日付が変われば「新しい1日」を意識しましょう。
朝起きたら「新鮮な気持ち」でスタートしましょう。
私たちは1日の繰り返しを生きています。
朝起きた後、布団はどうしていますか。
敷きっぱなしになっていませんか。
起床直後は眠気も残っていて、ぼうっとすることも多いはずです。
成功するためには「勉強」が必要です。
成功者はみな、勉強家です。
毎月何冊も本を読んでいて、日頃から大量の活字に触れています。
最後まで読み通せなかった本がありませんか。
いわゆる挫折本です。
難解な内容でついていけませんでした。
私たちは大人になるにつれて、星空を楽しむ機会が少なくなりがちです。
毎日忙しい日を送っていると、目の前のことでいっぱいになります。
いつも時間に追われてばかりいると、なかなか星空を楽しむことがありません。
キャンプに行くと、火を起こすのに苦労します。
枯れ葉や木の片を集めて、手で木の棒をくるくる勢いよく回し、摩擦熱を利用して火をつけます。
簡単そうにできそうですが、実際にやってみると、これがなかなか難しいのです。
「得意な仕事だけをしたい。苦手な仕事はしたくない」
社会人の心の叫びです。
苦手な仕事は避け、得意な仕事だけに専念したいというのは、社会人の誰もが思うことではないでしょうか。
いい人になりたいならどうすればいいのでしょうか。
「当たり前のことに感謝できる人」になりましょう。
ふりや演技では不十分です。
毎年宝くじの時期になると、宝くじ売り場の前に長い行列ができます。
かんかんと太陽が照りつける暑い夏であろうと、こんこんと雪が降りしきる寒い冬であろうと、黙々と並んでいます。
「今回こそ当てるぞ!」「1等を当てたい!」「宝くじに当てて人生を変える!」と、それぞれが夢を持っています。
あるとき人から「元気がないですね」と言われることはありませんか。
本当に元気がないときに言われるのなら、まだわかるのです。
寝不足だったり落ち込んでいたりするときは、元気のない様子が出てしまうのも仕方ありません。
楽しそうにしている知人グループがいます。
話し声や笑い声が聞こえてきます。
何かの話が盛り上がっているようで、わいわいにぎやかな雰囲気です。
魚釣りは、釣れる日と釣れない日があります。
釣れる日は、1時間に10匹釣れます。
場所やタイミングがどんぴしゃのときは、面白いくらいにどんどん釣れます。
人にお願いをするときがあります。
お願いしたからといって、すんなり聞いてもらえるとは限りません。
残念ながら、断られることもあります。
旅行中、旅先でトラブルに見舞われることがあります。
・足を運んだ美術館が、ストライキで臨時閉館していた。
・旅先で風邪をひいてしまい、数日寝込んでしまった
子どもが山で行方不明になったとき、上のほうを探すと見つかりやすいと言われます。
子どもは上に上がろうとする習性があるからです。
斜面があると、とりあえずよじ登ろうとします。
「3、2、1」というカウントダウンがあると、私たちは「0」で行動しがちです。
ぴったり0になったタイミングで動き始めようとします。
そういうものであり、そうしなければいけないという暗黙の了解があります。
日々の習慣として日記をつけている人もいるでしょう。
変わったことや特別なことがあれば、すらすら書けます。
ネタがあれば「今日はこれを書こう」となり、日記の空白はすぐ埋まります。
世間では「臆病=短所」と見られがちです。
臆病者は気が小さくて、ささいなことでもすぐびくびく怖がります。
ささいなことまで気にかけて心配します。
人生の質を高めたいなら、1日5分の瞑想がおすすめです。
じっとしているだけで無駄な時間に思われるかもしれません。
たしかにこれといった活動をするわけではありません。
元気よく「元気が出ない」と言う人がいます。
弱々しい声ではありません。
しっかりした声です。
「なかなかいいことがない」と言う人は「いいこと」の基準が高いのです。
特別素晴らしい出来事が起こらないと、いいことがあったと認めません。
「ラッキー」「奇跡」と言えるようなことが起こらないと、普通のこととして受け止めます。
昔、カツ丼やカレーライスは、高級な食べ物でした。
今ではどちらも一般的な国民食ですが、戦後の貧しい時代はカツ丼もカレーライスも「高級料理」という位置づけでした。
カツ丼やカレーライスを食べられるときは大喜びでした。
さあ「理想の1日」にチャレンジしましょう。
あなたにとって理想の1日はどんな1日でしょうか。
食事や運動、仕事や勉強、趣味や遊び、睡眠時間や起床時間。
きれいな部屋を維持するために、決めておきたいルールがあります。
「物の定位置」です。
会社や学校に行くと、自分の座席が決まっていますが、それを部屋にある物にも当てはめます。
モチベーションはどこから生まれるのでしょうか。
モチベーションは「記録」から生まれます。
「モチベーションがない」「モチベーションが上がらない」と言う人がいます。
江戸時代、お伊勢参りが流行しました。
お伊勢参りの際は、1日30キロから40キロほどの距離を歩いていたと言われています。
ハーフマラソンどころか、もはやフルマラソンに匹敵する長距離です。
私たちはいつの間にか「失敗恐怖症」に陥っています。
幼い頃から親や先生から「失敗してはいけない」と教わってきました。
失敗すると叱られるので、とにかく失敗回避を第一に考える傾向があります。
親が新しい習い事を始めました。
知人が思いきって一人旅に出掛けました。
友人が会社を辞めて、起業しました。
あるところに、ため息を混じりで話す中年がいました。
「もう年だから……」
「もう若くないから……」
オーストリアの天才画家エゴン・シーレは、当時猛威を振るっていたスペイン風邪にかかり、28歳の若さで命を落としました。
お札の顔にもなった明治の女流小説家、樋口一葉は、当時不治の病とされた結核を患い、わずか24歳で生涯を閉じました。
『一握の砂』で有名な歌人・詩人の石川啄木も、同じく結核により、26歳という若さで亡くなっています。
日付が変われば「新しい1日」を意識しましょう。
朝起きたら「新鮮な気持ち」でスタートしましょう。
私たちは1日の繰り返しを生きています。
1年は、1日が365回ということです。
人生を長く生きるにつれて、日々新たな気持ちを忘れがちです。
「平凡な1日」「今日も昨日と同じ1日」と思ったり、なんとなくだらだら過ごしたり。
日付が変わっても特別な感情はありません。
子どものころは、1日が始まるごとに新鮮な気持ちがありました。
朝になったら飛び起きて、今日はどんな1日になるだろうと、わくわく胸を躍らせていたでしょう。
ところが年齢を重ねるにつれて、日々の新鮮な気持ちを忘れがちです。
「また1日が始まった」「今日も平凡な1日になるだろう」など、マンネリな気持ちで1日を始めることが増えます。
大人になるにつれて「新鮮な気持ちはどこへやら」です。
これは良くありません。
人生の初心を思い出してください。
人生の初心とは何か。
「毎日新鮮な気持ちでスタートすること」です。
朝起きたら、新鮮な気持ちで1日をスタートしましょう。
「さあ、新しい1日が始まった、今日も良い1日にするぞ!」と。
あたかも新年を迎えたかのような気持ちになりたい。
1日ごとに心をリセットして、日々新たな気持ちを大切にしましょう。
おのずと毎日がきらきら輝くようになります。
雨の日や雪の日でもいいのです。
天候は関係ありません。
青空を見られなくても、毎日新鮮な気持ちでスタートしたい。
どれだけ年齢を重ねても、1日は1日です。
新鮮で1日をスタートすることは大切です。
たとえ80歳や90歳になっても、毎日新鮮な気持ちでスタートすることを大切にしましょう。
私たちの人生は、1日の積み重ねです。
毎日新鮮な気持ちでスタートできれば、毎日気持ちよく1日をスタートできます。
気持ちよく1日をスタートできれば、明るく過ごせて、良い1日にできます。
人生に同じ日は1日たりともありません。
「日々新た」が大切なのです。
朝起きた後、布団はどうしていますか。
敷きっぱなしになっていませんか。
起床直後は眠気も残っていて、ぼうっとすることも多いはずです。
布団を畳むのが面倒くさくて、そのままにしたくなるでしょう。
「夜にまた布団を敷くのだから、そのままでも良いだろう」と考え、敷きっぱなしにしている人もいるかもしれません。
しかし、万年床は良くありません。
布団に湿気がこもってカビの原因となり、部屋の空気も悪くなります。
だらだらした雰囲気が広がってしまい、気分にも悪影響を及ぼします。
朝起きたら、きちんと布団を畳みましょう。
体力も集中力も必要ありません。
難しいことは何もなくて、一瞬で終わる仕事ですね。
布団を畳めば「よし、一丁上がり!」となり、小さな達成感が得られます。
布団を畳むことは、いわば「小さな模様替え」です。
部屋の見た目がちょっとだけ変わって、心機一転が実現します。
部屋が整って、雰囲気もよくなって、朝らしいフレッシュな気持ちが広がります。
布団を畳んだ分だけ、少しだけ部屋も広く感じられるでしょう。
大きな模様替えは大変ですが、布団を畳むだけなら簡単ですね。
結局のところ自分のためです。
誰に叱られなくても、きちんとできることをしておきたい。
小さな仕事でも、きちんと完了させることです。
眠気が残っているなら、眠気覚ましと思えばいいのです。
おっくうな気持ちがあるなら「布団を畳む」ではなく「小さな模様替えをする」と思えば、前向きに取り組めるでしょう。
布団の湿気を逃がしたい場合は、少し時間を置いてから畳むといいでしょう。
タイミングを少しずらすのはいいのですが、きちんと布団を畳むことだけは忘れずに心がけたい。
「夜にまた布団を敷くのだから、そのままでもいいではないか」と思うかもしれませんが、問題はそこではありません。
生活上のマナーです。
使ったものは元の場所に戻すのがマナーであるように、布団も起床後は元の状態に戻すのがマナーです。
これは一人暮らしでも同じです。
自己管理の1つとして、毎日きちんと布団を畳みましょう。
毎朝きちんと布団を畳むと、良い1日をスタートできます。
成功するためには「勉強」が必要です。
成功者はみな、勉強家です。
毎月何冊も本を読んでいて、日頃から大量の活字に触れています。
本は、先人の知識、知恵の結晶です。
本を読むことで、人生の予習ができます。
勉強をすることで、仕事に必要な知識が得られたり、余計な失敗を避けたりできるのです。
一方で、成功するためには「行動」が必要です。
行動しなければ、ゼロです。
どれだけ知識があっても、行動しなければ意味がありません。
成功者には、圧倒的な行動量があり「多動」という共通点があります。
行動することで結果が得られ、その結果の積み重ねが成功へとつながっていくのです。
ここに矛盾が生じます。
勉強していると、行動する時間がありません。
一方、行動していると、勉強する時間がありません。
「おや、これは困ったぞ」となります。
成功を目指す人が、遅かれ早かれ気づくことであり、難しい課題です。
では、どうすればいいのか。
行動しながら勉強するのです。
いちいち行動と勉強を分けません。
勉強と行動を同時にします。
成功している人はみな、行動しながら勉強しています。
それを特別なことだと思っておらず、当たり前のこととして取り組んでいます。
行動と勉強を同時に行うには「隙間時間」の有効活用が欠かせません。
私たちの日常生活には数多くの隙間時間が点在しています。
待ち時間、移動時間、食事時間。
「勉強する時間がない」という人は「勉強は、座ってするもの、まとまった時間にするもの」という考えにとらわれています。
椅子に座って勉強するイメージにとらわれないことです。
どれだけ忙しくても、隙間時間をフル活用すれば、勉強時間は確保できます。
「隙間時間では勉強に集中できない」という声が聞こえてきそうですが、実際はそうでもありません。
行動しながら勉強するほうが、脳の血流量が高くなるため、すいすい頭に入ってきます。
書店で立ち読みをしたとき、本の内容がすいすい入ってきますが、それと同じ状態です。
二宮金次郎はまきを背負って歩きながら勉強しました。
まきを背負って歩きながらだったからよく勉強できたのです。
また勉強と行動を同時にすれば、学んだことを即実践に移せるため、身につきやすくなるメリットもあります。
インプットとアウトプットのサイクルが生まれることで、成功が加速します。
成功したいなら「行動しながら勉強する」の一択なのです。
最後まで読み通せなかった本がありませんか。
いわゆる挫折本です。
難解な内容でついていけませんでした。
知らない専門用語がたくさん出てきて、きちんと理解できませんでした。
難しい本は、読んでいると頭がくらくらします。
活字が小さいうえ、ページ数も多く、読破できなかった……。
そんな最後まで読み通せなかった挫折本があるのではないでしょうか。
「何冊もある」という人もいるかもしれません。
挫折本を、もう一度手に取って読んでみましょう。
「また同じ失敗を繰り返すに決まっている」と思うかもしれませんが、実際はわかりません。
過去に挫折した本だからといって、一生読めないとは限りません。
挫折したのは、時期尚早だったからです。
中学生が高校生向けの本を読んでも、内容についていけず挫折しますが、同じことです。
あなたは当時より成長しました。
昔より知識が増え、語彙力も身につき、読解力や理解力も向上しているでしょう。
久しぶりに挫折本を開いてみると、今度はすらすら読めるかもしれません。
興味を持って楽しく読めるかもしれません。
当時はちんぷんかんぷんだった内容も、今なら「なるほど」と納得しながら読める可能性があります。
挫折してから1年以上経過しているなら、十分可能性があります。
本棚や押し入れにほこりをかぶった挫折本があれば、久しぶりに手に取ってみてください。
手元になければ、書店やネットショップで注文するのも良し。
挫折本をきちんと読めれば、大人のリベンジを果たしたことになります。
新しいチャンスは、挫折本にあるのです。
私たちは大人になるにつれて、星空を楽しむ機会が少なくなりがちです。
毎日忙しい日を送っていると、目の前のことでいっぱいになります。
いつも時間に追われてばかりいると、なかなか星空を楽しむことがありません。
毎日激務だとなおさらです。
最近、星空を楽しんだのはいつですか。
ちらっと見ることはあっても、じっくり眺めることは少ないのではないでしょうか。
最近星空を見ていないなら、たまには夜空に目を向け、星空鑑賞を楽しんでください。
晴れた夜なら、星がたくさん出ているはずです。
美しく輝く星を見て、ひたすら癒やされるのも良し。
視界いっぱいに星空を眺めると、何とも言えない心地よさを感じるでしょう。
星座を探してみるのも良し。
気になる星があれば、ネットで調べてみるといいでしょう。
星座の勉強になって楽しめます。
タイミングが良ければ、流れ星が見られるかもしれません。
偶然流れ星に出会えたら、願い事を3回唱えるといいでしょう。
星に願いが届けば、奇跡が起こるかもしれません。
きらきら輝く星空ほど神秘的なものはありません。
「都会では星が見えない」という声が聞かれますが、1つも見えないわけではありません。
都会は夜も明るいため、きちんと星が見えにくいかもしれませんが、見える星だけ楽しめばいいのです。
1等星や2等星などの明るい恒星なら、都会でもよく見えます。
私たちの頭の上には、毎晩美しい星空が広がっています。
せっかく素晴らしい星空が広がっているというのに、スルーするのはもったいないことです。
昼に青空を楽しむように、夜は星空を楽しみましょう。
星空は、大自然が生んだ芸術作品。
星空鑑賞も素晴らしい芸術鑑賞の1つです。
キャンプに行くと、火を起こすのに苦労します。
枯れ葉や木の片を集めて、手で木の棒をくるくる勢いよく回し、摩擦熱を利用して火をつけます。
簡単そうにできそうですが、実際にやってみると、これがなかなか難しいのです。
火を起こすだけなのに、なかなかうまくいきません。
時間も労力もかかって四苦八苦です。
どんどん体力が奪われ、むなしい時間が過ぎていき、なかなか労が報われません。
「火を起こすってこんなに大変なの?!」と本当に驚かされます。
料理をしようにも、火を起こせないと進められません。
どんどんおなかが空いてきて、手に力が入らなくなる。
なかなか火を起こせない自分が情けなくなり、涙目になります。
ライターを使いたい衝動に駆られるのです。
一度でも火を起こす経験をすると、火に対する見方が変わります。
料理や暖房で使うとき「こんなにあっさり火を起こせるなんて素晴らしい!」と思えるのです。
ライターやコンロが魔法の道具のように見えるでしょう。
赤い炎がより美しく感じられるようになるはずです。
そして火に対して「ありがたい」という感謝の気持ちが強くなります。
人類の歴史で火を使い始めたのは、200万年前の原人からと言われていますが、原人をばかにできなくなります。
私たちは、火を使うありがたみを忘れがちです。
便利な機械が登場して、簡単に火を起こせるようになりました。
一方で火のありがたさを感じる機会が減っています。
機会があれば、ぜひ火を起こす経験をおすすめします。
キャンプでも野外バーベキューでもかまいません。
子どもはもちろん、大人でも、ぜひチャレンジしてみたい。
自分の手で火を起こすことが大切です。
火を起こす苦労をたっぷり味わってください。
必ず良い思い出になります。
苦労した分だけ、火を起こせたときの感動は格別です。
特別な達成感があって、赤い火が妙に美しく感じられるでしょう。
火を起こす経験も、良い勉強なのです。
「得意な仕事だけをしたい。苦手な仕事はしたくない」
社会人の心の叫びです。
苦手な仕事は避け、得意な仕事だけに専念したいというのは、社会人の誰もが思うことではないでしょうか。
ところが社会で仕事をしていると、そうもいきません。
得意な仕事だけすればいいというわけにはいかず、苦手な仕事をしなければいけないときがあります。
さて、ここであなたに質問です。
得意な仕事と苦手な仕事の2つをしなければいけない状況があるとします。
特に優先はなく、それぞれ仕事量も同じだとします。
あなたなら、どちらから始めますか。
どちらから始めても大差はないように思えますが、実際はそうでもありません。
ここで、苦手なことから取り組もうとする人がいます。
学校の給食では「嫌いなものから食べなさい」と教わった人も多いでしょう。
そのときの習慣が残っているためか、まず苦手な仕事から取り組もうとする人がいます。
これは要注意です。
最初に苦手なものから取り組むと、なかなか調子が上がりません。
なかなか楽しめないうえ、仕事のスピードも遅くなりがちです。
苦手であるゆえに、完了に長い時間を要することも少なくありません。
思ったより時間を取られると、予定が狂います。
ようやく得意な仕事に取りかかるときには「時間がない!」と周章狼狽することになるのです。
こういうときは、得意な仕事から取りかかりましょう。
調子を上げられるからです。
得意な仕事は、わくわくしながら楽しく取り組めます。
てきぱき手際よく進められるので、勢いとスピードが生まれ、早く片づけられます。
得意な仕事は、計画の見積もりもしやすい。
仕事が終われば、達成感が得られて快感です。
得意な仕事で調子を上げておけば、その勢いを生かして、苦手なことに取り組めるのです。
余った時間を苦手な仕事に投下できることもメリットです。
学校の試験でも、解ける問題から取り組み、時間のかかる問題は後回しにするのが定石ですが、それは仕事でも同じです。
得意な仕事から始めたほうが、とんとん前に進むので、精神衛生が良くなります。
時間管理がうまくいき、全体として結果を出しやすくなるのです。
いい人になりたいならどうすればいいのでしょうか。
「当たり前のことに感謝できる人」になりましょう。
ふりや演技では不十分です。
真にそうなることが大切です。
世間には「当たり前」と言われていることが数多くあります。
食事ができるのは当たり前。
家があるのは当たり前。
蛇口をひねれば、水が出るのは当たり前。
家族や友人がいるのは当たり前。
仕事があるのは当たり前。
当たり前と言われることは数え切れないほどありますが、すべて錯覚です。
すべて素晴らしいこと、恵まれたこと、幸運なこと、そしてありがたいことです。
当たり前のように感じられるのは、単に慣れきっているだけです。
最初から存在したり手に入ったりしていると、それが普通に感じてしまい、何も感情を抱かなくなります。
当たり前に感じる錯覚を取り払ってください。
初心に返って丁寧に考えると、世の中に当たり前のことは1つもないことに気づかされます。
「食事ができるのは当たり前」といいますが、そうではありません。
過去には貧しい時代があって、まともに食事ができず、空腹に耐えた時期がありました。
現在でも食糧不足に苦しむ人は大勢いて、世界では9人に1人が飢餓に苦しんでいるといわれています。
「家があって当たり前」と思いますが、誤解です。
世の中にはホームレスの人も大勢います。
まともに雨風をしのげる場所がなく、身の危険にさらされている人もいます。
蛇口をひねれば普通に水が出ますが、当たり前ではありません。
過去には上水道が整っていない時代があり、水を手に入れるのに苦労したことがありました。
上水道が整備されている現在でも、長い間雨が降らなくて、水不足に苦しめられることがあります。
家族や友人がいることは当たり前に思われがちですが、誤解です。
生まれつき親がいない人や、離婚によって親に会えなくなった人もいます。
親がいても愛情に恵まれなかった人もいます。
「仕事があるのは当たり前」といいますが、違います。
過去には恐慌や不景気の時代があって、当時は職に就けない人であふれかえってきました。
現在でも、家庭や健康などの事情から、仕事をしたくてもできない人が大勢います。
世の中にはさまざまな立場の人がいて、数を上げれば切りありません。
当たり前と呼ばれることは、どれも素晴らしいこと、恵まれたこと、幸運なこと、そしてありがたいことです。
奇跡的なことと言っても過言ではありません。
いま一度、当たり前のことに感謝しましょう。
食事ができることに感謝。
家があることに感謝。
蛇口をひねれば水が出ることに感謝。
家族や友人がいることに感謝。
仕事があることに感謝。
当たり前のことに感謝できれば、常に満たされた気持ちでいられます。
「ありがとう」「ありがたい」の2つ言葉を口にすることが増えます。
不安や不満がすっと消え、心も軽くなります。
少々のトラブルがあっても動じなくなります。
当たり前のことに感謝できるようになれば、悪い人にはなりません。
すでに十分満たされるので、そもそも悪いことを考える発想がなくなるのです。
当たり前のことに感謝できるようになれば、いい人になれます。
当たり前のことに感謝できる人に、悪い人はいないのです。
毎年宝くじの時期になると、宝くじ売り場の前に長い行列ができます。
かんかんと太陽が照りつける暑い夏であろうと、こんこんと雪が降りしきる寒い冬であろうと、黙々と並んでいます。
「今回こそ当てるぞ!」「1等を当てたい!」「宝くじに当てて人生を変える!」と、それぞれが夢を持っています。
宝くじに並ぶ人を見て「どうせ当たらないのに……」と思っていませんか。
いいえ、違います。
宝くじに並ぶ人をばかにしてはいけません。
たしかに宝くじは、まず当たりません。
ご存じのとおり、宝くじの当選確率は天文学的に低いことで知られています。
宝くじ1等に当たる確率は、1000万分の1とも2000万分の1とも言われています。
限りなくゼロに近い。
とてもつもなく広い砂漠で、ダイヤモンドを探し当てるようなものです。
天文学的に低い確率ですが、宝くじ売り場に並ぶ人たちは、とにかく諦めていないのです。
私たちは簡単に諦めがちです。
確率が低いことには手を出しません。
「1%」と聞くと、可能性がないように感じます。
無理に決まっていると決めつけ、見向きもしません。
確率が1%しかないと、ほとんどの人が無理だと思って諦めます。
しかし、宝くじに並ぶ人は違います。
1等に当たる確率を「1000万分の1」とします。
百分率で言えば「0.00001%」です。
彼ら彼女らは、確率が0.0001%しかない状況でも、夢を諦めていません。
「可能性はある!」「人生を変えてみせる!」「今回こそは!」と、前向きな考えを持って並んでいます。
天文学に低い確率でも、希望を捨てず、夢を信じているのです。
可能性が低くて諦めそうなとき、あるいは、可能性が1%しかなくて絶望したとき。
そんなときは、宝くじに並ぶ人を思い出してください。
0.00001%に比べれば、1%は高確率です。
「1%しかない」ではなく「1%もある」と思えるはずです。
希望を捨てないことです。
どれだけ可能性が低くても、ゼロでなければ、希望はあります。
夢を持つことは大切です。
宝くじに並ぶ人から学ぶこともあるのです。
あるとき人から「元気がないですね」と言われることはありませんか。
本当に元気がないときに言われるのなら、まだわかるのです。
寝不足だったり落ち込んでいたりするときは、元気のない様子が出てしまうのも仕方ありません。
そういうときは、自然と表情がなくなり、目線も下向きになり、周りから「元気がないですね」と言われることが増えるでしょう。
あなたのことをよく知っている人であれば、いつもと違う様子にすぐ気づくでしょう。
しかし、普段通りにもかかわらず「元気がないですね」と言われたなら、イエローカードです。
知らず知らずのうちに、活力のない雰囲気が出ているということです。
そういうふうに見えているということです。
自分では普段と変わらないのに「元気のない人」と誤解されるのは不本意でしょう。
人から言われた言葉は、おおむね正しいと考えてください。
普段通り元気にもかかわらず「元気がないですね」と言われることがあれば、自分の振る舞いをチェックしてみてください。
無意識のうちにため息が出ているのかもしれません。
いつの間にか暗い表情になっていたり、うつむきがちの姿勢になったりしているのかもしれません。
自分の態度や表情を振り返ってみて、元気のない様子に心当たりが見つかったら要改善です。
元気であれば、元気な様子に見えるよう、外見を整えてください。
前を向き、背筋を伸ばし、口角を上げましょう。
ため息やネガティブな発言にも気をつけてください。
まだその人が指摘してくれたから良かったのです。
指摘してくれなければ、ずっと気づかないまま「元気のない人」という誤解を周りに与えていたでしょう。
そういう意味でも、わざわざ指摘してくれた人に感謝することが大切です。
楽しそうにしている知人グループがいます。
話し声や笑い声が聞こえてきます。
何かの話が盛り上がっているようで、わいわいにぎやかな雰囲気です。
自分は少し離れたところから、それを眺めています。
楽しそうにしているグループがちょっとうらやましい。
「私も輪に入れてもらえないかな」と思うのです。
しかし、思うだけではいけません。
誘いの声がかかるのを待っているだけでは変わりません。
「あなたもこっちにおいで」と声がかかる可能性は低いでしょう。
受け身の姿勢では、なかなか環境を変えることはできません。
寂しい時間が過ぎるばかりになります。
こんなときは、こちらから声をかけましょう。
勇気を出してストレートに伝えるのです。
「私も仲間に入れて!」と。
シンプルな一言でいいのです。
「断られないかな」「嫌な顔をされないかな」など不安に感じるかもしれませんが、大丈夫です。
嫌な予感なんて杞憂です。
「どうぞどうぞ」と歓迎してくれます。
普通に快く受け入れてもらえます。
こちらから声をかけることで、あっさりグループの輪に入れてもらえます。
自分も一緒にわいわい楽しめるのです。
グループの輪に入りたいなら、自分から動くことが大切です。
勇気を出して「仲間に入れて」の一言を言うだけでいい。
グループの輪に入るのは簡単なことなのです。
魚釣りは、釣れる日と釣れない日があります。
釣れる日は、1時間に10匹釣れます。
場所やタイミングがどんぴしゃのときは、面白いくらいにどんどん釣れます。
抜群の釣果に恵まれ、胸を張って帰宅できるのです。
一方、釣れない日は、1時間に1匹も釣れません。
釣りざおにまったく反応がなく、静かな時間が過ぎます。
ひたすらじっとしているばかり。
「今日は釣れない日になりそうだ」という気持ちになり、あくびが出てくるのです。
釣れない日もあっていいのです。
釣れないからといって悪いこととではありません。
魚が釣れない日は、のんびり静かな時間を楽しみましょう。
ゆらゆら揺れる水面をぼんやり眺めていると、不思議と心が和みます。
静かな時間が心地よく感じられる。
つらいことや嫌なことも忘れられます。
これはこれでストレス解消の時間となります。
釣れない原因を考えるのも、頭の体操になります。
「餌が悪いのかな? 針の種類かな? 場所が悪いのだろうか?」
あれこれ原因を考えてみるのも、ゲームのように感じて面白いものです。
餌や針の種類を変えてみたり、別の場所に移動してみたりすると、状況が好転するかもしれません。
釣り仲間と一緒に来ているのなら、会話を楽しむのも良し。
釣れないときは暇ができるので、雑談にはもってこいです。
海を眺めながら話していると、いろいろな雑談が弾むでしょう。
魚釣りは、釣れる日もあれば、釣れない日もあります。
どちらも釣りの醍醐味です。
自然を相手にしたエンターテインメントです。
どれだけ計算しても、思ったようにうまくいかないことがあります。
釣れない日は、釣れない時間もたっぷり楽しみましょう。
釣れなくても、釣れないなりの楽しみがあります。
釣れない時間を楽しめば、釣果はなくても、別の収穫が得られるのです。
人にお願いをするときがあります。
お願いしたからといって、すんなり聞いてもらえるとは限りません。
残念ながら、断られることもあります。
お願いは、少なからず相手に手間暇を掛けることになります。
人によっては抵抗を感じることも少なくありません。
「嫌だなあ」「やりたくないなあ」と思われることもあって、ノーの返事が返ってくることもあるものです。
「お願いをしても、なかなか聞いてもらえない」と思うこともあるかもしれません。
そういう人は、たいてい言い方に問題があるのです。
シンプルにお願いを言うだけでは不十分です。
悪くはありませんが、相手の心を動かしにくいため、なかなか聞いてもらえないことが多くなります。
相手に聞いてもらいやすくなるコツがあります。
「理由を添えること」です。
お願いをするときは、理由を添えましょう。
たとえば、たくさん仕事を抱えていて、誰かに手伝ってもらいたい状況があるとします。
「手伝ってもらえる?」と言うだけでは、なかなか相手に納得してもらえず、断られることが多くなるでしょう。
唐突にお願いをしている感があるため、反射的に相手は拒否したくなります。
こういうときに効果的なのは「忙しいから手伝ってくれる?」という言い方です。
理由を添えるのです。
理由を添えるだけで、承諾率がぐっとアップします。
理由は、相手の心を動かします。
理由があると「それなら仕方ないね」と思ってくれるので、上手に説得できるのです。
ほかにも次のような言い方ができます。
理由を添えると、すんなり受け入れてもらえるでしょう。
伝え方ひとつで印象が一変します。
もちろん嘘はいけませんが、きちんと理由があるなら併せて伝えるのが得策です。
たとえ断られそうなお願いでも、理由を添えると、OKをもらえる可能性が上がります。
「おごって」と普通にお願いするより「今月は金欠で苦しいからおごって」とお願いするほうが相手の心を動かします。
日頃から理由を添えてお願いをする癖をつけておくといいでしょう。
協力が得られやすくなるので、人生が生きやすくなります。
旅行中、旅先でトラブルに見舞われることがあります。
「勘弁してほしい」「よりによってこんなときに!」と困ってしまいます。
トラブルが起こると、予定が狂います。
入念に立てた予定の意味がなくなります。
しかし、トラブルが起こったくらいでいらいらしてはいけません。
小さなトラブルなら、むしろ得したような気分になりたい。
「ラッキー」と考え、わくわくしながら楽しみましょう。
必ず良い思い出になるからです。
旅行の予定は立てることはできますが、トラブルの予定は立てられません。
だからトラブルが起こればラッキーです。
小さなトラブルなら、死ぬわけではありません。
予定が狂うだけです。
時間が無駄になったり、余計な出費がかかったりするかもしれませんが、それだけのこと。
大幅に予定が狂ったとしても、リカバリーは効きます。
トラブルが起こるとあたふたして、その対応にばたばたしますが、そのときだけです。
旅行を終えた後は、必ず良い思い出になります。
余計な出費がかかれば「特別な思い出をつくるための臨時費用」と思えばいい。
トラブルのおかげで、プラスアルファの貴重な思い出ができました。
出費はあっても、それだけ得られるものがあります。
トラブルが起こったら「これは面白くなってきた」とわくわくしましょう。
「おかげで良い思い出が増える」と喜ぶくらいでちょうどいいのです。
トラブルのせいで楽しめなければ、また別の機会に足を運べばいいのです。
またそこに足を運ぶ理由になります。
「今回はダメだったけど、次の機会に楽しめばいいね」と前向きに考えましょう。
旅行中にトラブルが起こると困ってしまいますが、長い目で見ると、すべて旅の思い出です。
必ずあとから良い思い出になります。
トラブルは、話ネタになります。
大きなトラブルであればあるほど、面白い話ネタになります。
友人に「こんなことがあってね」と話して、みんなで大笑いすればいいのです。
子どもが山で行方不明になったとき、上のほうを探すと見つかりやすいと言われます。
子どもは上に上がろうとする習性があるからです。
斜面があると、とりあえずよじ登ろうとします。
坂道があると、無性に駆け上がろうとします。
引き寄せられるように「上へ、上へ」と向かう行動パターンが見受けられます。
迷子の子どもを探す際、重点的に上のほうを探すと、あっさり見つかるのです。
山に限った話ではありません。
公園に大きな木があれば、よじ登ろうとします。
滑り台も、喜んで階段を駆け上ります。
ジャングルジムやアスレチックも「上へ、上へ」と行こうとし、できるだけ高いところを目指します。
とにかく上に上がりたいのです。
上に上がろうとするのは、人の本能です。
子どもに限ったことではなく、大人も同じことです。
もちろんあなたの中にも、上に上がろうとする本能があります。
ところが残念なことに、大人になると、上に上がろうとする本能が弱くなります。
現実を見てしまうからです。
「疲れるなあ」と思ったり「お金がかかるなあ」と心配したり「どうせ無理だよね」と早々に諦めたりします。
本当は上に上がりたいのに、あれこれ現実的な考えが頭に浮かぶせいで、正直な気持ちをごまかします。
いつの間にか上に向かう気持ちが打ち消され、封印している状態です。
これは実にもったいないことです。
いま一度、自分の中にある野性的な本能を呼び起こしてください。
子どもの場合、物理的に上を目指していました。
大人の場合、技術的・精神的に上を目指すことへと変化します。
あなたの中にも「上を目指そうとする心」があるはずです。
「成長したい」「視野を広げたい」「スキルアップしたい」「キャリアアップしたい」などは、上に上がりたい本能の一種です。
現実的な考えにとらわれるのではなく、いま一度本当の自分を引き出しましょう。
「上に上がりたい」という正直な気持ちに従うだけでいいのです。
やりたいことがあれば、どんどんチャレンジしましょう。
行きたいところがあれば、どんどん足を運びましょう。
知りたいことや学びたいことがあれば、向上心を爆発させてください。
自分を縛り付けている縄をほどくことです。
自分を抑え込んでいる封印を解き放ち、上に上がりたい気持ちを爆発させましょう。
上に上がれば上がるほど視点が高くなり、遠くまで見渡せるようになります。
どんどんできることが増え、どんどん自分に自信がつき、誇りが持てるようになります。
上に上がっていけば、新しい自分と出会えます。
上を目指す本能を呼び起こし、人生に熱狂しましょう。
上に上がりたい本能は、爆発させるためにあるのです。
「3、2、1」というカウントダウンがあると、私たちは「0」で行動しがちです。
ぴったり0になったタイミングで動き始めようとします。
そういうものであり、そうしなければいけないという暗黙の了解があります。
これがいけないのです。
0になるまで待つ必要はありません。
「0のタイミングでスタートする」というのは型にはまった考え方です。
のんきな話であり、いかにも常識という感じがします。
常識や固定観念にとらわれないことです。
成功する人は「3、2、1」のカウントダウンがあれば、0まで待ちません。
3で行動します。
カウントダウンが始まると同時にスタートです。
5からカウントダウンが始まるなら、5でスタートします。
10からカウントダウンが始まるなら、10でスタートします。
0まで待ちません。
「それはおかしい」「ルール違反」「非常識だ」という非難の声が聞こえてきそうですが、非常識でいいのです。
そもそも成功するためには非常識に考え、スピードのある行動が欠かせません。
真面目に0まで待っていると、もたもたしてしまい、スタートが遅くなります。
常識的な当たり前の行動になってしまい、他を抜きんでられません。
普通のことをしたり、周りに併せたりしていると、平々凡々で終わります。
0になるまで待っていると、行動が3秒遅れます。
3秒も遅れるのは致命的です。
ビジネスは、秒単位で勝負が決まることがあります。
抜きんでるためには、非常識に考えることが欠かせません。
どれだけ非常識になれるか、いかに早く行動できるか、フライングスタートができるかです。
成功を目指すなら、どしどしフライングスタートを心がけましょう。
常識に従う必要はありません。
周りに合わせる必要もなし。
ファーストムーバー(first mover)になりましょう。
非常識と言われようと、ルール違反と言われようと、早く始めたものの勝ちです。
非常識に考え、非常識に行動するから、成功ができます。
日々の習慣として日記をつけている人もいるでしょう。
変わったことや特別なことがあれば、すらすら書けます。
ネタがあれば「今日はこれを書こう」となり、日記の空白はすぐ埋まります。
ところが、イベントも出来事もない日もあるでしょう。
何ひとつ変わったことがなく、本当に平穏で、平々凡々な1日ということもあるものですね。
「日記に書くことがない」という日もあるのではないでしょうか。
そんなときは「天気」をネタにすればいいのです。
天気のない日はありません。
1年365日、毎日必ず天気があります。
天気をネタにすれば、すらすら文章が出てきます。
「今日は晴れ。朝からきれいな青空が広がっていた。とても気持ちがいい1日だった」
「今日は1日中ずっと雨だった。ねずみ色の雲が広がっていた。一度も太陽を見ることがなかった」
「今日は朝から曇り空。風も少しあって少し肌寒い。午あとから晴れて、いい天気になった」
晴れの日でも雨の日でも曇りの日でもいいのです。
天気をネタにすれば、3行は書けます。
3行も書けば、日記の最低ラインはクリアできています。
1日の天気は変化することもあります。
天気の変わりやすい1日なら、午前の天気と午後の天気で分けて書くこともできます。
晴れの日でも、雲の様子や天気の変化について書けば、4行5行と言葉が続きます。
日記を長く続けるコツは、肩の力を抜くことです。
マイペースを大切にしながら、ほどよくいい加減に書くのがちょうどいい。
「いざとなったら天気をネタにすればいい」と思えば、何も難しく考えることはありません。
あとから読み返したとき「この日はこんな天気だったんだね」とわかります。
何もない日が続いたら、2日連続・3日連続で天気をネタにすればいいことです。
天気も素晴らしいネタなのです。
世間では「臆病=短所」と見られがちです。
臆病者は気が小さくて、ささいなことでもすぐびくびく怖がります。
ささいなことまで気にかけて心配します。
臆病者だと、人にばかにされたり笑われたりすることも多くなります。
恥ずかしがり屋も、世間では短所と見られがちです。
恥ずかしがり屋は、ささいなことでもすぐ赤面して、照れを感じてしまいます。
人前に出ることを嫌い、人見知りをすることも増えてしまうのです。
臆病者も恥ずかしがり屋も、一般的には短所と見られがちです。
なぜ短所と見なされるのか。
それは「行動しにくくなるから」です。
結局のところ、臆病者や恥ずかしがり屋が短所に見られるのは、行動ができないことにあります。
つい尻込みをしてしまい、頭ではわかっていてもなかなかアクションを起こせません。
逆に言えば、行動さえできていれば、臆病者でも恥ずかしがり屋でもいいのです。
大切なことは「行動」です。
人生において行動することほど大切なことはありません。
目標を達成するにも、夢を叶えるにも、行動してこそ実現できます。
どれだけ神様に祈ろうと、行動しなければ結果もゼロです。
きちんと動いて行動ができているなら、臆病でも恥ずかしがり屋でも問題はありません。
びくびくしたり恥ずかしがったりしながらも、やるべきことはきちんとやればいいのです。
臆病者は「行動のできる臆病者」になりましょう。
恥ずかしがり屋は「行動できる恥ずかしがり屋」になりましょう。
「怖いよう、恥ずかしいよう」と言いつつも、しっかり動いて、やるべきことをやります。
きちんと行動さえできていれば、誰も笑う人はいないのです。
人生の質を高めたいなら、1日5分の瞑想がおすすめです。
じっとしているだけで無駄な時間に思われるかもしれません。
たしかにこれといった活動をするわけではありません。
話すことも動くこともなく、目をつぶってじっとしているだけに思われます。
生産性がなく、無意味な時間と思われがちですが、そうではありません。
瞑想は、人生の質を高める習慣です。
私たちは毎日ばたばた慌ただしい生活を送っています。
1日に187000項目を考えていると言われていて、脳は休む暇がない状態です。
睡眠中ですら、レム睡眠中は夢を見ることに脳を使っている状態です。
そんな忙しい脳を休ませために有効なのが、瞑想です。
瞑想をすることで脳に休息を与えられ、乱れた心が落ち着きを取り戻せます。
大きく時間を取られるわけでもありません。
1日1440分のうち、わずか5分を瞑想に使うだけです。
忙しい人でも、5分であれば、時間を割けるのではないでしょうか。
むしろ忙しい人こそおすすめです。
瞑想の効果は多岐にわたります。
緊張の緩和、ストレスの軽減、集中力の向上に役立つことが証明されています。
また不眠の解消や睡眠の質の向上にも役立つとされています。
最新の研究によると、瞑想は、脳の神経細胞のつながりを強化させることが分かっています。
記憶力の強化や認知症予防にも役立つとされているのですから、驚かずにはいられません。
わずか5分で大きな効果を享受できるのです。
瞑想は、静かな場所であれば、どこでも行えることもメリットです。
自分の部屋はもちろん、リビングやお風呂場でもOK。
学校や会社でも、昼休みや休憩時間を使えば問題ありません。
慣れてくれば、バスや電車の中で瞑想することも可能です。
お金は一切かからず、場所も取られません。
素晴らしいとわかったところで、さっそく瞑想を楽しんでみませんか。
方法は簡単です。
椅子に深く座り、膝の上に手を置きます。
目をつぶり、何も考えず、5分間静かに過ごすだけです。
自分の呼吸に集中すると、うまく頭を空っぽにできます。
瞑想を終えた後は、頭がすっきりしていて、爽やかな気分に包まれているでしょう。
瞑想は、大きな副作用もないため、安心して行えます。
1日5分の瞑想によって、脳と心の疲れがリセットされ、元気を取り戻せるのです。
元気よく「元気が出ない」と言う人がいます。
弱々しい声ではありません。
しっかりした声です。
元気が出ないと言うわりに、声が大きかったりはきはきしていたり何度も言ったりします。
それはおかしい。
「元気が出ない」は嘘です。
「元気が出ない」と言うだけの元気があります。
本当に元気がないなら「元気がない」と言うことすらできないはずです。
立つことも歩くこともできません。
魂の抜けた屍のようになるはずです。
元気よく「元気が出ない」と言っている時点で、すでに元気です。
それに本人は気づいていないだけです。
知らず知らずのうちにネガティブな思い込みにとらわれています。
少なくとも「元気が出ない」と言うだけの元気はあります。
元気が出ないと感じる原因は「口癖」にあるのかもしれません。
「元気が出ない」と言う人は、普段から「元気が出ない」とぼやいていることが多い。
口癖は無意識に出ます。
口に出して言うだけでなく、心の中でも思ってしまいます。
「元気が出ない」という口癖があると、自然と元気が奪われるうえ、悪い自己暗示もかかります。
元気が出ていても、元気が出ないと錯覚してしまうのです。
元気よく「元気が出ない」と言うことがあれば、早く自分の勘違いに気づきましょう。
「すでに元気が出ている」と思えばいいのです。
自分の勘違いに気づけば、あっさり問題は解決するのです。
「なかなかいいことがない」と言う人は「いいこと」の基準が高いのです。
特別素晴らしい出来事が起こらないと、いいことがあったと認めません。
「ラッキー」「奇跡」と言えるようなことが起こらないと、普通のこととして受け止めます。
いいことの基準は、どんどん下げましょう。
下げられるだけ下げておくのがいい。
いいことの基準を下げておけば、いいことの対象範囲がぐっと広がります。
ささいなことでも「いいことがあった」と思えるようになります。
念願の商品を手に入れたときだけ「いいことがあった」と思うのではありません。
普通の買い物ができたときも「いいことがあった」と考えましょう。
褒められたときだけ「いいことがあった」と思うのではありません。
楽しくおしゃべりができたときも「いいことがあった」と考えましょう。
大きな契約を取れたときだけ「いいことがあった」と思うのではありません。
小さな契約や普通の契約が取れたときも「いいことがあった」と考えましょう。
いいことの基準は、法律やルールで決まっているものではありません。
いいことは、自分基準で決めていいのです。
誰かが決めるものではなく、自分が決めるものです。
自分が自由に決めていいのですから、これでもかというくらいに基準を下げておくのが得策です。
きれいな青空を見たときも「いいことがあった」と考えましょう。
趣味を楽しめたときも「いいことがあった」と考えましょう。
おいしく食事ができたときも、フィットネスクラブで運動できたときも「いいことがあった」と考えましょう。
日常的なことでOKです。
平凡な出来事も当たり前の出来事も、いいことと呼んでいい。
朝、目覚められただけで「いいことがあった」と考えてもいいのです。
周りがなんと言おうと、自分がいいことだと思えば、いいことなのです。
そうすれば、日々いいことばかりが起こります。
これがハッピーマインドです。
「私の日常は毎日いいことばかりだね」と思うようになり、人生がバラ色に変わるのです。
昔、カツ丼やカレーライスは、高級な食べ物でした。
今ではどちらも一般的な国民食ですが、戦後の貧しい時代はカツ丼もカレーライスも「高級料理」という位置づけでした。
カツ丼やカレーライスを食べられるときは大喜びでした。
過去を振り返ると、カツ丼やカレーライスが豪華で贅沢な料理として提供された時代があります。
ケーキやシュークリームもそうです。
ケーキもシュークリームも、今はどこでも売っているものですが、昔は「高級スイーツ」でした。
簡単に食べられるものではありませんでしたし、安く買えるものでもありませんでした。
シンプルなイチゴケーキが「豪華」と思われていた時代があります。
シンプルなシュークリームが「貴重」と思われて、両手を合わせて拝んでいた時代があります。
今では世界中に親しまれているお茶やコーヒーもそうです。
もともとお茶やコーヒーは、上流階級が楽しむ「高級飲料」とされていました。
茶葉もコーヒー豆も、昔は簡単に手に入るものではありませんでした。
一般庶民はなかなか口にできない、高級な飲み物だった時代があります。
今では考えられないことですが、そういう時代もあったのです。
「飽食の時代」と言われ久しい昨今です。
カレーライスやカツ丼を食べるとき「高級料理」と思いながら食べてみてください。
ケーキやメロンを食べるとき「高級スイーツ」と思いながら食べてみてください。
お茶やコーヒーを飲むときも「高級飲料」と思いながら口にしてみましょう。
「うわあ、なんてありがたいんだ。なんて貴重なのだろう。こんな高級なものをいただけるなんて幸せだ」と思ってみましょう。
すると、リッチな気分になれます。
特別おいしく感じられます。
いつもより一口一口を大切にし、しっかり味わうようになるでしょう。
不思議なことに、見た目まで輝かしく見えてきて、リッチに感じられるはずです。
料理の味わいは、心の状態によって変化します。
高級と思えば、何でも特別おいしく感じられます。
普通と思うと、ありがたみが減って、味わいも平凡に感じられます。
高級と思いながら食べれば、リッチに感じられ、ありがたみが湧きます。
人の感覚は不思議なところがあって、高級と思えば、味も見た目も素晴らしく感じる心理があります。
昔は高級なものとされ、リッチに感じられたのですから、今でも高級と思えば、リッチに感じられます。
食の貧しい時代を思い出しながら食べてみるのも一興です。
平凡な国民食が、味も見た目も、素晴らしいものに感じられるのです。
さあ「理想の1日」にチャレンジしましょう。
あなたにとって理想の1日はどんな1日でしょうか。
食事や運動、仕事や勉強、趣味や遊び、睡眠時間や起床時間。
なんでもいいのです。
「こんなふうにできたらいいな」という理想があるでしょう。
自分にとって最も望ましい1日をイメージして、その実現にチャレンジしてみてください。
100点である必要はありません。
「うまくできた」という基準でOKです。
すべての点において二重丸を心がけ、理想の1日を実現に向けて頑張ってみてください。
やればできます。
不可能な目標ではありません。
難しそうに思えますが、自分の幸せに直結することなので、楽しくチャレンジできるのではないでしょうか。
できなかったとしてもペナルティーはないのですから、ゲーム感覚で気軽にチャレンジしましょう。
理想の1日は、自然とできるものではなく、自らつくるものです。
意識すれば、意外と普通に実現できます。
見事理想の1日を実現できたら、自分を褒めてください。
理想の1日は「充実した1日」であり「最高の1日」でもあります。
これほど気持ちのいいことはありません。
さて、見事理想の1日を実現できたら、そこで終わりではありません。
むしろここからが本番です。
次は「習慣化」にチャレンジしましょう。
1日できたら、2日に伸ばします。
2日できたら、3日に伸ばします。
3日できたら、次は1週間に伸ばし、1週間ができれば、次は1カ月に伸ばします。
1日だけで終わらせるのではなく、どんどん日数を伸ばしていくことが大切です。
1日実現できたなら、2日でも3日でもできるということです。
ときどきできない日もあってもかまいません。
気を取り直して、再び理想の1日を続けましょう。
意識的な行動が必要ですが、最初だけです。
毎日繰り返していくうちに、だんだん生活になじんできて、当たり前の感覚となります。
一度習慣になればしめたものです。
意識しなくても、自然と体が動くようになるのです。
習慣の力は偉大です。
「理想の1日の習慣化」に成功すれば、毎日実現できるようになります。
気がつけば「理想の1日」が「理想の毎日」になっているのです。
きれいな部屋を維持するために、決めておきたいルールがあります。
「物の定位置」です。
会社や学校に行くと、自分の座席が決まっていますが、それを部屋にある物にも当てはめます。
あなたの部屋では、それぞれの物の定位置が決まっていますか。
定位置を決めていないと、その都度、置き場所を考えなくてはいけなくなります。
片付けるたびに「どこに置こうか」と考えていると、もたもたしてしまううえ、余計なエネルギーを消費します。
積み重なると大きなものになり、疲れやすくなります。
片付けるたびに置き場所が変わることになるため、使うときに探す必要があり、苦労させられるのです。
あらかじめ定位置を決めておけば、片付けるとき、いちいち置き場所を考える必要がありません。
いつもの場所からさっと取り出し、使い終われば、いつもの場所にさっと置くだけです。
取り出すときや片付けるときの動線がスムーズになるので、ストレスが減ります。
自然に体が動くようになり、部屋が散らかりにくくなります。
部屋の中にある物の一つひとつに目を向け、それぞれに定位置を決めましょう。
スマホ、文房具、バッグ、カバン、リモコン、本、雑誌。
自分が使いやすいよう「これはここ、これはあそこ」と決めておけばOKです。
部屋の中だけではありません。
机の引き出しの中も、定位置を決めましょう。
鉛筆、消しゴム、定規、ホチキス、セロハンテープ。
食器棚の中も、定位置を決めておきたい。
コップ、お皿、お箸、カトラリー、調理器具。
冷蔵庫の中も、定位置を決めておきましょう。
卵、牛乳、お味噌、肉類、野菜類。
定位置を一つひとつ決めるのは少し手間がかかりますが、大変なのは最初の一度だけです。
片付ける手間だけでなく、探す手間も小さくなります。
一度決まった定位置でも十分とは言えません。
定位置を決めてから「この位置は少し不便だなあ」と感じることがあるでしょう。
そんなときは、ルールを変更しましょう。
一度決めた定位置にこだわるのではなく、柔軟にいろいろ試していくことが大切です。
スペースの兼ね合いがあるなら、ほかの物の位置も併せて変更すればOK。
試行錯誤を繰り返しながら、ベストな定位置を見つけていきましょう。
どんどんきれいで快適な部屋を実現していくのです。
モチベーションはどこから生まれるのでしょうか。
モチベーションは「記録」から生まれます。
「モチベーションがない」「モチベーションが上がらない」と言う人がいます。
モチベーションに悩んでいる人に限って、記録をつけていません。
記録がないと、日々の仕事や勉強を淡々とこなすだけになり、自分の成長や前進を感じにくくなります。
頭の中だけでは、すぐ忘れたり記憶が曖昧になったりします。
成長や前進が感じられないと「これでいいのだろうか」と思えてきて、だんだんサボることが増えてくるのです。
モチベーションを上げるなら、記録をつけることから始めましょう。
紙のノートでもスマホのメモ帳でもかまいません。
アナログ形式でもデジタル形式でもいいので、自分がやったことを数字や文字の形で記録をつけましょう。
仕事であれば、片づけた仕事を日付とともに記録します。
勉強であれば、取り組んだ勉強箇所を日付とともに記録します。
部活動やスポーツであれば、こなしたトレーニングメニューを日付とともに記録をつけます。
ダイエットであれば、毎日体重を測って、日付とともに記録をつけます。
体重の変化を折れ線グラフにしてみるのも良いアイデアです。
もちろん趣味にも活用できます。
読書であれば、読んだ本の記録をつけます。
映画鑑賞であれば、視聴した映画の記録をつけます。
ランニングであれば、走った距離の記録をつけます。
たったこれだけのことです。
毎日記録をつけてしばらくすると「空白を埋めたい!」「続きを書きたい!」という欲求に駆られます。
記録を見返すと、自分が頑張ってきた量を目で確認できるようになります。
「私はこんなに頑張ってきたのか!」と達成感を味わえるうえ、自信にもつながってきます。
自然とモチベーションが生まれて、長期間にわたり保ちやすくなるのです。
大切なことは「記憶より記録」です。
頭の記憶だけでは曖昧になるので、きちんと記録を残すことが大切です。
記録をつけると、自分の成長や前進が目に見える形になります。
日々の成果が視覚化されると、継続したい気持ちが高まり、モチベーションアップにつながるのです。
江戸時代、お伊勢参りが流行しました。
お伊勢参りの際は、1日30キロから40キロほどの距離を歩いていたと言われています。
ハーフマラソンどころか、もはやフルマラソンに匹敵する長距離です。
もちろんお伊勢参りですから、1日では終わりません。
江戸から出発するケースで考えると、およそ460キロの距離があり、片道で15日、往復で1カ月かかります。
平坦な道だけでなく、もちろん山あり谷ありです。
1日30キロから40キロという距離を、毎日1カ月間続けていたことになります。
これは驚異的なことです。
1日でも大変なのに、1カ月も続けるのです。
「本当に毎日そんなに歩いていたの?」と信じがたいのですが、紛れもない事実です。
お伊勢参りは一般庶民が中心です。
もともと足腰を鍛えていた人なら別ですが、一般庶民の体力でそれだけ歩いていた事実にも驚かされます。
私たちに秘められた能力にはすさまじいものがあります。
つくづく人間は「やればできる生き物」ということを痛感させられます。
一方、現代人は便利な乗り物の普及によって、歩くことがめっきり減りました。
1日平均5キロ程度しか歩いていないといわれています。
1日1キロも歩いていないという人すらいます。
自転車や自動車、バスや電車、新幹線や飛行機。
便利な乗り物のおかげで移動は楽になりましたが、その分たっぷり歩く機会が減っているのです。
たまにはへとへとになるまで歩いてみてはいかがでしょうか。
私たちは、たっぷり歩くことを忘れています。
休日や週末など、時間に余裕のあるときにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
目的地を決めて歩くのも良し。
目的地を決めずに歩くのも良し。
歩いて、歩いて、歩きまくる。
足が棒になるまで、とことん歩いてみるのです。
たくさん歩いた分だけ、たくさんの人や景色と出会えます。
遠くまで移動できるので、ちょっとした冒険ができるでしょう。
へとへとになるまで歩くと、たっぷり運動ができるので、足腰も鍛えられます。
日頃たまっているストレスも、しっかり解消できます。
へとへとになるまでたっぷり歩くことは、フルマラソンを完走したのと同じくらいの達成です。
「私はやればできる人間だ!」と自信がつき、自己肯定感が高まるのです。
歩いた後は、シャワーや入浴を気持ちよく楽しめます。
夜はぐっすり寝られ、良い夢を見られます。
激しい運動は体を痛める危険がありますが、歩くことなら安全に運動を楽しめます。
私たち人間にとって歩くことは、とても大事なことです。
医学の父ヒポクラテスは「歩くことは人間にとって最良の薬である」という格言を残しています。
歩くだけで健康維持につながり、気持ちも明るくなります。
お金はかからないので気軽に取り組めます。
江戸時代のお伊勢参りを考えると、私たちはまだまだ歩く力を発揮できます。
私たち人間は「やればできる生き物」です。
たまにはへとへとになるまで歩くのも悪くありません。
たっぷり歩いたら、充実した時間を過ごしたことになるのです。
私たちはいつの間にか「失敗恐怖症」に陥っています。
幼い頃から親や先生から「失敗してはいけない」と教わってきました。
失敗すると叱られるので、とにかく失敗回避を第一に考える傾向があります。
新しいことにチャレンジするときも、まず失敗しない方法から考える癖がある。
失敗しないことを最重要課題として捉え、それがすべてと言わんばかりに全エネルギーを注ごうとします。
どうすれば間違えないか、どうすれば恥をかかないかと、失敗しない方法を考えることにリソースを費やします。
万一に備えて、失敗したときの言い訳や逃げ道も用意しようとするのです。
私たちには「思考が現実になる」という法則が備わっています。
失敗しない方法ばかり考えていると、失敗を意識することが増え、かえって失敗を引き寄せるという皮肉な結果が生まれます。
失敗すると、ますます失敗恐怖症が進行していき、いつの間にか重度の失敗恐怖症に陥っているのです。
失敗しない方法ばかり考えないことです。
失敗しないことばかり考えるのは、守りの姿勢です。
失敗しない方法ばかり考えていては、何をするにも臆病になってしまい、新しいことにチャレンジできません。
成功とは無縁の人生を送ることになります。
まず成功する方法を考えましょう。
「失敗しない方法」より「成功する方法」に意識を向けてください。
「失敗しない方法」と「成功する方法」は、似て非なるものです。
成功する方法は、考えれば考えるほど、成功に近づけます。
一方、失敗しない方法は、いくら考えたところで、失敗しない結果しか生みません。
成功するためには、成功する方法を考える必要があります。
どうすれば結果が出るのか、スムーズにできるのか、スピードを出せるのか、まず物事の肯定から考えるのです。
もちろん失敗しない方法も大切ですが、それは後の話であり、二の次です。
最初に考えるのは、成功する方法です。
成功する方法から入り、成功する方法を考えることで、失敗恐怖症から脱却できます。
守りの姿勢から、攻めの姿勢に転じましょう。
成功する方法を考えるから、成功に近づけるのです。
親が新しい習い事を始めました。
知人が思いきって一人旅に出掛けました。
友人が会社を辞めて、起業しました。
恋人が新しいバイトを始めました。
そんなとき「すごい、一歩踏み出した!」と思います。
人の行動とはいえ、心をぐっと動かされます。
私たちは、人から影響を受けることが少なくありません。
一歩踏み出した人が身近にいれば、その人からパワーをもらえ、興奮させられます。
「すごいなあ。元気をもらった。パワーをもらった。私も一歩踏み出そう!」と思う瞬間です。
テレビ番組や動画サイトでも、頑張っている人を見かけて、パワーをもらうことがあるのではないでしょうか。
もともと感受性が高くて、人から影響を受けやすい人もいるでしょう。
身近に頑張る人がいると、自分も影響を受けて頑張りやすくなるものです。
さて、ここまではよくある話ですが、問題はこの後です。
「私も一歩踏み出そう!」と思うだけで終わることが多い。
気持ちは生ものです。
気持ちの熱は、すぐ冷めます。
時間がたつにつれてどんどん温度が下がります。
気づくと、すっかり元通りになっているのです。
「私も一歩踏み出そう!」と思ったら、その瞬間を逃さないことです。
これはチャンスです。
気持ちが熱いうちに、自分も一歩踏み出しましょう。
せっかくパワーをもらったのですから、その熱をうまく生かしたい。
もたもたしないで、1分1秒でも早く、具体的な行動を起こしたい。
気持ちが熱くなっているうちに行動を起こすことが大切です。
理想は「当日中」です。
一晩寝ると一気に熱が下がるため、できるだけ当日中に行動を起こすのがいい。
「善は急げ」「鉄は熱いうちに打て」といいます。
一歩踏み出した人からパワーをもらったら、気持ちが熱いうちにすぐ行動を起こしましょう。
あるところに、ため息を混じりで話す中年がいました。
「もう年だから……」
「もう若くないから……」
「もうおじさんだから……。もうおばさんだから……」
諦めたような表情を浮かべ、元気がない様子です。
自分のことを「おじさん」「おばさん」と自称しています。
若いと呼べる年齢は終わったため、やりたいことはあっても、今から始めるのは遅すぎると思っています。
その隣で、にこにこ楽しそうに話す高齢者がいます。
「この前は伊豆旅行に行ってきた。下田温泉が最高だった」
「ちょうど今、英会話を学んでいる。単語を覚えるのは大変だけど、新しい言葉を覚えるのは楽しい」
「来月は海外旅行でハワイに行く予定がある。久しぶりの海外旅行で楽しみ」
しわしわの顔でありながらも、にこにこした表情を浮かべています。
たくさん予定を立てていて、いろいろなことにチャレンジしています。
そして将来の夢を語っています。
「将来の夢は、ホノルルマラソンを完走すること」
目はきらきら輝かせて、表情は生き生きしていて、ずいぶん元気な様子です。
これではどちらが老人なのかわかりません。
客観的に見ると、高齢者のほうが若く見えてしまいます。
大切なのは、チャレンジ精神です。
チャレンジ精神に年齢は関係ありません。
チャレンジ精神があるかないかで、醸し出す雰囲気ががらりと変わります。
人の年齢には「体の年齢」と「心の年齢」の2種類があります。
体の年齢は時間に比例しますが、心の年齢は時間に比例しません。
チャレンジ精神を持っている人は、年齢に関係なく、いつまでも心は若者です。
「もう年だから」は禁句です。
心の年齢は、時間に逆行して若返ることが可能です。
いつまでも若くいたいなら、チャレンジ精神を大切にしましょう。
チャレンジ精神には、若返りの力があります。
新しいことに立ち向かうと、新鮮な刺激が得られ、脳も生き生きして、身も心も若返ります。
チャレンジ精神を持っているかぎり、青春の風が吹くのです。
オーストリアの天才画家エゴン・シーレは、当時猛威を振るっていたスペイン風邪にかかり、28歳の若さで命を落としました。
お札の顔にもなった明治の女流小説家、樋口一葉は、当時不治の病とされた結核を患い、わずか24歳で生涯を閉じました。
『一握の砂』で有名な歌人・詩人の石川啄木も、同じく結核により、26歳という若さで亡くなっています。
アメリカの映画俳優ジェームズ・ディーンは、人気絶頂のなか突然の交通事故により、24歳にしてこの世を旅立ちました。
『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクは、ナチスによるユダヤ人迫害により、15歳の若さで不条理な死を遂げました。
過去の偉人について調べてみると、若くして非業の死を遂げていることを知り、驚かされることがあります。
夭逝が惜しまれます。
「さあ、これから」という大事なときに命を落とすのは、さぞ無念に違いありません。
どれだけ素晴らしい才能があっても、若くして亡くなることがあります。
私たちも、生まれた場所や時代が違っていれば、スペイン風邪や結核におかされ、命を落としていたかもしれません。
思わぬ事故に遭って、急死していたかもしれません。
あるいは、自分ではどうしようもない時代の不条理に翻弄されて、非業の死を迎えていたかもしれません。
私たちは「生きていることは当たり前」と思いがちです。
しかし、そうではありません。
たまたま病気にかかっていないだけです。
たまたま事故に遭っていないだけです。
たまたま戦争のない時代に生まれただけです。
少しでも生まれた場所や時代が違っていれば、自分も若くして命を落としていたかもしれません。
これは、高度に発展した現代社会でも同じことがいえます。
医療が発達した現代でも、治せない難病があります。
便利になった現代でも、防げない事故があります。
重い病や突然の事故のため、若くして生涯を閉じる人もいます。
長生きをしたくても、できないことがあります。
生きていることは当たり前ではありません。
生きていることが奇跡です。
今こうして生きていることに感謝しましょう。