地球上には、人間よりはるかに有能な動物がたくさん存在しています。
チーターは、人間より速く走れます。
ゾウは、人間より、はるかに体が大きく力持ちです。
あなたとほかの人との差は「知性」という付加価値によって決まります。
知性による付加価値がある人は、ない人より、評価されます。
仕事のできる能力に加えて、英語の技能があれば付加価値となり、ほかの人との差になります。
勉強をするために本を選びますが、そもそもあなたはどういう本を選んでいるでしょうか。
本を読んで頭を磨くのはいいですが、そもそもあなたはどのような目的を持って、本を読んでいるのでしょうか。
そこが大切です。
知性的な人は、メモ用紙をいつも持ち歩いています。
一瞬のひらめくアイデアをつかめるからです。
アイデアというのは、流れ星です。
営業の仕事をしているあなたが、ある日、上司と一緒にお客さんのところへ向かいました。
向かっている車の中で、上司は真剣な顔をして、あなたに次のような注意をしました。
「いいかい。今回のお客さまはお得意先だ。絶対に失敗はいけないよ。失敗したらあなたは解雇だ」
勉強は、簡単な問題から始めて、勢いをつけることです。
もし、初めから難しい問題に挑戦すると、挫折しやすくなります。
勉強するときに、小さな字がぎっしり詰まった300ページもある本を、かっこつけて無理やり選ぶ必要はありません。
スピードを意識した勉強をするためには、薄い本を選ぶことです。
薄い本は、ページ数は少なくて、小学生が読む本のようですが、気にする必要はありません。
ページが少ない薄い本のほうが達成感を得やすく、勉強も速く進み、長続きします。
勉強は、スピードを出してすることが大切です。
読書も、スピードを出して読み進めることです。
一字一句拾い上げて、読む必要はありません。
スピード人間は、過去を振り返りません。
過去を振り返る必要性は、失敗から学びを得るときのみです。
過去の失敗を振り返り「あのとき、こうすれば良かった」と思う点を見つけ、反省をして、次に生かします。
学校では、学生がいます。
学生は「学ぶ生徒」と書くように、学ぶ人のことを言います。
しかし、学校の生徒だけでなく、本来、学ぶ姿勢があれば誰でも「学生」です。
昔は、頭のいい人がモテる時代でした。
いい大学に行くために一生懸命に勉強して、学力を鍛えます。
しかし、勉強時間が長いため、友人と遊ぶ時間やデートの時間がありません。
私は、彼女とのデートの待ち合わせ場所に、試験会場の出口を指定したことがあります。
そういうことは何度もありました。
何もそんなところをデートの待ち合わせ場所にしなくてもいいのにと思いますが、これには意味があります。
自分にとっての理想的な現実を思い浮かべてみましょう。
理想的な現実を思い浮かべると、自然と嬉しい気持ちになり、笑顔になります。
理想ですから、そうなって当然です。
1人の人間がする仕事には、量にもスピードにも限界があります。
まず、その当たり前の現実を受け止めましょう。
次に、どうすれば限界を超えるのか考えましょう。
300ページもある分厚い本は、取りかかりにくく抵抗があります。
「こんなにたくさん読まないといけないのか……」
読む前からため息が出てしまいます。
私が執筆の際、言いたいことはいきなり書き始めます。
通常、文章を書くときには「起承転結」が決まりです。
小学や中学でも、そう書くよう指導されましたし、その流れは大切であると思います。
私が文章を書くときには、情熱とスピードを大切にしています。
日頃からたくさん本を読んでインプットをしては、たくさん書いてアウトプットをします。
たくさん書けるだけで、私は自分の好きなことをしているし、楽しく感じます。
「構想3年もかけた作品」という言葉を耳にします。
構想に3年も時間をかけるのは、今の世の中、時代遅れです。
ゆっくり構想に時間をかけている間に、時代は変わってしまいます。
面白いアイデアは、脱線したときに出てきます。
初めから面白いアイデアがあるのは、まれです。
話を進めていくうちに、いつの間にか脱線してしまい、味になります。
野球のルールブックには「タッチアップ」というものが載っていません。
意外に知られていないことですが「盗塁」も野球のルールブックには載っていません。
載っていないのに、なぜそれが行われているのかというと「載っていないからやっていい」ということです。
スピードは大切です。
しかし、出しすぎるのは問題です。
結果を出そうと、スピードを出して頑張りすぎることがあります。
人のために行動するとき、次の2パターンがあります。
(1)みんなのために
(2)1人のために
本屋に行って、買おうかどうしようかと迷う時間があります。
買うときに、ためらう原因の大半は、値段です。
値段と内容を吟味して、納得できれば買おうとします。
本屋で買おうかどうしようか迷ったあげく、買わずに本屋を出るのはもったいないことです。
何も具体的な行動をしなかったからです。
本を1冊でも買って読めば、多少なりとも得られることがあり、成長があります。
仕事で愚痴をこぼしたくなるときがあります。
・苦手な上司から、叱られた
・仕事で失敗をした
理解は、インプットだけではありません。
アウトプットの過程にも、理解があります。
学んだことは、むしろ、アウトプットしてこそ本当に身につきます。
勉強をする最終ゴールは、アウトプットです。
知識が生きるのは、インプットしたときではなく、アウトプットしたときです。
勉強の意味は、何かの役に立ってこそ、初めて意味があります。
肉体労働の仕事をしている人は、食事をしてもすぐおなかがすきます。
体全身を動かす仕事をしているからです。
カロリー消費が早く、食事をしても数時間後には、おなかがすくでしょう。
お金をたくさん持っていても、家に泥棒が入ると、奪われます。
大金の入った財布があっても、うっかり落としてしまうこともあるでしょう。
大きな家を建てても、地震で壊れることがあります。
サッカーのルールを知らない人が、サッカーの試合を見ると、意味がわかりません。
もちろん全体の動きを見て、だいたいの意味はわかることでしょう。
しかし、細かい話になるとついていけなくなります。
地球上には、人間よりはるかに有能な動物がたくさん存在しています。
チーターは、人間より速く走れます。
ゾウは、人間より、はるかに体が大きく力持ちです。
人間は、空を飛べませんが、鳥は飛べます。
人間は、単体で海中を長時間泳ぎ続けることはできませんが、魚なら泳げます。
人間より、運動能力の優れた動物はたくさんいます。
しかし、現在、地球上では、人間が支配している状態です。
数多くの生命がいる中で、人間だけが繁栄しているのは、なぜでしょうか。
頭がいいからです。
たくさんの有能な動物の中で、人間だけが有利な立場に立つことができているのは「知性」があるからこそです。
知恵を振り絞って相手の弱点を突いたり、武器を使って工夫を凝らしたり、他人と協力したりして有利な立場に立てます。
「知性は力になる」ということです。
誤解しないでいただきたいのは、頭の悪い動物を見下しているのではありません。
あくまでも「知性は力になる」というメッセージをお伝えしたいのです。
では、続いて、人間同士ではどうでしょうか。
義務教育を受けた知性のある人間同士なら、大差はないように思えます。
歩いたり、走ったり、言葉を話し、文字を書いたり、足し算・引き算ができたり、想像できたりする能力に大差はありません。
しかし、ほかの人より一生懸命に勉強をして、知性を最大限に活用して仕事をしている人は、必ず有利になれます。
知性があれば、ほかの人よりたくさんお金を稼いだり、仕事が速かったり、出世が早かったりします。
それは、人間がほかの生物より知性があるから、有利になることと同じです。
地球で支配しているのが人間であるように、人間同士も知性的な人のほうが、圧倒的に有利になります。
まず、勉強することです。
勉強をしなければ、何も始まりません。
勉強をして知性を身につければ、ほかの人より早く成長ができ、有利になれます。
今の時代、筋トレをして、力で相手をねじ伏せるのは時代遅れです。
肉体による力より、知性による力のほうが、はるかに大きなパワーを発揮するのです。
あなたとほかの人との差は「知性」という付加価値によって決まります。
知性による付加価値がある人は、ない人より、評価されます。
仕事のできる能力に加えて、英語の技能があれば付加価値となり、ほかの人との差になります。
仕事のできる能力に加えて、会計の資格があれば付加価値となり、ほかの人との差になります。
どんどん知性的になれば、あなたの付加価値はどんどん高まります。
さて、一般的な付加価値といえば、主に「資格」が中心です。
「英語の資格」「ITの資格」「会計の資格」をはじめ、ほかにも数多く存在します。
しかし、資格だけでなく、日頃の読書の蓄積も、重要な付加価値になるのです。
本を読むことは、自分に付加価値を付けることです。
歴史の本を読めば、歴史の知識があなたの付加価値になります。
雑学の本を読めば、雑学の知識があなたの付加価値になります。
古典を読めば、古典で得た人間心理があなたの付加価値になり、人の細かな心情を読むことができるようになります。
英語の技能なら資格として履歴書に書けますが、本をたくさん読んで得たことは資格ではないため、履歴書には書けません。
しかし、そういう履歴書上では見えない蓄積を、どんどん積み上げることです。
資格として認識されていなくても、そういう読書を積み重ねていくことで、知識と話題の幅が広がります。
普段からの読書による見えない蓄積は、確実にあなたの付加価値となって、仕事に表れます。
仕事で本当にほかの人と差ができるのは、そういう付加価値がどのくらいあるかです。
話題が豊富な人は、初めから話題がたくさんあるのではなく、日頃から情報収集を本や新聞を通して吸収しているからです。
日頃からの読書が仕事での会話に役立ち、仕事力につながるのです。
勉強をするために本を選びますが、そもそもあなたはどういう本を選んでいるでしょうか。
本を読んで頭を磨くのはいいですが、そもそもあなたはどのような目的を持って、本を読んでいるのでしょうか。
そこが大切です。
本を読む理由をきちんと説明してみましょう。
本を選ぶためには、まずあなたが「これをやりたい」という目的がなければいけません。
夢です。
夢を叶えるという目的があって、逆からさかのぼれば、次に必要な本も見えてきます。
困っている人々を助けるために弁護士になるという夢があれば、そのために必要な本がわかります。
作詞作曲をして、音楽を通して人々の生活を明るくさせたいという夢があれば、そのために必要な本がわかります。
私、水口貴博なら、人々にたくさんの幸せの知恵を広め、明るい世の中に貢献したいという夢があります。
本屋へ行って、本を選ぶときには、そういう基準でいつも選んでいます。
目的がはっきりしているので、本を選ぶ時間は一瞬です。
何十万冊と本があっても、目的に沿った本を見つけることができます。
本をたくさん読めばいいわけではありません。
それは知性ではなく、無駄足を踏んでいるだけです。
手当たりしだいに本を読んでいると、この世にあるすべての本を読み切る前に、死んでしまいます。
人間ですから、昔読んだ本の内容は忘れてしまうでしょう。
本を読む前に、夢という目的がないといけません。
限られた時間内で夢に少しでも近づくためには、最初にやりたいことがあり、次に必要な本を選んで、時間短縮を図るのです。
知性的な人は、メモ用紙をいつも持ち歩いています。
一瞬のひらめくアイデアをつかめるからです。
アイデアというのは、流れ星です。
急に現れたと思えば、さっと消えます。
まさに一瞬の出来事です。
その一瞬をどれだけ大切にするかで、他人との差になります。
町をぶらぶら歩いていて、ふとした拍子に、素晴らしいアイデアがひらめくことがあります。
「いいアイデアが思いついた。明日、仕事で試してみよう」
ひらめきますが、時間がたつと忘れてしまいます。
そんなときにメモ用紙があれば、忘れることはありません。
一瞬のひらめきをきちんとメモできる人が、早く成長します。
一瞬のメモの積み重ねで、差ができます。
誰でも一瞬のアイデアはあります。
ただ、メモに書きとめるかどうかの違いです。
そのくらいメモを取ることに、貪欲になりましょう。
メモ用紙がなければ、腕に描いてしまうくらいの気持ちを持つくらいでいいでしょう。
人目の付かないところでこっそりメモすれば、あまり気になることもありません。
小さな積み重ねが、仕事の差になります。
営業の仕事をしているあなたが、ある日、上司と一緒にお客さんのところへ向かいました。
向かっている車の中で、上司は真剣な顔をして、あなたに次のような注意をしました。
「いいかい。今回のお客さまはお得意先だ。絶対に失敗はいけないよ。失敗したらあなたは解雇だ」
この言葉を聞いたあなたは、おそらく急に緊張して、震え始めることでしょう。
失敗をするために、これほど効果的な言葉はありません。
この言葉を聞いたあなたの頭の中は、自分が失敗をしているところを想像しています。
失敗をするなと言われたばかりに、大失敗をしている自分を想像してしまいます。
イメージに近づくかのように、本当にそういう現実になります。
これがイメージングの力です。
想像したことは、良いことであろうと、悪いことであろうと、現実に近づけるという力があります。
こういうときには、上司は次のような言葉をあなたにかけるといいでしょう。
「いいかい。今回の仕事は、ぜひあなたにやってもらいたいんだ。いつものあなたなら、きっとうまく契約を取れるはずだよ」
お客さんからの契約を取っているところを想像することでしょう。
上司からの期待が伝わってきて、あなたは嬉しくなり、やる気がさらに湧き出るはずです。
想像した内容に近づくかのように、現実でもそういう振る舞いをして、現実となります。
想像したことは、本当にそうなる力が働いています。
このパワーを利用して、あなたの夢に近づく助けにしましょう。
あなたが受験生なら、自分が試験に合格しているところを想像します。
あなたが社会人なら、仕事で大成功をしているところを想像します。
鮮やかで具体的にイメージができるほど、実現に向けて自然と体が動き始めます。
イメージは、現実に変える力があるのです。
勉強は、簡単な問題から始めて、勢いをつけることです。
もし、初めから難しい問題に挑戦すると、挫折しやすくなります。
勉強するときに、小さな字がぎっしり詰まった300ページもある本を、かっこつけて無理やり選ぶ必要はありません。
大人が、子どもの読むような本を手にしてレジへ向かうのはかっこ悪いと思う必要はありません。
字が大きくて、わかりやすく、ページが少ない本を選んでいい。
小学生が読むような本でもかまいません。
時には、漫画でもいいでしょう。
自分のレベルに合ったことから始めて、ゆっくり着実に力をつけましょう。
私が初めて歴史の勉強をしたときには、漫画から始めました。
ページも少なくて字が大きいのですが、面白くてすぐ理解できました。
確実に理解が進む部分から学び始め、初歩的な知識と理解が身についてから、だんだん難しい本へと挑戦していけばいい。
この小さなレベルアップを積み重ねていけば、いつの間にか成長しています。
もちろん誤解してほしくないのは、小さな字でたくさんページのある本を否定しているわけではありません。
字が小さくてページ数が多くても、良書はたくさんあります。
ただ、初心者には敷居が高すぎるので、まずできることから始めて、確実に力をつけることです。
いきなり100キロのバーベルを使った練習が良いか悪いかは、人によります。
すでに十分な力をつけている人は、100キロのバーベルが適切です。
しかし、初心者なら、100キロのバーベルを持ち上げようとすると、体を壊してしまいます。
トレーニングの順番を間違えると体を壊してしまうように、勉強でも学ぶ順番を間違えると、挫折して勉強嫌いになります。
初心者は、たった3キロのバーベルから始めることです。
軽いからかっこ悪いと思う必要はまったくありません。
字が大きくてページの少ない本から選び、ゆっくり着実にレベルアップしていけばいいのです。
スピードを意識した勉強をするためには、薄い本を選ぶことです。
薄い本は、ページ数は少なくて、小学生が読む本のようですが、気にする必要はありません。
ページが少ない薄い本のほうが達成感を得やすく、勉強も速く進み、長続きします。
薄い本だから、内容も薄いに違いないと思うのは、早合点です。
薄い本だからこそ、中身が濃いです。
最重要の事項を、最低限の言葉で、簡潔にまとめています。
くどくどせず、すっきりしていて、理解もしやすいです。
薄い本を選んで読んだほうが、成長が早くなります。
分厚い本は、ページ数がたくさんあっても、内容が複雑でわかりにくい傾向があります。
たくさんの言葉でしか説明できないのは、理解ができていないからです。
著者の理解が不足しているので、たくさんの余分な言葉で理解の抜けを補完しようとしています。
余分な言葉、必要のない説明が登場して、焦点がブレている場合が多いです。
本当に理解できている著者は、一言で説明できるほどの理解をしていますし、実際、一言で説明します。
一言だから心にすっと入り、理解しやすくなるのです。
勉強は、スピードを出してすることが大切です。
読書も、スピードを出して読み進めることです。
一字一句拾い上げて、読む必要はありません。
お金の元を取ろうとするために、すべての文字を読みたい気持ちはわかります。
真面目な人ほど、本の一字一句を拾って読みます。
しかし、それでは時間がかかりすぎます。
本を読む目的は、あなたの成長になる部分を見つけ、吸収し、生活に生かすことです。
その蓄積が、あなたの役に立ちます。
本の中に、自分が求めていた言葉、説明、話が1つでもあれば、御の字です。
それだけで本代は回収できていますし、元は取れています。
スピードを出して読み、できるだけたくさんの本に触れることです。
自分にどんな本が合うのか迷うくらいなら、さっさと買って、スピードを出して読み進めていけばいい。
今は、変化の速い時代なのですから、あなたの読書のスピードも速くなければついていけなくなります。
時代を読もうとして本をゆっくり読んでいると、読んでいる間に次の時代へと変わります。
変化が速くスピードのある時代だからこそ、読書はスピードを出してたくさんの量をこなして読むことです。
たくさんの読書が、質へと変わるのです。
スピード人間は、過去を振り返りません。
過去を振り返る必要性は、失敗から学びを得るときのみです。
過去の失敗を振り返り「あのとき、こうすれば良かった」と思う点を見つけ、反省をして、次に生かします。
学びを得るために過去を振り返るのは、人間だからこそできる、素晴らしい能力です。
しかし、学びを得る以外に、過去を振り返る必要性はありません。
後悔したり、過去を引きずったり、悔やんだり、懐かしい気持ちに浸ることなど、どれも無駄です。
過去を後悔したり、引きずったり、悔やんだりしても、過去に戻れるわけでも、変更できるわけでもありません。
あるのは、今の元気がさらに奪われてしまうという非生産的な行動です。
懐かしいと思う気持ちも同じです。
過去を振り返り、いくら懐かしい気持ちになっても、その時間に戻れるわけではありません。
懐かしい気持ちに浸って「あのときは楽しかったな」と思うだけです。
「あのときは楽しかったな」という言葉は、つまり「今は楽しくない」と言っているようなものです。
今が充実していれば「あのときは楽しかったな」ではなく「あのときも楽しかったな」と言うはずですね。
今が充実できていれば、そもそも過去を振り返ることもありません。
「懐かしい」という気持ちは、心のどこかで「あのときに戻りたい」という願望と、現在に対する否定感情を表現しています。
そもそも、今と過去を比べることがいけません。
年齢も環境も人間関係も違うのですから、違っていて当然です。
時と場合によっては、今より過去のほうが楽しいと感じることもあるでしょう。
あって当然ですから、そのままほうっておいていい。
どんなに過去のほうが良かったと思っても戻りません。
いくら過去を後悔して、いくら懐かしいと思っても、仕方ないということです。
今だけに集中して、過去にまけないくらい素晴らしい今をつくろうと行動している人のほうが、よほど生産的です。
この違いをきちんと区別しましょう。
知性的な人は、必ず今だけに集中します。
頭がいいので、学びを得る以外、過去を振り返っても仕方ないとわかっています。
今だけに集中して、もっと楽しい今をつくるためにパワーを一点に絞っているのです。
学校では、学生がいます。
学生は「学ぶ生徒」と書くように、学ぶ人のことを言います。
しかし、学校の生徒だけでなく、本来、学ぶ姿勢があれば誰でも「学生」です。
あなたは、学校を卒業したからとはいえ、もう学生ではないと思っていないでしょうか。
あなたに「学びたい。学ぼう」という姿勢があれば、それで学生です。
学ぶ場所は、学校だけではありません。
学校でしか学べない、先生からしか学べない、年上からしか学べないというのではいけません。
本来、あなたに学ぼうという姿勢があれば、いつでもどこでも誰とでも、勉強になるはずです。
生活の中には、すでにたくさんの不思議や疑問があります。
「なぜ空は青いのだろう」
「鉄のテーブルより、木のテーブルのほうが落ち着くのは、なぜだろうか」
「食事をおいしいと感じるのは、なぜだろう」
「なぜ好きな人と一緒にいたいと思うのだろうか」
「私が生きる目的とは何だろうか」
どれもささいなことで、普段は意識しません。
しかし、当たり前すぎることほど、奥が深く、これほど面白い勉強はありません。
学校だけが、学ぶ場所ではないということです。
日常生活そのものが、疑問で詰まっている学びの世界です。
学校以上に、生活そのものが学びの場です。
学びというのは、学校・場所・先生の問題ではありません。
あなたに学びたい姿勢があれば、何でも学問になります。
すでにたくさんの不思議が生活の中にあるのですから、それを教材に探求すればいいのです。
昔は、頭のいい人がモテる時代でした。
いい大学に行くために一生懸命に勉強して、学力を鍛えます。
しかし、勉強時間が長いため、友人と遊ぶ時間やデートの時間がありません。
いい大学に入り、一流企業に入ったとしても、重要な仕事を任されて忙しくなり、家に帰る時間も遅くなります。
結婚している人なら、妻や子どもと顔を合わせる時間がなくなり、家庭崩壊にさえなりかねません。
今の時代、モテるのは、頭のいい人ではありません。
今は、スピードのある人がモテる時代です。
スピードのある学生は、時間内に勉強を終わらせ、余った時間に友人と遊びに出かけます。
仕事の速い社会人は、スピードを出して、短時間で仕事を片付け、定時で帰ります。
余った時間に、好きな人とデートをします。
結婚をすれば、妻や子どもと顔を合わせる時間ができ、夕食を一緒にとります。
「そんなに急いでどうするのか。もっとゆっくり歩めばいいじゃないか」
ゆっくりしたいから、スピードをだします。
スピードは、時間をつくるために心がけます。
どんなに素晴らしい人や偉い人でも、自分の時間がなくなれば終わりです。
自分を振り返る時間、好きな人とデートをする時間、家族と触れ合う時間がなくなれば、幸せを感じる時間までなくなります。
自分の時間をつくるために、スピードこそが重要です。
スピードがあれば、人生が何倍も濃くなります。
時間に余裕ができれば、人付き合いの時間も増えるということです。
「あの人は頭がいいね」でモテる時代は終わり、これからは「あの人は仕事が速いね」でモテる時代なのです。
私は、彼女とのデートの待ち合わせ場所に、試験会場の出口を指定したことがあります。
そういうことは何度もありました。
何もそんなところをデートの待ち合わせ場所にしなくてもいいのにと思いますが、これには意味があります。
自分を追い込むためです。
「勉強か、デートか」
時間がないときに、どちらを優先させようか迷います。
私は迷ったときに、両方を選んでしまう人間です。
さっさと勉強を終わらせて、余った時間で彼女とデートします。
彼女とデートをしたいという動機で、一定期間は懸命に勉強だけに集中します。
試験日の試験会場の出口で、彼女とデートの待ち合わせをします。
私が受けたコンピューター関係の試験では、受験後すぐ合否の結果が出ます。
試験会場の出口から私が出てくれば、彼女は「試験どうだった?」と当然、聞いてきます。
私は笑顔で「合格したよ」という一言が言いたいために、試験日までめちゃくちゃ勉強します。
私は、試験に落ちたらめちゃくちゃ落ち込むタイプの人間です。
試験に落ちたらかっこ悪いです。
落ち込んだ顔を彼女に見られたくはありませんから、絶対に合格するという前提で勉強します。
そういうときには、底力が出てきます。
実際、見事に合格をして、会場の出口で彼女と落ち合い、そのままデートしたことがあります。
そういうスピードが大切です。
「勉強かデートか」と迷ったら、両方選んでしまえばいい。
自分を追い込んでスピードを出し、勉強もデートも両方してしまいます。
時間があったらデートをするのではなく、時間をつくるためにスピード勉強をしてしまうのです。
自分にとっての理想的な現実を思い浮かべてみましょう。
理想的な現実を思い浮かべると、自然と嬉しい気持ちになり、笑顔になります。
理想ですから、そうなって当然です。
しかし、ふと現実に戻ると、理想と現実の間にギャップがある。
大きなため息が出そうになります。
「はあ、やはり考えるだけ無駄なのか……」
ちょっと待ってください。
あなたには素晴らしい能力があります。
「夢を見る」という素晴らしい能力です。
「夢を見る力」を何のために使うのかというと、理想と現実のギャップを埋めるために使います。
理想と現実は、ギャップがあって当然です。
ギャップがあるからこそ、ゲームのように少しでも埋めていく日々に喜びを感じます。
自分の理想を想像して、その理想を追いかけるためにやる気の炎を燃やして、前へと進みます。
夢見る力をやる気に変え、理想と現実のギャップを少しでも埋めるのです。
人生は、ゲームです。
誰でもゲームは楽しいと感じるように、人生も理想と現実のギャップを埋めるゲームだと考えれば、楽しくやる気も出てきます。
1人の人間がする仕事には、量にもスピードにも限界があります。
まず、その当たり前の現実を受け止めましょう。
次に、どうすれば限界を超えるのか考えましょう。
さまざまな方法、アイデア、工夫を思い浮かべ、考えることでしょう。
しかし、最終的には必ず「人と協力をする」という答えに至るはずです。
どんなに能力を磨いても、1人の人間が行う限界があります。
その限界を超えるためには、他人からの協力がどうしても必要です。
結局「スピードとは協力」です。
スピードを出すためには「助けてほしい。手伝ってほしい」という一言が言えるようになることです。
かっこ悪い言葉を言えれば、あなたは確実にスピードアップします。
人と人とが協力すると、1人の限界を超えた量とスピードで、仕事を進めることができるようになります。
本当に強い人とは、自分の弱さを認め、他人と協力する人です。
自分一人では限界があることを知り、他人からの協力を求めることができます。
300ページもある分厚い本は、取りかかりにくく抵抗があります。
「こんなにたくさん読まないといけないのか……」
読む前からため息が出てしまいます。
本の厚さに圧倒され、読むためには気合が必要です。
しかし、こういう分厚い本は、半分に割ればいい。
分厚い本も、半分に本を割れば、薄い本になります。
300ページの本も、半分に割れば、150ページの本になります。
150ページの本なら、いけそうな気がします。
「これくらいなら読めそうだ」と思い、精神面での抵抗がなくなります。
不思議なことに、半分に割った薄い本になると、スピードを持って読めます。
たったこれだけのことです。
「ページ数が多い」と思うなら、本を半分に割ればいいのです。
私が執筆の際、言いたいことはいきなり書き始めます。
通常、文章を書くときには「起承転結」が決まりです。
小学や中学でも、そう書くよう指導されましたし、その流れは大切であると思います。
しかし、ときどき、起承転結では間に合わないことがあります。
起承転結という決まりを無視して、いきなり「結」から書き始めることはよくあります。
文書の流れというルールを無視して、自分が思いついた順番から書き始めることは日常茶飯事です。
なぜそうしているのかというと、後回しにしている間に、何を書こうとしていたのかを忘れてしまうからです。
きれいな前置きから丁寧に書き始めている間に、だんだん記憶が薄れます。
「ええと、まず」と思っている間に、さっき書こうとしていることが消えてしまいます。
1回、咳をするだけで、記憶のいくつかが飛びます。
「少し休憩してから書こう」と思って席を外してしまうと、たいてい、きれいさっぱり忘れています。
アイデアでは、スピードが命です。
思いついたことは、その瞬間に書き始めることです。
書きたいことは、その瞬間から書き始め、書ききってしまうことです。
そのスピード感は、読者に必ず伝わります。
スピードは、刺激であり、とげになります。
そのとげを読者に突き刺して、生活を変えてもらいたいのです。
スピーチの際も同じです。
つまらない前置きは不要です。
言いたいことから、言い始めればいいのです。
私が文章を書くときには、情熱とスピードを大切にしています。
日頃からたくさん本を読んでインプットをしては、たくさん書いてアウトプットをします。
たくさん書けるだけで、私は自分の好きなことをしているし、楽しく感じます。
この好きな気持ちは誰にも負けないという自信もあります。
世の中には、作家になりたい人が大勢います。
そういう人たちと差をつけるためには「熱い情熱を持って大量に書けるかどうか」です。
アマチュアとプロの決定的な違いは「量」と「情熱」です。
書くくらいなら、誰でもできます。
小学生でも、うまい文章を書く人はたくさんいます。
また「たまたまうまく書けた」ということもあるでしょう。
しかし「たまたまたくさん書けた」ということはありません。
アイデアを豊富に量産し、たくさん書き続けるだけの情熱がないと、どこかで挫折します。
プロとアマチュアのどこが違うのかというと「アイデアを豊富に生産できること」と、続けられる「情熱」です。
1,000も2,000ものアイデアを、何十年にもわたり、出し続けることができるのが、本当のプロの作家です。
質とは、たくさんの量をこなす過程で、自然と身につけるものです。
まず、量が前提としてあれば、質は必然的に身につきます。
プロの作家には、間違いなくスピードがあります。
漫画家でも、プロと呼ばれるレベルになると、大量の作品をリリースしています。
秋本治の漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が100巻以上出ているのは、まさにプロという証拠です。
「よくこれだけネタが出てくるな」と感心してしまいます。
たくさんのネタを創作でき、実際に書き続けているという実績が、プロとアマチュアの違いです。
1冊目より100冊目のほうが、漫画の絵がうまくなっているのは、単純にたくさん書いたからです。
たくさん書けばうまくなるのは、漫画のみならず、文章でも、絵でも、音楽でも、スポーツでも何でも同じです。
質は、あとからついてきます。
質は、たくさんの数をこなすことで身につけることができます。
初めから質がある人はいません。
質は、大量を経験すれば、誰でも必ず身につきます。
本当にプロとアマチュアの差が出るのは、最終的に「量」と「情熱」です。
それしかありません。
「自分には、才能がない」とぼやく人がいます。
そういう人に限って、初めから質を求めて、トライしています。
大した量もこなしていません。
「才能がない」とぼやく暇があったら、数をこなすことです。
初めに質を求めてはいけません。
まず、情熱を持って、大量の仕事をこなすことです。
アマチュアと差をつけて、プロへの階段を上るのです。
「構想3年もかけた作品」という言葉を耳にします。
構想に3年も時間をかけるのは、今の世の中、時代遅れです。
ゆっくり構想に時間をかけている間に、時代は変わってしまいます。
昔のように変化がゆっくりした時代なら、まだ通用しました。
現在は、IT、パソコン、インターネットが進化を遂げ、スピードのある時代です。
1年も経てば、時代が大きく変化している現代では、構想3年は通用しません。
今は、スピードで勝負する時代です。
「構想は3分」でかまいません。
「年」ではなく「分」です。
さっとアイデアをつくり、さっと形にします。
ダメだったら、すぐ不採用にして、また次のアイデアをつくり、さっと形にします。
落ち込む暇なんてありません。
落ち込む暇があったら、次の構想を練る時代です。
そういうスピードと大量生産の時代です。
私が本を書くときには「どのような本を書こうか」とあまり考えません。
テーマも内容も、即興です。
今書いているこの文章も、さっき思いつきました。
今日書こうと思ったものは、今日考え始めます。
考えても3分です。
ぱっと思いついたものから書き始めて、思いついたアイデアを、さらに次のアイデアへつなげます。
当たれば、それでいいと思います。
人気がなくても、大して気にしません。
気にする暇があったら、また次の作品を書いてしまいます。
時代はスピードへ向かって進化しているのに、自分だけゆっくりでは置いていかれてしまうのです。
面白いアイデアは、脱線したときに出てきます。
初めから面白いアイデアがあるのは、まれです。
話を進めていくうちに、いつの間にか脱線してしまい、味になります。
恋人とデートのコースを予定していても、たいてい、途中で脱線します。
脱線したほうが、もっと楽しくなります。
ディズニーランドに行くとき「これとこれに乗ろう」と予定を立てます。
パンフレットに丸印をつけても、実際に行ってみると、もっと面白そうなものが見つかり、予定から脱線します。
あとから振り返ると、丸印をつけたもの以外のところにたくさん乗っています。
私はときどき海外旅行へ行きますが、いつも脱線ばかりです。
旅行ブックには載っていない面白い発見を現地で見つけます。
そういうのは、旅行ブックにも載っていません。
予定していたコースから脱線しますが、不思議なことに、脱線したほうがもっと楽しくなります。
脱線はしてもいいし、どんどん脱線するべきです。
私の文章も、常に脱線です。
書いているうちに、話がだんだんそれているのは、書いている私でもわかります。
しかし、脱線を許容してしまうのは、脱線した後の内容のほうがもっと面白いからです。
「話がそれてしまった。でもそれた内容のほうがもっと面白い。まあいいか」
その結果、オーライです。
面白くて役立てば、許してしまいます。
脱線に脱線を繰り返していたら、最後に面白い作品が出来上がります。
私は、基本的に、書く前に本のタイトルを決めています。
しかし、書いているうちに話が脱線して、すべて書き終え、最後にまた本のタイトルを改めるということはよくあります。
話が脱線しすぎて、当初書こうと思っていた内容とは、異なる内容になってしまうのです。
野球のルールブックには「タッチアップ」というものが載っていません。
意外に知られていないことですが「盗塁」も野球のルールブックには載っていません。
載っていないのに、なぜそれが行われているのかというと「載っていないからやっていい」ということです。
法律で規制されていないことは、法の目をくぐるように、ルールブックに載っていないことはしてもいいということです。
事実、やっても問題になりません。
タッチアップも盗塁も、野球にはなくてはならないことです。
そういうことは、机の前に座って、野球のルールブックを読んで身につけることではありません。
机の前以外で、覚えることです。
私は幼いころ、友人と近くの神社で、ルールもわからずに野球をやり始めました。
しかし、やっているうちにルールは覚えてしまいました。
タッチアップや盗塁も、みんながやっているから、自分も真似をしていました。
野球のルールブックは読んでいませんが「面白そうだからやってみよう」と思い、やっていくうちに覚えてしまいます。
もし、野球のルールブックから読み始めていると、タッチアップも盗塁もできなかったことでしょう。
机を前にした勉強では、本に書いていることしか学べないからです。
本に書かれていないことまでは、本からは学べません。
本に書いていないことまで学ぶためには、机の前ではできないのです。
机の前以外でしていることが、本当の勉強なのです。
スピードは大切です。
しかし、出しすぎるのは問題です。
結果を出そうと、スピードを出して頑張りすぎることがあります。
頑張るのはいいですが、頑張りすぎると結果が出ません。
一瞬、スピードが出て結果が出そうになりますが、すぐ息切れしてエンストを起こします。
三日坊主は、早く結果を出そうと欲張りすぎるから、そうなります。
三日坊主にならないためには、頑張りすぎず、長いスパンで続けることです。
頑張りすぎないほうが、実は、結果が出ます。
マラソンのようにマイペースでかまいませんから、長く続ければ、結果として、走行距離がいちばん長くなります。
マイペースが、いちばん速いスピードであり、継続できる習慣です。
本当の結果とは「蓄積」であり「積み重ね」です。
それは徹夜をしてできることではなく、日頃からの積み重ねでできることです。
積み重ねるためには、頑張りすぎないほうがいいのです。
人のために行動するとき、次の2パターンがあります。
私たちは、範囲の広さからつい、みんなのためになることを選んでしまいます。
みんなの役に立ちたい気持ちはわかります。
やはり、喜んでもらうなら、大勢の人の役に立ちたいと思うのは自然なことです。
しかし、みんなのために行動し始めると、スピードが出ないどころか、1つも行動ができなくなります。
「十人十色」という言葉があるように、人には人それぞれの状況があります。
「みんなに喜んでもらおう」と思って共通の話をしようとすると、例外がたくさん思い浮かび、行動できなくなります。
「これがいいかな。でもこんな人は嫌がるだろう。では、あれがいいかな。でもこんな人が嫌がるだろう」
1人の例外のために、不採用になります。
世界中の人に共通することをしようとすると、何もできなくなります。
なかなかスピードが出ないうえに、行動が制限されてしまいます。
スピードを出すときには「1人のため」に行動します。
1人のために行動すると、具体的になるばかりか、スピードまで出ます。
1人は誰でもかまいません。
妻のためでも、子どものためでも、好きな人のためでもかまいません。
1人に向かって発言や行動をすると、内容が具体的になり、本当に役立つ内容になります。
ワンパーソンのためにすることは、マスへと広がります。
私が文章を書くときには「みんなのため」に書いてはいません。
もし、みんなに喜ばれようとして文章を書くと、ありきたりな文章しか書けなくなります。
人によっては当てはまらないケースが出てくるので、書いては修正、また書いては修正という繰り返しになります。
最後に残るのはありきたりの文章です。
それは、つまらないし、本当に人の役に立つ内容ではありません。
しかし、1人の人に向かって話しかけるように書くと、一転してすらすら書けます。
私の場合は、1人を想像しながら書いています。
親愛なる人のことや、好きな人に話しかけるように書いています。
相手を思い浮かべることでイメージが具体的になり、焦点を絞って話ができます。
人によっては、当てはまらないケースもあることでしょうが、気にしません。
100人のうち、99人に評価されなくても、1人の大切な人に喜ばれたいです。
1人に評価されることをします。
するとなぜか、たくさんの人に評価されるようになります。
本屋に行って、買おうかどうしようかと迷う時間があります。
買うときに、ためらう原因の大半は、値段です。
値段と内容を吟味して、納得できれば買おうとします。
1つでもいいから、いいと思った内容があれば、買ってOKです。
その一言が、あなたの人生を変えることもあります。
しかし、迷ったあげく「やっぱりやめよう」と本屋を出ることがあります。
そういうことがあれば「もったいないことをした」と反省しましょう。
本屋で何もしなかった、無駄な時間を過ごしたということです。
迷っている時間のほうがもったいない意識を持つことです。
読むのが速い人なら、迷っている時間に、1冊は本が読めてしまいます。
なら、初めから迷わずに買って、読んだほうが時間のロスがなくなります。
値段を気にし始めると、スピードは出ません。
お金は取り返せますが、時間は取り返せません。
お金より時間のほうがもったいない意識を持つことです。
迷っている時間は、何も生産性がありません。
内容を吟味して、買おうかどうしようかと迷っている時間に買って読んだほうがいいのです。
本屋で買おうかどうしようか迷ったあげく、買わずに本屋を出るのはもったいないことです。
何も具体的な行動をしなかったからです。
本を1冊でも買って読めば、多少なりとも得られることがあり、成長があります。
しかし、迷ったあげく、手ぶらで本屋を出るのは、完全に成長ゼロです。
人生でも、同じです。
行動しようかどうしようかと迷い、行動しないのは、成長もゼロですし時間も無駄です。
人生の無駄をなくしたいと思ったら、失敗してもいいから、挑戦することです。
トライしたことに、無駄はありません。
成功しても得ることがあり、失敗しても得ることがあるからです。
しかし、行動を断念した場合に限っては、1つも得られることがありません。
それを「宝の持ち腐れ」といいます。
「命」と「五体満足」という素晴らしい宝を手にしていながら、この世で生きる意味を十分に活用していません。
「命」と「五体満足」という素晴らしい宝を、最大限に活用していますか。
「命」と「五体満足」があるだけでは、意味がありません。
経験は、してこそ、意味があります。
何かにぶち当たって、こすれ合うことで、頭も心も体も磨かれて成長します。
人として磨かれるためには、ぶち当たるという経験が必要です。
成功しても失敗してもいいから、たくさんの経験を積み重ねるごとに、輝きが増すのです。
仕事で愚痴をこぼしたくなるときがあります。
そういうときに、仕事帰りに酒を飲んで憂さ晴らしをしても、解決しません。
アルコールで酔って、つらい気分を紛らすことはできますが、そうしたところで現実は変わりません。
さらなる悪循環を招くだけです。
現実を変えることができるのは、酒より、本です。
本を1冊でも読んで、愚痴を成長に変えましょう。
悩みを抱えているということは、その分野で成長できる可能性があるということです。
できることは悩みませんが、できないことがあるから悩みます。
その悩みを、本を1冊でも読んで、成長に変えましょう。
たくさん悩むことはいいことです。
悩みが、人を成長させます。
お酒に酔って現実から目を背けるのではなく、悩みそのものを真正面から見てみましょう。
上司から叱られたり、仕事で失敗をしたり、仕事が自分に合っているのか悩む。
こうした、ありのままの現実に目を向け、どうすれば解決できるか考えます。
それが、人生の魅力であり、悩みを解決していくことの楽しさです。
お酒を飲む時間とお金があれば、1冊でも本を読む人が、成長するのです。
理解は、インプットだけではありません。
アウトプットの過程にも、理解があります。
学んだことは、むしろ、アウトプットしてこそ本当に身につきます。
アウトプットをするためには、インプットより、脳を回転させる必要があります。
インプットは、人の話を聞けばいいし、読書をすればいいだけですが、アウトプットとなるとそうはいきません。
インプットでは「わかったつもり」ができます。
しかし、アウトプットでは「わかったつもり」ができません。
まず自分が、しっかり理解していなければいけません。
自分が知っている言葉や表現を駆使して、わかりやすく言葉を発信するには、脳を幅広く使うことが要求されます。
その分野について、どこまで自分が理解できているのかは、アウトプットの様子でわかります。
たとえば「人に話す」というアウトプットです。
「話す」というアウトプットという作業の途中で、より理解が深まります。
なぜアウトプットの過程で、インプットより理解が進むのか。
いつもとは変わった視点から問題を見つめ直すことになるからです。
「他人にわかりやすく説明するために、どう表現すればいいか」
「わかりやすいたとえ話を添えてみよう」
疑問を投げ、解決し、他人へわかりやすく説明するまでに数多くの思考が必要です。
多角的な視点を持つことで、理解がさらに深いものになります。
不思議なことですが、アウトプットすることで、知識が本当に身につくのです。
またアウトプットの効用は、もう1つあります。
「自分が理解できていない部分を見つけ出すこと」です。
自分が知っていることをわかりやすく説明するときには、自分がきちんと理解しておかなければいけません。
中途半端な理解では、うまく言葉にできません。
「わかった」と言う人も「じゃあ、逆に説明してちょうだい」と言われると、言葉に詰まります。
言葉に詰まっているということは、わかったつもりであって、理解はしていないということです。
アウトプットをしてみると、理解できていない部分が明らかになります。
「わかっていたつもりだったけど、テストを受けてみたら点を取れなかった」という経験と同じです。
うまく表現できなかったという挫折を味わうことも大切です。
知っていたつもりだったけど、人に説明できない自分がいたとわかれば、説明できなかった部分をもう一度復習すればいいのです。
勉強をする最終ゴールは、アウトプットです。
知識が生きるのは、インプットしたときではなく、アウトプットしたときです。
勉強の意味は、何かの役に立ってこそ、初めて意味があります。
テストで良い点を取るのは、アウトプットができたときです。
アウトプットができて、成績が上がったとき、初めてインプットの意味があります。
成績が上がり、いい学校へ進学できれば、人生が切り開けます。
健康について勉強するなら、健康に役立てて、長生きしたい目的があります。
健康にいいビタミンやミネラルの知識を知って、正しい食事が選択できるようになります。
健康に役立ち、長生きできてこそ、健康について勉強した意味があったということです。
お金の勉強をして意味があるのは、お金の流れが理解でき、節約ができるようになったときです。
お金の勉強をして、貧乏になったというのでは、勉強をした意味がありません。
お金の勉強をしたなら、上手なお金の使い方ができるはずです。
必ずお金持ちになれます。
知識は活用したときに、力になり、意味が出てきます。
インプットしたばかりでは、知識はまだ生かされていません。
生かすのは、使ったときです。
活用したときこそ、知識は意味があり、生きてきます。
生活に役立ち、人間関係向上に役立てることができてこそ、初めて意味が出てきます。
あなたが今日勉強したことは、どこかで吐き出すことです。
吐き出す前提で学びます。
たとえば、今日、友人との会話のネタにするだけでもいい。
会話のネタになれば、お互いの知識を豊富にするだけでなく、友人とのコミュニケーションにも役立ちます。
役立ったとき、初めてインプットの意味があったということです。
学んだ知識は、とにかくどこかで吐き出すことが大切なのです。
肉体労働の仕事をしている人は、食事をしてもすぐおなかがすきます。
体全身を動かす仕事をしているからです。
カロリー消費が早く、食事をしても数時間後には、おなかがすくでしょう。
逆に、デスクワークが中心の人は、運動量の少ないため、おなかがすくまでに時間がかかります。
体を動かす仕事ではないので、カロリーの消費量も比較的緩やかです。
ある程度時間がたてば自然とおなかがすきますが、肉体労働の人と比べて、おなかがすき始めるまでの時間は長いはずです。
「なかなか勉強する気になれない」と言う人がいます。
勉強する気になれないのは、積極的にアウトプットをしていないからです。
積極的に体を動かしていれば自然とおなかがすくように、勉強も積極的にアウトプットしていれば、自然と勉強がしたくなります。
知識欲は、生理的欲求です。
勉強も、アウトプットをたくさん吐き出して出せば出すほど、頭の空いた領域を埋めたがり、また勉強がしたくなります。
腹が減ればおなかが鳴りますが、脳が暇になると「勉強したい」と思い始めます。
私は文章を書くというアウトプットを、23歳から始めました。
文章を書いていて気づいたのですが、書き始めてからのほうが、さらに勉強好きになったということです。
書く前から勉強は好きでしたが、書くというアウトプットが習慣になると、勉強好きの度合いが強くなり、読書量も増えました。
体を動かしておなかがすけば、もっと食事を取りたくなるように、知識のアウトプットもすれば、もっと勉強をしたくなります。
「おなかがすけば食事がしたい」というのは、生理的欲求です。
「頭が空いたからもっと勉強がしたい」というのも、生理的欲求です。
知識欲は、本来誰もが持っている生理的欲求の1つです。
ただアウトプットという運動をして、知識を積極的に吐き出していないために、頭が空きにくくなっています。
運動をすればすぐおなかがすくように、アウトプットをすればすぐ勉強がしたくなります。
吐き出せば、もっと勉強がしたくなるのです。
お金をたくさん持っていても、家に泥棒が入ると、奪われます。
大金の入った財布があっても、うっかり落としてしまうこともあるでしょう。
大きな家を建てても、地震で壊れることがあります。
高級自動車、100万円もの腕時計など、古くなればさびついて、いつかは壊れます。
物理的なものは、壊れたり、奪われたり、消えてしまう危険があります。
しかし、頭の中の知識と知恵だけは、誰にも取られることのない資産です。
壊れたり、奪われたり、消えてしまうことはありません。
持ち物を奪われたくなければ、たくさん勉強しましょう。
お金を知識に変換して、頭の中に入れます。
それが、この世でいちばん上手な資産運用です。
資産破壊からのリスク回避であり、資産を何倍にも増やす投資です。
あなたには「頭脳」という素晴らしい銀行があります。
現実の銀行にお金を預けても利率が低いので、なかなかお金が増えません。
しかし、お金を知識と知恵として頭脳に蓄えておけば、生活のあらゆるところで役立ちます。
知識と知恵があれば、夫婦仲が良くなり、友人も増え、自信もみなぎり表情が良くなります。
仕事も上達します。
友人との話題が豊富になります。
たくさんあっても、場所が取られるわけでもなく、重くなるわけでもありません。
銀行に預けて増えるお金以上に、大きな恩恵があることでしょう。
銀行にお金を預けているより、お金を知識と知恵に返還して頭の中に入れておくほうが、はるかに役立ちます。
なにより、知識と知恵の素晴らしい点は、出してもなくならないところです。
一度入れれば消えません。
いくらでもアウトプットが可能です。
あなたの友人に知識や知恵を教えても、記憶が失われるわけではありません。
むしろ、積極的なアウトプットを心がけることで、あなたの記憶により定着します。
自分のためにも、人のためにも役立つ素晴らしいものです。
銀行の利率とは比べものにならないほど計り知れないものなのです。
サッカーのルールを知らない人が、サッカーの試合を見ると、意味がわかりません。
もちろん全体の動きを見て、だいたいの意味はわかることでしょう。
しかし、細かい話になるとついていけなくなります。
イエローカード、レッドカードの違いとは何なのか。
なぜそうなるのか。
あのときの選手の動きには、どのような意味があったのか。
あの状況では、どのような判断が適切なのか。
サッカーに深い理解のある人は、プレーヤーの一蹴りに感動します。
意味がわかるからです。
一般人には「単なるキック」にしか見えませんが、理解のある人が見ると、厳しい状況が理解でき「絶妙なシュート」に見えます。
プレーヤーの一蹴りに感動し、鳥肌が立ちます。
選手の苦しみ、状況判断の難しさ、思いきって行動する勇気が、わかる人が見れば理解できます。
サッカーの勉強をしているから、サッカーをより深く楽しめます。
普通の人が気づかないような、細かい動きの素晴らしさが理解できるようになります。
サッカーは知識のある人のほうが、深いところまで理解できる分、楽しく面白く観戦できます。
勉強するにつれて、意味がわかるようになります。
楽しくなるのは、サッカーの話だけではありません。
人生も、サッカーと同じです。
勉強すればするほど、人生がもっと面白くなります。
人生がつまらないと思うのは、その意味やルールがきちんと理解できていないからです。
意味や理解をしていない人は「つまらない毎日」と思えても仕方ありません。
しかし、勉強をして人生のルールや意味がわかっていれば、過去の経験、出来事の素晴らしさが理解でき、感動します。
どう生きるべきかがわかり、人生が楽しくなります。
勉強不足の人は、叱られても、ただ「むかつく」としか思いません。
勉強不足なので、叱られることの本当の意味や理解をしていないからです。
しかし、人生の勉強をして、ルールや意味を知っている人は、叱られることの素晴らしさに感動します。
あなたのためを思ってくれたという真実に気づくことができ、叱ってくれた人に「ありがとう」という感謝の念すら抱きます。
まったく、逆になるのです。
「ありがとう」という1秒の言葉に、相手の愛を感じます。
「さようなら」と言って別れる言葉に、一期一会の感動があります。
対人関係、仕事の技能、生きることの素晴らしさ、上手な生き方など、すべて勉強です。
勉強しないと、ルールや意味がわかりません。
勉強をすれば、ルールや意味がわかり、楽しくなります。
物事の理解ができ、一つひとつに感動できる、感動体質になれます。
人生を楽しく生きるためには、まず勉強しましょう。
ルールと意味を理解しましょう。
勉強すればするほど、サッカーのように、楽しくなるのが人生なのです。