人生は、意外といい加減に生きていてもなんとかなるものです。
「いい加減は良くないこと」と思われがちです。
間違いや失敗があってはいけないと思います。
「みんなと仲良くしましょう」という声が聞かれます。
学校のクラスでも、会社の職場でも、そこには大勢の人がいるでしょう。
何十人もの人がいて、同性もいれば異性もいます。
テンションを上げるにはどうすればいいでしょうか。
日光を浴びましょう。
日光は、テンションを上げる光です。
本を読んでいると、笑える内容を目にすることがあります。
面白いことが書いてあると、つい表情が緩んで、笑いがこみ上げてくるでしょう。
そんなとき、笑いを抑えていませんか。
自分に自信がないからといって、下の人を見ないことです。
世の中は広いもので、下には下がいるものです。
自分より成績が悪い人、自分より仕事ができない人です。
「ハズレの本を買ってしまった」と思うことはありませんか。
面白いそうなので買ってみたものの、読み始めると、意外とつまらなくて退屈に感じることがあるでしょう。
期待外れでがっかりすることがあるものです。
「地味」という言葉は、ネガティブなイメージが持たれがちです。
「地味な人」「地味な仕事」「地味な曲」「地味な服」「地味なデザイン」など。
やぼったくてかっこ悪い印象を受けるのではないでしょうか。
後ろの存在が気になるなら、道を譲りましょう。
歩いていると、後ろから人が追いついてくることがあります。
後ろから少しずつ足音が近づいてきます。
他人を裏切ってはいけません。
裏切りは、信頼に背く行為です。
相手を深く傷つけ、信頼をなくします。
「三顧の礼」という故事があります。
中国の三国時代、蜀の劉備が、無位無冠の諸葛亮を軍師に迎えるため、その草庵を三度も訪ね、ようやく承諾を得たという話です。
諸葛亮は当初、乗り気ではありませんでした。
「使い切ることがないもの」と聞いたとき、何を思い浮かべるでしょうか。
鉛筆でしょうか。
たしかに鉛筆は、意外と使い切ることは少ないものです。
困難に直面したときどうするか。
人生において諦めないことは大切です。
なんとかうまく乗り越える方法はないか、知恵を絞って考える必要はあるでしょう。
友人との待ち合わせにうっかり遅刻することがあります。
恋人との約束をうっかり破ってしまうことがあります。
もちろん悪気はありません。
あるところに外見の良い人がいました。
容姿端麗で、おしゃれな服が決まっていて、清潔感も漂っています。
肌も髪もきれいで、笑顔もすてきです。
「笑うと変な顔になるんです」と悩んでいる人がいました。
本人は深刻に悩んでいる様子です。
「笑うと、目がなくなります」
「たくさんおしゃべりをしたのに、何を話したのか全然覚えていない」
そんな不思議な経験はありませんか。
決してぼうっとしていたわけではありません。
タクシーに乗ろうと思いました。
タクシーを拾おうと思った瞬間、ちょうど目の前を、2台のタクシーが通り過ぎていきました。
手を上げて止めようかと思いましたが、タイミングが悪かったので「まあいいか」と見送ることにしました。
失敗をした後「失敗すると思っていた」と言う人がいます。
失敗を予見していたかのようなセリフです。
自分を慰める一言でもあります。
嫌なことがあったとき、意識的に忘れようとする人がいます。
誰でも嫌なことは早く忘れたいと思うもの。
嫌なことは不快感があって、気分も下がります。
うまくいっている人に対して「あの人は運が良かったから」と言う人がいます。
活躍するアイドルを見て「あの人の人気が出たのは、良い事務所に恵まれて運が良かったから」と言います。
ブレイクした芸人を見て「あの人が売れたのは、実家がお金持ちで運が良かったから」と言います。
「1歩も踏み出せない」と言う人がいます。
怖いこと、恐ろしいこと、恥ずかしいこと。
勇気が必要なことは、なかなか1歩が踏み出せないものです。
あるときふと思い立ち、新しい習慣を始めることがあります。
週1冊の読書、週2回のランニング、定期的なヨガ教室。
興味があって始めることもあれば、新しい自分になりたくて始めることもあるでしょう。
テレビ番組で「芸能人のカバンチェック」というコーナーを見かけることがあります。
芸能人が普段持っているカバンの中身を拝見するという内容です。
芸能人のプライベートが見える瞬間です。
あなたの大切な友人の誕生日を即答できますか。
すでに覚えているならいいのです。
誕生日には「おめでとう!」のお祝いの一言を伝えているでしょう。
あるとき、自分の悪い噂が立ち、悩まされることがあるかもしれません。
自分の知らないところで、こそこそ悪い噂が流れます。
陰でささやかれる悪い噂ほど陰湿なものはありません。
夢を叶える力を高めるためには、頑張っている人にかける言葉が重要です。
夢や目標に向かって頑張っている人に対して、否定的な言葉をかけないことです。
「ミスしろ」
故郷の素晴らしさを理解するためにはどうすればいいのでしょうか。
「故郷を離れてみる経験」が役立ちます。
ずっと故郷にいたほうがわかりやすいように思うかもしれませんが、逆です。
世の中にはざまざまな道があります。
コンクリートの道、アスファルトの道、石畳の道。
舗装された道だけではありません。
床にモップをかけたとき、見た目はきれいな床なのに、ごっそりごみが取れて驚かされることはありませんか。
カーペットに掃除機をかけると、思ったよりたくさんごみが取れることもありますね。
窓掃除をすると、見た目はきれいなガラス面なのに、意外と汚れが取れて驚かされることがあるのではないでしょうか。
ご機嫌になるためには、理由が必要と思われがちです。
「褒められたからご機嫌になる」
「天気がいいからご機嫌になる」
人生は、意外といい加減に生きていてもなんとかなるものです。
「いい加減は良くないこと」と思われがちです。
間違いや失敗があってはいけないと思います。
いい加減に生きると大変なことになり、人生が終わると思います。
ところが実際はそうでもありません。
間違いや失敗があっても、なんとかなります。
度が過ぎることさえなければ、意外と大したことになりません。
困ったり慌てたりはしますが、なんだかんだで何となります。
笑って済ませられることも少なくありません。
いい加減のせいで、恥をかいたり損をしたり結果が出なかったりすることもあるでしょう。
時には大きなトラブルになることもあるかもしれません。
それでも最終的にはなんとかなります。
あなたもこれまでいい加減にやったことがあるはずです。
適当に家事をしても、なんとかなったでしょう。
仕事でミスや失敗があっても、叱れたり恥をかいたりしたかもしれませんが、なんとかなったでしょう。
生き方もライフスタイルも、いい加減なところがあっても、なんだかんだでうまくいき、今は問題なく生きているはずです。
そのときは焦ったり困ったりしたかもしれませんが、臨機応変の対処でそれなりにうまく切り抜けられたのではないでしょうか。
いい加減な生き方をしても、死ぬことはありません。
いい加減な生き方をすると人生が終わると思いますが、幻想なのです。
いい加減に生きるのは悪いことではありません。
むしろ悩みもストレスも減って長生きできます。
ダメだったら、そのときはそのときです。
命を失うこと以外はなんとかなります。
そもそも人間は不完全な生き物ですから、ノーミスで完璧に生きようとするほうが無理があります。
間違えるのも人間らしいし、失敗するのも人間らしい。
完璧を目指して生きるより、ざっくりいい加減に生きるほうが、むしろ自然体で人間らしいのです。
何でも100点を目指すのではありません。
肩の力を抜いて、60点くらいを目指していきましょう。
60点あれば十分です。
半分以上できているのですから、とりあえず良しとしましょう。
たまに間違いや失敗があっても問題ありません。
いい加減に生きる自分を許してください。
むしろいい加減に生きることを心がけていきましょう。
ミスや失敗をすることがあれば、自分に優しい言葉をかけてください。
「いい加減にできて良かった」と。
前向きに受け止め、許せばいいのです。
いい加減にやってもなんとかなるのですから、気にしたところで損です。
不器用なこともあって良し。
自分を責めたり落ち込んだりする必要はありません。
できていないことあっても、深く気にせず、ざっくりいい加減にやっていきましょう。
完璧に生きるより、いい加減に生きたほうが、人生は明るいのです。
「みんなと仲良くしましょう」という声が聞かれます。
学校のクラスでも、会社の職場でも、そこには大勢の人がいるでしょう。
何十人もの人がいて、同性もいれば異性もいます。
みんなと打ち解け合い、心が通い合っていて、みんなと和気あいあいできれば、これほど素晴らしいことはありません。
みんなと信頼関係が結ばれていれば、まさに最高の人間関係といえるでしょう。
しかしそれは難しいことです。
2人3人くらいなら可能でも、50人100人となると大変です。
みんなと連絡先を交換して、みんなと仲良く付き合うのは難しい。
世の中にはいろいろな人がいます。
10人いれば10通りの人がいて、100人いれば100通りの人がいます。
自分と合う人もいれば、そうでない人もいます。
なかには自分とまったくそりが合わない人もいるはずです。
みんなと仲良くするのは、言うのは簡単でも、意外と困難な目標なのです。
みんなと仲良くする必要はありません。
トラブルを起こさないだけでいいのです。
みんなと仲良くするのは難しくても、トラブルを起こさないだけならできるのではないでしょうか。
相手を否定することは言いません。
価値観が違っていても、とりあえず話を聞きます。
自分と合わない意見を言われたら「そういう考え方もありますね」の一言が有効です。
むっとするのではなく、参考意見と考えれば、すっと受け入れられます。
嫌なことを言われても、気にしなければOKです。
無理にプライベートをさらけ出す必要もありません。
当たり障りのない表面的な話でいいのです。
仲良くする必要はなく、トラブルを起こさないだけでいいのです。
苦手な相手でも、挨拶だけはしておきましょう。
挨拶さえできていればOKです。
声をかけていることになるからです。
コミュニケーションも、最低限の受け答えができていれば十分です。
仲良くすることではなく、トラブルを起こさないことを目標としましょう。
これができていれば「良好な関係」といえるのです。
テンションを上げるにはどうすればいいでしょうか。
日光を浴びましょう。
日光は、テンションを上げる光です。
朝なら、起床後すぐカーテンを開けて、朝日を浴びましょう。
みるみるうちにテンションも上がっていき、眠気が取れるのも早くなります。
昼間であれば、日光を浴びましょう。
窓際に立ったり外に出たりして、たっぷり日光浴を楽しみます。
体がぽかぽか温かくなって、テンションもぐいぐい上がります。
しみやしわを気にする人もいるかもしれませんが、それはひとまず横に置きましょう。
紫外線の影響は、長時間でなければ問題ありません。
しみやしわを気にするより、心を元気にするほうがよほど大切です。
日光には、太陽のパワーがたっぷり含まれています。
日光を浴びることで気力が充電され、心のエンジンがかかり、テンションが上がっていくのです。
日光に当たるだけですから簡単です。
テンションが低いときだけではありません。
元気ややる気がないときはもちろん、落ち込んでいるときも、ぜひ太陽の力を借りましょう。
必ず気持ちが上向きます。
日光は無料で手に入るものですが、素晴らしい力を秘めた光です。
これほど強力なパワーのある光はほかにありません。
積極的に日光を浴びて、上手にテンションを上げていきましょう。
本を読んでいると、笑える内容を目にすることがあります。
面白いことが書いてあると、つい表情が緩んで、笑いがこみ上げてくるでしょう。
そんなとき、笑いを抑えていませんか。
もちろん周りに人がいるなら別ですが、1人だけの環境なら、笑いを抑える必要はありません。
たっぷり笑ってしまいましょう。
図書館のような静かな場所なら要注意ですが、周りに人がいないなら、声を出して笑っていいのです。
「くすくす」という抑えた笑い方ではなく「わはは」という豪快な笑い方でOK。
せっかく面白いところなのに、笑いを我慢するのはもったいない。
これはこれで笑うチャンスです。
笑えるところは、しっかり笑うのが自然であり、なにより健康的です。
笑うのは、人と話しているときだけでなく、本を読んでいるときにもあります。
面白くて笑いがこみ上げてきたなら、素直に笑いましょう。
本を読みながら笑うのはおかしく思うかもしれませんが、そんなことはありません。
面白いものは面白いのです。
笑えるところは、しっかり笑いましょう。
しっかり笑うと、面白ところがもっと面白くなります。
笑うことには「ストレス解消」「免疫力の向上」というメリットもあります。
笑えば笑うほどストレスが取れていき、そのうえ免疫力もアップするのですから、これほどおいしい話はありません。
たっぷり笑った後は、身も心も軽くなっているでしょう。
医学的にも笑うことは健康に良いことが証明されています。
笑うことは「記憶力アップ」というメリットもあります。
記憶力は、感情を動かされるほど高まります。
たっぷり笑うことで感情が刺激され、しっかり記憶に刻まれるのです。
あなたの今までの読書を振り返ってみても、笑った内容は不思議とよく覚えているはずです。
本の著者も、読者が笑ってくれることを望んでいます。
面白いところは、しっかり笑うチャンスです。
本を読みながら大笑いすることも、素晴らしい読書なのです。
自分に自信がないからといって、下の人を見ないことです。
世の中は広いもので、下には下がいるものです。
自分より成績が悪い人、自分より仕事ができない人です。
どれだけ自分に自信がなくても、世の中を探せば、もっと下の人がいます。
自分より下の人を見て、ほっと安心することがあるかもしれません。
「良かった。まだ私はましだね。大丈夫だね」と胸をなで下ろす。
下の人を見ると、相対的に自分が上に感じられ、安心感や優越感を覚えるでしょう。
癒やしを感じたり、ストレス解消につながったりするかもしれません。
だからといって、下の人を見ないことです。
下の人を見て安心したところで、向上心は生まれません。
安心し続けるためには、下の人を見続けなければいけなくなります。
人を見下す習慣がついてしまい、どんどん心が腐っていくのです。
向上心が生まれるのは、上の人を見たときです。
世の中には自分より努力している人がいます。
どの世界でも、上には上がいます。
自分より成績が良い人、自分より仕事ができる人です。
自分より上の人は、自然とそうなったわけではありません。
人一倍努力をした結果です。
成績がいいのは、人一倍勉強したからです。
仕事ができるのは、人一倍経験を積んできたからです。
上の人は手本になります。
上の人を見ていると「すごいな!」「そこまでするか!」と驚かされることがあります。
良い刺激をもらえるので「自分も頑張ろう!」と思えるのです。
たとえ雲の上の存在でもいいのです。
一生追いつけないような人でも、そのひたむきに打ち込む姿、諦めない姿勢、前向きな考え方からパワーをもらえます。
世の中には、下には下がいるように、上にも上がいます。
上の人を見ていると、慢心することもありません。
自分より上の人がいることを知れば、おのずと謙虚になれます。
「私はまだまだ」と思えるのです。
プロや一流と呼ばれる人には「まだまだ」という口癖があります。
そして常に謙虚です。
すでに十分実力を身につけているので「私はすごい」「もう十分」と思いそうなところですが、必ず謙虚です。
謙虚な姿勢になっているのは、上を見ているからです。
プロや一流でも、上には上がいます。
上を見ているかぎり、ずっと頑張れるし、いつまでも謙虚でいられます。
上の人を見ていると、自然と目線も上を向くので、表情も良くなります。
下の人を見て安心するのではなく、上の人を見て奮起しましょう。
上の人を見るとき、向上心が生まれるのです。
「ハズレの本を買ってしまった」と思うことはありませんか。
面白いそうなので買ってみたものの、読み始めると、意外とつまらなくて退屈に感じることがあるでしょう。
期待外れでがっかりすることがあるものです。
「どうして買ってしまったのだろう。買う前にもっと内容をチェックすべきだった。ハズレを引いた自分を叱りたい」
ハズレの本を買ってしまったことに肩を落とすこともあるかもしれません。
お金を無駄にしたように感じるかもしれませんが、待ってください。
ハズレの本を買うことがあっても、無駄にはなりません。
それはそれで学びがあります。
どういう本がハズレなのかわかりました。
「今後こういうタイプの本は気をつけよう」と注意できます。
失敗経験の1つとして蓄積され、本を見る目が養われます。
自分に合わない著者がわかることで、今後本を選ぶときの参考にもなるでしょう。
買ったからといって、全ページ読まなければいけないわけではありません。
本は、途中から読み始められます。
途中で読むのをやめることもOKです。
読破できなくても、ペナルティーは1つもありません。
途中で読むのをやめれば、それだけ時間を節約できます。
つまらないとはいえ、全部ページがつまらないわけではないでしょう。
面白そうなところだけを読めばいいのです。
本は、売ることもできます。
古本屋に売れば、ある程度のお金になって戻ってきます。
フリマアプリを使えば、高値で売れることも少なくありません。
お金を気にしなければ、図書館に本を寄付するのも1つの手です。
他の誰かが読んでくれるなら幸いなことです。
自分が読まなくても、売ったり寄付をしたりすれば、誰かの役に立ちます。
ハズレの本を買うことがあっても、それはそれで良しとしましょう。
悪いことでも無駄なことでもありません。
良い経験の1つなのです。
「地味」という言葉は、ネガティブなイメージが持たれがちです。
「地味な人」「地味な仕事」「地味な曲」「地味な服」「地味なデザイン」など。
やぼったくてかっこ悪い印象を受けるのではないでしょうか。
悪口を言っているように聞こえることもあるかもしれません。
「地味」という言葉に罪はありませんが、なかなか使い方が難しいものです。
こんなときは「地味」という言葉を、別の言葉に言い換えてみましょう。
「地味」を「落ち着き」という言葉に言い換えてみてください。
言わんとしていることは同じでも、表現を変えるだけで、がらっと印象が良くなります。
「地味な人」は「落ち着いた人」と言い換えましょう。
「地味な仕事」は「落ち着いた仕事」と言い換えましょう。
「地味な曲」は「落ち着いた曲」と言い換えましょう。
「地味な服」「地味なデザイン」は「落ち着いた服」「落ち着いたデザイン」と言い換えましょう。
「地味なレストラン」「地味な料理」は「落ち着いたレストラン」「落ち着いた料理」と言い換えましょう。
一言言い換えるだけで、印象がポジティブに変わり、ぱっと明るくなります。
日頃から使う言葉は、できるだけポジティブに言い換えたいですね。
すべての「地味」は「落ち着き」に言い換えられます。
言葉遣いを変えると、見える世界も変わるのです。
後ろの存在が気になるなら、道を譲りましょう。
歩いていると、後ろから人が追いついてくることがあります。
後ろから少しずつ足音が近づいてきます。
歩行スピードは人によって異なります。
自分の歩行スピードより、後ろの人の歩行スピードのほうが速いと、そのうち追いつかれます。
後ろを振り向かなくても、足音や気配で真後ろに人がいることがわかる。
そのまま歩いていれば追い抜いてくるはずですが、いつ追い抜いてくるかわからず、そわそわ落ち着かないときがあるでしょう。
後ろにぴたっと張り付かれるのは、気持ちのいいものではありません。
「速く歩け」とせかされているような感覚を覚えます。
後ろを歩く人が気になってしまい、ストレスを感じることがあるのではないでしょうか。
こういうときは、素直に道を譲りましょう。
少し横にそれて歩くペースを落とせば、後ろの人がさっと追い抜いてくれます。
それだけのことです。
負けたと思う必要はありません。
わざわざこちらが手間をかけるのはおかしいと思うかもしれませんが、ここは心を大きくしたい。
細かいことは気にしません。
道を譲るだけのことであり、大きな手間ではないはずです。
さっさと道を譲ったほうが、後ろの圧迫感が解消されて快適になります。
余計なストレスに悩まないで済むのです。
歩行に限ったことではありません。
運転しているときも、後ろから車がじわじわ近づいてきて、追いつかれることがあります。
ぴたっと張り付かれると、ストレスを感じて落ち着かないときがあるでしょう。
あたかも「早く進め」とせかされているような感覚を覚えます。
このときも同じように、道を譲りましょう。
感情的にならないことが大切です。
道路脇に寄れば、後ろの車がさっと追い抜いてくれます。
素直に道を譲ったほうが、後ろの圧迫感がなくなって快適です。
ストレス解消のためであり、何より安全運転のためです。
追い抜いてくれるのを待つのではなく、こちらから先にアクションを起こしたほうが得策なのです。
他人を裏切ってはいけません。
裏切りは、信頼に背く行為です。
相手を深く傷つけ、信頼をなくします。
どれだけ信頼関係が厚く築かれていても、一度でも裏切ると、終わりです。
その人と人間関係は絶望的になります。
長い時間をかけて築き上げた信頼関係も、裏切り行為があれば、一瞬で崩れます。
まったく信用されなくなり、再び信頼を取り戻すのは至極困難です。
私たちは、他人を裏切る行為がないように生きることが大切です。
他人に嘘はつきません。
他人を偽ることはしません。
他人との約束は守ります。
他人を裏切っていけないことは当たり前のことであり、今さら言うまでもありません。
しかし、裏切ってはいけないのは他人ばかりではありません。
自分に対しても裏切らないようにしましょう。
他人に対しては裏切らないよう注意するのに、自分に対しては平気で裏切る人がいます。
自分に嘘をついたり、自分を偽ったり、自分との約束を破ったりです。
本人は「自分のことだから大丈夫」と思っています。
たしかに自分を裏切っても、ダメージを受けるのは自分だけです。
自分さえ我慢すれば済むことなので、軽い気持ちで自分を裏切る人がいます。
しかし、ここが落とし穴です。
他人との人間関係が大切であるように、自分との人間関係も大切です。
自分を裏切ったら、自分を裏切るのが癖になります。
自分を信頼できなくなり、自尊心や自己肯定感にマイナスの影響を及ぼすのです。
他人を裏切らないように、自分も裏切らないようにしましょう。
自分も大事な存在です。
自分に嘘をつかず、自分に正直になりましょう。
自分を偽ることはせず、等身大の自分を見せ、ありのままの自分を表現しましょう。
自分との約束や自分が決めたマイルールはきちんと守りましょう。
やると決めたことは、思うだけで終わらせず、きちんと実行に移します。
口だけで終わらせるのではなく、言行一致を心がけたい。
自分を裏切らないのです。
自分とした約束や、自分が決めたルールを守っていくことで、自分との信頼関係が築かれていきます。
これが「自分を大切にする」ということです。
自分は世界で唯一の存在です。
自分との信頼関係の構築に努めていきましょう。
自分を大切にすることで、自尊心や自己肯定感も大きく育っていくのです。
「三顧の礼」という故事があります。
中国の三国時代、蜀の劉備が、無位無冠の諸葛亮を軍師に迎えるため、その草庵を三度も訪ね、ようやく承諾を得たという話です。
諸葛亮は当初、乗り気ではありませんでした。
しかし、位の高い劉備が、身分の低い自分のところに三度も足を運んでくれたということで、諸葛亮は心を動かされたのです。
私たちは、三顧の礼から学ぶところがあります。
優秀な人材を確保するなら、じっと待っているだけではいけません。
自分のほうが高い立場でも、優秀な人材を確保するためなら、こちらから相手のところに出向くことです。
遠く離れていても、足を運びたい。
時間がかかろうとお金がかかろうと、足を運ぶことです。
そして失敗に終わっても、簡単には諦めません。
優秀な人を採用するには「礼儀」と「粘り」が大切です。
留守なら、日を改めて訪問します。
断られても、望みは捨てません。
いったんその場は引き下がり、日を改めて再び足を運びます。
真心を見せ、頭を下げ、礼儀を尽くして、繰り返しお願いをします。
「雇ってやる」という傲慢な態度ではなく「何卒お願いします」という丁寧な態度を見せることが重要です。
そうすれば、相手の心は動きます。
「ノー」が「イエス」に変わります。
優秀な人材を確保するためなら、三顧の礼を実践しましょう。
「使い切ることがないもの」と聞いたとき、何を思い浮かべるでしょうか。
鉛筆でしょうか。
たしかに鉛筆は、意外と使い切ることは少ないものです。
鉛筆が短すぎると持てません。
たいていは使い切る前に、新しいものに取り換えることが多いでしょう。
短くなった鉛筆は、使い切る前に処分することが多いものです。
料理で使うスパイスでしょうか。
スーパーの食品売り場で「いいな」と思って買ったスパイスがあるでしょう。
スパイスには独特の刺激があり、料理に深みを与えてくれますが、なんだかんだで意外と最後まで使い切ることはありません。
気がつくと、消費期限を過ぎていて、処分することになるのです。
日焼け止めでしょうか。
日差しが強い夏場、紫外線対策には欠かせないアイテムですね。
買ったときは使いますが、意外と最後まで使い切ることはありません。
外に出る機会が少ないと、なかなか量が減りません。
一般的に日焼け止めの使用期限は、開封後1年です。
来年の夏には使用期限を過ぎていて、古い日焼け止めを使い切ることがないまま、新しい日焼け止めを買うことになるのです。
使い切ることがないものはいろいろ浮かびますが、ここからが本題です。
実はもっと身近なところに使い切れないものがあります。
それは、使い切ろうにも使い切れません。
一生かかっても使い切れないものです。
「脳」なのです。
人類史上、脳を使い切った人はいまだ1人もいません。
私たちは、脳を使うことはあっても、使い切ることはありません。
むしろたっぷり使い余しています。
私たちの脳は、使っている部分より使っていない部分のほうが多いといわれています。
誰もがみな、脳を使い切ることがないまま、人生を終えます。
だから、思う存分、脳を使いましょう。
限界を気にせず、使って使って使いまくるのです。
勉強をしているとき「覚えることがあって頭がパンクしそう」と思うことがあるかもしれません。
残念ながら、それは気のせいです。
いくらたくさん覚えても、大丈夫です。
脳の記憶容量はとてつもなく膨大なので、いくら覚えてもいっぱいになることはありません。
「まだまだ頭に入る」「必ず覚えられる」と信じて、どんどん覚えていきましょう。
「思考力をしっかり鍛えた」「発想力を100%鍛えた」「想像力を限界まで鍛えた」と思うことがあるかもしれません。
残念ながら、それも気のせいです。
思考力も発想力も想像力も、限界はありません。
限界まで鍛えたと思っても、可能性はたっぷり残されています。
実際はまだまだ伸びしろはたっぷりあって、いくらでも伸ばしていくことが可能です。
そこで終わりにするのではなく、どんどん鍛えていきましょう。
私たちは、まだまだ脳を使い切れていません。
脳は「小宇宙(ミクロコスモス)」とも呼ばれています。
脳は宇宙のように果てしなく広大で、無限の可能性が秘められています。
一生かかっても使い切れないのですから、遠慮せず、どんどん使っていきましょう。
脳は事実上、無制限であり、使い放題と思って差し支えありません。
脳を使いすぎたら壊れるのではないかと思うかもしれませんが、心配には及びません。
むしろ逆です。
脳は、使えば使うほど、働きが良くなります。
脳内の神経細胞同士のつながりが密になり、脳のネットワークが高度になります。
脳の海馬では、神経細胞が増えることが確認されています。
海馬は記憶をつかさどるところであり、特に短期記憶と密接な関わりを持っています。
いくら使っても、脳は使い切れません。
脳は、素晴らしい可能性が秘められています。
小宇宙ともいえる脳の無限の可能性を信じて、どんどん頭を使ってください。
脳には限界がないのです。
困難に直面したときどうするか。
人生において諦めないことは大切です。
なんとかうまく乗り越える方法はないか、知恵を絞って考える必要はあるでしょう。
簡単にさじを投げるのではなく、ベストを尽くす姿勢が重要です。
だからといって、かたくなに固執するのもの考えものです。
時間もお金も有限であり、変に意地を張っていると無駄遣いにつながりかねません。
無理なものに出会ったときに役立つ言葉があります。
「無理なものは無理」です。
自分に諦めの許可を与えましょう。
無理なものに出会ったときは、シンプルに考えるのがいちばん。
諦めることになりますが、無理なものは無理なのですから仕方ありません。
おかしなことではなく、実に筋の通った考え方です。
無理なものは、言い換えれば「不可能」ということです。
無理なことにいつまでもこだわっていると、貴重な時間や労力が消耗されていくだけになります。
可能性が0%にもかかわらず、いつまでも固執することほど愚かなことはありません。
時には諦めることも肝心です。
可能性が0%と1%では、天と地の差があります。
可能性が1%でもあるなら粘るのもありですが、可能性が0%ならさっさと諦めるほうが賢明です。
「無理なものは無理」という言葉があれば、不可能の壁に直面しても、別の道が切り開けます。
無理なものは諦めるのが正解です。
諦めることは、新しい道につながります。
友人との待ち合わせにうっかり遅刻することがあります。
恋人との約束をうっかり破ってしまうことがあります。
もちろん悪気はありません。
気をつけていても、自分の不注意で迷惑をかけてしまうことがあるものです。
迷惑をかけたときは、まず謝ることが大切です。
弁解はしません。
余計な言い訳はせず、素直に自分の非を認めて、きちんと頭を下げて素直に謝りましょう。
そのうえでもう1つ心がけたいことがあります。
「埋め合わせ」をするのです。
友人との待ち合わせに遅刻したら、素直に謝ったうえで、埋め合わせに飲み物をおごります。
恋人との約束を破ってしまったら、素直に謝ったうえで、埋め合わせに夕食をごちそうします。
ちょっとしたことですが、とても大切です。
埋め合わせがあるかないかで、その後の流れが変わります。
埋め合わせがあれば、相手の機嫌は早く直ることが多い。
「仕方ない。許してあげよう」と大目に見てもらいやすくなります。
十分な埋め合わせがあれば、早く機嫌が直るばかりか、逆に機嫌が良くなることも少なくありません。
埋め合わせに必要な出費は「罰金」と考えましょう。
少し痛い出費かもしれませんが仕方ありません。
迷惑をかけてしまったけじめです。
自分の不注意で迷惑をかけてしまったのですから、負担は潔く受け入れましょう。
迷惑をかけたとき、謝る人は多いですが、埋め合わせまでする人は少ない。
私たちは、埋め合わせを忘れがちです。
きちんと償うことを忘れません。
埋め合わせの配慮があるかどうかで、人間関係は大きく変わります。
あるところに外見の良い人がいました。
容姿端麗で、おしゃれな服が決まっていて、清潔感も漂っています。
肌も髪もきれいで、笑顔もすてきです。
話し方も落ち着いていて、気品が漂っています。
とても魅力的なルックスです。
ところが、食事の時間になると、がらりと雰囲気が変わりました。
食べ方が汚いのです。
肘をつきながら食べる。
食器を持たず犬食いをする。
くちゃくちゃ音を立てて食べる。
ぼろぼろ食べ物をこぼしながら食べる。
スープを飲むときは、ずずずと音を立て、フォークやナイフを使うときは、かちゃかちゃ音を立てます。
どれだけ外見が良くても、食べ方が汚いと台無しです。
外見の好印象が一気に吹き飛びます。
美しい外見より、汚い食べ方のほうが本性だと思われます。
「こんなきれいな人がこんな汚い食べ方をするの?!」と驚かれ、一気に幻滅されるのです。
食べ方が汚いと、育ちまで悪く見られます。
「親から食べ方をしつけられてこなかったのかな。どんな親なのか見てみたい」と思われるでしょう。
その人の印象だけでなく、その人の親の印象まで悪くなります。
「食べ方だけで判断されてはたまらない」と思うかもしれませんが、そういう世の中です。
きちんと食事マナーを身につけ、できるだけ上品な食べ方ができるようになっておきたい。
ナイフやフォークを正しく使えるようになっておきましょう。
くちゃくちゃ食べるのではなく、もぐもぐ食べるようにしましょう。
できるだけ食事マナーを身につけて、上手にカトラリーを使えるようになっておきたい。
外見は普通でも、食べ方が美しいと好印象につながります。
育ちが良いように見てもらいやすくもなります。
親も素晴らしいに違いないと思ってもらえるでしょう。
できるだけ上品な食べ方ができるようになっておくことです。
幸いなことに、マナーも食べ方もあとから身につけることが可能です。
容姿は先天的に決まるところが多いですが、マナーや食べ方は後天的な努力で身につけることが可能です。
マナーを身につけるのに遅すぎることはありません。
きちんと食事マナーを身につけ、できるだけ上品な食べ方ができるようになっておきましょう。
「笑うと変な顔になるんです」と悩んでいる人がいました。
本人は深刻に悩んでいる様子です。
「笑うと、目がなくなります」
「笑うと、変なしわが入ります」
「笑うと、頬が変になります」
自分の笑顔に自信がないようです。
「そんなに変な顔なのかな」と思っていました。
ところが実際に笑ってみると、想像とはまったく違いました。
変なところは1つもなく、まったく普通の笑顔なのです。
笑うと目がなくなると言っていましたが、三日月みたいなかわいい目でした。
変なしわが入ると言っていましたが、普通の笑いじわでした。
頬が変になると言っていましたが、実際はかわいいえくぼでした。
「笑うと変な顔になる」と思っているのは本人だけです。
周りはまったく変だと思っていません。
普通の笑顔だと思っていて、明るい表情として映っています。
ほくろと同じです。
自分が思っているほど周りは気にしていません。
変に感じているのは本人だけ。
むしろほくろがその人の魅力となっています。
自分の笑い顔が変に感じるのは理由があります。
見慣れていないのです。
私たちが普段、鏡で自分の見るときは、たいてい普通の表情です。
笑顔をつくるといっても、軽くほほ笑んだり白い歯を見せたりする程度が多い。
大笑いをしている自分は見慣れていないので、いざ大笑いする自分を見ることがあったとき「変な顔だな」と違和感を覚えるのです。
笑うと変な顔になると思っていると、笑うのを我慢することになります。
笑いたいときに笑えません。
人生から笑う回数が減ることになり、これほど惜しいことはありません。
笑いを押し殺した表情のほうが、よほど不自然で変な顔です。
笑うと変な顔になると思っているなら、早く自分の思い込みに気づきましょう。
変だと思っているのは自分だけです。
実際は普通の笑顔であり、むしろ良い表情になっています。
笑うのを我慢せず、どしどし笑っていきましょう。
笑顔は笑顔です。
どんな笑顔も素晴らしいのです。
「たくさんおしゃべりをしたのに、何を話したのか全然覚えていない」
そんな不思議な経験はありませんか。
決してぼうっとしていたわけではありません。
きちんと話に集中していて、楽しいおしゃべりができていたはずなのに、なぜか話の内容を思い出せないことがあるものです。
もしそんな経験があれば、理由は単純です。
何も覚えていないのは、それだけおしゃべりが盛り上がった証拠です。
話が盛り上がると「そういえば」「今思い出したんだけど」といった一言で話が脱線します。
「関連する別の話題に移る」ということです。
そして盛り上がってはまた話が脱線していき、これが何度も繰り返され、1回のおしゃべりで多くの話題を楽しむことになります。
話の脱線回数が多くなるにつれて、会話全体のテーマがぼやけるため「これを話した」という話題の中心が曖昧になります。
結果として「たくさん話したけど何を話したのか全然覚えていない」という状態になるのです。
また人は楽しい気持ちが爆発すると、話の内容を覚える余裕がなくなることも少なくありません。
覚えていないことを前向きに捉えましょう。
話の内容を全然覚えていないのは良いことです。
話の内容を全然覚えていないのは、いろいろな話題を満喫できた証拠です。
そして心からおしゃべりを楽しんでいたということでもあります。
これからも記憶が飛んでしまうくらい、たっぷりおしゃべりを楽しむ機会をつくっていきましょう。
タクシーに乗ろうと思いました。
タクシーを拾おうと思った瞬間、ちょうど目の前を、2台のタクシーが通り過ぎていきました。
手を上げて止めようかと思いましたが、タイミングが悪かったので「まあいいか」と見送ることにしました。
タクシー2台が固まっていたので「3台目もすぐ来るだろう」と思ったのです。
しかし、実際はわかりません。
3台目のタクシーがなかなか来ないかもしれません。
意外と長く待たされるかもしれません。
バス停でバスが2台固まってやってくると、3台目がなかなか来なくて長く待たされることがありますが、それと同じです。
等間隔で定期的にチャンスがやってくるとは限りません。
むしろばらばらのタイミングだったり、偏ったタイミングだったりすることのほうが多い。
連続した後は空白が生まれやすくなります。
その空白が特別大きいこともあるのです。
チャンスがたくさんあるからといって、油断は禁物です。
「別に急いでつかまなくてもいいよね」「すぐまたチャンスが巡ってくるだろう」と思って見送るときが危ない。
チャンスの連続に遭遇すると「すぐまた次があるだろう」と思いますが、実際はわかりません。
なかなか次が来ないかもしれません。
もう次はないという可能性もあります。
「二度あることは三度ある」という言葉がありますが、うのみにしてはいけません。
実際は「二度で終わり」ということもよくあります。
チャンスは貴重です。
チャンスの連続に遭遇したら「すぐまた次がある」と油断せず、すぐつかんでください。
意味もなく見送らないことです。
「これが最後かもしれない」と思って、1つ目のチャンスをつかみましょう。
目の前に表れたら、反射神経でぱっと飛びつくのがいい。
すでに目の前を通り過ぎていたら、走ってでも追いかけましょう。
早くチャンスをつかめば、それだけ早く夢の実現に近づけます。
どうしても1つ目のチャンスが間に合わなければ、そのとき初めて2つ目のチャンスを狙います。
常に最短最速を目指すのが得策です。
チャンスの連続に油断しない人が、成功するのです。
失敗をした後「失敗すると思っていた」と言う人がいます。
失敗を予見していたかのようなセリフです。
自分を慰める一言でもあります。
予想通りと思えば、ショックが小さくなり、落胆も軽くなります。
くよくよした気持ちを引きずらないため、口にしているのかもしれません。
ときどき聞かれますが、注意したい一言です。
自ら失敗を引き寄せる力が働いているからです。
「失敗すると思っていた」ということは「失敗すると思いながら取り組んでいた」ということです。
失敗すると思いながら取り組んでいれば、失敗して当然です。
人は「失敗する」と思いながら真剣になることはできません。
知らず知らずのうちに惰性が働いたり、弱気の姿勢になったりします。
消極的になったり受け身になったりして、つい手を抜いてしまいます。
真剣になっていないゆえに、100%の力を発揮できません。
少しでもつまずくと「ほらやっぱり!」と思ってしまい、諦めやすくなります。
人には「思ったことが現実になる」という法則があります。
「失敗する、失敗する」と思いながら取り組んでいると、本当にそうなります。
スピリチュアルな話ではありません。
現実的な話として、そうです。
自ら失敗を引き寄せる力が働くのです。
「失敗すると思っていた」なんて言わないことです。
自分の失敗をごまかしません。
言い訳がましい言葉を並べていると、反省もできなくなります。
自分自身に対しても失礼です。
大切なことは「成功を信じる気持ち」です。
「失敗すると思っていた」というセリフを言うことがないよう、成功することだけを考えましょう。
一点の曇りもなく成功を信じて取り組むのです。
「うまくいく」「成功する」と思うから、強気になれます。
真剣になれるし、全力になれるのです。
たとえ失敗の可能性の高くても、成功を信じることです。
野球では9回裏で逆転勝ちがあります。
点差が開いていても、流れと勢いができると、あっという間に逆転できることは珍しくありません。
「失敗する、失敗する」と思いながら取り組んでいると、失敗を引き寄せますが、逆もしかりです。
「成功する、成功する」と思いながら取り組んでいると、成功を引き寄せます。
「奇跡を起こす」「可能性はある」と思えば、前向きな気持ちで取り組め、底力が湧いてきます。
おのずと強気になれるし、なかなかうまくいかなくても粘り強くなります。
人には潜在的な力があります。
信じる気持ちが強ければ、100%の力はもちろん、120%の力を発揮できることも不可能ではありません。
うまくいくことだけ考えることが、奇跡につながるのです。
嫌なことがあったとき、意識的に忘れようとする人がいます。
誰でも嫌なことは早く忘れたいと思うもの。
嫌なことは不快感があって、気分も下がります。
記憶消去のボタンがあれば、どれだけ便利なのでしょう。
嫌なことは1分1秒でも早く忘れたいと思うのは、人の自然な心理です。
忘れる努力をすれば、それだけ早く忘れるように思われますが、ここに思わぬ落とし穴があります。
無理に忘れようとしてはいけません。
かえって記憶が強化されるからです。
無理に嫌なことを忘れようとすると、逆に意識します。
嫌なことを忘れようと思えば思うほど、嫌なことに注意が向き、何度も思い出すことになります。
これはいわば、勉強でいう「復習」と同じ効果です。
忘れるどころか、かえって記憶に深く刻まれてしまい、ますます忘れられなくなります。
嫌なことを無理に忘れようとするのは逆効果なのです。
では、スムーズに嫌なことを忘れるにはどうすればいいのでしょうか。
ベストの方法は「何か別のことをして気を紛らわせること」です。
何でもいいので、集中する時間をつくりましょう。
一心不乱に仕事をするのも良し。
やるべきことに集中すれば、嫌なことを忘れられるうえ、仕事もはかどります。
わざと忙しい状態をつくれば、余計なことを考えないで済みます。
好きなことをするのも良し。
趣味でも遊びでもいいのです。
好きなことをしているときは、心がわくわくします。
自然とポジティブで明るい気持ちになるので、嫌な気持ちを吹き飛ばしてくれます。
私たち人間には「忘れる」という素晴らしい能力があります。
仕事でも好きなことでもいいのです。
何か別のことをして、嫌なことを思い出さない時間をつくりましょう。
嫌なことから意識がそれることで、だんだん記憶から消えます。
気づけば、すっかり嫌なことを忘れているのです。
うまくいっている人に対して「あの人は運が良かったから」と言う人がいます。
活躍するアイドルを見て「あの人の人気が出たのは、良い事務所に恵まれて運が良かったから」と言います。
ブレイクした芸人を見て「あの人が売れたのは、実家がお金持ちで運が良かったから」と言います。
仕事で成功した人を見て「あの人が成功できたのは、人脈に恵まれて運が良かったから」と言います。
努力をすることなく、運の力で結果を出したかのように言います。
これは違うのです。
たしかに運が関係している点もありますが、本当の理由は別のところにあります。
うまくいっているいちばんの理由は、本人が努力したからです。
良い事務所に恵まれても、実家がお金持ちでも、人脈に恵まれても、本人が努力しなければ不毛に終わります。
うまくいっている人は、必ず努力をしています。
それも並の努力ではありません。
人の何倍・何十倍という桁外れの努力をしています。
アイドルが売れているのは、陰で歌やダンスの練習をしたり、自分磨きを頑張ったりしていたからです。
芸人がブレイクできたのは、売れない時期が長くても諦めず、芸を磨き続けたからです。
仕事で成功できたのは、膨大な本から学び、多くのチャレンジをして、失敗にもめげず、圧倒的な行動力で道を切り開いたからです。
そうした努力を、桁外れに行っています。
私たちは、それが見えていないだけです。
見えていないから運が良かっただけのように見え、誤解するのです。
うまくいっている人がいれば、陰の努力を想像することです。
うまくいっている人は、必ず陰で膨大な努力を積み重ねています。
見られていなくても、褒められなくても、夢の実現に向けてこつこつ努力を積み上げています。
そうした陰の努力があるからこそ、結果として運に恵まれ、チャンスをつかみ、成功したのです。
努力が先にあって運に恵まれるのであって、逆はありません。
「あの人は運が良かったから」なんて言わないことです。
その人の陰の努力を想像して、称賛を贈りましょう。
そして、うまくいっている人を見習って、自分も陰の努力を積み上げていきたい。
見られなくても努力、褒められなくても努力、けなされても努力です。
陰の努力を積み上げ続ければ、次第に実力が身につきます。
正しい方向で努力ができているなら、うまくいくのは時間の問題です。
努力していれば、あるとき、運に恵まれやすくなるのです。
「1歩も踏み出せない」と言う人がいます。
怖いこと、恐ろしいこと、恥ずかしいこと。
勇気が必要なことは、なかなか1歩が踏み出せないものです。
大丈夫です。
1歩が踏み出せないなら、0.5歩で踏み出しましょう。
かっこ悪いと思わないことです。
0.5歩も立派な前進です。
きちんと前に進んでいて、勇気を出したことになります。
0.5歩を2回繰り返せば、1歩進むことになります。
0.5歩を20回繰り返せば、10歩進むことになります。
遅くてもいいので、少しずつ前に進むことが大切です。
0.5歩すら無理という人もいるかもしれません。
大丈夫です。
0.5歩が無理なら、0.1歩で踏み出しましょう。
「0.5歩は無理でも、0.1歩なら踏み出せる」ということがあるでしょう。
ほとんど前に進んでいないように思うかもしれませんが、誤解です。
0.1歩も立派な前進です。
0.1歩を10回繰り返せば、1歩になります。
0.1歩を100回繰り返せば、10歩になります。
少しずつ未来を切り開いているのです。
小さな前進でも、こつこつ積み重ねていくことが大切です。
人間とは面白いもので、少しずつ前に進んでいると、慣れてきたり心が強くなったりします。
最初は0.1歩でも、そのうち0.5歩で進めるようになります。
さらに慣れていけば、1歩で進めるようになります。
だんだん調子が良くなり、ぐいぐいスピードが上がっていくのです。
小さな前進を大切にしましょう。
0.5歩でも0.1歩でも、前に進んでいるのは事実です。
本気を出していることになります。
1ミリでもいいので前に進みましょう。
小さな前進を大切にする人が未来を切り開いていくのです。
あるときふと思い立ち、新しい習慣を始めることがあります。
週1冊の読書、週2回のランニング、定期的なヨガ教室。
興味があって始めることもあれば、新しい自分になりたくて始めることもあるでしょう。
何でもかまいません。
日記、ウォーキング、筋トレなど、どんなことでもかまいません。
新しい習慣を始めて1年続いたら、ぜひお祝いをしましょう。
「1年」という区切りは、お祝いをするのにぴったりのタイミングです。
「たった1年」「まだ1年しか続いていない」と思うかもしれませんが、ささいなことではありません。
1年続くのはすごいことです。
新しい習慣を始めても、1年続かない人は多い。
残念ながらたいていの人は、1年以内にやめます。
「飽きた」「疲れた」「面倒くさい」などあれこれ言い訳をして、さじを投げるのです。
「三日坊主」という言葉もあるように、わずか3日でやめる人も少なくありません。
長く続けるのは、簡単なようで、実に難しい。
途中でやめる人が多いなか、1年続けられたなら立派です。
素晴らしいことであり、誇りを持っていいことです。
だからお祝いをするのです。
1年続いたお祝いです。
レストランに行って、豪華な食事を楽しむの良し。
ケーキとワインを買って、自宅で祝賀会を催すのも良し。
エステで、スペシャルコースを満喫するのも良し。
きちんと継続ができた自分を褒めてください。
「よく1年続いたものだ。私はやればできる人間だ」と自画自賛しましょう。
1年続けば、胸を張って「習慣化された」と言い切れます。
1年も継続できたなら、自分の中で大きな自信に変わっているでしょう。
継続は裏切りません。
継続は必ず力になります。
週1冊の読書を1年続けられたなら、さまざまな知識が身についていて、博識になっているでしょう。
週2回のランニングを1年続けられたなら、体力・持久力がついていて、フルマラソンを目指せるレベルになっているはずです。
定期的なヨガを1年続けられたなら、すでに初級レベルは卒業して、中級レベル以上にはなっているでしょう。
1年続いただけの実力が身についているはずです。
これからも長く続けられるよう、自分にご褒美を贈って、モチベーションを維持しましょう。
テレビ番組で「芸能人のカバンチェック」というコーナーを見かけることがあります。
芸能人が普段持っているカバンの中身を拝見するという内容です。
芸能人のプライベートが見える瞬間です。
自分の好きな芸能人だと気になってしまい「何が入っているのだろう」とどきどきしますね。
芸能人のカバンチェックは、視聴率が高くなる瞬間の1つです。
テレビ番組でときどき見かけるコーナーですが、これを自分たちも楽しんでみてはいかがでしょうか。
親しい人とお互いのカバンの中身を見せ合ってみるのです。
「もし良かったら、カバンの中身を見せ合ってみない?」と提案してみましょう。
友人同士や恋人同士など、十分親しくて気を許している相手なら、すんなりOKをもらえるかもしれません。
もちろん相手のカバンだけでなく、自分のカバンも見せるのがマナーです。
「どうしてこれが入っているの?」と質問すると、面白い理由が聞け、話が盛り上がるでしょう。
意外なものが入っているかもしれません。
相手の新しい一面を知れて、理解が深まるきっかけになります。
人と親しくなるためには心をオープンにすることが大切です。
お互いにカバンの中身を見せ合うと、お互いのプライベートをオープンにしている感じがあって、ますます親密度がアップします。
カバンの中身を見せ合ってみると、楽しい時間を過ごせます。
お互いの理解を深める、楽しい遊びなのです。
あなたの大切な友人の誕生日を即答できますか。
すでに覚えているならいいのです。
誕生日には「おめでとう!」のお祝いの一言を伝えているでしょう。
相手が喜ぶようなすてきな誕生日プレゼントも贈っているに違いありません。
相手も、あなたの誕生日を覚えているのではないでしょうか。
しかし、もしまだ覚えていないなら、少しだけ頑張って覚えてみませんか。
大切な友人なのに、誕生日を知らないのは少し寂しいですね。
大切な友人は、あなたの人生を明るくしてくれる存在です。
心の支えであり、元気の源であり、あなたの良き理解者です。
友人のおかげで毎日を明るく楽しく過ごせているでしょう。
そんな大切な友人ですから、もう少し関心を向けたい。
友人全員の誕生日を覚える必要はありません。
大切な友人の誕生日だけ覚えておけば十分です。
大切な友人の誕生日を覚えておけば、さまざまなところで役立ちます。
誕生日にお祝いの言葉をかけられます。
おしゃべりのとき、友人の誕生日を話題に出せば「覚えてくれてたんだね!」と喜ばれるでしょう。
誕生日プレゼントの準備もしやすくなります。
自分の誕生日も大切ですが、友人の誕生日も大切です。
学校の試験には出ませんが、歴史の年号を覚えるより、はるかに役立ちます。
面白いもので、こちらが相手の誕生日を覚えると、相手もあなたの誕生日を覚えてくれます。
好意の返報性が働くのです。
大切な友人の誕生日を覚えておけば、仲も絆もますます深まります。
誕生日を覚えるのは難しく思うかもしれませんが、心配には及びません。
意外と簡単に覚えられるはずです。
趣味でも遊びでも、好きなことはすいすい頭に入って覚えられますが、これは人間関係でも同じです。
大切な友人とはすでに仲がいいので、誕生日がすぐ頭に入ります。
大切な友人と末永く良好な関係を築くために、ぜひ覚えておきたい知識なのです。
あるとき、自分の悪い噂が立ち、悩まされることがあるかもしれません。
自分の知らないところで、こそこそ悪い噂が流れます。
陰でささやかれる悪い噂ほど陰湿なものはありません。
面と向かって言われる悪口より、陰でこそこそ言われる悪口のほうが、よほどつらくて厄介です。
じりじり首を絞められているような息苦しさがあります。
「早く噂を止めたい。なんとかならないだろうか」と悩むのです。
もし自分の悪い噂で苦しむことがあれば、思い出してほしい格言があります。
「人の噂も75日」です。
「人の噂は長く続くものではない。75日もすれば忘れられる」という意味です。
75日は、およそ2カ月半です。
ワイドショーを思い出してください。
芸能人の不祥事がワイドショーで取り上げられ、テレビや紙面をにぎわしていますが、一時的です。
どのニュースも、ずっと続いているわけではありません。
75日も経てば、すっかり落ち着いているはずです。
世間の興味は薄れていて、別のニュースに移っています。
3カ月も経てば「そういえば、そんなニュースもあったね」となっているでしょう。
どんな噂も、時間がたてば飽きられます。
最終的に忘れられるのです。
自分の悪い噂が流れると、永遠に続くような気がしますが、杞憂です。
しばらくあちこちでささやかれるかもしれませんが、ずっと続くことはありません。
せいぜい75日です。
2カ月半なんて、あっという間です。
悪い噂が流れると、精神的につらくてストレスの日々が続きますが、しばらくの辛抱です。
「今だけ」と思いながら耐えてください。
噂が始まった日を起点に、75日後をカレンダーに書き込んでおけば、終了日がわかりやすくなります。
悪い噂を消すために、頑張る必要はありません。
あまりじたばた騒ぎ立てると、かえって面白おかしく突っつかれ、噂期間が長引くことになります。
誤解があるなら解く必要はありますが、余計なことはしないのがいちばん。
時間がたつにつれてフェードアウトします。
75日後には飽きられ、最終的に忘れられています。
どんな噂も、最終的には自然と消えるのです。
夢を叶える力を高めるためには、頑張っている人にかける言葉が重要です。
夢や目標に向かって頑張っている人に対して、否定的な言葉をかけないことです。
「ミスしろ」
「失敗をしなさい」
「どうせうまくいかない」
嫉妬の気持ちがあって、つい人の不幸を求めたくなることがあるでしょう。
「人の不幸は蜜の味」と言います。
人がミスや失敗をすれば「ざまあ見ろ」と思い、すかっとするかもしれません。
だからといって、悪態をついたり人の不幸を願ったりするのは良くありません。
口に出して言うのはもちろん、思うのもNGです。
なぜ頑張っている人に、否定的な言葉をかけてはいけないのか。
態度が悪いという理由だけではありません。
自分に跳ね返ってくるからです。
頑張っている人に「ミスしろ」「失敗をしなさい」と言うと、自分に対して「ミスしろ」「失敗をしなさい」と言うことになります。
頑張っている人に「どうせうまくいかない」と思うと、自分に対して「どうせうまくいかない」という考えにとらわれます。
口に出した言葉は、自分の耳で聞くことになります。
心で思った言葉は、自分が心で聞くことになります。
人に向けて発した言葉は、すべて自分に跳ね返ってきます。
否定的な声がけをすると、すべて跳ね返ってきて、自分が痛い目に遭うのです。
これほど恐ろしいことはないのです。
夢を叶えたいなら、頑張っている人を応援することです。
元気づけたり勇気づけたり成就を祈ったりして、肯定的な言葉をかけましょう。
「大丈夫!」
「成功しますように!」
「うまくいきますように!」
肯定的な言葉をかけると、自分に跳ね返ってきます。
頑張っている人に「大丈夫!」と勇気づければ、自分に対しても「大丈夫!」と勇気づけることになります。
頑張っている人に「成功しますように!」と祈れば、自分に対しても「成功しますように!」と祈ることになります。
たとえライバルでも、肯定的な言葉をかけるようにしたい。
憎い気持ちがあっても、どんな言葉も自分に跳ね返ってくるのですから、肯定的な言葉をかけるのがベストです。
ライバルに「うまくいきますように!」と声をかければ、自分に対しても「うまくいきますように!」と声をかけることになります。
結果として、自分の夢が叶う力が強くなるのです。
故郷の素晴らしさを理解するためにはどうすればいいのでしょうか。
「故郷を離れてみる経験」が役立ちます。
ずっと故郷にいたほうがわかりやすいように思うかもしれませんが、逆です。
故郷は、生まれたときからそこにあるので、すべてが普通に感じられます。
ずっと暮らしているところなので、特別感はありません。
山も川も池も田んぼも、普通に感じます。
実家も神社も町並みも、普通に感じます。
すべてあって当たり前に感じられ、なかなか感謝の念が湧きません。
最初からあるので、何が特別で、何かがすごいのかも、区別できません。
だから離れてみるのです。
故郷を離れてみると、新しい土地と比較できるようになります。
このとき「故郷ならではの良さ」に気づくのです。
見慣れた風景の素晴らしさ。
住み慣れた土地の心地よさ。
故郷にいるときの特別な安心感。
平凡な田園風景も、素晴らしいことに気づかされます。
「故郷にはこういう特徴があったんだね。こういう魅力があったんだね」と気づかされます。
一度故郷を離れてみるからこそ、故郷の良さが見えるようになり、再認識できます。
「自分にとって故郷は1つだけ」「やっぱり故郷は自分にとって特別な場所だ!」と痛感させられるのです。
故郷に対する愛着もますます深まり、感謝の念を覚えます。
感じ方が変わるのは、土地だけではありません。
親や兄弟など、人に対する感じ方も変わります。
うっとうしいと感じていた親や兄弟も、離れてみると感じ方が変わります。
自分にとってどれだけ大きな存在なのかよくわかります。
精神的にも経済的にも、今までどれだけ支えてもらっていたのか痛感します。
人や故郷の素晴らしさにたくさん気づかされ、涙がこぼれるのです。
便利な都会だからといって、何でもあるわけではありません。
故郷には、故郷ならではの特別な価値があります。
どれだけ便利な都会でも、生まれ育った故郷の素晴らしさにはかないません。
意気揚々と地元を飛び出したものの、親や故郷が恋しくなって、ホームシックになることがあります。
「やっぱり自分には故郷の落ち着いた環境が合っている」と気づかされることが少なくありません。
「自分は故郷が合っている」と気づいたら、戻ってくればいいだけです。
自分の生まれ育った土地は、かけがえのない場所です。
人生で一度は、故郷を離れてみる機会をつくりたい。
故郷が嫌いだから離れるのではありません。
もっと故郷を好きになるために、一度離れてみるのです。
進学や就職で地元を離れるなら良い機会です。
短期間でもいいのです。
故郷の素晴らしさを理解する、絶好のチャンスと捉えましょう。
人生で一度くらい故郷を離れてみるのも悪くないのです。
世の中にはざまざまな道があります。
コンクリートの道、アスファルトの道、石畳の道。
舗装された道だけではありません。
砂の道、砂利の道、登山の山道など、舗装されていない道もあります。
人がぎりぎり1人通れるくらいの細い山道もあります。
でこぼこの道、がたがたの道など、足場の悪い道であるでしょう。
普段何気なく使っている道ですが、ここでひとつ気づいてほしいことがあります。
私たちは「道への感謝」を忘れがちです。
道は、自然とできるものではありません。
人が時間と労力をかけてできるものです。
必ず人の手がかかっています。
たいていの道は、1人ではなく、大勢の人が協力しながら造りました。
多額の費用がかかっていることも少なくありません。
最初からあったわけではなく、過去に誰かが仕事をした結果、そこにあります。
造った人と面識はありませんが、造った人たちを想像して、思い巡らせてみましょう。
すでに亡くなっている人かもしれません。
先人が「少しでも通りやすくなるように」と思いながら、たくさんの汗を流して造ってくれました。
登山に行くと、道のありがたさを痛感します。
とんでもないところに道があって「よくこんなところに道を造ったなあ」と驚かされることがあります。
わざわざ枕木を使った道や階段まで造ってあると、感動せずにはいられません。
「これを造るのは、さぞ大変だっただろうな」と思うのです。
だから、道に感謝です。
世の中にある、すべての道に対して「ありがとう」の気持ちを持ちましょう。
舗装されている道にも、そうでない道にも、感謝です。
太い道から細い道まで、すべての道に感謝です。
あなたも日々、たくさんの道を使うはずです。
通勤や通学、買い物やお出かけなど。
ありがたく使わせていただきましょう。
造ってくれた人たちに感謝の気持ちを持ちながら歩かせていただきましょう。
「造ってくださってありがとうございます」と。
感謝の気持ちがあれば、平凡な道でも、幸福な気持ちになれます。
すべての道は、血と汗の結晶なのです。
床にモップをかけたとき、見た目はきれいな床なのに、ごっそりごみが取れて驚かされることはありませんか。
カーペットに掃除機をかけると、思ったよりたくさんごみが取れることもありますね。
窓掃除をすると、見た目はきれいなガラス面なのに、意外と汚れが取れて驚かされることがあるのではないでしょうか。
白い布で拭いてみると、排ガスの粉じんで布が黒くなっているのです。
見た目はきれいな床や窓も、掃除をして見ると、思ったより汚れが取れて驚かされることがあるものですね。
汚れているかどうかを、見た目で判断しないことです。
「きれいだから大丈夫」「汚れていないから掃除は必要ない」と思っているなら誤解です。
きれいに見えても、肉眼では見えないだけです。
床の表面には、微細なちりやほこりがたまっています。
窓のガラスの表面には、排ガスの粉じんが付着しています。
ミリレベルではなく、マイクロレベルです。
ちりもほこりも、小さなものは見えません。
花粉や黄砂も、一粒一粒は、肉眼で確認できないほど微小です。
ときどきニュースで聞かれる「PM2.5」は、大気汚染物質のうち、直径が2.5マイクロ以下の超微粒子をいいます。
見た目はきれいに見えても、肉眼に見えないだけであり、実際はちりやほこりで汚れています。
「汚れていれば掃除をする」という考えは黄信号です。
汚れに気づいてから掃除するのは遅い。
肉眼で汚れが見えるということは、相当汚れている証拠です。
掃除は、汚れに気づいてからするものではありません。
定期的にするものです。
掃除は、見た目に関係なく、定期的に行いましょう。
目に見えないだけで、実際は汚れているからです。
試しに掃除をしてみると、意外と汚れが取れて驚かされるはずです。
掃除をして、初めて汚れていることに気づくのです。
ご機嫌になるためには、理由が必要と思われがちです。
「褒められたからご機嫌になる」
「天気がいいからご機嫌になる」
「ラッキーなことがあったからご機嫌になる」
たしかに嬉しいことがあれば、ぱっと明るい気持ちになり、うきうきするでしょう。
心の中で音符が弾んで、幸せな気分に包まれます。
つい表情も緩んで、にやにやしてしまいますね。
しかし、待ってください。
ここに、よくある思い込みがあります。
ご機嫌は一般的に、嬉しいことがあったときになる感情です。
そのため私たちはいつの間にか「嬉しいことがないとご機嫌になれない」と思い込んでいます。
これは誤解です。
ご機嫌になるために、嬉しいことが必要とは限りません。
「私はご機嫌だ!」と思えば、今すぐご機嫌になれるのです。
では、さっそく今すぐご機嫌になってみましょう。
難しくありません。
ちょっと心をコントロールするだけです。
「私はご機嫌だ!」と自分に言い聞かせてください。
軽く思うのではなく、本気で信じて、深く強く思うことが大切です。
そして嬉しいことはなくても、嬉しいことがあったとイメージしてみましょう。
役者がその気になって演じるのと同じように、心もその気になって演じます。
するとどうでしょう。
心の中で良い気分が生まれてくるでしょう。
みるみるうちに明るい気持ちになり、気づくと、うきうきしているはずです。
「嬉しいことは必要なかったんだ」とわかれば、心の新しい可能性が開花します。
上手に心をコントロールして、無条件でご機嫌になりましょう。
感情は、心の持ちようで変わります。
一度しかない人生は、少しでもご機嫌に生きたいですね。
ご機嫌になるのに理由は必要ないのです。