人生の教科書



住まい
あなたの体は、神様からの「借り物」。
プラス思考
迷っているということは、どちらでもいいということ。
スキンケア
生まれたときから、肌の老化が、始まる。
健康
歩くことは、腰痛に効く。
ファッション
美しいヒップラインに、パンティーラインが見えていませんか。
旅行
飛行機内をキャバクラと勘違いしない。
心の健康

素の自分を出す
30の方法

  • ごちゃごちゃした生活の正体は、
    心の汚れが原因だ。
素の自分を出す30の方法

もくじ

1
★72

ごちゃごちゃした生活の正体は、心の汚れが原因だ。

あなたの生活は、ごちゃごちゃになっていませんか。 必要ないものを、たくさん集めている生活になっていませんか。 「ごちゃごちゃした生活」と「すっきりした生活」のどちらがいいですか。 そう聞けば、100人中100人、すっきりした生活のほうがいいと答えます。 みんなが共通する意識です。 しかし、頭ではそう分かっていながら、実際にはごちゃごちゃしている生活に埋もれている人がたくさんいることに気づきます。 ・部屋には、ごみが散らばっている ・やらないといけないことが、山積みになっている ・遅刻の多い生活になっている ・悩みがたくさんある ・人間関係がごちゃごちゃしている ・自分で自分のことがよく分からない すっきりした生活を望みながら、なかなかうまくいかないのです。 「掃除の仕方を知らないから」 「友達との付き合いが下手だから」 さまざまな答えが返ってきそうですが、どれも違います。 表面的な技術やテクニックを磨くことで、一時的に改善されていても、表面的な改善にしかなっていません。 それはなぜでしょうか。 心にごみがたまっているからです。 心にごみがたまっていると、その人の生活もごみがたまっていくようになります。 「もったいない」という「執着心」が心にあるために、部屋の中のごみがもったいなくて捨てられなくなります。 「嫌われたらどうしよう」という「恐怖」が心の中にあるために、人間関係がごちゃごちゃしてしまいます。 「人からすごいと思われたい」という「見栄」があると、偉そうな態度を取ってしまいます。 「執着心」「恐怖」「見栄」「エゴ」「横柄」などが大きすぎるために、生活が傾いているのです。 いくら素晴らしい切れ味の包丁があっても、その包丁をどう使うのかは、使う人の心しだいです。 包丁を料理に使うか、武器に使うのかは、包丁が決めるのではなく、心が決めて動かしているのです。 生活のごちゃごちゃした部分も同じです。 人間関係に苦労をしている人、部屋が散らかっている人、悩みに苦しんでいる人も、解決するテクニックや技術はありません。 心に問題があるのです。 心が汚れているというのは、映画でいうフィルムが汚れていることと同じです。 フィルムが汚れていると、そこから映し出される映像も、すべて汚れて乱れます。 映し方が悪いのでもなく、カメラが悪いのでもなく、フィルムに汚れてついていることが、そもそもの原因なのです。 人間の生活は、心というフィルムから映し出された映像です。 あなたは悩みの解決を、表面的なことに求めていませんか。 「話し方が悪いから人から嫌われる」 「友達から嫌われたくないから、お世辞の練習をする」 「みんなから好かれたいから、話のネタを集める」 たしかに一時的によくなるかもしれませんが、表面的な解決であって、根本的な解決ではないのです。 フィルムをきれいにしましょう。 心をきれいにしましょう。 フィルムである心がきれいになれば、そこから映し出される生活はすべてが一気に変わります。 フィルムが汚れていると、また汚れた生活に戻ってしまいます。 ごちゃごちゃの正体は、心の汚れが正体だったのです。 すっきりした生活ができている人は、心がきれいだから、できるのです。 心というフィルムを、掃除する。

2
★26

根本的原因を直すことで、生活が改善する。

「ごちゃごちゃした生活を改善しましょう」というテーマではありますが、ここではその技術、手法、ノウハウを教えません。 それは私が今ここで説明しなくても、すでに本屋には、その手のたぐいの本が山積みになっているからです。 「整理整頓の方法」「人間関係をすっきりさせる方法」「掃除のポイント」などの本は、すでにありすぎるほど存在しています。 しかし、残念なことに、どれも表面的な解決しか触れていません。 生活のごちゃごちゃは、ノウハウやテクニックを教えることで、一時的にうまくなったような気がします。 しかし、心がそもそも乱れていれば、またごちゃごちゃに元通りになります。 本当の問題は、まず自分の心にあることを知るのです。 一時的な解決より、根本的な解決を目指すことです。 もしあなたの心がきれいになれば、自然とごちゃごちゃした生活が、すっきりします。 お化粧をする必要がないからです。 そもそも肌がきれいなら、もはやお化粧の必要はありません。 赤ちゃんは、お化粧をしません。 お化粧したいとも、思いません。 お化粧するまでもなく、すでに肌がきれいですから、ごまかす必要もなければ、隠す必要もありません。 赤ちゃんがお化粧をすると、逆に不自然になり、汚れます。 お化粧は、肌に自信がない人ほど、やみつきになり、手放せなくなるものです。 すでに十分できれいな肌なら、もはやお化粧の必要はないはずです。 心も同じです。 あなたの心が汚れているから、それを隠そうと、お化粧をしてしまいます。 部屋の中にたくさんの物が散乱し、ごちゃごちゃしているのは、なぜでしょうか。 それは「貧乏だと思われたくないから」という心があるためです。 部屋の中にたくさん物を置くことで、隠そうとしているのです。 貧乏人ほど「もったいない」という執着が強く、部屋の中にたくさんの物が倉庫のように置かれています。 部屋に置かれている必要のない物は、お化粧の粉のようなものです。 一見、きれいに見えるかもしれませんが、見る人が見れば「汚れ」であることに気づきます。 必要ない物が、たくさん置かれているのです。 部屋の中をお化粧して、たくさんの物を置き、裕福そうに見せているだけです。 隠すための、お化粧は、やめる。

3
★61

弱い自分に気づこう。
弱さを隠している自分に気づこう。

恥ずかしい、私の過去を紹介します。 私は昔、物が捨てられない人間でした。 部屋にはたくさんの物が置かれ、あふれんばかりの量でした。 特に多かったものは「本」でした。 本がたくさん置かれていると、自分は頭がよくなった感じがして、また遊びにくる友達も「すごいね」と言ってくれるからです。 自分に自信があったからではありません。 逆です。 自信がなかったから、たくさん本を並べ、捨てることができなかったのです。 コンプレックスを隠すために、頭がいい人と思われたいから本をたくさん置いて飾ることで、いわば「お化粧」をしていました。 弱い人間だった。 「もったいない」という気持ちもありましたが「自信がない」ということが一番の原因だったからです。 当時の私の部屋は、ごちゃごちゃであり、きれいな部屋とはいえない状態でした。 それがいつのころだったか、本が捨てられるようなきっかけが生まれます。 何の本だったか忘れましたが「自信のない人ほど、部屋にたくさん物を置きたがる」という言葉を本の中から見つけたのです。 自分のことをいっているかのような気がして、頭を打たれたような強い衝撃があったことを、今でも覚えています。 >自信がない人ほど、部屋に物を置きたがり、置けば置くほど捨てられなくなります。 >もったいないという心が生まれ、余計に自分を縛り付ける縄になる。 「まさに私のことではないか!」と感じ、自分の本当の姿が見えるようになりました。 もう一度自分の部屋を振り返ると、今まで自慢の部屋が、コンプレックスにあふれた部屋であることに気づいたのです。 たくさん物が置かれてごちゃごちゃしている姿は、弱い心にお化粧をしているような姿でした。 たくさんの本を置いて、自分は偉いと勘違いをしてしまう。 「貧乏人と思われたくない」という恐怖によって、ソファー、ベッド、椅子などを、たくさん買い揃えていました。 今まで、そんな自分にさえ気づいていなかった。 私は、情けなくなってしまった。 一生懸命に隠そうとしている自分は、情けなく、弱く、哀れに見えたからです。 そのときからです。 こんな自分からはサヨナラしようと思い、部屋の中にある物をどんどんと捨てるようになりました。 本は、一度に500冊以上も捨ててしまい、そのほか使わないものはすべてあげたり、捨てたりしてしまいました。 もちろん部屋は殺風景になりました。 いつでも引っ越しができるほどです。 しかし、それこそ、自分の本当の姿であることに気づきました。 お化粧をやめた女性が、本来の素肌で人と接するように、私もお化粧をやめることで本来の自分で生活ができるようになったのです。 軽くなったあのときの感覚は、今でも忘れません。 汚れたところは、汚れたままでいい。 隠すほうがみっともない。 嘘の自分を見せるより、正直な自分を見せて生きていくほうが「自由」だと思ったのです。 そうした自由な生活を歩めるようになり、私を束縛していた縄は、いつの間にかほどかれていました。 私はようやく、本来の自分の人生を歩んでいくことができるようになったのです。 まず、弱い自分に、気づく。

4
★40

美人、かわいい人がモテるわけではない。
素顔を見せてくれる人が、一番モテる。

私の尊敬する芸能タレントの1人に、久本雅美さんがいます。 彼女ほど、強い女性はいないのではないでしょうか。 力や権力の強さのことをいっているのではありません。 自分の弱さを、すべてさらけ出すことができるという強さです。 久本さんは、自分のコンプレックスをバネにして大きくなった人の手本です。 女性の中には、自分が美しくないというだけで、自信をなくす人がいます。 顔が整っていない人は、それだけ「よくないことだ」と思っているのです。 ・顔に自信がないからと、いつも下を向いて話している人 ・吹き出物があるために、隠そうと一生懸命に厚化粧をする人 ・癖のある髪のせいで、自信をなくしている人 ・歯が出っ歯なために、笑いを抑え込んでいる人 ところがどうでしょうか。 モテない顔、癖のある髪、出っ歯など、モテないといわれる条件は、久本さんにすべて当てはまっています。 しかし、実際は、モテています。 自分の出っ歯やモテない顔を、逆に自分の持ち味としているからです。 弱さをさらけ出すことで、強さに変えているのです。 美しくかわいい顔をした人だけが人から愛されることを信じている人は、本当の真実に気づきません。 久本さんは、自分の素顔で勝負しています。 モテない顔であるゆえに、モテているのです。 本当に愛される人は、自分の素顔を見せてくれる人なのです。 素の自分。 何も隠さず、さらけ出している人ほど、人からの好感を集めることができます。 仮面をかぶった人は、たとえ美しい仮面でも、嘘の自分で人と接しているということです。 嘘の仮面をかぶって得た人間関係は、本当にリラックスできません。 久本さんは、弱い自分をさらけ出すことで、強くなることができています。 美しい人がモテるのではありません。 かわいい人がモテるのではありません。 美しくかわいい人は、男性からのアプローチが増え、ちやほやされやすくなります。 そうした状態を、自分がモテている魅力なんだと思ってしまうと、男性に騙されたり遊ばれたりしてしまいます。 ごちゃごちゃした人間関係になってしまうのです。 本当にモテる人は、素顔を見せてくれる人だったのです。 お化粧は、しない人のほうがモテるという現実があるのです。 素顔を見せて、人と接する。

5
★42

仮面をかぶった人は、偽りの人間関係に悩まされる。

人間は、さまざまな仮面をかぶる生き物です。 心のごみは、ときとして、仮面をかぶらせるように強制します。 「明るい性格と思われたい」という気持ちから、本当は明るい性格ではないのに、明るく振る舞います。 「すごい人だと思われたい」から、自分勝手に自慢話を始めます。 「かっこいいと思われたい」という気持ちから、ブランドを身につけたり、夜なのにサングラスをかけたりします。 「こう思われたい」と理想に束縛されているために「自分はどう見られているのか」と、人の評価を気にする人もいます。 これでは、人付き合いに疲れませんか。 あなたは、自分を演じていませんか。 自分を演じるということは、大変なことです。 ありのままの自分を出せばいいだけですが、理想があるために仮面をなかなか脱ぐことができません。 仮面をかぶっていると、本当の自分の顔を出すことができません。 本当の自分の顔を出せないのですから、相手もあなたの本当の顔を見ることができません。 あなたが「こう思われたい」という理想にしがみついているがために、自分から自分の仮面を脱ぐことができないのです。 誤解をされたままのキャラクターとして、認識されているのです。 Aの仮面をかぶっていると、見ている人たちはあなたの顔をAだと思うでしょう。 Bの仮面をかぶっていると、見ている人たちはあなたの顔をBだと思うでしょう。 本当の顔は、AでもBでもありません。 仮面をかぶっている間は、どんな仮面をかぶろうが、いずれにせよ本当のあなたの姿ではないのです。 他人はあなたのことを誤解して、接するようになります。 それもそのはず、仮面をかぶっているのですから、そういう顔だと思われるのも仕方ないことです。 「これは本当の自分の姿ではない」と、うすうす気づいていながら、いつまで経っても仮面を脱ぎ捨てることができないのです。 かっこつけているがためにです。 人間関係のごちゃごちゃ、気持ちのごちゃごちゃ、人生のごちゃごちゃに悩む人は、仮面をかぶっているからです。 仮面をかぶって自分ではない顔を出しているために、周りの人たちは誤解したままあなたに接してきます。 仮面をかぶっている間は、偽りの人間関係に悩まされます。 仮面をかぶっているかぎり、あなたではない顔をしているのですから、誤解は解くことはできず、ごちゃごちゃのままになります。 仮面を脱ぎ捨てる勇気をもちましょう。 たしかに弱い自分をさらけ出してしまうことは、恥ずかしいことではあります。 しかし、仮面を脱いだときから、本当のあなたの人生がスタートするのです。 素直に自分の顔を出すと、ごちゃごちゃもなくなり、すべてがあなたらしくなります。 それだけ、演じるということは、疲れることなのです。 仮面を脱ぎ捨てる。

6
★40

「頼りにされる人」を演じる自分は、本当の自分ではない。

「頼りにされる人になりたい」 あなたは、そのように考えていませんか。 他人から頼りにされると「自分は価値がある人間なんだ」と存在価値を感じることができます。 しかし、頼りにされることを目標とすることは、しばしば本当の自分を見失います。 焦点が「自分」ではなく「他人」に向いているからです。 自分の目ではなく、他人の目を気にしているからです。 「自分のために行動」ではなく「人からどう見られているか」によって、行動しているということです。 「人から頼りにされたい」ということは「人からこういう人だと思われたい」という見栄に縛られています。 「侮辱されたくない」「すごいと思われたい」という見栄から、他人のために一生懸命になります。 「さすがA君、すごいね」「あなただけが頼りなの」といわれることで、自尊心を満足させます。 ところが、そのように他人のために行動していることは、本当に自分がやりたいことではないものです。 自分がやりたいことを貫いて、結果として、他人から頼りにされるようになるなら、分かります。 しかし、自分のやりたいことより、他人が求めていることを優先して行動しようとすることは、自分の道を踏み外していることです。 もちろんこの先の人生がごちゃごちゃになることは、いうまでもありません。 「頼りにされる人になりたい」という気持ちから、卒業しませんか。 尊敬される人になることを諦めてしまうのです。 「それでは、自分を見失ってしまう」と思うでしょうが「頼りにされる人」を演じることが、自分を見失っていることです。 「他人からの目」を意識するのはやめて、どう思われてもいいから、自分がいいと思う道を歩むように意識を変えることです。 「頼りにされる人」をやめたときに、本当のあなたの人生が始まります。 本来の自分に戻ることができるのです。 「頼りにされる人」を演じるのは、もうやめる。

7
★25

「見返り」を期待すると、自分が疲れてしまう。

見返りを期待することを「ギブ&テイク」と言います。 ギブ&テイクをすることは、結果として見返りを期待する行動となります。 いずれにせよ「自分が得をしたい」という気持ちがはじめにあります。 「自分が得をしたい」という気持ちがあって、行動しているのです。 好きな人に誕生日プレゼントを渡す。 すると好きな人は「ありがとう」と喜んでくれるだろう。 私のことを好きになってくれるだろう。 これは、プレゼントを与えることで、好きな人から好意を受け取るということです。 つまり好きになってもらいたいから、行動しているわけです。 見返りが目的となって行動しているのです。 見返りがあるうちは、まだいい。 問題なのは、見返りがなかったときです。 見返りが返ってこないときには、後悔、悔しさ、残念、いらいらを感じます。 「自分はこんなに尽くしているのに、なぜ彼女は振り向いてくれないんだ」 つまらないことに、頭を抱えてしまうことになります。 時と場合によっては、相手のことを恨んだり、嫌いになったりします。 相手は何も悪いことをしているわけではありません。 プレゼントをもらったから「ありがとう」と言って喜んだだけです。 ただ勝手に見返りを期待して行動をした側に問題があります。 見返りを期待した行動は、疲れるのです。 見返りを期待して行動するのは、やめる。

8
★30

挫折をするのは、理想があるから。
理想がなければ、挫折することもない。

・受験に失敗したとき ・仕事に失敗したとき ・結婚に失敗したとき ・事業に失敗したとき ・夢が叶わないことを確信したとき こうした絶望的な経験をしたときには、挫折感を抱くことでしょう。 「もうダメだ」 「自分の人生は終わった」 「もう立ち直れない」 挫折感というのは、自分の思い描いている夢が崩れたときに感じます。 「自分の理想になれない」という現実から、挫折を感じます。 中には、あまりの大きな挫折感のために、自殺をする人さえいます。 受験に失敗して自殺、仕事に失敗して自殺、離婚をして生きる希望を失い自殺。 挫折感という感情は恐ろしいことに、自分を殺してしまうほどの大きな力があります。 生物の中でも、自分で自分を殺してしまう生き物は、人間くらいです。 人間は理想を抱いているがために、あるときには挫折をして、自分で自分の人生に終止符を打ちます。 挫折は、避けられるなら、避けたいものです。 では、そもそも挫折を感じる原因は何でしょうか。 理想が、挫折感を作り出しているのです。 理想を持つことで、実現しなかったときには、強い挫折を感じて、自分で自分を殺そうとします。 挫折を感じたくなければ、理想も、作らなければいいのです。 理想があるかぎり、常に挫折感と隣り合わせということです。 理想がない人には、挫折感もないのです。 野原を飛び回るチョウは、挫折を感じることはありません。 チョウは、理想を抱いていないからです。 ただ、そのまま、ありのまま、自然に生きています。 雨の日、餌が取れなくてがっかりすることはありません。 交尾相手を見つけられなかったときに、挫折をして自分から自殺するようなことはありません。 また次の日、普通に飛び回ります。 理想がないから、挫折を感じることもないのです。 理想を、捨てる。

9
★47

自然の流れに任せて、出会う人とは出会い、別れる人とは別れる。

あなたは、友達がただ多ければいいと思っていませんか。 友達を失うことは、いけないことだと思っていませんか。 地球上には、今、70億人以上もの人が存在しています。 桁外れに大きな人数ですから、イメージがよくつかめませんね。 とんでもなくたくさんの人が、この世には存在しています。 それだけたくさんの人がいるのですから、当然友達になる人もいれば、別れる人もいます。 「出会っては、別れる」という繰り返しが、当たり前なのです。 進学をして学校が変わり、環境が変わります。 就職をして都会に出て仕事をすると、また環境が変わります。 環境ががらりと変われば、当然自分の周りを取りまく人間関係も、大きく変化します。 大切なことは、その自然の流れに身を任せることです。 縁を切ることがいけないことだと思い込んでいる人は、遠くに離れても無理をして連絡を取り合おうとします。 せっかく得た友達を失うことが怖いために、何とかしてつながりを維持しようとします。 目の前に存在している人間関係をおろそかにして、遠くにいる人と関係を続けようとするのは、大変なことです。 今、目の前にある人間関係に集中をして、離れ離れになった人間関係は、そのままにしておきましょう。 出会うときには出会いますし、別れるときには別れます。 それが何度も数え切れないほど繰り返されて、当たり前なのです。 「一期一会」 「諸行無常」 「万物流転」 これらが当たり前なのです。 それを無理やり維持させようとすると、お金もエネルギーも必要です。 自然の流れに従い、出会う人とは出会い、別れる人とは別れる自然の流れに任せることが、一番自然なのです。 出会いと別れの繰り返しを、受け入れる。

10
★20

「立派に見せよう」とする人は、立派ではない人。

「立派に見せよう」とする行為は、自分に自信がないことから始まります。 自分に自信がないから、立派に見せようとします。 本当に自信がある人は、立派にしようとする努力はしません。 何をしても立派に映るからです。 自信のない人が、立派にしようと思えば思うほど、心は苦しくなります。 では、自信のない人は、どうすればいいのでしょうか。 ありのまま「自信がありません」と言えばいいのです。 フランス料理を食べに行き、ワインの話になると、偉そうに話し始める人がいます。 「このワインは、1994年に製造だから、かくかくしかじか」 「赤ワインは、ポリフェノールが含まれて、健康にいい」 ワインを選ぶときには、ソムリエというワインの専門家がいます。 「好きな人の前だから恥ずかしい姿を見せたくない」と知ったかぶりをすると、逆に恥をかきます。 素人は、プロのソムリエには、かないません。 ソムリエや好きな人の前で、偉そうに見せようとすると、弱い犬が吠えている姿に映ります。 知ったかぶりの態度は、ソムリエにも好きな人にも、すぐ見抜かれます。 自信がない人は、無理をして立派に見せようとする必要はありません。 ただ、ありのまま正直に「自信がないんです」「分かりません」「教えてください」と言えばいいのです。 分からないときには「分からない」と言って、先生に教えてもらうのが、一番かっこいい。 自信がないときには「自信がない」と言って、先生からのアドバイスをもらうのが一番いい。 「立派に見せよう」という束縛から解放され、ありのままの自分を出していくことが、一番かっこいいのです。 立派に、見せないようにする。

11
★22

「尊敬されたい人」は、判断や行動を誤る。

「尊敬されたい」という気持ちも厄介です。 尊敬されたいと考えていると、他人の目を自然と意識してしまうようになり、自分らしくない行動を取ってしまいます。 たとえば、職業選択に、医者や弁護士を「尊敬されるから」という理由から選んでしまうと、大変です。 自分がやりたい仕事でもないのに、毎日しなければならなくなり、その上楽しくもありません。 医者は「人を病の苦しみから助けたい」と思う人が目指す職業です。 弁護士は「法によって正しく人を裁きたい」という人が、目指す職業です。 決して尊敬されるために目指す職業ではありません。 尊敬されるために、職業を選ぶと、人からの褒め言葉だけが楽しみになります。 「すごいですね」という言葉だけを目標に頑張ることほど、自分を見失っている姿はありません。 「自分は今、どう見られているのか」 「どのくらい自分は尊敬されているのか」 他人からの評価を基準に、自分の価値を決めていると、いつも人の目が気になり、落ち着かないのです。 尊敬されなくても、罪にはなりません。 ですが、世の中には、尊敬されようとして罪を犯し、捕まった人が大勢います。 「尊敬されなくてもいい」と考えるくらいが、ちょうどいいのです。 尊敬されなくてもいいと、考える。

12
★29

気持ちの流れに沿って、心はしなやかに。

つらいときには、ただ「つらい」と感じるだけでいいのです。 大変なときには、ただ「大変」と感じるだけでいいのです。 痛いときにも、ただ「痛い」と感じる。 悲しいときには、ただ涙を流して悲しむだけでいい。 気持ちの流れに沿って、ありのままの感情を受け取り、楽しむことです。 「つらい」「大変」「痛い」という言葉は、一般的に暗い意味が伴った言葉と思われています。 ですが、その感情によって得られる恩恵は多いものです。 私たちは、つらいと思うから、その反面、楽しいと感じることができるようになります。 大変と感じるから、楽になりたいと発明をしました。 痛いと感じるから、危険を予知することができるようになります。 悲しく涙を流す経験ができ、人の気持ちも理解できるようになります。 すべての感情には、意味があります。 つらい感情は一時的なことであって、長期で見れば、ありがたい感情です。 ただそのままの感情を、受け入れることが大切なのです。 気持ちの流れを、そのまま受け入れる。

13
★33

1人になると、自分らしくなれる。

ちょっとあなたにテストです。 あなたの前には大勢の人がいます。 1,000人もの大勢の人があなたを注目しています。 そんな大勢の人の前で、あなたにこれをやってほしい。 「丸い円を描いてください」 あなたは、言われたとおりに黒板に丸い円を描くことでしょう。 みんなの前で大きな丸(○)を、描いているところを想像しましょう。 みんなが、あなたが描く丸の形に注目しています。 こんなとき、あなたは必ずこういうことを考えながら丸い円を描くはずです。 「きれいに、丸をかかなきゃ」 「うまくかけなかったら、どうしよう」 客観的に見ると、面白いことですよね。 これが人間の心の厄介なところです。 私はきれいな丸をかいてくださいとは言っていません。 しかし、たくさんの人を目の前に、あなたは自動的に人の目を意識してしまったはずです。 人の前に立つと、人目を気にしてしまうのが人間なのです。 「気にしないように」と頭では分かっていても、なかなか簡単にできることではありません。 しかし、1人になり、丸をかくときにはどうでしょうか。 自然に、力を入れることなく、丸が描けるはずです。 人目を気にする気持ちもなく、恥ずかしがる気持ちもなく、ただ丸の形をさっと描けます。 不思議ですよね。 自分が自分らしくいるためには「1人になること」が必要なのです。 たった1人でもそばに人がいると「下手だと思われたくない」という気持ちが発生して、自分の心が乱れます。 1人で買い物をする。 1人で勉強をする。 1人で出かける。 1人になるというのは、自分が自分らしくいるために、なくてはならない習慣なのです。 1人になり、考え、行動する。

14
★35

私たちは、他人と比べる見方をしている。

「君のようなのろまな人間は、いい人生を送れないよ」 人の能力を基準にする人は、できない人を見下します。 叱られると「そうか。のろまはいけないことなんだ」と落ち込みます。 しかし、そんな人でも、アリと比べれば、格段に素早いものです。 のろまといわれるアリは、そんなことは気にしていません。 自分のペースで生活を歩んでいます。 ほかの人が早かろうが、遅かろうが、まったく気に留めていません。 だからいつも平然として、怒ったり、悲しんだり、いらいらすることもありません。 気に留めているのは、人間だけです。 私たちは、つい、他人と比べてしまう癖があります。 「あの人より頭がいい」 「あの人より仕事が速い」 「あの人より偉い」 比べることで、自分に安心を与えようとします。 価値を得ようとします。 ですが、比べる世界に生きているかぎり、本当の安心は一生やってきません。 どの世界でもそうですが、自分よりすごい人はたくさんいるものです。 もっと速い人、もっと頭がいい人、もっと偉い人は、たくさんいます。 比べることで得られる安心は、一時的です。 比べているかぎり、一生安定はないのです。 本当の安心は、比べることをやめたときに得られます。 アリのように、誰と比べるわけでもなく、ただありのままの自分で行動することです。 比べることで、安心するのはやめる。

15
★23

不要なものを、もちすぎていませんか。

ごちゃごちゃしている生活の原因の1つに「いらない物をもちすぎている」ということがあります。 いらない物をたくさん持っていると、掃除、整理、維持に時間とお金がかかり、悩みのタネになります。 いらない物というのは、自分では気づかないものです。 たとえば、あなたのバッグの中をのぞき込んでください。 それらは、本当に必要な物ばかりですか。 めったに使わない小物がたくさん詰め込まれていませんか。 ・必要のない雑誌 ・使いもしないお化粧道具 たくさんあるほど、バッグが重くなり、フットワークが鈍くなります。 バッグが少しでも重いと、遊びに出かけたときに、ふと気になる店に立ち寄るフットワークがなくなります。 「もう少し頑張る」が、できなくなります。 疲れやすくなり、友達と遊びに出かけたときも、楽しさが半減します。 いつの間にか、たくさんのチャンスを失うことになるのです。 しかし、バッグが軽いとどうでしょうか。 疲れにくく、もちやすく、出かけたときも「あそこに立ち寄ってみよう」と思う、軽いフットワークを手に入れることができます。 バッグは、出かけている間、ずっと持っていなければならないものです。 ちょっと軽くなるだけでも、疲れにくくなり、足腰が軽くなるのです。 いらない物は、どんどん捨てていきましょう。 かっこつけて、たくさん物を持っていると、かっこ悪くなります。 バッグの中から、いらない物を取り出す。

16
★23

心と呼吸は、つながりを持っている。

心と呼吸には、深いつながりがあります。 落ち着いている人の呼吸は、いつも穏やかです。 呼吸が整っているからです。 呼吸が整っていると、心も整理整頓されてきます。 心と呼吸は、関係がないように思えるかもしれません。 しかし、深いつながりがあります。 私たち人間は、酸素なしでは生きていけません。 酸素は人間が生きていくために、欠かせない物です。 呼吸を整えると、心も整ってきます。 十分に酸素を吸っていると、脳に酸素が十分に行き渡り、物事を考える余裕ができるからです。 私たちは、心に余裕がないときに、自然と深呼吸をしたくなります。 潜在的に深呼吸をすれば、いくらか落ち着くことができることを知っているからです。 あえて意識的に深呼吸をしてみましょう。 「深呼吸する必要なんてない」という人は、すでに余裕がなくなっている状態です。 そういう人こそ深呼吸を生活の中に取り入れて、心に落ち着きを取り戻しましょう。 「今の自分には余裕がないな」と不安を感じたら、まず深呼吸です。 十分に酸素を吸って、脳に酸素を供給して、考える時間と余裕を与えるのです。 心もどんどん落ち着いていきます。 まさに今この瞬間、あなたの呼吸はどうなっていますか。 チェックしてみましょう。 落ち着きのないときには、まず深呼吸をすればいいのです。 深呼吸を、生活の中に取り入れる。

17
★45

「こう思われたい」と演じているから、人付き合いが疲れる。

人付き合いに、疲れていませんか。 なぜ人付き合いは、疲れるのかを考えたことはありますか。 「他人からこう思われたい」と意識しているからです。 「こう思われたい」と意識することで、いい人を演じようとするから疲れます。 送別会に誘われて、本当は参加したい気持ちはないけれど「冷たい人だ」と思われたくないから断れず、やむなく出席します。 いくら送別会とはいえ「面倒だな」「行きたくないな」と思う本音があります。 出席を断れば、冷たい人だと思われたり、嫌な人だと思われたりすることが怖くて、仕方なく出席します。 気持ちのない宴会に出席しても、面白くありません。 宴会中も同じく、自分はいい人と思われるために、お世辞を言ったり、気を使ったり、わざとおどけたりします。 いい人を演じているのです。 いずれにせよ自分ではない「いい人」という「嘘の自分」を演じていることには変わりありません。 家に帰って1人になったとき、演技に疲れた俳優のように、ぐったりしてしまうのです。 「いい人だと思われたい」という意識は、あなたを疲れさせます。 「いい人」をやめてみませんか。 いい人を演じるのではなく、ありのままの自分を出していくのです。 冷たい人だと思われても、実際に冷たい人なら、そのままのほうが自分らしいのです。 ありのままであり、自然です。 いい人を演じるのは、やめる。

18
★8

「持つ生活」から「持たない生活」に切り替えよう。

ごちゃごちゃした生活は、部屋の中に物がたくさんありすぎるからです。 たくさんの物が置いてあるから、掃除に時間がかかり、スペースを取られ、部屋の中に余裕がなくなります。 安心を手に入れるために、物をたくさん持てば、考えなければならないことが増えるため、精神的な負担が大きくなるのです。 部屋の中の物を減らす工夫をしてみましょう。 1年に数回しか使わない物は、思いきってレンタルにすることです。 ビデオやCDは、わざわざ個人が所有する必要はありません。 見たいときにレンタルをして、聞きたいときに借りればいいのです。 着物、スキーウエアも必要とはいえ、1年に数回です。 必要なときに、レンタルをすればいいのです。 ゲームソフトも自分が購入するより、友達から借りれば、お金も節約できます。 持たないほうが、部屋にスペースができるため、広々と使えます。 「部屋が狭い」と不満を漏らしている人は、部屋が狭いのが直接の原因ではありません。 部屋の中に物をたくさん置きすぎているから、狭くなっているのです。 部屋の中が、倉庫になり、自分のスペースがなくなっています。 1年に数回しか使わない物は、レンタルをする。

19
★56

「嫌われたくない」から「嫌われてもいい」へ。

「ねえ、お金で困っているんだ。お金かしてくれない?」 「どうしたの急に?」 「どうしても来週までにお金が必要なんだ。お願い! 必ず返すから」 「分かったよ。来週、返してね」 友達があなたに頭を下げてお願いをしてきます。 顔は青ざめ、どうやらお金に本当に困っているようです。 本当は、お金を貸したくない。 しかし「嫌われたくないから」、友達からのお願いを断れず、お金を貸してしまうことになります。 お金を貸して、数日後、友達はきちんと返すからと約束したのに、なかなか返してくれません。 「もう少し待って。来週には返すから」 案の定、約束の日を守ってくれません。 あなたは友達に対して、だんだん不信感を持つようになり、友達との間に亀裂が走ります。 だんだん仲が悪くなり、友達との縁を切るということになる。 こうした経験はありませんか。 お金の貸し借りは、してはいけないと頭では分かっていても、してしまいます。 なぜこうなってしまったのでしょうか。 お金を貸してほしいといってきた側も悪いですが、それに応じてお金を貸した側も悪い。 「嫌われたくない」と思い、お金を貸しても、結果として友達との仲が悪くなってしまいました。 「嫌われたくない」という意識が強かったからです。 もし「嫌われてもいい」と思い、お金を貸さなければ、友達との縁は続いたことでしょう。 ときとして「嫌われてもいい」という選択のほうが、正しい場合があります。 訪問販売、キャッチセールスも同じです。 引っかかってしまう人は、決まって「嫌われたくない」という意識が強い人です。 話しかけられて無視をすれば、嫌な人だと思われると、つい立ち止まって話を聞き、必要のない商品を買わされることになります。 「嫌われたくない」から「嫌われてもいい」へと意識を変えましょう。 「嫌われたくない」という意識が強いから、人生がごちゃごちゃになります。 嫌われてもいいと決心したとき、初めて自分らしい行動を取ることができるようになります。 多くの面倒から解放されるのです。 面倒を増やしているのは、あなたの「嫌われたくない」という意識です。 「嫌われてもいい」と思う。

20
★27

素に戻れる時間を取ろう。

私は、ときどき、1人で散歩をします。 友達がいなくて寂しいからとか、暇だからというわけではありません。 散歩をしているとき「本当の自分」に戻れるからです。 人間は、生活では、さまざまな自分を演じています。 職業、肩書、服装、身分、場所によって、その場に適した自分を演じます。 あなたが学生なら、学校では学生らしく振る舞うでしょう。 社会人なら、会社では肩書に応じて振る舞うでしょう。 平社員なら平社員らしく、部長なら部長らしく、社長なら社長らしく。 友達なら友達らしく、親友なら親友らしく、先生なら先生らしく。 「らしく」を演じて、一方で本当の自分を隠します。 友達の前では、いい人を演じ、いつも何か仮面をかぶっています。 こうしたことは、生活をする上で、なかなか避けては通れません。 生きていくことは疲れます。 どれも本当の自分ではありません。 本当の自分はどこへ行ったのでしょうか。 何もしていない、誰とも会っていない、何もしていない瞬間が、本当の自分なのです。 誰かと会うと相手に応じて、自分を変えます。 学生服を着ると学生らしくなり、スーツを着ると社会人らしくなります。 誰かと会ったり、何かを着たりすることで、お面をかぶり、自分を覆い隠すことになるのです。 私は1人で、散歩をします。 近所の周辺を、ぶらぶらします。 気を使うこともなく、焦ることもなく、演じることもありません。 これ以上ないほどの「素の自分」に戻れる瞬間です。 本当の自分に戻ったとき、初めて日常生活を冷静に振り返り、考えたり、反省したり、気づいたりします。 私には、貴重な時間なのです。 あなたは、素に戻れる時間をしっかり取っていますか。 何でもない、ただの自分に戻って、1日を反省する。

21
★44

「まあ、こういうこともあるか」と笑う人は、変化を受け入れることができる。

「人生はこうでなければならない」 「この学校じゃないと行きたくない」 「この仕事じゃないとやりたくない」 自分が思い描いていたことと違った現実が顔を出すと、怒り始める人がいます。 「こんなはずではなかった」 誰しも自分の思うように進んでほしい人生ですが、そう思うように行くものではありません。 歩いていると、石につまずいて転ぶこともあります。 そんなとき「誰だ! こんなところに石をおいたのは!」と怒っても、仕方ありません。 石を置いた人を見つけて、裁判でもするつもりでしょうか。 「こうでなければならない」と考える人は、想定外に弱く、怒りっぽくなり、なかなか落ち着いた生活ができません。 「まあ、いいか」と考えることです。 石につまずいて転んだとき「たまには、こういうこともあるか」と考える人が、素早く起き上がれます。 また歩き始めることができる人です。 人と揉めることが少なくなり、すべての変化を人生の一部として受け入れることができるようになります。 諸行無常。 変化があってこそ、当たり前なのです。 変化を受け入れる姿勢を持ちましょう。 思いどおりにいかないことに怒るのではなく「まあ、こういうこともあるか」と笑い、受け入れてしまうのです。 気楽に気軽に考える人は、心が柔らかくなります。 「まあ、こういうこともあるか」と、笑い飛ばしてしまう。

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★24

できないことは、あっさり諦めてもいい。

どんなに頑張ってもできないことがあります。 数学がどうしても苦手だという人もいます。 外国語の勉強は、吐き気がする人もいます。 どうしてもグリーンピースが食べられない人もいます。 食わず嫌いはいけませんが、実際にトライして、自分には合っていないと感じれば、あっさり諦める勇気を持ちましょう。 諦めていいのです。 苦手なことはしないほうがいい。 「それはあなたがすることではありません。ほかに才能があるから探しなさい」という天からのメッセージです。 苦手なことばかりをしていると、時間も体力も消費する一方、なかなか進歩がありません。 さっさと諦め、自分に合ったことを探すほうが賢明です。 我慢、辛抱、忍耐という言葉に縛られていると、本当の進歩がなくなるのです。 できないことは、あっさり諦める。

23
★25

近すぎて、最も見えなくなる人物は、自分。

私は自分で自分のまつ毛が見えません。 近すぎるからです。 近すぎるから、見えなくなり、自分ではないような感覚になります。 しかし、実際に鏡を見ると、しっかりまつ毛はあります。 私たちは、近すぎるがゆえに見えなくなることがあります。 一緒に住んでいる家族との関係が悪い人がいます。 家族とはいつも同じ屋根の下で一緒に過ごしているため、相手のことが見えなくなりがちです。 近すぎるからです。 仲のいい友達ともいつも一緒にいるから、相手の気持ちを考えずに行動してしまうことがあります。 近すぎて最も見えなくなる人物は「自分」です。 自分の得意なこと、好きなこと、癖、話し方、態度、行動。 自分では分からないものです。 自分のことですから、簡単に分かるような気がしますが、自分では気づけないものです。 しかし、まったくの他人から「私にはどんな癖がある?」と聞いてみると、すぐ答えてくれます。 離れている人からは、よく見えます。 まつ毛と同じように近すぎるから、あっても、見えなくなります。 自分で自分のことが分からないのは、近すぎるから見えないのです。 あなたは自分で自分のことが、見えているでしょうか。 自分で自分のことを知るためには、ちょっと離れてみましょう。 鏡を使うと、初めて自分の姿形が分かります。 あなたがまつ毛を見るために、鏡を使うように、自分のことを知るために自分以外から自分を見てみるのです。 自分で自分の声を録音して聞いてみると「自分はこんな声だったのか!」と驚くことでしょう。 テープレコーダーで録音された自分の声は、思っていた声とはちょっと違います。 食事をした後の、テーブルの上は、あなたが表れた姿です。 マナーの悪い人や食べ方が悪い人は、テーブルの上が乱れています。 自分では普通の食べ方をしていると思っても、テーブルを見ると、自分がよく分かります。 あえてちょっと離れて自分を見てみると、気づかなかった本当の自分が見えてくるのです。 自分から離れて、自分を見る。

24
★31

落ち込み、失望することは、自信につながる。

自分の能力、才能、顔つき、声、体、性格。 自分で自分のことが気に入らなくなり、失望をするときがあります。 「自分は何てばかなんだろう」 「自分はなぜかっこ悪いんだろう」 「なぜこんなにモテないんだろう」 自分で自分に失望をすることがあります。 しかし、落ち込んだときほど、必ずそのテーマについて深く考えるようになります。 顔にコンプレックスを持っている人ほど、顔のことばかり考え、自分の顔の特徴をつかんだお化粧ができるようになります。 自分は性格が悪いなと感じた人ほど「何とかしよう!」と思い、性格改善を心がけるようになります。 自分はもともと運動神経が鈍いと分かると、そのコンプレックスをバネに、勉強で巻き返そうと学問に励むようになります。 コンプレックスをバネに成長するということはよくある話です。 落ち込み、失望することは、自信への第一歩なのです。 落ち込むから、何とかしようと思い、失望するから今まで気づかなかったことに気づけるようになります。 落ち込み、失望をして、自分を見つめ直す。

25
★18

ごちゃごちゃした生活は、計画を立てていないから。

行動するときにきちんと計画を立てて、行動しているでしょうか。 「生活がごちゃごちゃしているのは、もしかしたら私の無計画さのせいかも」と疑ってみましょう。 気の向くままに行動していると、生活はどんどんごちゃごちゃになります。 自分の部屋の模様替えをするとします。 最初は、頭の中である程度のイメージを作ってから、模様替えを始めますね。 「ベッドはここに置いて、本棚をここに移動させて、次にデスクはこの位置に置いて」と計画を立ててから、模様替えを始めます。 イメージをしないで、いきなり始める模様替えは、体力も時間も余計に必要になり、失敗してしまいます。 それと同じです。 生活をする上でも、ある程度自分の行動を想像して計画を立てておかないと、行き当たりばったりになります。 必要のない行動をしたり、必要のないお金を使ったりして、無駄が多くなるのです。 1日の計画を立てて、行動する。

26
★43

努力をするのは、もうやめよう。

努力ばかりをしていると、生活に疲れが出てきます。 「努力をしている」というと「偉いね」と言われます。 努力することはすごいこと、偉いことだと、つい勘違いをしてしまいます。 ですが、ただ努力をすればいいわけではないのです。 努力には、マイナスな印象が感じられませんか。 嫌なことを我慢してやるときに「努力する」という表現がよく使われます。 つらくて、気の進まない作業を行うときにもよく「努力」という言葉が使われます。 好きなことを進んでやるなら「楽しむ」という表現になるはずです。 努力と言っていることは、つまり「好きではないことを我慢してやっています」ということなのです。 「努力」という言葉が口癖になっていませんか。 それは、生活の中でつらいこと、気の進まないこと、好きではないことをたくさん我慢しながらしているということです。 そんな努力はしなくてもいい努力です。 努力より、楽しむようにしましょう。 生活の中で努力する数をできるかぎり減らし、楽しむ数をできるだけ増やしましょう。 努力はやめて、楽しむ。

27
★23

努力は最小限に、効果は最大限に。

努力には、悲しくも勇ましい様子が漂っています。 一般的に、好きではないことを行うときに「努力」という言葉が使われます。 好きなことをするなら「楽しむ」という言葉が使われるはずです。 努力はやめて、楽しむにすればいいのですが、現実ではなかなかそううまくいくものではありません。 では、こう考えてみてはどうでしょうか。 「努力は最小限に、効果は最大限に」 努力にはそれに見合う効果があります。 しかし、努力を少なくして、高い効果を上げることができるという現実もあります。 今の生活を振り返り、努力をすればいいのではなく、努力を少なくして効果を上げる工夫はできないかと考えてみましょう。 たとえば早起きです。 仕事から帰ってからの勉強と、朝早起きをして勉強したのとでは、どちらも同じ努力のように思えますが、効果は歴然と変わります。 夜は疲れがたまり、眠気が襲い、なかなか勉強に身がはいりません。 夜の勉強には、大変な努力が必要です。 睡眠時間が十分に取れた早起きは、疲れもなくすっきりしています。 たしかに早く起きることには多少の努力は必要ですが、体のコンディションは万全です。 夜遅くにする勉強も努力が必要です。 朝に早起きすることも努力が必要です。 ですが、体調はまったく違いますから、効果も大きく変わります。 どうせ同じ努力をするなら、効果の高い努力をしたいものですよね。 私はいつも早起きをするタイプの人間です。 「努力は最小限に、効果は最大限に」したいからです。 そのほかにも生活の至る所には、工夫しだいで努力は最小限に、効果は最大限に変えることができることがあります。 ダイエットは、夜に食べない代わりに朝食べたほうが、脂肪燃焼の効果は高くなります。 睡眠中は体を動かしませんから、脂肪がたまりやすい。 しかし、朝や日中は、体を動かしますから脂肪がたまりにくい。 ダイエットにはもちろん努力が必要ですが、工夫によっては効果が大きく異なるのです。 おなかがすいているときは、お菓子よりご飯のほうが健康にいい。 メールで知り合うより、直接会って話したほうが、仲良くなりやすい。 仲直りのときも、メールで仲直りより、直接会って謝ったほうが、効果が高い。 同じ努力でも、最も効果の高いほうを選ぶようにしましょう。 「努力は最小限に、効果は最大限に」を心がけることは、すっきりした生活に必要なことなのです。 努力は最小限にして、効果が高くなる工夫をする。

28
★15

悪いジンクスを信じると、不幸になる。
不安を大きくさせているのは、自分。

「黒い猫が横切ると悪いことが起こる」というジンクスがあります。 昔からのジンクスには、黒にまつわる悪い言い伝えが数多くあります。 ・カラスを見ると不吉 ・黒い雲の日には悪いことが起こる ・黒い海を泳ぐと溺れやすい しかし、実際に、黒が悪いことを引き起こすというわけではありません。 黒い猫が横切り、ジンクスを信じて「今日は悪い日になるに違いない」と悲観的になった自分が、悪いことを引き寄せているのです。 悪い言い伝えを自分に言い切かせることが、一番の問題です。 猫があなたに直接悪いことをするわけではなく、ジンクスを信じている自分が、自分に意地悪をしているだけです。 悪いジンクスを信じると、その人は本当に不幸になります。 まさに、不安を大きくさせているのは、自分というわけです。 ジンクスだけでなく、占いも予言も同じです。 信じるのは、よいジンクス、前向きな占い、明るい予言だけにして、悪いことは信じないようにしましょう。 実際にまだしていないことを、悪い言い伝えを信じて、自分を不安にさせています。 信じるのはよいジンクスだけにして、悪いジンクスは信じないようにしましょう。 悪いジンクスは、信じないようにする。

29
★46

言葉には暗示の力がある。
大丈夫といっていると、本当に大丈夫になる。

「大変だ、大変だ」という言葉が口癖になっていると、本当に大変になります。 言葉には言霊(ことだま)といって、実際に実現する力があります。 大変という言葉を口にしていると、本当に大変になり、もっと大変になります。 つらいなといっていると、もっとつらくなり、悲しいなと口にしていると、もっと悲しくなります。 疲れたといっていると本当に疲れてきてしまいます。 言葉には、暗示の力があります。 疲れたから疲れたというのではありません。 疲れたという言葉を口にすることで、初めてはっきり認識し、感じ、意識が向くのです。 天気が晴れの日はよい日、雨の日は悪い日という思い込みも、自分に暗示をかけていることです。 晴れの日がよくて、雨の日が悪いということはありません。 雨のおかげで作物が育ち、私たちの食料となります。 明日が晴れになるか雨になるかは、人間がコントロールすることはできません。 しかし、ネガティブな言葉を口にするかしないかということは、あなたがコントロールできることです。 あなたが幸せになるためにできるお金もかからない努力は、ネガティブな言葉を口にしないということです。 「何が何でも口にしないぞ!」と意気込むくらいでかまいません。 一方、ポジティブな言葉は積極的に口にしましょう。 「1日に1回は明るい言葉を使おう」と意識するくらいでかまいません。 大丈夫だよという言葉が口癖になっている人は、不思議なことに、本当に大丈夫になります。 その人の運がいいとか、たまたまだったわけではありません。 大丈夫と言葉を口にして、自分に暗示をかけ、そうなるように行動、発言、態度が整えられ、本当に大丈夫になったのです。 誰でもない、自分の力です。 自分で自分に大丈夫という暗示をかけて、そのとおりに動いたから現実になっただけです。 1日に1回は、明るい言葉を使う。

30
★24

人生があなたに意味を与えるのではない。
あなたが人生に意味を与える。

「夢を持つこと」が大切だといわれます。 では、なぜ夢を持つことが大切なのかを考えたことがありますか。 夢を持たないと、人生の計画性がなくなり、行き当たりばったりになるからです。 夢を持つことで、人生に題名がついて、その題名のとおりに物語が進行して行くようになります。 部屋の模様替えでも、テーマを最初に考えます。 「かわいい部屋にしよう」 「ピンク色の部屋にしよう」 テーマを決め、それに沿ってカーテンやデスクを購入して、レイアウトを考えます。 テーマを決めないと、まさにごちゃごちゃ状態です。 適当にカーテンを買い、デスクやベッドのレイアウトをすると、統一性がなくなり、何のための模様替えか分からなくなります。 人生も同じです。 最初にテーマを考えることで、そのためにどうすればいいのかが分かるようになります。 テーマを決めた瞬間から、何をやらなければならないのかが分かるからです。 将来は先生になるという夢を持てば、実現のためにどのような学校に通い、どのような勉強をしなければならないのかが分かります。 進むべき道が見え、方向を知ることができ、距離が分かります。 英語の資格を取る目標ができれば、そのために参考資料を買ったり、試験勉強をしたり、試験日を確かめることができます。 いずれにせよ、目的があるからできることです。 目的がはじめにあり、次に進むべき道、方向、距離が分かるようになります。 夢とは、名前こそ大げさですが「目的」ということです。 「夢=目的」です。 何も目的がない人生は、何をしなければいけないのかが分からず、ぶらぶら、だらだら、ごちゃごちゃになります。 統一性もなく、やる気も元気も出ません。 どこへいつまでに何をすればいいのかが分からない。 人生の迷子になります。 私たちが、この世に誕生したとき、何も意味を与えられずに生まれてきました。 みんな、同じです。 私もあなたもそうです。 「自分は何のために生まれてきたのか」という人がいますが、実際のところ、何のために生まれてきたわけでもありません。 ただ生まれただけです。 意味や目的があって、生まれてきたわけではありません。 空が存在するのは意味があって存在するわけではありません。 ただあるだけです。 「空気がなぜあるのか」と聞かれても、ただあるのです。 自然の流れに従い、ただ意味もなくそこにあり、人間が勝手に呼吸のために利用しているだけです。 人間も、意味があって生まれてきたわけではないのです。 自然の流れに従い、ただ生まれただけであり、意味があって生まれたわけではない。 生まれてから、自分で意味を見つける必要があります。 生まれた意味を与えられず生まれてきましたが、生きるためには意味が必要です。 自分で意味を探し、見つけ、自分の人生に題名をつけます。 目的というテーマをつけて、意味を持たせます。 すると、その瞬間から怠けがなくなり、進むべき道に歩むようになります。 地図を渡されても「はあ、そうですか」となりますが「この場所に来てほしい」といわれると「分かりました」となります。 あなたは、地図は持っていますが、行くべきゴールを定めることができていません。 人生があなたに意味を与えるのではありません。 あなたが人生に意味を与えるのです。 自分で自分の人生に意味を持たせます。 それを「夢を持つ」という表現として使われます。 夢を持つことが必要なのは、人生を引き締めるためです。 有意義に楽しく生きるために必要だからです。 意味があって初めて、進むべき道が見え、方向や距離が分かります。 達成感や充実感が得られるになります。 人生に意味を与える。

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