最も成長できる方法は何でしょうか。
たくさん本を読むことでしょうか。
レベルの高い学校に通うことでしょうか。
「親にしつけられていないのでわからない」と言う人がいます。
親からしつけられていないと、社会常識や礼儀作法に弱くなります。
あるとき赤恥をかくことになるでしょう。
数値化できることだけが成長ではありません。
学校の試験では、知識や理解の程度を数値化することが可能です。
知識や理解が深まるにつれて、高い点数を取ることができます。
人と話をしたくてもできないときがあるものです。
友人に電話をしたいが、忙しくて話を聞いてもらえない。
人と話をするときは、少なからず相手の都合を考えなければいけません。
人生を良くするために心がけたい習慣があります。
「1分の前倒し」です。
何かに取りかかるときは、1分の前倒しを心がけましょう。
「ありがとう」とお礼を言うことがあれば、こう感じてください。
「なんて素晴らしいのだろう」と。
「ありがとう」は、感謝を伝える基本言葉です。
大切な話をするときは、まばたきの回数を抑えましょう。
まばたきの回数を抑えると、説得力が生まれるからです。
テレビ討論を聞く際、まばたきが目立つ人を見かけることはないでしょうか。
挨拶をしてすぐ目をそらさないように注意しましょう。
挨拶は、社交に欠かせないマナーであり、人間関係の潤滑油です。
きちんと挨拶ができれば十分と思いがちですが、そうではありません。
気分転換は、冒険をすることです。
冒険をすることは、今まで挑戦したことのないことに挑戦することです。
初体験を自分から挑戦することは、気分転換となるばかりか、あなたの成長につながります。
いらいらする出来事は、神様からのストレス試験です。
神様は、ときどき抜き打ちであなたに試験を出してきます。
人の本性は平時のときに現れません。
あなたの身近な人間関係に「無理」「できない」が口癖の人はいませんか。
相手にアドバイスしても「無理」と否定する。
「こんな方法はどうかな」と代替案を提示しても「できない」と拒む。
強がる人がいます。
弱いと思われたくないため、自分を大きく見せようとします。
・実力もないのにあるふりをする
住み始めたアパートが、古い建物の4階だったとします。
古い建物であるため、エレベーターがありません。
4階まで毎回歩いて上り下りしなければなりません。
「得る」という手段で、幸せを感じることは可能です。
・財産を得る
・名誉や社会的地位を得る
失敗する人の共通点は「他人のせいにする癖」があることです。
自分がうまくいかないときには、すぐ他人のせいにしてしまいます。
「あいつがいたから失敗した」
間違いを指摘されることがあります。
職場での仕事中、上司から仕事のミスを指摘されます。
レストランでの食事中、テーブルマナーの間違いを指摘されます。
調子が悪いとき、無理に否定する人がいます。
・「私は調子が悪くない」と拒否する
・「調子が悪いのは気のせいだ」と強がる
アフリカでは、片道15キロを2時間かけて徒歩通学する子どもがいます。
通学路の途中には、象やキリンが生息するサバンナを駆け抜ける必要があって大変危険です。
その地域では、毎年4、5人が象やキリンに襲われて命を落としています。
苦手なことは、自分でやったほうがいいのでしょうか。
それとも自分でやらず、得意な人に任せたほうがいいのでしょうか。
「苦手なことをやってもうまくできない。ミスや間違いを増やすだけ。苦手なことは得意な人に任せたほうがいい」
「頭がいいね」
試験で高得点を取った人に対してよく使われる褒め言葉です。
あなたも試験で高得点を取った人がいれば「頭がいいね」と褒めることがあるでしょう。
人は、改善を繰り返すことで、成長します。
悪いところや弱点を克服したり改善したりすることで、成長します。
改善しようとするとき、大前提があります。
成長とは何でしょうか。
成長とは、昨日より大きく育つことです。
言い方を変えれば、変化することです。
あなたに「中断している趣味」はありますか。
「昔ははまっていたが、いつの間にかやめてしまった」
「毎日楽しんでいたが、自然と興味が薄れていき、気づけばやらなくなってしまった」
魅力を出すために大切なのは、知識ではありません。
意思です。
学校教育に染まっていたせいか、私たちは知識重視になりがちです。
才能がないとわかった瞬間、落ち込む人がいます。
夢に向かって努力しても、とんとん拍子でうまくいくとは限りません。
努力のわりにスキルが伸びず、成果も出ず、思うようにいかないことがあります。
私たちは早い成長を求める傾向があります。
「成長できるなら早いほうがいい」
特別な理由がないかぎり、誰もが共通する考え方でしょう。
自分のミスプレーを笑ってごまかす人がいます。
笑いながら謝ったり、なあなあで済ませたり、です。
へらへら笑いながら「ぼうっとしていた」「タイミングが悪かっただけ」と下手な言い訳をする人も少なくありません。
以前聞いたことを忘れてしまい、同じ質問を繰り返してしまうことがあります。
メモを取り忘れているとき、よくあることですね。
同じ質問をするのは気が引けますが、わからないままでは仕事を進められません。
ひどいことを言われたとき、どんな対応をするかです。
多くの人は、ネガティブなリアクションを返しがちです。
むっとしたり、落ち込んだり、自分も強い言葉で言い換えしたりです。
本を読んでいるとき「心を動かす言葉」と出会うことはありませんか。
やる気が出る一言、元気の出る一言、心を軽くさせる一言、感動の一言、はっとさせる一言。
「なんていい言葉なのだろう!」と思わずにはいられない言葉と出会うことがあるでしょう。
最も成長できる方法は何でしょうか。
たくさん本を読むことでしょうか。
レベルの高い学校に通うことでしょうか。
素晴らしい先生に巡り会うことでしょうか。
いいえ、どれも違います。
もちろん早く成長することは可能ですが、もっとシンプルで優れた方法があります。
最も成長できる方法は、1つしかありません。
「何でも勉強のつもりで吸収すること」
これに尽きるのです。
「これは有益。これは無益」と区別しないことです。
区別することは、学びの機会を減らすことになり、その時点で吸収力が半減します。
「すべてためになる。すべて価値がある。すべて勉強になる」と考えることです。
人から聞く話も吸収します。
書籍・雑誌・新聞から、貪欲に情報を吸収します。
たまたま見たテレビの情報番組からも、知識を吸収します。
電車の中づり広告も、時代の流れを把握するヒントとして吸収します。
たとえ興味関心のない話も「勉強になる」と思えば、うなずいて聞けるようになるでしょう。
見るもの・聞くもの・触れるもののすべてを「有益な学び」として吸収します。
結局のところ、本人が「有益」と思えば、何でも勉強になるのです。
最も早く成長したいなら、何でも有益な学びと思って吸収しましょう。
何でも貪欲に吸収する人は、ささいな経験でもすべて価値に変えてしまうので、猛烈なスピードで成長していきます。
しかもさほどお金もかかりません。
あなたの周りにあるものを見渡してください。
あなたの周りにあるものは、すべて「教材」と思うことです。
何の勉強になるのかは、視点や考え方を変えることで工夫してください。
想像力や発想力を生かして、学びを見いだしましょう。
見るもの・聞くこと・触れるものをすべて学びの教材にすれば、成長スピードは何倍も速くなります。
何でも勉強のつもりで吸収する人は、学校に行かなくても先生がいなくても、1人で勝手に成長していきます。
最も成長できる、究極の方法なのです。
「親にしつけられていないのでわからない」と言う人がいます。
親からしつけられていないと、社会常識や礼儀作法に弱くなります。
あるとき赤恥をかくことになるでしょう。
「こんな自分になったのは親がしつけをサボっていたせいだ」とぼやきたくなるかもしれません。
しかし、親も完璧な人間ではありません。
親は立派な人間で完璧な人間のように見えますが、そう見えるだけです。
それは親が悪いわけではありません。
親も1人の人間です。
しつけのプロでもなければ、聖人君子でもありません。
人間ですから、親でもできていないところはたくさんあります。
そもそも世の中に完璧な人間は1人もおらず、親もその1人です。
しつけに悩んだり子育てが思いどおりにいかなかったりするのは日常茶飯事です。
それは仕方ないことです。
何でも親に責任を押し付けないことです。
「親にしつけられていないので、できない、知らない、わからない」と、親を批判しないことです。
親にとっても初めての子育てで、しつけをするのも初めてです。
親も親なりに一生懸命です。
どうしていいのかわからないこともたくさんあるのは当然であり、失敗したり間違えたりすることは普通にあることです。
衣食住を与えられ、普通に育ててもらえれば、御の字です。
いつまでも受け身で親のしつけを待つのではありません。
自分のしつけは、自分でするのです。
成人したら、もう立派な大人です。
親のしつけに文句を言う暇があれば、自分で自分をしつけましょう。
親にしつけられていないことはたくさんあるかもしれませんが、幸い手遅れではありません。
大人や社会人になってからでも間に合います。
自分から学んでいけばいいのです。
マナーの書籍を読んだり社会経験を積んだりなど、自ら進んで身につけていきましょう。
現在では動画コンテンツも豊富にあるので、学びに困ることはありません。
自分をしつけてくれる最高の先生は、自分なのです。
数値化できることだけが成長ではありません。
学校の試験では、知識や理解の程度を数値化することが可能です。
知識や理解が深まるにつれて、高い点数を取ることができます。
間違った箇所が判明すれば、足りないところや弱いところが見つかって重点的に補強できます。
成長すればするほど数値が上がっていき、知識や理解が完全になれば満点を取ることも可能になります。
では、成長なら何でも数値化できるかというとそうではありません。
「数値化できない成長」もあります。
私たちは数値化できる成長に目を向けますが、ぜひ数値化できない成長にも目を向けてください。
たとえば「心」です。
人との出会いや付き合いを通して、心が大きく育ったり感情が豊かになったりするでしょう。
素晴らしい小説や映画に感動して、涙がこぼしたり心が洗われたりするでしょう。
美術や芸術との出会いを通して、感性が豊かになったり美的センスが磨かれたりすることもあるはずです。
心が豊かになることも、成長の1つです。
「意識」も数値化できない成長の1つです。
情報漏洩の失敗事例を知ることで、セキュリティーに対する意識が高まりました。
今まで意識しなかったことを意識するようになりました。
「情報漏洩には注意しよう」「手間がかかってもセキュリティーはしっかりしよう」と思うようになりました。
何か新しい技術が身についたわけではありませんが、自分の中で意識の向上があったのはたしかです。
これが「数値化できない成長」です。
数値化できる成長だけにとらわれず、数値化できない成長にも目を向け、大切にしてください。
心や意識の向上は数値化できるものではありませんが、成長があるのはたしかです。
試験があるわけではないので、自分で機会をつくって、積極的にトレーニングをしていくことが必要です。
心や意識の成長も大切にしてください。
人生で本当に大切なのは、数値化できない成長です。
数値化できない成長を大切にすると、より豊かな人生になっていくのです。
人と話をしたくてもできないときがあるものです。
友人に電話をしたいが、忙しくて話を聞いてもらえない。
人と話をするときは、少なからず相手の都合を考えなければいけません。
タイミングが合わなかったり忙しくて時間がなかったりすると、話をしたくてもできないことが多いもの。
あるいは、けんかをしたり友人がいなかったりして、孤立状態になっているときもあるでしょう。
事情があって、自分の話を聞いてもらえないことがあるのではないでしょうか。
大丈夫です。
人と話をしたくてもできないとき、簡単な解決法があります。
自分と対話をすればいいのです。
自分の話を自分に聞いてもらえばいいのです。
自分との対話も、れっきとしたコミュニケーションです。
どうすれば自分と対話できるのか。
基本的な方法は「書き出す」です。
話したいことを書き出してください。
目の前に話し相手がいるものとイメージします。
友人でも恋人でも誰でもかまいません。
話しかけるかのように話したい内容をそのまま文字として書き出しましょう。
頭の中で思うだけでもいいですが、きちんと文字として書き出すほうが、見える化できるため効果的です。
書き出せば、自分と対話ができます。
書き出し方は、あなたの自由です。
「メモ帳」「日記帳」「ブログ」など、自分に合った形式で書き出しましょう。
アナログ形式・デジタル形式のどちらでもOKです。
手持ちの電子機器端末のメモ機能を使って、テキストとして書き出すのもありです。
話したいことを好きなだけ書き出しましょう。
たくさん書き出していくにつれて、すっきりした気持ちになって、人と話している実感が湧いてくるでしょう。
「こんな話をした。あんな話をした」
話したいことをたっぷり書き出せば「たくさん話した!」とすっきりできます。
人と話をしていなくても、できたことになります。
書き出すことは「思考の整理」にも役立ちます。
文字として書き出すことで頭の中が可視化されます。
さらに客観視にもなるため、物事を冷静に考えることができる状態になります。
「自分は今こんなことを考えているのだね。悩んでいるのだね」
「それならこうすれば解決できるね」
「うまくいかないときは、この代替案でいこう」
書き出していく中で具体性が生まれ、思考の整理ができるようになります。
物事を順序立てて考えることができるようになります。
ごちゃごちゃしていた考えが、次第に整っていくことが実感できるでしょう。
自分の考えを深掘りしていけるので、思考レベルが高まります。
書き出す行為は、対面のコミュニケーションにはないメリットがあります。
それは「無制限」というメリットです。
人に話を聞いてもらうときは、相手の都合を考えなければいけません。
カフェで話をするなら、せいぜい2時間もしくは3時間あたりが相場でしょう。
こちらの都合はよくても、相手の都合があって「ここでお開き」というタイミングがあります。
相手の都合があって話しきれないことがあるものです。
一方、書き出す場合は違います。
書き出す行為は、無制限です。
話し相手は自分ですから、人の迷惑を考える必要がありません。
自分の都合がつくかぎり、好きなだけ書き出せます。
状況が許されるなら、1日中でも可能です。
これほど自由なことはありません。
あなたの味方はあなたです。
人と話をしたくてもできないときは自分と対話して、すっきりさせましょう。
悩んでいることがあるなら、書き出すことで整理させていきましょう。
自分との対話こそ、あなたの成長を促すものなのです。
人生を良くするために心がけたい習慣があります。
「1分の前倒し」です。
何かに取りかかるときは、1分の前倒しを心がけましょう。
いきなり大きな前倒しは難しいものですが、1分の前倒しなら簡単にできるでしょう。
1分くらいなら「ちょっと頑張る」という程度です。
時間や体力に余裕がなくても、元気のない人でもメンタルの弱い人でも、1分の前倒しならできるはずです。
「1分くらいではほとんど変わらない」と思いますが誤解です。
1分は60秒です。
60秒早くスタートができるのは大きな違いです。
スポーツの試合で60秒早くスタートができれば、どれだけ有利になれるか想像できるでしょう。
1分の前倒しを10回繰り返せば、10分の前倒しになります。
1分の前倒しを100回繰り返せば、100分の前倒しになります。
1分の前倒しを繰り返していくだけで、前倒しの幅が大きくなります。
ゆくゆくは、数時間・数十時間という前倒しを実現できるでしょう。
たとえば、やるべき仕事を始めようと思うなら、1分前倒しで始めてください。
10時から始めようと思うなら、9時59分から始めましょう。
切りのいい時間で始めないのがポイントです。
わずか1分ですが、前倒しになっているのは事実です。
2つ目の仕事も、1分前倒しで取りかかりましょう。
3つ目の仕事も、1分前倒しで取りかかりましょう。
一つひとつの仕事を1分前倒しで取りかかると、スケジュール全体が少しずつ前倒しになります。
1分の前倒しが積み重なっていくにつれて、大きな前倒しになります。
「1分くらいでは意味がない」と思わず、こつこつ1分の前倒しを繰り返していきましょう。
1分ずつ仕事の前倒しを繰り返していけば、どんどん少しずつスケジュール全体が前倒しになります。
100分の前倒し、1000分の前倒しになっていくでしょう。
1分前倒しで始めるだけでいいので簡単ですね。
今日は何を1分前倒しでやりますか。
さっそく次に取りかかる仕事から、1分の前倒しを心がけてみてください。
たかが1分とはいえ、れっきとしたスピードアップです。
1分の前倒しを繰り返していくだけで、人生がスピードアップしていくのです。
「ありがとう」とお礼を言うことがあれば、こう感じてください。
「なんて素晴らしいのだろう」と。
「ありがとう」は、感謝を伝える基本言葉です。
コミュニケーションに欠かせない言葉であり、日常で最もよく使われている言葉の1つです。
特別感はないように思えますが、ちょっとここで考えてほしいことがあります。
「ありがとうという言葉が存在しない世界」を想像してみてください。
あり得ないことですが、頭を柔らかくしてイメージしてみてください。
事実として、ありがとうという言葉は、最初から存在していた言葉ではありません。
人類は、言葉によるコミュニケーションができなかった時代があります。
はるか遠い昔、人類が誕生してまもない頃、まだ口頭によるコミュニケーションができない時代がありました。
もちろん当時は文字も存在していませんでした。
ありがとうという言葉がなければ、どうやって感謝を伝えるのでしょうか。
ボディーランゲージで伝えることはできるかもしれませんが、はっきり伝わりにくいでしょう。
感謝は、言葉で伝えたほうがよく伝わります。
私たちは普段から「ありがとう」と言っていますが、これだけで素晴らしいことです。
ありがとうという言葉があるおかげで、感謝を表現でき、スムーズに伝えることができます。
こうした理解があれば、ありがとうという言葉に対する印象も変わるはずです。
ありがとうという言葉があるから、ありがたい気持ちを伝えられます。
ありがとうほど大切な言葉はありません。
コミュニケーションの基本でありながら、最重要の言葉です。
ありがとうとお礼を言えることは、素晴らしいことなのです。
せっかく素晴らしい言葉を身につけているのですから、惜しみなくどんどん使っていきましょう。
ありがとうという言葉は、いくら使っても減りません。
古くなることも壊れることもありません。
流行とは違って、飽きることも時代後れになることもありません。
いろいろな人のお世話になっているあなたには、お礼を言う機会があるでしょう。
なくなることも古くなることもないのですから、気兼ねなく、どんどん使っていくことが大切です。
「ありがとう」はお礼を伝えるときに使いますが、使用用途はほかにもあります。
「ありがとう」と言うと、まず相手を幸せな気持ちにさせます。
相手は「認められた」と自分の価値を感じ、自信がついて、幸せな気持ちになってくれるでしょう。
ありがとうの数を増やしたことで、わずかではありますが、世の中をよくしたことになります。
また自分も幸せな気持ちになれます。
自分の口から発した言葉は、自分の耳で聞くことになります。
気持ちのいい言葉を発したということは、気持ちのいい言葉を聞くことになります。
心に気持ちのいい余韻が広がって笑顔になれます。
人に感謝することで、自分の気分を上げていけるのです。
ありがとうという言葉は、自分も世の中も幸せにする言葉です。
自分や世の中を幸せにする言葉なのですから、どんどん使ったほうがお得です。
今日もあなたは、誰かのお世話になるでしょう。
大切な友人、職場の人たち、カフェやレストランの店員さん、タクシーの運転手さん、荷物を届けてくれる配達員さん。
お世話になったら、きちんとお礼を言いましょう。
そしてありがとうと言える世界に幸せを感じてください。
ありがとうという言葉があって良かった。
おかげできちんと感謝を伝えることができます。
きちんと「ありがとう」と感謝できるあなたも素晴らしいのです。
大切な話をするときは、まばたきの回数を抑えましょう。
まばたきの回数を抑えると、説得力が生まれるからです。
テレビ討論を聞く際、まばたきが目立つ人を見かけることはないでしょうか。
ほとんど絶え間なく目をぱちぱちさせていて、気になってしまうことがあるでしょう。
「目にごみでも入っているのかな」と思ってしまうほどです。
それは、不安や緊張による影響によるものです。
心理学では、まばたきが多くなることは、不安や緊張の表れによるものとされています。
本人は普通にしているつもりでも、人の心理は自然と表に出やすいものです。
まばたきは通常「3~4秒に1回」ですが、緊張状態のときは「1~2秒に1回」になります。
不安や緊張が強い場面では、まばたきが増える傾向があります。
まばたきが多いと、相手に落ち着いていない印象を受けます。
いつもぱちぱちまばたきをしていると、心理的動揺が相手に伝わってしまいます。
「不安がっているね」
「ひどく緊張しているね」
「何かやましいことでもあるのかな」
相手に心理学の知識はなくても、違和感があるため直感的に見抜かれるでしょう。
動揺していて自信のない様子が伝わると、発言内容まで疑われます。
結果として説得力を下げてしまうのです。
大切な話をするときは、まばたきを抑えましょう。
まばたきをゼロにするわけではなく、あくまで「回数を抑える」ということです。
普段と同じように、4秒に1回程度にします。
まばたきを抑えることで落ち着いた印象を与え、説得力が生まれます。
より意識を向けて「5秒~6秒に1回」まで抑えれば、さらに落ち着いた印象を与え、説得力に貢献するでしょう。
少し意識は必要ですが、説得力を上げる工夫として知っておく分には損はないでしょう。
なかなか難しいことですが、普段から意識して慣れておくといいでしょう。
もともと緊張する場面では、自然と目に力が入ってしまうため目の乾きも早くなります。
状況が許されるなら、直前に目薬をさしておき、目の乾燥を防ぐのも良い工夫です。
あらかじめ目を潤わせておけば、まばたきを抑えやすくなるでしょう。
目元が潤うことで、リラックスを促す働きもあります。
1つの対策として知っておけば、いざというときに役立ちます。
挨拶をしてすぐ目をそらさないように注意しましょう。
挨拶は、社交に欠かせないマナーであり、人間関係の潤滑油です。
きちんと挨拶ができれば十分と思いがちですが、そうではありません。
いくら明るく爽やかな挨拶ができても、挨拶直後に「あること」をすると、好印象が半減します。
それは「挨拶をしてすぐ目をそらす」という動作です。
これは仕方なく挨拶をしているときに起こりがちです。
都合があって仕方なく挨拶をすることがあるでしょう。
「挨拶をするのは面倒だけど、人間関係もあるから一応声をかけておくか」
無視するわけにもいかないので、義務的・消極的な気持ちで挨拶をすることがあるもの。
いやいや挨拶をしていると、その心理的抵抗が態度に出ます。
それが「挨拶をしてすぐさっと目をそらす」です。
目は、口ほどに物を言うところです。
早くその場から立ち去りたい心理が目をそらす動きに表れ、相手にネガティブな心理が伝わってしまいます。
相手は「今、いやいや挨拶をしましたね」と直感的に感じ取るでしょう。
これは無意識のうちに起こりやすいため、注意が必要です。
「そんなつもりはない」「まったく悪気はない」と思っても、実際に悪印象を与えやすい現実があります。
知らず知らずのうちに悪印象を与えるのは不本意でしょう。
「挨拶をしているのになぜか嫌われた」という展開になる可能性も否定できません。
挨拶をしてすぐ目をそらされると、相手は良い印象を受けません。
「私はいやいや挨拶をしています」
「早くその場から去りたい」
「挨拶はしましたが、あまりあなたに関心がありません」
ネガティブなニュアンスを与えてしまい、悪い誤解を招いてしまいます。
せっかく挨拶をするなら、気持ちのいい印象を与えたいですね。
挨拶直後に目をそらすだけで、急に印象が悪くなるのです。
挨拶の所作に注意を向けてください。
「挨拶さえすればいい」という考え方は良くありません。
心がけたいのは「挨拶をした後も、きちんと相手の目を見る」という所作です。
難しいことではありません。
お辞儀をして頭を上げた後、もう一度相手の目を見るだけです。
口角を上げてほほ笑みを見せれば完璧です。
相手の目を見ながら、ちょっとした雑談でも始めればいいでしょう。
好印象は「目」で伝わります。
目は、口ほどに物を言うところです。
挨拶の後もきちんと目を見ることができてこそ、好印象の挨拶を実現できるのです。
気分転換は、冒険をすることです。
冒険をすることは、今まで挑戦したことのないことに挑戦することです。
初体験を自分から挑戦することは、気分転換となるばかりか、あなたの成長につながります。
たとえば、仕事で今までしたことのない仕事に自分から「やらせてください」と言ってみましょう。
初めての経験にどぎまぎしますが、きっとあなたの成長になります。
このときにポイントがあります。
「嫌なことに挑戦する」と考えるのではなく「自分を成長させたい」と考えるのです。
自分を成長させたいと考えたときにする挑戦は、すべて前向き、プラス、成長に転じます。
それは出来事の問題ではなく、あなたの「意識の問題」です。
意識の状態によって、起こる出来事の事実がすべて変わります。
あなたが親から叱られた嫌な経験を、ただ否定すれば「この親、むかつく」と思います。
しかし、自分の成長のために叱ってくれたのだと考えれば「ありがとう」と思うはずです。
起こった事実は変わらなくても、あなたの意識が変われば、受ける印象も変わるのです。
いらいらする出来事は、神様からのストレス試験です。
神様は、ときどき抜き打ちであなたに試験を出してきます。
人の本性は平時のときに現れません。
ストレスがかかっているときに現れます。
ミカンを手でぎゅっと握ると中身の果汁が出てくるように、人もストレスがぎゅっとかかったとき、中身が出てきます。
神様があなたの本性を見抜くため、神経や感情を刺激するストレス試験を抜き打ちで行います。
神様が抜き打ちで行うストレス試験は、日常に溶け込んだ自然な形であることが特徴です。
たとえば、嫌な人、嫌な仕事、嫌な出来事です。
一見すると試験に見えません。
自然な形なので見抜きにくいかもしれませんが、それは神様からのストレス試験であることに気づいてください。
神様によるセッティングであり、不意を突いた試験です。
きちんと感情を抑えて冷静に対処できるか、あなたの反応を見ようとしています。
神様からの試験ですから、ぜひ前向きに立ち向かいましょう。
いらいらしながら雑に対処するのではありません。
「試されている」と考え、丁寧かつポジティブに対処しようではありませんか。
慌てるのではなく、冷静に落ち着いて対処しましょう。
むっとした表情を見せるのではなく、にこにこした笑顔を見せましょう。
ネガティブなリアクションではなく、ポジティブなリアクションを返したい。
神様からのストレス試験はちょっと厄介なところもありますが、落ち着いて対処すれば必ず乗り切れます。
もちろん神様の期待に応えるリアクションができれば十分ですが、余裕があれば期待を超えるリアクションをしたい。
期待を超えるリアクションができれば、神様はあっと驚き、感動するでしょう。
あなたが素晴らしい対応をすれば、神様は拍手してくれます。
神様がほほ笑みながら拍手してくれたら、ストレス試験に合格した証拠です。
試験の合格祝いとして神様からのご褒美があります。
新しいチャンス、ラッキーな出来事、素晴らしい出会い。
何があるかは、合格してからのお楽しみです。
あなたの身近な人間関係に「無理」「できない」が口癖の人はいませんか。
相手にアドバイスしても「無理」と否定する。
「こんな方法はどうかな」と代替案を提示しても「できない」と拒む。
ちょっと大変なことがあると「無理、できない」とすぐ諦める。
行動してから「無理」「できない」と言うならわかりますが、ろくに行動もしないで最初から否定する人がいるものです。
もし「無理」「できない」が口癖の人がいれば注意してください。
できるだけ距離を置くことをおすすめします。
自分にも悪影響が及ぶからです。
相手が否定しているだけで自分には関係ないと思いますが軽視できません。
相手の口癖は、あなたがよく聞く言葉です。
「無理」「できない」が口癖の人と付き合っていると「無理」「できない」という言葉を聞く機会も増えます。
言葉は言霊です。
相手からこちらに負のエネルギーが伝染していきます。
目に見えなくても、確実にその影響を受けています。
否定の言葉を発する人は、悪い菌をまき散らしているのと同じです。
言葉が耳に入るだけで負の影響を受け、じわじわ思考をむしばんでいきます。
小さな悪影響も、積み重なると大きくなります。
気づけば、相手のネガティブ思考に染まってしまっているのです。
「無理」「できない」が口癖の人と付き合っていても、なかなか盛り上がるのは難しいでしょう。
何でもかんでも否定されると、盛り上がる話も盛り上がりません。
こちらに否定の価値観を押し付けているのと同じこと。
あなたが夢や目標に向かって頑張っていても「無理だよ」「できないよ」とののしり、足を引っ張ってくるでしょう。
本人は軽い気持ちで言っているのかもしれませんが、聞かされるほうにとっては迷惑です。
「無理」「できない」が口癖の人とは距離を置くのが賢明です。
縁を切る必要はなく、距離を置く程度でいいのです。
相手がどんな人生を生きようと自由ですが、あなたの可能性までつぶされることがあってはなりません。
たまに接することはあっても、深入りしないのが得策です。
友人が該当していることもあるでしょう。
友人でも、あなたの人生に責任を取ってくれるわけではありません。
本当の友人であれば、あなたに「無理」「できない」と言ってきません。
「無理」「できない」が口癖の人がいるなら、人間関係の見直しをおすすめします。
会社で毎日顔を合わさなければいけない人なら、最低限のコミュニケーションだけで十分です。
完全に無視するのではなく、挨拶をする程度で済ませておけば問題ありません。
付き合う人間関係をコントロールすることです。
強がる人がいます。
弱いと思われたくないため、自分を大きく見せようとします。
実際は弱いにもかかわらず、それを悟られないよう、言葉や態度で強いように見せかけます。
強がれば、相手はすくんでおじけづくように思われます。
もちろん強がることが有効に働くこともあります。
急場をしのぐために、強がることで難を逃れることがあるでしょう。
また物事をうまくいかせるために、ちょっと自分を大きく見せることはあるものです。
しかし、一時的に強がることはあっても、普段から強がるとなると話が変わります。
強がるとはいえ、虚勢を張っているだけです。
本当に強いわけではなく、強いふりをしているだけです。
結局のところ、偽りの強さにすぎません。
急場はしのげても、いつか化けの皮が剥がれます。
表向きだけ繕ったところで、いつかばれるのが運命です。
強がることで人気や尊敬が集まったとしても、一時的です。
本当に強いわけではなく、強いように見せているにすぎないため、見破られるのは時間の問題です。
ばれたときが大変です。
「なんだ。あの人はただ強がっていただけなのか」
周りからがっかりされ、一気に印象が悪くなります。
今まで強いと思われていた分だけに失望感が大きい。
人気が急落して、尊敬は軽蔑に変わります。
これは普通に恥をかくより恥ずかしいことです。
長期的に見ると、メリットよりデメリットのほうが大きくなります。
あなたの身近に強がっている人がいれば、よく観察してください。
強がることで、一時的にごまかせたり急場をしのげたりできても、遅かれ早かればれているはずです。
ばれたとき、がつんと痛い目に遭っているでしょう。
ギャップがあって失望感が大きい。
虚勢がばれたときほど、かっこ悪い姿はありません。
一瞬で名声や尊敬を失います。
「騙したね」とののしられ、さっと人が離れていきます。
強がる人は、いつか必ず痛い目に遭うのが運命です。
弱いと思われたくないからといって強がらないことです。
強がるのは、弱い人より弱い姿です。
表向きは強く見えても、心や精神は弱い。
心や精神は弱いから強がってしまい、偽りの自分を見せてしまいます。
本当の弱い姿を知られたくないので、強い自分を演じることでごまかしているにすぎません。
強がるのは「本当の私は弱い人間です」と言っているようなものです。
強がっている自分をむなしいと思うことです。
「私は何を強がっているのだろう」と思えば、空虚な気持ちになるでしょう。
強がるのは、急場をしのぐときだけにしておくことです。
いずればれて痛い目に遭うのなら、弱くてもいいので、最初から素の自分を見せておくことです。
弱いなら、弱いままでいい。
正直な姿であり、ありのままの自分です。
弱くても、それが正直な自分なら恥じることはありません。
何も悪いことはしていないので堂々としていられます。
笑う人やばかにする人がいれば、ほうっておけばいいのです。
正直な自分を見せた結果であれば、仕方ありません。
無視やスルーでOKです。
弱かろうと何であろうと、ありのままの自分に誇りを持てば、堂々としていられます。
住み始めたアパートが、古い建物の4階だったとします。
古い建物であるため、エレベーターがありません。
4階まで毎回歩いて上り下りしなければなりません。
不便だなと思うのは早合点です。
毎回階段の上り下りが大変ですが、運動不足の解消に役立ちます。
そのアパートに住んでいるかぎり、自然と運動不足に悩まされることはないでしょう。
便利な道具がそばにあれば、楽をしたくて頼ってしまいますが、ないからと言って嘆くことはありません。
ないならないで有益です。
ないという不便さが、健康のためになります。
すべての不便は、考え方しだいで便利さにもなります。
状況を常に前向きに考えればいいのです。
「得る」という手段で、幸せを感じることは可能です。
得ることができれば、手に入れた喜びがあったり成果を実感しやすかったりするものです。
「得る」という手段によって幸せを感じることがあるのも事実です。
もちろん悪いことではなく、現実的な手段の1つです。
しかし、幸せを得るのもいいですが、ちょっと遠回りではないでしょうか。
時間や労力がかかって大変です。
なかなかスムーズにはいかず、ストレスもたまるでしょう。
努力が報われるとも限りません。
努力した結果、失敗で終わる可能性もゼロではありません。
人生では、時間や労力をかけることも貴いことですが、それに固執するのも良くありません。
もう少し視野を広げてください。
幸せになることは、もっと簡単なことです。
気づくだけでいいのです。
幸せは、気づくことによって、なることができます。
幸せに気づくためのキーワードは「感謝」です。
当たり前に感謝することです。
こうした日々の感謝に気づいた瞬間、幸せを感じます。
「私はなんて恵まれているのだろう。なんてありがたいのだろう」
日常に点在する小さな恩恵に気づいていくことで、心に幸福感が広がり、深い満足感が得られます。
幸せは、得るより気づくほうが簡単でシンプルです。
気づくだけで幸せになれるなら、それに越したことはありません。
あえて手間暇をかけたいならそれもありですが、特にこだわりがないなら、簡単でシンプルな方法を選んだほうが得策でしょう。
早く幸せになるに超したことはありません。
人生は有限ですから早く幸せになって、1分1秒でも幸せな時間を増やすことが大切です。
物質的な豊かさより精神的な豊かさです。
得た幸せより気づいた幸せのほうが、深い満足感があって長続きします。
なかなか幸せになれないときは「得る」というアプローチになっていないか振り返ってみてください。
「幸せは得るもの」という価値観にとらわれないことです。
幸せは本来、得るものではなく、気づくものです。
「得る」から「気づく」というアプローチに変えれば、今すぐ幸せになれるでしょう。
幸せになろうと構えないでください。
あまり気合を入れると視野が狭くなって、かえって幸せに気づきにくくなります。
力を入れるのではなく抜きましょう。
リラックスしたほうが感受性が豊かになって、幸せに気づきやすくなります。
本来幸せになることは簡単なことです。
あなたはすでに幸せです。
すでに恵まれていて、豊かな環境にいます。
それに気づくだけでいいのです。
失敗する人の共通点は「他人のせいにする癖」があることです。
自分がうまくいかないときには、すぐ他人のせいにしてしまいます。
「あいつがいたから失敗した」
「これさえなければ、うまくいったのに」
「勉強ができないのは、環境が悪いせいだ」
「親が悪いからだ」
自分に対して反省をしません。
だから失敗をしたのです。
成長は、反省するときにできることです。
反省をして、実行すれば、必ずうまくいくようになります。
うまくいかなかったときに、反省することをしなかったから、成長がなかったのです。
反省するにつれて、成長できるようになります。
「反省をしたいけど、どうすればいいのかわからない」という人もいることでしょう。
では、反省とは、具体的にどうすればいいのでしょうか。
反省は、次の2つのことをいいます。
反省とはいえ、この2つを考えるだけです。
失敗した理由を見つけ出し、対策を考えることを反省といいます。
成長できる人は、他人のせいにはしません。
常に自分のせいにします。
自分のせいにすることで、改善が自分へと向けられ、成長ができるようになるのです。
たとえば、仕事がうまくいかないのは、自分のせいだと考えましょう。
人間関係がうまくいっていないことも、自分のせいだと考えましょう。
お金に失敗したことも、買い物に失敗したことも、自分のせいだと考えることです。
「なぜできなかったのか」を考え「どうすればできるようになるのか」と考えるときに、成長ができるようになるのです。
間違いを指摘されることがあります。
職場での仕事中、上司から仕事のミスを指摘されます。
レストランでの食事中、テーブルマナーの間違いを指摘されます。
学校での授業中、先生から知識の誤りを指摘されます。
「それは違いますよ。正しくはこうですよ」と指摘されるのです。
時にはきつい言い方で指摘されることもあります。
指摘した人にむっとなることが多いものですが、実はありがたいことです。
指摘がなければ、間違いに気づけないままでした。
今でも間違いが続いていて、恥をかき続けていたことでしょう。
陰でくすくす笑われたり、知らぬ間に評価が落ちていたりしていたかもしれません。
間違いを正すには、まず間違っていることに気づかなければなりません。
わざと修正しないわけではありません。
「単に気づかないまま」「単に誤解したまま」ということがあります。
間違いに気づけないと、恥ずかしい間違いをいつまでも続けることになります。
指摘されたおかげで間違いに気づけ、自分の間違いを修正でき、正しい内容へと改善できます。
だから間違いを指摘されたら、むっとするのではなく、感謝です。
わざわざ指摘してくれたことに感謝の言葉を述べましょう。
きつい言い方で指摘されたとしても、反感を抑え、まず真摯に受け止めたい。
「教えていただいてありがとうございます」
素直に感謝すれば、指摘してくれた人も喜んでくれます。
間違いを指摘されたことに感謝する人が、成長するのです。
調子が悪いとき、無理に否定する人がいます。
なんとか快方に向かってほしい気持ちがあるのでしょう。
「病は気から」という言葉があるように、気持ちだけでも強く前向きにしたいこともあるのかもしれません。
たしかに前向きな気持ちは素晴らしいのですが、注意したいポイントです。
調子が悪いことを否定すると、正しい現実・ありのままの自分を無視することになります。
苦しいのに「苦しくない」と自分に嘘をつくことになる。
今の自分を否定することになり、ストレスが生まれます。
偽りの自分と付き合うことになり、心の中でストレスが生じます。
現実を背けている状態で、どうやって改善するのでしょう。
自分に嘘をついている罪悪感に苦しめられ、ますます心が苦しくなるばかり。
調子が悪いことを認めないと、放置の状態になり、不調が長引くことになります。
対処が遅れたり必要な対処が行われなかったりして、かえって悪化させてしまうことにもなりかねません。
調子が悪いことが悪いのではありません。
調子が悪いことを無視や否定するのが悪いのです。
調子が悪いことを認めましょう。
「ちょっと調子がおかしい」と思ったら、素直に認めます。
自分に嘘をつきません。
ありのままの自然体を大切にしましょう。
人間ですから、調子が悪いときもあって当然です。
調子が悪いことを受け入れるとき、コツがあります。
「調子が悪い」ではなく「調子がよくない」という表現を使ってください。
どちらも調子が悪いことを受け入れる点は同じですが、印象が違います。
否定より肯定の表現を使うほうが、ネガティブな印象が和らぎます。
「調子がよくない」と思えば、調子が悪いことを認めることになり、自然体でいられます。
「無理をしなくていいよ」と優しくいたわることになり、余計な力が抜けていくでしょう。
余計なストレスを感じなくなって、結果として気持ちが楽になります。
また現実としても、調子が悪いことを認めたほうが、原因を突き止めやすくなります。
「何が原因なのか」
「具体的にどこが悪いのか」
「どうすれば改善できるか」
きちんと調子が悪いことを認めたほうが、建設的な思考を発展させていけます。
自分に無理をさせないことです。
調子が悪いことを受け入れることが、不調改善の第一歩です。
アフリカでは、片道15キロを2時間かけて徒歩通学する子どもがいます。
通学路の途中には、象やキリンが生息するサバンナを駆け抜ける必要があって大変危険です。
その地域では、毎年4、5人が象やキリンに襲われて命を落としています。
学校に行くだけで大きな危険と苦労が伴います。
しかも毎日です。
学校に到着するころには汗でびっしょりです。
世界には、交通機関が整っていない地域が少なくありません。
私たちにとって身近なスクールバスや公共交通機関も、世界を見渡せば、ない地域があります。
そのため学校までの長距離を歩いて通う必要があります。
子どもたちは「夢を叶えるため」と言います。
果てしなく長い通学路ですが、そこまでして子どもたちを駆り立てるのは夢があるからです。
「勉強こそ未来を切り開く手段」と信じて、めげずに遠方の学校に通っています。
苦労や危険を乗り越えてでも学びたい意欲があり、大きな夢を持っています。
それでも子どもたちは夢を叶えるため、必死で遠くにある学校に時間をかけて通っています。
勉強に燃えていて、いつも目をきらきら輝かせています。
世界には、多大な時間と労力をかけて徒歩通学する子どもたちがいます。
スクールバスや公共交通機関が整っていない地域もあるということです。
仕方ない事情とはいえ、頭が上がりません。
たかが通学と思いますが、子どもたちにとっては夢を叶えるための道のりです。
苦労や危険があるからといって諦めません。
苦労や危険より、学ぶ意欲のほうが強いということです。
自分には関係ないと言ってしまえばそれまでですが、実際にある現実として知っておく価値はあるでしょう。
こうした子どもたちの積極的な姿勢を見ていると、胸にぐっとくるものがあって学ばされます。
私たちは簡単に通学を実現できています。
スクールバスや公共交通機関があって、簡単に通学できるのは幸せなことです。
通学にかかる費用もほんのわずかです。
時間どおりに運行されていて、それが普通となっています。
遅延するとしても、わずかな遅れでしょう。
そして自由に学べる環境が整っていることは、もっと幸せなことです。
今日も世界のどこかには、学校まで徒歩で片道15キロを2時間かけていく子どもがいます。
必死の通学光景を想像してみてください。
自分もじっとしていられない衝動に駆られるはずです。
苦手なことは、自分でやったほうがいいのでしょうか。
それとも自分でやらず、得意な人に任せたほうがいいのでしょうか。
「苦手なことをやってもうまくできない。ミスや間違いを増やすだけ。苦手なことは得意な人に任せたほうがいい」
これも1つの考え方です。
たしかに苦手なことはスムーズにできないでしょう。
無理やり頑張ったところで苦痛しかありません。
自分が不得意とすることですから、ミスや間違いも増えるはずです。
しかし「苦手だからやらない」「苦手だから人に任せる」と考えるのは早合点です。
ここで押さえておきたい重要なポイントがあります。
「好きなことかどうか」です。
「苦手で嫌い」「苦手だけど好き」という2つのパターンで分けて考える必要があります。
まず苦手で嫌いなことなら、得意な人に任せたほうがいいでしょう。
苦手で嫌いなことはマイナスしかありません。
苦手だからうまくできないうえ、嫌いなことは積極的になれないため、なかなか上達もしません。
やればやるほど不快感があって、ストレスに苦しむでしょう。
苦手で嫌いなことは、得意な人に任せましょう。
カリキュラムとしてやることが決まっているなら仕方ありませんが、自由選択の余地があるなら避けておくのが賢明です。
お金を出してでも人にお願いしたほうが身のためです。
苦手で好きなことなら、どうすればいいのでしょうか。
正解は「やったほうがいい」です。
苦手で好きなことなら、自分でやったほうがいい。
好きなことだからです。
もちろん最初は上手にできないでしょう。
好きなこととはいえ、時間がかかったり苦労が多かったりしますが、最初だけです。
好きなことは楽しく感じるため、長く続けることができます。
だんだん慣れてきて、知識や技術がついていきます。
好きなことには自然と熱中してしまうため、知識の吸収も技術の上達も早くなるでしょう。
興味関心のあることなので、奥を深めたい気持ちも出てきます。
「もっと知りたい」「もっと上達したい」という気持ちに終わりはありません。
たとえ壁があっても、好きな気持ちがあれば、根気で乗り越えてしまいます。
その結果、最初は下手で不器用でも、ぐいぐい上達していき、いずれプロ並みのレベルに達していくのです。
驚くべきことに、もともと得意な人より上達することも少なくありません。
好きという感情は、人の可能性を最大限まで引き出す力があるのです。
好きなことは、それをしているだけで幸せです。
楽しくて面白くて有意義な時間を過ごせます。
好きなことを人にお願いしてしまうと、人生の楽しみを失うことになります。
苦手でも好きなことなら「人生の楽しみ」として自分でやりましょう。
技術はあとからついてくるのです。
「頭がいいね」
試験で高得点を取った人に対してよく使われる褒め言葉です。
あなたも試験で高得点を取った人がいれば「頭がいいね」と褒めることがあるでしょう。
日常でよく耳にする言葉であり、誰が聞いても褒めていることは明らかです。
特別な言葉でも何でもないように思えますが、ここに注意ポイントがあります。
「頭がいいね」という褒め言葉には注意が必要です。
今までの常識を覆すようですが、褒め言葉になるとは限りません。
言う側に悪気はないのでしょうが、言われる側にとってはもやもやした感覚を覚えます。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと違うんだよなあ」と首をかしげ、すっきりしない表情をするでしょう。
「どこがいけないの?」と思いますが、言われた側に立てばわかります。
「頭がいいね」というセリフを聞くと、簡単に高得点を取れたように聞こえます。
生まれつき優れた脳を持っていると言わんばかりの印象があります。
ちょっと勉強するだけですいすい知識が入り、あっさり博識になったようなニュアンスがあります。
そうではないのです。
なぜその人は高得点なのか。
頭がいいからではありません。
勉強したからです。
その人は、普通の人よりたくさん勉強しました。
一生懸命勉強して、学ぶことに多くの時間を費やしました。
勉強したから知識が身につき、難しい問題にも解答でき、結果として高得点が得られました。
もちろんもともと記憶力が高かったり頭の回転が速かったりする影響もあるでしょう。
しかし、生まれつきの素質は微々たる違いです。
記憶力や吸収力は先天的でも、勉強の結果は後天的なものです。
知識の習得は、後天的な努力でどこまでも高めていけます。
その人は、ゲームやテレビ視聴の時間を減らして勉強していたでしょう。
周りの人が遊んでいるとき、机に向かって勉強していたに違いありません。
時には睡眠時間を削って勉強していたこともあるかもしれません。
まさに努力のたまものです。
膨大な勉強を重ねた結果です。
ここに気づくことが大切です。
試験で高得点を取った人には、どう褒めればいいのか。
「すごい努力ですね」「勉強を頑張ったのですね」といった言葉で褒めるのが適切です。
陰の努力に着目して、そこを褒めたたえましょう。
相手は目を輝かせ「そうそう、そのとおり!」という顔で喜んでくれるはずです。
とっさに言葉が浮かばなければ「すごい!」「素晴らしい!」の一言でもかまいません。
「すごい!」「素晴らしい!」は、すべてをたたえる万能の褒め言葉です。
試験で高得点を取れたのは勉強をしたからです。
高得点は、運でも才能でも何でもなく、たくさん勉強して頑張った結果です。
頭の良さではなく、努力の姿勢をたたえることが大切です。
人は、改善を繰り返すことで、成長します。
悪いところや弱点を克服したり改善したりすることで、成長します。
改善しようとするとき、大前提があります。
悪いところの把握です。
弱点の把握をしなければ、どこを改善していいのかわかりません。
弱点の発見は、改善するための大前提です。
では、弱点を発見するには、どうすればいいのでしょうか。
失敗や間違いをすることです。
失敗や間違いは、自分の悪いところであり、抜けている部分です。
改善の余地があります。
つまり、成長には、失敗や間違いを避けて通れないということです。
多くの人は、失敗や間違いを避けようとしますが、実際は逆効果です。
避ければ避けるほど、成長から遠ざかります。
失敗や間違いは、否定するものではなく、肯定するものです。
失敗や間違いは、避けられるに超したことはありませんが、あればあったで意味があります。
成長する人生とは、失敗をしに行く人生です。
人は、失敗や間違いを繰り返しながら、成長します。
肯定して受け入れるからこそ、弱点が把握でき、改善もできるのです。
成長とは何でしょうか。
成長とは、昨日より大きく育つことです。
言い方を変えれば、変化することです。
つまり、変化をすることが、成長することでもあります。
成長をしたければ、変化を受け入れることです。
小さな変化なら、小さな成長が得られます。
大きな変化なら、大きな成長が得られます。
子どもはあらゆる変化を、素直に受け入れます。
だから、ぐいぐい成長します。
子どもはよく泣きますが、大きな変化を受け入れたからです。
泣いた後、大きく成長します。
大人になるにつれて、変化を嫌うようになります。
泣かないように、無難な選択ばかりするようになります。
だから、成長も小さくなります。
変化を受け入れるのが、人として、成長することです。
変化を避けるのではありません。
たくさんの変化を求めるのです。
あなたの目の前にある変化は、成長です。
気が進まないことでしょう。
違和感があるでしょう。
だからこそいいのです。
変化としてではなく、成長として考えてみましょう。
涙や冷や汗がたくさん出る経験ほど、自分のためになります。
目の前にある変化のチャンスを、生かすか殺すかは、あなたしだいです。
変化をたくさん求める人ほど、成長できるのです。
あなたに「中断している趣味」はありますか。
「昔ははまっていたが、いつの間にかやめてしまった」
「毎日楽しんでいたが、自然と興味が薄れていき、気づけばやらなくなってしまった」
自然と中断してしまった趣味があるのではないでしょうか。
中断の理由はさまざまです。
仕事や生活で忙しくなり、趣味を楽しむ暇がなくなったこともあるでしょう。
好みや価値観が変わってだんだん興味が薄れていき、手が離れていったこともあるでしょう。
単に飽きたせいもあるかもしれません。
特に理由もなく、なんとなくやめたこともあるかもしれません。
昔あれほど夢中になったにもかかわらず、いつの間にかやめてしまっていることが多いもの。
その趣味を再開させてみましょう。
中断している趣味に、人生の花を咲かせるヒントが隠れています。
以前熱中していたということは、今でも熱中できる可能性があるということです。
少なくとも過去の実績があります。
飽きてやめたとしても、今はわかりません。
時間がたてば、記憶や感覚は薄れるもの。
久しぶりにやってみると、懐かしい気持ちを味わえるでしょう。
当時の初々しい気持ちがよみがえり、新鮮な楽しみ方ができるはずです。
以前と同じようですが、時間がたったり成長したりしたことで、ちょっと違って感じるはずです。
あるいは、初めてするような感覚になるかもしれません。
一時的に興味関心の火が消えているだけです。
ちょっとしたきっかけがあれば、興味関心の火が再燃します。
ぜひ「2回目の熱中」に取り組んでみましょう。
映画でも2回目の視聴は違った楽しみ方ができるように、趣味も、2回目の熱中は違った楽しみ方ができるでしょう。
あなたは、以前に比べて成長しています。
時間がたち、以前より成長しているおかげで、前回より深く趣味を楽しめる可能性があります。
以前より経済的に余裕ができて、趣味に割ける予算も増えているかもしれませんね。
趣味は、単なる楽しみではありません。
生活に彩りを加え、人生に花を咲かせるものです。
中断していた趣味を再開させましょう。
「そういえば一時期はまっていたなあ。久しぶりにやってみるか」でいいのです。
2回目には、2回目なりの味わいがあります。
そこには素晴らしい世界が広がっていて、人生の味わいを深めるものとなるでしょう。
2回目からが、本当の本番です。
魅力を出すために大切なのは、知識ではありません。
意思です。
学校教育に染まっていたせいか、私たちは知識重視になりがちです。
コミュニケーションでも、知識を使った話し方が多く見られます。
知識ばかりで話していませんか。
「モカコーヒーにはチョコレートが含まれているって知ってた?」
「1日に必要なカルシウムは600ミリグラムだよ」
「アセロラには、ビタミンCがたっぷり含まれているから健康にいいよ」
「この建物は○○が作ったらしいよ」
もちろん知識も役立ちます。
相手は感心してくれるでしょう。
「へえ、知らなかった。よく知っているね」というリアクションが返ってくるでしょう。
中には役立つ知識もあって、相手に喜ばれるはずです。
しかし、知識で話せば魅力的になれると思っているなら注意したほうがいいでしょう。
知識は素晴らしいものですが、それだけでは魅力は出ません。
知識は知識です。
どこかの本で学んだことを引用しているにすぎません。
覚えたことを受け売りで言っているにすぎません。
引用も受け売りも悪いことではありませんが、素晴らしいことでもありません。
知識はあっても、そこに意思がなければ、魅力も教養も感じられないのです。
知識の披露は、喜ばれるとは限りません。
世の中には、知識の披露を嫌がる人も少なくありません。
知識を披露すると「私は頭がいい」「私を尊敬しなさい」というアピールとして受け止められることがあります。
言い方によっては「あなたはばかですね」というニュアンスとして受け止められることもあります。
知識は暴力に変わることがあります。
知識で叩きのめされているように感じます。
自分はそんなつもりはなくても、相手にそう思われることがあります。
知識の披露がひどいと、嫌な印象を与えてしまう可能性もあるのです。
魅力を出すために大切なのは何か。
「知識」ではありません。
「意思」なのです。
自分の考えがあり、自分の価値観を持っているということです。
自分の意思で考えたことには「主体性」「精神的な自立」が感じられます。
「私は○○と思う」
「私はこれが好き」
「私はこう考えている」
自分の意思で話すと、これが魅力へと変わっていき、相手の心を動かすのです。
意思があるということは「自分を持っている」ということです。
自分の軸があり、自分なりの哲学や考え方を持っています。
たとえ間違っていても、きちんと自分の意思で答えた結果なら、スマートです。
そこに意思が感じられれば、間違いであろうと魅力を感じます。
「間違えたけど、きちんと自分の頭で考えた結果だよね」と寛容に見られます。
魅力を出したいなら、知識を磨くより意思を磨きましょう。
知識も大切ですが、ほどほどにするのがいいでしょう。
わからないときは「わかりません。教えてください」と言えばいいだけのことです。
モテたいなら、なおさら意思を大切にすることです。
自分の意思で話し、自分の意思で選び、自分の意思で人生を生きます。
これが「魅力的な人」です。
これは男性でも女性でも同じです。
自分の考えや価値観で話すということです。
魅力を出したいなら、知識より意思を大切にしてください。
自分の意思で話せば話すほど、あなたから魅力があふれてきます。
才能がないとわかった瞬間、落ち込む人がいます。
夢に向かって努力しても、とんとん拍子でうまくいくとは限りません。
努力のわりにスキルが伸びず、成果も出ず、思うようにいかないことがあります。
やるだけのことをやって芽が出なければ、才能がないとわかります。
あるとき、本物の天才と出会い、圧倒されることもあるでしょう。
これまで培ってきた自信ががらがら崩れていきます。
世の中にははるかに実力のある人がいるものです。
圧倒的な差を見せつけられると、勝負する前から挫折します。
「どうやっても勝てない」「この人にはかなわない」と悟れば、早々に自分の能力に見切りをつけることになります。
今まであると信じていた才能が、実はそうでないとわかったときの絶望感たるや、言葉にならないものがあります。
やるだけのことをやって芽が出なければ「才能がない」ということです。
しかし、落ち込むことはありません。
才能がないとわかれば、潔く方向転換ができます。
投資した時間・お金・労力は大きいかもしれません。
今まで費やした時間や労力が無駄になるかもしれませんが、今わかっただけでも幸いです。
気づかないまま続けていれば、ますます浪費が拡大していたでしょう。
早めにわかったおかげで、余計な時間や労力を費やさずに済みます。
ある意味、最小限に抑えることができたので、これはこれで良かったと言えるでしょう。
頑張った経験も記憶も無駄になりません。
一生残り続け、心の財産となります。
すべての人に何らかの才能があります。
才能がないとわかれば、別のところに才能があるということです。
消去法のように選択肢を絞っていけば、才能が見つかりやすくなります。
「ここに才能はなかった。残念だけど、はっきりわかって良かった。別のところを探そう」とポジティブに考えてください。
才能がないとわかることも、大きな前進です。
私たちは早い成長を求める傾向があります。
「成長できるなら早いほうがいい」
特別な理由がないかぎり、誰もが共通する考え方でしょう。
遅い成長より早い成長のほうが、華やかでかっこよく思えます。
早い成長は理想であり、無駄がないように思えます。
しかし、いくら成長が早くても、あとから元に戻るなら要注意です。
往々にして早い成長は、元に戻るのも早い傾向があります。
スピードが速すぎると、習得や定着が不十分のため、すぐ失われます。
成長の有無を見極めるなら、短期ではなく長期で考えなければいけません。
きちんとした成長を考えるなら、遅くてもいいから着実であることが重要です。
たとえば、試験前の徹夜です。
試験前に慌てて勉強する人も多いでしょう。
夜通しでも、試験前の焦りが集中力と記憶力を高め、効率よく勉強できることがあります。
場当たりの試験対策が実際にうまくいくことがあるのも事実です。
勉強するなら短時間のほうがよさそうに思えますが、ここから定番のおちがあります。
徹夜で勉強した内容は、試験が終われば、すぐ忘れます。
ほとんどを忘れてしまうことも少なくありません。
短期記憶はできても、長期記憶が不十分です。
長期記憶への定着が弱いため、覚えるのは早いですが、忘れるのも早い。
試験は乗り越えることができても、きちんと知識が身についていなければ、後で苦労することになるでしょう。
スピードは大切ですが、無謀なスピードは後悔を招きます。
早く成長しても、元に戻るなら意味がないのです。
きちんと学問を身につけるなら、真面目にこつこつ勉強するのがいちばんです。
スピードは遅いかもしれませんが、着実に成長できます。
かっこ悪いかもしれませんが、最も無難です。
時間をかけて学んでこそ、土台が固まり、さらに積み上げていけます。
勉強に限った話ではありません。
スポーツ・ビジネス・アートでも、同じ現象が起こりえます。
きちんとした成長を考えるなら「スピード」より「着実であること」に重点を置くのが賢明です。
大切な成長であればあるほど、時間をかけましょう。
遅くてもいいから、着実に成長することが大切です。
着実に成長するのが、結果としていちばん近道になるのです。
自分のミスプレーを笑ってごまかす人がいます。
笑いながら謝ったり、なあなあで済ませたり、です。
へらへら笑いながら「ぼうっとしていた」「タイミングが悪かっただけ」と下手な言い訳をする人も少なくありません。
たしかに笑ってごまかせば、その場をやり過ごせるでしょう。
ミスを笑いに変えることができれば、とりあえず明るい雰囲気になります。
元気を演出でき、落ち込んだり嫌な気持ちを引きずったりすることを防止できます。
もちろん常に前向きでいようとする姿勢はいいのですが「ミスプレーを笑ってごまかす」という点は要注意です。
笑ってごまかすと、そこで終わってしまいます。
現実から目を背けることになるため、反省をしなくなり、成長もできなくなります。
せっかく改善のヒントが見つかっても、スルーしてしまいます。
ミスプレーを笑ってごまかしているかぎり、レベルアップは不可能です。
大切なのは「原因の追及と対策の実施」です。
「なぜミスをしたのか」
「どうすればミスを防止できるのか」
「いつどのように対策を立てるのか」
きちんと自分のミスと向き合い、原因を探ります。
ちょっとしたミスでも何らかの原因があるはずです。
原因が見つかれば、同じことが起こらないよう対策を立てます。
たとえ相手に原因があるような状況でも、自分なりにできることがあるはずです。
対策を立てるからこそ、再び同じミスプレーが起こらないよう防止できます。
また対策が考えて終わりではなく、きちんと実施することも大切です。
成長でき、一段階上のステージに上がっていけるのです。
これはスポーツに限ったことではありません。
勉強でもビジネスでも同じことです。
ミスプレーを笑ってごまかす人は成長できません。
冷静に原因を探り、対策を立てる人が成長するのです。
以前聞いたことを忘れてしまい、同じ質問を繰り返してしまうことがあります。
メモを取り忘れているとき、よくあることですね。
同じ質問をするのは気が引けますが、わからないままでは仕事を進められません。
申し訳なく思いつつ「もう一度教えていただけないでしょうか」と同じ質問をすることがあるものです。
2回目の質問どころか、3回目や4回目という人もいるかもしれません。
相手が寛大な心の持ち主であれば、普通に答えてくれるでしょう。
同じ質問にもかかわらず、相手から注意を受けることもなく、にこにこしながら快く答えてくれるかもしれません。
「叱られなくて良かった」「注意を受けなくてラッキー」とほっと安心するかもしれませんが、油断は禁物です。
少なくとも同じ質問を繰り返すことは、良いことではありません。
大きなミスというほどではありませんが、だからといって問題なしというわけではありません。
反省の余地があります。
ちょっとしたうっかりですが、そのままスルーしないことです。
相手から注意を受けなくても、不注意にカウントしてください。
自分を戒め、きちんと反省することです。
同じ質問を繰り返すことがないよう、今後はきちんとメモを心がけましょう。
いつでもどこでもメモが取れるよう、メモ帳の携帯も心がけたい。
「注意を受けたら反省する」ではなく「注意を受けなくても反省する」ということです。
自分の意思で改善することは、前向きなので取り組みやすくなります。
注意を受けなくても、きちんと反省できる人が成長します。
ひどいことを言われたとき、どんな対応をするかです。
多くの人は、ネガティブなリアクションを返しがちです。
むっとしたり、落ち込んだり、自分も強い言葉で言い換えしたりです。
時にはショックを受けて、涙を流すこともあるかもしれません。
相手の言葉にむっとして、不機嫌な表情を見せる人もいるでしょう。
相手を失うことが怖いので、ぐっと我慢する人もいるかもしれません。
感情を抑えきれず、言い返す人もいるかもしれません。
ひどい言葉にひどい言葉を返せば、険悪な雰囲気が広がり、時には口論に発展します。
それでは人も恋も離れていってしまいます。
相手からひどいことを言われたとき、ネガティブなリアクションを返さないことです。
それは普通のリアクションであり、大人らしさがありません。
こういうときこそ、器の見せどころです。
相手からひどいことを言われたときに心掛けるのは、ただ1つです。
「笑顔でポジティブに対応すること」です。
不機嫌な表情を1つも見せません。
ひどいことを言われても、スルーします。
ひどい言葉は気にしないのがいちばん。
どれだけひどいことを言われても、気にしなければ、ノーダメージです。
厳しく指摘されたら「ごめんね。たしかにそうだよね」と、素直に笑顔で受け止めます。
嫌なことを言われたときは「そういうことを言うのはよくないよ」と穏やかな口調でにこにこしながら注意します。
こちらはあくまで大人の対応を見せることです。
大人の対応をすれば、相手は驚かずにはいられません。
「私はこんなひどいことを言っているのに、笑顔で対応するなんてすごい!」となります。
ひどいことを言っているにもかかわらず、笑顔で対応されたら、その人の器を感じます。
しばらくすれば、ひどいことを言った自分が恥ずかしくなるでしょう。
こちらが冷静になると、相手も冷静になります。
相手は「言いすぎてしまった」と自分の言葉を反省するのです。
相手からひどいことを言われたときこそ、あなたの器の見せどころです。
気にせず、笑顔で対応できるようになりましょう。
本を読んでいるとき「心を動かす言葉」と出会うことはありませんか。
やる気が出る一言、元気の出る一言、心を軽くさせる一言、感動の一言、はっとさせる一言。
「なんていい言葉なのだろう!」と思わずにはいられない言葉と出会うことがあるでしょう。
運命の出会いは、人だけでなく、言葉にもあります。
短い一言でも、ぐっとこみ上げてくる感覚やぐさっと突き刺さる感覚があって、忘れられないことがあるものですね。
メモ帳に書き写して「心を動かす言葉集」をつくっている人もいるかもしれません。
さて、心を動かす言葉と出会ったら、ぜひ心がけたいことがあります。
読むだけ終わりにするのではありません。
ぜひ声に出して読みましょう。
ますます心に響きます。
声に出すと、自分の言葉を自分の耳で聞くことになり、反芻効果が生まれます。
より多くの感覚器官を使うことで、記憶にも印象にも残りやすくなります。
脳の奥深くまでインプットされることで潜在意識まで刻み込まれます。
しっかり自分の中にインストールされることで、自然と日頃の行いに現れるようになるのです。
せっかく素晴らしい言葉と出会ったなら、その可能性を十分引き出したい。
一度だけでなく、繰り返し声に出してみるのもおすすめです。
言葉の力を信じる人は、言葉に救われます。
どんどん声に出し、どんどん言葉の力を引き出していきましょう。
声に出せば出すほどあなたの中に取り込まれ、あなたの一部となります。
新しい自分に生まれ変わっていけるのです。