チャンスをつかみたいなら「重い荷物」に注意してください。
重い荷物を持ち歩かないことです。
重い荷物を持っていると、それだけでチャンスに悪影響です。
仕事の予定をびっしり入れようとする人がいます。
毎日朝から晩まで予定がたくさん入っていると、充実しているように感じるもの。
いかにも仕事ができる人のように映ったり、社会から求められているように感じたりもしますね。
遅刻を防ぐためには、早めに家を出るのがいちばんです。
いつもより早めに家を出れば、それだけ時間に余裕ができます。
交通機関が乱れたり、少し道に迷ったりしても、焦る必要はありません。
節約は、無理のない範囲で行うことが大切です。
大きな我慢が必要だったり強いストレスが伴ったりするものは、なかなかうまくいきません。
最初はうまくいっても、長くは続かず一時的です。
つっけんどんな物言いで、人の趣味を否定する人がいます。
自分が理解できないからといって、人の趣味を悪く言うのです。
「ゴルフは意味がわからない。自分が打ったボールを追いかけるだけでばかばかしい」
私は故事ことわざ辞典が大好きで、日頃からよく読んでいます。
愛読書は『故事ことわざの辞典(あすとろ出版)』です。
およそ3,000の故事ことわざが掲載されていて、読み応えがあります。
良いお医者さんかどうか見分けるための、大事なポイントがあります。
きちんと患者の顔を見てくれるお医者さんかどうかです。
診察のとき、パソコン画面ばかりを見て、まったく患者の顔を見ないお医者さんがいます。
「来た仕事は断りません」
「依頼された仕事は必ず引き受けます」
世の中には「仕事を断らない主義」の人がいるものです。
「成功の保証があるならやります。保証がないならやりません」と言う人がいます。
残念ながら、こういう人は新しいことにチャレンジできません。
どんなチャレンジも、失敗する可能性があります。
あらゆるトラブルを前向きに受け止められる最強の言葉があります。
「これも人生の醍醐味」です。
泥棒に遭ったとき、仕事を首になったとき、入院することになったとき。
お酒の場で交渉を持ちかける人とは関わらないことです。
人はアルコールが入ると、判断力・思考力・記憶力が低下します。
酔っているときは頭の働きが鈍くなっているので、きちんとした交渉はできません。
ホラー映画やモンスター映画を見ていると「ある法則」に気がつきます。
たいてい最初にやられるのは、ちゃらちゃらした人なのです。
呪われた場所なのに、ほいほい平気で近づきます。
「うん」と「う~ん」は、字面も響きも似ています。
しかし、意味はまったく異なるので注意が必要です。
場面によっては、誤解やトラブルのもとになることもあります。
ニュースで「社運をかけた○○」という表現を見かけることがあります。
「社運をかけた新製品」
「社運をかけたプロジェクト」
やたら「正義」を口にする人には注意してください。
悪口ばかり言う人に注意するのはもちろんですが、やたら正義を口にする人にも注意が必要です。
正義は悪口と違って、良い言葉のように思われます。
完璧な人間であろうとすると、どうなるのでしょうか。
緊張を感じることが増えます。
ストレスに悩まされることが増えます。
料理にぶつぶつ文句を言う人がいます。
「まずい」
「おいしくない」
あなたは口が軽い人ですか。
それとも口が堅い人でしょうか。
「私はそれほど口が堅くない」「つい秘密を漏らしてしまう」という自覚を持つ人もいるでしょう。
人生でいちばんやってはいけないことの1つが「自暴自棄」です。
自暴自棄とは、自分の思いどおりにならないからと、将来のことを考えず、投げやりな行動を取ってしまうことです。
たしかに大きな壁にぶつかり、行き詰まった状況に陥ると、大きな不満や失望があるでしょう。
タイトルに「至急」とついたメールがあります。
どんな内容なのだろうと思って確認してみると、拍子抜けです。
まったく大したことではありません。
あなたの取引先の中に、金払いの悪いところはないでしょうか。
「払うべきお金をなかなか払ってもらえない」
「督促しても、あれこれ言い訳をされ、ごまかされる」
コンビニやスーパーで、首をかしげる食品を見かけることがあります。
「具だくさんに見せかけた食品」です。
見える部分は具がたっぷりあって、おいしそうです。
「ぎりぎりにならないとできない」と言う人がいます。
「ぎりぎりにならないと、仕事ができません」
「ぎりぎりにならないと、勉強ができません」
批判することはあっていいのです。
批判は悪いことだと思われがちですが、一概に言い切れません。
批判は、悪口ではありません。
「アドバイスをするなら、徹底するのが良い」と考える人がいます。
もちろん聞かれてもいないのに勝手にアドバイスを始めるのはNGですが、相手から質問されてアドバイスをするならいいのです。
頼られたときは、知識・知恵を惜しみなく提供しようと思います。
レストランで気になるセリフを耳にすることがあります。
ウエイターが「お飲み物はいかがなさいますか」と尋ねた際「水でいいです」と答える人がいます。
ときどき聞かれるセリフですが、ここに違和感を覚えるかどうかです。
何度も同じお店に足を運んでいると、特別扱いされるようになることがあります。
値引きをしてもらえたり、おまけをつけてもらえたり、無料でグレードアップをしてもらえたり。
他のお客さんにわからないよう、こっそり特別サービスをしてもらえます。
太りすぎを気にしている女性がいました。
自分の容姿に悩んでいて、くよくよ嘆いています。
「太っていて困っています。足が太くて、二の腕もぶよぶよです。もっと痩せたくて今ダイエット中です」
叱るときには、感情的になりやすいです。
どんなに感情的になっても、叱るのは言葉だけにしておきましょう。
ときどき言ってもなかなか聞いてくれない人がいます。
過去の成功例にとらわれないことです。
過去を振り返ったとき、誇らしい成功例があるでしょう。
成功例は自信につながります。
チャンスをつかみたいなら「重い荷物」に注意してください。
重い荷物を持ち歩かないことです。
重い荷物を持っていると、それだけでチャンスに悪影響です。
足取りが重くなり、体力の消耗が早くなります。
少し歩くだけで疲れ、移動に苦労します。
人によっては頭が痛くなったり気分が悪くなったりすることもある。
出社するだけでへとへとになってしまい、朝一から休憩が必要になります。
重い荷物は、頭の回転にも影響します。
頭がぼうっとしやすくなって、なかなか集中できません。
アイデアが浮かびにくくなるうえ、つまらないミスも起こしやすくなります。
重い荷物を持っていると、行動力の低下につながります。
遊びや飲み会に誘われたとき、重い荷物を持っていると「疲れるからまた今度」となります。
おのずとフットワークが重くなり、やる気・元気・行動力が奪われるのです。
できるだけ荷物を減らし、身軽になっておきましょう。
重い荷物をかっこいいと思わないことです。
軽い荷物がかっこいいのです。
荷物をコンパクトにすれば、身軽でいられます。
移動の際、体力の消耗が抑えられます。
フットワークが良くなるので行動力もアップします。
軽い荷物は心理的な負担が小さいため、自然と気持ちも上向きになります。
遊びや飲み会に誘われたとき、すぐ駆けつけられます。
仕事や出会いのチャンスが巡ってきたときも、さっとつかめるのです。
万全の準備を心がけようとすると、荷物の量が増えて重くなりがちです。
もちろん必要な荷物もありますが、できるだけ荷物の量を減らす工夫をしてください。
持つ必要ないなら、持たないのがいちばん。
ゼロにすることはできなくても、減らすことならできるはずです。
旅行の達人の特徴は、荷物が少ないことです。
限られた量でやりくりできるすべが身についています。
「必要になったら現地で買えばいい」という考え方をしています。
荷物が少ないとフットワークが軽くなるので、いろいろなところに遊びに行けて、旅行を満喫できるのです。
荷物は、少なければ少ないほどいい。
知恵と工夫を凝らして、できるだけ荷物の量を減らし、重さも大きさもコンパクトにしておきましょう。
わざわざ持ち歩く必要がないなら、自宅や会社に置いておけばいいことです。
どうしても必要なら、自宅と会社で同じものを2つ持つのも1つの手です。
荷物がコンパクトになるほど、チャンスをつかみやすくなるのです。
仕事の予定をびっしり入れようとする人がいます。
毎日朝から晩まで予定がたくさん入っていると、充実しているように感じるもの。
いかにも仕事ができる人のように映ったり、社会から求められているように感じたりもしますね。
忙しさに充実感を覚える人は少なくありません。
予定をびっしり埋めることをポリシーとしている人もいるようです。
特に仕事が生きがいになっている人は、その傾向が顕著です。
たくさん予定があることに快感を覚える人もいるのではないでしょうか。
しかし、ここに落とし穴があります。
息つく暇もないほど忙しいことほど危険なことはありません。
忙しくなればなるほど、大切なチャンスがつかめなくなるからです。
たとえば、遊びの誘いがあっても、忙しいと断らなければいけません。
仕事のチャンスが舞い込んでも、忙しいと断らなければいけません。
行きたいコンサートがあっても、忙しいと諦めなければなりません。
予約困難なお店に急な空きが出ても、忙しいと諦めなければなりません。
おいしい料理を食べる機会があっても、忙しいとゆっくり味わう暇がありません。
仕事で忙しいと、妻の出産に立ち会うチャンスを逃します。
わが子の運動会や授業参観に行くチャンスも逃します。
友人からの飲み会の誘いがあっても、断らなければいけません。
あまりに忙しいと健康診断に行く暇もありません。
何らかの病気がある場合、早期発見のチャンスを逃します。
忙しいのはいいのですが、忙しすぎるのは良くありません。
時間に余裕がないと、チャンスがあってもつかめなくなります。
「あのとき時間があれば……」とあとから悔やんでも、時すでに遅し。
余裕のない忙しさは、毒にしかなりません。
びっしり予定で埋められたスケジュール帳は、言い換えると、チャンスの入り込む隙間がないということです。
ビジネスのチャンス、出会いのチャンス、遊びのチャンスなど、あらゆるチャンスを逃すのです。
チャンスは、突然やってくるものです。
何の前触れもなく、いきなり目の前に現れます。
チャンスをつかみたいなら「適度な暇」をつくっておくことが大切です。
スケジュール帳に白紙があると落ち着かないようではいけません。
忙しくなりすぎないよう、適度な暇をつくっておきましょう。
時間に余裕をつくっておくことは大切です。
スケジュール帳には、適度に白紙をつくっておくほうがいいのです。
遅刻を防ぐためには、早めに家を出るのがいちばんです。
いつもより早めに家を出れば、それだけ時間に余裕ができます。
交通機関が乱れたり、少し道に迷ったりしても、焦る必要はありません。
時間に余裕があれば、間に合います。
家を出るのが早ければ早いほど、たっぷり余裕ができるので、遅刻することもなくなるように思われます。
ところが、余裕を持って家を出たからといって、100%安心とは限りません。
「間に合うが遅刻する」という不思議な現象があるのです。
たとえば、面接に行くとき、時間に十分余裕を持って会社に向かいます。
面接時間の1時間前に到着して、時間になるまで近くのカフェで暇をつぶしますが、ここでよくある失敗があります。
すっかりリラックスしてしまい、気づいたら約束の時間を過ぎていて、結局遅刻することになったという失敗があります。
友人と遊ぶ約束をして、時間に十分余裕を持って待ち合わせ場所に向かいます。
ずいぶん早めに到着して時間がたっぷりあるので、近くの本屋で暇つぶしをします。
本が面白くて没頭してしまい、気づいたら待ち合わせの時間を過ぎていたということがあるのです。
笑ってしまう話ですが、よくある話です。
余裕を持って家を出たとしても、安心とは限らないのです。
だからいって、ぎりぎりに出発するのは良くありません。
交通機関が乱れたり道に迷ったりすると、遅刻になってしまいアウトになります。
早めに家を出ること自体はまったく問題ないことであり、これからも継続したい習慣です。
この場合、どうすればいいのでしょうか。
面接のとき、早めに到着してカフェで時間をつぶすなら、アラームのセットをおすすめします。
万一リラックスしても、アラームが鳴れば気づけます。
友人と待ち合わせをするなら、いっそのこと待ち合わせ場所を本屋にすればいいのです。
早めに到着しても、本屋であれば上手に時間をつぶせます。
室内なので、天候の影響も受けません。
読書に没頭しても、相手が声をかけてくれます。
待ち合わせ場所付近に本屋がない場合は、アラームをセットして、時間前に気づけるようにしておくと良いでしょう。
節約は、無理のない範囲で行うことが大切です。
大きな我慢が必要だったり強いストレスが伴ったりするものは、なかなかうまくいきません。
最初はうまくいっても、長くは続かず一時的です。
遅かれ早かれ挫折して、失敗に終わるのです。
なぜ節約が失敗するのか。
ストレスに耐えられず、長続きしないだけ問題ではありません。
別のところでお金が必要になり、トータルで考えたとき、赤字になっているケースが多いのです。
たとえば、真夏の暑い中、エアコンをつけずに頑張りました。
暑さで体力を消耗します。
薄着をするにも限界があり、どうしても汗をかくので、水分補給で飲み物が必要になります。
せっかくエアコンなしで節約しても、余分に飲み物代がかかれば、節約より出費のほうが大きくなります。
食べたいものを我慢して、1,000円節約したとします。
食べたいものを我慢したぶんストレスがたまれば、ストレス解消が必要です。
ストレス解消目的で近くの遊興施設に行くなら、節約は帳消しになり意味がなくなります。
食事やゲームをすればするほど出費が増え、かえってマイナスになるのです。
チラシで安い商品を見つけたので、わずか数円の節約ではありますが、隣町のスーパーまで車を走らせました。
ところが、ガソリン代が余分にかかったため、節約したお金が帳消しになりました。
それどころかマイナス収支になってしまい、わざわざ隣町のスーパーまで車を走らせた意味がないのです。
頑張っている割に、節約できた金額は微々たるもの。
しかも別のところで出費があって、トータルで見ると赤字というケースが多いのです。
これでは何のための節約かわかりません。
大きな我慢やストレスが伴うような無理な節約は、トータルで考えると赤字になっているケースが少なくありません。
頑張れば頑張るほど、かえって出費が多くなるという悪循環に陥るのです。
人間はロボットではありません。
我慢にも限界があります。
ストレスをためれば、どこかで解消が必要になります。
節約の際は、ストレス解消にかかる費用も考慮しましょう。
「別のところで出費が増えないか」というチェックが必要です。
節約をするなら「無理のない範囲」が鉄則です。
ほとんどストレスがない方法だったり、ストレスがあったとしても普通に我慢できる方法だったりするものが長続きします。
無理のない範囲で節約するからこそうまくいくのです。
つっけんどんな物言いで、人の趣味を否定する人がいます。
自分が理解できないからといって、人の趣味を悪く言うのです。
「ゴルフは意味がわからない。自分が打ったボールを追いかけるだけでばかばかしい」
「筋トレは時間の無駄。必要以上に筋肉を鍛えても仕方ないでしょう。スポーツしながら鍛えるほうがかっこいい」
「推し活なんて気持ち悪い。お金がかかるだけで成長も何もない。いいように利用されているだけ」
その人にとっては正直な意見なのかもしれませんが、ここは注意したいところです。
どれも悪口です。
自分が理解できない趣味だからといって、安易に否定するのは良くありません。
その趣味に打ち込んでいる人を傷つけます。
うっかり口にした一言が、誰かを傷つけたり悲しませたりします。
世の中に敵を増やします。
思わぬ恨みを買う可能性もある。
SNSであれば、炎上の恐れもあります。
人の趣味を否定していると、人間関係のトラブルになるのも時間の問題です。
どんな趣味にも、楽しさ・面白さがあります。
自分にとって「つまらない」「面白くない」と感じる趣味でも、その人にとっては「楽しい」「面白い」と感じています。
どんな趣味にも価値があります。
自分ではまったく価値が感じられなくても、その人にとっては特別な価値を感じていて、有意義な時間を過ごしています。
人の価値観は千差万別です。
その趣味が生きがいとなっていて、人生を豊かさにつながっている人もいます。
趣味のおかげで人生が救われているという人もいます。
内心では「くだらない」「ばかばかしい」「どこが面白いの?」と思う趣味もあるでしょう。
心ではそう思っていたとしても、口に出して言わないことです。
心の中だけでとどめておきましょう。
たとえギャンブルが趣味という人でも、安易に否定しないことです。
世の中にはギャンブルに価値を感じている人もいます。
ギャンブルには、気晴らしやストレス解消など、ポジティブな要素もあります。
理解できない興味でも、否定も批判もしません。
どんな趣味でも、それを楽しんでいる人がいるかぎり、役立っているといえます。
相手の話に「そうなのですね」と相槌を打てばいいだけです。
否定も肯定もせず、評価を加えず受け止めます。
なかなか理解できなければ「私には、まだその楽しさを理解するだけの器が備わっていない」と考えましょう。
今の自分にはまだ理解できないだけであって、今後その趣味の素晴らしさを理解できるようになるかもしれません。
謙虚な考え方を持てば、理解できない趣味もうなずけます。
自分が理解できない趣味だからといって、否定しないことが大切です。
私は故事ことわざ辞典が大好きで、日頃からよく読んでいます。
愛読書は『故事ことわざの辞典(あすとろ出版)』です。
およそ3,000の故事ことわざが掲載されていて、読み応えがあります。
レイアウトが見やすく、解説もわかりやすい。
さらに出典・同義語・類義語・豆知識なども掲載されていて面白いのです。
辞書としての活用というより、もはや読書感覚で読んでいます。
本棚に常備している本の1つです。
ことわざ辞典を眺めていると、あることに気づかされます。
「発言に関することわざの多さ」に気づかされるのです。
「口は禍の門」
「禍は口から」
「舌は禍の根」
「舌の剣は命を断つ」
「物言えば、唇寒し、秋の風」
「三寸の舌に五尺の身を亡ぼす」
「物は言い残せ、菜は食い残せ」
「病は口より入り、禍は口より出ず」
「吐いた唾は呑めぬ」
「口から出れば世間」
「駟馬も追う能わず」
「人の口に戸は立てられぬ」
「胸三寸に納める」
「雉も鳴かずば打たれまい」
それぞれ表現は異なっていますが、いずれも言わんとしていることは同じです。
「口にする言葉には注意しましょう。さもなくば、取り返しのつかないことになりますよ」を意味しています。
「失言で失敗するケースは昔から多かったのだなあ」と痛感させられます。
発言に関することわざがこれほど多いということは、それだけ昔から、発言の難しさに悩まされてきた証拠です。
そしてそれは今でも同じことです。
話すのは簡単です。
思ったことをさらっと言えてしまいます。
言いすぎてしまった経験、うっかり口が滑った経験は、誰にでもあるものです。
だからこそ注意が必要です。
うっかり口にした一言によって、トラブルを招くことがあります。
時には地位や財産を失うなど、大きな災いをもたらすこともあるのですから、これほど恐ろしいことはありません。
軽はずみな発言によって辞任に追い込まれた政治家は少なくありません。
「口が滑りました。ごめんなさい」では済まされないこともあります。
あとから発言を撤回しても「発言をした事実」は残ります。
今この瞬間も、どこかの政治家が軽はずみな発言により、苦境に立たされているかもしれません。
失言とはそれだけまでに恐ろしく、慎重さが求められるということです。
発言をする前には、一呼吸置きましょう。
口にする前に、一歩引いて考える余裕を持ちたい。
「これを言ってもいいだろうか」「誰かを傷つけないだろうか」「余計な一言ではないだろうか」と。
早口になると口が滑りやすくなるため、ゆっくりと穏やかな口調を心がけるのが良いでしょう。
特に重要な場面では、発言前に一呼吸も二呼吸も置くことが欠かせません。
発言の重要性は、ビジネスでもプライベートでも共通です。
ささいな失言によって、思わぬトラブルを招くことがあります。
何気ない発言が、誰かを深く傷つけることもあります。
発言は、注意してもしすぎることはないのです。
良いお医者さんかどうか見分けるための、大事なポイントがあります。
きちんと患者の顔を見てくれるお医者さんかどうかです。
診察のとき、パソコン画面ばかりを見て、まったく患者の顔を見ないお医者さんがいます。
患者が体調について話すとき、パソコン画面のほうを向いたまま耳を傾けます。
患者が質問をしても、パソコン画面のほうを向いたまま返事をします。
パソコン画面にカルテ情報が表示されていて、詳細を確認しているのはわかります。
多くの情報が載っていれば、チェックも入念になるでしょう。
そうだとしてもまったく患者の顔を見ないのは、大きなマイナスポイントです。
残念ながら、そういうお医者さんは信頼できません。
患者としてはきちんと診てもらえていない印象を受け、強い不安や疑念を抱いてしまうのです。
相手の顔を見て話すことは、コミュニケーションの基本、信頼関係を結ぶ基本です。
患者の顔には、カルテに載らない情報が載っています。
顔色には体調が反映されています。
顔の表情には、苦しみやストレスの度合いが表現されます。
患者の顔を見ないということは、そうした大事な点を見落とす可能性があるということです。
どれだけカルテに詳細が載っていても、患者の顔を見ないできちんと診察するのは困難です。
患者の顔を見ないのは、患者と向き合っていないのと同じこと。
いくら腕が良かろうと、いくらキャリアがあろうと、患者の顔を見ないお医者さんとは信頼関係を結ぶことはできないのです。
体調が悪くて病院に行くことがあれば、きちんと自分の顔を見てくれるお医者さんがどうか、チェックしてください。
まったく自分の顔を見てくれないお医者さんなら、別の病院に行くか、別のお医者さんに変えてもらうかするといいでしょう。
お医者さんに失礼と思う必要はありません。
特にかかりつけ医は、きちんと患者の顔を見てくれるお医者さんを選びたい。
かかりつけ医とは長い付き合いになる可能性があるため、信頼関係を重視しましょう。
話しやすくて、親身に相談を聞いてくれるお医者さんであることが大切です。
そのためにも、きちんと顔を見てくれるお医者さんであることが欠かせません。
自分の健康にも関わることですから、できるだけ良いお医者さんを選ぶようにしましょう。
「来た仕事は断りません」
「依頼された仕事は必ず引き受けます」
世の中には「仕事を断らない主義」の人がいるものです。
仕事を断らない主義の人がいると「仕事のできる人」という感じがします。
仕事ができて、自分に自信がある様子がうかがえます。
頼りがいがあって、責任感が強く、プロフェッショナルという印象を受けるでしょう。
「私は来た仕事を断らないポリシーです」と言えば、誰の目にもかっこよく映ります。
周りから「プロですね」「社会人の鏡ですね」と称賛されるでしょう。
成功者のインタビューでも「仕事を断らない」という類いの話がよく登場します。
そういう話をよく見聞きするので「私も仕事を断らない主義でいこうかな」と考えがちです。
しかし、ここは肝心です。
たしかに仕事を断らない主義は立派なことではありますが、大きなリスクを潜んでいます。
人間は、無限に仕事ができるわけではありません。
どれだけ仕事ができる人でも、キャパシティーには限界があります。
依頼されるがままどんどん仕事を引き受けていたら、体を壊すのは時間の問題です。
いつかキャパシティーはゼロになり、大変なことになります。
すでに引き受けている仕事の質を落としかねないのです。
うつ病になった人は、真面目で責任感が強い人が多く「来た仕事は断らない」という働き方がよく見られます。
どんどん仕事を引き受けてしまったため、限界を超えてしまい、体を壊すことになったのです。
「私は仕事を断らない主義です。今まで一度も断ったことがありません」と豪語する人を見かけます。
それを真に受けないことです。
本当にすごい人か、もしくはまだ限界を経験したことがないかです。
その人のケースでは、たまたま体を壊す前にうまくいっただけの話です。
そもそも成功者には、日頃から体を鍛えていて、優れた体力の持ち主が多く、キャパシティーは大きめです。
成功者でも、さらに強い負荷がかかり続ければ、いつかはつぶれます。
生存者バイアスに惑わされると、痛い目に遭います。
断る勇気を持ちましょう。
余裕がなければ、勇気を出して断ります。
条件の良い仕事でも、いっぱいいっぱいのときは、きちんと断ることが大切です。
「申し訳ございませんが、今は余裕がありません」の一言で済む話です。
仕事をいただけるのは嬉しいことですが、そこで見栄を張って無理しても仕方ありません。
無理をするなら「背伸びまで」です。
明らかに背伸びの範囲を超えているなら、無理と判断して、きちんと断ります。
すでに引き受けている仕事をきちんとやり遂げるためにも、勇気を持って断るのが賢明です。
「仕事を断ったら仕事がなくなりそう」と不安に思う人もいるかもしれません。
もちろんリスクはあります。
だからといって無理をするのは良くありません。
仕事よりも健康のほうが大事だからです。
仕事を断って仕事がなくなれば、そのときはそのときです。
ベストを尽くした結果なら仕方ありません。
無理に引き受けたとしても、体を壊していたのですから「正しい選択だった」と考えましょう。
お金も大切ですが、健康はもっと大切です。
健康以上に大切なものはないのです。
「成功の保証があるならやります。保証がないならやりません」と言う人がいます。
残念ながら、こういう人は新しいことにチャレンジできません。
どんなチャレンジも、失敗する可能性があります。
成功率100%のチャレンジはありません。
成功率100%のチャレンジがあるとしたら、それはもはやチャレンジではなく、単なる実行です。
投資にチャレンジしても、損をする可能性があります。
新しい仕事にチャレンジしても、失敗する可能性があります。
フルマラソンにチャレンジしても、棄権する可能性はあります。
資格試験にチャレンジするにも、落ちる可能性があります。
新しい習い事にチャレンジしても、挫折する可能性があります。
チャレンジにはリスクがつきものです。
どんなチャレンジも、大なり小なり、失敗のリスクがあります。
時間・お金・労力が報われず、ご破算になる可能性があります。
成功の保証を求めたら、何もチャレンジできなくなります。
失敗の可能性を下げることはできても、ゼロにすることはできません。
「成功の保証がないならやりません」という思考になっていると、一生何もチャレンジできないのです。
成功の保証を求めるのはやめましょう。
自分のチャレンジに責任を持ち、失敗のリスクを許容することです。
心がけたいのは「失敗して上等」の精神です。
失敗の覚悟を持てば、勇気が出ます。
チャレンジができる人は、失敗のリスクを受け入れられる人です。
そういう人が強いのです。
たとえ失敗しても、悪いこととは限りません。
一度でも経験できれば、手応えがつかめます。
失敗から学べることも多い。
失敗の原因が判明して、きちんと改善できれば、再チャレンジの成功率を上げられます。
失敗も経験の1つです。
チャレンジをすれば、成功・失敗にかかわらず「チャレンジをした」という事実と経験が残ります。
どんなチャレンジも、必ず経験値が上がるので成長につながります。
失敗して、お金を失うことになったら「授業料」と考えましょう。
失ったお金は、また稼げばいいだけです。
時間はかかりますが、あとから取り返せるのは幸いです。
建設的な考え方を持てば、失敗から早く立ち直れます。
失敗したとしても、それはそれで価値のあることですから、恐れる必要はありません。
失敗するのも、立派な前進なのです。
あらゆるトラブルを前向きに受け止められる最強の言葉があります。
「これも人生の醍醐味」です。
泥棒に遭ったとき、仕事を首になったとき、入院することになったとき。
トラブルに見舞われたときは、こう口ずさみましょう。
「これも人生の醍醐味」と。
泥棒に遭ったら「これも人生の醍醐味」と考えましょう。
仕事を首になったら「これも人生の醍醐味」と考えましょう。
けがや病気で入院することになったら「これも人生の醍醐味」と考えましょう。
「最悪だ」「人生が終わった」「お先真っ暗だ」と思えるような、ひどいトラブルもあるかもしれません。
時には命に関わるようなトラブルもあるでしょう。
そんなときでも「これも人生の醍醐味」と思えば、前向きに受け止められます。
結局のところ、すべてのトラブルは人生の醍醐味です。
人生の醍醐味とは、良い出来事だけをいうのではありません。
悪い出来事も、人生の醍醐味です。
悪い出来事も、良い出来事と同様、人生を深く味わうものだからです。
それに気づくか気づかないか、生かすか生かさないかです。
人生の醍醐味は、いつでもどこでも楽しめるわけではありません。
意図してつくれるものではなく、運や偶然の要素が絡んでいます。
トラブルが起こったら、貴重なチャンスです。
人生の醍醐味として前向きに受け止め、たっぷり味わいましょう。
泣いたり落ち込んだりするかもしれませんが、それでもいいのです。
経済的な損失があったり、人生が停滞したりするかもしれませんが、それでもいい。
トラブルが起こるたびに「これも人生の醍醐味」と口ずさむことを習慣にしておきましょう。
心の傷は、時間が解決します。
失ったお金はまた稼げばいいことです。
仕事を失っても、また新しい仕事を見つければいいだけです。
あらゆるトラブルを「これも人生の醍醐味」と言い切れば、どんなトラブルも前向きに受け止められます。
前向きに受け止めることさえできれば、パワーが湧いてきて、うまく乗り越えられるのです。
お酒の場で交渉を持ちかける人とは関わらないことです。
人はアルコールが入ると、判断力・思考力・記憶力が低下します。
酔っているときは頭の働きが鈍くなっているので、きちんとした交渉はできません。
飲酒中はふわふわして心地よい気分になりますが、頭の働きは著しく低下している状態です。
仕事中の飲酒が厳禁なのは言うまでもありません。
アルコールの悪影響が仕事に及ぶからです。
アルコールが入ったタイミングで交渉を持ちかける人は、お酒の力を利用してあなたを操ろうとしています。
これほど失礼なことはありません。
お酒の場で取引や契約を結ぶと、十中八九、あとから悔やむことになります。
酔いが覚めてから「余計な取引を結んでしまった」「調子に乗って契約を結んでしまった」となり、顔が青ざめます。
「こんな契約を結んだ記憶はない」となることも少なくありません。
欧米では、お酒の場で交渉を持ちかけるのはマナー違反とされています。
お酒の場で交渉を持ちかけるのは不誠実な姿勢として映り、警戒されるのです。
お酒の場で交渉を持ちかける人とは関わらないようにしましょう。
一方あなたも、お酒の場で交渉を持ちかける人間にはならないことです。
お酒の場で取引や契約を結ぼうとすると、相手から警戒されます。
「アルコールが入っているときに大事な交渉を持ち出すなんて失礼」と反感を買い、ビジネストラブルに発展する恐れもあります。
仮に交渉がうまくいっても一時的です。
取引や契約が継続されず、早々に打ち切られます。
遅かれ早かれ話がこじれるため、ビジネスパートナーとして長く付き合うことが困難となります。
ホラー映画やモンスター映画を見ていると「ある法則」に気がつきます。
たいてい最初にやられるのは、ちゃらちゃらした人なのです。
呪われた場所なのに、ほいほい平気で近づきます。
危険なモンスターがいそうな場所なのに、へらへらしながら無防備に近づきます。
周りが「気をつけろ!」「そっちに行ってはダメだ!」と警告しているのに、ちゃらちゃらした人は聞く耳を持ちません。
「そこに行ってはダメだ」と言われても「大丈夫、大丈夫。これくらい問題ない。へへへ」と言いながら侵入します。
そして得体の知れない何かに襲われ、あっさり命を落とすのです。
もはやホラー映画・モンスター映画の定番シーンです。
この法則に気づくと、誰が最初にやられるのかわかるようになります。
ちゃらちゃらした人が登場すると、死亡フラグが立ち「ああ、最初に命を落とすのはこの人だな」とわかるようになるのです。
映画は、私たちに大切なことを教えてくれます。
ここから得られる教訓は「軽率な振る舞いは命に関わる」ということです。
軽率な振る舞いは、マナーや態度が悪いだけの問題ではありません。
最悪の場合、命を落とすことになります。
「映画の話であって現実は違う」と思うかもしれませんが、そうではありません。
映画とはいえ、現実にも通じるところがあり、大変参考になります。
現実でも、ちゃらちゃらした振る舞いをしていると、痛い目に遭います。
ネットで炎上する人は、決まって「ちゃらちゃらした人」です。
いじめ動画・犯罪動画・迷惑動画を、SNSに投稿します。
本人は「大丈夫、大丈夫。これくらい問題ない。へへへ」と軽く考えています。
そして案の定、すぐネットで拡散します。
炎上したりテレビでニュースになったりして、大騒ぎになるのです。
本人が「しまった」と思ったときは、もう手遅れです。
世間からの厳しいバッシングが止まりません。
本人は、想像以上の苦しみを味わうことになります。
自宅や勤務先が特定されます。
普通の日常生活を送ることが困難になります。
自分だけでなく、家族まで巻き込んでしまいます。
そのことで最悪、命に関わるケースもあるのです。
私たちの身の回りにも、得体の知れないモンスターが潜んでいます。
軽率な行動は取らないことです。
ルールは破りません。
悪いことはやりません。
法に反することはしません。
たとえ法に反しなくても、マナーやモラルに反することはやらないでおくのが賢明です。
リスクを甘く見積もると、大変なことになります。
ホラー映画・モンスター映画を思い出してください。
最初に命を落とす人は、ちゃらちゃらした人です。
「これくらい平気さ」「ちょっとくらい大丈夫」と軽率な行動を取ると、けがでは済みません。
最悪、命に関わるのです。
「うん」と「う~ん」は、字面も響きも似ています。
しかし、意味はまったく異なるので注意が必要です。
場面によっては、誤解やトラブルのもとになることもあります。
これは日常会話に潜む注意すべきポイントの1つです。
首を縦に振る「うん」は、承諾・肯定という意味です。
「イエス」という意思表示として明確なので、ほとんど誤解の余地がありません。
首を縦に2回振る「うんうん」なら、ますます意味が明確です。
首を縦に振る「うん」に関して、トラブルが起こることはほとんどないでしょう。
一方で問題となりやすいのが、ため息交じりの「う~ん」です。
一見すると「悩んでいる」「困っている」といった印象を与え「イエス」でも「ノー」でもない曖昧な返事に聞こえます。
ところが、後になって本人が「あのとき『うん』と言ったじゃないか」と言い出すことがあります。
これは紛らわしいです。
たしかにため息交じりの「う~ん」は、受け止めによっては、承諾・肯定の「うん」に聞こえなくもありません。
うつむきながら「う~ん」と言われると、うなずいているようにも見えてしまい、ますます曖昧です。
どちらの意味にも取れます。
ここで「承諾した」「聞いていない」といった認識のずれが生じて、思わぬトラブルに発展することがあるのです。
こうした誤解を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
「うん」「う~ん」の一言だけで会話を終わらせず、補足の言葉を添えることが大切です。
たとえば、承諾・肯定の意味なら「うん、わかりました」「うん、ぜひお願いします」といった一言を添えましょう。
悩んでいる意味なら「う~ん、まだわかりません」「う~ん、もう少し時間をください」といった一言を添えましょう。
補足の言葉を添えることで、相手に伝わる意図がぐっと明確になるのです。
ニュースで「社運をかけた○○」という表現を見かけることがあります。
「社運をかけた新製品」
「社運をかけたプロジェクト」
「社運をかけた大型買収」
社運とは、会社が栄えるか滅びるかの運命のことです。
文字通り、会社の存続をかけた大きな決断を意味します。
「社運をかけた○○」と聞くと、大胆な勝負に出た印象を受け、期待が高まるでしょう。
社運をかけた商品・サービスがヒットすれば、一気に売上が伸び、大きな飛躍できるはずです。
しかし、実際はどうでしょうか。
テレビや新聞で「社運をかけた○○」というフレーズを見かけたら、その後の展開を追ってみるといいでしょう。
成功例より、苦しい結末を迎えるケースのほうが目立つはずです。
なぜ社運をかけたことは失敗に終わるのか。
最大の理由は、経営判断が「ギャンブル」に近づいてしまっているからです。
ギャンブルは、ハイリスク・ハイリターンです。
ハイリターンは大きな魅力ですが、ハイリスクになっているなら、もはや合理的な経営判断とは言えません。
すでに冷静な思考を失っていて、経営のコントロールが利かなくなっています。
社運をかけるということは「失敗すれば倒産の可能性が高まる」という意味でもあります。
大きなリターンがあるとはいえ、多くの従業員や取引先を抱える企業が、一度の大勝負に資源を集中させるのは大変危うい状況です。
リスクが大きすぎるアクションを取る時点で、冷静な意思決定が難しくなっている状態といえます。
お金がないと冷静さを失うのは、個人も企業も同じです。
すでに資金の余裕がなくなっている状態であり、一発勝負に賭けないといけないような窮地に陥っています。
社運をかけることは、経営に追い込まれた末に選ばれやすい手段です。
社運をかけることに取り組み始めたら、その企業は、経営が危機的局面に入っているといえます。
社運をかけることをしている企業とは、一定の距離感を保つことが賢明です。
「社運をかけた○○」というフレーズを見かけたら、警戒のサインと受け止めるのがいいでしょう。
たとえば、自社が社運をかける状況に入り始めたら、将来の選択肢を早めに検討しておくのが得策です。
また投資先の企業が社運をかけるような経営に踏み切った場合も、リスク管理の観点から、慎重な判断が求められます。
やたら「正義」を口にする人には注意してください。
悪口ばかり言う人に注意するのはもちろんですが、やたら正義を口にする人にも注意が必要です。
正義は悪口と違って、良い言葉のように思われます。
辞書を引くと「正しい道義。人が従うべき正しい道理」とあります。
たしかに正義にはポジティブな意味があります。
正義という言葉は、否定しにくく、素晴らしいことであるかのように思われます。
しかし、時に正義は、間違った方向で働くこともあります。
現実を見てください。
過去を振り返ると、多くのは戦争は「正義のため」と称して行われてきました。
「正義のための戦い」
「正義のために立ち上がろう」
「正義のために力を貸してほしい」
そして現在でも「正義」の名のもとに戦争が進行中です。
正義を突き詰めると、最終的に戦争に発展するのです。
やたら正義を口にする人は、自分の信念が絶対と考え、狭い考えにとらわれています。
「○○であるべきだ」という考えに固執していて、危険な行動に出る可能性が少なくありません。
正義は良い言葉に思えますが、誤った主張に付されていることも少なくありません。
刑事ドラマ『踊る大捜査線』では、和久刑事が「正義なんて言葉は口に出すな。死ぬまでな。心に秘めておけ」と言っています。
正義とは相対的なものにすぎません。
自分にとっての正義は、誰かにとっての悪になることがあるということです。
「正義、正義」とやたら連呼する人がいれば、注意フラグを立てておくのがいいでしょう。
安易に同調していると、面倒なトラブルに巻き込まれる可能性があります。
できるだけ距離を置いて、近づかないでおくのが賢明です。
完璧な人間であろうとすると、どうなるのでしょうか。
緊張を感じることが増えます。
ストレスに悩まされることが増えます。
小さな間違いや失敗にも敏感になって落ち込むことが増えます。
完璧であろうとすると、身も心もどんどん疲弊していき、遅かれ早かれ、気が変になるのです。
時には精神に異常を来し、病気になることも少なくありません。
完璧な人間であろうとすると「あなたは間違っている!」と人を攻撃することも増えるため、人間関係にも悪影響です。
そもそも人間自体が完璧ではありません。
完璧ではない人間が完璧な人間であろうとするのは、大きな矛盾です。
中にはうまくやっている人もいるかもしれません。
それはまだ気が変になっていないだけです。
そのまま完璧な人間であろうと頑張り続ければ、いずれ限界に達するのは時間の問題です。
どんどん心身を消耗していき、どこかで必ず壊れます。
最終的に行くつくところは同じなのです。
完璧な人間であろうとするのはやめることです。
「完璧な存在」と聞くと神様を思い浮かべますが、そもそも神様は人間ではありません。
人間ですから、間違えることもあれば、失敗することもあります。
怒ることもあれば、ど忘れをすることもあります。
それは普通のことであり、とても人間らしいことです。
完璧な人間であろうとするのはやめ、不完全な自分を受け入れましょう。
最初から実現不可能なことなのですから、さっさと諦めるのが正解です。
ど忘れをしてもいいと、自分を許しましょう。
たまにはミスや間違いがあってもいいと、自分を許しましょう。
完璧な人間であろうとするのをやめれば、驚くほど心身が軽くなります。
緊張やストレスを感じることが減って、気持ちが安定します。
落ち込むことも減って、いつも明るい気持ちでいられます。
幸せを感じることも増えるのです。
自分の中で矛盾が消えるからです。
完璧な人間であろうとするのをやめると、自分らしく生きられるようになるのです。
料理にぶつぶつ文句を言う人がいます。
「まずい」
「おいしくない」
「盛り付けが変」
「味が薄い」
「食感が悪い」
口に合わないと、文句を言うのも仕方ないように思われます。
正直な意見かもしれませんが、ここは注意したいところです。
料理に文句ばかり言っていると、もっと大変なことになります。
おいしい料理にまで文句を言うようになるのです。
おいしい料理なら文句を言わないと思うかもしれません。
いいえ、違います。
信じられないことに、おいしい料理でも文句を言うのです。
「おいしいけど、量が少ない」
「おいしいけど、値段が高い」
「おいしいけど、盛り付けが悪い」
「おいしいけど、カロリーが高い」
「おいしいけど、冷めたらまずくなる」
「おいしいけど、これくらい誰でもつくれる」
「おいしいけど、だんだん飽きてきた」
余計な一言を言うのです。
せっかくのおいしい料理も、余計な一言で台無しです。
つくってくれた人をがっかりさせます。
一緒に食事をする同席者がいれば、残念な気持ちにさせてしまうでしょう。
癖は怖い。
悪気がなくても、無意識にあら探しをします。
文句を言う癖があると、良しあしに関係なく、何でもかんでも文句を言う人間になるのです。
たとえ良いものでも、文句を言うようになります。
だから、日頃から文句を言わないことです。
文句は禁句です。
料理が気に入らないときは、表現を工夫しましょう。
苦手な味なら「変わった味ですね」「面白い味ですね」といった表現が便利に使えます。
料理の量が多くて、食べきれなければ「十分いただきました」と言いましょう。
食事を終えたら、手を合わせて「ごちそうさまでした」の一言で締めくくることも忘れません。
願わくは、ポジティブな発言を心がけたい。
おいしくない料理でも、何から何まで悪いわけではないでしょう。
料理が口に合わなくても、盛り付けが美しいかもしれません。
旬の食材が使われているかもしれません。
味わいのある器が使われているかもしれません。
じっくり探せば、良いところが見つかります。
1つでも良いところが見つかればいいのです。
「きれいな盛り付けですね」「旬の食材が目を引きますね」「味わいのある器ですね」と称賛できます。
文句を言うのが癖になるなら、褒めることも癖になります。
褒めるのが癖になれば、自分も周りも笑顔にできるのです。
あなたは口が軽い人ですか。
それとも口が堅い人でしょうか。
「私はそれほど口が堅くない」「つい秘密を漏らしてしまう」という自覚を持つ人もいるでしょう。
「ここだけの秘密だよ。誰にも言わないで」とお願いされたことでも、つい口が滑ってしまう。
お酒が入ったときや、場が盛り上がったときなどは、口外を禁じられた話でも、思わず漏らしてしまうことがあるものです。
口外厳禁と念を押されることも厄介なものです。
守ろうとすればするほど気が抜けず、注意を払い続けなければいけません。
きちんと守ろうとするのは、簡単なことではありません。
これは24時間365日、見張りの仕事をしているようなもの。
少しも気が抜けず、精神的に疲れてしまいます。
人は忘れる生き物なので、秘密を守ること自体を忘れてしまい、うっかり話してしまうこともあるでしょう。
100%秘密を必ず守り抜くのは、簡単なようで、意外と難しいもの。
できるだけ口を堅くしようと思っていても、なかなかうまくいかない人も多いのではないでしょうか。
口が軽い人は、どうすれば口を堅くできるのでしょうか。
シンプルで効果的な方法があります。
そもそも秘密を聞かないようにするのです。
知らなければ、誰かに漏らしようがありません。
うっかり口が滑ることもありません。
どれだけ口が軽い人でも、知らないことを話してしまうことはないのです。
たとえば、相手が秘密を話そうとしたら「それ以上言わないで!」と話を遮りましょう。
話の流れや雰囲気から「これから秘密を話しそうだ」と感じたら、その時点でストップをかけることが大切です。
相手に「話さないでほしい」とお願いして、秘密が耳に入らないよう心がけましょう。
「○○さんって口が堅いですか」と聞かれたときは「秘密を守る自信がない」と正直に答えるのがいいでしょう。
素直にNGを出すことが、トラブルを防ぐ最善策です。
グループ内で秘密話が始まりそうな雰囲気を感じたら、適当な理由を付けて、その場から離れましょう。
用事を思い出したふりでもかまいません。
たとえ興味があったとしても、気になる気持ちを振り払い、その場から離れるのが賢明です。
大切なのは「できるだけ秘密を知らないように心がけること」です。
秘密を知らなければ、人が話すことなければ、口が滑ることもないのです。
「知らぬが仏」という言葉もあります。
世の中には、知らないほうがいいこともあるのです。
「漏らさない努力」から「知らないようにする努力」へと切り替えましょう。
秘密を知らないことで感情がかき乱されることが減り、精神的にも安定します。
人生でいちばんやってはいけないことの1つが「自暴自棄」です。
自暴自棄とは、自分の思いどおりにならないからと、将来のことを考えず、投げやりな行動を取ってしまうことです。
たしかに大きな壁にぶつかり、行き詰まった状況に陥ると、大きな不満や失望があるでしょう。
何をやってもうまくいかず、ストレスが限界まで達すると、何もかもが嫌になります。
「どうでもいい」「どうにでもなれ」という気持ちになると、爆発的な衝動に駆り立てられるものです。
しかし、現実を見てください。
「自暴自棄になったら解決した。うまくいった」という話はありません。
むしろますます状況が悪くなっていきます。
自暴自棄になったら、自分を傷つけるだけではありません。
家族を悲しませます。
他人を傷つけることもあります。
お金を失うばかりか、大きな借金を背負うこともあります。
取り返しのつかない事態に発展してしまう可能性もゼロではありません。
ダークサイドに落ちたら、二度と引き返せません。
自暴自棄になって行動したら、大きな後悔が待っているのです。
自暴自棄になりそうなときがあっても、ぎりぎりのところで踏ん張ってください。
「もうどうでもいい」と思っても「もう少し踏ん張ろう」と自分を励まし、自制を心がけましょう。
すべての道が閉ざされたように思えても、そう感じるだけかもしれません。
疲れているなら、きちんと休みましょう。
気が済むまで、たっぷり寝るのも良し。
体力が回復して少し余裕が出たら、まだ頑張れるようになります。
ストレスをためているなら、リフレッシュをしましょう。
好きなことや楽しいことをすれば、元気が出てきます。
大きなストレスでも、全力でリフレッシュすれば、解消できるのです。
1人で解決できないなら、素直に人を頼りましょう。
自分が情けないと思うことはありません。
できないことや難しいことは誰にでもあることで、そんなときは人を頼ることも大切です。
なかなか人に言えないことでも、恥をさらすつもりになれば、勇気が出ます。
専門家の力を借りれば、難しいこともすんなりできることがあります。
自暴自棄になりそうな自分がいても、自分を励まし、希望を持つことが大切です。
「神様は、乗り越えられない試練は与えない」という言葉もあります。
諦める前に、何か別の手だてがないか、もう一度よく考えてみてください。
悪あがきでもいいので、やれることをやってみることです。
「ダメ元」の精神でチャレンジしてみましょう。
諦めずにもがいていると、チャンスに恵まれ、道が見えてくるのです。
タイトルに「至急」とついたメールがあります。
どんな内容なのだろうと思って確認してみると、拍子抜けです。
まったく大したことではありません。
「早めに読んでおいたほうがいいよ」という程度の内容です。
いつでも読んでもいいようなことです。
重要そうに思えて、実はまったく大したことではないのです。
「緊急で動画を回しています」から始まる動画があります。
緊急と言うからには、1分1秒を争うような内容なのだろうと思います。
ところが、いざ視聴してみると、まったく大した内容ではありません。
よくある普通の動画です。
「どこが緊急なの?」と首をかしげる内容です。
その人は再生回数を上げたいために「緊急」というワードを使っているのです。
タイトルに「至急」とつくメールを送る人は、日頃からよくそういうメールを送っています。
「緊急で動画を回しています」と使う人も、日頃からよくそういう動画を撮っています。
こういう大げさなワードを使う人は、だいたい同じ人ばかり。
癖になっているのです。
本人は騙しているつもりはなくても、受け止める側からすると騙されたような気分になります。
結局のところ「早く返信がほしいだけ」「再生回数を上げたいだけ」なのです。
もちろん世の中には、本当に至急・緊急と言えるケースがあるのも事実です。
至急や緊急というワードは、ここぞというときに使うものです。
日頃から至急・緊急を多用して、そのたびに相手を落胆させていると、本当に至急・緊急のとき信じてもらえなくなります。
「どうせまた」と思われ、スルーされるのがオチです。
きちんと見てもらえないのです。
いったんそういうイメージがつくと、なかなか元に戻すのは困難です。
一度出来上がったイメージを変えるには、長い時間がかかります。
「至急」「緊急」は、使うことはあっても、使いすぎないことが大切なのです。
あなたの取引先の中に、金払いの悪いところはないでしょうか。
「払うべきお金をなかなか払ってもらえない」
「督促しても、あれこれ言い訳をされ、ごまかされる」
「何度か督促をした後、ようやく入金してもらえる」
もし金払いの悪い取引先があるなら、1つ言えることがあります。
その取引先は「時限爆弾」です。
今はまだ経営が続いていても、遅かれ早かれダメになるのは、時間の問題です。
相手が個人であろうと法人であろうと、同じことが言えます。
たとえ資本金が大きかろうと、従業員数が多かろうと、大口契約であろうと、それらに惑わされてはいけません。
金払いが悪いということは、財務状況が悪い証拠です。
資金が底を突きかけているため、支払いが遅れがちになっています。
外面や体裁は立派でも、内情は火の車になっているでしょう。
いわゆる自転車操業の状態なのです。
「金払いは悪いけど、良い取引先なんだよね」
そう思うなら誤解です。
金払いが良くて良い取引先はあっても、金払いが悪くて良い取引先はありません。
金払いが悪い時点で、すでに悪い取引先になっています。
「何かトラブルがあってから対処すればいい」と思うかもしれませんが、油断が命取りです。
金払いが悪い時点で、すでにトラブルが発生している状況です。
今は遅れがちで入金があっても、いずれその取引先は経営が行き詰まり、完全にお金を払ってもらえなくなるでしょう。
夜逃げをされたり、不渡りが出たりする可能性もゼロではありません。
「金払いが悪い=悪い取引先」と考えて間違いありません。
今は支払いが遅れる程度で済んでいても、いずれ完全に支払われないことになるでしょう。
こちらまで巻き込まれてしまい、痛い目に遭うことになります。
なかなか切りにくい取引先かもしれませんが、ビジネスに必要な新陳代謝として割り切りましょう。
取り返しのつかないことが起こる前に対処しましょう。
大口契約であれば、心理的な抵抗もありますが、心を鬼にすることです。
大きなダメージで最悪の状況になるくらいなら、早めに切っておくほうが、小さなダメージで済みます。
金払いの悪い取引先は、時限爆弾です。
早めに切っておくのが正解なのです。
コンビニやスーパーで、首をかしげる食品を見かけることがあります。
「具だくさんに見せかけた食品」です。
見える部分は具がたっぷりあって、おいしそうです。
ボリュームに魅了されて買うのですが、実際に食べてみると、中身はほとんどなくてすかすかなのです。
パンやサンドイッチでありがちです。
一口食べたとき、妙にすかすかで気づきます。
心の中で「騙された」と思ってしまう瞬間です。
たまたまその1つだけそうなっているのではありません。
ほかの食品も同じように見た目と中身にギャップがあって、意図的なごまかしが感じられます。
残念ながら、ときどきそんな食品を見かけることがあります。
企業は売上アップのアイデアと思っているのかもしれませんが、これは明らかに誤った売り方です。
騙すようなことはしないことです。
小細工を見抜けないほど、消費者な愚かではありません。
消費者を騙して売上を上げたところで、長くは続きません。
悪い評判はすぐ広まります。
騙すようなことをしていると、消費者からの信用を失ううえ、企業のイメージも悪くなります。
「どうせ今回も見かけだけだろう」「この会社は信用できない」と思われ、消費者からそっぽを向かれます。
短期的にはプラスでも、中長期的に見れば、マイナスのほうが大きくなります。
最初はよく売れても、消費者からの信用を失うと、一転して売れなくなるのです。
人間関係でも同じことがいえます。
利益のためとはいえ、騙すようなことをしないことです。
自分が得しても、一時的です。
相手は「騙された」とショックを受けます。
騙された恨みはなかなか消えません。
騙すようなことをすると、信用を失うことになり、どんどん人が離れます。
いったん信用を落とすと、何を言っても信用されなくなります。
「どうせ今回も」と思われるようなことになり、そっぽを向かれ、孤立無援の人生を送ることになるのです。
騙すと、必ずしっぺ返しがあります。
一時的にはプラスでも、最終的にはマイナスのほうが大きくなります。
信用を回復しようにも、長い時間と労力がかかって大変です。
場合によっては、二度と信用を回復できないこともあります。
利益のため、騙すようなことはしないのが得策なのです。
「ぎりぎりにならないとできない」と言う人がいます。
「ぎりぎりにならないと、仕事ができません」
「ぎりぎりにならないと、勉強ができません」
やるべきことがあっても、なかなか取りかかろうとしません。
締め切り間近になって「時間がない!」と焦り、ようやく重い腰を上げる。
追い詰められて、い良いよ逃げ場がなくなると、やるしかない状況になります。
極度のタイムプレッシャーが働いて、ようやく物事に取りかかります。
そして、ひいひい言いながら徹夜や休日返上で頑張ることになるのです。
ぎりぎりにならないとできない人がいるものですね。
ぎりぎりにならないとできない人の、定番の光景です。
生まれつきの性格の問題に思えますが、違います。
実はここに誤解があります。
「ぎりぎりにならないとできない」は、単なる思い込みです。
けがや病気で動けないわけではありません。
ぎりぎりにならないとできないと言いますが、ぎりぎりになったら、きちんと動けています。
スピードを出すこともできています。
「ぎりぎりにならないとできない」という人でも、好きな趣味や遊びをするときは、さっと動くのです。
ぎりぎりになって動けるなら、本人がその気にさえなれば、もっと早い段階で動けるはずです。
なぜぎりぎりにならないとできないのか。
自己暗示をかけているのです。
口に出して言うことには現実化する力があります。
「ぎりぎりにならないとできない」という口癖があると、そういう自己暗示がかかります。
「私はぎりぎりにならないとできない人間だ」と思い込みが強くなり、そういう自己形成され、普段の行動に表れます。
結果として無意識に物事の着手が遅くなるのです。
「ぎりぎりにならないとできない」という人は、まず自分の思い込みに気づくことが大切です。
病気でも何でもありません。
つまらない口癖で自分の可能性を制限しないことです。
ぎりぎりにならなくても、その気になれば動けます。
好きなことをするときは、きちんと早く動けているのですから、普段からその気になればできます。
「やる気がないとできない」と言う人がいますが、これもよくある誤解です。
仕事も勉強も、やる気がなくてもできます。
やる気がなくても、頭や体を動かせば、普通に仕事は進みます。
やる気がなくても、机に向かえば、普通に勉強できます。
「ぎりぎりにならないとできない」という人は、悪い自己暗示をかけているにすぎません。
「ぎりぎりにならないとできない」という口癖に心当たりがある人は、さっそく今日から禁句にしましょう。
ぎりぎりにならないと動けない人が変わるには、どうすればいいのでしょうか。
価値観を変えましょう。
大切なことは「早めに動くこと=かっこいいこと」という価値観を持つことです。
「すぐ仕事に取りかかれば、それだけ結果が早く出る。すぐ仕事に取りかかる自分はかっこいい」
「すぐ勉強に取りかかれば、それだけ成績が良くなる。すぐ勉強に取りかかる自分はかっこいい」
誰でもかっこよくなりたいと思っています。
早く動くことにポジティブな価値観を持つと、おのずと内面が変わり、フットワークが軽くなります。
早く動くことに快感を覚えるようになり、早めの行動を心がけたい気持ちが生まれるのです。
批判することはあっていいのです。
批判は悪いことだと思われがちですが、一概に言い切れません。
批判は、悪口ではありません。
誤りや欠点を指摘し、正しく修正することです。
人を傷つける悪口や、根拠のない誹謗中傷はNGですが、批判はOKです。
建設的な批判は、プラスに働くことが珍しくありません。
批判することで、相手は自分の悪いところに気づいて、改善に役立つでしょう。
国会中継を見てもわかるとおり、批判は国民の代表者の口からも出てきます。
批判そのものは悪いことではなく、正しく行えば、プラスに働きます。
ただし、誰かを批判するなら「ある心構え」が必要です。
誰かを批判するときは、自分も批判される覚悟を持っておくことです。
誰かを批判すると、回り巡って自分も批判されるようになります。
「マナーが悪い」と批判すれば、回り巡って「あなたもマナーが悪い」と言われるようになるでしょう。
「言葉遣いが悪い」と批判すれば、回り巡って「あなたも言葉遣いが悪い」と言われるようになるでしょう。
世の中に完璧な人はいません。
誰でも必ず欠点があります。
誰かを批判すると、自分も欠点探しをされるようになり、そして見つかった欠点を批判されます。
人に発した言葉は、ブーメランとなって返ってきます。
誰かを称賛すると自分も称賛されますが、誰かを批判すると自分も批判されます。
誰かを厳しく批判すると、自分も厳しく批判されるのが運命です。
これが世の中であり、現実です。
自分も批判されていい覚悟があれば、どしどし批判してください。
批判は、批判される覚悟のある人だけがすることです。
批判には大きなリスクが伴いますが、ストレートは発言によって何かを変えるきっかけになるかもしれません。
批判されたくないなら、批判しないのが無難です。
批判しなければ、批判されることもありません。
どちらを選ぶかは個人の自由です。
誰かを批判するなら、自分も批判される覚悟は持っておきましょう。
「アドバイスをするなら、徹底するのが良い」と考える人がいます。
もちろん聞かれてもいないのに勝手にアドバイスを始めるのはNGですが、相手から質問されてアドバイスをするならいいのです。
頼られたときは、知識・知恵を惜しみなく提供しようと思います。
自分にできる範囲で、アドバイスしようと思います。
質問されたときは、頼りになるところを見せたいと思います。
「力を貸してあげよう」「より良いアドバイスをしてあげよう」と思うことが多いのではないでしょうか。
もちろんアドバイスをするのはいいのですが「程度」には注意してください。
とにかく徹底的にアドバイスをすればいいと考えるのは良くありません。
部下から仕事のやり方について聞かれたとき、丁寧にわかりやすく答えるのはいいのです。
不明点が解消できれば、部下は喜んでくれます。
補足情報を加えれば、余計なミスを避けられ、スムーズに仕事を進められるでしょう。
しかし、聞かれたことだけでなく、聞かれていないことまで事細かく教えるのは要注意です。
くどい説明になったり、余計な情報が多かったりすると、混乱を招きます。
また過去の武勇伝を話したり、自分語りが多くなったりして長々しくなると、かえって相手の迷惑になることがあります。
良かれと思ってやったことが逆効果になるのです。
ゴルフ場で他のお客さんから正しいスイングについて聞かれます。
普通に教えるのはいいのですが、あれもこれも手取り足取り教えると、かえってうっとうしいと思われます。
また聞いてもいないことまで勝手にアドバイスを始めるのは、余計なお節介です。
相手から「いえいえ、そこまで聞いてません。お願いしていません」となり、困惑されるのです。
友人から「どうしたらモテますかねえ?」と聞かれます。
「こういう服が似合うんじゃない?」「こういう髪型のほうがいいんじゃない?」と提案する形でアドバイスするならいいのです。
しかし「こういう服を着なさい!」「こういう髪型にするべきだ!」と自分の考えを押し付けるようなアドバイスはNGです。
強制や命令をするようなアドバイスは嫌がられます。
心の中で「聞くんじゃなかった」と思うに違いありません。
アドバイスをする際、十分を心がけるのはいいのですが、やりすぎないように注意しましょう。
長々したアドバイス、一方的なアドバイス、押し付けがましいアドバイスなどはNGです。
度が過ぎると、余計なお節介になります。
アドバイスは、ちょうど良い具合だからこそ、喜ばれます。
時には、直接答えを教えるのではなく、ヒントだけ与えたほうが良いこともあります。
考える機会となり、成長が促されるのです。
レストランで気になるセリフを耳にすることがあります。
ウエイターが「お飲み物はいかがなさいますか」と尋ねた際「水でいいです」と答える人がいます。
ときどき聞かれるセリフですが、ここに違和感を覚えるかどうかです。
注意したい言葉遣いの1つです。
本人に悪気はないのはわかります。
飲み物は、無料の水で済ませたいのでしょう。
ドリンクを注文すると、別料金がかかります。
「わざわざ別途ドリンクを注文するほどでもありません。水で十分です」という意味なのはわかります。
しかし、そうだとしても「水でいいです」という言い方には違和感があります。
少々雑に聞こえるのです。
ささいな一言に、水に対する考え方が垣間見えます。
「水はありふれたもの」「水にお金は出さない」「水なんて別に何でもない」と言わんばかりの一言です。
水を無価値として見ているような響きがあります。
水を粗末に扱っているようなニュアンスがあります。
水へのリスペクトが感じられないのです。
水は無価値ではありません。
水は貴重です。
水はありふれたものと思う人もいるかもしれませんが、世界では水不足で苦しんでいる人がいます。
水がないと、人は生きていけません。
今や水は有料で売られている時代です。
将来、世界で水の争奪戦が起こる可能性があると言われています。
「水でいいです」という言い方は、水に対して失礼です。
では、どう言えばいいのでしょうか。
「お水をお願いします」と言えばいいのです。
シンプルな一言で注文します。
余計な飾りは不要です。
シンプルな一言だからこそ、すっきりした印象になります。
もしくは「お水をいただけますでしょうか」という言い方もおすすめです。
疑問形で終わる言い方をすると、柔らかい印象となります。
水へのリスペクトを表現することです。
「水でいいです」ではなく「お水をお願いします」と答えるほうが、丁寧で上品です。
お店の人は、笑顔で水を持ってきてくれるのです。
何度も同じお店に足を運んでいると、特別扱いされるようになることがあります。
値引きをしてもらえたり、おまけをつけてもらえたり、無料でグレードアップをしてもらえたり。
他のお客さんにわからないよう、こっそり特別サービスをしてもらえます。
何度もお店に通っていると、店員さんとの信頼関係が生まれます。
常連客はお店にとっても大歓迎です。
こちらから交渉しなくても「常連客」ということで、お店から特別扱いされることが少なくありません。
特別扱いされるのは、お客さんにとって嬉しいこと。
お店から「大事なお客さん」として認められている感覚もあり、嬉しいものですね。
あなたも、行きつけのお店から特別扱いされたことがあるのではないでしょうか。
お店から特別扱いされるようになってから、よくある光景があります。
だんだん慣れが出てきて、いつしか特別扱いを「当たり前」と思うようになるのです。
「値引きをしてもらえて当たり前」
「おまけをつけてもらえて当たり前」
「無料でグレードアップをしてもらえて当たり前」
当たり前と思い始めたときが危ない。
特別扱いに慣れてしまうと、感謝も感動もしなくなります。
自然と横柄な態度になることも少なくありません。
特別扱いがないと、不機嫌になります。
「どうして今回はサービスがないの?」とクレームを言うようになるのです。
せっかくお店から特別扱いをされても、これでは悪印象です。
特別扱いは、あくまで特別です。
毎回あると思わないことです。
初心の気持ちを大切にしましょう。
毎回特別扱いがあっても、慣れには気をつけ、毎回新鮮な気持ちを大切にしたい。
値引きもおまけもグレードアップも、すべてそうです。
毎回初めてのことのように受け止め、驚きと感動のリアクションを見せたい。
嬉しい顔を見せて「いつもありがとうございます」と感謝を伝えることも大切です。
特別扱いに毎回きちんと感謝するお客さんは、お店からも末永く愛されるのです。
太りすぎを気にしている女性がいました。
自分の容姿に悩んでいて、くよくよ嘆いています。
「太っていて困っています。足が太くて、二の腕もぶよぶよです。もっと痩せたくて今ダイエット中です」
見てみると、まったく太っていません。
むしろ痩せています。
足も腕も細くて、きゃしゃな体つきです。
しかし本人は「こんなに太っている。もっと痩せなきゃ」と真剣に悩んでいます。
周りが「全然太ってない」と言っても聞く耳を持ちません。
まだまだ自分は太っていると思っていて、食事をすることに罪悪感がある様子でした。
そうしてますますダイエットが頑張り、ますます痩せていきました。
その結果、頬は痩せこけ、がりがりになりました。
顔から生気が失われ、笑うことも少なくなり、みすぼらしい雰囲気になってしまいました。
完全に痩せすぎていて、痛々しいほどの細身です。
当然ですが、男性からは不評です。
モテるどころか、ますますモテなくなりました。
それでも本人はまだ「太っている」と言っているのです。
これは悪い自己暗示です。
思い込みは本当に怖い。
自分のことを「太っている」と思い込んでいると、悪い錯覚が引き起こされ、いくら痩せても太っているように見えます。
痩せすぎは体に良くありません。
あまり痩せすぎると、健康に影響が出ます。
体力が著しく低下するのはもちろん、ストレスに弱くなったり、病気にかかりやすくなったりします。
最悪の場合、命に関わる可能性もゼロではありません。
世の中には拒食症で亡くなった人がいます。
カレン・カーペンターは、拒食症のため、32歳の若さで生涯を閉じました。
世界で活躍するファッションモデルでも、拒食症で亡くなったというニュースがあります。
痩せすぎは不健康です。
限度を超えたダイエットは、緩やかな死に向かっています。
自分のことを太っていると思っているなら、本当に太っているのか、一度客観的に確認してみてください。
肥満度を表す体格指数としては「BMI」が有名です。
BMIは国際的な指標として用いられているため、客観的な判断に役立ちます。
BMIが18.5未満であれば、十分痩せていると判断できます。
当然ダイエットは不要であり、むしろたくさん食べることが必要です。
悪い思い込みにとらわれているなら、早く目を覚ましましょう。
叱るときには、感情的になりやすいです。
どんなに感情的になっても、叱るのは言葉だけにしておきましょう。
ときどき言ってもなかなか聞いてくれない人がいます。
そんなときに野心家は次のように考えます。
「言葉でわからなければ、体でわからせてやろう」
感情的になり、力で相手を従わせようとします。
力や暴力で相手を押し付けようとするのだけは、絶対にいけない。
叱る側が、逆に叱られます。
警察に逮捕され、刑務所に入れられます。
相手の体に傷をつけるような方法は、叱っているのではなく、ただの暴力です。
職場でどんなにいらいらしても、暴力を振るったら社会人失格です。
大人はどんなときでも、暴力ではなく言葉で伝えます。
強い怒りがこみ上げてきたら、早くその場を立ち去るようにしましょう。
まず物理的に距離を置くことです。
距離を置けば、物理的に相手と接触できないため、最悪の事態だけは避けられます。
過去の成功例にとらわれないことです。
過去を振り返ったとき、誇らしい成功例があるでしょう。
成功例は自信につながります。
過去の成功例は実績があるので、今後の方法を考えるときの参考になります。
再び成功を目指すとき「同じ方法でやれば、あのときと同じように成功するはずだ」と思うのです。
ここが落とし穴です。
過去と現在とでは多くの相違点があります。
世の中は常に変化を繰り返しています。
社会を取り巻く状況が違います。
人の好みや時代のニーズも違います。
社会のルールや常識も、昔とは変わっているところがあります。
今こうしている瞬間も刻々と変化をしている最中です。
知らず知らずのうちに少しずつ社会を取り巻く状況が変わっています。
そのため過去に通用した方法が、現在でも通用するとは限りません。
世の中は常に変化しているのですから、むしろ通用しない可能性のほうが高いといえます。
過去と同じ方法を採ったところで、うまくいくとは限らないのです。
過去の成功例にとらわれないことです。
過去の成功例は、あくまで過去の話です。
過去の成功例にとらわれていると、逆にどんどん失敗に向かっていくことになります
成功例だからといって盲信しません。
「これはあくまで過去の成功例だよね」と考え、とらわれないようにしましょう。
過去の成功例は、あくまで参考として活用するのがおすすめです。
過去の成功例を参考にしつつも、今の時代状況に合わせて調整しましょう。