先日、私がトイレの個室で用を足していたときのことです。
私はいつも考え事をしている性分で、その日のその瞬間も、ぼうっと考えていました。
トイレの個室は、大変リラックスできる空間です。
「勉強をしている」と言っているうちは、まだまだです。
「勉強は特別なこと」だと、まだ思っているからです。
特別なことではなくて、当たり前にします。
学ぼうという気持ちのある人が本を読めば、本は宝のように感じます。
自分のためになることがたくさん書かれていて、本が読めるだけでも幸せだと感じます。
目的以外の文章でも、勉強したいという前向きな気持ちがあれば、わずかな文章の中から大きな価値を見いだせます。
英語の勉強は、時間がかかります。
単語・熟語・文法など、幅も奥も深いです。
だから語学の勉強には時間がかかります。
「時間がない。あと1時間しかない!」
時間に余裕のない状態は、たしかに居心地のいいものではありません。
しかし、タイムプレッシャーとは、単なるストレスではありません。
騙される経験は、学校では教えてくれません。
だから私たちは、人生のどこかで必ず一度は騙されます。
学校で教えてくれないので、免疫力がありません。
「レバレッジ効果」という言葉をご存じですか。
もともと金融業界の用語であり、少ない投資で大きな利益を上げる効果のことをいいます。
特に資産運用の場面でよく使われる言葉です。
雑談で要求されるのは「連想する力」です。
連想する力がないと、ネタごとに会話が終わってしまいます。
ネタからネタを連想してつなげていくのが、雑談です。
「読んで元気が出てきました」
「勇気をもらいました」
「もう少し頑張ってみます」
読書を読んで人生が変わるのは、本ではありません。
本文中の「一言との出会い」です。
たったの一言が心に突き刺さり、人生を変えます。
学校で学ぶ勉強は、知識ばかりです。
知識ばかりの勉強をしても、残念ながら明るい未来は切り開けません。
たとえば、金融関係の学校でお金についての知識を学んだとしましょう。
あなたの頭の中には、望遠鏡があります。
「想像力」です。
本来の望遠鏡は、遠くにある物体を大きくして見る道具です。
勉強を始める時期を考えるのは、ナンセンスです。
そういうことを考えていることが、いちばんの無駄です。
勉強には、時期は関係ありません。
私たちが一般的に考える勉強は、知識を詰め込むことです。
たくさん本を読み、知識や知恵を頭の中に取り込みます。
それはまだ「インプット」の段階だけです。
「不吉な前兆」といわれる現象があります。
「洋服が破れる」「嫌な夢を見る」「食器が立て続けに割れる」「黒いネコが前を横切る」「カラスの大群を見かける」など。
ほかにもまだまだたくさんありますね。
学校といえば、1人の先生が大勢の生徒に対して教えるという形式が一般的です。
大勢の生徒に一度に教えるという、効率面や経営面の事情もあるのでしょう。
大勢の生徒の中では、ほかの生徒の視線が気になって質問しにくい場合があります。
勉強の山場を迎えると、鳥肌が立つものです。
寒いから鳥肌が立つのではありません。
感動するから鳥肌が立ちます。
筋力は、トレーニングによって鍛えることができます。
ダンベルを使って筋力を鍛えると、足腰の筋肉や二の腕が強化されます。
はじめこそ大変なトレーニングですが、筋力がつけば間もなく楽になります。
すぐ答えを求めるのは、悪い習慣です。
答えを1つしか見つけられないからです。
早く答えを知りたい気持ちはわかります。
説明不足に対していらいらを感じるのは、勉強ができない人です。
しかし、説明が十分だったとします。
その説明しか、答えを見いだすことができません。
あなたには嫌いな人がいますか。
嫌いな人を嫌いなままでは、人間関係の改善はされません。
尊敬できるところもない。
私たちは、ついたくさん語ってしまおうとします。
たとえば、雑談で話をするときです。
たくさん話を語るほど、より多くのことを相手に伝えられると思っています。
あなたは、タクシーに乗ったとき、何をしているタイプですか。
目的地に到着するまで眠るタイプ。
タクシーの中でも仕事をするタイプ。
「勉強する時間がない」という愚痴をこぼす社会人がいます。
勉強できないのは、仕事に追われて忙しいせいだと言います。
社会人なら、時間がないのは誰でも同じです。
勉強だけ楽しむのは、学生までです。
学生は勉強をして希望する学校に入学することで、未来を切り開きます。
勉強だけしていても、未来につながることでした。
街を歩いていると、ブランドを身につけている人たちを見かけます。
しかし、ブランドを身につけて「かっこいいな」と思う人もいれば「頭が悪そうだな」と感じてしまう人もいます。
両者は、ブランドを身につけているところまでは同じです。
「どんな人と結婚したいですか」と聞いて「誰でもいいです」という人は、人生に対して自暴自棄になっている人です。
「どんな仕事がしたいですか」と尋ねて「稼げれば何でもいい」と答える人は、好きな仕事がないとわかります。
「どんな食事が好きですか」と質問して「何もない」と答えるのは、おいしいと感じる食事が1つもないということです。
楽しいことは、本や映画、漫画の中だけに存在するわけではありません。
いつでもどこでも存在します。
にもかかわらず「楽しいことがない」と愚痴をこぼす人がいます。
私はひまになったときには「人間観察」をする癖があります。
これも「楽しさに気づく力」を鍛える方法の1つです。
生活の中では「何もしない時間」が突然できることがあります。
勉強するときには、知識や知恵を求めて勉強します。
ニンジンを追いかけるウサギのように、報酬があるから、それに向かって必死になるのはわかります。
しかし、結果を出して報酬をつかんだときにようやく喜びを感じる方法は、賢い勉強法ではありません。
先日、私がトイレの個室で用を足していたときのことです。
私はいつも考え事をしている性分で、その日のその瞬間も、ぼうっと考えていました。
トイレの個室は、大変リラックスできる空間です。
ちょうどその瞬間、急に奇想天外な発想が思い浮かびました。
私はいつもボールペンを常備してメモの準備をしていますが、そのときは、たまたまデスクの上に置いたままにしていました。
そういうときに限って、いいアイデアが2つも3つも立て続けに思い浮かびます。
ボールペンを持っていなかった私は、トイレを出たらすぐメモをしようと思っていました。
しかし、トイレから出た瞬間、もう忘れていました。
アイデアは、往々にして一瞬の流れ星です。
その一瞬を、いかに大切にするかです。
そのときのアイデアは、今でも思い出せません。
壮大な発想をしていたような気がします。
もし実現していたら、素晴らしい文章を書くきっかけになっていたかもしれません。
人生が変わるきっかけだったかもしれません。
しかし、思い出せないからにはどうだったのかは、いまだに不明です。
アイデアは思い出せないのに、アイデアを忘れたということだけは覚えています。
それだけ深い後悔の念に駆られました。
その失敗があってからというもの、私はボールペンを最低2本は持つようになりました。
いつどんな状況でも、メモが取れる準備をしておきたかった。
いついかなる状況でも、勉強ができる装備が必要であると切に感じました。
勉強ができる人は、カバンの中にいつも本を持っています。
電車の中やレストランなど、短い時間ですが待ち時間が発生します。
勉強のできる人は、いかにその短い時間を大切にするかです。
そのためには、いつでも勉強できるような装備をしています。
カバンの中に勉強用の本を何冊も入れています。
また、本当に勉強のできる学生も、家と学校それぞれに教科書を置いています。
家に置いてある教科書を学校へ持ち忘れることがあります。
逆に学校に持っていった教科書を、家に持ち帰り忘れることもあります。
そういう非常事態に備えて、勉強するチャンスを逃さないように万全の装備です。
勉強への姿勢は、装備に現れるのです。
「勉強をしている」と言っているうちは、まだまだです。
「勉強は特別なこと」だと、まだ思っているからです。
特別なことではなくて、当たり前にします。
生活の一部にします。
本当に英語に詳しい人は「英語を勉強しています」とは言いません。
「英語を勉強している」ということは「英語をまだ知らない」と言い換えられています。
英語に本当に詳しくなれば「英語を勉強している」という発言はしなくなります。
日本語をなめらかに話すあなたが「日本語を勉強しています」とは言わないはずです。
「日本語をどこで勉強したのか」と聞いても「いつの間にか話せるようになった」と思うでしょう。
しかし、実は毎日欠かさず日本語を勉強しています。
「いつの間にか」と思う時点で、日本語の勉強が日常になり、特別なことだという感覚がなくなっています。
毎日、日本語を読んだり書いたり話したり聞いたりなど、日本語のシャワーを浴びています。
日本語に触れることが生活の一部であり、驚くことでも何でもないからです。
それがもはや当たり前になり、勉強という感覚が感じられません。
「勉強」という単語さえ使うのが恥ずかしくなります。
そのくらいに勉強を、当たり前の習慣にしましょう。
本当に勉強している人は、勉強していますとは言いません。
完全に習慣になり、生活の一部になっています。
そのくらい当たり前になることです。
学ぼうという気持ちのある人が本を読めば、本は宝のように感じます。
自分のためになることがたくさん書かれていて、本が読めるだけでも幸せだと感じます。
目的以外の文章でも、勉強したいという前向きな気持ちがあれば、わずかな文章の中から大きな価値を見いだせます。
初めから知識を目的というのが前提ですから、価値を引き出す力が強いです。
しかし、勉強する気のない人が価値のある本を読んでも「字が並んでいる紙」にしか見えません。
学ぼうという気がないと、ためになる良書も、面白くない愚書になります。
キーポイントは、あなたに「学ぼう」という気持ちがあるかどうかです。
「実りのない無駄な毎日だ」
「つまらない人生だ」
そういう日々を送っていませんか。
実りのない日は、1日たりともありません。
つまらない日もありません。
そう感じるのは、学ぼうとする気がないからです。
先の例と同じように、学ぼうとする気持ちがなければ、素晴らしい日々もつまらない日々になります。
そもそも、学ぼうという気がまったくないからです。
しかし、学ぼうという気持ちがあれば、平々凡々な日々の中からためになる価値を見いだせます。
意味を求めて出来事を探すのではなく、起こった出来事から意味を探せばいい。
「人とすれ違う」
こんなありふれた瞬間も、学ぼうとする姿勢があれば「なるほど。この人のファッションセンスは鋭い」という学びに変わります。
「大笑いする」
こんな当たり前の日常も、笑いのセンスを学ぶ瞬間になります。
「いい毎日」「悪い毎日」があるのではありません。
あなたに、学ぼうとする気持ちがあるかどうかです。
その気持ちがあれば、あらゆる瞬間は授業になるのです。
英語の勉強は、時間がかかります。
単語・熟語・文法など、幅も奥も深いです。
だから語学の勉強には時間がかかります。
ほとんどの人が、なかなか結果が出ないことにしびれを切らして、諦めていきます。
なかなか成果が出ないため、今すぐ役には立ちません。
しかし、時間をかけた分だけ、後で大化けします。
海外旅行も難なく行けるようになるため、経験の幅が極端に広がります。
英語のニュースや新聞も読むことができるようになり、情報収集の幅が急激に広がります。
その情報収集の差が、地位の差になり、収入差になります。
パソコンの勉強も、時間がかかります。
私は昔「A」というキーを押すだけで、とても時間がかかりました。
どれもそっくりなキーを、ゲーム『ウォーリーを探せ』のように、キーボードの上を探していました。
たった1文字を打つのにも、時間がかかっていました。
「こんなの効率が悪い。勉強するだけ無駄だ」と思っていました。
しかし、慣れていない時期こそは時間はかかりますが、慣れてくれば話は一転します。
ブラインドタッチができるようになれば、タイピングのスピードは飛躍的にアップします。
はじめこそ鉛筆で書くより遅かったタイピングは、慣れてしまえば、鉛筆で字を書くよりはるかに速くできるようになります。
スピーディーに大量の文章を書くことができるようになり、仕事で資料を作成したり、メールを返したりするときにも差ができます。
パソコンを使う作家は、短時間で大量の作品を執筆できるようになり、ほかの作家と仕事の差が出ます。
時間がかかるから諦めるのは、早合点です。
時間がかかる勉強こそ、後で大化けして、人生を変える強力な武器になるのです。
「時間がない。あと1時間しかない!」
時間に余裕のない状態は、たしかに居心地のいいものではありません。
しかし、タイムプレッシャーとは、単なるストレスではありません。
実は、タイムプレッシャーそのものが勉強です。
何を勉強するのかというと、時間の貴重さを勉強する唯一の機会です。
残り少ない時間が迫っているときには、1分1秒が貴重に感じられます。
本来、人生とは有限です。
しかし、若いときほど時間は無限にあるように感じられます。
タイムプレッシャーを避けようとする人は、時間の貴重さをいつまでも体感できません。
時間の貴重さを知らない人は、時間に対する姿勢が緩く、気づけばあっという間に年を取っています。
タイムプレッシャーを感じることで、時間の貴重さを学び、人生を有意義に使うことです。
その貴重な時間を体全体で感じて、1分1秒の大切さを感じることです。
時間の貴重さは、教科書では学べないことなのです。
騙される経験は、学校では教えてくれません。
だから私たちは、人生のどこかで必ず一度は騙されます。
学校で教えてくれないので、免疫力がありません。
場合によっては、大きな痛手を負うこともあります。
経験だけならまだしも、大きな金額を失う人もいるでしょう。
学校では学ばない勉強だからこそ、その免疫力の低さも著しいです。
ないほうがいい騙される経験ですが、誰もが一度は通る関門です。
そういうときには、損をした経験を「いい勉強ができた」と言い換えましょう。
騙された経験は、セミナーだと思えばいい。
終わったことは仕方ありません。
しかし、数少ない経験だからこそ、しっかり教訓を得てください。
騙された金額は、授業料だと考えればいい。
そう考えるしかありません。
そういうふうに受け入れたとき、人生では本当の損はなくなります。
騙された経験は、すべてプラスに転化されます。
学校では教えてくれない勉強を学ぶ機会になるのです。
「レバレッジ効果」という言葉をご存じですか。
もともと金融業界の用語であり、少ない投資で大きな利益を上げる効果のことをいいます。
特に資産運用の場面でよく使われる言葉です。
このレバレッジ効果ですが、勉強でも通じる部分があります。
勉強は、レバレッジ効果を生かすためにも、1日でも早く始めたほうがいいのです。
1日でも早く勉強したほうが、勉強のレバレッジ効果を強くできます。
勉強に使うお金を「投資」と考えてみてください。
何かの知識を得るためにお金がかかっても、失ったお金以上に得が得られれば、立派なレバレッジ効果です。
たとえば、人生を「80年」と仮定します。
20歳で得た知識は、残りの60年間活用できます。
一方、60歳で得た知識は、20年しか活用できません。
少しでも早く勉強したほうが、知識の恩恵を享受できる期間が長くなるのです。
てこの原理によって物事を有利に進めやすくなり、金利のような得を得やすくなるのです。
勉強は、少しでも早く始めるのが得策です。
来週勉強するより、今週勉強。
明日勉強するより、今日勉強です。
現代は、情報の時代です。
情報格差が、経済格差を生む時代になりました。
知っているか知らないかは、勝敗・損得・合否の結果を分ける場合があります。
少しでも早く情報を得ることで、立ち回りを素早くでき、物事を有利に運びやすくなります。
雑談で要求されるのは「連想する力」です。
連想する力がないと、ネタごとに会話が終わってしまいます。
ネタからネタを連想してつなげていくのが、雑談です。
「AといえばB。BといえばC。CといえばD」
連想する力があれば、会話はどんどんと広がります。
つなげていくのがうまい人ほど、雑談も盛り上がります。
「それはわかっている。それがなかなかできないから困っているんだ」
たしかに連想する力とはいえ、どうすれば鍛えられるのかが曖昧です。
その連想する力を鍛える簡単な方法があります。
テレビを見ながら、ツッコミを入れます。
ニュース番組でもいいです。
ドラマでも言いし、バラエティー番組でもかまいません。
ツッコミは、何でもかまいません。
出演者の発言に対して、疑問、不満、提案などを、どんどん突っ込んでいきます。
それがつなげる力であり、連想する力です。
「それは違うだろ」
「それを言うなら自業自得だ」
「それさっきも言っていただろう」
「ふと思い浮かんだこと」が、強力な接着剤になります。
その接着剤が、今のネタと次のネタをつなげていきます。
この方法は、頭で思っているだけのツッコミとは違い、すぐ実践につながります。
実際に口を動かして発言することで、本番での会話の練習になります。
関西の人は、テレビに向かっていつもツッコミを入れています。
ツッコミを普段から入れているので、雑談がうまいです。
テレビを相手にして、ツッコミを練習しているから、普段の雑談でも話がうまいのです。
「読んで元気が出てきました」
「勇気をもらいました」
「もう少し頑張ってみます」
実はこれらの言葉は、私が読者からよくいただく言葉です。
こういう言葉をいただくと、本当に嬉しくなります。
自分の本来の仕事ができていることが、ようやく感じられるからです。
私たちは、潜在的に「励まされたい」と思っています。
自分ではおおむね覚悟は決まっているものの、行動する勇気がもう一歩足りません。
たとえば、あなたには好きな人がいるはずです。
しかし、なぜ告白できないのかというと「勇気が足りないから」です。
それだけのことです。
好きな人はすでに存在して迷いはないはずなのに、勇気が少し足りないから行動できず、未来が切り開けません。
それは恋愛だけでなく、仕事でも友人関係でも親子関係でも同じです。
すべての答えは、おおむねわかっています。
しかし、行動する勇気が、ほんの少し足りません。
私は今、励ます仕事をしていると思っています。
作家は、文章を書く職業と思われがちです。
たしかに創造的に文章を書きはしますが、単なる手段です。
文章を書いて本当にしたいことは、あなたを励ますことです。
それができれば、本でも音楽でも映画でも、表現できる手段は何でもいい。
すべての芸術作品は、人を励ます作品です。
勇気が最初からある人は、無理に読書をする必要はありません。
すでに勇気があるなら、熱いハートでどんどん行動して、未来に結びつければいい。
大量の実践があれば、自分の身をもってノウハウやコツを身につけることができるでしょう。
実体験を通したノウハウやコツのほうが、実は身につきやすく忘れにくいのです。
読書を読んで人生が変わるのは、本ではありません。
本文中の「一言との出会い」です。
たったの一言が心に突き刺さり、人生を変えます。
「この言葉を聞きたかった」
「自分のことを言っている内容だ」
「本質を言い当てている」
本屋で立ち読みをしていて、心に突き刺さった一言に出会うことができれば、お金を払う価値は十分にあります。
人生を変える言葉を、ほんの少しのお金で手に入ります。
これほど安いことはありません。
人との出会いも一期一会ですが、言葉との出会いも一期一会です。
今、その本を購入しておかないと、再び出会うことはありません。
一瞬の出会いを一生の宝にするためには、とっさの行動力が必要です。
お金を出すのをためらっていると、明るい未来はなかなか切り開けません。
今この瞬間のあなたの行動が、今後の未来を形作るのです。
学校で学ぶ勉強は、知識ばかりです。
知識ばかりの勉強をしても、残念ながら明るい未来は切り開けません。
たとえば、金融関係の学校でお金についての知識を学んだとしましょう。
「株式とは、株式会社の資本を構成する単位のこと」
「日本銀行とは、銀行の銀行のこと」
「節約とは、無駄を省いて、切り詰めること」
お金だけの知識があっても「なるほど」と思って終わりです。
「なるほど」と思っているだけではいけません。
お金に関する知識があっても、貧乏な人はたくさんいます。
もちろん知識は必要です。
しかし、それだけではいけません。
本当に大切なのは、知識を操る「知恵」です。
お金の知識があっても、お金を増やすための知恵がないと、すっからかんになります。
知識を操るためには、さらに知恵が必要です。
知恵があって、初めて知識が生かされ、ようやく本来の働きができます。
知恵の勉強もしましょう。
知識だけの勉強は十分ですから、次は知恵の勉強をします。
「どう役立てられるか」
「自分の生活にどう生かせられるか」
「知識を使って何ができるのか」
知識の生かし方を考えるのが知恵です。
知恵を学んで、知識をどう生かしていくかを考えることです。
あなたの頭の中には、望遠鏡があります。
「想像力」です。
本来の望遠鏡は、遠くにある物体を大きくして見る道具です。
どのくらい遠くまで見られるのかは、望遠鏡の性能にもより、限界もあります。
しかし、頭の望遠鏡だけは無限大です。
想像しだいで、どんな未来でも思い浮かべることができます。
1年後、10年後はもちろんのこと、想像を最大限に働かせれば、100年後というはるか遠い未来までも見ることができます。
その望遠鏡を持っていながら、使っていない人が多いです。
これほど無駄なことはありません。
あなたの頭の中にも望遠鏡があります。
その望遠鏡は、ほこりをかぶっていませんか。
頭の望遠鏡を生かす人とそうでない人では、人生に雲泥の差が出ます。
生かしていない人は、行き当たりばったりの生活になるため、余裕がありません。
事故やトラブルを起こしやすくなります。
活用している人は、遠くの未来を見ることができるため、危険を察知したり、トラブルを減らしたりできます。
危険の察知だけでなく、生活の向上に役立てることもできます。
ビジネスに結びつけて、将来にヒットするであろう商品を考え出し、大きな富を手に入れることもできることでしょう。
優秀な望遠鏡を持っていますから、最大限に活用することです。
あなたの頭の中には、今、最高の宝が備わっているのです。
勉強を始める時期を考えるのは、ナンセンスです。
そういうことを考えていることが、いちばんの無駄です。
勉強には、時期は関係ありません。
「勉強したい」と思ったときが、勉強をするベストタイミングです。
早ければ早いほど、有利になるのは間違いありません。
勉強に、時期尚早はありません。
人生の時間は、そもそも有限です。
勉強する時期が遅ければ、生かす時間も短くなります。
勉強する時期が早ければ、生かす時間も長くなります。
少しでも生かす時間を長くするためには、できるだけ早く勉強して、生かす時間を増やすことです。
着手する時期が早いほど、成長も早く、生かす時間も長くなります。
学問や技術を学ぶ時間も時間があればこそ、伸ばせます。
基礎的な学力の大小は関係ありますが、やりたい熱い気持ちがあれば、難しい勉強もスムーズに進みます。
集中力があって伸びが早いし、難しい難題があっても根気で切り抜けられます。
たとえ、算数が大好きな小学生でも「微分積分を知りたい」と希望する生徒は学べばいい。
もちろん基礎学力がなくて、意味がわからないでしょう。
しかし、レベルの高い問題に触れることで、大好きな数学の世界が広がり、より勉強への意気込みが湧きます。
勉強とは気持ちです。
気持ちを大切にした勉強をしましょう。
私たちが一般的に考える勉強は、知識を詰め込むことです。
たくさん本を読み、知識や知恵を頭の中に取り込みます。
それはまだ「インプット」の段階だけです。
ほとんどの人が、インプットばかりで勉強が終わっています。
インプットするだけでは、まだ勉強は半分しか終わっていません。
肝心なアウトプットが抜けています。
もう半分の勉強とは、人や社会に生かすため、アウトプットをすることです。
活用するためにしているのが勉強であり、活用ができて初めて完結します。
勉強をしてインプットという入り口があり、役立てるためにアウトプットという出口がないといけません。
「いかに人の役に立てるか。どうすれば世の中のために活用できるか」
私たちの多くが忘れがちな課題です。
それが抜けている勉強は、すべて宝の持ち腐れです。
知っていても生かさなければ、ないのも同然です。
あなたが料理を勉強しているとします。
料理が勉強できれば、その料理の腕を使って、いかに人に喜んでもらえるかを考えましょう。
両親のために料理をつくってもいいし、恋人のために腕を振るうのもいいでしょう。
勉強したことを生かして、他人から「ありがとう」と言われたときに、勉強は完結するのです。
「不吉な前兆」といわれる現象があります。
「洋服が破れる」「嫌な夢を見る」「食器が立て続けに割れる」「黒いネコが前を横切る」「カラスの大群を見かける」など。
ほかにもまだまだたくさんありますね。
不吉な前兆と呼ばれる現象を見かけると「近いうちに何か悪いことが起こるのではないか」と不安を感じるものです。
なんとなく嫌な感じがして、すっきりしません。
しかし、不吉な前兆は信じなくていいのです。
科学的根拠がないからです。
不吉な前兆を信じると、いちいち不安に駆られます。
それを見かけるたびに「悪いことが起こるかもしれない」と心配になり、嫌な胸騒ぎに悩まされます。
まだ悪いことは起こっていないのに、悪いことが起こったかのような暗い気持ちになります。
明るい気持ちで生きることを阻害するのです。
昔オーストラリアでは、先住民アボリジニの間で「オーロラは不吉な前兆」とされていました。
オーロラは赤や紫の色をしていることから「火」「血」「死」を連想させていたからです。
もちろんオーロラはただの自然現象です。
原因は解明されています。
オーロラは「太陽風」と呼ばれる、太陽からのプラズマの流れが、地球の大気と衝突したときに生まれる現象です。
不吉なことが起こるという科学的根拠はありません。
オーロラを見たからといって不幸が起こることはないのは、ご存じのとおりです。
本当にオーロラが不吉な前兆というなら、世界各国のオーロラ鑑賞ツアーは大変なことになっているでしょう。
これを同じように、私たちの日常における不吉な前兆も科学的根拠はありません。
洋服を着ていれば、破れることもあります。
嫌な夢を見ることも、普通にあります。
食器を使っていれば、立て続けに割れることもあります。
街を歩いていれば、黒いネコが前を横切ることもあります。
カラスが大群になって飛ぶこともあります。
よくよく考えてみれば、よくある普通の日常だし、不吉なことが起こるという科学的根拠もないのです。
不吉な前兆があっても「ただの偶然」で片付けましょう。
科学的根拠がないことは、不安になったところで仕方ありません。
そもそも不吉な前兆も信じません。
信じなければ、余計な不安を感じなくて済むのです。
学校といえば、1人の先生が大勢の生徒に対して教えるという形式が一般的です。
大勢の生徒に一度に教えるという、効率面や経営面の事情もあるのでしょう。
大勢の生徒の中では、ほかの生徒の視線が気になって質問しにくい場合があります。
1人が頻繁に質問すると、授業が前に進みにくくなります。
そのため、わからなくてもわからないままにしてしまいがちです。
だからすぐ挫折します。
また、大勢の生徒を相手にしているからこそ、先生の生徒に対するカリキュラムも一般的になります。
どうしても大勢を相手にしていると、詰めの甘い教え方にならざるを得ません。
そんなときこそ「家庭教師」です。
家庭教師は高額というイメージがありますが、値段だけ見ているからです。
効率面でいえば、実はいちばんの格安です。
家庭教師がやってくると、必ず勉強ははかどります。
あなたのためだけに、優秀な先生を雇うことになります。
わからないところはいくらでも質問できるので、挫折しにくくなります。
あなた専用のカリキュラムをつくってくれるので、効率もよくなります。
なにより、あなたのために必死になる先生がそばにいると、期待が勉強への後押しになり、さらにはかどります。
「一対一」になると、人間は緊張します。
英会話を学ぶために英会話学校に通うなら、必ず「マンツーマン」をおすすめします。
マンツーマンは高額です。
それは値段だけを見ているからです。
本当に英語を学びたい気持ちがあるなら、お金は二の次です。
勉強の質・スピード・効率・緊張感などを総合すると、実はいちばんの格安です。
大勢の生徒と一緒に勉強すれば、学費も安上がりになりますが、質問しにくく、緊張感もありません。
しかし、マンツーマンになると緊張して、勉強の効率が良くなります。
短い時間で多くの刺激を受けることができるので、身につくスピードも速くなります。
1人の先生を自分の学習のために独占できるほど贅沢なことはありません。
自分の発言に対してダイレクトに返事が返ってくることは快感です。
間違ったところは、すぐ指摘してくれ結果もすぐわかります。
先生が目の前にいると、サボりたくてもサボれなくなり、必ず勉強が進みます。
勉強の山場を迎えると、鳥肌が立つものです。
寒いから鳥肌が立つのではありません。
感動するから鳥肌が立ちます。
よく勉強していると、自分の知らなかったことを知ることになり、たくさんの驚きを体感します。
「これは知らなかった」
「こういう考え方もあるのか」
「素晴らしい方法だ」
そういうときに、鳥肌が立ちます。
鳥肌が立てば、い良いよ勉強が大詰めに差し掛かっている証拠です。
今まで受けたことのない感覚を受けたときに、感動して鳥肌が立ちます。
私は生でオーケストラの演奏を聴いたことがあります。
始まりから終わりまで、鳥肌が立ちっぱなしでした。
ラジオやテレビの小さなスピーカーで聴くオーケストラとは、格が違います。
そもそも、壮大なオーケストラを小さなスピーカーを通して聞こうとすることに無理があります。
オーケストラの演奏を生で見ると、必ず鳥肌が立ちます。
それは感動するからです。
音楽や迫力など言葉にできない刺激を受け、脳がびっくりして、感動して、鳥肌が立ちます。
感動とは、自分の器が広がることです。
未知なる領域に足を踏み込んだときに、人は鳥肌が立ちます。
鳥肌が立ったら、素晴らしい経験ができている証拠なのです。
筋力は、トレーニングによって鍛えることができます。
ダンベルを使って筋力を鍛えると、足腰の筋肉や二の腕が強化されます。
はじめこそ大変なトレーニングですが、筋力がつけば間もなく楽になります。
強い筋力がついて何が変わるのかというと、重い荷物を軽々持ち上げられるようになることです。
今までは持ち上げるのも一苦労だったので、重い荷物がストレスでなりませんでした。
しかし、強い筋力さえあれば、軽々持ち上げられるようになります。
結果として、ストレスが減ります。
脳もトレーニングによって、鍛えることができます。
たくさん経験を積んで、読書をしたり、映画を見たり、人と出会ったりすることで、脳は鍛えられます。
賢くなります。
はじめこそは大変と感じる勉強ですが、慣れてくれば楽になります。
頭が良くなって何が変わるのかというと、難しい問題が解けるようになることです。
問題の解決策を、今までは2つか3つくらいしか思い浮かべることができませんでした。
しかし、脳をトレーニングすることで賢くなると、1つの問題への解決策が10も20も思い浮かぶようになります。
選択肢が多くなれば、問題を解くのも容易になります。
結果として、ストレスが減ります。
勉強をしてストレスになることはありません。
それは勉強が嫌いで、食わず嫌いになっているだけです。
勉強をすればわかります。
選択肢が増え、解決するベストな方法が見えるようになります。
本来、勉強をすればするほど、ストレスが減ります。
筋力が鍛えられればストレスなく重い荷物が持ち上げられるようになります。
同じように、脳も鍛えられると難しい問題もストレスなく解決していけます。
勉強は、ストレスを減らすために必要なのです。
すぐ答えを求めるのは、悪い習慣です。
答えを1つしか見つけられないからです。
早く答えを知りたい気持ちはわかります。
しかし、意味がわかった瞬間に、話の決着がついてしまいます。
たとえば、以下の言葉はいかがでしょうか。
「こんなことをするなんて、あなたは悪魔のようだ」
この言葉には、1通りの解釈しかありません。
言葉のとおりに解釈すれば、それ以上、それ以下もありません。
しかし「こんなことをするなんて、あなたは……」と、いいところで寸止めになると、解釈の仕方はあなたの想像しだいです。
言わなかった言葉の解釈は、無言だからこそ無限に広がります。
言おうとしたのに言わなかったとき、味が深くなります。
漫画のいちばん面白い言葉は「……」です。
漫画の中から「……」がなくなれば、面白くなくなります。
すべての言葉が、よどみなくはっきりだと、具体的ですっきりしますが、悲しい気分になります。
言葉が明確に書かれていることで、解釈もひととおりしかありません。
一度読んで「ああ面白かった」で終わります。
そういう漫画は、一度読んだら終了です。
漫画の本当の面白さは「……」です。
主人公が言おうとしたのに言わなかった言葉こそ、読者に与えられた課題です。
言葉にできない言葉が登場したとき、言葉では表現できない重みが感じられます。
感覚・感情・思いなど、言葉で表現できないからこそ「……」で代替するしか表現できません。
主人公の深い思いが「……」に現れています。
自分の想像に任せて、好きな言葉を入れましょう。
その言葉には、ひととおりの答えではありません。
あなたの考え方しだいでは、10も20も言葉が入ります。
あなたの成長、抱えている悩み、時期によって、解釈がそれだけ異なります。
「……」がたくさん登場する漫画は、何度も読みたくなります。
深さが感じられて、読むたびに違った味を感じるのです。
説明不足に対していらいらを感じるのは、勉強ができない人です。
しかし、説明が十分だったとします。
その説明しか、答えを見いだすことができません。
言葉が足りないからこそ、自分で考える機会が与えられます。
その答えは、無限に幅が広がります。
文字の少ない本は、内容が薄いと思われがちです。
本屋の本の中には、薄くて文字も少ないにもかかわらず、高値の場合があります。
「こんな本に1,500円も出すなんて、ぼったくりだ」
そういう人は、文字の多さで本の価値を決めています。
たくさん文字が書かれていれば価値があり、少なければ価値も低いと思っています。
本の価値は、どれだけたくさんの情報を引き出すかで決まります。
「書かれている文字の量」ではなく「引き出せる価値の量」です。
文字の量は関係ありません。
むしろ薄くて文字の少ない本ほど、内容が濃い可能性があります。
文字が少ないからこそ大切な言葉のみを厳選しており、無駄な部分がありません。
説明不足にいらいらを感じるのではありません。
説明不足と感じる部分こそ、あなたの想像力を働かせるところです。
自分なりに解釈して、無限の言葉を埋めていけばいい。
それが、勉強です。
自分で価値を引き出す作業が、頭を使うトレーニングになっており、勉強です。
「これはどういう意味なんだろう」と自分なりに頭をひねり回して、脳を鍛えていけばいいのです。
あなたには嫌いな人がいますか。
嫌いな人を嫌いなままでは、人間関係の改善はされません。
尊敬できるところもない。
相手から学ぶこともない。
だから余計に嫌いになります。
そういうときは、嫌いな相手を「先生」と呼んでみましょう。
「そんなことできない!」
そう思うでしょうが、ぐっとこらえて先生と呼んでみます。
すると、相手への印象が変わり始めます。
先生と呼び始めると、あなたの思考回路は、相手のいいところを見つけようとする働きに変わります。
意識的に長所を見つけようとする姿勢に変わると、1つくらいは学ぶところが見つかるはずです。
尊敬できる点・素晴らしい点・学ぶべき点が見つかると、相手への苦手意識が消えます。
なにより、先生と呼べば、相手の機嫌もよくなるでしょう。
人間関係が改善されるきっかけにつながります。
嫌いな人を嫌いなままでは、改善はありません。
先生と呼ぶことで、人間関係改善のきっかけを見いだすのです。
私たちは、ついたくさん語ってしまおうとします。
たとえば、雑談で話をするときです。
たくさん話を語るほど、より多くのことを相手に伝えられると思っています。
しかし、実際は、たくさん語るほど相手は多くの情報に触れることになり、頭の整理が難しくなります。
「結局何が言いたいのか」と思い、頭が混乱してきます。
会話にしろ、文章にしろ、本当に大切なことを伝えるために「たくさん語る努力」をするのではありません。
いらない言葉をそぎ落とすことが必要です。
ここに知性が要求されます。
「必要」「必要ではない」と区別することを意識しましょう。
この2つは似ています。
必要は、欠かせないものです。
軸であり、芯であり、本質です。
しかし、必要ではないものは、あってもなくても問題ない部分です。
必要ではない部分を削るにつれて、言葉は短くなります。
文章が短くなることで、残った「必要」の部分が、より強調されます。
ことわざが印象に残るのは、言葉が短いからです。
いらない部分がそぎ落とされています。
だからすっと心に入ってきます。
語るために知性を磨くのではありません。
削るために知性を磨くのです。
あなたは、タクシーに乗ったとき、何をしているタイプですか。
目的地に到着するまで眠るタイプ。
タクシーの中でも仕事をするタイプ。
ぼうっと外の景色を眺めているタイプ。
もちろん時と場合によって、何をするのかも変わることでしょう。
タクシーに乗ったら、ぜひしていただきたいことがあります。
運転手との雑談です。
タクシーの運転手との雑談は、必ずいい勉強になります。
情報通だからです。
毎日タクシーで町中を走っているため、町中を知り尽くしています。
職業とはいえ、毎日朝から晩まで町の隅々まで走っている人は、やはり違います。
話の幅が広く、具体的で面白いです。
私は三軒茶屋でタクシーに乗ったとき、運転手との雑談で思わぬ話を聞かせてもらいました。
国道246号線を走っていると、タクシーのおじさんが意外なことを教えてくれました。
「昔は、この辺に路面電車が通っていたんだよ。地下鉄ができたから今はもうなくなったけどね。東京都内でも有名だったんだ」
いくらその土地に住んでいるとはいえ、はるか昔の話は、見た目だけではわかりません。
昔からの町の移り変わりを目にしているタクシーの運転手だからこそ、知っていることです。
その瞬間、タクシーが観光バスに変わります。
町の案内をしながら、目的地まで運んでくれます。
ぜひ、タクシーの運転手に質問をぶつけてみましょう。
「この辺りでおいしくて安いレストランはありますか」
「珍しい観光スポットはどこですか」
「昔と今のお客さんを比べて、人は変わりましたか」
必ずいい情報が聞けるはずです。
「ね」と言って、どんなガイドブックより、具体的で生々しいリアルタイムの情報を話してくれるに違いありません。
タクシーの運転手は、町中のことに詳しい情報通なのです。
「勉強する時間がない」という愚痴をこぼす社会人がいます。
勉強できないのは、仕事に追われて忙しいせいだと言います。
社会人なら、時間がないのは誰でも同じです。
朝から晩まで仕事をしていれば、勉強する時間はなくなります。
ましてや、日中に仕事をしていれば、家に帰っても疲れがあるため、勉強する気にもなりません。
驚くことではありません。
社会人で一生懸命に仕事をしていれば、勉強する時間はなくて当然です。
皆無と言ってもいいくらいです。
しかし、悪条件だからこそいい。
努力する人とそうでない人の差が、著しく出ます。
好条件では、ほかの人と差がつきにくいですが、悪条件では差がつきやすくなります。
悪条件だからこそ、運があなたに傾いています。
そこであなたがきちんと努力をすれば、必ず報われます。
努力をした分だけ差がつきやすいですから、むしろ好条件と言ってもいい。
悪条件を味方にして、希望の光を見つけて努力します。
本当の知性とは、忙しい毎日の中から勉強するわずかな時間を見つけ出すことです。
あるいは、つくり出すことです。
愚痴をこぼすのは簡単です。
しかし、それを言ったら終わりです。
その他大勢と同じになります。
悪条件の中で希望の光を見つけられるのが、知性です。
どこかに時間があるはずです。
仕事のやり方を変えたり、早起きしたり、電車の移動時間を有効に活用したりすればいいのです。
勉強だけ楽しむのは、学生までです。
学生は勉強をして希望する学校に入学することで、未来を切り開きます。
勉強だけしていても、未来につながることでした。
しかし、社会人になるとそうはいきません。
勉強しているだけでは「へえ、なるほど」「面白かった」で終わりです。
たしかに知識は増えるでしょうし、雑談の力もつきます。
しかし、勉強ばかりしているのでは、時間とお金がかかるばかりです。
実質的な産物がありません。
あなたは、勉強だけで終わらせていませんか。
では、社会人にとって「未来を切り開く」とはどういうことでしょうか。
学んだ知識を使ってお金を稼ぐことです。
学生時代に学んだ知識と社会人で仕事をしながら得た知識、技術を使って、お金に換えます。
そういう工夫が必要です。
知識をお金に変換することで、未来を切り開きます。
生きているかぎり、お金との関係は必須です。
家も車も食事も、すべてお金が必要です。
子育てや老後にもお金が必要です。
経済力がつくと、さまざまな未来が切り開けます。
社会人なら、勉強したことをお金に換える工夫が必要です。
「勉強してお金を稼ぎ、稼いだお金でまた勉強をする」
このサイクルを繰り返して、所得を増やしていくのが理想です。
これが、大人の勉強の生かし方なのです。
街を歩いていると、ブランドを身につけている人たちを見かけます。
しかし、ブランドを身につけて「かっこいいな」と思う人もいれば「頭が悪そうだな」と感じてしまう人もいます。
両者は、ブランドを身につけているところまでは同じです。
にもかかわらず、なぜ印象に差が出てしまうのでしょうか。
「知性を感じられるかどうか」です。
センスのいいファッションには、高い知性が要求されます。
まずその人に「主張」と「目的」があることが前提です。
相手に伝えたい主張があり、引き立たせたい個性があり、そのために上下の組み合わせを考えています。
組み合わせといっても、一筋縄ではいきません。
色の特徴を熟知して、バランスの大切さを精通していなければなりません。
落ち着いた印象を持たせたければ、寒色系の色を中心に上下のファッションを考えます。
優しい印象を持たせたければ、暖色系の色を中心に上下のファッションを考えます。
色の特徴・色の強弱・上下のバランス・組み合わせまで含めると、多種多様です。
センスのいいファッションのためには、こうしたことを総合して考える必要があり、高い知性が要求されます。
組み合わせに成功したファッションを見ると、磨かれた知性を感じます。
見ているだけで、鳥肌が立つほどです。
相手に伝えたい主張があり、引き立たせたい個性が感じられれば、輝くセンスが痛いほど伝わってきます。
服を見ているだけで、その人の考え方や大切にしている価値観が垣間見えます。
一方、見栄で身につけている人の服装は、なぜかすぐわかります。
「何をしたいの?」というファッションをしています。
高級ブランドを身につけているところまでは、同じです。
しかし、身につけるブランドに統一性がなかったり、色の組み合わせが悪かったりします。
その人の主張や個性が感じられないファッションは「かっこいい」どころか、むしろ「頭が悪そう」と感じます。
「ただ高級な服を身につけていれば、すごい人間に見られるだろう」
浅はかな考えが、一目ですぐ伝わってきて、がっかりします。
ただブランドを身につけるとしても「かっこいい」と「頭が悪そう」は、紙一重です。
知性が感じられるファッションかどうか。
それが違いなのです。
「どんな人と結婚したいですか」と聞いて「誰でもいいです」という人は、人生に対して自暴自棄になっている人です。
「どんな仕事がしたいですか」と尋ねて「稼げれば何でもいい」と答える人は、好きな仕事がないとわかります。
「どんな食事が好きですか」と質問して「何もない」と答えるのは、おいしいと感じる食事が1つもないということです。
どんな食事を食べても、感動が薄いです。
それでは、人生のどこに楽しみを感じるのでしょうか。
何でも前向きに吸収して、人生を楽しむ材料にすることです。
私は「これが好きなんです」という主張がある人が好きです。
ずうずうしいからとはいえ、主張を控える必要はありません。
自分のこだわりは、どんどん言うことです。
「感動して泣ける映画が好きです」
「優しい人が好きです」
「海鮮料理が好きです」
こだわりがあると同時に、その人の魅力として輝いて感じるからです。
そういうことを口にする人は、みんな、生き生きしています。
好きなことがあり、こだわりがあるというのは、人間として大切です。
人生の中で楽しみがあり、楽しい嬉しいと感じるのは素晴らしいことです。
芯であり、軸であり、哲学そのものです。
それを見つけ、深めるために勉強をするのです。
楽しいことは、本や映画、漫画の中だけに存在するわけではありません。
いつでもどこでも存在します。
にもかかわらず「楽しいことがない」と愚痴をこぼす人がいます。
楽しいことはいくらでもあります。
いつでもどこでもあります。
その人に足りないのは「楽しさに気づく力」です。
平凡な日常には、たくさんの楽しさがありますが、気づきません。
気づいていないので、あっても、ないように思えます。
その楽しさに気づく力を身につけることです。
たとえば、今あなたの目の前には何がありますか。
平凡な自分の手があることでしょう。
別に驚くこともない、自分の手です。
しかし、本当にそうでしょうか。
見飽きているからなんともないと思うのは、とんだ思い違いです。
さあ、自分の手を間近でじっくり見てみましょう。
手には無限の楽しさがあります。
なぜ、爪は伸びるのだろうか。
爪はどうやってつくられているのだろうか。
なぜ、手は5本指なのか。
見る角度を変えれば、手に対して無限の疑問を見いだすことができることでしょう。
手のひらの手相を見て、しわの寄り方を観察します。
今まで気づかなかった不思議なしわを、発見することでしょう。
「自分の手と指にはお世話になったな。おかげで多くの人生を歩んできたなあ」
物思いにふけってもいいでしょう。
見慣れた自分の手から、無限の感動・喜び・嬉しさ・楽しさを見つけることができます。
手に限らず、何でもそうです。
楽しいことに気づく力があれば、本や漫画がなくても、いつでも楽しめます。
勉強になります。
「楽しさに気づく力」が、本当の知性です。
自分で楽しさを発掘できると、あらゆることが感動的になり、学問になります。
その人は一生幸せが持続します。
楽しさに気づく力を身につけましょう。
いつでも楽しい気分になれるので、わくわくする毎日に包まれるのです。
私はひまになったときには「人間観察」をする癖があります。
これも「楽しさに気づく力」を鍛える方法の1つです。
生活の中では「何もしない時間」が突然できることがあります。
たとえば「レストランで注文した食事を出てくるのを待っているとき」や「電車の中で目的地に着くまで待っているとき」などです。
こういう時間に、ただぼうっとしているのはもったいないので、近くにいる人を見て観察します。
もちろん近くでじろじろ見るのは怪しいと思われるので、気づかれない程度の距離と角度から相手を観察します。
私たちは「自分」はよく見ます。
自分のことですから、当然です。
自分の服・髪型・言葉遣いなど、自分のことは隅々まで細かく気にしていますし、見ています。
しかし、自分をしっかり見ることはあっても、他人をしっかり見ることは少ないのではないでしょうか。
「そういえば、自分のことをよく見ているけど、他人のことをこれまであまり見なかったなあ」
自分ばかり見て、他人を軽く考えていました。
これまで見ていなかった他人を真剣に隅々を観察すると、実にいろいろ学びを得ることができます。
「なぜ、その人は、そうなのだろうか」
人の個性を考え始めると、面白いです。
なぜ、あの服装なのかと考えたりします。
ファッションセンスを学ぶのはもちろんのこと、そういう服装をする意味や理由を考えます。
すると、その人の性格・主張・生い立ちなどが、うっすら見えてきます。
姿勢やマナーも重要です。
姿勢やマナーは、親からの教育を強く受けるところです。
その人の姿勢やマナーを見ていると、見たことも会ったこともない相手の親の姿が目に浮かんできます。
そのほか髪型・言葉遣い・態度などを考えていても、同様に相手の人となり・生い立ち・環境・未来までも見えてきます。
もちろんすべて想像の範囲です。
しかし、推理小説を読んでいるような、心の高揚を感じることができます。
真剣に人間を観察していると、これくらいのことは見て感じ取れます。
さて、いちばん大切なことがあります。
人間を観察することで最も大切なことは「参考になる部分を見つけること」です。
「素晴らしいな」と思える、ファッションセンス・姿勢・マナー・言葉遣いを学び取ることです。
自分では自分をなかなか変えられません。
人は、人と出会うことで影響を受け、進化します。
他人を観察することで、多くの影響を積極的に受けてください。
「素晴らしい」と思えることに出合ったら、積極的に真似をして自分のものにして、進化させます。
これが人間観察をするいちばん大切な意味なのです。
勉強するときには、知識や知恵を求めて勉強します。
ニンジンを追いかけるウサギのように、報酬があるから、それに向かって必死になるのはわかります。
しかし、結果を出して報酬をつかんだときにようやく喜びを感じる方法は、賢い勉強法ではありません。
結果を出さなければ、報酬も得られず、永遠に喜びも感じられないからです。
知性のある勉強は「結果」だけではなく「プロセス」です。
もちろん結果も大切です。
しかし、それ以上に、プロセスのほうがはるかに重要です。
学んだ後に喜びを感じるのではなく、学んでいる最中こそ喜びを感じることです。
「へえ、なるほど」
「そうだったのか」
「これは面白いなあ」
走っている瞬間そのものを楽しみにすることです。
そういう勉強の姿勢になっているでしょうか。
あなたの学ぶ姿勢を、自分でチェックしましょう。
勉強をしているときに、すでに喜びを感じていますか。
結果を楽しむのではなく、勉強そのものを楽しんでください。
その姿勢は、完璧です。
それが続く勉強です。
続く勉強になれば、結果が出るのは時間の問題です。
継続する勉強になれば蓄積が生まれ、必ず結果を出すまでに至ることができるからです。
勉強の結果に喜びを感じるのは、後回しで大丈夫です。
まず勉強している最中を、喜びに変えることです。
それさえできれば、すでにあなたは幸せなのです。