本屋に行くと、論理的思考力に関する本を数多く見かけます。
「論理的思考力を鍛える本」
「ロジカルシンキングのトレーニング法」
論理的思考力を鍛えるうえで、大切な前提があります。
「論理的思考力は、本を読むだけでは鍛えられない」という点です。
もちろん本を読むことが無駄というわけではありません。
論理的思考力を鍛えるには、正解の数に対する意識改革が必要です。
私たちは学校教育の中で「1つの質問に対して1つの答え」を導き出すことを受けてきました。
いわゆる一問一答です。
「思考力を鍛える」と聞くと、何をする必要があるでしょうか。
たくさん本を読む。
ひたすら問題集を解く。
論理的思考力を鍛えるとき、ありがちな誤解・失敗があります。
早く結論を出そうとすることです。
問題解決に着手した際、スピードを意識しながら結論を出そうとする人がいます。
論理的思考には、まず思考や判断をするための材料が必要です。
それが、情報です。
情報は、論理的思考を行ううえで欠かせない材料です。
論理的思考力を鍛えるには、まず自分で考えるのが基本です。
もちろん人に相談することが悪いわけではありません。
十分考えた結果、それでも正解が見つからないときは、人に相談するのもいいでしょう。
頭の中だけで考えようとしていませんか。
「考える」という作業は、頭の中で行われます。
思考や判断をするのも、頭の中。
問題の種類によっては、すでに正解が存在するものもあります。
たとえば、学校教育で行われる試験問題です。
学校教育で行われる試験問題では、選択式・記述式など解答形式はさまざまですが、あらかじめ解答が準備されています。
論理的思考では、言葉の意味や定義に注目してください。
言葉の意味や定義は、私たちが見落としやすい盲点の1つです。
言葉の意味がわかっていないまま考えようとしても、論理的思考が行き詰まるでしょう。
論理的思考では、できるだけ曖昧な話し方を排除しましょう。
もちろん日常の何気ない雑談ならいいのです。
雑談は楽しさが第一。
思考力を深めるためには、少なくとも2つ以上の視点から考えることが大切です。
1つの視点から観察できる様子は、1つのみ。
視点が1つという状態は、単純でシンプルな見方はできるものの、複眼的な見方ができません。
論理的思考を行うには、2つ以上の視点から物事を見ることが大切です。
良い点だけでなく、悪い点も考える。
肉体面だけでなく、精神面も考慮する。
論理的思考をする際に注意したいのは、感情です。
感情が乱れているなら、論理的思考もなかなかうまくいかないでしょう。
怒り・悲しみ・いら立ち・落ち込み。
論理的思考を妨げる見えない敵。
それは、先入観や思いこみです。
私たちは日々、多くの情報にさらされながら生きています。
いきなり正解を考えようとしても、なかなかはかどらないことがあります。
その原因の1つは、散らかった情報です。
どんな情報があるのか。
論理的思考は、情報が必要です。
情報が足りないなら、情報をかき集めます。
情報は、少ないより多いほうがいい。
人の思考は、大きく分けて2種類あります。
「収束的思考」と「拡散的思考」です。
アメリカの心理学者、ジョイ・ギルフォードが提唱した概念として有名です。
問題を掘り下げるためには、2つの質問が大切です。
・「だから何?(So what?)」
・「それはなぜ?(Why so?)」
仮説を立てたら、検証を行いましょう。
正解を導き出すには、必要な情報を集めた後、仮説を立てます。
想像力を働かせて仮説を立てたとしても、本当に正しいかどうか、まだ確定ではありません。
前提条件が間違っていないか、確認することが大切です。
特に大きな仕事では、前提条件が伴います。
たとえば、商品開発でいえば「テーマ」や「ターゲット」です。
論理的思考力を鍛えるポイントの1つ。
それが、結論から話す習慣です。
ビジネスでは結論から話す話し方が一般的ですが、論理的思考力を鍛える際も、結論から話す話し方が有効です。
まだ答えが存在していない課題に挑戦することがあります。
たとえば、新しい研究、新商品開発、未知のトラブル対応などです。
不透明の状態から正解を見つけ出す作業は、不安と恐怖も大きいでしょう。
考え事をするときは、集中することが大切です。
だらだら考えるより、気持ちを引き締めて集中して考えたほうが、思考を深めやすくなります。
知識や経験を総動員して考えるには、集中力が欠かせません。
なかなか正解が見つからないと、だんだん弱気になります。
「いくら考えてもわからない」と自分に甘えてしまう。
「どうせ考えても時間の無駄」と油断してしまう。
論理的思考では、勘を取り入れることも大切です。
勘とは、知識・経験・熟慮に基づかず、直感で判断することをいいます。
「第六感」と呼ばれることもあります。
自分なりに考え抜いた結果、一定の結論が出たとします。
苦労と手間暇がかかったなら、ほっと一息つきたいところでしょう。
「結論が出たら、そこで終了」となりがちですが、満足するのは少し早いかもしれません。
説明や説得では、客観的データが必要です。
根拠も証拠も何もないまま「こうです」と言うだけでは、個人の意見にすぎません。
発言力も説得力も乏しく「信用できない」「価値がない」と判断されても仕方ないでしょう。
論理的思考力を鍛える機会の1つ。
それは、議論や討論の場です。
学校や会社では、議論や討論の場が設けられることがあります。
論理的思考力を鍛える最大のコツは何でしょうか。
素直になることでしょうか。
多角的な視点を持つことでしょうか。
本屋に行くと、論理的思考力に関する本を数多く見かけます。
「論理的思考力を鍛える本」
「ロジカルシンキングのトレーニング法」
「筋道を立てて上手に説明する方法」
学校の先生や会社の上司から「論理的思考力を身につけよう」と言われることもあるでしょう。
論理的思考力という言葉に接したとき、どんな印象があるでしょうか。
「難しそう」
「専門的な技術が必要」
「取っつきにくい」
難解な言葉のためか、ネガティブなイメージを持つ人も多いかもしれません。
「論理的思考力なんて必要ない。なくても生きていける」と思う人もいるかもしれません。
たしかに論理的思考力がなくても、生きていけます。
筋力や体力とは違い、今すぐ必要というわけでもありません。
食事や睡眠とは違い、健康や生命維持に関係するわけではありません。
論理的思考力を身につけなければいけない義務もなければ、法律もありません。
実際のところ、論理的思考力がなくても、人生を生きることは可能です。
しかし、たとえそうだとしても、できるだけ論理的思考力は身につけておくほうがいい能力です。
なぜ論理的思考力が必要なのか。
それは、人生を切り開く武器になるからです。
論理的思考力は、常に必要ではないものの、さまざまな場面で役立ちます。
たとえば、親と将来の進路について話し合うときです。
親にお金を出してもらうなら、親に説明して、同意を得る必要があります。
就職するか、進学するか。
地元に残るか、都会に出るか。
どんな仕事に就いて、将来はどうしたいのか。
このとき、ただやみくもに「こうしたい」と話すだけでは、なかなか親の同意が得られません。
親の同意を得るためには、論理的に説明する必要があります。
根拠や理由とともに論理的に説明できれば、親から納得が得られ、自分の人生を切り開く力になります。
また仕事でも、論理的思考力は欠かせません。
上司に提案するとき、プレゼンをするとき、企画資料を作成するとき。
支離滅裂で中途半端な説明では、相手を説得できません。
自分の主張を通すためには、論理的思考力が必要です。
論理的思考は、れっきとしたビジネススキルの1つ。
論理的思考力があれば、筋道を立てて説明できるので、自分の主張が通りやすくなるでしょう。
そのほか、生活の至る所で論理的思考力が求められます。
友人に事情を説明して、協力してもらいたいとき。
先生に自分の意見を話して、理解してもらいたいとき。
交際相手に希望を伝え、願いを叶えたいとき。
つまり、説得する場面はすべて論理的思考力が役立ちます。
論理的思考力は、ないよりあったほうがいい能力です。
なくても生きていけますが、あったほうが、よりスムーズに人生を生きることができます。
ぜひ論理的思考力を身につけましょう。
論理的思考力は、努力と経験を重ねることで、誰でも身につけることができる能力です。
身につけるために特別な資格は不要です。
性別や年齢も関係ありません。
論理的思考力を身につけることで、あなたは人生を切り開く武器を入手できます。
論理的思考力を鍛えるうえで、大切な前提があります。
「論理的思考力は、本を読むだけでは鍛えられない」という点です。
もちろん本を読むことが無駄というわけではありません。
演繹法・帰納法・弁証法。
MECE・三段論法・フェルミ推定。
批判的思考・拡散的思考・収束的思考。
こうした思考法や専門用語を学ぶ点では意味があります。
効率よく知識や知恵を学ぶなら、本は絶好のツールです。
好きな時間に読めて、何度でも読み返せます。
実績のある思考法を学ぶことで、論理的な思考の理解を深めていけるでしょう。
しかし、いくら本を読んでも、結局のところ知識にすぎません。
知識は知識。
教養にはなりますが、実際に論理的思考力を鍛えているわけではありません。
論理的思考力は、スポーツに似ているところがあります。
スポーツは、本を読むだけで身につきません。
実際に経験の数をこなしていくうちに、だんだんコツをつかんで、身につけていくものです。
習うより慣れたほうが早い場合も少なくありません。
論理的思考力も同じです。
本を通して、概要やルールを知ることはできても、実践的な力を身につけることは不可能です。
論理的思考力は、あくまで「考える力」です。
やはり実際に経験を積むことで、思考力がじわじわ鍛えられていきます。
本を読むだけではいけないのです。
論理的思考力を鍛えるには、何が必要か。
それは日頃から考える習慣を持つことに尽きます。
本を読むことも大切ですが、それ以上に経験の積み重ねが大切です。
実際に考える機会を増やすことで、少しずつ論理的思考力を鍛えていけます。
論理的思考力を鍛える場は、あらゆるところに存在します。
人間関係に悩んだとき。
ある研究に取り組むとき。
仕事で課題に直面したとき。
毎日見聞きするニュースも、論理的思考力を鍛える機会の1つです。
プライベートからビジネスまで「すべてが論理的思考を鍛える機会」と言っても過言ではありません。
普段から素朴なことに疑問を持ち、理由を考える習慣を身につけることで、思考力が少しずつ鍛えられていきます。
積極的に場数を増やし、少しでも考える機会をつくることが大切です。
論理的思考力を鍛えるには、正解の数に対する意識改革が必要です。
私たちは学校教育の中で「1つの質問に対して1つの答え」を導き出すことを受けてきました。
いわゆる一問一答です。
たしかに学校で出題される問題のほとんどは、一問一答形式が大半です。
ある問題には、明確な正解が存在します。
選択肢が複数あっても、消去法で正解を導き出していきます。
論文や記述問題などの例外はありますが、基本的に学校で行われる教育には、一定の正解が準備されています。
明確に正解が存在するからこそ、試験で点数をつけられます。
しかし「正解は1つだけ」という一問一答の先入観にとらわれていると、論理的思考力の妨げになります。
世の中には、正解が1つとは限らないケースが数多く存在するからです。
たとえば、ビジネスです。
ビジネスでは、正解が1つだけとは限りません。
むしろ正解が複数存在する場合のほうが普通です。
まだ正解がない状況に対して、自分なりに仮説を立て、検証して、正解を見つけていきます。
このとき、正解が1つではなく、いくつか存在することに気づかされるでしょう。
仕事の段取り・上司との交渉・結果を出すまでのプロセス。
会議・プレゼン・ストレス対策。
市場調査・商品開発・販売促進。
正解は1つだけではなく、複数存在します。
複数存在する正解の中から、1つを選ぶこともあれば、同時にいくつか選ぶこともあり、臨機応変な対応が求められます。
特に研究の分野では顕著です。
「正解は1つだけ」という考え方にとらわれていると、研究は進みません。
どこにどんな正解があるかわからないため、仮説と検証を繰り返しながら可能性を絞り込んで、正解を導き出していきます。
「こうではないか」という仮説を立てる。
仮説に基づいて実験して、実際の結果を取得する。
実際の結果をもとにして、仮説を見直し、再び検証をしていく。
研究は、仮説と検証の地道な繰り返しです。
たとえ途中で正解が見つかっても「まだ可能性が残っているのではないか」と疑うことも大切です。
人の数だけ正解が存在するケースもあります。
正解の数がゼロというケースもあります。
正解が無限に存在するケースもあります。
学校教育で身についた一問一答の呪縛から解放されることです。
一問一答の呪縛から解放されることで、いっそう思考の幅が広がります。
「思考力を鍛える」と聞くと、何をする必要があるでしょうか。
たくさん本を読む。
ひたすら問題集を解く。
議論や討論に参加する。
学校教育の影響のためか、難しい勉強をしなければいけないイメージを持つ人もいるかもしれません。
たしかに試験の成績を上げるためなら、本を読んだり、難しい問題集を解いたりする必要があるでしょう。
本を読めば読むほど、知識や知恵を吸収できるのは間違いありません。
難しい問題を解くことで、どんどん学力も向上していくでしょう。
議論や討論に参加することも、論理的思考力を高める機会になるのは事実です。
しかし、論理的思考力を鍛えることは、もっと基本的で単純です。
「素朴なことに疑問を持って、理由を考える」
これだけでいいのです。
もちろんこれがすべてではありませんが、論理的思考力を鍛える基本です。
誰かに課題を与えられるわけではありません。
考える材料は、自分の自由に選べます。
必ず正解を見つけなければいけないわけではありません。
正解が見つからなくても、自分なりに納得のいく結論を出してみるだけで十分です。
わざわざ学校に通う必要はありません。
自分の好きな場所で自由に考えることが可能です。
素朴なことに注目して「なぜだろうか」と疑問を持つことが大切です。
たとえば、挨拶です。
「なぜ挨拶をするのだろうか」と疑問を持つことで、挨拶の意味や役割について論理的に考えるきっかけになります。
インターネットで調べれば、すぐ正解が見つかるかもしれませんが、自分の頭で思考することが大切です。
知識・知恵・経験を総動員して考え抜くことで、思考力が鍛えられます。
仕事の意味も大切なポイントです。
「なぜ仕事をする必要があるのだろう」と疑問を持つこともあるでしょう。
「食べていくため」「社会貢献のため」「家族を養うため」など、自分なりにさまざまな思考を張り巡らしてみます。
常識や固定観念にとらわれず、自由な発想で率直に感じたことを考える。
もちろん適当に考えるのではなく、できるだけ筋道が通るように考えることが大切です。
このとき、脳が鍛えられ、論理的思考力が鍛えられていきます。
日々のニュースも、論理的思考を深める絶好の材料です。
ニュースは「疑問の宝庫」と言っても過言ではありません。
「なぜ今年は、台風が多いのだろうか」
「なぜデフレから脱却できないのだろうか」
「なぜ生涯未婚率が増加しているのだろうか」
「なぜ国内の消費が冷え込んでいるのだろうか」
「なぜ都心部の不動産が値上がりしているのだろうか」
答えが見つからなくてもいいのです。
大切なのは「素朴なことに疑問を持って、理由を考える」ということです。
学校の授業とは違い、間違っても叱られることはありません。
いくら間違えても、減点も落第も罰則もありません。
素朴なことに疑問を持って、楽しみながら考えていきましょう。
なかなか正解が見つからなくて苦労することもありますが、知的好奇心を大切にすれば、考えることも楽しくなります。
素朴なことに疑問を持って、理由を考えてみることが、論理的思考力を鍛える基本なのです。
論理的思考力を鍛えるとき、ありがちな誤解・失敗があります。
早く結論を出そうとすることです。
問題解決に着手した際、スピードを意識しながら結論を出そうとする人がいます。
「少しでも早く結論を出したい」
「1分1秒でも早く結論を出したい」
「素早く結論を出せるほうが素晴らしい」
スピードを意識した結果、少しでも早く結論を出そうと意識することがあります。
たしかに結論を出すなら、遅いより早いほうがいいでしょう。
できるだけ早く結論が出たほうが、それだけ早く次のステップにも進めます。
また早く結論を出せるほうが、知的でかっこいい印象も出るでしょう。
映画やドラマで登場する賢い人たちは、素早く結論を出す様子が目立ちます。
その影響もあってか、論理的思考力を鍛えるには「早く考えなければいけない」という思い込みが生まれがちです。
しかし、ここに大きな誤解があります。
「論理的思考力」と「早く結論を出す力」は、別問題です。
論理的思考力とは、筋道を立てて考える力であり、早く結論を出す力ではありません。
早く結論を出せる人は、筋道を立てて考えることに慣れていて、集中して考えた結果にすぎません。
論理的思考に慣れていない人が、玄人の真似をして、最初からスピードを意識するのは注意が必要です。
タイムプレッシャーが加わることで、焦りや不安が生まれ、論理的思考を妨げます。
どんなに早く結論が出たところで、それが間違っては意味がありません。
論理的思考力を鍛えるなら、スピードを意識しないのが得策です。
早く結論を出すことではなく、正しい結論を出すことを意識しましょう。
少し遅くなってもいいので、正しい結論を出そうとすることが第一です。
最初は時間を気にせず、納得のいく結論が出るまでじっくり考えるのが得策です。
思考状態を書き出してみる。
情報を分類して、まとめてみる。
時間をかけてじっくり考えてみる。
不明点があれば、調べてみる。
仮説と検証を納得がいくまで繰り返してみる。
早く結論を出すことではなく、筋道を立てて考えることに集中したほうが、論理的思考力は鍛えられます。
早く結論を出す力は、あとから身につきます。
筋道を立てて考えることに慣れていくにつれて、だんだん素早く正しい結論を出せるようになります。
論理的思考には、まず思考や判断をするための材料が必要です。
それが、情報です。
情報は、論理的思考を行ううえで欠かせない材料です。
情報が不足している状態で論理的思考をするのは、不可能ではありませんが、難しいでしょう。
情報が限られていると、考えられる可能性が広すぎるため、誤解やずれが生じやすくなります。
予想や推測に頼らなければいけないため、的外れや見当違いも発生しやすくなります。
可能性を絞って考え、深掘りしていくためには、やはり情報が必要です。
論理的思考は、情報があってこそ実現します。
情報が不足しているなら、論理を考える前に、情報収集から始めるのが得策です。
できるだけ信頼できる情報源から、情報収集をするのがいいでしょう。
2次情報より1次情報。
古い情報より新しい情報。
無料の情報より有料の情報。
ウェブの情報より本の情報。
人づての情報より生の情報。
非公式な情報より公式な情報。
アマによる情報よりプロによる情報。
情報があればあるほど、参考になります。
情報がそろうだけで、正解が見つかることも少なくありません。
論文や検証データなど、一定の信頼が置ける情報であることが大切です。
正確なデータは根拠になります。
正確で具体的な情報が集まれば、おのずと範囲が絞られ、正解を見つけやすくなります。
十二分な情報が集まれば、論理的思考もスムーズになります。
情報収集の段階で、論理的思考の半分が決まると言っても過言ではないのです。
論理的思考力を鍛えるには、まず自分で考えるのが基本です。
もちろん人に相談することが悪いわけではありません。
十分考えた結果、それでも正解が見つからないときは、人に相談するのもいいでしょう。
知識も知恵も経験も、自分だけでは限られています。
人の知識や知恵を拝借することで、問題解決が早くなるでしょう。
相談相手が知っていることなら、ストレートに正解を教えてくれるかもしれません。
たとえ正解が得られなくても、何らかのヒントが得られるでしょう。
ユニークな発想・新鮮なアイデア・鋭い考え方などが得られ、問題解決の突破口になることがあります。
また、ずっと1人で抱え込んでいるのは良くありません。
研究なりビジネスなり、期限があるなら、きちんと間に合うように調整することが大切です。
1人で考えてもわからないことは、人の協力が必要です。
自分で十分考え抜いた末、どうしても答えが見つからないときは、むしろ積極的に相談するほうが適切です。
しかし、自分でろくに考えもせず、すぐ人に相談するのは良くありません。
人に相談すると、簡単に正解が見つかりやすくなる分、自分で考える機会が少なくなります。
すぐ相談する癖がつくと、考えることから逃げることになるため、論理的思考力が向上するどころか低下するでしょう。
問題に取り組む際、まず自分で考えるのが基本です。
時間の許すかぎり、最初は自分なりに考えましょう。
できるだけ深く考えてみる。
知識・知恵・経験を総動員させて、あらゆる可能性を探ってみる。
頭の中で考えるだけでなく、紙に書き出してみる。
時には勘を働かせてみる。
しっかり脳に汗をかくことです。
結論は出なくても、頭を動かすことが大切です。
「こうではないか。ああではないか」と苦しみながら悩むのは、論理的思考力のトレーニングが行われている状態です。
あれこれ悩んでいる最中、論理的思考力が鍛えられています。
考えるだけでなく、検証をしてみるのもいいでしょう。
頭を動かすだけでなく、手や足も動かしてみます。
自分のできる範囲なら、実際に検証したほうが、短い時間で結論が出ることがあります。
検証によってデータが取れると、正解を見つける手がかりになり、論理的思考力を発展させるヒントになるでしょう。
無制限に考える必要はありませんが、最初は自分の頭で考えることです。
人に相談するのは、ある程度まで自分で考えてからです。
十分考えたうえで人に相談すれば、相手もしっかり相談に乗ってくれるでしょう。
頭の中だけで考えようとしていませんか。
「考える」という作業は、頭の中で行われます。
思考や判断をするのも、頭の中。
発想や想像をするのも、頭の中。
重要な決断を下すのも、頭の中。
そのため、考えるときには、1人でうんうんうなりながら考えることが多いのではないでしょうか。
頭の中だけで上手に正解まで導きたいところですが、実際のところ、なかなか難しいのが現実です。
頭の中だけで考えようとしても、思考がもつれたり曖昧になったりして、情報の整理が困難です。
思考は、もやもやした状態から始まります。
もやもやした考えを、頭の中で最初から最後まで完結させるのは至難のわざ。
頭の中で情報を整理したり考えを深めたりするのは限界があります。
誤解や勘違い、物忘れやど忘れも起こりやすくなるでしょう。
そんなときこそ、書き出してみましょう。
メモ帳・ノート・ホワイトボード。
パソコン上のテキストでもかまいません。
思考力を鍛えるためには、書き出す癖をつけることが大切です。
文字・絵・図表など、自由に書き出します。
書く行為は基本的なことなので、すでに重要性を理解している人もいるかもしれませんが、あらためて意識したい点です。
書き出すと、考えがはっきり目に見える形になります。
目に見える形になることで、情報の分類が容易になって、整理しやすくなります。
抽象的だった思考が具体的になり、主観的だった思考が客観的になります。
一度文字として書き出すことで、冷静に物事を見ることができるようになるため、鋭い考え方を発見しやすくなります。
情報の整理がしやすくなり、深い思考を実現しやすくなります。
ためらうことなく、どんどん積極的に書き出していきましょう。
一度文字として書き出せば、消さないかぎり、一生残せます。
一瞬思いついたことでも、さっと書いてしまえば、記録に残せます。
記録さえ残せば、そのときは役立たなくても、あとから役立つことがあるでしょう。
書きすぎてしまえば、あとから二重線を引けばいいだけです。
考えが整理されたから書くのではありません。
書くから考えが整理されていくのです。
書き出す行為は、恥ずかしいことでも情けないことでもありません。
むしろ積極的に書き出していく行為は、積極的に思考を深めようとする姿です。
書けば書くほど、思考が前進します。
書き出す習慣があれば、どんどん思考力が鍛えられていきます。
問題の種類によっては、すでに正解が存在するものもあります。
たとえば、学校教育で行われる試験問題です。
学校教育で行われる試験問題では、選択式・記述式など解答形式はさまざまですが、あらかじめ解答が準備されています。
問題集の種類によっては、解答のほかに、詳しい解説が準備されていることもあります。
解説を読めば、解答までのプロセスがわかるので、勉強もはかどります。
このとき、少し考えてわからなければ、すぐ解答を見たくなるかもしれません。
手の届く範囲に解答があるなら、気になって早く確認したくなるでしょう。
「早く解答を知りたい」
「考える時間がもったいない」
「さっさと解答と解説を確認して次に進みたい」
もちろん十分考えた後ならいいのです。
自分なりに考え抜いて、それでもわからなければ、解答を確認するのも納得です。
十分考えて行き詰まった状態なら、解説の意味もよく理解できるでしょう。
しかし、十分考えることなく、すぐ解答を確認するのは注意が必要です。
すぐ解答を確認する癖がつくと、考える機会まで失われます。
すぐ解答を見てしまうと、勉強は前進するかもしれませんが、思考力を鍛えることができません。
正解がわかった瞬間、考える緊張感が失われます。
すぐ解答を確認する癖がつくと、すぐ考えるのを諦める癖もついてしまいます。
すぐ回答を確認する癖があると、思考力は鍛えられないのです。
思考力は、考え抜くことに意味があります。
自分の知識や経験を総動員させ、できるだけ深く思考することが大切です。
表向きは前に進んでいないように見えても、頭の中は高速回転になっている状態です。
「もう少し考えてみよう」「別の方法はないだろうか」と粘る気持ちが大切です。
この悩み苦しんでいる瞬間こそ重要です。
本人は苦痛でたまらないかもしれませんが、思考力が鍛えられている瞬間です。
なかなか結論が出なくても、しばらく粘って考えていると、ふと解答が見つかることもあります。
どこまで考えたときを「十分」とするかは、状況によって異なります。
制限時間があるなら、制限時間ぎりぎりまで考えるのがいいでしょう。
制限時間がなければ、自分の中で一定の結論が出るまでがいいでしょう。
解答と解説を確認するなら、十分考えた後が適切です。
十分考えた後に解答と解説を確認すると、苦しんで悩んだ分だけ、しっかり理解と記憶ができるのです。
論理的思考では、言葉の意味や定義に注目してください。
言葉の意味や定義は、私たちが見落としやすい盲点の1つです。
言葉の意味がわかっていないまま考えようとしても、論理的思考が行き詰まるでしょう。
そもそも言葉の意味や定義を正しく理解していなければ、うまく考えることもできません。
たとえすでに言葉の意味や定義を理解していたとしても、油断は禁物です。
「言葉の意味を知っているから大丈夫」「定義は把握できている」と思う人もいるかもしれませんが、安心とは限りません。
自分では理解しているつもりでも、誤った思い込みをしている可能性があります。
少しでも理解に曖昧な点があるなら、注意したほうがいいでしょう。
たとえば「ITを活用した教育を考える」という課題があるとします。
「IT」という言葉は、新聞やテレビでよく聞きます。
おおむねイメージができるはずですが、正確に意味を把握しているでしょうか。
きちんと意味を説明するとなると、意外と言葉が詰まる人も多いのではないでしょうか。
中には「IT」の意味を「インターネット」の意味として思い込んでいる人もいるかもしれません。
そこで意味の確認です。
ITとは「Information Technology」の頭文字を取った言葉であり「情報技術」という意味があります。
コンピューターやインターネットを使って情報処理を効率的に進める技術の総称です。
ソフトウエアも、ITの1つ。
ウェブシステムも、ITの1つ。
サーバーシステムも、ITの1つ。
ITの意味は、インターネットに限らず、多岐にわたるのです。
「最終学歴と就職率について考える」という課題があるとします。
「最終学歴」という言葉は聞き慣れた言葉ですが、その定義が曖昧になっていることが少なくありません。
最終学歴とは「最後に卒業した学校」と考えがちですが、正しくは「最も高い教育の経歴」です。
たとえば、大学を卒業後、専門学校に通って卒業した場合、最終学歴は「大学卒」になります。
この点を誤解していると、論理的思考も誤ってしまうでしょう。
すでに意味や定義を知っている言葉でも、うまく説明できないなら、イエローカード。
少しでも不安があるなら、面倒でも、辞書を使って確認することをおすすめします。
誤解したまま理解している可能性もあるため、再確認をする価値はあるでしょう。
慣れ親しんだ言葉でも、きちんと調べてみると、意外と誤解していることがあります。
新しい発見がなくても、意味や定義の再確認ができるので、無駄にはなりません。
余裕があれば、複数の辞書を使って確認すると、より理解を深められるでしょう。
辞書によって特色が異なるため、わずかに説明が異なることがあります。
辞書で言葉の意味や定義をきちんと確認しておけば、論理的思考もスムーズに行えます。
論理的思考では、できるだけ曖昧な話し方を排除しましょう。
もちろん日常の何気ない雑談ならいいのです。
雑談は楽しさが第一。
ちょっとした雑談なら、雑な話し方もいいでしょう。
思ったことや感じたことを、そのとき浮かんだ適当な言葉で表現するのもいいでしょう。
「なんとなくそう思う」「直感です」「嫌な予感がする」といった無責任な発言も、雑談の面白さの1つ。
少々言いすぎても、謝れば済む話。
少しくらい話のつじつまが合わなくても、笑ってごまかせば済む話です。
小さなことは気にせず、とにかく話を前に進めたほうが、会話も盛り上がるでしょう。
しかし、論理的思考をする場面では、曖昧な話し方は不適切です。
話し方が曖昧だと、論理も曖昧になります。
「大きい箱を使って検証する」
「ある程度の実績がある」
「わからないところが一部ある」
「見直しを行う」
「近い将来に実現するだろう」
一見すると問題なさそうな話し方ですが、油断できません。
どれも曖昧かつ抽象的で、大事な点が抜けています。
話し方が曖昧では、意味がぼんやりしているので、筋道を立てて考えるのが難しくなります。
不確かな印象が強いため、相手にもうまく説明できません。
論理は、明確でなければいけません。
明確な論理を組み立てるには、まず話し方を引き締める必要があります。
「大きい箱を使って検証する」とは、どのくらいの大きさの箱なのか。
「ある程度の実績がある」とは、具体的にどの程度の実績なのか。
「わからないところが一部ある」とは、どの部分のことなのか。
「見直しを行う」とは、どこを見直すのか。
「近い将来に実現するだろう」とは、具体的にいつなのか。
曖昧で抽象的な話し方は避け、できるだけ明確で具体的な話し方を心がけましょう。
中には不確定要素が大きいため、断言できない部分もあるかもしれませんが、できるだけ明確な話し方を意識します。
話し方も「だと思う」「かもしれない」ではなく「です」「ます」と言い切るほうがスマートです。
未定や不確定なら「未定です」「不確定です」と言えばいいだけです。
ゼロにするのは難しいかもしれませんが、ゼロに近づける努力は大切です。
明確な話し方には、覚悟と責任が伴います。
だからこそ考え方が引き締まり、思考力も研ぎ澄まされます。
系統立てて考えることができるようになるのです。
思考力を深めるためには、少なくとも2つ以上の視点から考えることが大切です。
1つの視点から観察できる様子は、1つのみ。
視点が1つという状態は、単純でシンプルな見方はできるものの、複眼的な見方ができません。
見え方が限られていると、なかなか思考も深まりません。
物事を考えるとき、複数の視点を意識してください。
別の視点から見ると、違った見え方・感じ方があるため、思考が深まるきっかけが得られることがあります。
たとえば、商品を購入する場面です。
商品を購入するときは、良い点だけに着目しがちですが、悪い点にも注目します。
良い点と悪い点の両方を把握することで、購入すべきか、総合的な判断が可能になります。
自分のキャリアについて考える場面があるとします。
短期的な視点だけでなく、長期的な視点で考えることで、目先の損得に惑わされなくなります。
短期的には有利でも、長期的には不利に働くこともあるでしょう。
短期的には不利でも、長期的には有利に働くこともあるでしょう。
短期的と長期的の両方から考えることで、正しい現実を見据えたキャリア設計を考えることができます。
上司に企画を提案する場面があるとします。
つい自分の立場から企画を考えてしまいがちですが、上司の立場も考えてみます。
上司には、上司なりの立場があります。
部下や家族がいたり、夢や目標があったりするでしょう。
上司にも上司がいて、人事評価を気にしているはずです。
上司の立場を考えることで、通りやすい提案や上手な提案の仕方が浮かびやすくなります。
商品開発の場面があるとします。
開発の際は、開発者の目線で考えがちですが、消費者の目線でも考えてみます。
さらに競合他社からの目線や消費者以外の視点を想像してみることも、より良い商品開発を促すポイントになるでしょう。
どんなことでも、少なくとも2つの視点が存在します。
上と下。
右と左。
表と裏。
過去と未来。
精神と肉体。
国内と海外。
成功と失敗。
新しいことと古いこと。
ポジティブとネガティブ。
見える部分と見えない部分。
さまざまな方向から観察することです。
対象は1つでも、見る角度が変われば、見える様子も変わります。
視点の数を増やすにつれて視野も広がり、今まで見えなかったことが見えるようになるでしょう。
物事を多角的に見ることで、より鋭い考え方ができるようになります。
視点の数だけ思考が深まっていくのです。
論理的思考を行うには、2つ以上の視点から物事を見ることが大切です。
良い点だけでなく、悪い点も考える。
肉体面だけでなく、精神面も考慮する。
短期的な視点だけでなく、長期的な視点からも考える。
自分の立場ではなく、相手の立場からも考える。
見える部分だけでなく、見えない部分にも注目する。
2つ以上の視点から考察することで、視野が広がって、論理的思考を深掘りしやすくなります。
この複数の視点を考えるうえで、フレームワークの利用が役立ちます。
フレームワークとは、物事の指針を示す、大まかな枠組みのことをいいます。
ある分野について考える際、必要とされる基礎的な視点をまとめた考え方です。
フレームワークは、先人の知恵の1つであり、十分な実績があります。
たとえば、売り手側から見たマーケティング戦略では「マーケティングの4P」というフレームワークが有名です。
このフレームワークを利用すれば、マーケティング戦略を効率よく考えることができます。
マーケティングの4Pは、売り手側から見たフレームワークですが、買い手側から見たフレームワークも存在します。
買い手側の見方としては「マーケティングの4C」というフレームワークが有名です。
消費者が商品・サービスを購入する際、これらの点から構成されているといわれています。
マーケティングの4Cを押さえることで、消費者の視点を重視したマーケティングを考えやすくなります。
市場分析に関しては「3C分析」というフレームワークが有名です。
商品開発で市場を分析する際、このフレームワークを活用すれば、スムーズに仕事が行えるでしょう。
経営戦略としては「SWOT分析」というフレームワークが有名です。
この4つの側面から考えることで、より効率的に経営戦略を考える事ができます。
世の中には、多種多様なフレームワークが存在します。
その場で思いついた視点で考えるのもいいですが、フレームワークの利用も忘れてはなりません。
素晴らしいフレームワークがあるなら、使わないのはもったいない。
取り組もうとしている分野にフレームワークが存在するなら、積極的に取り入れるといいでしょう。
実績のあるフレームワークを活用することで、論理的思考もはかどるでしょう。
論理的思考をする際に注意したいのは、感情です。
感情が乱れているなら、論理的思考もなかなかうまくいかないでしょう。
怒り・悲しみ・いら立ち・落ち込み。
そして、ときどき襲ってくる原因不明の情緒不安定。
気持ちが興奮した状態では、どうしても思考が感情に振り回されてしまいます。
思考に余計なノイズが混じるため、正常に物事を判断するのが難しくなります。
たとえば、いらいらしているときです。
人なら誰でもいらいらするときがあるでしょう。
人から嫌なことを言われて気分を害することもあれば、たまたま不運が続いて落ち込むこともあるはずです。
そんなときに論理的思考を行うのは、不可能ではありませんが、なかなか困難です。
感情的になっているときは、自分を見失っているときでもあります。
理性と自制心を失った状態では、冷静に物事の筋道を立てて考えるのに苦労するはずです。
感情的になっていると、考え事にも集中しにくい。
同じことを何度も繰り返し考えたり、考え事が支離滅裂になったりして、はかどらないでしょう。
感情が思考を支配した状態で論理的思考を行うのは、わざわざ誤った結論を出しに行くようなもの。
感情的な状態で出した結論は、誤っていることが大半です。
後になって「なぜあんなことを考えてしまったのだろう」と赤面することになるでしょう。
そのため、感情が乱れているときに論理的思考を行うのは、避けておくのが賢明です。
論理的思考に必要なのは、感情ではなく、理性です。
穏やかでリラックスした状態こそ、論理的思考に適した環境です。
理性が保たれ、心が落ち着いていると、冷静に物事を考えやすくなります。
冷静で落ち着いているときのほうが、考え事に集中しやすくなります。
少し難しい問題も、集中力を発揮しやすいため、考えを深掘りしやすくなります。
人間は感情の生き物です。
完全に感情を抑え込むのは難しいかもしれませんが、論理的思考の場では、できるだけ取り除いておくのが賢明です。
感情的になっているときは、少し時間を置くのが得策です。
時間には、あらゆる興奮を静める作用があります。
時間がたつにつれて、いら立っていた感情がだんだん落ち着いてくるでしょう。
悲しみも落ち込みがひどくても、時間が解決してくれます。
積極的に気分転換をしてみるのも、良い方法です。
自分の趣味や好きなことをして楽しめば、時間もあっという間に過ぎていきます。
いらいらしていた気持ちが、どこかに消えていき、理性を取り戻しているでしょう。
論理的思考は、常に理性的な状態で行うのが正解です。
論理的思考を妨げる見えない敵。
それは、先入観や思いこみです。
私たちは日々、多くの情報にさらされながら生きています。
情報源はさまざまです。
新聞・テレビ・雑誌・ラジオ・インターネット。
人から聞く話も、情報源の1つです。
情報の多くは知識や教養として役立ちますが、一方で先入観や思いこみといった余計な副産物も生じやすくなります。
先入観や思い込みのほとんどは無自覚です。
先入観や思い込みは、癖のようなもの。
人から見ると不自然ですが、本人にとっては普通の状態になっているので、なかなか気づけません。
先入観や思い込みを持った結果、論理的思考をする際、いつの間にか色メガネで考えてしまうことが少なくありません。
先入観や思い込みがあると何が怖いか。
それは、誤った結論を導いてしまうことです。
正しく論理的思考を行うためにも、できるだけ先入観や思い込みを取り払うことが必要です。
先入観や思い込みは、生活で役立つことがある一方、論理的思考では、できるだけ取り払うことが大切です。
そこで必要なのは、まず自分の先入観や思い込みに気づくことです。
自分の知識や知恵に自信を持つのはいいですが、疑う気持ちも大切です。
先入観や思い込みで考えようとしていないか、自分に問いかけてみてください。
「先入観や思い込みで考えていないか」と。
シンプルな一言ですが、客観性を見いだす効果は抜群です。
落ち着いて自問すると、ふと先入観や思いこみで考えている自分に気づけることがあります。
自分では「普通」「当たり前」と思っていることでも、冷静に考えてみると、偏った考えに気づけるでしょう。
いきなり正解を考えようとしても、なかなかはかどらないことがあります。
その原因の1つは、散らかった情報です。
どんな情報があるのか。
どんな種類の情報があるのか。
どこまで確定で、どこから不明なのか。
ばらばらの情報や断片的な情報では、活用しにくくなり、十分に生かせません。
ばらばらの情報は、散らかっている部屋と同じです。
部屋が散らかっていると、必要なものを探すのに時間がかかります。
ごちゃごちゃした環境では、居心地も雰囲気も悪く、ストレスも増えます。
論理的思考でも同じです。
情報が散らかっている状態では、見通しが悪いため、深く考えようとしたくても難しくなります。
なかなかやる気も起きず、集中力を妨げます。
そこで必要なのが、情報の整理整頓です。
いきなり仕事に取りかかるのではなく、まず情報の整理整頓から始めるのが得策です。
きちんと分類して、きれいにまとめます。
関係ない情報があるなら、考慮から外します。
本来の仕事の着手までに一手間かかりますが、大切なプロセスです。
きちんと情報を整理整頓しておけば、あとから必要な情報を取り出しやすくなります。
論理的思考がはかどるよう、きちんと情報を分類して、まとめることが大切です。
見た目でまとめるのも良し。
種類や特徴で分類するのも良し。
番号や時系列で並べるのも良し。
情報の整理整頓は、仕事を進める近道になります。
整理整頓が難しい情報があったとしても、じっくり考えて、できるだけきれいに分類してまとめます。
情報の整理整頓に時間がかかったとしても、見通しが良くなって活用しやすくなれば、結果的に時間短縮になるでしょう。
タウンページのように「整理された情報」というだけで価値があります。
整理された情報は、見やすく、わかりやすく、活用しやすくなります。
情報を整理していくうちに、頭の中も整理されていくでしょう。
仕事を一緒にする仲間がいれば、自分だけでなく、相手のためにもなるはずです。
全体の見通しが良くなるため、論理的思考もはかどるのです。
論理的思考は、情報が必要です。
情報が足りないなら、情報をかき集めます。
情報は、少ないより多いほうがいい。
情報があればあるほど、思考や判断の材料になります。
根拠や証拠にもなるので、できるだけ多くの情報を集めることが大切です。
では、情報なら何でもいいかというと、そうではありません。
問題は「その情報が事実かどうか」です。
すべての情報を疑わずに信じるのは良くありません。
事実に思えても、実は事実でないことも少なくありません。
嘘や不確定の情報で論理的思考は実現できません。
特に、出どころが不確かな情報は、事実と事実以外が入り交じっていることが多いため、注意が必要です。
そこで必要なのが「事実と事実以外を分ける」という作業です。
情報に接したとき、事実なのか、そうでないのか、注意深く確認することが大切です。
すでに情報を持っているなら、事実と事実以外とで区別するといいでしょう。
事実と事実以外を区別することは、情報を整理整頓する一環になります。
たとえば、人から聞いた話です。
聞いた話をそのまま信じるのは、素直な姿勢ではありますが、論理的思考では妨げになります。
真実らしく聞こえても、実際は単なる噂で、嘘である可能性があります。
聞いた話を疑うことなく信じていると、あとから恥ずかしい失態を犯すでしょう。
事実ではない情報では、論理的思考を実現できません。
たとえ相手が信頼できる人でも、きちんと事実なのか確認する必要があります。
また、インターネットである記事を入手したとします。
この際も、疑わずに信じるのは良くありません。
事実であるように聞こえても、実際はただの臆測で、真実ではない可能性があります。
その情報は、裏付けされた事実なのか、記者による臆測なのか、区別することが大切です。
裏付けされた事実なら有用ですが、そうではないなら注意が必要です。
論理的思考では、事実を軸にして考えることが大切です。
事実かどうか確認する習慣を身につけてください。
「それは事実だろうか」と自問することで、注意喚起を促せます。
事実以外の情報は、不要というわけではなく、補足やコメントとして扱う程度がいいでしょう。
「確証はないが、こういう情報もある」という程度なら、論理的思考の一助になるでしょう。
事実と事実以外を区別することで、論理的思考もはかどります。
人の思考は、大きく分けて2種類あります。
「収束的思考」と「拡散的思考」です。
アメリカの心理学者、ジョイ・ギルフォードが提唱した概念として有名です。
この概念は、論理的思考をするうえでは、欠かせないポイントです。
同じ思考とはいえ、役割が異なります。
それぞれを状況に応じて、活用することで、問題解決がスムーズになります。
拡散的思考とは、常識や先入観などあらゆる制限をなくすことで、思考を拡散させるときの思考モードです。
既知の情報から、さまざまな方面に考えを拡散させ、あれこれ思いをめぐらしながら新たな考えを生み出していきます。
一般的に発想やアイデアを出すときに役立つ思考モードです。
入浴中や散歩中といったリラックスの時間に、ふとアイデアが思いついた経験はないでしょうか。
それは、拡散的思考が働いたからです。
無意識のうちに、思考の制限が取り払われることで、常識や先入観にとらわれない思考を実現できます。
そのため拡散的思考は、制限にとらわれない、自由な思考をしたいときに役立ちます。
拡散的思考が行われる代表例は、ブレーンストーミングです。
ブレーンストーミングは、参加者が自由に多くの意見を出しあうことで、独創的なアイデアを引き出す集団思考法です。
常識や先入観にとらわれず、思考を自由な状態に拡散させることで、発想やアイデアが思いつきやすくなります。
仲間がいなければ、1人でブレーンストーミングを行うのもいいでしょう。
収束的思考とは、既知の情報から論理的に思考を進めていき、唯一の正解に早く正しく到達するための思考法です。
考える対象範囲は狭いですが、集中することで、思考を深く掘り下げていくことが可能になります。
すでに必要な材料がそろっていて、問題解決を急ぐ必要がある場合は、収束的思考が最適です。
たとえば、難しい問題を解くときです。
考えなければいけない問題が決まっている場合、徹底的に思考することで正解を見つけていきます。
制限時間がなければ、時間をかけてでもいいので、深く突き詰めていくことが大切です。
じっくり突き詰めていくことで、どんどん思考が深まり、突破口を見いだせる可能性が高まります。
ただし、収束的思考は「長時間の持続が難しい」という欠点があります。
集中力を要するため、長く続けようとしても、一定時間がたつと集中力が途切れます。
収束的思考で思考するなら、適度に休憩を入れながら行うのがいいでしょう。
最初は拡散的思考によってアイデアを膨らませ、次に収束的思考によって絞り込みと深掘りが行われます。
エジソンやアインシュタインも、意識的に収束的思考と拡散的思考を活用したといわれています。
拡散的思考で発想やアイデアがひらめいた後、収束的思考で深掘りしていました。
特筆すべきは「両方を同時に行うのは不可能」という点に注意が必要です。
思考するなら、どちらかのモードに切り替える必要があります。
無意識に収束的思考と拡散的思考を使い分けている人もいるかもしれませんが、今度は意識的に使い分けてみてください。
あなたも収束的思考と拡散的思考を場面に応じて使い分けることで、今まで以上に思考がはかどるでしょう。
問題を掘り下げるためには、2つの質問が大切です。
この2つは、論理的思考を行ううえで重要な軸になる質問です。
私たちが課題に取り組む際、必要な情報がすべて与えられているとは限りません。
生活・研究・仕事。
与えられている情報は一部であり、実際は水面下に多くの情報が隠れていることがあります。
すべての情報が与えられていると思っていても、実際は誤解であることもあります。
水面下の情報に気づかないままでは、スムーズに問題解決を進められません。
どうすれば、水面下にある情報に気づけるのか。
それが「だから何?」「それはなぜ?」という質問です。
問題を掘り下げ、水面下の問題に気づくためにも「だから何?」「それはなぜ?」の質問が重要です。
1つ目の質問は「だから何?」です。
この質問は、現在持っている情報から、何らかの結論を見つけ出す作業です。
物事を疑うような一言ですが、だからこそ効果的です。
「だから何?」と問いかけることで、着眼点を水面下に移せるようになります。
固定観念や既成概念があっても、疑うことで、その奥にある真実に気づきやすくなります。
2つ目の質問は「それはなぜ?」です。
1つめの質問「だから何?」に対して「それはなぜ?」ともう一度疑ってみます。
「だから何?」は、根拠から結論を導く質問ですが「なぜそう思うのか」は、逆に結論から根拠を考える質問です。
つまり「それはなぜ?」は、検証の役目を果たします。
「それはなぜ?」と問いかけることで、自分を納得させるための理由が必要になるため、思考が深まります。
論理的思考を鍛えるなら「だから何?」「それはなぜ?」の2つの質問を習慣にしておきましょう。
「だから何?」「それはなぜ?」の質問は、1回だけでなく、何度も繰り返していくことがポイントです。
2つの質問を交互に行うことで、見えない部分まで考えを及ぼせるようになります。
難問に直面しても「だから何?」「それはなぜ?」を繰り返すことで、問題解決の糸口が見えてくるようになるでしょう。
仮説を立てたら、検証を行いましょう。
正解を導き出すには、必要な情報を集めた後、仮説を立てます。
想像力を働かせて仮説を立てたとしても、本当に正しいかどうか、まだ確定ではありません。
仮説の内容によっては「間違いない」「実験するまでもない」「確実だろう」と思うこともあるかもしれません。
頭の中で結果や成り行きを想像すると、100%うまくいくと思うこともあるでしょう。
仮説があまりに優れていると、すでに検証をした気分になることもあるはずです。
しかし、仮説はあくまで仮説です。
99%間違いないと思うことでも、1%でも不安要素があれば、やはり検証が必要です。
正しいと思っていても、実際に検証してみると、予想とは違った結果が得られることがあります。
これは、誤解や思い込みが発生しているときによくあるパターンです。
検証によって、想定外の結果が得られたとき、自分が誤解や思い込みをしていたことに気づくことがあります。
どれだけ仮説を立てたところで、実際の検証をしてみないと、実際のところはわかりません。
100の仮説より1つの検証です。
自分が誤解や思い込みをしているケースも含めて、検証は欠かせません。
論理的思考から正解を導くには、仮説と検証の繰り返しです。
特に注意したいのは、仮説と検証を何度か繰り返したときです。
仮説と検証を繰り返していると、だんだん検証が面倒になって、省略や手抜きをするケースがあります。
せっかく優れた仮説を立てたとしても、検証に手抜きがあれば、正しいデータを取得できません。
間違ったデータを取得すれば、仕事が二度手間になって、無駄が発生します。
きちんと検証をすること。
検証回数が増えても、省略や手抜きをしないことが大切です。
時間や予算の都合もあるでしょうが、できるだけ検証を省かないのが得策です。
検証に対する真面目な姿勢こそ、論理的思考を深めるポイントです。
前提条件が間違っていないか、確認することが大切です。
特に大きな仕事では、前提条件が伴います。
たとえば、商品開発でいえば「テーマ」や「ターゲット」です。
いずれも商品開発の重要な軸です。
テーマやターゲットに沿って仕事を進めますが、早く仕事に着手したい気持ちがあると、前提条件に不備が生じることがあります。
前提条件に抜けや誤りがあると、おかしな方向に進んでしまいます。
たとえば、次のようなテーマのずれです。
テーマを誤っていると、議論がうまくかみ合わなかったり、期待していない結果が出たりします。
最初は方向が合っていても、途中から脱線することもあるため、注意が必要です。
ターゲットを誤解しているケースもあるでしょう。
テーマやターゲットがずれると、商品開発の方向性もずれてしまいます。
結果として、見当違いの商品開発になってしまうことがあります。
前提条件に誤りがあれば、論理的思考でも、誤った結論が出てしまいます。
論理的思考を誤らないためにも、きちんと前提条件を確認しておくことが大切です。
たとえば、商品開発なら、最初に確認するだけでなく、一区切りのたびにテーマやターゲットを見直してみます。
定期的に確認していけば、途中でずれが発生しても、気づきやすくなります。
前提条件を確認することは、方向性を確認することでもあります。
ゴルフのドライバーで打ったゴルフボールのように、最初に方向がずれると、遠くになるにつれてずれ幅も大きくなります。
仕事の最終段階になってから前提条件の誤りに気づくと、無駄や二度手間が発生します。
振り出しに戻らなければいけない可能性もゼロではありません。
だからこそ、修正するなら早めが大切です。
「自分が把握している前提条件は、本当に正しいだろうか」
いま一度冷静に、前提条件を確認しておきましょう。
前提条件が正しいからこそ、論理的思考も正しくできるのです。
論理的思考力を鍛えるポイントの1つ。
それが、結論から話す習慣です。
ビジネスでは結論から話す話し方が一般的ですが、論理的思考力を鍛える際も、結論から話す話し方が有効です。
「結論から話すなんて大したことない」
「特別なことではない。誰でも簡単にできる」
「平凡でつまらない」
そう思うかもしれませんが、誤解です。
結論から話すには、概要と要点を正しく理解したうえで、本質を見抜いておかなければいけません。
そして簡潔な言葉でわかりやすく一言で説明する必要があります。
そのため結論から話そうとするとき、頭の中では高度な思考が行われます。
上手に言葉を言い換える。
重要な内容だけ選び抜く。
情報をうまくまとめる。
多くの情報を一言に圧縮する。
相手の立場を想像する。
簡潔にわかりやすくまとめる。
結論から話す行為は、脳の広い領域を活用することになり、思考力のトレーニングになるのです。
結論を最初に話すのはもったいないと思う人もいるかもしれませんが、誤解です。
重要なことを後回しにすると、話が間延びしてわかりにくくなり、聞く人をいらいらさせます。
結論を最初に話したほうが、話が引き締まってわかりやすくなり、聞く人のストレスが減ります。
結論から話したほうが、その後に続く話も興味関心を持って聞いてもらいやすくなります。
まず結論から話して、次に詳しい事情を説明します。
結論から話す習慣は普段の心がけが大切です。
さっそく今日から結論から話す話し方を心がけてみませんか。
「結論から言うと○○です」
相手にとっても理解しやすいので、話も盛り上がりやすくなるでしょう。
自分にとっても、脳のトレーニングになり、論理的思考力を鍛える機会になります。
結論から話すのを、ゲーム感覚で楽しむのも悪くありません。
一言で結論を言い表せれば、自分にとっても爽快で、満足感が得られるでしょう。
結論から話す話し方を習慣にしておけば、自然と論理的思考力を鍛えていけます。
まだ答えが存在していない課題に挑戦することがあります。
たとえば、新しい研究、新商品開発、未知のトラブル対応などです。
不透明の状態から正解を見つけ出す作業は、不安と恐怖も大きいでしょう。
正解があるかわからなければ、着手をためらう気持ちが出てくるのも当然です。
このとき、最初から「正解はないかもしれない」という考え方は良くありません。
「正解はないかもしれない」という考え方は、否定から入っています。
否定から考え始めると、ネガティブな感情が生まれ、消極的になってしまいます。
「どうせうまくいかないだろう」という後ろ向きな気持ちになり、根気や集中力の妨げになります。
弱気になって諦めやすくなるため、なかなか思考力を鍛えられない。
最初から「正解はないかもしれない」という考え方はやめたほうがいいでしょう。
思考力を鍛えるなら、まず肯定から入るのが基本です。
「どこかにきっと正解がある」と信じることが大切です。
「どこかにきっと正解がある」と信じることで、未来に希望が湧いてきます。
根気や集中力がみなぎって、思考力を高めるスパイスになります。
なかなか正解が見つからなくても「ない」ではなく「隠れている」という考え方になります。
問題に行き詰まったときも「どこかにきっと正解がある」という言葉を思い出します。
希望をもたらす言葉によって、心が引き締まり、もう少し頑張ってみたい気持ちが湧いてきます。
たとえば、研究です。
最初から「正解はないかもしれない」ではなく「どこかにきっと正解がある」と信じて取り組むようにします。
そうすれば、前向きな気持ちで研究に打ち込めるようになります。
たとえ問題に行き詰まったときでも別の可能性があるのではないかと、踏ん張る力が湧きます。
トラブル対応のときも同じです。
最初から「解決策はないかもしれない」ではなく「どこかにきっと解決策がある」と信じて取り組むようにします。
あらゆる可能性に思考が及ぶようになるため、さらに深く考えることができるようになります。
考え抜いた結果、より良い解決策を発見しやすくなります。
諦めるのではなく、信じることです。
消えかけていた心の火が、再び大きくなります。
「どこかに必ず正解はある」と信じることで、思考力の底力が目覚めるのです。
考え事をするときは、集中することが大切です。
だらだら考えるより、気持ちを引き締めて集中して考えたほうが、思考を深めやすくなります。
知識や経験を総動員して考えるには、集中力が欠かせません。
考え、考え、考えまくる。
思考に集中することで、一気に正解まで導き出せることもあります。
しかしいくら考えても、考えが前に進まないときもあるでしょう。
いくら時間をかけても、思考が前に進まない。
思考に行き詰まって、問題解決が停滞した。
頭がぼうっとしたり、考えが行き詰まったりすることもあるはずです。
そんなとき、いったん休憩を入れるのが得策です。
休憩と論理的思考は、直接の関係はありませんが、間接的な関係があります。
脳がへとへとに疲れている状態では、考え事もはかどりません。
集中力が切れた状態では、何を考えても中途半端になるでしょう。
同じ事ばかり集中していると、深掘りができる反面、視野が狭くなって周りが見えなくなるデメリットもあります。
そこで役立つのが、休憩です。
一度休憩を入れることで、脳の疲れが回復します。
脳の疲れが取れ、再び集中した思考に着手できるようになります。
また休憩には、興奮を静めるだけでなく、思考をリセットする働きもあります。
いったん休憩を入れることで、複雑な思考から解放され、平らな状態になります。
思考を再開したとき、別の見方ができるようになったり、発想やアイデアが浮かびやすくなったりします。
結果として、行き詰まっていた考え方が、深まることがあります。
いくら考えてもわからなかったことが、休憩の後、あっさり解決できることも珍しくありません。
頻繁に休憩を入れる必要はありませんが、行き詰まっているときは、素直に休憩を入れるのが得策です。
休憩は、論理的思考に欠かせないスパイス。
休憩を入れることで、論理的思考が深まることもあるのです。
なかなか正解が見つからないと、だんだん弱気になります。
「いくら考えてもわからない」と自分に甘えてしまう。
「どうせ考えても時間の無駄」と油断してしまう。
「これ以上、考えても意味がないのではないか」と不安になってくる。
たしかにいくら考えても正解が見つからなければ、不安や心配が生じてくるのも自然でしょう。
考えるのも疲れてきて、嫌気も差してきます。
考えても正解が見つからなければ、諦めるのも仕方ないように思えます。
しかし、考えるのを諦めたらゲームオーバー。
「限界がある」と思ったら、そこで思考が停止します。
永遠に正解を見つけることもできなくなります。
考えるのを諦めるのは、限界があると思っているからではないでしょうか。
自分の思考力に限界をつくってはいけません。
もし壁にぶち当たれば、思い出してほしい言葉があります。
「思考力に限界はない」という一言です。
思考力には限界がありません。
筋力は物理的なので限界が存在しますが、思考力は頭の中の世界なので限界がありません。
思考力は、筋力とは違い、無限に鍛えていくことが可能です。
思考力の上限を考えないことです。
なかなか正解が見つからなくても「必ずどこかに正解がある」と信じて正解を見つける努力をしましょう。
たとえ壁にぶち当たったとしても「まだ可能性はある」と考えることで、踏ん張る気持ちが生まれます。
もし考えるのに疲れたら、少し休憩を入れるといいでしょう。
休憩を入れて気分転換をして、体力が回復すれば、また深く考えることができます。
「なかなか正解が見つからなくて普通。思考の壁にぶち当たってからが本番」
そう思ったほうが、思考の壁を取り払えます。
考えるのではなく、考え抜くこと。
思考力の可能性を信じましょう。
思考力の可能性は無限です。
「思考力に限界がない」と考えることで、ますます思考力が鍛えられていきます。
論理的思考では、勘を取り入れることも大切です。
勘とは、知識・経験・熟慮に基づかず、直感で判断することをいいます。
「第六感」と呼ばれることもあります。
「論理的思考に勘は不要」
「勘に頼るのは、論理的ではない」
「論理的思考に、勘を取り入れるなんて言語道断」
そう思う人もいるかもしれません。
たしかに勘には、根拠も証拠もありません。
ぼんやりした感覚です。
勘が働いた理由を説明できないことも少なくありません。
そもそも勘と論理は対照的なことであるため、ひも付かないと考える人も多いはずです。
しかし、時として勘は、論理的思考に役立つことがあります。
たとえば、仮説です。
仮説を立てるときには、さまざまな可能性を考えることになるでしょう。
このとき、勘を働かせて「こうではないか」と仮説を立てます。
勘を働かせて仮説を立てることは重要です。
また、勘という論理を無視した考え方を取り入れることで、意外な突破口を見いだすこともあるでしょう。
勘は根拠がないと思われがちですが、完全に根拠がゼロというわけではありません。
勘は、今までの知識や経験が元になっています。
ある出来事に直面したとき、記憶から似たような過去の出来事を検索して、ぼんやりした感覚として湧き出てきます。
ぱっと表れては、さっと消えます。
いわば、勘とは、水面にある無意識が、一瞬だけ顕在意識として表面化した状態です。
もともと自分の知識や経験が元になっているので、完全に根拠がゼロというわけではないのです。
すべてを勘で進めるわけにはいきませんが、判断に迷ったときには、勘を頼りにして考えてみることも大切です。
「なんとなくこうではないか」という考えは、証明では使えませんが、仮説ではどんどん活用していきたい。
無意識の力を利用することで、新しい発想やアイデアが生まれやすくなります。
勘を働かせることで、論理的思考の近道を見つけやすくなるでしょう。
自分なりに考え抜いた結果、一定の結論が出たとします。
苦労と手間暇がかかったなら、ほっと一息つきたいところでしょう。
「結論が出たら、そこで終了」となりがちですが、満足するのは少し早いかもしれません。
ここで取り組みたいのは「人に説明する」というプロセスです。
その結論を、人に説明してみてください。
話す相手は自由です。
上司や先生、知人や友人など、身近な人でかまいません。
どのようなプロセスを経てその結論に至ったのか、説明してみましょう。
大切なポイントは「うまく説明できるか」「きちんと伝わるかどうか」です。
上手に説明するには、思考力が必要です。
難解な言葉を平易な言葉に言い換えなければいけません。
複雑なイメージを上手に例える必要もあります。
言葉による説明だけでなく、図や表を使ったほうがいいこともあります。
簡潔にわかりやすい説明を考えるとき、脳を広く活用するので思考力が鍛えられます。
説明するプロセスを経ることで、自分にとっても思考のプロセスが深まる機会になります。
また、いざ人に説明しようとしても、なかなかうまくいかないことがあります。
自分が納得できる結論が出たとはいえ、独りよがりになっていることが少なくありません。
いざ説明をしようとして、さまざまな点に気づかされることがあるでしょう。
自分では納得していても、それが相手に伝わらないのは良くありません。
話した結果、相手から何らかの意見が得られるでしょう。
「なるほど」「納得できた」「わかりやすい」といった好反応ばかりとは限りません。
「同意できない」「不自然な点がある」「こうしたほうがいいのではないか」などの厳しい意見もあるはずです。
考えが偏っていたり、独りよがりだったりするかもしれません。
誤解・勘違い・思い込みなど、何らかの誤りに気づけるきっかけにもなります。
厳しい意見もあるかもしれませんが、結論を磨き上げるには重要なプロセスの1つです。
人に説明するプロセスを通して、結論が磨かれ、論理的思考も鍛えられていきます。
説明や説得では、客観的データが必要です。
根拠も証拠も何もないまま「こうです」と言うだけでは、個人の意見にすぎません。
発言力も説得力も乏しく「信用できない」「価値がない」と判断されても仕方ないでしょう。
論理的にきちんと説明するには、根拠となるものを示すことが必要です。
たとえば、文献・実績・検証結果・統計データです。
客観的データは、証拠になります。
正しいデータは、価値が高くて信頼もできます。
「これが根拠です」「こういうデータがあります」と言えば、説得力につながります。
根拠やデータの数も、1つではなく複数あれば、ますます説得力が増します。
しかし、中にはどうしても客観的データが足りないこともあるでしょう。
客観的データが足りないと、説得材料も足りなくなります。
特にビジネスでは、データが不十分という場面がたびたびあります。
完全に新規の分野なら、そもそもまだデータが存在しない状況が普通です。
客観的データがなければ、どう説明するのか。
そんなときに役立つのは「経験」です。
客観的データが足りないとき、次の一言を使ってみましょう。
「客観的データではないのですが、私の経験上、○○です」
客観的データの代わりに、自分の経験を根拠にして語るのです。
もちろん信頼できるデータではありませんが、経験は、根拠の補完として使えます。
その分野に携わるプロの1人として、自分の経験を述べることはマナー違反ではありません。
少なくとも1つの意見として尊重されるでしょう。
もし仕事に取り組んでいるのが、個人ではなく団体なら「私の経験」ではなく「私たちの経験」というフレーズも有効です。
集団による経験談・経験則なら、人数が多い分だけ説得力が増します。
同じ意見を共有する人が多ければ多いほど、発言力も高くなります。
あくまで客観的データが足りないときの手段ですが、経験で語る方法を知っておいて損はないでしょう。
ただし、経験で語るなら、あくまで一部にとどめておくのが適切です。
何から何まで経験を根拠にして語るのは、いくら客観的データが足りないとはいえ、不適切です。
経験で語るなら、必要最小限にとどめ、大半は、できるだけ客観的データを示すようにしましょう。
論理的思考力を鍛える機会の1つ。
それは、議論や討論の場です。
学校や会社では、議論や討論の場が設けられることがあります。
商品開発や研究方針について議論。
社会保障や個人情報について討論。
議論や討論と言えば、言い争うような印象があって、抵抗感や苦手意識を持つ人もいるかもしれません。
テレビで議論や討論する場面では、スーツ姿を来た人同士が、言い争っている場面をよく見かけます。
たしかにそれぞれが意見を主張する場ですから、時には対立によって摩擦が生じることもあるでしょう。
自分の主張がねじ伏せられて、不快な気分になる可能性もゼロではありません。
議論や討論と聞くだけで、毛嫌いする人も多いかもしれません。
しかし、議論や討論の場は、論理的思考力を鍛えるチャンスです。
議論や討論では、複数人が集まって、それぞれの意見を言い合うことになります。
自分の主張を相手に納得してもらうため、根拠や客観的データを示しながら、筋道を立てて説明しなければいけません。
理解できる言葉を選んで、完結にわかりやすく説明する必要もあります。
論理的な説明をするために、広範囲に脳を働かせる必要があるため、論理的思考力を鍛える機会になるでしょう。
また議論や討論は、さまざまな意見が行き交う場でもあります。
自分の考えだけに執着せず、オープンな心でさまざまな人の考えを聞き入れることです。
「なるほど」と驚かされることもあれば、自分の理解不足に気づかされることもあるはずです。
議論や討論の場があれば、論理的思考力を鍛えるチャンスとして、積極的に参加してみましょう。
言い争うのではなく、自分の主張に筋道を立てて説明するだけです。
理性と自制心を保ちながら、合理的に自分の意見を述べます。
納得できない意見があれば、言葉を選びながら、丁寧に反論することも大切です。
自分の意見を否定されたとしても、けんか腰になって言い返すのではなく、いったん素直に受け入れてみる。
さまざまな考えに接することで、視野や価値観が広がるチャンスにもなるでしょう。
議論や討論の場に参加していくことは、論理的思考力を鍛えることでもあります。
普段から鍛えている論理的思考を試す場として活用するのもいいでしょう。
最初から毛嫌いをするのではなく、論理的思考を鍛える場として活用しましょう。
論理的思考力を鍛える最大のコツは何でしょうか。
素直になることでしょうか。
多角的な視点を持つことでしょうか。
仮説と検証を繰り返すことでしょうか。
もちろんどれも重要ですが、論理的思考力を鍛える最大のコツは別のところにあります。
それは、論理的思考を楽しむことです。
たしかに論理的思考には、苦労やストレスが伴います。
すぐ答えが出るとは限らず、なかなか答えが出ないこともあるでしょう。
仮説と検証を繰り返すのは、面倒で退屈な作業かもしれません。
しかし、嫌だと思うばかりでは、論理的思考もはかどりません。
やはり楽しむことが大切です。
ネガティブな気持ちで考える場合とポジティブな気持ちで考える場合とでは、根気と集中力が違います。
やはり楽しみながら考えていくほうが、パワフルな力を発揮できます。
論理的思考を楽しむと、遊びのように感じて、わくわくしながら取り組めます。
根気と集中力を発揮でき、思考を深める後押しになります。
論理的思考をもっと楽しんでいきましょう。
疑問に触れることを楽しみ、悩むことを楽しみます。
仮説を立てることを楽しみ、検証を行うことも楽しみます。
興味関心や知的好奇心を大切にすると、論理的思考を楽しく感じやすくなります。
「どんな結論が出るだろうか」とわくわくしながら考えるのもいいでしょう。
「考えるのがつまらない」と思うなら、考え方や取り組み方を工夫して、楽しく感じるようにしてください。
すでに楽しい気持ちになっているなら、もっと考えるのが楽しくなるよう、工夫を加えるといいでしょう。
論理的思考を楽しむと、自然と底力が湧いて、さらに踏み込んだ思考を実現できるでしょう。
論理的思考は、楽しんだもの勝ち。
楽しむ気持ちこそ、論理的思考力を鍛える最大のコツなのです。