私がアメリカに留学していたころ、日本人の友人の1人に、勉強の達人がいました。
見た目は、普通の女の子なのですが、勉強をし始めると顔色を変えます。
学校では、難しい授業ばかりなのですが、その子はいつも高得点を取ります。
私は先日、なんとアロマセラピー検定1級に合格しました!
アロマの勉強は、これまでにないほど楽しくできた勉強です。
勉強が楽しくて仕方なかった理由は、自分の生活に直接生かすことができる勉強だったからです。
競争相手がいると、自分を駆り立てる効果があり、やる気も炎炎と燃えてきます。
そういう効果があるのは事実です。
一時的に成績アップにつながる方法でもあります。
勉強のスコアを、ゲームのスコアと考えてみましょう。
「勉強=ゲーム」と考えてかまいません。
テレビゲームでは、少しでも高得点を目指して、一生懸命になります。
勉強を、自分を知るきっかけにしましょう。
勉強というフィルターを通すと、自分がどんどん見えてきます。
さまざまな困難を与える勉強は、本当のあなたを教えてくれる先生です。
勉強ができない人には、決まって次のような言い訳があります。
「生まれつき頭が悪いから」
「家が貧乏だから」
学校の勉強は、強制です。
小学生の勉強では社会で必要な基本的な勉強ですから、まだわかります。
しかし、大学で勉強するような難解な学問が、本当に社会で必要なのかというとはなはだ疑問が残ります。
勉強は、自分と生活と人生を向上させるためにするものです。
ただ試験だけを受け、順位を決めるだけが、大学進学の方法ではありません。
学校で学ぶことは、社会に出てからも必要な知識が多い。
学校ほど、さまざまな経験ができる場所はありません。
1つの校舎の中で、さまざまな科目も勉強でき、先生や友人との人間関係さえも学べる場所はありません。
「学校」という名前がついているだけに、その中で学べる量は、すごいものがあります。
天職を見つけるきっかけは、必ず学生生活のどこかにあります。
学校では多種多様な学びを得ることができますから、そのどこかで天職に関係する一瞬があるはずです。
学校ほど、いろいろな勉強をする場所はないのですから、自分の天職に触れる勉強を一切していないというはずがないのです。
花のタネは生まれたその瞬間から、将来なるべきであろう姿があらかじめ決められています。
バラのタネからは、将来バラの花が咲くことがあらかじめ決められています。
ヒマワリのタネからは、将来ヒマワリの花が咲くことがあらかじめ決められています。
勉強には、困難がつきものです。
難しい問題、広い試験範囲、記憶を保持するための方法など、困難を攻略するためには「知識」だけではなく「知恵」も必要です。
・暗記法
勉強をしていると、友人と遊ぶ時間がなくなるというのは嘘です。
予備校、学習塾では、人と人とが出会い、友人になり、仲良くなります。
勉強がきっかけになり、勉強を通して、友人と仲良くなれます。
勉強しなくても、生きていけます。
勉強しないほうが、楽に思えます。
しかし、本当は勉強をしたほうが、もっと楽に生きることができるようになります。
宝くじでお金持ちになろうとする人がいます。
一獲千金を狙おうと、宝くじを買います。
たしかに宝くじで大当たりすれば、お金持ちになれます。
「お金持ち」
そんな人は、どんな人を想像しますか。
テレビや雑誌などでお金持ちの特集をすることがありますが、登場するお金持ちは決まって「仕事を一生懸命にしている人」です。
勉強は、ただすればいいという単純な話ではありません。
なにより大切なことは「勉強しようとする気持ち」がいちばん重要なのです。
気持ちの状態によって、勉強も2通りにわかれます。
勉強をして成績が上がらない人には、共通点があります。
「暗記」をして、勉強しようとしていることです。
テストで点を取ることは、いわばどれだけ覚えているかを計る試験ですが、勉強するときに暗記に頼って勉強しようとします。
勉強は、親子関係にも影響します。
子どもから「これ何?」と聞かれたとき「わからない」と答えてしまう親は、子に対して示しがつかなくなります。
質問に答えられない親を見て、子どもはがっかりしてしまうのです。
勉強をしていると、表情が良くなります。
自信に満ちあふれた、明るい表情になります。
勉強していると、知らないことが少なくなり、物事に精通するようになりますから、自信がついてくるのです。
体力がなく、精神力もない人は「自分は何て恵まれていないんだ」と嘆きます。
たしかに人それぞれです。
生まれつき体力も精神力もある人がいます。
社会に出れば、まず平社員からのスタートです。
新人として同期で入った仲間とは、はじめこそは同じポジションに就きますが、時が経つにつれて違いが出てきます。
昇進の早い人と、いつまで経っても昇進できない人とに別れてしまうのです。
「勉強」とは「掛け橋」と言い換えることができます。
川の向こうにある陸に渡りたくても渡れない。
「掛け橋」をつくると、足を踏み入れられなかった世界へ進むことができるようになります。
生まれつき、運動神経がいい人。
生まれつき、音楽の才がある人。
生まれつき、話をするのがうまい人。
「自分は、運動で進学するから勉強はしなくていい」
スポーツ推薦で進学する人が、よく口にする言葉です。
恥ずかしながら、私も学生時代、同じような言葉を口にしていた人間の1人です。
あなたは「確率の世界」の住人ですか。
それとも「努力の世界」の住人ですか。
宝くじは「確率の世界」ですが、勉強は「努力の世界」です。
学校の勉強は、なぜ嫌われるのかというと「強制」になっているからです。
本人の勉強したい気持ちを無視して、とにかく突然勉強を強制させられます。
時にはしたくない気持ちのときもあれば、そもそも興味のない勉強もあります。
すべての人には、潜在的に自分を生かしたい欲求が備わっています。
いえ、人だけではありません。
この世のあらゆる存在には「自分を生かしたい」という本心があります。
勉強ばかりする人は、頭でっかちになります。
知識ばかりであふれてしまい、たしかに頭はよくなりますが、すべてを知識で考えてしまうため、理論はあっても実践がありません。
自分は行動しないのに、批評ばかりを述べる評論家のようになります。
すべての勉強には、知識と体験の両方が必要です。
人付き合いで悩んでいる人は、単純に知識が足りないか、体験が足りないかのどちらかです。
知識があれば、どうすればいいのか頭ではわかりますが、体験がないと今度は体がうまく動きません。
私がアメリカに留学していたころ、日本人の友人の1人に、勉強の達人がいました。
見た目は、普通の女の子なのですが、勉強をし始めると顔色を変えます。
学校では、難しい授業ばかりなのですが、その子はいつも高得点を取ります。
難しい内容ばかりですが、驚いたことにその子は、どんな勉強も乗り越えてしまっていました。
ある日、なぜそんなに勉強ができるのかと聞いてみたことがありました。
素晴らしい答えが返ってきて、大変参考になるアドバイスでした。
「どんな科目でも、興味のある部分や面白いところを見つけて楽しんで勉強している。面白ければ、やる気も出るから」
私は「なるほど」と、大きくうなずきました。
勉強が嫌だ、嫌いだと逃げるのは、簡単です。
しかし、その子は意識を変えて、つまらない勉強の中から面白さを見つけようとしていました。
英語には英語の面白さがあり、地学、生物、国語、化学など、それぞれの分野にはそれぞれの面白さがあります。
つまらないところばかりに目を向けるから、いけないのです。
まず、その勉強を好きになるために、楽しさを見つけることが大切なのです。
その後その子は、U.C.L.Aというアメリカで有名な大学へと進学しました。
難しい勉強も、彼女を見ていると楽しそうに見え、実際に楽しんで勉強しているのでした。
楽しむこと、好きになることは、まず勉強を始めるにあたり、なにより大切なポイントなのです。
私は先日、なんとアロマセラピー検定1級に合格しました!
アロマの勉強は、これまでにないほど楽しくできた勉強です。
勉強が楽しくて仕方なかった理由は、自分の生活に直接生かすことができる勉強だったからです。
アロマとのはじめの出会いは学生時代です。
勉強に疲れていた私は、ある雑貨屋さんでラベンダーの精油とキャンドルを見つけます。
「アロマとは、どんなものなのだろう」
最初は興味で購入したのですが、思いのほか夢中になります。
文章で表現するのは難しいことですが、アロマの香りを嗅いだ後の不思議な感覚は忘れられません。
疲れたときに活用したり、集中したいときに活用したりなど、生活のところどころで大活躍のアロマでした。
当時の私は、アロマを活用していたものの、知識が乏しかったため、具体的な効果や使い方などを知らないままの活用でした。
ただ興味があって活用していただけのアロマでしたが、このたび、本格的に勉強してみようと思うようになりました。
もちろん自分の生活にもっと生かしたい、活用したい気持ちからです。
なにより自分の生活に生かせることができる勉強ですから、学習にも力が入ります。
勉強で得た知識が自分の生活に直接影響するとなれば、入る力も、ひとしおです。
出題される精油は、全部で20種類あります。
自分が普段から使っている精油も含めて買いそろえ、楽しみながらの勉強でした。
「ラベンダー、カモミール、ネロリには鎮静作用がある」ことも、勉強と思えば「つまらない」と思ってしまいます。
しかし、自分の生活に関係する知識だと思えば「なるほど」という感動を伴いながら勉強を進めることができます。
「ラベンダーには、酢酸リナリルが含まれているため、鎮静作用がある」
「レモン、ベルガモットには光毒性のあるベルガプテンが含まれているため、肌につけた後には紫外線に当たらないこと」
「スイート・マジョラムの香りは、ギリシャの愛の女神アフロディテから与えられた香りと言われている」
どれもこれも「へえ、なるほど、そうなんだ」といちいち感動しながらの勉強です。
ホホバ油やココナツオイルなどは、具体的に想像できないので、アロマショップへ出かけて、肌触りや香りを確かめました。
今回は、アロマという分野での勉強です。
しかし、どんな分野だろうと「自分の生活に生かすため」と考えることは、勉強を楽しむ上で重要な点です。
英語、国語、建築学、気象学など、どの分野でもそうですが、何か生活につながりがあるものです。
そのつながりを見つけて「生活に生かそう」と思えば、やる気も出てきます。
勉強は、生活を結びつけると楽しくなります。
競争相手がいると、自分を駆り立てる効果があり、やる気も炎炎と燃えてきます。
そういう効果があるのは事実です。
一時的に成績アップにつながる方法でもあります。
しかし「一時的」にはよくても「長続き」という面では、あまりおすすめできる効果ではありません。
何しろ、他人と競争するのは、本当に疲れます。
「あの人より自分は上。あの人より自分は下」と上下で人を分けて、見てしまうようになります。
時と場合によっては、せっかくの友人との仲も、得点の争いによって影響を及ぼすこともあるでしょう。
いくら勉強の効率を高めるためとはいえ、友人と得点の競争を始めると、疲れやすくなります。
楽しく勉強をするためには、競争相手を友人にしてはいけません。
自分と競争するのです。
周りの友人を相手にスコアの競争をすると「比較」になりますが、自分と競争すると「成長」になります。
自分は本気になればどれだけやれるのかと、昨日までの自分を超えようと燃えると、勉強がゲームになります。
できた自分に対して、自信をつけることができます。
注意意識が、他人ではなく、自分に向いていますから、成長になるのです。
ゲームのRPG(ロールプレーイングゲーム)がなぜ面白いのかというと、昨日までの自分を超えていくゲームだからです。
だからストーリーの長いRPGも私たちは、楽しみながらプレーを長続きさせることができます。
他人を比較対象にすると、一時的効果はあっても、すぐ疲れます。
自分を比較対象にすると、長続きするうえに、楽しむことができるのです。
勉強のスコアを、ゲームのスコアと考えてみましょう。
「勉強=ゲーム」と考えてかまいません。
テレビゲームでは、少しでも高得点を目指して、一生懸命になります。
その気持ちを勉強にも向ければいいのです。
「少しでも速く」
「少しでも高得点を」
「少しでも覚えやすく」
「少しでも忘れにくく」
ゲームとして考え始めたとき、つまらないと感じる勉強の中に面白さが芽生えてくるようになります。
少しでも速く、少しでも覚えやすくなど工夫を凝らして勉強するとき、必ず得点に反映されます。
数字として目に見えたとき、成長が体感できるのです。
勉強の面白さは、自分の成長を実感できるときです。
勉強はとても正直です。
するほど、得点に直結します。
勉強を、自分を知るきっかけにしましょう。
勉強というフィルターを通すと、自分がどんどん見えてきます。
さまざまな困難を与える勉強は、本当のあなたを教えてくれる先生です。
私は、部屋で勉強できないタイプなのですが、それを知ったのは勉強がきっかけでした。
部屋の中で勉強をしていると、眠くなったり、集中できなかったりします。
「きっと自分はそもそも勉強ができないタイプなんだ」と、最初は思っていました。
できない理由は深く考えず、自分の出来の悪い頭に悔しがっていました。
しかし、ある日、ふとしたきっかけで、外で勉強をすることになります。
そこで、まったく違う自分を発見します。
外にいるほうが、自室でこもって勉強するより、はるかに集中できて、はかどるのです。
勉強ができなくて、悩む。
↓
部屋でいくら勉強しても集中できず眠くなる。
↓
環境を変えて、勉強してみる。
↓
外で勉強したほうが、はかどることを知る。
↓
図書館、コーヒーショップを利用して、外で勉強するように対策を採る。
↓
勉強ができるようになる。
↓
そのほかさまざまな試験勉強、仕事のときにも、活用できる。
このように勉強を通して自分を知るきっかけにし、対策を考えます。
私の場合は、勉強をするために「外で勉強をすればいい」という対策をとったことで軌道に乗り始めました。
きっかけは「勉強ができない」という落ち込みからです。
勉強でつまずいて対策をとったことで「部屋では勉強できない性格」を知ります。
性格は変えようと思っても、なかなか変えられません。
自分の性格をそのままにして対策をとったわけです。
単なる勉強の仕方だけに限りません。
自分はどのような科目を得意とするのかも、勉強をしてみて初めてわかります。
英語だけは、少し勉強すれば高得点を取れたり、数学はいくら勉強しても得意になれなかったりと、そういう経験はありませんか。
私は機械関係の勉強だけは、昔からよくできていました。
理科の授業でも、電気が関わる話になると、相性が良いため、すらすら覚えます。
機械関係が得意であることを知り、それを生かし今では関連している仕事に就いています。
そもそもの相性がいいですから、仕事でうまくいくのも当然です。
自分を知らずして、仕事を選べないように、自分を知ることで職業の選択もうまくできるようになるのです。
自分を知るから、コントロールの仕方がわかります。
勉強だけでなく、仕事や恋愛など、自分を知ることで、どう対応すればいいのかがわかるのです。
まず知るべきは、自分です。
自分を知るために、勉強というフィルターを大いに活用するべきなのです。
勉強ができない人には、決まって次のような言い訳があります。
「生まれつき頭が悪いから」
「家が貧乏だから」
「勉強は面白くない」
「たまたま難しい問題が出たから」
「勉強時間がなかったから」
たしかに言い訳の内容には、筋の通っているものもあります。
しかし、言い訳して、本当に損をしているのは自分です。
自分の抜けているところがわかったのですから、言い訳だけで終わらせてしまうのでは成長のチャンスを逃しているからです。
うまくいかなかったから、それを自分の抜けているところの発見へと変えて、成長につなげることです。
できなかった理由を他人のせいにすれば、他人が成長するばかりで自分の成長にはなりません。
できなかった理由を自分の中から発見するとき、成長になり、勉強することが楽しくなります。
勉強を通して自分を磨き、高めていくことに利用すれば、これほど素晴らしいものはないのです。
学校の勉強は、強制です。
小学生の勉強では社会で必要な基本的な勉強ですから、まだわかります。
しかし、大学で勉強するような難解な学問が、本当に社会で必要なのかというとはなはだ疑問が残ります。
学生時代は、学校のルールに従わなくてはならないので、やむなく勉強をするしかありません。
興味のある勉強だけでなく、興味のない勉強までしなくてはならず、できるだけ高得点を目指すため、精神的な苦痛が伴います。
できなければ叱られる。
できればもっと高得点を取るようにと言われる。
終わりがなく、常に苦しみが付きまといます。
しかし、学生のころにどんなに勉強嫌いの人でも、社会人になれば、必ず勉強がしたくなります。
学生のころは、アレルギーが出るほど嫌いだった勉強も、社会人になれば不思議と勉強が好きになってしまうのです。
社会人になってからの勉強は、直接自分の身に跳ね返ってくるからです。
勉強すれば、それだけ物事がわかるようになり、その恩恵が直接自分に返ってくることが肌で感じられます。
また勉強すれば、事前に起こるであろう危険を察知したり、避けたりできるようになります。
だから勉強が面白くなり、好きになってしまうのです。
どんなに勉強が大嫌いな女の子でも、結婚をして子どもを産めば、必ず進んで勉強するようになります。
本屋に行って、育児書を自分のお金で支払って購入し、必死で勉強するようになります。
自分の身に関わることであり、子どもの成長のために直接必要な知識になりますから、親は勉強がしたくなるのです。
社会人になれば、とにかくたくさん勉強したくなります。
育児だけでなく、お金や社会、仕事の勉強など、自分に関わることは、内容が自分に跳ね返ってくるため、学びたくなるのです。
勉強は、自分と生活と人生を向上させるためにするものです。
ただ試験だけを受け、順位を決めるだけが、大学進学の方法ではありません。
学校で学ぶことは、社会に出てからも必要な知識が多い。
気づかないところで、いつの間にか生かされています。
たとえば、生物学です。
一見、無駄とも思える生物の知識は、たしかに社会に出てから頻繁に活用する知識ではありません。
細胞分裂の仕組みや、DNA、ミトコンドリアなど、人との会話ではなかなか登場しない話題です。
しかし、その仕組みや学びが前提としてあるから、新聞・雑誌などの記事の話についていけるようになります。
学校で学んでいなければ「この話は初めて聞く」というところから入らなければなりませんね。
「うん。なるほど」と、うなずけるのは、学校での学びが前提としてあるからです。
知らず知らずのうちに学校で学んだ知識は、社会の中で生かされています。
学校で勉強を一生懸命にした人ほど、社会に出てからも世の中の流れをつかみやすくなり、仕事へも好影響を与えるのです。
学校ほど、さまざまな経験ができる場所はありません。
1つの校舎の中で、さまざまな科目も勉強でき、先生や友人との人間関係さえも学べる場所はありません。
「学校」という名前がついているだけに、その中で学べる量は、すごいものがあります。
まさに、人生に必要な基本的な学びを凝縮させた場所なのです。
そんな学校が、つまらないわけがないのです。
私は「学校がつまらない」という人は、もったいないと思います。
その素晴らしい恩恵に気づいていないだけです。
そういう人ほど社会に出てから「あのとき、もっと勉強しておくんだった……」と後悔することになるでしょう。
学生時代を終えた社会人は「学生時代はのんきで良かったな。もっと勉強しておくべきだった」と言います。
あなたの両親、社会人の知り合いなど、聞いてみればいいでしょう。
「学生時代は一生懸命に勉強をしたほうがいい」というアドバイスばかりのはずです。
往々にして学生のうちは、その恩恵には気づきません。
学校を卒業して社会に出たとき、どれだけ学校にお世話になっていたのかと気づき、恋しくなり、再び勉強がしたくなるのです。
私は社会人ですが、やはり「あのとき、もっと勉強しておくんだった」と思っている1人です。
「過去の、どの時期に戻りたいか」と聞かれれば「学生時代に戻りたい」と即答することでしょう。
当時は「つらい、大変だ」と思っていた学校生活も、今になって思えば、輝いて見えるのです。
天職を見つけるきっかけは、必ず学生生活のどこかにあります。
学校では多種多様な学びを得ることができますから、そのどこかで天職に関係する一瞬があるはずです。
学校ほど、いろいろな勉強をする場所はないのですから、自分の天職に触れる勉強を一切していないというはずがないのです。
自分では天職を意識していませんから「これだ」と気づくことができません。
しかし、あとからになって「そういえば、不思議とあれだけは得意だったな」ということに気づきます。
自分が何者かを知るためには、さまざまなことに挑戦してみましょう。
成長の伸びぐあいを見ることで、才能に気づくことができ、天職を知るきっかけになります。
私は学生時代から、作文だけは得意でした。
特に、感想文は得意でした。
書く準備をしていないにもかかわらず、書き始めると次から次へと書くことが思いつき、誰より早く書き終えてしまいました。
とは言うものの、学生のころの私は「さっさと終わらせてしまおう」というくらいにしか思っていませんでした。
文章を書くことはお手のものだったので、作文という宿題を与えられた私は、さっさと終わらせる程度にしか思っていませんでした。
今になって考えると、自分には「書く作業が向いている」ということだったのです。
不思議と作文がすらすら書ける自分は、天職に触れている瞬間でした。
私は文章を書く仕事をしていますが、学校の作文の宿題を延長でしているようなものです。
私は全然頑張っていないのです。
ただ、ありのままの自分を出しているだけです。
苦しさより楽しさがあります。
私は、これが本当の自分なのだと思います。
そもそもそういう性格、素質があるのですから、それに従った生き方をするほうが自然であり、無理がありません。
天職を見つけるためにまずすることは、学校生活を十分に楽しむことです。
自分にとって、不思議とできる勉強や分野が必ずあるはずです。
その「不思議とできる分野」を見つけ出し、そこから本当の自分、天職を知るきっかけにしてしまいましょう。
花のタネは生まれたその瞬間から、将来なるべきであろう姿があらかじめ決められています。
バラのタネからは、将来バラの花が咲くことがあらかじめ決められています。
ヒマワリのタネからは、将来ヒマワリの花が咲くことがあらかじめ決められています。
もともとある性質を変えることはできません。
バラのタネからヒマワリの花が咲くことはあり得ません。
ヒマワリのタネからバラの花が咲くこともあり得ません。
これが「宿命」です。
宿る命です。
花は、本来の自分に従って、ありのままの自分を最大限に発揮しようとします。
宿命を生かした生き方は、本当の自分ですから、美しく輝いています。
花のタネと同じように、人間にも、生まれた瞬間から与えられている性質があります。
「性別、身長、性格、家族構成」などです。
これらは生まれた瞬間から、決められています。
あとから変えることはできません。
変えようとするのではなく、それに従った生き方をしようとすればいいのです。
本来の自分を見つけて、最大限に発揮すれば、才能になります。
花のように自然に美しい生き方ができます。
しかし、植物は間違えませんが、人間は間違えるのです。
欲が働いているからです。
「かっこよくなりたい」
「お金持ちになりたい」
「私はきれいになりたい」
人間は、本来の自分を無視して、自分ではない自分になろうとします。
しかし、絶対に自分は自分以外にはなれないのです。
バラがヒマワリに憧れ、似せたり真似たりすることはできても、本物のヒマワリになってしまうことはあり得ません。
バラは本来の自分を見失わず、ありのままの自分を十分に生かして生きようとするから美しいのです。
人間も、花に見習わなければならない。
本当の生き方をするために、必要です。
美しい生き方をするためには、人間もまず欲を捨て、本来の自分どおりの生き方が必要なのです。
勉強には、困難がつきものです。
難しい問題、広い試験範囲、記憶を保持するための方法など、困難を攻略するためには「知識」だけではなく「知恵」も必要です。
こうしたことを駆使しなければ、大学受験は乗り越えられないようになっています。
受験は、知識の勝負だけでなく、知恵の勝負でもあるのです。
もちろん学生時代に培ったこれらの知恵は、社会に出てからも通じます。
勉強を乗り越えるために働かせる知恵は、社会に出てからも十分活用できる知恵になります。
学生時代は、自分で発見し、経験し、身につける準備期間と思っていいでしょう。
さまざまなことにトライでき、また失敗も許される学生時代は、まさに黄金時代です。
私の場合、学生時代に培った勉強法は、社会に出てからも大いに活用しています。
というより本質は同じなのです。
覚える対象となる「知識」は異なっていても、覚えるための「知恵」は同じです。
学生時代にしていた効率の良い勉強の仕方は、効率の良い仕事の進め方に通じています。
勉強をしようとするモチベーションの管理方法と、仕事をしようとするモチベーションの管理も、また同じです。
学生時代に勉強を通して、困難を乗り越える知恵を身につけておかないと、社会に出てからも苦労することになります。
難関を攻略するすべは、社会を攻略するすべに通ずるのです。
勉強をしていると、友人と遊ぶ時間がなくなるというのは嘘です。
予備校、学習塾では、人と人とが出会い、友人になり、仲良くなります。
勉強がきっかけになり、勉強を通して、友人と仲良くなれます。
私が学生のころ、同級生とは頻繁に情報交換をしていました。
「参考になる参考書、知っている?」
「何か効率のいい、覚え方ないかな?」
「この問題の解き方、知っている?」
自分の知っていることは、もちろん相手に教えますし、相手からも自分の知らないことを教えてもらいます。
友人には友人なりの情報収集、覚え方、知恵があります。
私が本屋に駆け込んで吟味しなければならない情報を、代わりに友人が調査してくれているのです。
友人によって得られる情報は、時間や労力の節約になります。
こうしたやりとりをしていくうちに、次第に友人と仲良くなります。
コミュニケーションの量が増え「助け、助けられる関係」になりますから、勉強を通して芽生える友情があります。
友人と情報交換をしながら一緒に勉強に向かっていけば、学力も上がり、友情も芽生えるのです。
勉強しなくても、生きていけます。
勉強しないほうが、楽に思えます。
でも、本当は勉強をしたほうが、もっと楽に生きることができるようになります。
人生の近道を通ることができるからです。
国語や英語の勉強をしていないと、単語を見るたびに、辞書を引かなければなりません。
時間も労力も必要であり、なにより面倒です。
しかし、勉強をして、あらかじめたくさんの単語を知っていると、いちいち辞書を引く面倒から開放されます。
時間と労力を大幅に節約できます。
本を速く読めるようになり、知識と知恵の吸収力が高まることでしょう。
社会の勉強をしておかないと、世の中はどう回っているのか理解できません。
社会には決まりがあり、その決まりの中で私たちは生きています。
あらかじめルールを知っておかなければ、将来社会人として生きていくことが難しくなります。
なぜ税金を払わなければならないのか。
払った税金はどこへ行くのか。
憲法とは何なのか。
こうした勉強をしておくと、新聞を読みやすくなったり、テレビのニュースにつくことができたりするのです。
時には時勢を予想して、対策を立てることもできるでしょう。
健康の勉強をしておくと、自分がなるであろう病気を未然に防げます。
健康に良い食事、健康に悪い食事など、知識があるほうが、いつまでも健康で長生きできるようになります。
勉強が嫌いというのは、もったいないことです。
勉強をしないほうがたしかに楽ですが、勉強したほうが、もっと楽になります。
勉強は、人生の近道なのです。
宝くじでお金持ちになろうとする人がいます。
一獲千金を狙おうと、宝くじを買います。
たしかに宝くじで大当たりすれば、お金持ちになれます。
しかし、そうは言っても、宝くじは確率の世界ですね。
大きな金額になるほど、当たる確率もとても低くなります。
まさに運の世界です。
自分の人生を、そんな運の世界でばくちにかけて、本当にいいのでしょうか。
運の世界に頼るより、自分の努力に比例してお金を儲けるほうが賢いお金の稼ぎ方です。
努力に比例してお金を稼ぐ方法とは、単純なことです。
一生懸命に仕事をすればいいのです。
仕事を真面目にしていれば、努力に比例してお金を稼げます。
お金持ちになる人は、必ず自分の仕事を一生懸命にしています。
「いえいえ、もっと大金を稼ぎたいんだ」
もっとお金を稼ぎたい人は「仕事」に加え、さらに「勉強」をすればいいのです。
勉強をすれば、努力を少なくして、たくさんの仕事を素早くこなすことができるようになります。
勉強をすれば、賢くなります。
その賢くなった頭を使って仕事を工夫すれば、さらに仕事の質量とともに向上して、評価もされることになるでしょう。
結果として、給料も向上します。
宝くじは運の世界ですが、仕事は自分の努力しだいの世界です。
勉強も、自分の努力しだいの世界です。
運に頼るより、自分の努力で確実にお金を稼ぐほうが賢い生き方なのです。
「お金持ち」
そんな人は、どんな人を想像しますか。
テレビや雑誌などでお金持ちの特集をすることがありますが、登場するお金持ちは決まって「仕事を一生懸命にしている人」です。
不思議と宝くじで当たったお金持ちが、メディアに登場することはありません。
仕事をして普通に働いて多くお金を稼げば、累進課税により税金を持っていかれます。
お金を稼いでも、稼ぐ金額が多くなるほど税金を引かれますから、なかなかお金持ちになれない世界です。
しかし、宝くじは、税金が引かれない所得(非課税)になりますから、そのまま自分の収入になります。
宝くじで当選すると、自分の収入になるので、お金持ちの特集に登場してもおかしくありませんが、一度も見たことがありません。
不思議だとは思いませんか。
実は、これにはある仕組みがあるのです。
こんな言葉を聞いたことはありませんか。
「宝くじで当たったお金は、水のように使ってしまう」
宝くじは、努力せずして儲けたお金です。
ゆえに、使うときにも大胆に使ってしまい、すぐなくなってしまうのです。
「1億当たれば何をする?」と聞けば、すぐ仕事を辞めて、遊びまくるといいます。
仕事も苦労もしないで、自分を磨くことを忘れた人間が、果たして本当に素晴らしい人生を歩むことができるのでしょうか。
私は、現実の世界でそうした話は一度も聞いたことがありません。
見たことがあるのは、テレビやドラマ、漫画の世界だけです。
テレビやドラマ、漫画では華やかに描いていますが、現実は違います。
しかし、自分が一生懸命に働いたお金は違います。
汗水流して稼いだお金は、気持ちがこもっているだけに、使うときも慎重になります。
節約意識が強くなり、本当に必要な物事しか、お金を使わなくなります。
たしかに自分で稼ぐほうが金額は小さいですが、大胆に使うことがありませんから、結果としてお金が貯まるのです。
たとえ宝くじで大当たりしても、お金がなくなってしまうから意味がないのです。
「当たらなければ儲からないが、当たっても儲からない」という罠に、多くの人がはまっています。
勉強をして、世の中の事情を知っている人は、早い時期にこの事実に気づきます。
宝くじで儲けるより、一生懸命、勉強と仕事をして稼ぐ方法に頼るようになります。
一生懸命に勉強をして、一生懸命に仕事をするほうが、お金持ちへの近道になるのです。
勉強は、ただすればいいという単純な話ではありません。
なにより大切なことは「勉強しようとする気持ち」がいちばん重要なのです。
気持ちの状態によって、勉強も2通りにわかれます。
自分から進んでするのか、それとも他人から強いられてする勉強なのかによって、その身につきぐあいには大きな違いが出てきます。
本当に身につく勉強とは「自分から進んでする勉強」です。
興味や関心に正直になっていますから、頭にも入りやすくなります。
当然、成績の伸びも早い。
しかし、他人から強制される勉強は、やる気が出ません。
「学ぼう、知りたい、興味がある」気持ちがない状態で、机に向かい教科書とにらめっこしているだけでは、頭に入らないのです。
本当の勉強とは「気持ちがある勉強」です。
「学ぼう、知りたい、興味がある」という気持ちがあり、自分から進んでする勉強のことです。
たとえ学校にはない科目でも、受験勉強にはない科目でも、自分から進んでする勉強のほうが、はるかに自分のためになります。
勉強をして成績が上がらない人には、共通点があります。
「暗記」をして、勉強しようとしていることです。
テストで点を取ることは、いわばどれだけ覚えているかを計る試験ですが、勉強するときに暗記に頼って勉強しようとします。
意味のない暗記は、つながりがありませんから、すぐ忘れてしまうという特徴があります。
一方、勉強をして、成績も比例して上がる人は「理解」をして勉強を進めています。
なぜなのかという疑問を抱き、つながりを持つことで、覚えようとします。
勉強を効率よく進めるときのポイントは「暗記」ではなく「理解」です。
勉強ができない人は暗記に頼り、勉強ができる人は理解をして覚えようとします。
その差が学力の差になり、成績に反映されてしまうのです。
理解して覚えればいいのです。
私はコンピューターの仕事をしていて、サーバーを触ることがしばしばあります。
ファイルをリスト表示させるためのコマンドに「ls」というコマンドがあります。
lsというコマンドを打てば、ファイルがリスト表示されます。
「ls=ファイルのリスト表示」と暗記して覚えてしまうのも手ですが、賢い覚え方ではありません。
私の場合、なぜファイル表示には「ls」なのかと疑問を持って調べてみました。
すると「ls」というのは「list」の略であることを知り「ls=list」と覚えてしまいました。
思い出すときには「リスト表示したい→list→ls」というふうに覚えると、もう忘れなくなります。
つなげて覚え、理解を伴った記憶のほうが、忘れにくくなります。
理解は忘れないのです。
勉強は、親子関係にも影響します。
子どもから「これ何?」と聞かれたとき「わからない」と答えてしまう親は、子に対して示しがつかなくなります。
質問に答えられない親を見て、子どもはがっかりしてしまうのです。
勉強をしていると、子どもからの質問にも答えられるようになります。
子どもがどれだけ頭が良くなるのかも、ひとえに親次第といっても過言ではありません。
賢い親からは、賢い子が育ちます。
育てる親が賢いと、子どもからの質問や疑問に答えることができ、子どもの成長が早くなるからです。
お父さんお母さんは「子どもに勉強しなさい」という暇があれば、自分が勉強することです。
お父さんやお母さんが勉強している姿を見て、子どもも勉強しようとする気になります。
子どもは、親の真似をしようとします。
親が勉強していると、子どもからの質問疑問にも答えられるようになります。
自分は勉強しないくせに「勉強しろ」とばかり言う親を、子どもは尊敬できません。
子は親を真似しますから、子どもに成長してもらいたければ、まず親がしっかり勉強しておくことが大切なのです。
勉強をしていると、表情が良くなります。
自信に満ちあふれた、明るい表情になります。
勉強していると、知らないことが少なくなり、物事に精通するようになりますから、自信がついてくるのです。
わからないことばかりだとおどおどしてしまい、挙動不審になりますが、知っていることは堂々とできます。
それは顔に表れ、表情に表れます。
テーブルマナーを知っている人と知らない人とでは、どちらがかっこよく映るか明らかですね。
知っている人のほうが、手際がよくて、かっこよく見えます。
堂々とした態度になり、明るい表情になります。
表情を明るくするために、お化粧に頼ったり、ファッションに頼ったりします。
もちろんお化粧とファッションでも明るくなれますが、勉強をすることでも表情に変化が現れるのです。
お化粧とファッションが外見を磨くことに対して、勉強は内面を磨きます。
内側からあふれる自信により、表情が明るくなるのです。
体力がなく、精神力もない人は「自分は何て恵まれていないんだ」と嘆きます。
たしかに人それぞれです。
生まれつき体力も精神力もある人がいます。
そういう人は、体力があるゆえに徹夜も乗り越えられるし、集中力もあるゆえに成績も上がります。
体力や精神力のある人は、言うまでもなく、すべてにおいて有利です。
しかし、生まれつきの性分だけで、本当にすべてが決まってしまうのでしょうか。
実は、体力も精神力もない人が、体力も精神力もある人に勝る方法があります。
それが、勉強なのです。
勉強をして賢くなれば、体力と精神力がなくても、それを補えます。
勉強をすると、心と体の使い方が、うまくなるからです。
「工夫ができるようになる」ということです。
賢さは、体力と精神力を超越します。
自分の特徴を知り、その特徴にあった心と体の使い方をすれば、体力と精神力があるように振る舞えます。
ささいな頭の使い方しだいなのです。
私はいつも朝早くに起きて本を書いていますが、私に睡眠不足でも早起きできる素質が備わっているからではありません。
単純に寝る時間を早くしているから、起きる時間も早くできるだけです。
夜は疲れも誘惑も多くて、執筆作業に集中できないから、集中できる朝に作業時間を移し、そのために早く寝ているだけのことです。
自分の個性と性格を知り「どうすればいいだろうか」と試行錯誤した結果、見つけ出した生活スタイルです。
ちょっと考え方を変えて、自分に合った生活スタイルにしているだけです。
もちろん寝つきが悪い日もあります。
そうしたときには、寝る前に部屋の電気を薄暗くする工夫をしたり、リラックスができるようにアロマを使ったりします。
ほかの人の生活スタイルを参考にしたり、睡眠について勉強をしたり、アロマについて学んだりと勉強した結果です。
体力や精神力がなくても、問題ではないのです。
体力や精神力がなくても、自分に合ったスタイルを勉強することで見つけて、実行すればいいのです。
体力も精神力もない人は、それだけの理由で諦めないでください。
打破する方法は、必ずあります。
体力も精神力もなければ、それを補える方法を勉強して、見つけ出してほしいのです。
勉強をして賢くなれば、自分のかけている体力と精神力を補うことができるのです。
社会に出れば、まず平社員からのスタートです。
新人として同期で入った仲間とは、はじめこそは同じポジションに就きますが、時が経つにつれて違いが出てきます。
昇進の早い人と、いつまで経っても昇進できない人とに別れてしまうのです。
この違いは、なぜ出てくるのかというと「勉強をしてきたかどうか」にかかっているのです。
学校での勉強だけではなく、社会に出てからも継続して勉強を行ってきたかどうかが、大切なポイントなのです。
生き残りをかけた勝負では、最後に勝つ人は勉強をしてきた人だけです。
平社員としてのポジションは、一見楽なポジションと思うかもしれません。
まだ若いころはいいのですが、年を取ってからはそうもいかなくなります。
先輩としても示しがつかなくなるからです。
経験も慣れもあるはずの先輩が、いつまでも平社員のままというのは、勉強をサボっているからです。
若いときこそまだ許されますが、勉強をサボり続けてきた人は、会社にぶら下がっている状態になります。
企業が解雇処分を行うとき、まず目を向けるのは「仕事のできない人」からです。
往々にして年齢が高く、お金がかかり、仕事のできない社員は、真っ先に解雇対象になります。
立派な先輩とは、偉そうにしている人のことではなく、仕事のできる先輩のことです。
継続的な勉強により、仕事を素早くこなしている姿を見せることが、先輩としての仕事なのです。
「勉強」とは「掛け橋」と言い換えることができます。
川の向こうにある陸に渡りたくても渡れない。
「掛け橋」をつくると、足を踏み入れられなかった世界へ進むことができるようになります。
勉強をすれば、今まで見たことも感じることもなかった体験や経験をできるようになります。
川の向こうの陸には、どのような世界が広がっているかわかりません。
自分には大したことのない世界であったり、あるいは思わぬ世界が広がっていたりするかもしれません。
もしかしたら、川の向こうにある世界のほうが、自分に合っている世界かもしれません。
まず掛け橋をつくって、川の向こうへ渡れるようにしなければ、先に進めません。
勉強をすることとは、掛け橋をつくって、今まで足を踏み入れたことのない世界へ飛び込んでいくことです。
自分には大したことのない世界かもしれませんし、もしかしたら自分に合う世界かもしれません。
掛け橋ができると、こちらの陸と向こうの陸とがつながります。
あなたと新しい学びが1つにつながり、一体化するということです。
たくさんの勉強をするということは、たくさんの陸とつながり、1つになるということです。
勉強をすると、人の気持ち、考え、行動が理解できるようになります。
それは、体験や経験という勉強によって、相手の心に掛け橋ができ、渡れるようになったからです。
心の橋ができて渡れるようになれば、今まで見えなかったこと、わからなかったことが、理解できるようになります。
生まれつき、運動神経がいい人。
生まれつき、音楽の才がある人。
生まれつき、話をするのがうまい人。
運動神経がいい人は、スポーツ選手として活躍できる素質があります。
音楽の才がある人は、将来ミュージシャン、作曲家、作詞家として活躍する可能性があります。
話をするのがうまい人は、お笑い芸人、落語家、アナウンサーといった道もあるでしょう。
先天的な能力を、私たちは一般的に「才能」と呼びます。
才能と聞くと、努力や勉強もせずに、何でもできるというふうに思う人がいます。
ここを勘違いしている人が多いのです。
本来、才能がある人は、社会と人とが活用できるために、普通の人以上に勉強と努力をしなければならない宿命が待ち受けています。
生まれつきの才というだけで「楽でいいな。運がいいな。うらやましい」と思うのは、早合点です。
才能とは「ほかの人より少し伸びが早い」というだけの話です。
さらに、人と社会のために活用できるくらい伸ばすには、膨大な勉強と努力が必要です。
本当に大変な人とは、才を持った人のことなのです。
世界的に有名な、元世界ヘビー級チャンピオンであるモハメド・アリは、ボクシング史上屈指の偉大な人物の1人です。
「チョウのように舞い、ハチのように刺す」言葉は、モハメド・アリの華麗なボクシングスタイルを形容してできた言葉です。
アリは、自分が人一倍恵まれた才能を持っているからこそ、努力が必要だといいました。
素早いフットワークと強さに恵まれた才能を持っていたアリですが、素晴らしい点は、才を眠らせなかったことです。
才があるからこそ、社会と人のために伸ばし、生かせたため、人一倍の努力と苦しみの道を歩んだのです。
「自分は、運動で進学するから勉強はしなくていい」
スポーツ推薦で進学する人が、よく口にする言葉です。
恥ずかしながら、私も学生時代、同じような言葉を口にしていた人間の1人です。
高校1年生のときに体操部だったので、運動で大学へ進学しようと思い、勉強の手は抜いた時期がありました。
自分が社会人になると「運動で進学するから勉強はしなくていい」というのは、見当違いであることに気づきます。
すべての人に、勉強は必要であるということがわかったからです。
社会人として、世の中の仕組み、流れなどを勉強して、最低限押さえておかないと、将来苦労をすることになります。
社会では、社会のルールがあります。
お金、仕事、人間関係、常識、マナーなど、少なくありません。
すべての人は、社会人なのですから、社会の勉強は必要です。
無視をしようと思っても、しようがありません。
社会の中で生きているのですから、その流れには従わなくてはなりません。
流れに反する人間は、それ相応の苦労が待ち受けています。
勉強をしていないと、お金の使い方で苦労したり、人の気持ちも理解できないため、人間関係が悪くなったりします。
勉強をしていないと、知らない間に川の流れに反した方向に進んでしまい、苦労した道を歩んでしまうことがあるのです。
そうなると、結果として損をするのは自分です。
勉強しないほうが楽だと思い、勉強しないまま大人になると「すべての人に勉強が必要ではないか」と気づき、焦るのです。
すべての人に、勉強が必要となるのです。
あなたは「確率の世界」の住人ですか。
それとも「努力の世界」の住人ですか。
宝くじは「確率の世界」ですが、勉強は「努力の世界」です。
宝くじは、確率ですから、必ず報われるとは限りません。
しかし、勉強は努力の世界ですから、すればするほど報われるという正直な世界です。
将来の収入アップを真剣に考えるなら、宝くじによる確率より、勉強による努力に頼ったほうが確実です。
勉強した分だけ、知識、知恵、技術を習得でき、将来仕事をすれば、自分で稼げるお金をコントロールできます。
そのほうが、宝くじで大当たりを当てる確率より、はるかに高いのです。
自分の努力しだいで、確実に収入につなげることができるのですから、これほどやりがいを感じることもありません。
努力とお金がつながります。
私は今、コンピューター関係の仕事をしていますが、資格保有者は「技術料」として給料が向上する仕組みがあります。
コンピューターにはさまざまな資格があります。
一定の技術を習得している証明になる資格を持っていると、それに従って、給料が向上するのです。
1つの資格で得られる収入アップも、資格が3つ4つと増えていけば、なかなかの金額となります。
当然、社内での評価も上がり、昇進すれば、さらなる収入アップにつながります。
自分の勉強した努力しだいで収入が決まるのですから、勉強が報われる世界であり、これほど正直な世界もありません。
「確率の世界」より「努力の世界」で生きる人が、お金持ちになれるのです。
学校の勉強は、なぜ嫌われるのかというと「強制」になっているからです。
本人の勉強したい気持ちを無視して、とにかく突然勉強を強制させられます。
時にはしたくない気持ちのときもあれば、そもそも興味のない勉強もあります。
しかし、そんな子どもの気持ちは無視して、無理やり勉強をさせるから、子どもたちは勉強嫌いになってしまうのです。
勉強そのものが悪いのではなく、その「させかた」に問題があります。
往々にして勉強嫌いになっている人の親は、勉強熱心な親が多いものです。
親は頭がいいですから、子どもに自分の考えや教えを強要します。
勉強の熱心さが過ぎて、それを子どもにまで押し付けようとします。
「こうしなければならない」
「こうでなくてはならない」
この金縛りによって、子どもはきつく縛られてしまい、ますます勉強が嫌いになってしまうのです。
勉強が嫌いになってしまうのは、強制させるからいけないのです。
あなたの勉強は、強制になっていませんか。
すべての人には、潜在的に自分を生かしたい欲求が備わっています。
いえ、人だけではありません。
この世のあらゆる存在には「自分を生かしたい」という本心があります。
なぜ、ヒマワリのタネからヒマワリの花が咲くのかというと、自分を生かしたいからです。
ヒマワリはヒマワリらしく生きて、個性を全うして、一生を生きたいと思います。
だからヒマワリは、間違ってもバラの花やコスモスの花にはなろうとせず、個性を貫こうとします。
ほかの存在になろうとしては、本当の自分ではありませんから、なろうとしないのです。
魚は、魚らしく生きようとする。
松の木は、松の木らしく生きようとする。
自然の動植物は、すべてそうです。
自分らしくなる生き方は、自分の存在が最も輝く生き方です。
本来の自分が最大限に表現されているのですから、自分にとって最も有意義な生き方。
動植物だけではありません。
人も「本来の自分を生かして生きたい」という気持ちがあります。
本来の自分が最大限に発揮されるほど嬉しいことはありません。
ヒマワリがヒマワリらしく大きな花を咲かせているとき、最も喜びに満ちあふれている姿です。
人も、本来の自分を最大限に発揮して生きることが、最も大きな喜びになります。
しかし、人に限っては頭だけが大きく発達してしまったので、物事を頭で考え、欲や損得で動くようになりました。
所有や財産。
地位、名誉、肩書。
多くの誘惑に惑わされ、本来の自分を見失う人が多い。
本来備わっている「自分を生かしたい」という気持ちが感じられにくくなっています。
勉強とは、自分を自分らしく、もっと個性を伸ばして大きくするためにあります。
「進学のため」「就職のため」というのは、あとから人がつくり出した大義名分です。
それこそ、夢や欲を追いかけ、自制心を失っている状態です。
本来は個性をもっと伸ばし、自分を最大限に発揮するために勉強します。
なぜ水口貴博は、たくさんの記事を書いているのかというと、これが本来の自分を生かす生き方だからです。
昔から、考えたことを文章として表現するのが好きであり、得意です。
得意な分野をさらに伸ばして、もっと生かすために、あとから勉強します。
仕事も遊びも何もかも、あらゆる経験は、すべて本を書くためのネタつくりといっても過言ではありません。
ネタができれば、さらにたくさんの記事が書けるようになります。
得意分野を深めることができ、さらに能力を発揮できるようになる。
本来の自分、本当の自分をもっと生かしたいがために、勉強しています。
たくさんの経験をして学び、より良い記事が書けるようになれば、これほど嬉しいことはないのです。
勉強ばかりする人は、頭でっかちになります。
知識ばかりであふれてしまい、たしかに頭はよくなりますが、すべてを知識で考えてしまうため、理論はあっても実践がありません。
自分は行動しないのに、批評ばかりを述べる評論家のようになります。
一方、体験ばかりに頼る人は、経験が体に染み付いていても、うまく言葉で表現できなくなります。
行動するのはいいのですが、それをうまく表現できないというのも、もったいないことです。
プロ野球で大成した人が、必ずしも優秀な監督になれるとは限りません。
自分がやればできるものの、説明ができないと他人に伝えることができなくなります。
車の運転では、体験だけがすべてではありませんね。
交通ルールを覚えるために、体験だけでなく知識も詰め込みます。
しかし、知識だけ詰め込んでいても、体験が伴っていなければ、車は運転できません。
頭の中で「運転できるだろうな」と思っても、いざハンドルを握ると、どうコントロールすればいいのかわからないのです。
車の教習所では「筆記試験」と「実技試験」の両方がありますね。
両方に受からなければ、運転免許がもらえないという仕組みになっています。
よくできているシステムです。
本当に習得をしたいときには、体験と知識の両方が必要です。
片方だけでは、車の車輪が片方しかないように、うまく進まなくなります。
知識と体験の両方の車輪があって、初めてうまく進むのです。
すべての勉強には、知識と体験の両方が必要です。
人付き合いで悩んでいる人は、単純に知識が足りないか、体験が足りないかのどちらかです。
知識があれば、どうすればいいのか頭ではわかりますが、体験がないと今度は体がうまく動きません。
体験があれば、実践はできていますが、知識がないためにどうすればうまくいくのかわかりません。
間違った行動や選択をしてしまうことになります。
人付き合いでは、人とうまく接するための知識と体験の両方があって、初めてうまくいくのです。
子どもたちは、このどちらも不足していますから、よくけんかをします。
自分中心で考えたり、相手の気持ちを考えなかったりするのです。
また、どうすれば相手に喜んでもらえるのかという知識も体験もないため、すぐけんかになってしまうのです。
大人は大人らしく、知識と体験の両方を身につけて、人付き合いに向かいましょう。
本ばかり読んでいる人は、本を閉じて、得られた知識を持ってどんどん行動しましょう。
せっかく得られた知識を体に染み込ませるために、知識の次には実践をすればいいのです。
また行動ばかりの人は知識が不足していますから、ちょっと人付き合いは休憩して、本を読んで知識を吸収する時間を設けましょう。
行き当たりばったりの行動ではなく、人付き合いのポイントを勉強して、事前に押さえておくことも時には大切です。
あなたは、知識派でしょうか。
それとも、実践派でしょうか。
どちらが大切なのではなく、どちらも大切です。
要は、バランスなのです。
この2つを組み合わせた「知識実践派」になればいいのです。
2つのバランスがうまく釣り合ってこそ、悩みはなくなり、解決へと向かうのです。