執筆者:水口貴博

尊敬される父親になる30の条件

  • 教育される側になるほうが、
    尊敬できる父親が見える。
尊敬される父親になる30の条件

教育される側になるほうが、尊敬できる父親が見える。

今回のお話は、自分で驚きました。
私はまだ、父親になったことはありません。
しかし、不思議なことに、今回のお話はとても書きやすく、あっという間に書き終えてしまいました。

母のことを大切にしている父親を見て、子は育つ。

家庭の中で学ぶ大切なことの1つに「優しさ」があります。
優しさは、本から学ぶことも、テレビを見て学ぶことでもありません。
家庭の中で学ぶことです。

「熱心に教える姿勢」と「放任できる姿勢」は、セットである。

尊敬される父親とは「熱心に教える姿勢」と「放任できる姿勢」の両方を持ち合わせています。
相反する2つの姿勢ですが、実は2つで1つなのです。
一方だけではバランスが悪く、必ず両方がそろってこそ、教育は成り立ちます。

命令で育ててはいけない。
アドバイスで育てること。

父はもちろん大人ですから、世の中のことを知っています。
指導そのものは間違っていませんが、教え方が大切なのです。
尊敬できる父親とは「あれをやれ。これをやれ」とは指示しません。

積極的な親からは、積極的な子が育つ。

「積極性を学ばせる」ということは、なかなか難しいテーマです。
積極性も、本やテレビで学ぶことではありません。
親が積極的になることで「え! こんな恥ずかしいことをしてもいいの!」と思い、子どもも積極的になります。

家族旅行で、家族全体が成長する。

子どもに「勉強しろ」という親は多いものです。
子どものためを思って口にするのはわかるのですが、それにしてもあからさまです。
父親は大人ですから、もう少し工夫を凝らして育てることが必要です。

寡黙な父には、威厳がある。

「父親としての威厳が欲しい」
そういうお父さんのために、まずこのポイントを押さえておきましょう。
寡黙になることです。

感謝のできない父親は失格。

どれだけ物静かな父でも、感謝の言葉まで省略するのはよくありません。
感謝の言葉まで省略してしまうと、威厳より、人としての当たり前の人格が失われます。
感謝をまめにする父を見て、子どもは「お父さんのためにもっと頑張りたい」と考えるようになります。

「優しさ」と「怒り」は、同じ愛の表現である。

学校では、普段は優しい先生ほど、怒ると怖いものです。
「普段は温厚なのにどうしたのだろう」
一瞬、生徒は困惑します。

父は言葉で指導しない。
行動で指導する。

父親の威厳は、寡黙になるほど出てきます。
ただし、寡黙になるだけでは不十分です。
寡黙になると同時に、行動の量を増やすことが必要です。

「家族のために働いている」と、言ってはいけない。

ときどき「家族のために、働いているんだぞ」という言葉を口にするお父さんがいて、驚くことがあります。
口にしている側は「当然だ」「当たり前だ」と思っているようですが、耳にする側には違和感を覚えます。
「家族のために」という言葉は、他人に責任を押し付けている感じがするからです。

仕事で帰りが遅くなっても、家族の記念日には早く帰ること。

私の父は、現役のころ、仕事の関係からいつも帰宅は夜遅い時間でした。
夜の9時や10時は当たり前。
時には、深夜1時や2時を回ることさえあります。

子育てにも「守破離」がある。

「守破離」という言葉を聞いたことがありますか。
不白流茶道を開いた川上不白が、著書『不白筆記』の中で、茶道の習得段階を記した言葉です。
茶道における成長段階を「守」「破」「離」という3段階に分けて、説明しています。

親に反抗する子どもを、喜ばないといけない。

父に反抗する子どもは、父を超えようとする姿です。
父より素晴らしい手本を見つけたから、父の言うことに反抗しようとします。
それが「反抗期」です。

「親離れ」だけではない。
親も「子離れ」をしないといけない。

子どもはある程度成長すれば、親から離れようとします。
茶道の教えである守破離と同じように、成長した子どもは最終的に親から離れようとします。
しかし、親離れをしたい子どもがいても、子離れをしたくない親なら問題です。

父が子にできることといえば、父としての手本を見せること。

父として子どもにできることといえば、手本を見せることです。
前向きな姿勢という手本です。
手本を見せることでしか、子どもに対して姿勢、威厳をアピールすることはできません。

子どもが遠くに離れても、目には見えない糸でつながっている。

私が今、父に感謝していることは、私を手放してくれたことです。
高校卒業後、アメリカへ留学したいとき、許してくれました。
日本に帰り、今後は東京で就職したいときも、許してくれました。

子どもが間違っても、怒鳴らない父になる。

子どもから見ると、すぐ怒鳴る父は、尊敬の対象ではなくなります。
間違ったことをしたからとはいえ、怒鳴って怒るのはいけません。
感情に振り回されている姿に見え、大人らしくないように見えます。

教育は、怒鳴ることではない。
叱ることである。

子どもをすぐ怒鳴る父親は、尊敬されなくなります。
そうはいえ、子どもを怒らないわけにはいかない場合もあることでしょう。
そんなときには、怒鳴ることで教育するのではありません。

疲れがたまった休日は、家族で温泉に出かけよう。

「自分は仕事をしているから、子育ては妻に任せればいい」
「男は仕事さえできていればいいんだ」
そのように考えているお父さんは、要注意です。

妻に子育てを任せている家庭は、うまくいかない。

父親は、仕事ばかりしている自分は、子どもからかっこよく見られていると思っています。
しかし、子どもは、仕事ばかりしている父親を、かっこ悪いと思います。
ここで、双方のギャップが生まれます。

車の運転の仕方に、父の本性が現れる。

子どもは、父の車の運転をよく見ています。
車の運転で見せる姿が父親の本性だと思っています。
ハンドルを握ると性格が変わる人がいます。

父は、妻をけなしてはいけない。

子には、自分の両親に対して誇りを持ってもらわなければなりません。
自分の両親がばかだと、そんなばかな親に育てられている自分もばかなんだと思います。
とにかく子どもは、自分の両親を一番大切な存在として見て、考えます。

褒めるお父さんが、尊敬される。

「叱る」という教育のさらに上に「褒める」という教育があります。
叱ることは、間違ったときに感情的にならず、正しさを教えることです。
褒めるということは、間違ったときには、良いところをピックアップして褒め、悪いところも一緒に直してもらう方法です。

子育てをする親は、調教師と似ている。

大胆なたとえになりますが、教育のうまい親とは、調教師とよく似ています。
動物を調教するプロを思い出しましょう。
動物を、叩いたり、殴ったり、痛めつけたりして教育しようとしません。

褒める教育ができない理由は、自分と両親との過去にある。

褒めることは、子どもも親も元気になる教育方法です。
しかし、褒めることがよいことだと頭ではわかっているが、なかなか褒めることで教育できない親が多い。
なぜでしょうか。

尊敬される父は「頑張れ!」とは言わない。
「楽しんで!」と応援する。

「勉強、頑張れ!」
「運動会、頑張れ!」
「部活、頑張れ!」

子どもに好きなことをやらせよう。

私の父は、どんな選択であろうと、子どもの意思なら何でも許してくれました。
昔から、よくこんな言葉をかけてくれました。
「貴博の好きなようにやれ」

子どもから嫌われることが、父親の仕事。

「父親は、子どもから嫌われることが仕事なのよね」
以前、行きつけの美容院のおばさんが小さな声で言った言葉に、私は妙に納得してしまったことがあります。
私の母と同じくらいの年齢のおばさんでした。

子どもを手放せる親こそ、本当に愛の深い親。

子どもを手放すというのは、最も親がしたくないことです。
最愛のわが子ほど、いつまでも手元に置きたいと思います。
しかし、一方で、手放すことができる親は、本当に愛の深い親でもあります。

同じカテゴリーの作品

1:14:24
© HAPPY LIFESTYLE CORPORATION