私の職場で実際にあった、体臭にまつわる出来事があります。
私の職場に以前、糖尿病を患っている人が入ってきました。
重度の糖尿病とのことです。
入院すればいいのですが、経済的事情があり、入院すらできないそうです。
ある日のこと、職場の男性の1人が「水口さんの前に座っている人から体臭がするよ」という話を持ち掛けてきました。
私の前に座っている人は、重度の糖尿病を患っている人のことです。
「やっぱりそう思う?」という人が、ほかにも何人も出てきました。
職場のほかの人たちも、ひそかに同じことを考えていたようです。
重度の糖尿病になると、代謝機能が低下する関係で、独特の体臭が漂い始めます。
私の祖母も重度の糖尿病だったので、心当たりのあるにおいでした。
そんな中、1人、意外な返事をする人がいました。
その糖尿病を患っている人の、真横に座っている男性です。
「そうかな。本当ににおうかな。全然におわないよ」
驚きました。
強い体臭を漂わせる人の真横に座っているにもかかわらず、におわないのは、不自然です。
嘘をついているようにしか思えません。
そのときは「信じられない。本当?」という話題で終わりましたが、後になり、ふと思ったのです。
それは彼なりの思いやりだったのではないかと。
本当はにおうけれど、におわないふりです。
陰でこそこそするのは、卑しいことです。
もちろん本人の清潔感の欠如なら、指摘をして、治してもらうのもいいでしょう。
しかし、病による体臭は、仕方ありません。
ましてや、糖尿病は、重い病です。
現代の医学で、簡単に治るものではありません。
では、どうするかというと、気にしないのが一番です。
においは、気にすればするほど、においやすくなります。
意識がにおいに向いてしまうので、においを感じやすくなるのです。
周りの人たちに「気にしないようにしようよ」という暗黙のメッセージだったのです。
自分が言われて嫌なことは、相手にとっても同じです。
知らないふりが、一番です。
においから意識をそらせようとするのは、誰も傷つかない、最良の選択です。
彼の知らないふりをする姿の真意がわかったとき、かっこよく映ったのです。