには、至れり尽くせりの効果があります。
ネガティブなときは、少し忙しくなったほうが、ポジティブでいられます。
気持ちが落ち着いたら、また普段どおりのペースに戻せばいいのです。
自分のダメなところを探すと、落ち込みます。
学校教育の名残でしょうか。
ダメなところを探し、なんとかしなければいけないと思いがちです。
「体力がない」
「計算が遅い」
「恋愛が怖い」
「運動神経が鈍い」
「人前で話すのが苦手」
ダメなところは誰にでもあるため、探せば必ず見つかります。
ダメなところを探す習慣があると、最終的に落ち込むことになるのです。
しかもダメなところは、努力しても、なかなか克服できません。
生まれつき不得意なことは、努力をしても、克服できない場合が多い。
克服できないから、余計に自分が情けないと思い、さらに落ち込むのです。
ダメなところを探すのはもうやめましょう。
不毛であり、生産的でも建設的でもありません。
今日から、いいところを探すようにしましょう。
いいところを探すようにすると、元気が出ます。
「料理が得意」
「字がきれいに書ける」
「歌を歌うのがうまい」
「歴史なら誰にも負けない」
「計画を立てるのが上手」
仕事に役立つかどうかなんていいのです。
今は、自分のいいところを探しましょう。
いいところも探せば、必ず見つかります。
ダメなところは誰にでもあるように、いいところも誰にでもあります。
すると、意外にたくさんの強み・得意・魅力があることに気づくでしょう。
ちっぽけな自分にも、素晴らしい価値があることに気づきましょう。
「まだまだ自分は捨てたものではない」と思い、生き生きした活力がみなぎってくるのです。
落ち込んだときは、気分転換をしましょう。
興味のある本を読む。
気になる映画を見る。
お気に入りのゲームを楽しむ。
友人と電話で思いきりおしゃべりを楽しむのもいいですね。
今までとは違ったことをすれば、心身の疲れが癒やされ、活力を取り戻せるでしょう。
さて、気分転換をするとき、1つ、約束事があります。
気分転換をするときは、あらかじめ終わりの基準を決めておきましょう。
たとえば、楽しむ量や休む時間などをあらかじめ決めておきます。
気分転換は、適度が重要です。
はまると、今度は抜け出せなくなることがあります。
終わりの基準をつくらずにゲームを始めると、やめるべきタイミングがわからず、歯止めがかからなくなります。
「もう少しだけ。あとちょっと」を繰り返しているうちに、日が暮れているに違いありません。
気づけば、長い時間が過ぎているのです。
本も映画もおしゃべりも、終わりの基準を決めておきましょう。
1冊だけ本を読む。
1本だけ映画を見る。
1ゲームだけプレイする。
1時間だけ話をする。
終わりの基準を決めておけば、気分転換にはまることはありません。
あくまで目的は気分転換です。
もしスムーズに目的が達成できれば、予定より早く切り上げるのもいいでしょう。
適度に楽しむのが、気分転換とうまく付き合うコツです。
「気持ちが落ち着かない」
そんなときは、ろうそくを1本取り出しましょう。
ろうそくに火をつけて、じっと見つめるのです。
見て何をするのかというと、何もしません。
何も考えず、ぼんやりしながら、ただ炎を見つめましょう。
ぼうっとするのです。
しばらくすると、乱れていた気持ちが、次第に落ち着いてくるはずです。
ろうそくの炎は、止まっているようで止まっていません。
規則的に動いているように見えますが、よく見ると、不規則に動いていることがわかるでしょう。
この動きが、何とも心地よいのです。
まるで私たちに何かを語りかけてくれているようです。
この不規則な揺れのことを「f分1ゆらぎ」と呼びます。
不規則にゆらゆら動くろうそくの炎は、アルファ波の発生を促し、あなたの心を落ち着かせてくれます。
邪念が取り除かれ、澄み切った心に戻してくれるでしょう。
ろうそく1本の炎だけで、私たちの心が安定するのですから不思議です。
座っているとき、足を広げていませんか。
足を広げたほうが、ゆったりして楽かもしれませんが要注意。
それは、横柄になる習慣です。
体と心には、つながりがあります。
横柄だから両足を広げるのではなく、両足を広げるから横柄になります。
だらしない態度をすると、だらしない刺激が脳に伝わり、だらしない気持ちにさせるのです。
両足を閉じてみてください。
きゅっと両足を閉じて、膝と膝をくっつけて、椅子に座ってみましょう。
すると、心境に変化が現れるはずです。
さっきまで横柄だった気持ちが引き締まり、心が謙虚になるはずです。
姿勢も良くなり、礼儀正しい印象が強くなるでしょう。
たったこれだけで、人は謙虚になれるのです。
なぜ、幸せを感じないのか。
その理由は、感謝が足りないせいかもしれません。
自分の利益や欲ばかりを考えていれば、幸せになりそうに思えますが、逆です。
自分のことばかり考えていると、感謝を忘れ、人間は不幸せになります。
今生きているのは、多くの支えのおかげです。
あなたが生まれたのは、あなたを産んだ両親がいるおかげです。
今使っている道具は、どこかでつくってくれた人がいるおかげです。
肉を食べることができるのは、命を落とした動物がいるおかげです。
人は、1人では生きていけないとは、こういうことです。
間接的に、数多くの存在から助けられています。
では、そんなお世話になっている存在に感謝を伝えましょう。
感謝の手段は、何でもかまいません。
言葉で伝えてもいい。
手紙を書いてもいい。
できるだけ具体的な手段のほうがよく伝わります。
特にお世話になっている人には、季節の折りに贈り物をして、感謝を形で表現すると喜ばれます。
わざわざ身銭を切った贈り物は、格別の価値があります。
言葉で意思疎通のできない存在なら、心で「ありがとう」と思うだけでもかまいません。
感謝とは「ありがとうございます」と言うだけの行為ではありません。
感謝とは、自分の幸せを再確認する行為でもあります。
感謝を伝えれば伝えるほど「何て自分は恵まれているのだろう」という事実に気づけます。
すると「人生は素晴らしい」「光で満たされている」「こうしてはいられない」と思うはずです。
元気とやる気に満ちあふれ、何かをしたくなってむずむずするでしょう。
何でもいいから、今すぐ何かに感謝しましょう。
それが、幸せになる第一歩です。
幸せを感じるから、感謝するのではありません。
感謝をするから、幸せを感じるのです。
感覚があるうちは、まだ大丈夫です。
痛い・つらい・悲しい・苦しい。
正常な感覚があり、まだ感覚が残っています。
たしかに不快な感覚で大変でしょうが、本当の末期症状ではありません。
本当に怖いのは、急に感覚がなくなったときです。
痛みがない。
つらくもない。
悲しみがない。
苦しみもない。
現状が改善した結果、不快感がなくなるならいいのです。
しかし、現状は変わらないにもかかわらず、急に感覚が消えたなら要注意。
麻痺した状態になれば、い良いよ末期症状です。
あらゆる感覚が限界に達して、もはや処理しきれない状態です。
急に何も感じなくなったときこそ、あらゆることを中断するべきです。
崖から落ちる一歩手前。
急に感覚がなくなったときこそ、緊急事態です。
ここまで来ると、一刻も早く手を打つことが大切です。
事態を軽んじていると、解決できる問題も解決できません。
今すぐ休んで、正常な状態を取り戻しましょう。
自分で正しい判断ができなければ、身近な人に相談するのも得策です。
つらいことがあってひどく落ち込んでいるときは、食欲がなくなります。
まさに「元気がゼロ」の状態です。
そんなときは「何も食べたくない」と思うもの。
食べる元気すらないでしょう。
何か食べようとしても、食事が喉を通らないもの。
わんわん泣いたり、あるいはただぼうぜんと虚無感にさいなまれたりして、何も食べない時間が過ぎていくでしょう。
ひたすら空虚な時間が過ぎていきます。
ところが、しばらくすると「ある不思議な感覚」に気づくはずです。
しばらくすれば、おなかがぐうぐう鳴り始めます。
元気はないが、腹は減るのです。
「おなかが鳴っているだけ」と思うだけかもしれません。
ここがポイントです。
単なる空腹ではありません。
体からの励ましです。
おなかから聞こえる「ぐうぐう」という音は、体からの切実な訴えです。
おなかが発する声を翻訳してください。
「何も食べないと元気が出ないよ。そんなに落ち込んでいないで、お願いだから何か食べて! 早く元気を取り戻して!」
おなかが訴えかけています。
なけなしの力を振り絞ってあなたを励ましています。
どんなに落ち込んでも腹が減るのは、どんなときでも体はあなたの味方ということ。
体からの励ましに気づいてください。
「おなかがすいたけど何も食べない」と頑固になるのは良くありません。
「おなかがすいたから何か食べよう」と素直になってください。
体からの励ましを、ありがたく受け入れてください。
腹が減ったら何か食べましょう。
おいしいものを食べるのも良し。
消化にいいものを食べるのも良し。
食事が喉を通らないなら、固形物ではなく、水気を多く含んだ柔らかい食べ物がいいでしょう。
おかゆ、お豆腐、ヨーグルト、くず湯、ジュース、野菜スープ。
もちろんアイスクリームもOKです。
何でもいいから食べてください。
食べると体に糖分が供給されます。
体からパワーが出て、動く力が湧いてくるでしょう。
頭の働きが良くなって、次第に暗い気持ちが消えていくでしょう。
食べることは生きることです。
何かを食べれば、心も体も元気になります。
肉体的にも精神的にも、パワーが出やすくなります。
「空腹」という体からのサインには素直に従いましょう。
腹が減るのは、未来に向かって突き進めというサインです。
落ち込んでいるときは、心も体も冷たくなっています。
そんなときに活用したいのは、温かい缶ジュースです。
落ち込んだときには、温かい缶ジュースを買いに行きましょう。
温かい缶ジュースは、喉の渇きを潤す以外に、心を温める使い方もあります。
温かい缶ジュースを買って、ほほに当ててみましょう。
冷たいものではなく、温かいのがポイントです。
缶ジュースのぬくもりがほほから伝わり、心までじわじわ温かくしてくれます。
次に、缶ジュースを開けて、少しずつ飲んでいきましょう。
甘みには、リラックス効果があります。
ほど良い甘みが口に広がり、さらに肩の力が抜け、気持ちが落ち着くでしょう。
じわじわ明るい気持ちが戻り、前を向く元気が出てくるはずです。
しばらくすれば「なんとかなるだろう」と楽観的になっているに違いありません。
落ち込んだときこそ、温かい缶ジュース。
温かい缶ジュースは、落ち込んだあなたの味方なのです。
落ち込みからすぐ回復できる方法があります。
ジョギングです。
ジョギングをしながら落ち込む人はいません。
ジョギングをしているときには、走ることに必死になっているため、落ち込む暇はありません。
体を動かすことは、元気になること。
積極的に体を動かすと、体中の血液の循環が良くなります。
たくさんの酸素を吸い込むことで、脳は活性化され、ポジティブ思考のスイッチが入ります。
走りながら移り変わる景色を見れば、いい気分転換にもなるでしょう。
ほんの少しでもジョギングをすれば、次第に心持ちが晴れやかになるはずです。
ほんの10分でもかまいません。
ジョギングの素晴らしいところは、開始すれば、すぐ効果が実感できることです。
走り始めてまもなくすれば、気持ちが高揚している自分に気づくでしょう。
速く走る必要はなく、ゆっくりとしたジョギングでも、十分効果があります。
ちなみに、にこにこしながらジョギングすると、さらに効果的です。
ジョギングが終わるころには、テンションが高くなっていて、落ち込みから回復しているに違いありません。
疲れているはずなのに、むしろ元気が出ているのです。
カレーは、スパイスがあると、いっそう楽しめます。
スパイスがなくてもカレーは楽しめますが、あったほうが、さらに楽しめます。
少量でも、その役割は重要です。
スパイスのぴりりとした独特の風味が、カレーのからさを引き立て、いつも以上にカレーがおいしくなるのです。
人生も同じです。
落ち込みは、人生のスパイスです。
なくてもいいのですが、あったほうが、もっと人生を豊かにできます。
落ち込んでいるときは、普通に元気な状態がうらやましく思えます。
元気な人が、まぶしいくらい輝いて見えるでしょう。
落ち込んでいるときに、落ち込んでおくことです。
落ち込んでいるときの気分は、落ち込んでいるときしか味わえません。
真っ暗なところにいるのも、悪いことばかりではありません。
真っ暗なところにいると、小さな光でもよく目立ち、まぶしいくらいに感じます。
落ち込む経験があるからこそ、回復したとき、当たり前の幸せがいっそう引き立ちます。
今までは何とも思わなかった当たり前のことでも、貴重であることに気づくはずです。
落ち込んでいるときは、何でもない日常の素晴らしさに気づく機会と考えましょう。
夏場に苦しめられる天気と言えば、台風です。
台風とは、最大風速が毎秒17.2メートル以上に発達した熱帯低気圧のことを指します。
台風は、いつ発生するかわかりませんが、確実にあるのはたしかです。
ある日突然現れて、強い勢力でゆっくり近づいてきます。
一度発生すると、猛烈な勢いで苦しめられます。
強い暴風雨のため、外出するにも一苦労。
交通機関が乱れたり、停電があったり、家の一部が破損したりなど、生活に支障が出る場面が目立ちます。
しかし、しばらくすると、通り過ぎていきます。
通り過ぎれば、また普段どおりの生活が待っています。
しかも、たいてい台風が過ぎ去った直後は、きれいな青空が広がります。
「あの暴風雨は何だったのだろう」と思うのです。
落ち込みも、台風のようなものです。
確実にある、不定期なイベント。
台風がやってきているときと同じように、落ち込んだときも、できるだけ無理をしないのがポイントです。
「またやってきたな。今回も激しい。しばらく我慢すれば、通り過ぎるだろう」
あまり難しく考えすぎず、そういうものだと考え、じっと待っていましょう。
耐えて、耐えて、耐えるのです。
耐えている間は、本を読んだり映画を見たりなど、あまり無理をしない範囲で行動しましょう。
しばらくすると通り過ぎ、いつものような生活に戻ります。
そして、落ち込む前より元気な状態になり「あの苦しさは何だったのだろう」と思うのです。
行き止まりと思っている壁。
もうこれ以上、先に進めません。
叩いても押しても引いても、動く様子はありません。
仕方なく引き返そうとしますが、そのとき、壁の隅に何か見えました。
ドアノブです。
目の前にある壁は、実は単なるドアでした。
ドアノブが見えなかったので、壁だと思い込んでいました。
ドアノブを回せば、ぴくりともしなかった壁が、ぱかっと開きました。
あっけなく開いた様子を見て、今まで壁を壊そうとしていた苦労は何だったのかと思うのです。
思い込みは怖い。
思い込んでいることが正しければいいのですが、間違っていれば、面倒なことになります。
間違って思い込んでいると、事実を誤認して、余計な遠回りをしています。
もし壁だと思い込んで引き返していれば、きっと違った人生を送っていたでしょう。
あなたの目の前にある壁も、実はドアではないでしょうか。
ドアノブに気づいていないので、壁だと思い込んでいるだけです。
叩くのではありません。
押したり引いたりするのでもありません。
ドアノブをよく探してください。
ドアノブは、いつもの場所にあるとは限りません。
ドアの上のほうかもしれませんし、下のほうかもしれません。
ドアノブを見つければ、ぴくりともしなかった壁が、ぱかっと開くのです。
人間は、どんなときに反省するのでしょうか。
楽しんでいるときや喜んでいるときには、意外と反省はしません。
何も悪いことが起こっていないので、反省する必要もありません。
喜びや嬉しさで頭がいっぱいになり、ほとんど反省はしないでしょう。
うまくいっているときは、気分こそいいかもしれませんが、成長という意味では物足りないのです。
反省は、落ち込んでいるときにするものです。
試合で負けたとき。
試験で悪い点を取ったとき。
仕事で失敗したとき。
人間関係がこじれたとき。
何か思いどおりにいかないことがあって落ち込んでいるとき、反省します。
しかし、反省するからこそ、自分の悪い点に気づけ、改善するチャンスになります。
もう二度と同じ苦しみを味わいたくないので、改善も本気になって取り組みます。
人間は、落ち込んでいるときこそ、よく反省できます。
落ち込んでいる数だけ、成長すると言っても過言ではありません。
よく落ち込む人が、いちばん成長するのです。
こう考えてみましょう。
「落ち込みを楽しんでみよう」と。
元気がなくて、それどころではないと思うかもしれません。
難しいかもしれませんが、頭を柔らかくして、発想を変えてみてください。
落ち込むのは嫌だと思うから、落ち込みがよくないと思いがちです。
そもそも落ち込んだときの精神状態は、落ち込んでいるときしか味わえません。
いつでもどこでも感じられるわけではありません。
ふわふわした不安定な感覚を、貴重な機会と考え、楽しんでみましょう。
情けなくて恥ずかしい感情。
切なくてやるせない気持ち。
体全身の力が抜けるような脱力感。
月食の曇りの夜に停電したような真っ暗な精神状態を、楽しむのです。
悲しむだけ悲しんで、その精神状態を楽しみましょう。
思いきり泣くのも良し。
大きなため息をつくのも良し。
ネガティブな感情を、日記に書きまくるのも悪くありません。
夜空を見上げて、気が済むまで星を見つめるのもいいでしょう。
「たまにはひどく落ち込むのもいいよね」と考えます。
すると、楽しむ発想がきっかけになって、考え方が前向きになるでしょう。
落ち込みを前向きに捉えると、本当に前向きになれます。
落ち込みを楽しんだほうが、立ち直るのが早くなります。
落ち込みを、敵と考えていませんか。
自分を苦しめる、もやもやした存在。
たしかに不快な気持ちにさせるため、敵のように感じるかもしれません。
しかし、そもそも落ち込みの発生源に気づいてください。
落ち込みは、自分の内側から発生している感情です。
元をたどれば自分なのですから、落ち込みを悪者として扱うと、自分を否定することになり、苦しくなるのも当然です。
落ち込みに対する仲間意識を持ちましょう。
落ち込みは、敵ではなく味方です。
「どこが味方なのか」と思いますが、先生なのです。
あなたを支持したり応援したりしてくれる存在です。
あなたを落ち込ませているのではなく、叱ってくれています。
「ここが悪いですよ。少し反省してください。改善して、次から直しましょう」
大切なことを気づかせるため、元気のない状態をつくり出し、あなたを正しい方向へ導いてくれています。
それに気づけば、落ち込みに感謝してもいいくらいなのです。
元気がないときは、少し上を向いて深呼吸をしましょう。
下を向いてはいけないのです。
下を向くと、気持ちも下がったままになります。
普通に前を向いていてもいいのですが、普通の深呼吸で終わります。
「少し上を向く」というのがポイントです。
まず喉の気道がまっすぐになるので、呼吸をしやすくなりますが、効果はそれだけではありません。
明るいものは上側にあるので、上を向くと視界が広がり、明るい光が目に飛び込みます。
上を向く姿勢になると、脳にポジティブな信号を送られ、元気が出やすくなります。
そのタイミングで深呼吸をすると、心も気持ちもふわっと軽やかになり、気持ちも上向きになるのです。
もっとおいしい空気を楽しみましょう。
酸素が肺の隅々まで行き渡るように、大きな深呼吸をします。
いつでもおいしい空気が吸えるのは幸せです。
すぐ「よし。頑張るぞ。負けてたまるか」という気持ちになれます。
いつでもどこでもできる、簡単な方法です。
たとえば、試験前・試合前・プレゼン前には、効果的です。
いつもより気合が入り、120%の力が出やすくなるでしょう。
人はなぜ悔しい気持ちになるのでしょうか。
それは、挑戦したからです。
「このままではいけない」と思い、新しいことに挑戦しました。
勇気を持って、最初の1歩を踏み出しました。
自分のできる範囲で努力をして、全力を尽くしました。
ところが、うまくいかなかった。
そのとき「悔しい」と感じるのです。
怒りが混じるいらいらした感情が、ふつふつを湧き上がり、どうしていいかわからなくなります。
このときに気をつけたいのは、自暴自棄です。
湧き上がる悔しい気持ちをぶつける場所に困り、投げやりな行動に出ることがあります。
たしかに時間・お金・努力が無駄になったかもしれませんが、幸い、取り返しのつかないほど致命的ではありません。
冷静になって、落ち着いた行動を心がけましょう。
まだ再挑戦のチャンスはあります。
挑戦したことで自分の殻を破ることができました。
1回目は失敗でも、要領を得たので、2回目からはきっとうまくいくはずです。
悔しい気持ちになるのは、きちんと挑戦した証拠です。
まずその行動した自分を認めましょう。
多くの人が気にするのは、結果です。
勝つか、負けるか。
早いか、遅いか。
稼げるか、稼げないか。
たしかに結果も大切ですが「結果がすべて」と言わんばかりに重視しすぎています。
結果にとらわれすぎていませんか。
いくら結果がよくても、自分が納得できていないのでは意味がありません。
試合に負けても、不本意な試合内容なら、悔しい思いをするでしょう。
結果にとらわれないことです。
大切なことは、結果が良いかどうかではなく、自分が納得できているかどうかです。
たとえ結果が悪くても、自分が納得できていないなら、それでいいのです。
勝てなくてもいい。
遅くてもいい。
稼げなくてもいい。
自分が納得できたなら、結果は後の話です。
結果は、見方によっていかようにも変わります。
試合に負けても、それで大きな成長ができたなら「成功に近づいた」と言えます。
回り道になったせいでゴールが遅くなっても、そのおかげで知識や経験が増えたなら、素晴らしいと言えるでしょう。
稼げなくても、自分が楽しいと納得しているなら、すがすがしいはずです。
結果については、いずれ考える必要はありますが、最初に考えるべきことではありません。
最初に考えるべきは、自分が納得しているかどうかです。
結果を先に考えるのではなく、まず自分が納得している道を歩みましょう。
自分が認めた道を歩んでいますか。
「これでいい」と思える道を歩んでいるなら、結果に関係なく、素晴らしい道です。
有意義な時間が、あなたを待っているはずです。
失敗すると、落ち込みます。
その落ち込みをどうするかです。
落ち込んでいると友人や知人から「どうしたんですか」と、声をかけられることがあります。
このとき、どう話すかです。
失敗談を悲しそうに話していませんか。
もちろんそれは普通なのですが、空気が重くなります。
不幸な話は、相手も返事に困り、お互いに息苦しくなります。
「自分は失敗したんだな」という認識が強くなって、心が重くなり、余計に息苦しくなります。
失敗談は、楽しそうに話しましょう。
にこにこ笑いながら失敗談を話すと、心が軽くなります。
そんな余裕はないかもしれませんが、だまされたと思って、一度やってみてください。
「やっちゃったよ」
「まいったなあ」
「勘弁してほしいよ」
「情けないよね」
「これから大変になるな」
笑いながら楽しそうに話してみましょう。
失敗した自分を笑う。
失敗した出来事も笑う。
笑う行為が、ストレス発散にもなります。
すると、すっと心が軽くなります。
ささいなことで悩み苦しんでいたことに気づき、心が軽くなるでしょう。
つらいことがあっても、笑うと、心の傷口の回復が早くなるのです。
つらいことがあったときは落ち込みます。
つらいことであればあるほど、落ち込みもひどくなります。
表情から笑顔が消えて、死んだような顔つきになります。
下を向いてばかりで、ため息も止まりません。
涙がぽろぽろこぼれることもあるでしょう。
しかし「どん底まで落ち込んでいる」と思っているなら誤解です。
落ち込んではいても、まだどん底までは落ちていません。
本当にどん底まで落ち込んでいるなら、何もできないからです。
食欲が一切なくなります。
食事が喉を通りません。
人と会話をすることもできなくなります。
もちろん本を読むこともできません。
何も考えられず、思考停止の状態になります。
普通に歩くことはおろか、立ち上がることすらできません。
本当にどん底まで落ち込むと、完全無気力の状態になります。
何もできないのです。
あなたは今、この記事を読んでいます。
それこそまだどん底まで落ち込んでいない証拠です。
少なくともこの記事を読むだけの元気があるし、内容を理解するだけ思考力もあるということです。
そしてなんとか落ち込みから立ち直りたい気持ちもある証拠です。
どん底まで落ち込んでいると思っていると悪い暗示がかかってしまい、立ち直るのが遅くなります。
動けるのに動けないと錯覚します。
だから安心してください。
実はまだどん底まで落ち込んでいるわけではないことに気づき、早く元気を出しましょう。
とりあえず今やるべきことは、休養をとることです。
食事が喉を通らないなら、おかゆや雑炊など、消化のいいものはいかがでしょうか。
少しでもいいので、何か口にしてください。
「どん底まで落ち込んでいると思っていたけど、そうではなかったんだね」とわかれば、少しは心が安らぐはずです。
つらくて、苦しくて、悲しくて、大変ではありますが、大丈夫。
もう間もなく立ち直れるのです。