「毎日同じことの繰り返し」と思うことはありませんか。
自宅と会社の往復の毎日……。
これといったトラブルはないものの、もやもやした気持ちに包まれます。
「新しいチャレンジ」にはどんなイメージがありますか。
難しそうで大変なイメージがあるかもしれません。
苦労があったり時間がかかったりするイメージがあるかもしれません。
動物園に行くと、たくさんのサルがいます。
水族館に行くと、たくさんのペンギンがいます。
日本庭園に行くと、たくさんコイが優雅に泳いでいます。
仕事で失敗した。
好きな人に振られて、失恋した。
自分の発言のせいで、人を傷つけてしまった。
街中を歩いていると、道を聞かれることがあるでしょう。
「すみません。道をお伺いたいのですが、○○にはどう行けばいいでしょうか」
初めての場所は、土地勘もゼロ。
「自信がないからやりません」と言う人がいます。
それはナンセンスです。
自信がつくのを待たないことです。
見学していると「やってみますか」と声をかけられることがあります。
生け花を見学していると、先生から「やってみますか」と声がかかります。
工場の作業を見学していると、スタッフから「やってみますか」と声がかかります。
間違いを指摘されたとき、逆ギレする人がいます。
「ここは認証バイアスといってね」
「すみません、間違っています。認証バイアスではなくて確証バイアスです」
バスは、私たちにとって最も身近な公共交通機関の1つです。
通勤や通学など、移動の足として、日頃からバスを利用している人も多いのではないでしょうか。
そんなバスで、気になる光景を目にすることがあります。
「最近、いい本がない」
「最近、いい音楽がない」
「最近、いい映画がない」
書店にいると、店員さんに本を探してもらう人を見かけることがあります。
目的の本があっても、書店ではたくさん本が置いてあるので、探すのに苦労します。
検索機が置いていない書店も少なくありません。
「なんだか最近、ついてないな」
「なぜか不運な出来事が続いている」
「このごろずっと心が重いような気がする」
試験勉強に役立つのが「一問一答」です。
基本的な知識が身につけば、一問一答で知識の確認です。
一問一答はクイズのような感覚があって楽しく勉強できます。
「暇でやることがない」と言う人がいます。
それは誤解です。
「やることがない」と思っているだけで、実は見落としている仕事があります。
どうすれば人生に奇跡を起こせるのでしょうか。
ダメ元で行動する癖をつけることです
ほとんど可能性がないからといって、最初から諦めないことが大切です。
「この服は自分らしくない」
「ヨガをするなんて自分らしくない」
「ダンスをするなんて自分らしくない」
単語を書いて覚えるとき、薄い字で書く人がいます。
単語の勉強は、声に出して覚えるほか、紙に書いて覚えることも効果的です。
漢字なら、形を正しく覚えなければいけません。
食事をするときは、手を合わせて「いただきます」と言います。
食事をするときの挨拶言葉ですね。
家でも学校でも、食事をするときは「いただきます」の一言を口にするようしつけられてきました。
同じ時間だけ勉強しているのに、成績の伸びが良い人がいます。
「もともと頭が良いからだ」「才能があるから簡単に結果が出るんだ」と思うかもしれませんが、違います。
人の脳にそれほど差はありません。
オフィスビルには清掃員がいて、至るところの清掃を行っています。
オフィス内をはじめ、廊下、階段、お手洗いなど、細かなところまで清掃を手がけています。
そんな清掃員に対して挨拶をしない人がいます。
スムーズな人間関係を築くために、身につけておきたい挨拶のスキルがあります。
「目礼」です。
目礼とは、目で交わす、軽い挨拶のことをいいます。
嫌なことがあると、いらいらします。
不快なことがあると、ストレスを感じます。
怒りや悲しみの感情が、心の中で湧き起こる。
家族や友人とレストランに行くと、全員の料理が同時に出てくることです。
「ちょうど全員分が来たね。同じタイミングで良かったね。一緒に食べ始められるね」と思います。
何気ないことに思うかもしれませんが、そうではありません。
2015年8月、航空宇宙局(NASA)の資金提供のもと、ハワイでユニークな模擬試験が行われました。
「ハイシーズ」と呼ばれる、将来の有人火星探査に関するプロジェクトです。
孤立した空間で365日の共同生活を送るというものです。
日頃から散歩を楽しんでいる人は多いでしょう。
散歩の習慣がある人は多い。
晴れた日の散歩は、青空が広がっていて気持ちがいいものです。
やったことがない趣味の話が出てきたとき、どう答えるかです。
相手が「趣味は将棋です」「趣味はボルダリングです」と言ったとき「やったことがないでわかりません」と一蹴する人がいます。
「わかりません」の一言は壁をつくります。
あるところに、悪口を言わないと決断した人がいました。
「よし、人の悪口はやめる! もう二度と悪口を言わない!」
今まで文句も悪口もずけずけ言っていましたが、ある日そんな自分が嫌になりました。
あなたが時代遅れにならない、確実な方法があります。
常に変化し続けることです。
時代は常に変化しているのですから、時代遅れになりたくなければ、あなたも常に変化し続ける必要があります。
自転車のブレーキがうるさくなったら、早めに対処しましょう。
自転車のブレーキがキーキー鳴っているにもかかわらず、放置している人がいます。
本人は「別に不便は感じていない。ちょっと音がするだけ」と思っているのでしょう。
あるところに親切な人がいました。
席を譲ろうと声をかけると、意外な言葉が返ってきました。
「私はそんな年寄りじゃない」と言い返されたのです。
「毎日同じことの繰り返し」と思うことはありませんか。
自宅と会社の往復の毎日……。
これといったトラブルはないものの、もやもやした気持ちに包まれます。
「毎日同じことの繰り返しで人生がつまらない!」とため息が漏れることもあるでしょう。
代わり映えのない生活に悩まされる人も多いのではないでしょうか。
「同じことの繰り返しで1日が終わる」と思うところですが、ここに誤解があります。
人生に同じ日は、1日もありません。
毎日、何かしらの違いがあります。
小さな変化や小さな違いに気づいていないだけ。
マクロの目で見ているからそう思うのであって、ミクロの目で見ると変わります。
毎日の天気にも、違いがあります。
毎日交わすコミュニケーションにも、違いがあります。
毎日やっている仕事も、少なからず違いがあるはずです。
違いがあっても気づいていなければ、ないも同然です。
大まかに見ているから同じように思えるだけで、細かい点に注目すれば、毎日何らかの違いがあるのです。
毎日が同じことの繰り返しと思ったとき、ぜひやってほしいゲームがあります。
「間違い探しゲーム」です。
雑誌や新聞で、間違い探しゲームを見かけることがあるのではないでしょうか。
そっくりな絵が2枚あって、ほとんど同じ絵ですが、よく見るとどこかに違いがあります。
わかりやすい違いもあれば、じっくり見ないとわからない違いもあって、観察力が試されます。
シンプルなゲームですが、一度やり始めると、火がつきます。
「何が何でも見つけてやる!」と思ってしまい、つい集中してしまうね。
なかなか違いを見つからなくても、途中で諦めるのが悔しくてやめられません。
それだけに、ゲームをクリアできたの喜びはひとしおなのです。
この間違い探しゲームの発想を「毎日同じことの繰り返し」にも当てはめてみてください。
さあ、間違い探しゲームの始まりです。
「毎日同じことの繰り返し」と思ったときは、間違い探しゲームを楽しむつもりで、日々の違いを探してみてください。
たとえば、昨日と今日の違いです。
「昨日と今日は、どこに違いがあるだろうか」
じっくり観察してください。
ほとんど同じに思うかもしれませんが、どこかに違いがあります。
遊び心を大切にして、楽しみながら取り組んでみてください。
天気に違いがあるかもしれません。
食事に違いがあるかもしれません。
通勤通学の道に違いがあるかもしれません。
仕事内容や進め方に違いがあるかもしれません。
会話に違いが見つかることもあれば、出会いに違いが見つかることもあるでしょう。
大きな違いである必要はありません。
小さな違いでいいのです。
毎日水をやっている植物があれば、1日ごとに小さな成長があります。
間違い探しゲームは、やればやるほど違いが見つかるのが特徴です。
「ここにも違いがある。あそこにも違いがある」となるでしょう。
細かいところに目を向けると、次から次へと見つかり、自分でも驚くに違いありません。
この事実に気づけば「毎日同じことの繰り返し」とは言えなくなります。
人生に同じ日は、1日もないのです。
「新しいチャレンジ」にはどんなイメージがありますか。
難しそうで大変なイメージがあるかもしれません。
苦労があったり時間がかかったりするイメージがあるかもしれません。
しかし、もっと簡単なことでいいのです。
では、さっそくやってみましょう。
今すぐできる、新しいチャレンジがあります。
「今まで食べたことがないものを買って食べてみる」です。
今すぐ近くのコンビニやスーパーに行ってみましょう。
コンビニやスーパーは、いつも新商品が並んでいます。
店内を見渡すと、まだ食べたことがないものがあるでしょう。
パンでも、おにぎりでも、お総菜でもいい。
もちろんお菓子やスイーツでもOKです。
甘いものは別腹です。
おなかが空いていなくても、甘いものなら食べられるのではないでしょうか。
難しく考えず、ぱっと直感で決めるのがいい。
まだ食べたことがないものを、試しに買って食べてみましょう。
チャレンジですから、おいしいかどうかは気にしません。
変わった味でもOKです。
とにかく「まだ食べたことがない」という理由で買ってみるのです。
とてもシンプルで簡単ですね。
これもれっきとした「新しいチャレンジ」です。
新しい味覚を楽しめ、腹も満たせて、一石二鳥です。
誰でも簡単にできるし、ワンコインでできます。
なにより楽しくできるチャレンジです。
難しいことや大変なことは1つもなくて、わくわくどきどきしかありません。
あなたが今、この記事に出会ったのも何かの縁です。
今日の日付が変わるまでにまだ時間があります。
今すぐ新しいチャレンジをしてみませんか。
動物園に行くと、たくさんのサルがいます。
水族館に行くと、たくさんのペンギンがいます。
日本庭園に行くと、たくさんコイが優雅に泳いでいます。
同じ種類の動物がたくさんいると、どれも同じように見えます。
どれも同じ顔・同じ体つきに見えます。
ここに誤解があります。
どれも同じに見えるかもしれません。
私たちはいつの間にか、大ざっぱな見方をしているところがあります。
しかし、そうではありません。
目をこらしてじっくり観察すると、それぞれに違いがあることに気づきます。
あるサルは体格が良かったり、あるサルは毛並みがきれいだったりします。
あるペンギンは堂々としていたり、あるペンギンはおどおどして臆病者だったりします。
コイも一匹ごとに模様が異なっていて、ユニークです。
見た目は同じように見えても、よく観察すると、それぞれ特徴や違いがあります。
動物園の職員は、きちんと一匹一匹のサルをきちんと見分けます。
水族館の職員も、一羽一羽のペンギンをきちんと見分けます。
日本庭園で働くスタッフは、一匹一匹のコイをきちんと見分けます。
それぞれに個性があるのです。
人の場合、一人ひとりを識別するのに、人以外の動物になると、どれも同じという見方になっているところがあります。
動物は、工業製品とは違って、1つとして同じものありません。
同じように見えていても、実はアイデンティティーが存在しています。
それぞれにユニークな特徴があります。
この世にまったく同じ人は1人もいませんが、それはほかの動物たちも同じことです。
サル・ペンギン・コイを含め、あらゆる動物には個性があります。
動物も1つとして同じものがいないことに気づきます。
一匹一匹、一羽一羽、それぞれ違いや特徴があって、ユニークな存在です。
サル、ペンギン、コイだけではありません。
犬や猫、鳥や魚にも同じことが言えます。
どれも同じように見えますが、じっくり観察すると、それぞれに個性があります。
長く付き合っていると、性格の違いがあることにも気づかされるでしょう。
この点に気づくと、ぱっと世界が広がります。
動物たちの個性にも目を向けましょう。
個性は、人だけでなく、他の動物にも存在しているのです。
仕事で失敗した。
好きな人に振られて、失恋した。
自分の発言のせいで、人を傷つけてしまった。
つまらない詐欺に引っかかってしまった。
失敗したとき、口にしたい言葉があります。
「良い勉強になった」を口癖にしておきましょう。
口に出して言いにくいなら、心の中でつぶやいてもOKです。
はっきり言い切ることが大切です。
まだ勉強したことが見つかっていなくてもいいのです。
何が勉強になったかはあとから考えればいいことです。
どんな失敗も、冷静に振り返ると、必ず勉強になったことがあります。
仕事で失敗しても、そのおかげで気づけた問題点があるでしょう。
きちんと改善と対策ができれば、仕事の能力を高めることにつながるのです。
恋人から振られて失恋しても、そのおかげで人間性が深まったと言えるでしょう。
振られる立場を経験することで、振られた人の気持ちを理解できるようになります。
失恋を経験することで、失恋の苦しさを理解できます。
つらく悲しい経験ができておかげで、これからは人に優しくできるでしょう。
失恋の教訓を生かせば、次の恋愛はもっとスマートな振る舞いができるはずです。
自分の発言で人を傷つけてしまったとしても、そのおかげで勉強になったことがあります。
「こういうときにこういうセリフを言うのは良くない」ということを身をもって理解できたはずです。
失言を学んだおかげで言葉遣いへの意識が高まり、よく考えてから発言する癖がつきます。
つまらない詐欺に引っかかったときも、マイナスばかりではなく、プラスになった点があるでしょう。
経済的な損失は痛いですが、身をもって詐欺の事例を知ることができました。
「甘い話には罠がある」「世の中にうまい話はない」ということをしっかり理解できたはずです。
痛い目に遭うことで、今後は同じ手口に引っかかることはなくなるはずです。
「自分に限って詐欺には騙されない」という慢心があったら、今後は謙虚な気持ちで注意ができるでしょう。
これが超ポジティブ思考です。
ビジネスでもプライベートでも、失敗したら「良い勉強になった」と口癖にしてください。
とにかくずばっと言い切ってしまい、勉強になったことはあとから考えましょう。
とにかく最初に「良い勉強になった」と言い切っておけば、落ち込みを回避できるだけでなく、前向きな気持ちになれます。
「良い勉強になった」を口癖にしておけば、おのずとプラス面に目が向きます。
何でも成長に変えられるだけでなく、常に前向きな気持ちでいられるのです。
街中を歩いていると、道を聞かれることがあるでしょう。
「すみません。道をお伺いたいのですが、○○にはどう行けばいいでしょうか」
初めての場所は、土地勘もゼロ。
不慣れな地で迷うのはよくあることです。
日常ではときどき、人から道を聞かれることがあるものですね。
道を聞かれたとき、自分が知っている場所なら、すぐ教えられます。
親切なあなたなら、わかりやすく教えているでしょう。
「ここをまっすぐ進んで、次の交差点を右に曲がって歩いて行けば、左側に見えますよ」
わかりやすく伝えれば、相手は「ありがとうございます」と喜んでくれるはずです。
さて、普通は道順だけ伝えられればOKなのですが、ここに心がけたい機転があります。
道順に加えて、もう1つ「ある情報」を加えると、ますますわかりやすくなって相手に喜ばれます。
そのプラスアルファの情報とは「距離」です。
「ここをまっすぐ進んで、次の交差点を右に曲がって歩いて行けば、左側に見えますよ。300メートルくらい先です」
道順に加えて距離の情報があると、大変親切です。
相手は大まかな距離をイメージでき、ますますわかりやすくなります。
距離が「300メートルくらいです」とわかれば「すぐそこだね。5分くらいかな」と距離をイメージできます。
距離が「1.5キロくらい」とわかれば「少し距離があるね。電車やバスを使ったほうがいいかな」と考えることもできるでしょう。
距離がわかれば、大まかな所要時間を計算できたり、移動手段を検討できたりします。
距離は正確である必要はなく、大まかでいいのです。
距離に自信がないなら「300メートルから500メートルくらい」という幅を持たせた伝え方をすればOKです。
距離は、ないよりあったほうがいい情報です。
ちょっとしたことですが、道を迷っている人にとってはありがたい情報なのです。
道を聞かれたとき、距離まで聞かれることはないので、こちらが機転を利かせて伝えるのがいいでしょう。
道順に加えて距離も伝えると、より親切に道を教えられます。
道を聞かれたとき、あなたの教え方が、ますます上手になるのです。
「自信がないからやりません」と言う人がいます。
それはナンセンスです。
自信がつくのを待たないことです。
「自信がついてからトライする」という考え方では、一生できなくなります。
自信は、トライしながらついていくもの、大きく育っていくものです。
自転車の練習で、初めて補助輪を外したときのことを思い出してください。
100%うまくいく自信なんてなかったはずです。
それでも勇気を出して、補助輪を外してこいでみたはずです。
最初は案の定、うまくこげなかったり、時には転倒したりしたでしょう。
うまくいかないながらも何度かトライしていくうちに、だんだん慣れたりコツをつかんだりしました。
気づくと、補助輪なしでもこげるようになっていたはずです。
これでいいのです。
仕事や料理も同じです。
最初は自信がなくてもいいし、むしろ自信がないのが普通です。
いきなり上手にできる人はいません。
最初は失敗しながら「こうしたほうがいい」ということがわかってきます。
トライアンドエラーを繰り返しながら、だんだん慣れたりコツがわかってきたりします。
少しずつ成功体験が積み上がっていき、自信がついてくるようになります。
この事実に気づけば「自信がついてからやろう」という発想が、いかにナンセンスなのかわかります。
自信をつけるなら、まずトライです。
そして、エラーを経験しましょう。
「失敗してもOK」と考え、軽い気持ちでチャレンジすればいいのです。
一度も経験がないのに、最初から自信をつけるのは不可能です。
行動がゼロであれば、自信もゼロのままです。
トライアンドエラーを繰り返していくうちに、だんだん慣れてきます。
慣れてくると、うまくいく頻度が少しずつ上がっていき、成功体験ができます。
小さな成功体験を積み重ねていくことで、山のように大きくなり、それが自信となるのです。
自信がなくて大いに結構。
少しでも慣れがあれば、ゴーサインです。
自分の気持ちが許すなら、練習ゼロでいきなりやってみるのも悪くありません。
自信がなくても、一歩踏み出し、いざトライです。
最初から自信のある人なんていません。
自信は、トライしながらつけていくものなのです。
見学していると「やってみますか」と声をかけられることがあります。
生け花を見学していると、先生から「やってみますか」と声がかかります。
工場の作業を見学していると、スタッフから「やってみますか」と声がかかります。
たいてい突然言われるものです。
このときの反応が重要です。
恥ずかしがって断ろうとすることが少なくありません。
「ちょっと遠慮しておきます」
「自信がないのでやめておきます」
一度もやったことがないのでうまくできないと思ったり失敗を恐れたりします。
特に控えめな人は、反射的に首を横に振るのです。
しかし、せっかくの声がけを断るのはもったいない。
本来なら、こちらから「やらせてください」とお願いしなければいけませんが、先に声をかけていただきました。
ありがたいことです。
せっかく声がかかったのですから、体験できるチャンスです。
体験できるできないは大きな違いです。
貴重な機会を逃さないことです。
「やってみますか」と声がかかったら「チャンスが巡ってきた!」と考え、首を縦に振りたい。
見るのと体験するのとでは、天と地の差です。
見学すると具体的にわかりますが、体験するともっと具体的にわかります。
実際に体験してみると、見学だけではわからないことがわかります。
どんなものなのか身をもって理解でき、ますます世界が広がるのです。
体験したことは一生覚えているものです。
五感を刺激するので、どんなものでも、しっかり記憶に残ります。
自分の将来に何らかの影響を与える可能性もゼロではありません。
「やってみますか」と声をかけられたら、すぐ快諾する人がチャンスをつかむのです。
間違いを指摘されたとき、逆ギレする人がいます。
「ここは認証バイアスといってね」
「すみません、間違っています。認証バイアスではなくて確証バイアスです」
「なんだよ、うるさいなあ。いちいち細かいんだよ。あなただって間違えることがあるでしょ!」
せっかく間違いを指摘してもらえたにもかかわらず、感謝の言葉がありません。
それどころか、逆に怒り出すのです。
これほど感じの悪いことはありません。
プライドが高い人にありがちです。
プライドが高い人は、人から指摘されることを嫌うので、ぶつぶつ愚痴や文句を言うことが多い。
逆ギレの態度を取っていると、今後間違いがあったとき伝えにくくなります。
「あの人に間違いを指摘しても逆ギレされる。黙っておこう」となります。
間違いを指摘されないと、損をするのは本人です。
間違いに気づかないまま、いろいろなところで間違った情報を口にすることになり、恥をかくことになるのです。
間違いを指摘されたときは、素直に認めて、感謝することです。
「失礼しました。間違っていましたね。教えてくれてありがとうございます」
素直に自分の間違いを認め、素直に感謝の言葉を述べます。
素直な一言が好印象です。
「今気づけて良かった」と思えば、自分の成長につながります。
間違いを伝えた人も「気づいてもらえて良かった」と安心できるうえ、今後も間違いを見つけたとき、本人に伝えやすくなります。
間違いを教えてくれたおかげで、早めに訂正でき、恥が最小限に抑えられるのです。
人間ですから間違えることはあります。
誤解をしていたり、間違った内容で覚えていたりすることがあるもの。
たとえ上司や先生など上の立場でも、間違っていたときは素直に認めて、教えてくれた人に感謝するのが好印象です。
バスは、私たちにとって最も身近な公共交通機関の1つです。
通勤や通学など、移動の足として、日頃からバスを利用している人も多いのではないでしょうか。
そんなバスで、気になる光景を目にすることがあります。
バスを降りるとき、無言のままの人がいます。
料金を支払って、運転手さんに会釈すらせず、何も言わずに降ります。
悪いことをしているわけではありませんが、何も言葉がないのは少し寂しい。
「運転手さんは当たり前の仕事をしているだけ」「お金を払う立場なのだからお礼は必要ない」と思っているのかもしれません。
しかし、運転手さんのお世話になっているのは事実です。
運転手さんは、いつも安全運転を心がけています。
多くの人の命を預かっているので、普通の運転以上に気を遣います。
運転手さんのおかげで、無事に移動ができています。
お世話になっているのですから、お礼の言葉は大切です。
たとえお金を払う立場だとしても、きちんとお礼の言葉を伝えたほうが丁寧です。
バスを降りるとき、運転手さんにお礼を言っていますか。
「ありがとうございました」の一言でいいのです。
運転手さんにとって、お客さんからのお礼は仕事の活力です。
お礼は、ないより絶対あったほうがいいものです。
お礼の言葉は、どれだけ言っても減るものではないのですから、どしどし言ったほうがいいのです。
にっこり笑顔を見せられればパーフェクトです。
お礼の一言で運転手さんは元気をもらい、ますます頑張れるのです。
「最近、いい本がない」
「最近、いい音楽がない」
「最近、いい映画がない」
こんなセリフに心当たりはありませんか。
あれば要注意です。
「最近、いい○○がない」というセリフは「私は探す努力をしていません」と言っているのと同じです。
いい本も、いい音楽も、いい映画もあります。
いつの時代も必ずいいものはあります。
ないと感じるとは、積極的に探す努力をしていないだけです。
自分でもそのことに気づいていません。
いいものがあっても、受け身になっていると、見つかりません。
いい本がないというなら、本屋に駆け込んで、片っ端から本をチェックしていけばいいのです。
新刊だけでなく、既刊もチェックしましょう。
必ず面白そうな本と出会えます。
1冊どころか、何冊も見つけられるでしょう。
いい音楽がないと感じたら、音楽サイトにアクセスして、片っ端から曲をチェックしましょう。
新曲だけでなく、過去の曲もチェックしてみてください。
「いいな」と思える曲が必ず見つかります。
1曲どころか、何曲も見つけられるでしょう。
いい映画がないと感じたら、映画サイトにアクセスして、片っ端から映画をチェックしましょう。
新作だけでなく、過去の作品もチェックしてみてください。
興味を引かれる作品が必ず見つかります。
1作どころか、何作も見つけられるでしょう。
「最近、いい○○がない」と言う人は、探す努力をしていないだけです。
探す努力をしているというなら「しているふり」になっていて、まだ本気になっていないのです。
自分の行動不足に気づくことが大切です。
受け身になるのではなく、自分から積極的に探していきましょう。
いいものは簡単に見つかるし、たくさんあって選ぶのが大変になるほどです。
常に世の中は面白いコンテンツにあふれているのです。
書店にいると、店員さんに本を探してもらう人を見かけることがあります。
目的の本があっても、書店ではたくさん本が置いてあるので、探すのに苦労します。
検索機が置いていない書店も少なくありません。
そんなときは、プロである店員さんに声をかけると、本の場所や在庫の有無をすぐ確認してもらえます。
それはいいのですが、気になるのは「探すときに伝える情報」です。
著書名も著者名もわからず、内観や外観の雰囲気だけで探してもらおうとする人がいます。
「歴史の本なのですが、茶色い表紙で写真のページがたくさんあって……」
「中学の参考書なのですが、理科の本で昔からある有名な本らしいのですが……」
「3年くらい前に発行された本なのですが、島を舞台にした小説で、冒頭は少年の回想から始まる内容なのですが……」
ざっくりとした言い方で探してもらうとする人がいます。
これは難しい。
十中八九、店員さんは困ります。
本人は「店員さんに聞けばわかると思って」と言います。
たしかに書店の店員さんはプロです。
仕事柄、日頃から多くの本に接していて、書籍の知識は豊富です。
著書名や著書名を伝えるだけで「こちらへどうぞ」と案内してもらえることが多い。
書店の店員さんは読書家であることも多く、すさまじい読書量であることも珍しくありません。
しかし、プロとはいえ、すべての本を完全に把握しているわけではありません。
内観・外観の雰囲気だけ伝えても、曖昧な情報では探すのに苦労します。
特に新刊は、店員さんも初めて目にするものばかりです。
書店の店員さんは、やることがたくさんあって忙しくしています。
店員さんに大きな手間暇をかけてしまい、迷惑になります。
店員さんに本を探してもらうときは、きちんと著書名を確認しておきましょう。
著書名がわからなければ、せめて著者名だけでも確認しておくことです。
著書名も著者名もわからず、内観・外観の雰囲気だけで探してもらうのは難しい。
著書名も著者名もわからないというケースは、ほとんどないはずです。
著書名も著者名がわかれば、店員さんもスマートに対応できるのです。
「なんだか最近、ついてないな」
「なぜか不運な出来事が続いている」
「このごろずっと心が重いような気がする」
そんなときは、厄払いを受けてみてはいかがでしょうか。
「厄払いは厄年の人が受けるものじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。
たしかに厄払いを受けるのは厄年の人が多いですが、それだけではありません。
厄年の人だけでなく、不運が続いたり心が重く感じたりするときでも受けられます。
厄払いは本来、誰でも受けられるのです。
不運が続いたり心が重く感じたりしているときは、何か悪い厄がついているのかもしれません。
近くの神社に足を運び、厄払いをしてもらいましょう。
しっかり厄を落としてもらえば、身も心もきれいにしてもらえます。
神社には美しい緑と自然に満ちあふれています。
澄み切った空気も広がっていて、良いリフレッシュにもなるでしょう。
厄払いの時間は、20分から30分が一般的です。
毎日忙しい日々を送っていても、厄払いの30分くらいは時間をつくれるのではないでしょうか。
不運な日々が続いていたら、厄払いの機会と捉えてください。
厄払いには、悪い流れを断ち切る効果があります。
心機一転ができるうえ、日常の良い区切りにもなります。
上手に厄払いを活用して、開運体質を目指しましょう。
試験勉強に役立つのが「一問一答」です。
基本的な知識が身につけば、一問一答で知識の確認です。
一問一答はクイズのような感覚があって楽しく勉強できます。
網羅された一問一答型の問題集では、基本レベルから発展レベルまであります。
なかには「そこまで覚える必要があるの?」と思われる難問もあります。
出題率が極めて低く、教科書にも載っていないような知識を問う問題です。
そうした問題を「くだらない問題だ」と言う人がいます。
「覚えたところで時間の無駄」「試験ではほとんど出題されない」という意味で言っているのでしょう。
本人に悪意はなく、言わんとしている意味はわかるのですが、気になるのは言葉遣いです。
「くだらない問題」という言い方には、ややとげがあります。
問題文や回答には、地名や人名が含まれていることがあります。
「くだらない」という言い方をすると、その土地や人物のことを悪く言っていると誤解される恐れがあります。
軽い気持ちで言っているのでしょうが、こうした場面での言葉遣いは注意したいところです。
高校日本史では、大学の入試問題で「金印を発見した人の名前は?」という難問が出題されたケースがあります。
答えは「甚兵衛」です。
まったく普通の農民であり、受験生でも知っている人はなかなかいません。
大学入試の日本史で「解体新書の挿絵を描いたのは誰か?」という問題が出題されたことがあります。
答えは「小田野直武」です。
これも高校日本史では難問レベルであり、歴史好きな勉強家でないかぎり、即答できる人は少ないでしょう。
こうした問題のことを「そこまで覚える必要があるのか。教科書にも載っていない。くだらない問題だ」と言わないことです。
関係者が近くにいないとも限りません。
甚兵衛は、地元の福岡では金印を見つけた人物としてよく知られています。
小田野直武は、地元の秋田角館では有名で、英雄として扱われています。
うっかり関係者の耳に入ると、その人をむっとさせるでしょう。
自分では普通に言ったつもりでも、余計な誤解・思わぬトラブルを招く可能性があります。
せっかく勉強して博識になっても、肝心の言葉遣いが悪くなっては悪印象につながるのです。
では、どのように呼べばいいのか。
「ハイレベルの問題」「マニアレベルの問題」と呼びましょう。
「ハイレベル」「マニアレベル」という言い方には博識なニュアンスがあります。
侮辱するような意味が含まれていないので、いつでもどこでも使えます。
そのほか「細かい知識を問う問題」「重箱の隅をつつくような問題」といった言い方もOKです。
ささいなポイントですが、だからこそ気をつけたい。
言葉遣いは、品性に関わる大事なポイントなのです。
「暇でやることがない」と言う人がいます。
それは誤解です。
「やることがない」と思っているだけで、実は見落としている仕事があります。
掃除なのです。
「暇でやることがない」と言う人に限って「掃除」という大切な仕事を見落としています。
床にゴミが落ちていたり、余計な書類が山積みになっていたり、ドアや窓が汚れていたりして、部屋が散らかっています。
やることはきちんとあり、それに気づいていないだけです。
「やることがない」と思ったら、今すぐ掃除に取りかかりましょう。
掃除をすればするほど部屋がすっきりして、居心地も良くなります。
「掃除ならきちんとできている」と言う人もいるかもしれません。
では次に、整理整頓をしましょう。
本の整理、机の整理、書類の整理、衣類の整理、リビングの整理。
ラベルを貼って、わかりやすくする工夫も効果的です。
整理整頓も大切な仕事であり、定期的に行う必要があります。
整理ができれば、見た目が美しくなるだけでなく、必要なとき取り出しやすくなり、快適になるのです。
「部屋の掃除も整理整頓もできている」と言う人もいるかもしれません。
では、スマホやパソコンに目を向けてください。
掃除や整理整頓は、部屋に限ったことではありません。
スマホには、撮ったままになっている写真や動画がたくさんあるのではないでしょうか。
いらない写真や動画を削除して、整理整頓しましょう。
スマホのホーム画面も整理しましょう。
使用頻度に応じて移動させましょう。
フォルダーをつくって、テーマごとにアイコンを移動させると、見た目もすっきりして使いやすくもなります。
いらないアプリを入れているなら、アンインストールしましょう。
写真やアプリなど余計なものを削除すれば、スマホの空き容量も増えます。
パソコンのデータにも注目です。
デスクトップがアイコンだらけになっていないでしょうか。
不要なアイコンがあれば、削除するか、整理をしましょう。
いらないファイルがあれば、削除しましょう。
フォルダーをつくって、わかりやすい名前をつけ、整理することも大切です。
時系列ごとやテーマごとに整理をしましょう。
スマホと同様、いらないアプリをインストールしているなら、アンインストールしてください。
部屋・スマホ・パソコンなどを振り返ってみると、掃除や整理整頓が必要な箇所がたくさん見つかるはずです。
「暇でやることがない」と思ったら、掃除や整理整頓に取りかかりましょう。
この事実に気づけば「暇でやることがない」は言えなくなるのです。
どうすれば人生に奇跡を起こせるのでしょうか。
ダメ元で行動する癖をつけることです
ほとんど可能性がないからといって、最初から諦めないことが大切です。
ダメ元で行動すると、ごくまれにですが、うまくいくことがあります。
1年先まで予約困難な人気店でも、ダメ元で予約の電話を入れてみます。
無理に決まっていると思いますが、実際はわかりません。
ごくまれに「ちょうど今、1週間後に空きができたところです」となり、予約を入れられるかもしれません。
高嶺の花がいても、ダメ元で告白してみることです。
相手にされないと思いますが、実際はわかりません。
当然断られるかと思いきや、意外とすんなりOKがもらえ、交際に発展するかもしれません。
働きたい会社で採用募集をしていなくても、ダメ元で問い合わせてみることです。
募集をしていないなら当然断られるはずですが、実際はわかりません。
働きたい熱意をしっかり伝えたり高いスキルをアピールしたりすれば、面接のチャンスが得られるかもしれません。
無理を承知でやってみることは大切です。
ダメ元とわかっていれば、それはそれで行動がしやすいはずです。
最初からダメ元であれば、断られてもショックは小さくて済みます。
「やっぱりダメだったか」で終わるだけのこと。
失うものは何もありません。
100分の1、1000分の1の確率でもいいのです。
ダメかと思いきや、何かの巡り合わせかで、その100分の1、1000分の1のチャンスが得られるかもしれません。
動かなければゼロですが、動いてみればゼロではありません。
ダメ元で行動する癖をつけると、奇跡が起きるのです。
「この服は自分らしくない」
「ヨガをするなんて自分らしくない」
「ダンスをするなんて自分らしくない」
そう言って、顔を背ける人がいます。
実際にやってみたうえで「自分らしくない」と思うのならいいのです。
それは正しい判断です。
身をもって経験してみると、具体的な手応えを確認できます。
正確な相性もわかります。
実際に経験したうえで自分らしくないと思うのなら、それは間違いありません。
問題なのは、想像だけで判断していることです。
一度も試したことがないのに「自分らしくない」「自分に合ってない」と判断しているなら、もったいないことです。
実際に試してみると、意外と心地よく感じられ、自分に合っていることがあるからです。
自分らしさは、一見向いていなさそうなことの中に隠れていることがあるのです。
「この服は自分らしくない」と言う人がいます。
一度試しに着てみることです。
実際に着てみると「あれ、意外と似合っている」となることがあります。
「ヨガをするなんて自分らしくない」と言う人がいます。
想像だけで判断しないことです。
実際にやってみると「意外と楽しい。自分に合っているかも」となることがあります。
「ダンスをするなんて自分らしくない」
実際にやってみると、意外と体を動かすのが楽しくて、自分らしいと考えが変わることがあります。
はまってしまい、趣味になる可能性もゼロではありません。
やってみた結果、想像していたとおり自分らしくないと感じることもありますが、そうでないケースも多いということです。
想像だけで判断するのと、実際にやってみるのとでは、天と地の差があります。
「これは私らしくない」という思い込みで、気づかないうちに数々のチャンスを逃していることがあります。
大切なのは「何でもトライの精神」です。
一度もやったことがないなら、合う・合わないを想像だけで判断せず、実際にトライしてみましょう。
実際に試していくことで、本当の自分を出会えるのです。
単語を書いて覚えるとき、薄い字で書く人がいます。
単語の勉強は、声に出して覚えるほか、紙に書いて覚えることも効果的です。
漢字なら、形を正しく覚えなければいけません。
英単語なら、スペルを正しく覚えなければいけません。
漢字であれ英単語であれ、細かく覚えることが必要になるため、書いて覚えることになるでしょう。
書き取り問題が出題される試験なら、なおさらです。
書き取り問題では、正しく書くことが求められます。
効率的に覚えたいなら、より多くの感覚神経を使うことが有効です。
手を動かすことになるので、運動神経を刺激することになり、覚えやすくなります。
しかし、いくら書いて覚えるとはいえ、薄い字で書いていると、記憶効果は半減です。
薄く書いていると、なかなか単語を覚えられません。
薄い字で書いていると、脳への刺激が弱くなり、しっかり頭に入ってこないのです。
字を書く行為は、頭に刻み込む作業と同じです。
薄い字で書くと、脳にうっすらしか刻まれず、なかなか覚えられません。
運動神経への刺激が弱いため、脳への刺激も小さくなります。
濃い字で書くと、脳に深く刻み込まれ、しっかり覚えられます。
しっかり運動神経を刺激するので、脳への刺激も大きくなるのです。
しっかり単語を覚えたいなら、濃い字で書くことが大切です。
指先に力を入れながら、自信を持って、しっかり字を書きましょう。
芯の消耗は早くなりますが、気にすることはありません。
鉛筆でもシャーペンでも、筆記用具の値段はわずかな金額です。
むしろどんどん消耗させるつもりで書くほうがいいのです。
芯の消耗を気にするより、しっかり覚えることを優先させるほうが賢明です。
漢字でも英単語でも、書いて覚えるときは、濃い字で書きましょう。
食事をするときは、手を合わせて「いただきます」と言います。
食事をするときの挨拶言葉ですね。
家でも学校でも、食事をするときは「いただきます」の一言を口にするようしつけられてきました。
「いただきます」には「命をいただきます」という意味があります。
貴重な命をいただくのですから、感謝の意を込めて「いただきます」と言うのが気持ちのいいマナーです。
きっとあなたも食事をするときは「いただきます」の一言を口にしているでしょう。
一方で「ごちそうさま」は忘れがちです。
「いただきます」は欠かさずきちんと言う一方で「ごちそうさま」は言い忘れていることがあります。
食事を終えたときは、ほっとします。
リラックスしていて、油断しやすいタイミングです。
食欲が満たされたことに気を取られるためか「ごちそうさま」を言い忘れやすいのです。
自分の食事を振り返ってみてみましょう。
ごちそうさまを言い忘れているなら、きちんと言うようにしましょう。
きちんと手を合わせることも忘れません。
ごちそうさまには「おいしかったです。良いごちそうでした。ありがとうございました」という意味があります。
「ごちそうさま」も「いただきます」と同じく、命に対する感謝の言葉です。
「ごちそうさま」を言うことで、気持ちよく食事を終えられます。
「いただきます」と「ごちそうさま」は、ワンセットです。
うっかり忘れることもありますが、なるべく日頃の習慣として心がけることが大切です。
同じ時間だけ勉強しているのに、成績の伸びが良い人がいます。
「もともと頭が良いからだ」「才能があるから簡単に結果が出るんだ」と思うかもしれませんが、違います。
人の脳にそれほど差はありません。
その人は「集中力」を大切にしているからです。
友人と一緒に勉強はしません。
1人で勉強します。
友人と一緒にいるとついおしゃべりをしてしまいますが、1人であればとことん集中できます。
音楽を聴きながら勉強していません。
落ち着いた環境で黙々と勉強しています。
音楽を聴いていると歌詞やメロディーに気を取られますが、静かで落ち着いた環境であればしっかり集中できます。
だらだら勉強していません。
勉強のときは、勉強モードのスイッチがオンになっています。
スマホ、テレビ、漫画など、誘惑になるようなものは排除して、勉強のことだけ考えるようにしています。
同じ時間だけ勉強して差が出るのは「才能の差」ではなく「集中力の差」です。
「勉強ができない」「結果が出ない」と文句を言う人のほとんどは、集中ができていません。
勉強時間が長いわりに成績が伸びない人がいます。
そういう人に限って、集中ができていないのです。
どれだけ勉強時間が長くても、集中していなければ、何の意味もありません。
嘆く暇があれば、とにかく集中しましょう。
しっかり集中することで、思考力や記憶力が研ぎ澄まされます。
集中ができていればいるほど、時間の質が向上し、効果的に勉強が進みます。
これは勉強に限った話ではありません。
仕事や趣味でも同じことです。
大切なのは「集中力」です。
集中力に差が生まれると、同じ時間でも、結果に差が生まれます。
徹底的に集中すれば、驚異的な結果を出すことも不可能ではありません。
集中力を生むためにも、日頃から十分な睡眠を心がけましょう。
最低でも6時間以上の睡眠は必須です。
結果が出ないことを嘆く暇があれば、集中力の向上に目を向けたほうがいいのです。
オフィスビルには清掃員がいて、至るところの清掃を行っています。
オフィス内をはじめ、廊下、階段、お手洗いなど、細かなところまで清掃を手がけています。
そんな清掃員に対して挨拶をしない人がいます。
そばを通りかかっても声をかけません。
目を合わせることも会釈をすることもありません。
いても、いないかのような扱いです。
たしかに会社のメイン業務には携わっていないのかもしれません。
社員ではなく「外部の人」という印象があるかもしれません。
あるいは、誰でもできる仕事だからといって、下に見ている人もいるのかもしれません。
これは違うのです。
いくら外部の人であろうと、お世話になっているのは事実です。
清掃員の丁寧な仕事のおかげで、清潔な環境が保たれ、快適な空間を実現できています。
清掃員も1人の人間です。
挨拶をしないで無視していると、1人の人間として扱われていないように感じて心を痛めます。
清掃員を「挨拶をしなくてもいい人」と思っているなら、誤解です。
むしろ逆です。
いつもお世話になっているのですから「挨拶しなければいけない人」です。
外部の人でも、日々お世話になっているのは事実ですから、きちんと挨拶の声をかけましょう。
誰でもできる仕事だからといって、清掃員を軽視しないことです。
挨拶をしなくてもいいと思っている人は、清掃員を下に見ている証拠です。
仕事の種類が違うだけであり、会社になくてはならない存在です。
大変な仕事を引き受けてくださっていて、大変ありがたい存在です。
掃除は、誰かがやらなければいけない仕事です。
誰もやらなくなれば、会社はごみ屋敷と化すでしょう。
快適に過ごせなくなり、業務に支障を来すことになるはずです。
清掃員は「挨拶しなくてもいい人」ではなく「挨拶しなければいけない人」です。
お世話になっているのですから挨拶が欠かせません。
仕事で直接関わることはなくても、その仕事に敬意を払い、感謝の念を持ち、1人の人間としてリスペクトすることが大切です。
挨拶は減るものではないのですから、どしどし声をかけていきましょう。
上司や先輩に挨拶するような感覚で、丁寧に挨拶していくのが正解です。
もちろんちょっとした立ち話も悪くありません。
清掃員と仲良くなると、思わぬ情報が得られることも珍しくありません。
清掃員にもきちんと挨拶できる人は、おのずと仕事もうまくいくのです。
スムーズな人間関係を築くために、身につけておきたい挨拶のスキルがあります。
「目礼」です。
目礼とは、目で交わす、軽い挨拶のことをいいます。
私たちが挨拶するときは、頭を下げたり声を出したりするのが一般的です。
挨拶言葉の種類もさまざまです。
「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」「お疲れさまです」「お先に失礼します」。
しかし、社会生活を営んでいると、挨拶をしようにも、声を出しにくい場面があります。
たとえば、相手が真剣な話し合い中のときは、大きな声で挨拶をしにくいものです。
挨拶で声をかけると、取り込み中の邪魔になったり、場の雰囲気を壊したりするかもしれません。
また、静寂な状況があったり会話が少なかったりして、声を出しにくいときもあります。
相手に挨拶をしたくても「今、声をかけるのは良くないな」というときがあるものです。
そんなとき、目礼をしましょう。
目礼の方法は簡単です。
「相手と目を合わせて、軽く会釈をする」
相手のほうに顔を向けると、相手は視線に気づいてくれます。
相手と視線が合った瞬間、軽く会釈すると、スムーズに目礼ができるのです。
これだけで相手は「挨拶があった」とわかってくれます。
たいていは相手も目礼を返してくれ、これで気持ちの良い挨拶が成立するのです。
目礼は、ビジネスでもプライベートでも使えるスキルです。
声を出していなくても、きちんと礼儀正しく挨拶をしたことになります。
目礼は、社会人として身につけておきたい、大人の挨拶なのです。
嫌なことがあると、いらいらします。
不快なことがあると、ストレスを感じます。
怒りや悲しみの感情が、心の中で湧き起こる。
そこでぐっと我慢して、しっかり感情をコントロールします。
深呼吸をしたり時間を置いたり空を眺めたりすれば、荒ぶった感情もいずれ収まります。
すっかり落ち着きを取り戻したら「良かった、良かった」とほっとするところでしょう。
一件落着と思われますが、ここが大切です。
実は完全に問題が解決したわけではありません。
怒りやいらいらが収まったからといって、元通りになったわけではない。
表向きは普通に戻ったように見えますが、心の奥では、我慢した分だけストレスがたまっているのです。
ここに気づくか気づかないかです。
「気持ちが落ち着いたからもう大丈夫だね」と放置していると、知らないうちに心の奥でストレスをためることになるのです。
怒りが収まっても、ストレス解消は必要です。
感情が収まったから一件落着ではありません。
感情が収まっても、ストレス解消を忘れないでください。
趣味に打ち込んだり、運動で汗を流したり、友人とおしゃべりを楽しんだり。
心の奥でため込んでいるストレスを、趣味や運動できちんと解消させたとき、初めて一件落着といえるのです。
家族や友人とレストランに行くと、全員の料理が同時に出てくることです。
「ちょうど全員分が来たね。同じタイミングで良かったね。一緒に食べ始められるね」と思います。
何気ないことに思うかもしれませんが、そうではありません。
全員の料理が同時に出てくるのは、感動的なことだからです。
そこには素晴らしい連係プレーがあります。
まず頑張ったのは料理人です。
料理によって、調理の段取りも時間も異なります。
料理人は、注文の料理それぞれが同時に完成するよう、段取りを考えながら調理しました。
もたもたしたりミスがあったりすると、タイミングがずれてしまうので、慎重につくりました。
それぞれの完成タイミングを合わせて調理するのは高度なテクニックであり、プロの技です。
料理が完成したら、次は接客係が運びます。
料理は、冷たいものでも温かいものでも、鮮度が命です。
少しでも出来たてを食べて味わってほしいので、接客係は1秒でも早く運ぶよう心がけています。
その結果、全員の料理が同時に出てきたのです。
偶然ではなく、料理人や接客係による努力のたまものです。
ここに気づけるかどうかです。
そこには、プロの技と細かな配慮があります。
全員の料理が同時に出てきたら、まずその仕事に感動したい。
そして、料理を運んでくれた接客係にお礼を言うのはもちろん、つくってくださった料理人にも感謝をしましょう。
全員の料理が同時に出てくるのは、実に感動的なことなのです。
2015年8月、航空宇宙局(NASA)の資金提供のもと、ハワイでユニークな模擬試験が行われました。
「ハイシーズ」と呼ばれる、将来の有人火星探査に関するプロジェクトです。
孤立した空間で365日の共同生活を送るというものです。
有人火星探査を行うには、2年から3年もの長期間、地球から離れ、孤立した空間で共同生活を送らなければなりません。
この特殊な環境は、普段の生活ではあり得ません。
そこで模擬環境をつくり、調査を行うことになりました。
場所は、ハワイのマウナ・ロア山です。
砂と石だけの殺風景が広がっていて、地球でありながらも、火星に近い風景が広がっています。
火星探査ステーションを模したドーム型の住居施設を造り、人間関係や精神状態がどう変化するのか調査を行います。
クルーは全員で6名。
それぞれ宇宙関係の仕事に従事する人たちですが、互いに初対面であり、国籍もばらばらです。
毎日の食事は、宇宙食が中心です。
外に出るときは、宇宙服を着用しなければいけません。
当然ですが、参加中は家族や友人と面会謝絶です。
あくまで火星探査のシミュレーションなので、テレビもコンビニもなく、ネットサーフィンも不可です。
通信には大きな制限があります。
メールを送ることは可能ですが、すぐ相手には届きません。
地球と火星の距離を想定しているので、届くまでに20分の遅延、往復で40分の遅延があります。
家族にメールを送っても、かなり待たされることになります。
最初は仲良く過ごしていました。
和やか雰囲気で会話をしたり、良いムードが広がったりしていました。
1カ月、2カ月、3カ月と過ぎていき、問題なく進むように思われました。
ところが4カ月を過ぎたあたりから、変化が出てきます。
次第に会話が減り始め、人間関係がぎくしゃくし始めたのです。
住居施設に防音設備はないため、すべての音が聞こえてきます。
話し声、歩く音、ランニングマシンで走る音、ギターの音。
パーソナルスペースは限られているうえ、ちょっとした音も全体に響きます。
相手の生活音が気になっていらいらしたり、孤独や不安を感じたりして、精神的に不安定な状態になっていきました。
2日で3つ4つの言葉しか交わさないこともあるという状態となり、だんだん険悪なムードが広がり始めました。
そんななか「あること」がきっかけで、6人の関係が劇的に改善することになります。
6人で共同作業を行ったのです。
住居施設では、限られた水しか使えません。
使える水は微々たるもので、シャワーや飲み水も厳しい制限があります。
水を手に入れる方法は、地球から水を運ぶか、現地で調達するかの2つに1つです。
そこでクルーたちは、使われていなかった非常用の給水タンクを利用することにしました。
水が古く、そのままでは飲めないので、蒸留させて飲み水に変える作戦です。
6人が力を合わせて蒸留設備を構築します。
なかなか手間のかかる仕事ですが、水を増やすためにみんな必死です。
その結果、11リットルもの飲料水をつくり出すことに成功しました。
そして関係も一気に改善しました。
共同作業を通して、コミュニケーションの機会が生まれ、共通体験も生まれます。
全員が同じ目標に向かって心を1つにすることで、険悪なムードが改善され、再び良いムードを取り戻しました。
そして、孤立した空間で365日の共同生活を送るというミッションを、見事クリアしたのです。
私たちは、この調査から学ぶところがあります。
円滑な人間関係のためには「一緒に何かを行う」というイベントが効果的です。
仕事のプロジェクト、地域のボランティア活動、運動会・文化祭・お祭りの準備。
私たちの身の回りには、みんなで力を合わせて行うアクティビティーがあります。
面倒だから関わらないと言ってしまえばそれまでですが、中長期的に見ると、人間関係にプラスの働きがあります。
一緒に何かをすることで、おのずと接する機会が増え、コミュニケーションが生まれます。
共通体験を通して、信頼関係が結ばれていくのです。
日頃から散歩を楽しんでいる人は多いでしょう。
散歩の習慣がある人は多い。
晴れた日の散歩は、青空が広がっていて気持ちがいいものです。
散歩はストレス解消になります。
のんびり歩く散歩は、心にも体にも良くて健康的です。
周りの景色を楽しみながら散歩をするのも楽しい。
一方で、雨の日となると、散歩をしようかどうしようか迷うことが多いものです。
わざわざ傘を差してまで散歩するのはおっくうに感じられます。
雨が降っていると「今日は散歩をやめよう」となることが多いのではないでしょうか。
しかし、それはもったいないことです。
もちろん大雨や台風であれば別ですが、普通の雨であれば、まったく問題ありません。
雨の日だからこそ、散歩に出かけるをしましょう。
雨だからといって、外を歩けないわけではありません。
普通に散歩ができます。
傘を差して歩けばいいだけです。
服がぬれるのが嫌なら、ぬれてもいい服を着ればいいだけです。
靴がぬれるのが心配なら、ぬれてもいい靴を履けばいいだけでです。
ぬれてもいい格好をして歩けば、雨なんて平気です。
雨の日には、晴れた日とは違った雰囲気を楽しめます。
雨の音や香りがあります。
雨粒が地面に落ちる音は、心地よいメロディーです。
しっとりとした空気が広がっています。
落ち着いた散歩を楽しめるでしょう。
雨粒に輝く花や草木を鑑賞できます。
植物にとっては雨は、飲み水と同じです。
ぬれた植物も、それはそれで味わい深く、眼福の光景です。
雨の日の散歩は、雨の日しかできません。
そう考えると「雨の日は散歩のグッドタイミング」いう考え方ができます。
傘を差しながら散歩できるのも、雨の日だからこそできる楽しみ方。
どうしても傘を差したくないなら、レインコートを着て歩く方法はいかがでしょうか。
雨だから散歩をやめるのではなく、雨だからこそ散歩に出かけましょう。
晴れた日の散歩も良いですが、雨の日の散歩も雰囲気があって良い。
雨の日の散歩も、それはそれで楽しい。
雨の日も、散歩日和です。
やったことがない趣味の話が出てきたとき、どう答えるかです。
相手が「趣味は将棋です」「趣味はボルダリングです」と言ったとき「やったことがないでわかりません」と一蹴する人がいます。
「わかりません」の一言は壁をつくります。
「私は興味がありません。別の話題にしてもらえますか」というニュアンスにも捉えられます。
「わからない」と答えると、会話にブレーキがかかります。
否定的なニュアンスが伝わって、会話が盛り下がってしまうのです。
大切なことは「話を肯定すること」です。
やったことがなくても、イメージをすることならできるはずです。
やったことがない趣味の話が出たら「わからない」と答えるのではなく、詳しく話を聞けばいいのです。
「どうやるんですか?」「どんなルールなんですか?」「醍醐味は?」と、わからないなりに話題を広げられるはずです。
そうすれば、相手は「こうやるんですよ」「こんなルールなんですよ」「こんな醍醐味があるんですよ」と教えてくれます。
これが話を肯定するということです。
自分の趣味について聞かれるのは誰でも嬉しいものです。
相手は目をきらきら輝かせながら笑顔で答えてくれるでしょう。
質問すれば、話が途切れるどころか、どんどん盛り上がります。
そこで「面白そうですね」と答えれば「じゃあ、今度一緒にやってみますか」という話に発展するかもしれないのです。
あるところに、悪口を言わないと決断した人がいました。
「よし、人の悪口はやめる! もう二度と悪口を言わない!」
今まで文句も悪口もずけずけ言っていましたが、ある日そんな自分が嫌になりました。
悪口を言うのはかっこ悪いことだと気づきました。
心を入れ替え、もう二度と悪口を言わないと誓いました。
悪口を言わない決断は素晴らしいことです。
悪口は、他人を傷つけるだけでなく、自分の印象も悪くします。
悪口をやめれば、気持ちのいいコミュニケーションをしやすくなり、周りからの印象も良くなります。
悪口を言わない決断は、生まれ変わるのと同じくらい、大きな変化があります。
ところが、1つ困った問題がありました。
自分の所属グループが、悪口を言い合うグループだったのです。
職場の人の悪口を言ったり、通りすがりの人の悪口を言ったりなど、日頃から悪口のオンパレードです。
仲間に「悪口を言うのは良くない」と説得しても、変な顔をされるだけでした。
これは厄介な問題です。
世の中には悪口好きな人がいます。
せっかく悪口を言わない決断ができても、悪口グループに所属していては、自分を変えるのは困難です。
周囲の雰囲気に飲み込まれ、再び元に戻ってしまいます。
こんなとき、どうすればいいのでしょうか。
悪口グループを抜けましょう。
悪口グループに所属していても、不自然に浮くだけです。
居心地が悪いのに、無理に居続ける必要はありません。
悪いことをしているように感じるかもしれませんが、誤解です。
悪いことでも何でもありません。
あくまでグループを抜けるだけであり、裏切るわけではありません。
そもそもグループを抜けるのは自由です。
契約でも何でもありません。
悪口グループに所属しているかぎり、自分を変えられません。
私たちは、所属グループを選ぶ自由があります。
心を入れ替えたとき、所属グループを変える必要があることは珍しくありません。
グループを抜けるとき、相手から文句を言わることもあるかもしれません。
ほうっておけばいいのです。
裏切り者と言われようと気にしません。
悪口だけで結束しているグループは見苦しいだけです。
グループを抜けるときには気を遣いますが、ここが正念場です。
引き止められても、何を言われても、しっかり振り切ります。
自分の人生は自分が決めるように、自分の環境は自分で決めることです。
人生に関わることですから、信念を貫くことが大切です。
悪口グループを抜けたとき、本当に意味で、生まれ変わったことになるのです。
あなたが時代遅れにならない、確実な方法があります。
常に変化し続けることです。
時代は常に変化しているのですから、時代遅れになりたくなければ、あなたも常に変化し続ける必要があります。
何に変化するかというと、何でもかまいません。
異文化を取り入れてもいい。
新しいものを取り入れてもいい。
あえて古いものを取り入れてもかまいません。
時代遅れとは、古い状態のことを指すのではありません。
変化が止まった状態のことを指すのです。
変化せず、じっとしているから、だんだん時代遅れになります。
たとえ古いものを取り入れたとしても、そこに変化があれば大丈夫です。
時代に逆行して古い状態を取り入れるのは、見方によっては「斬新」と表現できるでしょう。
大切なことは、変化を一度で終わらせるのではなく、継続すること。
必要が生じてから変化するのではなく、必要がなくても変化を続けましょう。
変化、変化、また変化。
不調でも変化、好調でも変化。
今日も変化、明日も変化です。
とにかく変化し続ける習慣があれば、時代遅れになることはありません。
できれば改善の方向に変化するのがベストです。
変われる人は、必ず強くなります。
自転車のブレーキがうるさくなったら、早めに対処しましょう。
自転車のブレーキがキーキー鳴っているにもかかわらず、放置している人がいます。
本人は「別に不便は感じていない。ちょっと音がするだけ」と思っているのでしょう。
本人は不便を感じていないかもしれませんが、ここにリスクが潜んでいます。
まずブレーキがキーキー鳴るのは、ブレーキの利きが悪くなっている証拠です。
ブレーキが消耗していたり、接触が悪くなっていたり、劣化が進んでいる可能性があります。
いざ急ブレーキが必要になったとき、急停止が間に合わず、事故につながる恐れがあります。
忘れてはならない2つ目のポイントは、ブレーキ音が周りの迷惑になることです。
街中を歩いているとき、自転車のブレーキがキーキー鳴っていて、うるさく感じたことはないでしょうか。
あの独特の高音は、聞く人にストレスを与えます。
耳をつんざくような音で、耳を覆いたくなるもの。
自分は良くても、知らず知らずのうちに周りの迷惑になっていることがあるのです。
自転車のブレーキがキーキー鳴るようになったら、早めに対処しましょう。
「まだ大丈夫」と思うかもしれませんが、放置するのではなく、やはり早めに対処しておきたい。
安全のためだけでなく、周りの人を不快にさせないためでもあるのです。
自分で対処したいところですが、あまりおすすめではありません。
ブレーキ周りは特にデリケートです。
対処を誤ると、かえってブレーキの利きが悪くなることがあります。
「オイルを差せばいいだけだよね」と思う人がいますが、そうではありません。
ますますブレーキの利きを悪くさせてしまうえ、ブレーキの寿命も縮めてしまいます。
ブレーキは安全に関わる重要部分なので、きちんと専門家に見てもらうのが安心です。
近場のサイクルショップに行って、お店の人に見てもらいましょう。
少しだけ手間と費用はかかりますが、安全のためには必要なことです。
あるところに親切な人がいました。
席を譲ろうと声をかけると、意外な言葉が返ってきました。
「私はそんな年寄りじゃない」と言い返されたのです。
逆ギレのような返事に、一瞬空気がぴりっとしました。
どうやら席を譲られたことを、自分が年寄りに見られたと思ったようです。
それは考えすぎです。
年寄りに見られたというのは勝手な思い込みです。
たしかに若い人でも、体調が悪そうなら、気を遣って席を譲ってもらうことはあります。
声をかけた人は、そんなつもりで声をかけたわけではありません。
あくまで純粋な親切心です。
普通に席を譲るつもりで声をかけただけです。
「私はそんな年寄りじゃない」と言い返すと、せっかくの親切を無にしてしまいます。
残念ながら、席を譲られたことを悪く誤解する人がいるものです。
人からの親切は、素直に受け取る人になりたい。
席を譲ってもらったら、相手の親切をありがたく受け取りましょう。
「わざわざ声をかけてくれてありがたい」と思えばいいことです。
たとえ年寄りに見られたとしても、気にしないことです。
相手に悪気はなく、あくまで純粋な親切心です。
取り立てて大きく騒ぎ立てることではありません。
人からの親切は、素直に受け止め、素直に喜んだほうがスマートです。
時には断りたいときもあるでしょう。
「大丈夫です。ご親切にありがとうございます」の一言で済む話です。
優しい言葉で断れば、声をかけてくれた人もにっこりできます。
席を譲られるシーンだけではありません。
「お手伝いしましょうか」「荷物を持ちましょうか」と声をかけられたときも「私はそんな年寄りじゃない」と言い返さないこと。
悪いほうに受け止めるのではなく、良いほうに受け止めましょう。
人の親切は素直に受け止める人が、愛されるのです。