突然ですが、あなたは頭がいいほうですか。
たしかに先天的な頭のよさはあります。
記憶力、発想力、想像力、想起力、集中力など、そうしたことを総合して「頭が良い」といわれます。
勉強とは、頭の善しあしで決まるものではありません。
あなたは、今まで勉強とは頭の善しあしで決まると思っていることでしょう。
しかし、勉強でまずなにより必要なことは「恥を捨てること」から始まります。
私は、勉強しているときには、ぶつぶつ話します。
しゃべりながら勉強するほうが、明らかに記憶力が良くなるからです。
覚えやすく、忘れにくくなります。
二宮金次郎(二宮尊徳)は、まきを背負って、歩きながら勉強したことで有名です。
のちに金次郎は、努力して武士の身分にまでになり、農地改革に尽力します。
江戸時代後期に「報徳思想」を唱え、農村復興政策を指導しました。
「え? 休憩を挟まない? まさか」
頭を上手に使うために、休憩を挟まないというポイントを視野に入れましょう。
我慢できないほどの疲労では、休憩を挟んだほうがいいですが、休憩を挟まないほうが、作業を効率よく進めることができます。
自分の頭のよさに自信がなければ、謙虚に生きることをおすすめします。
謙虚になれば、頭のよさを上回ります。
どんなに頭のいい人でも、謙虚な人にはかないません。
「おいおい、タイトルが逆になっているよ」
いえいえ、たしかに私は誤字が多いですが、今回は誤字ではありません。
おそらく「頭のいい人ほど頭を使い、頭の悪い人ほど頭を使わない」と言いたいのでしょう。
集中力をつけることは、初めからある頭の善しあしではありません。
集中力は、ポイントを押さえることで、誰でも身につけることができます。
「私は集中力がないんです」という人でも、好きなゲームなら、熱中できているはずです。
集中力のポイントは、熱中することがいちばん大切です。
しかし、熱中することに加えてもう1つポイントを加えましょう。
「捨てる」というポイントです。
集中力は、あらゆる作品の質の高さに比例します。
勉強や仕事をするときをはじめ、音楽をつくるとき、絵を描くとき、本を書くときなど、作品をつくる際に欠かせないことです。
集中力の高低が、仕事の質の高低と比例しています。
私が小中学生のころは「世の中で成功している人は、何でもできるスーパーマンだ」と思っていました。
理由は言うまでもありませんね。
何でもできるスーパーマンは、どこへ行っても必要とされると思っていたからです。
頭の使い方の勉強は、学校の勉強よりはるかに大切です。
学校の勉強は「知識」です。
しかし、頭の使い方は「知恵」です。
やる気が出ないときには、やる気になれる簡単な方法があります。
音楽から、パワーをもらうことです。
この方法なら、いくら自分にやる気がなくても、パワーをもらうことが、すぐできます。
辞書には大きく分けて、2種類あります。
「紙の辞書」と「電子辞書」です。
どちらの辞書のほうが、ふさわしいか。
勉強で失敗する人は、たくさん勉強することを考えます。
一方、頭がいい人は、継続できる勉強を考えます。
頭の使い方がうまくない人は、勉強のために、長時間費やします。
賢い人は、本を読んでいます。
本を読むから賢くなります。
勉強だけの本より、人生についての本をよく読みます。
失敗する経営では、社長が何でもしたがるといいます。
社長というくらいですから、知識も能力も優れていることでしょう。
平均以上の能力を持ち、自分がやれば、たいていのことができてしまいます。
私のサイトでは、自分ができることでも、ほかの人にお願いできることはお願いするようにしています。
たとえば「文章の校正」です。
校正とは、文章の誤字脱字、手直しのことです。
頭の使い方が下手な人は、覚えようとするときに、何の工夫もなく、ただ覚えようとします。
人間の頭は忘れるようにできていますし、忘れることが自然な流れです。
しかし、受験勉強、資格の勉強をするときには、たくさんのことを覚えなければいけません。
今の世の中は、情報過多の時代です。
新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、本。
さまざまな媒体から、さまざまな情報があふれている昨今です。
本当に優良な情報は、人からやってきます。
あなたが情報を公開しているからこそ、相手も優しい気持ちになって「こちらも何か教えてあげよう」という気持ちになります。
まず自分から、体験を通した情報を公開していくことがポイントです。
「自分は頭が悪い」
そう思えば、知識で勝負するのではなく、人柄を勝負ポイントに変えることです。
幸せになるためには、知識より人柄を磨くほうが大切です。
これまであなたは「記憶」を頭で覚えていたのではないでしょうか。
頭がいい人なら、記憶に頼ることもできますが、そうは言ってもなかなか大変なことです。
記憶するエネルギー、記憶を保持するエネルギーは、大きいものです。
「覚えるのが苦手!」
そういう人は、たいてい覚えにくい覚え方をしているものです。
頭が悪いのではなく、単純に覚え方が悪いのです。
あなたは今まで「なりたい」という生き方をしてきたのではないでしょうか。
「もっとかわいくなりたい」
「もっと美しくなりたい」
頭の使い方が上手な人は「自分を生かす方法」を考えます。
最初からあるのですから、何も準備しなくていいからです。
自分を見つけて、伸ばして、生かそうとする生き方をします。
読者から「こんなにたくさん書いて疲れませんか」と、よく聞かれます。
全然疲れません。
むしろ元気になります。
人には「得意なこと」と「不得意なこと」があります。
この2つのポイントをどう扱うかによって、生き方がまったく異なります。
私たちは、学校の義務教育を通して「得意なことより不得意なことを克服しなさい」という教育を受けてきました。
頭の使い方が下手な人は、先生から学びを得ようとします。
先生の発言だけを信じて、先生以外の発言からは学ぼうとしません。
偉い人の発言からは素直に学ぼうとしますが、素人の発言には耳を傾けません。
頭に自信がなければ、体で行動することです。
行動する量を増やして、頭の悪さを補完します。
ほかの人より早く行動して、早く考え、決断できる人がたくさんの学びを得ることができます。
突然ですが、あなたは頭がいいほうですか。
たしかに先天的な頭のよさはあります。
記憶力、発想力、想像力、想起力、集中力など、そうしたことを総合して「頭が良い」といわれます。
実際、生まれつき、能力に恵まれた人がいます。
能力に恵まれた人は、記憶力がいいですからテストでは高得点を取ることができ、受験でも有利になります。
良い大学に進学できれば、一流企業にも入りやすくなります。
経済的にも有利になるでしょう。
世の中は、能力の高い人が有利となる仕組みになっています。
「じゃあ、頭が悪い人は、もう巻き返しはできないの」
私も、同じことを考えていたところです。
大丈夫です。
頭が悪ければ「頭の使い方」で差をつけましょう。
使い方さえよくなれば、そもそも悪い頭も、よくできます。
記憶力をはじめとする、さまざまな能力も「使い方」がポイントなのです。
能力は先天的ですが、使い方は後天的です。
使い方のほうが、そもそもの能力以上に重要です。
使い方によって、能力が高い人を超えることができる単純な例を出しましょう。
たとえば、買い物です。
あなたも一度は、買い物へ行ったことがありますよね。
今日は「カレーをつくるから、肉、タマネギ、ニンジンを買いに行こう」と思います。
頭のいい人は、ここで得意の記憶力に頼ります。
買うものを頭で覚えて、買い物へ出かけます。
記憶力がいいだけあって、忘れることは珍しいですが、絶対に忘れないという保障はありません。
いくら記憶力のいい人でも、人間ですから「うっかり」ということがあります。
記憶力のいい人でも絶対ではありません。
しかし、頭の使い方が上手な人は「カレー」とだけ覚えます。
カレーですから、買い物のときは「肉、タマネギ、ニンジン……」と連鎖して思い出していけばいいのです。
1つをヒントに、5も10も思い出していけばいいのです。
しかし、さらに頭の使い方が上手な達人は、もはや頭を使わなくなります。
人間の記憶力は頼りないことを自覚しているために、記憶力には頼りません。
では、どうするかというと「紙に書く」のです。
買うものを紙に書けば、忘れることはありません。
どんなに記憶力の悪い人でも、紙に書けば、もはや記憶力とは関係ありませんから、忘れることはありません。
頭の悪い人は、頭の使い方によって、頭のいい人を超えてしまったという例です。
能力が高い人、とりわけ「記憶力がいい」という人は、頭がいいがゆえに頭を使って覚えようとします。
しかし、頭が悪い人は、自分は能力が低いことを自覚しているので、補助的な方法を考えます。
その補助的な方法のほうが、結果として記憶力より強力であったりするのです。
先天的な能力を、後天的な「使い方」によって、すぐ追い抜けます。
本当に賢い人は「能力」ではなくて「使い方」が上手なのです。
勉強とは、頭の善しあしで決まるものではありません。
あなたは、今まで勉強とは頭の善しあしで決まると思っていることでしょう。
しかし、勉強でまずなにより必要なことは「恥を捨てること」から始まります。
恥を捨てることが、まず勉強を始めるにあたっていちばん大切なポイントです。
自分のわからない問題を、わからないからほったらかしにしていると、いつまで経っても問題が解けないままです。
参考書を使って勉強をしていても、紙面だけの説明では物足りないところが出てきます。
そうしたときこそ、先生や友人に聞くことで、学べます。
恥を捨てて「わからない。教えてほしい」と言えるようにならないといけないのです。
恥を捨てないと、いつまでも問題はわからないままです。
ぶつぶつしゃべりながら勉強することも、同じです。
音読しながら勉強をすると、記憶効率が高まることをご存じですか。
目、口、耳と五感を刺激して覚えますから、覚えやすく、忘れにくくなります。
しかし、わかっていながら、音読をしない人がいます。
恥ずかしがっているからです。
恥ずかしさを捨てて、人前でもぶつぶつ言いながら勉強する人が、ほかの人より速く覚えることができ、忘れにくくなります。
周りの人からは変な目で見られますが、差をつけて勉強するためには、ほかの人と同じような勉強をしてはいけないのです。
自分がぶつぶつ言いながら勉強をして「変な人」と思われたら「ほかの人より効率のいい勉強をしているんだ」と思うのです。
テストを受けて、悪い点を取ってしまうという現実も、恥ずかしいことです。
難しい試験を受ければ、当然悪い点を取ることもあります。
しかし、恥を捨てて、悪い点数と向き合い、自分の抜けている部分を見つめていかないと、学力の進歩はありません。
勉強とは、恥ずかしさを捨てることばかりの連続なのです。
恥ずかしがり屋は勉強できません。
勉強のできない人は、決まって見栄や体裁を気にしてかっこつけ、偉そうにしていることが共通点です。
そういうかっこつけている人に限って「自分はもともと頭が悪いから」というお決まりの言い訳を吐いて、逃げてしまいます。
自分の頭の悪さを、生んだ親のせいにしたりする悪循環です。
恥ずかしがっているから勉強ができていないのです。
そもそもしようとしていません。
勉強をすることとは、恥を捨てることです。
人に聞いたり、音読したり、悪い成績と向き合うことは、恥ずかしいことの連続ですが、勉強以前に必要な前提なのです。
私は、勉強しているときには、ぶつぶつ話します。
しゃべりながら勉強するほうが、明らかに記憶力が良くなるからです。
覚えやすく、忘れにくくなります。
体験から、声を出したほうが記憶力はよくなるという事実を体感しています。
私は勉強するときには、自分の部屋以外で勉強するタイプです。
いつもファストフード店やコーヒーショップなどを利用して勉強しています。
漢字検定の勉強をしたときも、店員さんに怪しい人かと思われるくらいにぶつぶつ話して勉強していました。
いえ、怪しい人だと思っていたに違いありません。
隣の席には、誰もお客さんが座ってくれませんでした。
私の周りには、いつもドーナツ化現象が起こっていました。
そのくらい声を出して勉強しないと、本当の勉強ではありません。
もちろん黙読することも悪くはないのですが、記憶効率が悪い。
視覚しか刺激していないので、脳への記憶の定着力が低くなるからです。
だんだん眠くなるという、いつものパターン……。
できるかぎり、五感を通して勉強したほうが、記憶力が高まります。
脳が活性化され、頭の回転が良くなります。
ぶつぶつしゃべりながら勉強すると「目」と「口」と「耳」を使います。
目で文字を見て、口で声を出し、出した声を耳で聞きます。
できるだけたくさんの体の感覚を刺激して覚えることが、記憶のコツです。
頭が悪いと嘆いている人は、覚えにくくて忘れやすい覚え方をしているからいけないのです。
そもそもの頭の善しあしではなく、覚えられないような覚え方をしているからいけないわけです。
頭は、使い方がポイントです。
記憶力がいい人は、記憶しやすい方法を使って勉強しているだけです。
二宮金次郎(二宮尊徳)は、まきを背負って、歩きながら勉強したことで有名です。
のちに金次郎は、努力して武士の身分にまでになり、農地改革に尽力します。
江戸時代後期に「報徳思想」を唱え、農村復興政策を指導しました。
大業を成し遂げることができたのは、子どものころに歩きながらの勉強が、土台になっているからです。
歩きながら勉強していると、大変そうに見えます。
しかし、記憶効率は、いいのです。
私は以前に、歩きながら勉強をしたことがあります。
意外なことに、よく頭に入った経験がありました。
もちろん数学のような数式を紙に書いて問題を解く場合には不向きですが、単純な読書なら、スムーズに進みます。
椅子に座って読書をするより、歩きながらのほうが、明らかに頭に入ってきます。
体を動かしているから、血流量が上がり、脳の働きが活発になっているからです。
椅子に座って勉強していると眠くなるのは、血流量が停滞して、脳の活動もうつらうつらしてしまうからです。
記憶には、体を動かして、血液の流れを良くすることがポイントです。
体を動かすと、体全体の血液の流れが良くなり、脳へ循環する血流量も同時に増えるため、記憶力、発想力、想像力が高まります。
二宮金次郎の大業の秘密は、歩きながら勉強したことにあるのです。
まきを背負って勉強している姿は、大変そうに見える一方、効率の良い勉強の手本なのです。
「え? 休憩を挟まない? まさか」
頭を上手に使うために、休憩を挟まないというポイントを視野に入れましょう。
我慢できないほどの疲労では、休憩を挟んだほうがいいですが、休憩を挟まないほうが、作業を効率よく進めることができます。
なぜ、休憩を挟むと質が低下するのかというと、リズムが崩れるからです。
「ちょっと休もう」とベッドに横になれば、起き上がるために、すごいパワーが必要です。
せっかくつけた勢いが、そこでいったん止まってしまうからです。
学生のころ、ある先生から勉強に集中するコツを聞きました。
「部屋に帰った瞬間にベッドで横になるな。そのまま机に向かえ!」というアドバイスでした。
せっかく学校で勢いよく回転している頭が「ちょっとだけ休もう」と気を緩めてベッドに横になったら最後。
一度休んだなら、せっかく熱くなっている頭が冷えてしまい、集中力を取り戻すために、大変になってしまうのです。
新幹線に、例えればわかりやすいでしょう。
新幹線がなぜ速く進むのかというと、各駅で止まらないからです。
一つひとつの駅で停車をしないから、スピードを保ったまま進めます。
一度停止した新幹線がまた動き出すためには、膨大な時間とエネルギーが必要です。
「たまには休憩したほうがいいのでは」と思いますが、休憩しないほうが良い結果が得られます。
私も作品を書くときには、3~4時間ほどまとまった時間の間は、休憩を入れず一気に集中します。
音楽も聴きません。
イヤホンをして音楽を聴きながらの状態では、作品への集中力が低下します。
たしかに途中で疲れることもあります。
しかし、休憩を取ると、区切りができて集中力が切れてしまい、作品への熱が急に冷めてしまいます。
取り戻せないわけではありませんが、取り戻すまでに時間がかかります。
その時間とパワーが、もったいないのです。
少々疲れていても、休憩を入れないことにしています。
休憩を挟んだほうが質は高くなると思われがちです。
しかし、実際には、質が下がることのほうが多いのです。
私は常に、作品は一気に書き上げます。
今日も早起きをして、作品執筆に集中をします。
トイレのような生理現象を除いて、休憩は入れず、一気に5つから9つほどの記事を書き上げます。
1冊の本も、1カ月もかけてだらだら書かず、4日間で一気に書き上げます。
どんなに遅くても7日までです。
それ以上、だらだらゆっくりしていると、集中力が下がります。
人間特有の「何を書いたっけ」という物忘れのほうが顕著になります。
私は性格上、ゆっくりではできません。
すぐ忘れるから、忘れる前に集中して終わらせてしまうようにしています。
自分の頭のよさに自信がなければ、謙虚に生きることをおすすめします。
謙虚になれば、頭のよさを上回ります。
どんなに頭のいい人でも、謙虚な人にはかないません。
人生で成功する人、生き残れる人は、謙虚な人です。
成功する人といえば「頭のいい人」というイメージが多いようです。
しかし、本当の成功者は、頭がいい人より、謙虚な人なのです。
頭がいい人は、知識が豊富なので、知っていることしか対応できません。
頭がいい人は、勉強をして、知識だけを頼りに生きてしまいます。
ゆえに、知っていることだけしか行動しなくなり、制限的になってしまう。
知識を頼りに生きている人は、知っている土地は詳しくても、知らない土地へは旅行できません。
知らない土地では、知り合いもいなくて、道もわからないと思うからです。
迷子になってしまうのです。
知識を頼りにすると、知っていることしか行動できなくなります。
しかし、謙虚な人は、迷子になりません。
「人から聞けばいい」という姿勢を持っているからです。
人から話を聞くということには、謙虚な姿勢が必要です。
頭を下げて、腰を低くして、教えてもらうことは、謙虚でないとできません。
しかし、謙虚さがあれば、どこへ、いつ行っても、迷子になることはありません。
世界を旅するバックパッカーには、謙虚な人が多い。
私が留学時代に、バックパッカーと出会ったときには、謙虚な姿勢でした。
「教えてください」という謙虚な姿勢であり、柔らかい物腰だから、ついこちらも教えます。
たとえ言葉がわからなくても、謙虚な姿勢ですから、気持ちは誰にでも伝わります。
言葉がわからなくても、身ぶり手ぶりで土地を知り、生き抜けます。
バックパッカーの本当の強さは、謙虚なのです。
謙虚な人のほうが、頭のいい人より、強く生きていくことができるのです。
「おいおい、タイトルが逆になっているよ」
いえいえ、たしかに私は誤字が多いですが、今回は誤字ではありません。
おそらく「頭のいい人ほど頭を使い、頭の悪い人ほど頭を使わない」と言いたいのでしょう。
当たり前に考えると、たしかにそのとおりです。
しかし、現実では、頭のいい人ほど頭を使わず、頭が悪い人ほど頭を使う傾向にあります。
頭のいい人は、頭がいいがゆえに、机に向かって考えようとします。
頭がいいから、思いついたことを頭で覚えようとします。
そうは言っても、限度があります。
人間ですから、思い浮かべようと思っても思い浮かばないときがありますし、覚えていてもうっかり忘れることがあります。
頭が悪い人は、自分の能力の低さを自覚して謙虚になりますから、代替手段を選びます。
私が本を書くときの発想についてお話しします。
本を書くときには発想が重要であることは当然ですが、その発想はどうやって得ていると思いますか。
机に向かってうなっているイメージがあるかもしれませんが、そんなことはしません。
机に向かっているばかりでは、良いアイデアも発想はなかなか出てきません。
頭がいい人なら、できるかもしれませんね。
しかし、私は頭が悪いですから、そんな高等な技術はできません。
頭を使わないで、発想を得ようとします。
どう発想を得ようとするのかというと、とりあえず今、目の前にある日常に一生懸命になります。
平日は一生懸命に仕事をして、休日には温泉でゆっくりしたり、テーマパークへと遊びに出かけたりします。
この「一生懸命」が重要です。
一生懸命になっていると、五感のすべてが総動員され、最高潮に達します。
今、目の前にある日常に一生懸命になっていると、ある瞬間、ぱっとひらめきます。
ひらめこうと思わなくても、五感を通して、さまざまな体験をしていると、ぱっとひらめくことがあるのです。
それは仕事中であったり、温泉でのんびりしているときだったりと不定期です。
その瞬間に、紙に書いて、思いついた発想を書きとめるようにしています。
なぜ書くのかというと、これも、頭で覚えるとすぐ忘れるからです。
頭がいい人は覚えられるかもしれませんが、頭の悪い私はすぐ忘れます。
だから謙虚になり、紙に書く方法に頼ります。
一度紙に書けば消えませんから、そもそもの記憶力は関係ありません。
あとから読み返していると、また新たな発想が思い浮かびます。
思いつけば、また紙に書いて、ネタをつくります。
その繰り返しにより、これまでたくさんの発想やアイデアを得てきました。
たくさんの文章を書いている私のことを、いつも机に向かっていると思っている人は多いようですが、逆です。
一生懸命仕事をしたり、遊んだり、あるときはのんびりしています。
私は頭が悪いがゆえに、頭を使わないようにしています。
結果として、たくさんの記事を書くことができています。
頭の悪い人は「使い方」にポイントを置くため、頭のいい人より、たくさんの仕事をこなすことができるようになっています。
今、あなたの目の前にあるたくさんの文章たちが、なによりの証拠です。
私も、驚いています。
「頭を使わなくても、これほど結果が出せるのか」と驚きなのです。
集中力をつけることは、初めからある頭の善しあしではありません。
集中力は、ポイントを押さえることで、誰でも身につけることができます。
「私は集中力がないんです」という人でも、好きなゲームなら、熱中できているはずです。
片思いの人のことは、いつも頭でいっぱいですね。
それが集中力です。
集中力は、好きなゲームに熱中することとまったく同じです。
集中力をつけるためのいちばん大切なことは、次のポイントです。
興味を持つこと。
まずは、なにより、興味を持つことがいちばん大切です。
これがいちばん自然な方法です。
ゲームへの熱中も、興味を持っているから集中できています。
興味を持つことが、対象への集中力をアップさせます。
「もっと知りたい、もっと突き詰めたい。もっと深く掘り下げたい」と思うようになり、自然と集中してしまいます。
勉強に集中できないときには、勉強をゲームとして考えることです。
勉強を勉強として考えているから「嫌だ」という気持ちが先にきて、集中できないのです。
仕事に集中するためにも、ゲームだと考えることです。
「しんどいな、つらいな、大変だな」と考えているといつまで経っても集中できません。
「これは自分を高めるためのゲームだ。乗り越えればレベルアップしている」
ゲーム感覚にすれば、仕事を速く正確にこなすことができるようになります。
集中力のポイントは、熱中することがいちばん大切です。
しかし、熱中することに加えてもう1つポイントを加えましょう。
「捨てる」というポイントです。
集中力は、捨てることで出てくるようになります。
「興味を持つ」というポイントに加え「捨てる」というポイントが加われば、すごい集中力が発揮できます。
集中力とは、頭を使うと出てくると思っている人が多いようですが、捨てるだけでいいのです。
たとえば、仕事に集中するためには、ほかの何かを捨てることです。
3種類の仕事があれば、集中するために1つだけに絞り、作業を進め、ほかの2つは捨てることです。
恋愛でうまく成功するためには、1人だけに集中することです。
ほかに気になる人がいても、すぱっと諦めて捨ててしまいます。
浮気がなぜ相手を悲しませるのかというと、集中力が下がるからです。
浮気によって対象が2、3人へと増えると、集中力も2分の1、3分の1と少なくなります。
浮気をやめて、1人だけをとことん愛していくことです。
1人に集中できていますから、最も相手を愛することができます。
夢へ向かう集中力は、ほかの誘惑を断ち切ることです。
夢へと向かうためには、少なからず何かを失う勇気、捨てる勇気が必要です。
お金や恋人を追いかけ、友人との付き合いをしながら、夢を追いかけるような「並行生活」では、夢を叶えることができません。
「二兎追うものは一兎も得ず」です。
1つだけを追いかけるとき、いちばん集中でき、叶える力が向上するのです。
「捨てるともったいない」という心が、集中力を低下させています。
しかし、実は、捨てられずにもたもたしているその時間やエネルギーこそが、いちばんもったいないのです。
「捨てることで得られる」と考えればいいのです。
捨てることで、集中力が得られれば、質が高くなるのです。
集中力は、あらゆる作品の質の高さに比例します。
勉強や仕事をするときをはじめ、音楽をつくるとき、絵を描くとき、本を書くときなど、作品をつくる際に欠かせないことです。
集中力の高低が、仕事の質の高低と比例しています。
1つのことに集中したときには、心も体も活性化されています。
1つだけに的を絞り、ほかの誘惑を断ち切って熱中するとき、最も集中できていますから、比例して質も高くなります。
質を上げようとするならば、集中力をつけることです。
私は仕事をするときには、集中力を大切にしています。
どうしても間違ってはならない作業を始めるときには「集中するから話しかけないで」と言ってしまいます。
話しかけられないだけで、ある程度集中ができます。
電話の電源もオフにします。
電話がかかってくることも、集中力の妨げです。
マナーモードにしていても、着信の際の「ぶるぶる」という振動が気になり、集中力を持っていかれます。
机の上は、きれいにして、作業に必要な物以外は置きません。
机の上に置いてあるものは視界に入ってしまうため、見た瞬間に考えてしまい、集中力を持っていかれます。
必要な物だけを置けば、それだけしかありませんから、集中せざるを得ない状況になります。
集中力は、成功へのキーワードです。
速く、間違いなく正確に、確実に作業を進めることができます。
それは集中力があってこその話です。
「勉強に集中できません」という人に限って、自分の部屋で勉強をしています。
自分の部屋は、誘惑の塊です。
ベッド、漫画、テレビ、ステレオ、電話、ポスターなど、集中力を邪魔するものばかりが置いてある部屋です。
こんな誘惑ばかりの部屋で、なぜ集中ができるのでしょうか。
勉強ができる人は、自分の部屋では勉強しない人が多いものです。
勉強ができる人ほど、図書館やコーヒーショップのような、自分の部屋以外で勉強しているケースが多いのです。
私が小中学生のころは「世の中で成功している人は、何でもできるスーパーマンだ」と思っていました。
理由は言うまでもありませんね。
何でもできるスーパーマンは、どこへ行っても必要とされると思っていたからです。
それから数十年後、私が大人になり、社会人になります。
すると、当時思い描いていたことと現実はまったく異なっていることに気づきます。
何でもできる人は、いないのです。
成功している人ほど、専門家です。
1つのことだけに、集中しています。
成功する人にはいつも決まったパターンがあります。
どの成功者も「何でも屋」ではなく「専門家」です。
何でも屋に進んだ人は、決まって成功できなくなっています。
自分が大人になり、理由を体で知りました。
1つに絞った専門家という生き方でなければ、集中できないからです。
あれもこれもとたくさんのことに手を出す人ほど、集中力が低下します。
時間もエネルギーも有限であり、無限にあるわけではありません。
その限られた時間とエネルギーを有効に活用してプロとして成功するためには、自分の生きる道を1つに絞る必要があるのです。
それが専門家という生き方です。
世の中で成功している人は、必ず専門家です。
メジャーリーグで成功しているイチロー選手は、野球の専門家です。
野球に集中した人生だからこそ成功しています。
もし、イチロー選手に将棋をさせると、おそらく結果は目も当てられないでしょう。
野球の専門家であるイチロー選手は野球の専門家であり、将棋はまったく素人のはずです。
一方、羽生善治さんは将棋のプロです。
将棋の世界では右に出るものはいないといわれています。
しかし、もし羽生さんが野球をすれば、どうなるでしょうか。
きっといちばんにはなれないはずです。
成功者とはいえ、何でもできるわけではありません。
「自分の専門しかできない人」ということです。
それが本当の成功者です。
医者、建築家、作家、ミュージシャン、俳優など、世の中で成功する人は、常に1つのことに命を捧げた「超専門家」です。
自分に向いた職業を見つけ、それ1つに人生を捧げた人が、成功するようになっています。
頭の使い方の勉強は、学校の勉強よりはるかに大切です。
学校の勉強は「知識」です。
しかし、頭の使い方は「知恵」です。
人生において、本当に役立つ学びとは、知識ではなく知恵です。
知識は、時代の流れによって変化しますが、知恵は時代が変わっても変化しません。
ゆえに、知恵を身につけた人間は、どの世界、どの時代でも、生きていけます。
新聞に書かれていることは、100年後にはまったく通用しなくなっています。
知識は、時代の流れとともに変わります。
しかし、新聞を素早く読む知恵は、100年後でも通用します。
早く読む知恵は、時代が変わっても、変わりません。
そういう知恵がある人ほど、本当に生き残れる人です。
頭がいい人は、記憶力が良いがゆえに知識の量で勝負しようとします。
しかし、知識は時代とともに変化しますから、時間がたてば、また勉強が必要です。
勉強をして生かす前に、死んでしまうのです。
しかし、記憶力に自信がない人は、知恵というポイントに絞って最小限で最大の効果を発揮させようとします。
知恵は、時代が変わっても変わりませんから、安定しています。
一度身につけた知恵を生かして、結果を出して、成功します。
成功者は、知識勝負ではありません。
知恵勝負なのです。
ポイントを押さえ、最小公約数で、最大の効果を出す人が、成功するのです。
やる気が出ないときには、やる気になれる簡単な方法があります。
音楽から、パワーをもらうことです。
この方法なら、いくら自分にやる気がなくても、パワーをもらうことが、すぐできます。
本を読むのは目が疲れ、時と場所を選びます。
また気分が落ち込んでいるときに、人と会って話をすればいいと頭ではわかってはいるものの、なかなかできるものではありません。
しかし、音楽を聴くというなら、スイッチを入れるだけですから簡単です。
勉強ができる人には、音楽をうまく活用して勉強効率を上げている人が多いものです。
音楽そのものより、音楽によって得られるパワーがポイントです。
やる気のないときには、やる気の出る曲を聴いて、やる気になります。
集中したいときには、集中できる曲を聴きます。
元気のないときには、元気の出る曲を聴きます。
音楽からのパワーをもらい、気持ちを高めます。
生活の要所で、効果的に音楽を活用して、人生のパートナーとしています。
音楽からパワーをもらうというのは、人生を豊かに生きていくうえで大切なことです。
音楽を聴いて、元気になれば、その元気になったハートで、勉強へ向かい、仕事へ向かい、友人関係に向かえばいいのです。
元気がなくても、音楽があれば、元気になれます。
音楽は、いくら聴いても、減るものでも逃げるものでもありません。
これを使わない手はないのです。
辞書には大きく分けて、2種類あります。
「紙の辞書」と「電子辞書」です。
どちらの辞書のほうが、ふさわしいか。
その答えは、一概には言えません。
人の性格がそれぞれであるように、ふさわしい辞書もそれぞれです。
それぞれの違いを整理してみましょう。
まず紙には、独特の感覚があります。
紙の手触り、におい、重みなどです。
紙の辞書は、電子辞書に比べて重く、場所も取ります。
調べるのも、ページをめくる手間があり、時間がかかります。
しかし、その手間暇が、記憶に結びつきやすいと感じる人もいるでしょう。
紙の生々しい感触に触れるほうが、記憶の手応えを強く感じる人もいるはずです。
電子辞書のいちばんの特徴は、手軽さとスピードです。
軽くて、持ち運びやすい。
調べるときも、一瞬です。
紙の辞書に比べて、体力や時間などを節約しやすい効果があります。
節約や効率を重視したい人には、電子辞書がふさわしいでしょう。
しかし一方で、そうした無味乾燥な状態を好まない人がいるのもたしかです。
紙の辞書のような、手触り・におい・手間などがありません。
効率がよすぎて、調べる効率は高くても、頭に入らない状況もあるでしょう。
いくら効率がよくても、頭に入らないのでは意味がないのです。
さて、こうした手応えは、人によって感じ方が異なります。
紙の辞書には、紙の辞書ならではの特徴があります。
電子辞書には、電子辞書ならではの特徴があります。
大切なことは、自分に合った辞書を選ぶことです。
一度、両方の辞書を経験して、手応えを確認してみましょう。
それぞれの違いを実際に経験すれば、自分にふさわしい辞書もはっきりするでしょう。
どちらの辞書がふさわしいのか。
その答えは、あなたの中にあるのです。
勉強で失敗する人は、たくさん勉強することを考えます。
一方、頭がいい人は、継続できる勉強を考えます。
頭の使い方がうまくない人は、勉強のために、長時間費やします。
たしかに長時間、勉強をすれば、たくさん詰め込むことができるでしょう。
しかし、無理な勉強の進め方は、三日坊主で終わることでしょう。
三日坊主になるパターンは決まって「気合が入りすぎていること」が原因です。
最初から、全力のスピードです。
「やるぞ。頑張るぞ」という気持ちが大きすぎて、最初から飛ばしすぎているのです。
燃料のことなど考えずにスピード重視で進んでいるため、気づけば燃料がなくなります。
エンストになり、終了です。
勝負では、負けにつながるのです。
車を運転するためには、スピード重視ではなく、燃料を気にする必要があります。
燃料やメンテナンス、時には休憩を入れて、細く長く使う人のほうが、結果的に走行距離が長くなります。
賢い人は、継続こそが本当の力につながることを知っています。
童話『ウサギとカメ』があります。
最初はウサギが前を走っていましたが、あとからカメが追い抜いてしまう逆転劇です。
この童話は、スピードと継続の重要性を比べた、大切な物語です。
スポーツでいえば「短距離走」vs.「持久走」です。
スピードは、初めはいいのですが、あとから苦しくなります。
持久走は、スピードこそは遅いものの、継続されるため、長く走れます。
頭の使い方も同じです。
賢い人は「継続できる勉強」を選ぶのです。
賢い人は、本を読んでいます。
本を読むから賢くなります。
勉強だけの本より、人生についての本をよく読みます。
本は、人生における宝の1つです。
本を読む習慣を持っている人は、必ず頭が良くなります。
私は本ほど、素晴らしい先生はいないと思っています。
安くて、時と場所を選ばず、素晴らしい教えを受けることができます。
失敗を犯した先人が、その原因、ノウハウを教えてくれているのですから、これほど素晴らしいものはありません。
本を読めば、自分の失敗が減ります。
自分が犯すであろう未来の失敗を予想できるからです。
本を読むことは、先を読むことです。
未来啓示書です。
知識と知恵が得られ、そのうえ元気が出ます。
本を読まないのは、もったいないことです。
みんな、少しでも素晴らしい人生を歩みたいと思っているはずなのに、なぜ本を読まないのだろうと、いつも不思議に思います。
本を読めば、すぐ現実が変わります。
そのくらい強力なのです。
失敗する経営では、社長が何でもしたがるといいます。
社長というくらいですから、知識も能力も優れていることでしょう。
平均以上の能力を持ち、自分がやれば、たいていのことができてしまいます。
往々にして、そこが落とし穴です。
すべてを自分で抱え、全部をしようとするから、時間がなくなります。
自分の時間がなくなれば、心の余裕がなくなります。
新しい発想を練る時間や、経営を考える時間もなくなります。
経営が、停滞してしまうのです。
頭の使い方が上手な人は「システムの自動化」を目指します。
自分がいなくても問題なく回るシステムをつくり、ほうっておいても作業が進んでいくサイクルを構築します。
自分の時間を確保でき、新しい構想を練る時間を確保できます。
大局から眺める視点や余裕を保てます。
すべてを自分でやろうとしないことです。
任せられる仕事は、できるかぎりほかの人に任せましょう。
自分がいなくても、問題なく仕事が進んでいくシステムの自動化を構築する人が、成功します。
自動化を目指すことが、成功への道です。
私のサイトでは、自分ができることでも、ほかの人にお願いできることはお願いするようにしています。
たとえば「文章の校正」です。
校正とは、文章の誤字脱字、手直しのことです。
たしかに校正は、私がしようと思えば、できることです。
しかし、自分でなければできないのかといえばそうではありません。
むしろプロの人のほうが、私が校正するより細かく確かめることができますから、今ではほかの人にお願いするようにしています。
私の時間も有限ですから、自分にしかできない仕事に集中したいのです。
自分にしかできない仕事といえば、今ここに書いてあるような文章を書くことです。
私の体験、考え、構想に沿った文章を書く作業は、ほかの人にお願いしようにもお願いできません。
本人しかできないことです。
この文章を書く作業こそが、私の中心的な仕事です。
この業務を行う時間をつくるために、他人にお願いできることはお願いして、協力を得るようにしています。
1トンものバーベルを1人で持ち上げるのは無理ですが、100人の力で持ち上げようとすれば可能なのです。
頭の使い方が下手な人は、覚えようとするときに、何の工夫もなく、ただ覚えようとします。
人間の頭は忘れるようにできていますし、忘れることが自然な流れです。
しかし、受験勉強、資格の勉強をするときには、たくさんのことを覚えなければいけません。
頭の使い方が上手な人は、覚えようとするときに「結びつけて」覚えようとします。
結びつけて覚えると、極端に忘れにくくなります。
頭の中で、面白おかしく覚えます。
記憶術の鉄則は「結びつけること」です。
たとえば、恥ずかしい話ですが、私は昔「あおむけ」と「うつぶせ」の区別がつかなかったことがありました。
どちらが上向きか下向きか、よく迷っていたものです。
そこである日、面白おかしい覚え方を発明しました。
>上を向けば空は青い。
>だから「あおむけ(青向け)」は上を向く。
>うつの人は元気がなくて、いつも下を向いている。
>だから「うつぶせ」は下を向く。
こうした覚え方を自分でつくりました。
おかしな覚え方ですね。
しかし、このように結びつけて覚えてから、もう「あおむけ」と「うつぶせ」を間違えなくなりました。
語呂合わせも同じです。
数字と事柄を結びつけて、覚えやすく、忘れにくくさせようとするアイデアです。
真面目な顔をしている優等生ほど、頭の中ではユーモアのあふれる想像が広がっているでしょう。
私は漢字が大好きなのですが、漢字を覚えるときにも「結びつけて」覚えます。
漢字のへんの1つに月(にくづき)というへんがありますよね。
実は、にくづきには「人間の臓器」という意味があります。
「臓」「胃」「腸」「腿」など、人間の臓器には、へんに「月」が付いていますね。
漢字を覚えるときや思い出すとき、人間の臓器に関係したことなら「月」を思い出してヒントにすると覚えやすくなります。
人(にんべん)は、人に関係する偏の1つです。
「伏」「侍」「像」
貝(たから)という偏は「宝」という意味があります。
「買」「貨」「贈」
何かと何かを結びつけて覚えると、頭に入りやすくなり、忘れにくくなります。
それは強烈な印象であるほど、忘れにくくなりますから、できるだけ面白おかしい内容で覚えましょう。
今の世の中は、情報過多の時代です。
新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、本。
さまざまな媒体から、さまざまな情報があふれている昨今です。
これほどたくさん情報があると、どの情報を信じていいのかわからないときがありますね。
いちばん信用できる情報は、どれなのでしょうか。
いちばん信用できる情報は「人からやってきた情報」です。
人からやってきた情報は、実際のその人が体験していることですから、大変信用ができます。
体験をしたうえで、善しあしを判断してくれるので、これほど大切な情報もありません。
自分の代わりに体験してくれ、そのリポートをいただけるのですから、これほど優良な情報はありません。
「人を大切にすること」が、優良な情報を見つけるためのポイントなのです。
人を大切にしていると、おいしいお店、おすすめの本などを教えてくれます。
あなたも、自分の知っている良い情報は、相手にプレゼントしましょう。
人からの情報がいちばん優良であり、情報の共有は、幸せへの近道になるのです。
私は今、自分の知っている幸せのコツを無料で皆さんに公開しています。
ときおり、読んでくれた読者からおすすめの本を紹介してもらうことがあります。
ほかの人が読んでリポートしてくれた内容は、貴重です。
わざわざおすすめしてくれるのですから、結果として時間の節約になったり、優良な情報へたどり着く近道になったりします。
まず自分から情報を公開することで、相手からも情報がやってくるようになります。
本当に優良な情報は、人からやってきます。
あなたが情報を公開しているからこそ、相手も優しい気持ちになって「こちらも何か教えてあげよう」という気持ちになります。
まず自分から、体験を通した情報を公開していくことがポイントです。
しかし、なかには情報を公開せず、独り占めしようとする人がいます。
自分が知っている大切な情報を口にしてしまうと、自分が損をするように思えます。
自分の知っている効率の良い方法、参考書などを他人に教えてしまうと、周りの学力が上がり、自分が損をする感覚になるからです。
しかし、狭い範囲でしか物事を見ていないから、そう思えるのです。
他人に優良な情報を教えて、他人の学力アップに協力すれば、クラスの中でたしかに順位が下がるかもしれません。
しかし、情報共有をすれば、他人にも感謝され、自分も情報を知ることができます。
恩恵を得られ、自分の学力も上がるようになるのです。
情報共有しても、自分の順位がなかなか上がらないときもあるかもしれません。
しかし、それは、クラス全体のレベルがアップしているからです。
自分のクラスしか見ていないと変化がないような気がしますが、ほかのクラスやほかの学校と比べれば、平均より上がっています。
情報を共有して、向上しないパターンはありません。
クラス全体が向上していますから、自分も一緒に向上しています。
1つのクラスという範囲でしか見ていないと、情報公開は損をしているような感じになります。
しかし、情報公開をし合って、クラス全体のレベルが上がれば、ほかのクラス、ほかの学校よりレベルが高くなるのです。
結果として自分に恩恵が返ってきます。
有名進学校では、クラスの中で成績の争いが繰り広げられていると思われているようですが、実はその逆です。
驚くほどフレンドリーで情報を共有し合っています。
だからクラス全体、学校全体のレベルが上がり、進学校になっているのです。
成功のポイントは、常に「共有」です。
共有をすると、クラス全体、学校全体、会社全体が向上していて、自分も一緒に向上しているのです。
「自分は頭が悪い」
そう思えば、知識で勝負するのではなく、人柄を勝負ポイントに変えることです。
幸せになるためには、知識より人柄を磨くほうが大切です。
人柄を磨けば、協力が得られます。
人づてで大切な情報を教えてもらえたり、手伝ってもらえたりします。
結果として、大きな結果を出すことができるのです。
Panasonicの創業者である松下幸之助氏は、小学校を中退しています。
小学校を中退である松下氏が、なぜ会社を大きくできたかというと、知識より、人柄を磨いたからです。
松下氏は著書の中で、こう言っています。
「自分の頭に自信がないから、人を動かす方法を考えた」
自分にできないことは、他人の協力を得られるように人柄を磨いたのです。
松下氏は、謙虚なことで有名です。
失敗する人のパターンは、知識を磨くことに一生懸命です。
もちろん知識は大切ですが、人格はさらに大切です。
ある時期から、1人の知識の限界に気づき、向上が止まります。
1人の知識は知れていますが、大勢の知識には無限の可能性があります。
一人の力は小さくても、たくさんの人が集まれば、巨大な力になります。
多くの人からの協力が得られるほど、可能性は広がっていくのです。
そのために必要なのが、人柄です。
「助けたい。協力したい」と思わせるような人柄を磨くことです。
成功者ほど、温厚で性格も明るいです。
温厚で性格も明るいから、成功できたと言えます。
一人の力は小さくても、たくさんの人が集まれば、巨大な力になるのです。
これまであなたは「記憶」を頭で覚えていたのではないでしょうか。
頭がいい人なら、記憶に頼ることもできますが、そうは言ってもなかなか大変なことです。
記憶するエネルギー、記憶を保持するエネルギーは、大きいものです。
ちょっと、考え方を変えてみましょう。
「本当に自分の頭で覚えてないといけないことなのかな」と疑問を持ってみるのです。
今まで、自分の頭で努力して覚えていたことを、簡単なツールを使って実現できないのかと考えてみるのです。
たとえば、誕生日の記憶です。
「2月25日は○○さんの誕生日。9月17日は○○さんの誕生日」ということは、頭で覚えることができます。
しかし、本当に頭で覚える必要があるのか、振り返ってみましょう。
頭の使い方が上手な人は、物忘れが得意な頭を、極力使おうとしません。
では、どうするのかというと、カレンダーに書き込むのです。
「え? それだけ」と思うでしょうが、それだけのことです。
毎日、目にするカレンダーに書き込めば、記憶を保持する労力から開放され、そのうえうっかり忘れることもありません。
シンプルな方法ですが、これをしない人がいて驚きます。
「うっかり忘れた。いつだっけ」という人に限って、頭で覚えようとします。
そういう人に限って「私、物覚えが悪いから。頭が悪いから」というお決まりの言い訳をします。
そもそも、頭で覚える必要などないのです。
頭で覚えるからいけないのです。
カレンダーに書き込めばいいだけです。
もはや、頭の善しあしや記憶力など、関係ありません。
頭で覚えない方法を実践する人が、成功します。
私はいつも「うっかり」を防止するために、携帯を頻繁に活用しています。
携帯にはカレンダー機能があり、指定した日の、指定した時間になればアラームが鳴る設定ができます。
会社帰りに理髪店へ行くのをうっかり忘れないために、あらかじめ、指定した日・時間にアラームが鳴るように設定しています。
見たいテレビ番組をうっかり忘れないために、携帯に番組前にアラームが鳴るようにしています。
もちろん家族の誕生日、友人の誕生日も、携帯に登録しているので、うっかりはありません。
私は何も覚えていません。
気になるコンサートの問い合わせ番号があれば、番号を頭で覚えません。
携帯のカメラ機能で、写真を撮ってしまいます。
そうしたほうが、早くて忘れないからです。
頭で覚えないのは、だらだらしているように思えます。
でも、本当は頭に頼らない工夫をするほうが、不注意が少なくなるのです。
「覚えるのが苦手!」
そういう人は、たいてい覚えにくい覚え方をしているものです。
頭が悪いのではなく、単純に覚え方が悪いのです。
では、どういう覚え方をしているのかというと「文章」で覚えようとしています。
覚えることすべてを、頭に叩き込もうとしているのです。
文章はたくさんありますから、目を通す量が多ければ多いほど、覚えるために時間も労力もかかります。
しかし、頭の使い方が上手な人は違います。
覚える量が多いほど覚えにくくて忘れやすいことを知っていますから「キーワード」で覚えようとします。
できるだけシンプルに短くまとめて「一言」で覚えようとします。
思い出すときには、そのキーワードから連想を膨らませて、次々と思い出します。
たとえば、買い物に行くときの例を挙げましょう。
今日はカレーをつくるため、あなたは買い物へ出かけることになりました。
買うものは「カレーのルー、ニンジン、肉、ジャガイモ、タマネギ」です。
あなたなら、どう覚えますか。
もちろんいちばん忘れないためのベストな方法は「紙に書くこと」です。
しかし、あえて、紙に書く以外の方法で、賢い覚え方で考えてみましょう。
まず思いつく方法といえば、一つひとつを真面目に覚えようとすることです。
覚えることが苦手な人は、たいていこのパターンです。
文章で覚えようとします。
「カレーのルー、ニンジン、肉、ジャガイモ、タマネギを買う」
そのまま、まるごと頭に記憶して、覚えようと一生懸命に脳を振り絞ります。
しかし、頭の使い方が上手な人は、まったく異なる覚え方をします。
「カレー」というキーワードだけを覚えます。
覚えることは「カレー」だけです。
今回買い物へ行く目的は、カレーをつくるためです。
ここがポイントです。
カレーをつくるために買い物へ行くことさえ頭に入っていれば、あとからいくらでも思い出せます。
1つのキーワードさえ頭に入っていれば、それを手がかりに思い出していくことが簡単になります。
これだけなら、どんなに記憶力の悪い人でも覚えられますよね。
覚えることは「カレー」という一言だけなのですから、誰でも覚えられます。
これが、上手な頭の使い方です。
覚えることを、できるかぎり「少なく」「シンプル」にすればいいのです。
キーワードで覚えることを意識しましょう。
あなたは今まで「なりたい」という生き方をしてきたのではないでしょうか。
「もっとかわいくなりたい」
「もっと美しくなりたい」
そう考えて、ファッション雑誌を読んだり、鏡とにらめっこしながらお化粧したりとしていたことでしょう。
しかし、いつまで経っても、自分の納得いくような美しさが表現できないことに悩んでいるのではないでしょうか。
もともとある顔立ちから、お化粧やファッションでちょっとごまかそうとしても、本来の自分はやはり変えられない……。
では、質問の仕方を変えます。
あなたは、どんな自分ですか。
今、自分はどのような顔をしていますか。
「どんな自分になりたいか」ということは、頻繁に考えることはあるでしょう。
「すでにある自分はどんな自分なのか」とはなかなか考えたことがないのではないでしょうか。
「なりたい」はまったく考えなくていいのです。
ありのままの自分を生かすということだけ考えていればいいのです。
花で考えてみましょう。
バラとユリの花があります。
どちらの花も、美しい花ですよね。
ただ、その美の表現はまったく異なります。
バラにはバラの美の表現があり、ユリにはユリの美の表現があります。
もし、バラがユリになろうとしても、無理です。
理由はいうまでもありませんね。
そもそも、個体として異なるからです。
一方、ユリがバラになろうとしても、それも不可能です。
そもそも自分は、自分にしかなれないのです。
花は「あのようになりたい」とは考えません。
「そのままの自分を生かしたい」という生き方をしています。
自分の持ち味を曲げず、折らず、むしろ素直にそのままを表現しようとします。
最初からバラはバラなのですから、バラとして生きることが最も自分を生かした生き方です。
ユリは最初からユリなのですから、ユリとして生きることが最も自分を生かした生き方です。
ゆえに、バラにはバラの美しさがあり、ユリにはユリの美しさがあるのです。
見た目、香りは異なりますが、どちらも素晴らしい花ですね。
この「ありのままを生かすこと」を自然は間違えません。
しかし、人間は間違うのです。
人間は「欲」で物事を考えるからです。
「このようになりたい」という生き方をしていませんか。
そもそも、あなたは最初から持っている自分があるのですから、その自然に反してはいけないのです。
そもそもできないのです。
バラがどんなに頑張ってもユリにはなれないように、あなたはあなた以外にはなれないのです。
「このようになりたい」というのは欲の表現です。
自分がこうなりたい思いは、欲が先行しています。
生き方上手な人は「なりたい」という生き方はしません。
「そのままの自分を生かしたい!」と考えます。
花がそうであるように、自分を知り、自分を生かした生き方が、いちばんの幸せになります。
あなたは今どんな顔をしていますか。
かわいい系ですか。
美人系ですか。
まず、そのありのままを受け入れることから始めましょう。
どんな顔であろうと、その顔立ちを生かそうと考えましょう。
そもそも持っているその顔を生かした美の表現が、いちばんあなたらしい生き方ができます。
「でも、自分の顔、気に入らないし。アイドルのような顔になりたい!」
ほら、欲なのです。
自然に反した生き方はできないのですから、まず自分を受け入れ、そのままを表現していくのです。
自分しか持っていない、たった1つの顔なのですから、自分にしかできない美の表現があるはずです。
それが、あなたのするべき、本当の美の表現なのです。
頭の使い方が上手な人は「自分を生かす方法」を考えます。
最初からあるのですから、何も準備しなくていいからです。
自分を見つけて、伸ばして、生かそうとする生き方をします。
私は、すべての人に才能があると思っています。
才能と聞くと、大げさに考える人がいるのですが「世界にただ1人の唯一の自分」ということです。
世界に1人しかいないのですから、それが誰にも負けない才能ではないですか!
私の顔は、私にしかありません。
私の性格、生まれ、育ち、声、経験など、私にしかないオンリーワンです。
世界中どこを探しても、まったく同じ人はいません。
自分しかいないのです。
私だけではなく、あなたも同じです。
その唯一の自分が、まさに才能であることを認めましょう。
世界に自分は、たった1人しかいません。
世界に1人しかいない自分を生かせばいいのです。
私は今、自分を生かした生き方をしようと心がけています。
本当は、かっこいい俳優のようになりたいという夢を描いていた時期もありました。
10代のころは、恥ずかしながら「もっとかっこよくなりたい。もっと尊敬されたい」という欲で生きていた時期がありました。
しかし、そもそも唯一の自分がすでにいるのですから、その自分をもっと伸ばして、生かせばいいだけだと気づいたのです。
私は、愛媛県で生まれ、厳しい親元で育ちました。
もともと運動神経が良かったり、考えることが好きだったり、書くことが好きだったりしました。
自分がそういう自分になろうとして、そうなったのではありません。
最初から、そういう自分でした。
「そのありのままの自分を伸ばそう、生かそう」と考えたのです。
自分のすべてを生かして、今、このように自分を生かして生きています。
これが私の天命であり、役割です。
自分にしかできない仕事ができているのですから、これほど嬉しいことはありません。
読者から「こんなにたくさん書いて疲れませんか」と、よく聞かれます。
全然疲れません。
むしろ元気になります。
書けば書くほど、私は元気になります。
本当の自分を生かして生きたとき、必ず元気になるものです。
自然そのものだからです。
ただ、私は個性を伸ばして生かした生き方をしているだけですから、力を入れていません。
流れている川の中にいると、力を使わなくても流れる方向に自然と押されて進んでしまいます。
同じように、私も自分らしく生きていますから、自然に押されて流れます。
力は入れていないけど、勝手に進んでいる状態です。
まったく抵抗を感じていません。
抵抗を感じるということは、流れとは逆を向いているからです。
バラがユリになろうとするから、疲れます。
バラがユリになろうとすることは、不自然であり、流れとは逆の方向に進もうとしているからです。
自分らしくない生き方は、不自然な生き方ですから、努力、根性、忍耐が必要です。
本来、自分らしく生きることに、努力も根性も不要です。
自分らしく生きれば生きるほど、努力、根性、忍耐は必要なく、むしろ元気になります。
疲れにくくなります。
自分らしく生きているかをチェックするならば「今、していることに抵抗を感じるか」というポイントで考えてみましょう。
「どうも疲れるな。これをすると体調が悪くなる」というのは、自分に反していることをしているからです。
人には「得意なこと」と「不得意なこと」があります。
この2つのポイントをどう扱うかによって、生き方がまったく異なります。
私たちは、学校の義務教育を通して「得意なことより不得意なことを克服しなさい」という教育を受けてきました。
もちろんすべての学校で、その限りではありませんが、その傾向は強い。
「英語95点、数学30点」なら「英語の勉強はもういいから、苦手な数学に力を入れなさい」とアドバイスをするでしょう。
しかし、本当にそれでいいのでしょうか。
疲れる生き方は、決まって「不得意を克服しようとする生き方」です。
自分に向いていないことをするのですから、努力、根性、忍耐、時間も必要です。
無理な力ばかりが入りますから、疲れやすくなります。
不得意な自分に合っていない科目ばかりを勉強しているから、疲れやすくなり、勉強が嫌いになります。
社会では「専門家」が求められているというのに、学校では「何でも屋」を育てようとします。
この矛盾のため、日本では、ありのままの自分を発揮しにくい環境になっています。
頭の使い方が苦手な人は「できないところをなんとか克服しよう」とします。
頭の使い方がうまい人は「できるところをもっと伸ばそう」と考えます。
最初から努力していないことができるのですから、本気になって取り組めば、さらに伸びるはずです。
若いころから、専門家を目指した生き方を意識することです。
自分に向いていることを見つけて、伸ばして、生かしていくのです。
頭の使い方が下手な人は、先生から学びを得ようとします。
先生の発言だけを信じて、先生以外の発言からは学ぼうとしません。
偉い人の発言からは素直に学ぼうとしますが、素人の発言には耳を傾けません。
しかし、頭の使い方が上手な人は、出会う人すべてから学ぼうとします。
もちろん先生からも学び、日常で出会う友人、知人、出会ったばかりの人、すべての人から学ぼうとします。
出会う人すべてが先生だからです。
素晴らしい友人から、良いところを吸収します。
マナー、言葉遣い、勉強の仕方、仕事の仕方。
素晴らしい友人からも学びはたくさんあります。
愚行に走る人からは、反面教師として学びを吸収します。
してはいけないことを、自分の代わりに行い、教えてくれている先生です。
お金の問題、恋愛の問題に苦しんでいる人を見て「自分も気をつけよう」と学びを見つけます。
そう考えると、すべての人から学びがあるではありませんか!
どんな人物であろうと、受け止め方によって、すべての人を先生にできるのです。
先生だけが先生ではありません。
実は、すべての人が、あなたにとっての先生になっているのです。
出会う人、すべてを先生にしたとき、あなたは必ず急成長します。
頭に自信がなければ、体で行動することです。
行動する量を増やして、頭の悪さを補完します。
ほかの人より早く行動して、早く考え、決断できる人がたくさんの学びを得ることができます。
もちろん成功へも早く近づけます。
このとき「もし失敗したらどうしよう」と考えるのではありません。
「失敗したら、そのときに考えよう」でいいのです。
失敗を先に考えてしまうと、行動する力が半減してしまいます。
次のように考えればいいのです。
「さっと動く。ダメならさっと引く」
まずは、素早く行動することを第一にします。
万が一、失敗をすれば、さっと引いてしまえばいいと考えてしまうのです。
素早く訂正、修正、改善をすれば、失敗が怖くなくなります。
積極的に行動できるようになりますね。
私はいつも「間違えたらそのとき直せばいいか」と考えて行動するようにしています。
頭が悪いので、頭の中だけで考えていても、具体的なところが想像できません。
たいていの場合、実際にやってみると、想定外のことが起こります。
間違いについて先に考えてしまうと、頭の中だけでどんどんと妄想が膨らんでしまい、何もしていないうちから疲れます。
妄想は思ったよりエネルギーが消費されます。
まだ起こってもいない現実に悩んで疲れてしまうのも、おかしな話です。
まず行動することに全力を尽くします。
間違えてしまえば、そのときに考えればいいのです。
楽観的に考えていいのです。
考えているだけではわかりませんから、行動を第一に事実を見つけていけばいいのです。