「出会いは特別な場所にある」
そう思い込んでいませんか。
出会いを聞いて思い浮かべるのはどんな場所でしょうか。
仕事を利用した出会いの増やし方があります。
それは、目の前の仕事に集中することです。
出会いを遠くに求めていませんか。
努力も何もしないで出会いを欲しがっている人がいます。
「いい出会いがあるといいな」
「いい人が現れないかな」
出会いを妨げる魔の言葉が、3つあります。
(1)今度
(2)いつか
いちばん話したい人を、いちばん初めに諦めていませんか。
話しかけてみたい気持ちはあるものの、心理的な抵抗があって、話しかけにくいことがあります。
「声をかけてみたい。でも、冷たくされたらどうしよう」
相手から「もう会わない」と思われることがあります。
思うのはいいですが、思われるのはつらい。
せっかく出会うなら、素晴らしい出会いにしたいと思うでしょう。
私たちは、年齢を重ねていくにつれて、だんだん「守り」に入っていきます。
・変化に対する抵抗が出てきて、現状維持を好むようになる
・新しいことを避ける一方、慣れたことばかりを選ぶようになる
日常会話では時折「今度」「いつか」「そのうち」が登場します。
「今度飲みに行きましょう」
「いつか夢を叶えたいです」
日常では、感じのいい人に出会うことがあります。
すてきな笑顔を見せてくれたり、嬉しい一言を言ってくれたり、気の利いた配慮をしてくれたりです。
感じのいい人に出会うと、温かい気持ちになりますね。
出会いたい人をイメージしてください。
出会いたい人なら誰でもかまいません。
尊敬する先輩、憧れの異性、会ってみたい芸能人。
待望の相手と会うときは、誰でもどきどきします。
ずっと連絡を取り合っている相手がいて、念願の対面ということもあるでしょう。
特に相手が異性であれば、高揚感もいっそう大きくなるに違いありません。
「人と会うのが苦手」
「あまり人と関わりたくない」
人との関わりに苦手意識を持つ人もいるでしょう。
運命の出会いを果たすために、運命の場所を探している人がいます。
「運命の場所を探す」
「運命の場所に行きたい」
新しい出会いはどこにあるのでしょうか。
学校でしょうか。
職場でしょうか。
人間関係は似たもの同士で付き合う傾向があります。
芸能人は芸能人と付き合います。
スポーツ選手はスポーツ選手と付き合います。
不要になった名刺は捨ててください。
「物理的に処分する」ということです。
名刺交換をした人すべての人と連絡を取り合うわけではありません。
初対面では、堅苦しい雰囲気から始まります。
相手に失礼のないよう、自己紹介をして、当たり障りのない会話をすることでしょう。
相手にもよりますが、仲良くなるには少し時間がかかるものです。
初対面のコミュニケーションに力む人がいます。
「さあ、気合を入れて話すぞ!」
「価値のある話をしよう!」
使い慣れたはずの母国語。
毎日欠かさず使っている日常会話。
いつでもどこでも私たちは「言葉」を話せます。
出会いで注意したいのは、話しすぎです。
一方的にまくし立てるような話し方をするのは良くありません。
自分をもっと知ってもらいたい気持ちが強いと、話しすぎる傾向があります。
出会いに恵まれない人の会話には「ある3つの言葉」が登場しています。
・「無理」
・「無駄」
出会った後は反省をしましょう。
出会いの後、自分の言動を振り返ったとき、もやもやすることがあるでしょう。
「あの一言が余計だったかな」
あなたに悪口を言ってくる人がいれば、こう考えてください。
「この人は運命の人かもしれない」と。
あなたに悪口を言ってくる人がいれば、普通は腹立たしく感じるでしょう。
「つまらない」と感じる人に出会って、ショックを受けることがあります。
「なんてつまらない人なのだろう。魅力がない人だ。この人には価値がない」
残念な気持ちになります。
出会いもたまには休憩が必要です。
人は慣れる生き物です。
出会いも、慣れてくると飽きてきます。
若者には素晴らしい特権があります。
それは「若さ」です。
会いたいとお願いするときは、若さを武器にしてみるのも悪くありません。
「いずれ会うことになっている」
「いつか会わなければいけない」
「いつか会わなければいけないが、日程は決まっていない」
「ぜひお目にかかりたいです。ご都合はいかがでしょうか」
時間をかけて文章を考えました。
たっぷり気持ちを込めました。
「お目にかかれませんか」
連絡を取ってみて、了承をもらえば会いに行きます。
もちろん積極的なアクションは大切です。
あなたは今、出会いかけています。
魅力的な人が目の前に現れています。
手の届く範囲にいます。
「出会いは特別な場所にある」
そう思い込んでいませんか。
出会いを聞いて思い浮かべるのはどんな場所でしょうか。
特別感のある場所が多いのではないでしょうか。
華やかな場所、ロマンチックな場所、出会いを目的とする場所などです。
出会いを予感させる場所なら、どきどき胸が高鳴って期待感も増すでしょう。
「出会い」という響きのためでしょうか。
「出会いは特別な場所にある」という思い込みをしている人が多いようです。
あなたもその1人かもしれません。
しかし、ここに大きな誤解があります。
「出会いは特別な場所にある」という思い込みがあると、普通の場所に出会いがあっても気づきにくくなります。
出会いに気づいたとしても「気のせいだろう」とスルーしてしまいます。
貴重な出会いのチャンスを逃しやすくなるのです。
特別な場所で出会うこともありますが、その限りではありません。
普通の場所にも出会いはあります。
むしろ普通の場所こそ出会いがあります。
どれも普通の場所です。
身近な場所、行き慣れた場所、何の変哲もない場所です。
あなたがこれまで出会った人たちを振り返ってみると、普通の場所で出会ったケースが多いのではないでしょうか。
普通の場所だから抵抗なくすんなり知り合えます。
出会いは、特別な場所より普通の場所に多いのです。
出会いの大半は、普通の場所にあると言っても過言ではありません。
あなたは今、普通の場所にいることでしょう。
今が出会いのときです。
普通の場所にいる今こそ、出会いに注意を向けてください。
あなたの出会いセンサーのスイッチをオンにして、感度を最大化させてください。
「出会いは普通の場所にある」と思った瞬間、周りの景色が変わって見えるでしょう。
あなたの目に映るすべての人が「出会いの可能性」に見えてくるはずです。
人だけでなく、物事も、出会いの1つとしてカウントできるでしょう。
「出会いを探す」というより、もはや「出会いに囲まれている」という状況に気づくはずです。
普通の場所にいるあなたは、幸せです。
出会いは、普通の場所にあるのです。
仕事を利用した出会いの増やし方があります。
それは、目の前の仕事に集中することです。
出会いを遠くに求めていませんか。
遠くにいる人ばかり見ていませんか。
出会いは遠くにあるものだと思い込んでいませんか。
いいえ、出会いはもっと身近なところにあります。
あなたの目の前です。
今の仕事に集中するだけでいいのです。
今の仕事に集中しましょう。
今の仕事に集中すれば、自然と出会いが増えるようになっています。
仕事を通していろいろな人と出会えます。
上司、部下、同僚だけではありません。
お客さまや取引先も大事な出会いです。
社内の出会いということもあれば、社外の出会いもあります。
その中で素晴らしい人とも出会えるでしょう。
ビジネスの場とは、出会いの場でもあります。
偉い人、すごい人、変わった人、地位の高い人、ユニークな人。
ビジネスでは、プライベートではなかなか出会えない人とも出会えます。
目の前の仕事に集中することで、仕事を通してさまざまな人と出会うチャンスが生まれます。
「仕事で出会った人とは長続きしない」
「本当の友人は、学生時代しかつくれない」
それは誤解です。
たしかに金銭が関係しているため注意は必要ですが、長続きしないというのは誤解です。
本当の友人は、学生時代しかできないというのも誤解です。
あくまでそういう傾向があるというだけで、すべてがそうとは限りません。
仕事で関わる人とは「一緒に仕事をする」という共通の経験ができます。
共通の経験は、結束を強める絆に変わるため、素晴らしいつながりになるのです。
本当の友人は学生時代しかつくれないなら「青春」を大切にすればいいのです。
社会人になってから、青春を取り戻せばいい。
大人になってから人生の春を取り戻せば、学生時代のような友人をつくることは可能です。
仕事で出会った人と長い付き合いになることも少なくありません。
わざわざ自分で出会いの機会を増やすのもいいですが、本来はもっと身近に実現できます。
仕事に集中していれば、自然と出会いが増えるのです。
結果として、仕事の成果アップにもつながります。
仕事に集中することで、出会いが増えるだけでなく、成果もアップしてダブルのメリットがあります。
今すぐ目の前の仕事に集中しましょう。
誠実に取り組みましょう。
全身全霊で打ち込みましょう。
簡単な仕事でも油断せず、細かいところまできちんと仕上げましょう。
難しい仕事でも、責任感と使命感を持って取り組みましょう。
しっかり仕事に集中すれば、いつの間にか出会いが増えています。
出会いは、仕事の中にあるのです。
努力も何もしないで出会いを欲しがっている人がいます。
「いい出会いがあるといいな」
「いい人が現れないかな」
「どこかに運命の出会いはないかな」
「誰かいい人を紹介してください」
「神様、どうか私にいい出会いを与えてください」
ひたすら出会いを欲しがるだけ。
ひたすら紹介をお願いするだけ。
ひたすら神様に祈るだけ。
出会いの実現に向けて、自分なりに具体的な努力をしているなら別ですが、特に何も動いていません。
やっていることは、ただ出会いを欲しがっているだけ。
これは良くありません。
そんな虫のいい話はありません。
周りからも神様からもうんざりされます。
いわば、出会いの物乞い状態です。
努力も何もしないで出会いを欲しがるのは「ただでお金をください」と言っているのと同じです。
出会いの物乞いをしていませんか。
出会いが欲しいと騒いだところで、惨めで哀れな姿をさらすだけです。
自分は何も努力せず、もらえるものだけもらおうとするのは非常識です。
周りの人から同情されるどころか、反感を持たれます。
出会いを実現するには何が必要か。
それは「具体的なアクション」です。
自分から出会いの場に行きます。
出会いの場がなければ、自分で出会いの場をつくります。
自分から声をかけていきます。
声をかけてもらうのをじっと待つのではなく、自分から声をかけていきます。
会いたい人がいるなら会いに行きます。
後回しにせず、できるだけ早く会いに行きます。
距離が遠くても、お金と手間暇をかけて会いに行きます。
そうした具体的なアクションがあって初めて出会いが実現します。
世の中には自然と出会いに恵まれることもありますが、期待しすぎないことです。
自然な出会いに期待していると、ますます受け身になって「動かない人」になってしまいます。
「偶然出会いに恵まれればラッキー」と思うくらいでちょうどいいのです。
自然な出会いに期待せず、積極的にアクションを起こしていきましょう。
特に社会に出てからは出会いがぐっと減るため、なおさら自分から動いていくことが大切です。
「願うだけ」「祈るだけ」「欲しがるだけ」はやめましょう。
相手は、自然と天から降ってくるものではありません。
突然目の前に現れることでもありません。
出会いとは成果です。
出会いとは、きちんと行動した人だけが得られる成果です。
やるだけのことをやったうえで「出会いが欲しい」と言えば、周りの人たちも協力してくれます。
出会いを妨げる魔の言葉が、3つあります。
それぞれ日常でよく聞かれる言葉ですが、これらを平然と語っているなら要注意です。
「今度会いましょう」
「いつか会いましょう」
「近いうちに会いましょう」
普通に聞くと、会う話が進んでいるように思えますが、実際は逆です。
出会いを近づけているのではありません。
出会いを遠ざけているのです。
残念ですが「今度」「いつか」「近いうちに」が登場すると、出会いが実現することはありません。
「今度」「いつか」「近いうちに」という言葉は抽象的です。
「今度」「いつか」「近いうちに」と言いながら、実際そのときになると話を濁されます。
「ちょっと今は時間がありません。また今度会いましょう」となります。
日を改めて連絡すると「今ちょっと取り込み中なので、また今度にしましょう」と再び延期されます。
何度も延期が繰り返されます。
いつまで経っても出会いが実現しないのです。
なぜ「今度」「いつか」「近いうちに」という言い方では、出会いが実現しないのでしょうか。
約束ではないからです。
曖昧な言い方は「正式な約束」と見なされません。
「社交辞令」と思われます。
「その場の勢いで言っている」と誤解されます。
約束ではないので適当に扱われ、話が流れてしまいます。
聞き方によっては、会うのを嫌がっているようにも聞こえ、悪い誤解を与えかねません。
「今度」「いつか」「近いうちに」のいずれかが登場すると、表面的で薄っぺらい感じになります。
自分では本気のつもりでも、相手は正式な約束ではなく、社交辞令として受け止める可能性が高くなるのです。
出会いを実現させたいなら、曖昧な口癖をやめることです。
「今度」「いつか」「近いうちに」という言葉を禁句にしてください。
日常的で聞き慣れた言葉ですが、これほどチャンスを奪う言葉はありません。
響きはいいかもしれませんが、実際は魔の言葉です。
「今度」「いつか」「近いうちに」があるかぎり、出会いは実現しないのです。
会う約束をするときはどのようにすればいいのでしょうか。
抽象的な言い方は避け、具体的な言い方を心がけましょう。
「日付」「時間」「場所」の3つを明確にすることです。
具体的な言い方をすれば、相手に本気が伝わります。
本気が伝わるから、相手も本気になってくれます。
正式に決められないなら、仮決めでもかまいません。
都合が悪くなれば、そのときあらためてスケジュールを調整すればいいことです。
とにかく具体的に決めてください。
出会いは、具体的に決めることから始まります。
具体的に決めて初めて「約束」になります。
約束をしたからには、守らなければいけない責任が発生します。
次に会う話になれば、さっと手帳を開いて、その場で日程を決めてしまいましょう。
具体的な日程を決めると、出会いが実現するのです。
いちばん話したい人を、いちばん初めに諦めていませんか。
話しかけてみたい気持ちはあるものの、心理的な抵抗があって、話しかけにくいことがあります。
「声をかけてみたい。でも、冷たくされたらどうしよう」
「話が盛り上がらなかったらどうしよう」
「うっかり変なことを言ってしまうと恥ずかしい」
「私なんかが話しかけても迷惑になるのではないか」
期待と不安は表裏一体です。
話したい人であればあるほど、照れや恥ずかしさが出てきて、どきどきしてしまいます。
特に相手が憧れの人であれば、照れや緊張もひとしおです。
心臓が飛び出そうなほど鼓動が高鳴り、足がすくんで、話しかけるのをためらいます。
往々にしていちばん話したい人を、いちばん初めに諦めてしまう状況があるのです。
しかし、いちばん話したい人を後回しにするとろくなことになりません。
「後で声をかけよう」「タイミングがいいときに話しかければいい」など、のんきなことを考えていると、話す機会を失います。
後回しにしていると、本当に話したいと思ったとき、その場にはいないかもしれません。
もたもたしていると貴重なチャンスを逃し、後悔することになるでしょう。
時間がたつにつれて、話したい気持ちも冷めてしまいます。
「話したい」という気持ちが「まあいいか」に変わってしまいます。
後回しにすると、運を逃すのが人生です。
この話を聞いて「自分のことかもしれない」と思った人は、まだ改善の見込みがあります。
余計な先送りは不要です。
話したい衝動を抑える必要はありません。
話しかけてもらうのを待つ必要もありません。
いちばん話したい人こそ、いちばん初めに話しかけましょう。
「話してみたい」と思ったときがベストタイミング。
チャンスは、常にスピードが命です。
旅行では、いちばん行きたいところから行くのがいちばん楽しめるように、出会いも、いちばん話したい人から話しかけるのがいちばん楽しめます。
いちばん初めに話すから、笑顔になれます。
熱が伝わって話も盛り上がり、いい出会いになります。
照れや恥ずかしさがあるかもしれませんが、弱い心は振り切ってください。
勇気を出して話しかけてみましょう。
いちばん話したい人から話していくと、いちばんすてきな展開が待っています。
相手から「もう会わない」と思われることがあります。
思うのはいいですが、思われるのはつらい。
せっかく出会うなら、素晴らしい出会いにしたいと思うでしょう。
有意義な時間を過ごし、楽しいひとときにしたいもの。
「会って良かった」「会いに来たかいがあった」と相手に喜んでもらいたいはずです。
「また会いたい」と思われたいと思うもの。
ところが、すべての出会いがそうとは限りません。
相手から「もう会わない」と思われることがあります。
相手の態度や表情から「もう会わない」と思っていることを読み取れることがあります。
「もう会わない」と思われるということは、あなたにも不満を持っている証拠です。
自分を否定されているように感じます。
「会って損した」という意味にも聞こえます。
言葉でストレートに「もう会いません」と言われることもあります。
はっきり言われると、がつんとショックを受けます。
あまりに衝撃的な一言で、めまいがしそうになるでしょう。
失礼な一言に腹を立て、恨みや憎しみが湧き上がることもあるかもしれません。
ここで大切なことがあります。
「もう会わない」と思われることを恐れないでください。
「もう会わない」と思われることは、当たり前にあることです。
すべての人との出会いが素晴らしいとは限りません。
100%納得のいく出会いなんてありません。
出会った結果、相性が合わない人もいます。
出会ったものの、違和感を覚えることもあるでしょう。
仲良くなれると思っていたのに、会ってみると話が合わなくて苦労することもあるでしょう。
お互いの価値観がまったく違い、驚くほど話が合わない人もいます。
仲が良くなるどころか、逆に悪くなってしまうこともあるはずです。
「もう会わない」と思われることは、普通にあることです。
相手が悪いわけではありません。
自分が悪いわけでもありません。
「そういう出会いだった」というだけのことです。
もちろん自分に反省点があれば謝罪なり改善なりすべきですが、特に問題なければ自分を責める必要はありません。
「もう会わない」と思われることを恐れないでください。
腹を立てないでください。
相手に怒りや恨みを感じないでください。
後悔することすら不要なのです。
いらいらしたり落ち込んだりするかもしれませんが、さっと気持ちを切り替えましょう。
「そういうこともあるよね」とさらっと流せばいいことです。
次の出会いに目を向けましょう。
私たちは、年齢を重ねていくにつれて、だんだん「守り」に入っていきます。
これらはゆっくり時間をかけて進行するため、なかなか自覚できません。
守りの気持ちが少しずつ大きくなり、余計な行動をしなくなります。
気づけば、すっかり保守的な人間が出来上がっているのです。
しかし、これでは成長しません。
守りに入ると、現状維持にはなりません。
人生は、守りに入ると下り坂です。
守ってばかりいては、心も体も柔軟性を失って硬くなります。
生活から鮮度が失われると、日常が色あせていきます。
わくわくどきどきすることがない人生は、日光に当たって色あせた絵画のようです。
感受性が乏しくなって、脳の衰えも早くなります。
ぼけに向かって一直線です。
冒険をしなくなると、頑張っている人を批判するしか能のない人間になってしまいます。
守りに入れば入るほど、動くのが怖くなります。
いつの間にか視野も狭くなり、閉じた世界に入ってしまうのです。
守りに入りつつある自分にむちを打ちましょう。
自分に対する愛のむちです。
出会いは何のためにあるのか。
出会いは、守りに入りつつある自分を鍛え直すためにあるのです。
出会いには、心と体の柔軟性を取り戻す力があります。
守りに入りつつある自分を壊すためには、どんどん出会いに行くことが大切です。
出会いそのものが冒険です。
新しい世界に飛び込んでいくことになります。
大海原に乗り出した船のように、あなたは大きな世界に向けて飛び出すことになります。
不安や緊張もありますが、それがいい。
はらはらどきどきして、勇気や行動力が必要になりますが、だからこそ新鮮な刺激を得ることができます。
同じパターンの繰り返しから抜け出すことです。
自分の殻は、自分で破らなくてはなりません。
そこに希望があることを信じて動き出すことです。
すべて、守りに入りつつある自分を鍛え直すことに役立ちます。
出会いの素晴らしさに気づけたあなたなら、まだ間に合います。
誰かに背中を押されたからアクションを起こすのではありません。
自分の意思で決め、自分からアクションを起こしましょう。
自らテンションを上げて、心のエンジンに火をつけて、自発的に動いていくことが大切です。
出会いとは「優れた学習教材」です。
人との出会いは、本100冊分以上の価値があります。
出会いとは「若返りの薬」でもあります。
定期的に出会いを経験している人は、年を重ねても若々しくいられます。
たとえ高齢になっても、若者の心でいられるのです。
人と出会うことで人生が変わり、新しい未来が切り開けるのです。
日常会話では時折「今度」「いつか」「そのうち」が登場します。
「今度飲みに行きましょう」
「いつか夢を叶えたいです」
「そのうち会いましょう」
私たちの日常会話でよく聞かれるセリフです。
言うこともあれば、言われることもあるでしょう。
ところがです。
「今度」「いつか」「そのうち」が登場するセリフに限って、きちんと実行されることはありません。
大半が「言うだけで終わり」です。
「今度ぜひ飲みに行きましょう」と言ったまま、飲みに行くことはありません。
「いつか夢を叶えたいです」と言うものの、本当に叶うことはありません。
「そのうち会いましょう」と言ったまま、会うこともなく終わりです。
きっとあなたも心当たりがあるのではないでしょうか。
なぜ「今度」「いつか」「そのうち」が登場する言葉は守られないのか。
「抽象的な言い方だから」という理由もありますが、本質的な問題はもっと別のところにあります。
正式な約束になっていないからです。
「今度」「いつか」「そのうち」が登場するセリフは、どれも約束ではありません。
約束のように聞こえるだけです。
約束ではないのですから、果たされることはありません。
果たす責任もありません。
「社交辞令」として受け止められることが多い。
「そういえばあれはどうなったの?」と聞かれても「あれは冗談だよ。社交辞令だよ。本気だと思っていたの?」とごまかせます。
「今度」「いつか」「そのうち」は無責任な言葉です。
言うだけ言って終わりになります。
「今度」「いつか」「そのうち」は、夢を遠ざける魔のキーワードです。
「今度」「いつか」「そのうち」が登場する言葉は、永遠に実現しないのです。
夢を実現させるにはどうすればいいか。
夢を叶えたいなら「今度」「いつか」「そのうち」は禁句にしてください。
代わりに「日程」「期限」を決めましょう。
「今度飲みに行きましょう」と言うのではありません。
「来週の日曜日の夜、飲みに行きましょう」です。
「いつか夢を叶えたいです」と言うのではありません。
「35歳までに夢を叶えます」です。
「そのうち会いましょう」と言うのではありません。
「11月27日に会いましょう」です。
日程や期限を決めることで初めて「約束」になります。
約束をしたからには、果たさなければいけない責任が生まれます。
責任が生まれるから、実現するのです。
日常では、感じのいい人に出会うことがあります。
すてきな笑顔を見せてくれたり、嬉しい一言を言ってくれたり、気の利いた配慮をしてくれたりです。
感じのいい人に出会うと、温かい気持ちになりますね。
ラッキーな気持ちになって「今日はいい日になる」と思うでしょう。
感じのいい人に出会ったら、次はあなたの出番です。
相手の名前を聞いてみましょう。
「私は○○と言います。お名前を伺ってもいいですか」
難しくも何ともありません。
肩の力を抜いて、普通に名前を聞いてみてください。
まず自分の名前を名乗ってから、相手の名前を聞くのがマナーです。
相手の名前を聞くときは「疑問形」にすると優しい印象になります。
最初に自分の名前を名乗れば、いきなり名前を聞いても、自然に聞こえます。
名前を聞かれると、誰でも嬉しいものです。
自分が尊重されていると感じるからです。
名前を聞くことは、相手を認め、尊重することになります。
「私の存在が認められている」「私のことを大切にされている」と感じれば、心に温かい気持ちが広がります。
自分のことを大切にしてもらえると、相手も大切にしたくなるのが人間です。
名前を聞くことで、好意返報の法則が働き、あなたに特別な意識を向けてくれるでしょう。
これで素晴らしい出会いの完成です。
相手の名前がわかれば、積極的に使っていきましょう。
「○○さん、ありがとう」
「○○さん、良い1日を」
「○○さんのおかげです」
これだけで相手と仲良くなるきっかけが得られます。
相手からも「感じのいい人だな」と思ってもらえるでしょう。
難しくも何ともありません。
名前を聞くだけで、仲良くなれるのです。
出会いたい人をイメージしてください。
出会いたい人なら誰でもかまいません。
尊敬する先輩、憧れの異性、会ってみたい芸能人。
雲の上の存在でもかまいません。
とにかく出会いたい人をイメージしましょう。
あなたが出会いたい人は、どんな人ですか。
どんなルックスで、どんな雰囲気が漂っているでしょうか。
どんな話し方をしていて、どんな考え方をしているでしょうか。
ルックス、知性、品性、話し方、ファッション。
その人から醸し出す雰囲気があるでしょう。
出会いたいなら、そういう人を目指してください。
似たようなファッションをして、似たような振る舞いをします。
似たような話し方をして、似たような考え方を身につけます。
もちろん生まれや育ちは違うため、まったく同じになるのは不可能です。
性別や国籍など、同じにしたくでもできないこともありますが、大切なことは「雰囲気を似せていく」ということです。
下手でも不器用でもいいので、見よう見まねで似せていくことです。
あくまで自分は自分にしかなれませんが、自分らしさを引き出す参考にはなるはずです。
出会いたい人と同じようなルックスや雰囲気を心がけましょう。
出会いたい人と同じような話し方や考え方を身につけていきましょう。
もちろん外見だけでなく、内面も同じように磨いていきましょう。
あなたが出会いたい人をイメージして、外見・内面ともに、その人のようになっていくと、その人と出会えます。
私たちが生きる世界には「引き寄せの法則」が働いています。
似たもの同士が自然と引き寄せ合うようになっています。
あなたが魅力的な人になると、魅力的な人を引き寄せます。
あなたが上品な人になると、上品な人を引き寄せます。
あなたが知的で賢い人になると、知的で賢い人を引き寄せます。
2人の間を見えない力が働き、自然とお互いが引き寄せ合うようになる。
出会った瞬間、お互いとも「自分と似ている」と感じて、びびっと電流のような衝撃が走ります。
似たような雰囲気から相通じるものを感じ取り、不思議な仲間意識を感じるでしょう。
お互いが似たもの同士なので、話も価値観も合ってすぐ仲良くなれます。
運命的なものを感じて、そこから新しい未来が切り開いていくのです。
出会いたい人をイメージして、その人のようになってください。
引き寄せの法則は、利用されるものではなく、利用するものです。
引き寄せの法則を生かした人に、素晴らしい出会いが訪れるのです。
待望の相手と会うときは、誰でもどきどきします。
ずっと連絡を取り合っている相手がいて、念願の対面ということもあるでしょう。
特に相手が異性であれば、高揚感もいっそう大きくなるに違いありません。
ところが実際に会ってみると、拍子抜けすることがあります。
ネットでは明るく元気な感じの人だったのに、実際に会ってみると、暗くて地味な人だった。
電話のときはいつも盛り上がっていたのに、実際に会ってみると、なぜか会話が続かない。
チャットでは優しい印象だったのに、実際に会ってみると、まったく優しくない人だった。
思い描いていた人と大きく違っていると、ギャップに驚きます。
好印象どころか、悪印象を受けることも少なくありません。
「本当はこんな人だったのか。想像していた人と違っていた」
想像と大きく違っていると、がっかりします。
期待していた分だけ、想像と違っていたときのがっかり感も大きくなります。
そして、こう思います。
「こんなことなら会わないほうが良かった」と。
しかし、それは違います。
会って良かったのです。
想像と違っていても、無駄な出会いではありません。
実際に会ってがっかりすることがあっても、無駄な出会いではない。
人生では、そういうことも普通にあります。
無駄な出会いと考えないことです。
「こんなはずではなかった」と考える必要もなし。
当然ですが、相手を恨んだり憎んだりしないことです。
ネガティブな感情を持ったところで、自分が苦しくなるだけです。
むしろありのままの姿を見せてくれたことに感謝することです。
わからないように隠されていたなら、今でも気づかないままでいたでしょう。
「会って良かった」と考えましょう。
出会ったことに意味があります。
相手の本当の様子がわかりました。
きちんと相手を知ることができました。
今まで自分が誤解していただけでした。
「前進あり」と考えることです。
妄想を膨らませすぎていた自分を反省する機会にもなります。
自分の誤解を解消できたのですから、実際に会った意味があります。
自分のアクションを肯定することです。
事実を知ることができたのですから無駄なことではないのです。
「人と会うのが苦手」
「あまり人と関わりたくない」
人との関わりに苦手意識を持つ人もいるでしょう。
たしかに出会いにはストレスがあります。
不安や緊張があったり、スケジュール調整の手間暇がかかったりして楽なことではありません。
出会いにはある程度のリソースが必要になるため「仕事の妨げになる」と考える人もいるはずです。
しかしそれは誤解です。
むしろ逆です。
出会いには仕事の重要な意味があります。
仕事の妨げになるどころか、役に立ちます。
出会いと仕事は無関係に思えますが、誤解です。
出会いは、仕事に関係します。
直接的に関係することもあれば、間接的に関係することもあります。
人と出会うことで、あなたの価値観に新しい色が取り込まれます。
人との出会いは、本100冊以上の価値があります。
新しい見識が得られたり、知識や知恵が得られたり、世界観が広がったりします。
出会いによって得られた学びや成長が、仕事に生かされることがあります。
たわいもない雑談から仕事のヒントやアイデアが得られるかもしれません。
出会いによって、行き詰まっていた仕事の突破口が見つかるのはよくあることです。
出会いによって得られた想像力や発想力が、仕事に生かされることでしょう。
出会って何も残らないようでも、記憶や経験が残ります。
記憶は忘れているようでも潜在意識の奥できちんと眠っています。
そうした記憶や経験の断片が、思わぬ形で仕事に役立つこともあります。
出会った人が、ビジネスパートナーになる可能性もゼロではありません。
直接ビジネスパートナーになることがなくても、その人を介してビジネスパートナーと出会うこともあります。
人のつながりとは不思議なものです。
見た目は普通の人でも、実は大物と知り合いということがあります。
仕事のできる人と出会うことで、意識やモチベーションが高まることもあります。
「なんてすごい人なのだろう!」と感動することで心に火がついて「自分も頑張ろう!」という気持ちになります。
出会いも自己啓発です。
意識やモチベーションが高まれば、仕事の向上にもつながるはずです。
こうした恩恵があるのですから、もはや出会いと仕事は無関係と言えません。
「出会いも、仕事の1つ」と考えてください。
人の出会いは、可能性が詰まっています。
「学びや成長の可能性」「コネや人脈の可能性」「アイデアやビジネスの可能性」です。
そうした可能性を得るためには、まず出会いが必要です。
仕事の邪魔だから出会いを避けるのではありません。
仕事の向上には、出会いが必要です。
仕事を向上させたいなら、なおさら出会うのです。
仕事に関係することがたくさんあります。
「出会いも仕事の1つ」と思えば、出会いに意義を感じるはずです。
積極的に出会っていきたい気持ちが芽生えるのです。
運命の出会いを果たすために、運命の場所を探している人がいます。
「運命の場所を探す」
「運命の場所に行きたい」
「運命の場所はどこにあるのだろう」
運命の場所に行けば、運命的な出会いがあると思っているのでしょう。
しかし、どれもナンセンスです。
お門違いであり、出会いの方向性を間違っています。
そもそも前提から間違っています。
残念ですが、どれだけ運命の場所を探しても、見つからないでしょう。
運命の場所を探しても、見つからないのは当然です。
運命の場所は、最初からあるものではなく、あとからできるものだからです。
運命の場所は、特別なところに存在しているのではありません。
運命の場所はどこでもなり得ます。
カフェで出会えば、そのカフェが運命の場所になります。
居酒屋で出会えば、その居酒屋が運命の場所になります。
駅のホームで出会えば、駅のホームが運命の場所になります。
学校の教室で出会えば、その学校の教室が運命の場所になります。
後になってから「あの場所で出会ったのが運命でした。あの場所こそ運命の場所です」ということになるでしょう。
「どこでも運命の場所になる可能性がある」ということです。
出会いの場所は、あとからできるものです。
最初から運命の場所ありきで探すのはナンセンスです。
まず出会ってください。
その人と仲良く親しくなって、運命の人に変えましょう。
なかなか関係が深まらず行き詰まっているなら、相手のために何ができるか考えてください。
相手の立場になって、想像力を膨らませて考えることです。
「相手のために何ができるか」という視点こそ、さらに関係を深めるポイントです。
そうすれば、その人との関係がレベルアップして、特別な関係に発展します。
出会ったところが運命の場所になります。
新しい出会いはどこにあるのでしょうか。
学校でしょうか。
職場でしょうか。
海外旅行でしょうか。
もちろんどれも正解ですが、意外なシチュエーションを見落としていませんか。
それは「予定外の回り道」です。
私たちは「効率」を求める傾向があります。
無駄なことはせず、最短・最速で実現しようとします。
余計な手間暇はかけたくありません。
できるだけ楽をしたいので、なるべく必要最小限の努力で済む方法を考えます。
仕事でも遊びでも何でも、最短・最速になるよう、効率よく進みたがろうとします。
効率に快感を覚える人も多いのではないでしょうか。
しかし、新しい出会いをしたければ、効率ばかり求めないことです。
効率を求めると、かえって新しい出会いがなくなります。
近道ばかりを通ることになるので、変化や刺激が固定されます。
効率化をすればするほど、無味乾燥になります。
予定された道ばかりでは、予定された出来事しか起こりません。
物事が順調に進むメリットがある反面、刺激や変化に乏しくなるデメリットがあります。
新しい出会いをするにはどうするか。
予定外の回り道をしましょう。
学校からの帰り道を思い出してください。
学校の帰り道の途中、寄り道をしたことがあるでしょう。
遠回りになるとわかっていながら、なんとなく気が向いて、別の道を通って帰ります。
探検するような感覚があり、わくわくしながら寄り道を楽しんでいたでしょう。
寄り道の途中には新しい発見があったはずです。
見慣れない人、美しい風景、面白い建物。
「こんなものがあったのか!」という驚きの連続だったはずです。
一つひとつに目をきらきら輝かせ、感動したでしょう。
人生も同じです。
新しい出会いはどこにあるのか。
新しい出会いは、予定外の回り道にあります。
予定外の回り道をすることになったとき「新しい何か」と出会います。
人、物、建物、景色、イベント。
予定外の回り道だからこそ、予定外の出会いがあります。
その出会いによって刺激と変化が得られ、人生が豊かになっていくのです。
急な予定変更で回り道が必要になったとき、どう思うかです。
「話が違うではないか」とむっとするのではありません。
「新しい出会いがあるかもしれない」とわくわくしましょう。
急な予定変更はラッキーなことです。
前向きに受け入れる考え方があれば、予定外の回り道が発生しても、いらいらするどころか、わくわくするのです。
突然の予定変更があっても、平常心を保ちながら取り組めます。
「どんな新しい出会いがあるかな」と思えば、回り道がチャンスに変わります。
さあ、予定外の回り道を楽しみましょう。
効率的に生きることも大切ですが、新しい出会いをしたければ、回り道が必要です。
無駄を受け入れて楽しみましょう。
なかなか予定外の回り道に恵まれないときもあるでしょう。
そんなときは、わざと自分から回り道を選んでみることも大切です。
自発的になれば、それだけストレスも小さくなり、楽しむ気持ちも生まれます。
回り道を進んだ先には、新しい出会いが待っています。
回り道は、距離が長くなればなるほどいい。
距離が長くなれば、それだけいろいろな刺激や変化と巡り合えます。
人間関係は似たもの同士で付き合う傾向があります。
芸能人は芸能人と付き合います。
スポーツ選手はスポーツ選手と付き合います。
社長は社長と付き合い、ミュージシャンはミュージシャンと付き合います。
仕事や肩書、あるいは趣味や好みが似てる人とは、共感や親近感を覚えやすく、居心地がいいものです。
知り合いにすごい人がいれば、すごい人を紹介してもらえる可能性が高いといえるでしょう。
ところがこの法則には例外があります。
普通の人から、とんでもない有名人を紹介されることがあります。
似たもの同士で付き合うのは、あくまで「傾向」です。
時に意外なつながりに恵まれることもあります。
知り合いから「幼なじみと今ビリヤードしてるんだけど、メンバーが足りないから一緒にどう?」と誘われたとします。
快諾して場所に向かってみると、その友人の幼なじみは、有名歌手かもしれません。
友人から「みんなで飲んでるんだけど一緒に来ない?」と誘われたとします。
喜んで行ってみると、参加メンバーにテレビでよく見かける有名スポーツ選手がいるかもしれません。
あり得ない話に聞こえますが、可能性はゼロではありません。
メディアでよく見かける有名人には幼なじみがいて、その幼なじみが偶然あなたとつながっていることは実際にあり得る話です。
世の中の人間関係は、さまざまなところでつながっています。
どこでどうつながっているのかわからない予測不能なところが、人間関係の面白いところです。
身近な人は大切にしましょう。
ご縁は思いもよらぬところにあります。
身近な人は大切にすると、偶然のご縁に恵まれるのです。
不要になった名刺は捨ててください。
「物理的に処分する」ということです。
名刺交換をした人すべての人と連絡を取り合うわけではありません。
1年以上連絡を取っていない相手は、ご縁がなかったと判断してOKです。
名刺をため続けるとかさばってしまい、整理が大変になります。
たくさん名刺を持っていると、神様は「あなたの人間関係は十分ですね」と誤解します。
不要な名刺を持てば持つほど、あなたの出会い運が下がります。
「いつか連絡を取るかもしれない」と思う人もいるかもしれませんが、実際に連絡を取ることはありません。
たくさんの人と名刺を交換しても、実際に連絡を取り合うのは一部でしょう。
不要になった名刺は、保管するものではなく、捨てるものです。
不要になった名刺は、どんどん捨てるのが正解です。
名刺を捨てることに罪悪感を覚える人もいるでしょう。
名刺を捨てると、人を捨てるように感じられ、抵抗感が生まれます。
出会いをないがしろにしているような感覚になるように思うかもしれません。
優しい心の持ち主なら「なんだか申し訳ない」と心が痛むでしょう。
しかし、名刺を捨てることは、出会いをないがしろにすることではありません。
あくまで名刺を捨てるだけのことであり、それ以上でもそれ以下でもありません。
その人との関係にいったん区切りをつけるだけです。
名刺を捨てることも、出会いを大切にすることになります。
気に病む必要はありません。
良心をとがめることも、罪悪感に苦しむ必要もないのです。
いらなくなった名刺は、思いきって捨ててください。
名刺交換をして1年以上連絡を取っていない人の名刺は、ごみ箱行きです。
心苦しいなら、感謝しながら捨てればOKです。
「ご縁はありませんでしたが素晴らしい出会いでした。ありがとうございます」
心の中で唱えてきちんと感謝すれば、罪悪感も良心の呵責もなくなります。
後日になって必要になったら、そのときはそのときです。
あらためて名刺をいただけばいいだけです。
「紛失してしまいまして、もう一度名刺をいただけますでしょうか」と言えば、すぐいただけるでしょう。
見切りをつけることも前進です。
名刺を捨てることで、心が軽くなります。
古い人間関係を解き放つことになります。
新しい人生を歩もうという気持ちが強くなります。
不要な名刺を捨てることは、人間関係の整理になります。
名刺を捨てると、あなたのフットワークが軽くなり、出会い運が上がります。
まもなく新しい出会いが舞い込んできます。
初対面では、堅苦しい雰囲気から始まります。
相手に失礼のないよう、自己紹介をして、当たり障りのない会話をすることでしょう。
相手にもよりますが、仲良くなるには少し時間がかかるものです。
そこで、少しだけ仲良くなるまでの時間を短縮する言葉があります。
「仲良くしてください」です。
初対面のとき、笑顔で「仲良くしてください」と言ってみましょう。
自分から積極的に言うのです。
「仲良くしてください」と言えば、積極的に仲良くなりたいという様子が、よく伝わります。
相手は、あなたの温かい好意に気づくでしょう。
お互いに「仲良くしよう」と積極的になりやすくなるため、いつもより早く仲良くなれるはずです。
同姓にも異性にも使えます。
人間関係向上の一言として、ぜひ、ご活用ください。
初対面のコミュニケーションに力む人がいます。
「さあ、気合を入れて話すぞ!」
「価値のある話をしよう!」
「必ず相手を笑顔にしよう!」
「有意義なコミュニケーションをしよう!」
「何が何でも相手から好かれたい!」
気合を入れたり、有意義な会話をしようとしたりします。
たしかに役立つ情報や面白い話ができれば、素晴らしい時間を過ごせるでしょう。
有意義な会話ができれば、相手も満足してくれるはずです。
自分のことを好かれようと、丁寧な態度で振る舞うことも大切です。
しかし、ちょっと肩に力が入りすぎです。
張り切るのはいいですが、張り切りすぎるのは良くありません。
余計な緊張を招くことになって、会話が堅苦しくなります。
最初から価値のある会話をしようと思うと、プレッシャーがかかって、ストレスを感じます。
「楽しくなければいけない」「相手を満足させなければいけない」といった強迫観念が生まれます。
いつの間にかぎこちない会話になってしまうのです。
難しく考える必要はありません。
肩の力を抜いて考えましょう。
出会いのコミュニケーションは、もっと気楽に考えていいのです。
「頑張ること」より「楽しむこと」に意識を向けてください。
心がけたいのは「たわいない雑談」です。
出会いのコミュニケーションは、たわいない雑談ができれば十分です。
目的を持たない会話だから、自由な流れが生まれ、いろいろな話題を楽しめます。
仕事の話、家族の話、住んでいる場所、趣味の話、そのほか世間で話題になっているニュース。
役立つ情報も価値のある情報も必要ありません。
面白いネタも必要ありません。
目的のない会話を楽しみましょう。
もちろん普通に天気の話題を出してみるのもいい。
「今日はいい天気ですね」という一言も、れっきとしたコミュニケーションです。
天気の話でも、会話ネタとしては十分成立します。
相手に不快感さえ与えなければ、どんな雑談でもOKです。
目的を持った会話もいいですが、目的を持たない会話もいい。
目的を持たないたわいない雑談だからこそ、自由に話題が広がります。
話が盛り上がりやすくなって、楽しい時間を過ごせます。
それが話しやすさにつながり、いい出会いになるのです。
会話で残るのは何でしょうか。
会話で残るのは「内容」より「印象」です。
会話の内容も大切ですが、それ以上に印象を大切にしてください。
たわいない雑談が楽しめれば「あの人とはいろいろな話ができた。楽しかった」という印象が残るでしょう。
印象がよければ、すべてよし。
ポジティブな印象が残ることで、ご縁も続くのです。
使い慣れたはずの母国語。
毎日欠かさず使っている日常会話。
いつでもどこでも私たちは「言葉」を話せます。
にもかかわらず、自分の気持ちを正確に伝えるのは意外と難しいものです。
ちょっとした言葉の違いで意味やニュアンスが変わります。
たとえば「コーヒーがいい」と「コーヒーでいい」は、似ていますが違います。
一方は丁寧で、もう一方は乱暴です。
「あと1時間しかない」と「あと1時間もある」も、似ていますが違います。
一方は焦りで、もう一方は希望です。
わずかな違いですが、相手に与える印象はずいぶん変わります。
1文字が変わるだけで、意味が真逆に変わることもあります。
本人に悪気があるとは限りません。
うっかり言い間違え、正直の気持ちとは異なる表現を使ってしまったのかもしれません。
自分でも、なぜその言葉を選んだのかわからないこともあるでしょう。
心に余裕がないときは、思考力や集中力が低下して、余計な一言を言いやすい。
あなたもそういう経験があるのではないでしょうか。
あなたがそうであるように、相手もそうなのです。
相手から、傷つくことを言われたとします。
そんなとき、あまり難しく考えないことが大切です。
「うっかり言い間違えたのだろう」「ちょっと余裕がなかったのかな」と、あまり深く気にしません。
深く気にしないほうが、いら立つことも減って、穏やかな気持ちでいられます。
「私も同じ経験がある」と考えると、さらりと流しやすくなります。
人間は、不完全な生き物です。
そして人間は、間違える生き物です。
自分も言い間違えることがあるのですから、ご愛嬌です。
寛大な心で構えていたほうが、いら立つことも減るのです。
出会いで注意したいのは、話しすぎです。
一方的にまくし立てるような話し方をするのは良くありません。
自分をもっと知ってもらいたい気持ちが強いと、話しすぎる傾向があります。
たくさん話せば、それだけ情報量が増えます。
情報量が増えれば、それだけ会話を盛り上げやすくなったり自分の魅力をアピールしたりできるでしょう。
もちろんたくさん話すことは活気が出ていいですが、注意が必要です。
自分ばかり話していると、相手は圧迫を感じます。
がつがつ一方的な話が続くと、聞くことに疲れるでしょう。
マシンガントークに悪印象はあっても好印象はありません。
自分は好き勝手にぺらぺら話せて気持ちいいかもしれませんが、相手は疲れます。
聞くだけですが、体力を使います。
聞くことには集中力が必要です。
話を聞いたり理解したりするのは、脳に負担がかかります。
ストレスをためていき、どっと疲れます。
あなたが話しすぎれば、相手は、そんなあなたに不満を持ちます。
「一方的に話してばかりで嫌な感じだな」と思われたら、終わりです。
「この人に関わると疲れる」と、嫌悪感・抵抗感が生まれ、距離を置きたくなります。
もう次に会うことはありません。
初対面のマシンガントークは厳禁なのです。
出会いのコミュニケーションでは、話しすぎに注意してください。
コミュニケーションは、キャッチボールです。
自分が話したら、次は相手が話す番です。
相手が話し終えたら、次は自分が話します。
お互いに話したり聞いたりする状況があってこそ、コミュニケーションです。
できれば話すことより聞くことに力を入れましょう。
たっぷり話すのではなく、たっぷり聞くのです。
話すこと・聞くことの割合は「2:8」が理想的です。
聞いてばかりもいけませんが、少なくとも聞くことに比重を置くのが賢明です。
相手の話をたくさん聞くことは、相手を満足させることです。
そうすれば相手は「たくさん話すことができて楽しかった」と満足してもらえます。
コミュニケーションに偏りが生まれますが、これくらいでちょうどいいのです。
話しすぎるのはNGですが、聞きすぎるのはOKです。
自分は話すチャンスがないように思えますが、辛抱するところです。
相手がたっぷり話し終われば「あなたはどう?」と話を振ってくれるでしょう。
適度に相槌を打てば、相手は出会いのコミュニケーションに満足してくれます。
出会いに恵まれない人の会話には「ある3つの言葉」が登場しています。
どれも日常的な言葉で、普段からよく聞かれます。
「すでに今日も何度か使ったよ」という人もいるかもしれません。
もちろん必要に応じて使うならいいのです。
無理なことは「無理」と言わなければいけないときもあるでしょう。
意味を正しく伝えるために、はっきり言わなければいけないときもあります。
言いにくいことでも、お金や契約に関わることなら、断言しなければいけないときもあります。
必要や目的があって使うぶんにはいいのですが、使用頻度が高くて口癖になっているなら、イエローカードです。
むやみに使っているなら見直したほうがいいでしょう。
これら3つの言葉を使うと、相手を突き放すことになるからです。
「無理」「無駄」「嫌い」には、否定的な意味が伴っています。
むやみに使うと、出会いの印象や会話の雰囲気を悪くさせてしまいます。
「自分から話しかけるなんて無理。一人旅なんて無理。私が結婚するなんて無理」
「人に期待しても無駄。頑張っても無駄。今さら人生を変えようとしても無駄」
「野菜が嫌い。暑いのが嫌い。寒いのが嫌い。運動が嫌い」
自分では正直に言っているつもりでも、相手がどう感じるか考えてみてください。
「無理」「無駄」「嫌い」は、特に否定の意味が強い言葉です。
そのため、会話に無理・無駄・嫌いが登場すると、いったん話を折ることになります。
何かアドバイスをしても「無理です」「無駄です」「嫌いです」と否定されると、気持ちがなえます。
どんよりした重たい空気が流れ始めます。
「話をしても面白くない。一緒にいても楽しくない」と思われるでしょう。
会話を否定されると、突き放されているようにも感じてきます。
これではいい出会いに恵まれないのも当然です。
自然と雰囲気が悪くなり、自然と会話が途切れやすくなるのです。
いい出会いを引き寄せたいなら「無理」「無駄」「嫌い」を必要最小限に抑えましょう。
うっかり言いそうになったときは、別の言葉に言い換えましょう。
できるだけ柔らかくて穏便な言葉で言い換えるのがポイントです。
「無理」と言いそうになれば「難しい」「希望が見えない」と言い換えましょう。
「無駄」と言いそうになれば「役立ちにくい」「乗り気がしない」と言い換えましょう。
「嫌い」と言いそうになれば「苦手」「好きではない」と言い換えましょう。
ほぼ意味は同じでも、印象が違います。
同じ否定の意味でも、可能性が感じられる言い方のほうが、柔らかく聞こえます。
未来的・建設的なニュアンスがあるため、話が前に進みます。
前向きな印象があるのでテンションも高くなり、会話もご縁も長続きするのです。
出会った後は反省をしましょう。
出会いの後、自分の言動を振り返ったとき、もやもやすることがあるでしょう。
「あの一言が余計だったかな」
「少し話しすぎてしまったな」
「うっかり相手の話を遮ってしまった」
「こういう言い方をしたほうが良かった」
「もっと謙虚な態度になるべきだった」
反省することがなければいいですが「すべてがパーフェクト」という出会いはなかなかありません。
じっくり振り返ると、何か1つは反省すべき点が見つかるはずです。
致命的なミスに気づくこともあれば、軽微なミスに気づくこともあるでしょう。
自分の言動の悪かったところを見つけたら、きちんと改善して、次回の出会いに生かしましょう。
たとえば、余計な一言を言ってしまったなら、今後は言う前によく考えることを心がけます。
少し話しすぎてしまったなら、今後は聞き役に徹するよう自戒します。
うっかり相手の話を遮ってしまったなら、今度は相手の話を最後まで聞くことを誓います。
「こういう言い方をしたほうが良かった」と思えば、その言い方を次に生かします。
少し横柄な態度をしてしまったなら、次は気持ちを引き締め、謙虚な態度を心がけます。
反省だけで終わらせず、きちんと改善もしましょう。
反省と改善で、1セットです。
態度も言葉遣いも、最初から完璧な人はいません。
コミュニケーション能力は、少しずつうまくなっていけばいいのです。
着実に向上するほうが、確実に改善していけます。
反省と改善がうまくいけば、きっと次の出会いは素晴らしいものになるでしょう。
「注意する」と意識するだけでも違います。
自分の悪いところに気づいて注意するだけでも立派な進歩です。
注意をしていても、油断して同じ失敗を繰り返すこともありますが、それでも注意を続けましょう。
注意を続けることで思考に定着していき、セルフイメージとなります。
いずれ意識しなくても、普通にできるようになります。
反省と改善を繰り返すことで、少しずつコミュニケーション能力が向上していきます。
反省するときの約束事があります。
「反省できたら、さっと気持ちを切り替える」ということです。
不必要に思い出しません。
反省という行為は、少なからず「元気を奪う」という副作用があります。
くよくよしていると、それだけ落ち込みもひどくなり、立ち直るのが大変になります。
反省が終われば、さっと気持ちを切り替えましょう。
過去の失態はきっぱり忘れてしまってかまいません。
反省しても、落ち込む前に抜け出せます。
出会いの後に反省と改善をする人が、出会いに強くなるのです。
あなたに悪口を言ってくる人がいれば、こう考えてください。
「この人は運命の人かもしれない」と。
あなたに悪口を言ってくる人がいれば、普通は腹立たしく感じるでしょう。
敵のように感じるでしょう。
むかむかして、強いストレスを感じるでしょう。
あまり関わりたくないので、距離を置きたくなるでしょう。
嫌な印象があって「会いたくない」「話したくない」「顔も見たくない」と思うはずです。
しかし、ここに盲点があります。
あなたに悪口を言ってくる人は、本当に「悪い人」なのでしょうか。
悪口を言ってくるというだけで、悪い人だと決めつけないことです。
「悪口を言う人=悪い人」というのは、先入観であり思い込みです。
「悪口を言っているのだから悪い人に決まっている」と思いますが、本当にそうでしょうか。
そもそも本当に悪口なのでしょうか。
一度冷静に考えてみてください。
あなたが悪口と思っているだけで、実際は貴重なアドバイスかもしれません。
アドバイスが悪口に聞こえるのはよくあること。
ためになる言葉ほど、不快に聞こえるものです。
悪口のおかげで気づきが得られ、成長や問題解決につながれば、考えが変わるはずです。
悪口を言ってくれた人に感謝するようになるでしょう。
「あなたの言葉のおかげです。貴重な一言に感謝します。ありがとうございます」
あなたに悪口を言ってくる人は、それだけあなたを注意深く見ている証拠です。
注意深く見ているからこそ細かい指摘ができます。
見方によっては、あなたのファンとも考えられるでしょう。
そのため、実際に悪口を言う人と会ってみると、意外といい人ということがあります。
「悪口を言う人=悪い人」と思い込まないことです。
発想を切り替えてください。
不快なことを言われたら「悪口を言われた」ではなく「助言された」と思うことです。
悪口を言われたら「注目されている」「期待されている」「応援されている」と思ってください。
最終的に「愛されている」と感じるようになれれば合格です。
受け止め方を変えれば、苦言は金言に変わります。
将来、悪口を言う人と親しくなる可能性もゼロではありません。
あなたに悪口を言う人が、運命の人ということもあるのです。
「つまらない」と感じる人に出会って、ショックを受けることがあります。
「なんてつまらない人なのだろう。魅力がない人だ。この人には価値がない」
残念な気持ちになります。
精神的に動揺します。
「無駄な出会いだった」「時間を返してほしい」と考えることもあるかもしれません。
しかし、ここに誤解があります。
世の中につまらない人は1人もいません。
すべての人には価値があります。
それぞれの人には、それぞれの魅力があります。
どんな人にも必ず1つは強みや長所があるように、どんな人にも必ず1つは魅力的なところがあります。
なぜ相手をつまらないと感じたのか。
相手がつまらない人だからではありません。
自分の感性が鈍いからです。
自分に、相手の魅力を感じ取る感性がまだ育っていないから、つまらないと感じました。
「つまらない」と感じることしかできない自分にショックを受けてください。
「まだまだ私は未熟者だ。感性が鈍い。理解力が足りない」
自分の未熟を恥じることです。
どれだけつまらない人だと感じても、相手を批判しないことです。
人生において「つまらない人だね」というセリフは不要です。
自分の恥をさらすだけです。
自分の未熟を露呈するだけです。
つまらない人を批判する暇があれば、自分の未熟を反省して、さらなる理解力の向上に努めることです。
心と感性を研ぎ澄まして、観察力を高めましょう。
「この人にはどこかに魅力があるはずだ」と探し出してください。
肉体の目ではなく、心の目で見ることも大切です。
魅力的なところが必ず1つはあります。
すべての人に魅力があるとわかれば「つまらない人」という発言はできないことに気づくはずです。
気づく力・感じ取る感性を鍛えれば、魅力的なところが見つかります。
この取り組みの意義は、人間関係をスムーズにするだけではありません。
知性や人間性を高めることにもつながります。
世の中につまらない人は、1人もいません。
つまらない出会いも1つもないのです。
出会いもたまには休憩が必要です。
人は慣れる生き物です。
出会いも、慣れてくると飽きてきます。
心の感覚が麻痺してきます。
出会いの感謝も感動も薄れてしまいます。
毎日たくさん出会いを経験していれば、出会いたい気持ちが弱くなってしまう。
そこで必要なのが「休憩」なのです。
たまには出会いを休憩してみましょう。
意図的に出会わない時間をつくってみるのです。
1人で部屋にこもって、わざと誰とも出会わない時間をつくってみます。
部屋に閉じこもって、人や社会から隔離した状態をつくってみます。
つまり「引きこもりの時間をつくってみる」ということです。
部屋に閉じこもっている間の過ごし方は自由です。
部屋の掃除をするのもいいでしょう。
部屋で映画を見たり音楽を聴いたりするのも良し。
周りからの情報を遮断して、勉強に専念するのも悪くありません。
しばらくすると、出会いたい気持ちに変化が生まれます。
「人に会わないと、これほど苦しいのか」と思うはずです。
人と接する時間がないと、いかに苦しく悲しく大変であるか、身をもって理解できます。
いかに出会いが大切なのか実感する機会になります。
出会いのない時間は、出会いの価値を再確認する機会にもなるのです。
孤独の時間をつくることで、自分と向き合えます。
繊細な心の変化に気づけます。
自分の中に優しい心があることに気づきます。
そして人との接触を持ちたい気持ちが生まれます。
孤独の時間をつくることで、出会いを欲する気持ちが高まっていくのです。
若者には素晴らしい特権があります。
それは「若さ」です。
会いたいとお願いするときは、若さを武器にしてみるのも悪くありません。
若いうちは、まだ何のスキルも実績もないでしょう。
実力も実績もない立場であれば、会いたいとお願いしたところで断られるのが目に見えるように思えます。
ところが、実際はどうでしょうか。
意外なことですが「若い」というだけで会ってもらえることがあります。
「私は○○歳の学生です。ぜひお目にかかりたいです」
もしあなたが若者であれば、年齢を隠すのではなく、あえて伝えてみてください。
もちろん若さだけでなく、誠意と敬意を込めて、熱意と意欲を伝えることも大切です。
本来なら手の届かない人でも、若さをアピールしてお願いすれば、会ってもらえることがあります。
雲の上の存在でも、可能性がゼロではありません。
年齢を重ねていくにつれて、若者と接する機会が減ります。
意図的に若者を避けているわけではありませんが、自然と若者のほうから距離を置かれます。
若者が友人をつくるとき、自分と似た若い人を選びます。
そのため年齢を重ねるにつれて、どんどん若い人との接点がなくなる一方になります。
そんな中、若者から「会いたい」と言われると嬉しくなります。
地位の高い年配者の中には、若い人と接するだけで幸せを感じる人もいます。
「若者から学ぶことが多い」と考える人も少なくありません。
年配者の中には「若者と接しているだけで若返る」と喜んでもらえることもあります。
若いというだけで会ってもらえるのも、若さの特権です。
若さを武器にできるのも、若いうちだけです。
「若くていいね。元気があっていいね。一緒に接していると元気になる」と喜んでもらえるでしょう。
年齢を隠して会いたいと伝えるのではありません。
若いにもかかわらず、年齢を伏せるのはもったいないことです。
若いならどんどんアピールすることです。
年齢を隠したまま会いたいとお願いするより、年齢を伝えてお願いしたほうが、承諾してもらいやすくなります。
若いうちにしかない武器なのですから、きちんと若さを活用するのは賢明な手段です。
10代であれば、強力なアピールになるのは確実です。
20代や30代でも、それより高い年齢の人たちからすると、若者として見てもらえるでしょう。
若さを武器にするなんて、非常識でマナー違反と思うかもしれませんが、誤解です。
非常識でもマナー違反でもありません。
もちろんずるいことでも下品なことでもありません。
若さも魅力の1つです。
若さを武器にできるのも、若者の特権です。
「いずれ会うことになっている」
「いつか会わなければいけない」
「いつか会わなければいけないが、日程は決まっていない」
会うべき人はいませんか。
つまり「必要があって会わなければいけない」という人のことです。
会うべき人がいるなら、後回しは厳禁です。
できるだけ早めに会うことをおすすめします。
もちろん事情がある場合は別です。
「今すぐ会えない」「会ってはいけない」といった状況があって、後回しにすることも必要でしょう。
「時間がない」「都合が悪い」「ほかに優先すべき仕事がある」など、事情はさまざま。
誕生日や記念日など、タイミングを見計らう事情もあるはずです。
特別な事情があるなら、出会いを先送りするのも正当です。
しかし、特に事情もなく、安易に会うのを後回しにするのは良くありません。
出会いを先送りすることは、運命を先送りすることになるからです。
出会いを先送りしたところで何も変わりません。
会うべき人を後回しにしたところで、会わなければいけない事情は変わりません。
仕事を後回しにするようなものです。
仕事を後回しにするとかえって難しくなるように、出会いも後回しにするとかえって難しくなります。
ますます忙しくなり、ますますタイミングが悪くなり、ますます優先すべき仕事が増えるでしょう。
熱意も意欲も薄れていきます。
最終的に会えるチャンスがなくなってしまい、人生の貴重なチャンスを失うのです。
会うべき人がいるなら、早めに会いましょう。
使命感を持って取り組んでください。
「会うことも仕事の1つ」と思うことです。
仕事は早めに終わらせるほうがいいように、会うべき人がいるなら早めに会っておくほうがいい。
早めに出会いを果たすことで、仕事がスムーズに進みます。
あなたの生活に新しい色が取り込まれ、新しい流れが生まれます。
アイデアがひらめき、奇跡が起こり、新しい未来を切り開けます。
早めに会えば、それだけ早く新たな運命をスタートできるのです。
何事も早いに越したことはありません。
早めに会うことで、早めに成長できます。
ポジティブなアクションなのですから、ためらうことはありません。
早めに会っておけば、それだけ早く人生の駒を前に進めることができるのです。
「ぜひお目にかかりたいです。ご都合はいかがでしょうか」
時間をかけて文章を考えました。
たっぷり気持ちを込めました。
勇気を出して連絡してみました。
ところが、相手から返事が返ってこないことがあります。
「どんな返事が返ってくるだろうか」と待ち続けても、一向に返事がありません。
いわゆる無視の状態です。
こんなとき、腹を立てていませんか。
「連絡を無視するなんて失礼だ」
「時間をかけて文章を考えたのに、無視するなんて最低」
「無視されていらいらする。こんなひどい人だと思わなかった」
気持ちを込めたメッセージであればあるほど、無視されたときの反動の感情も大きくなるでしょう。
怒り、悲しみ、後悔といった念が心の中を渦巻きます。
無視されたことに腹を立てるかもしれませんが、このとき気づいてほしいことがあります。
無視に腹を立てるのは「返事があって当然」と思い込んでいる証拠です。
つまり、心のどこかで見返りを期待しているのです。
見返りを求めている自分に気づくことです。
見返りを強要している自分を恥じることです。
一方的な押し付けは相手も迷惑です。
無視しただけで勝手に恨みを持たれては、相手も迷惑でしょう。
急に会いたいと連絡が来て、無視しただけで腹を立てられたのではたまったものではありません。
無視されても怒らないことです。
無視は無反応に思えますが違います。
無視も、意思表示の1つです。
相手から「会いたくありません」というメッセージが表現されています。
「無視されてしまったか。仕方ない」
「こういうこともあるよね」
「どうやら気に入らなかったようだ」
無視の理由は不明ですが、おおむね否定的な理由であるのは間違いないでしょう。
暗黙のメッセージを察することです。
返事の強要をしないようにしましょう。
「返事があって当然」と考えるのではありません。
「無視されることもあって当然」と考えるのです。
「返事があればラッキー」「返事があるだけでありがたい」と思うくらいでちょうどいい。
そうすれば、連絡を無視されても、むっとしなくなります。
悲しむことも怒ることもなくなるのです。
「お目にかかれませんか」
連絡を取ってみて、了承をもらえば会いに行きます。
もちろん積極的なアクションは大切です。
憧れの人や尊敬する人であれば、貴重な出会いになるでしょう。
その人と会えば、価値観や考え方が一変して、運命が変わるかもしれません。
会えるだけで嬉しくて幸せな気持ちになるに違いありません。
じっとしているくらいなら、無理を承知でお願いしてみるほうが、まだ夢は叶います。
しかし「会いたい」と言うのもいいですが、そこで満足してはいけません。
「会いたい」と言う人ではなく、言われる人を目指してください。
会いたいと言う人より、言われる人になるほうがはるかに難しいからです。
本当に大切なのは「会いたい」と言われる側になることです。
「会いたい」と言うのは簡単です。
誰でもできます。
「会いたい」と言うだけであれば、魅力がゼロでも学歴が低くても実力や実績がなくても言えます。
大変なのは「会いたい」と言われる側になることです。
会いたいと言われるためには、自分が素晴らしい人にならなければいけません。
実力を身につけ、実績を積まなければいけません。
広く知られることが必要です。
世間からの評判も必要です。
会いたいと言われるためには、多大な自己鍛錬が必要になるのです。
本当に素晴らしい出会いをしたいなら「会いたい」と言う側ではなく、言われる側になってください。
どうすれば「会いたい」と言われる人になれるのか。
次の3つのポイントを押さえることが必要です。
どれか1つを達成するのではなく、3つのすべてを達成することが必要です。
難易度は高く、一筋縄ではいきません。
膨大な努力と大きな苦労が伴ううえ、長い時間もかかりますが、だからこそ挑戦する価値があります。
これら3つの条件が整えば、周りから「会いたいです」と言われるようになります。
あなたのところに毎日「会いたいです」という連絡が押し寄せてくるでしょう。
「会いたい」と言われる側になれば、素晴らしい出会いが待っています。
あなたが素晴らしい人になればなるほど、素晴らしい人と出会えるだけでなく、釣り合えます。
雲の上の存在と出会いたいなら、自分が雲の上の存在になることです。
自分のレベルが高くなるにつれて、素晴らしい人と出会えるのです。
あなたは今、出会いかけています。
魅力的な人が目の前に現れています。
手の届く範囲にいます。
いつでも声をかけることができる状態になっています。
相手もあなたが視界に入っています。
相手もあなたの存在に気づいています。
にもかかわらず、あなたは目をそらしています。
出会いかけているにもかかわらずスルーして、なかったことにしようとしています。
これはもったいないことです。
貴重なチャンスを逃しかけている状況に気づいてください。
あなたは今、出会いかけているのです。
「別に用事はない」
「挨拶が恥ずかしい」
「会釈するほどの関係ではない」
いろいろ思うところはあるでしょう。
理由がなければ、アクションを起こすことをためらうのも当然です。
しかし、ここで何もしなければ、貴重な出会いのチャンスを逃すことになります。
せっかく出会いかけているにもかかわらず、スルーするのはもったいない。
貴重なチャンスを逃さないでください。
せっかく出会いかけているのですから、後は一歩を踏み出すだけ。
やるべきことは単純です。
会釈をするだけです。
挨拶をするだけです。
声をかけてみるだけです。
出会いかけているのですから、小さなアクションで十分です。
難しくありません。
将棋倒しの最初の駒を倒すようなものです。
最初の駒が倒れれば、後は自然と駒が倒れ始めます。
相手からアプローチしてくれるのを待つのではなく、自分からアプローチしてみてください。
用事がないなら、用事をつくってみてください。
たとえば、質問するふりをすれば、気軽に話しかけられるでしょう。
出会いかけているのですから、小さなアクションを起こすだけで、新しい運命が動き始めます。
「自分は今、新しい未来をつくりかけている状況にいる」ということに気づいてください。
必要なのは、小さな勇気と行動です。
誰かと出会うことは、新しい未来を生み出すこと。
あなたの小さなアプローチによって、出会いが生まれます。
素晴らしい未来が切り開けるのです。