仕事はまず、準備から始めるのが一般的です。
もちろん準備は大切です。
前もって必要なことを整えておけば、スムーズに仕事が進められるでしょう。
いきなり最初から、大きく踏み出すのは大変です。
大きく踏み出すのは、気合も時間も体力も必要です。
最初は、小さく踏み出せばいいのです。
自分を好きになれなくても、好きになるしかありません。
自分は、この世で絶対に否定をしてはいけない人物です。
自分が嫌いになることは、自分を否定することです。
自分の特徴は、自分ではわかりません。
自分は近すぎるため、よく見えません。
近すぎるから、見間違えていることもあります。
「変な人だと思われたくない」と考えていると、人と会うのが怖くなります。
たしかに変な人だと思われるのは、気分のいいことではないでしょう。
しかし、本当は、変な人だと思われたくないと考えるのが、いちばん変なのです。
あなたは、欲張りですか。
そう言われても、なかなか自分ではよくわかりません。
欲張りかどうかを、客観的に確かめる方法があります。
ストレスも責任もまったくない状態では、人は遠くへ飛べません。
ナイロン袋で考えると、よくわかります。
ナイロン袋だけ、遠くへ飛ばそうとしても難しいです。
「どれが良かったですか」
「どれがおいしかったですか」
何かを食べたり使ったり体験したりしたとき、感想を聞かれることがあります。
「好きなことが見つからない」という悩みを持つ人がいます。
意外に多いです。
自分のことだから、すぐ見つかりそうですが、戸惑う人が多いようです。
人生の幸福は、道の選び方に左右されます。
決断であり、選択です。
他人に道を決めてもらうと、責任も小さくて済みます。
営業の電話は、最初の電話がいちばん大変です。
断られるのが怖くて、最初はびくびくしながら電話をかけます。
案の定「必要ありません」と、強い口調で言われました。
「歌が下手だから歌えない」。
そう言いますが、実際にみんな歌がうまいと、かなり厄介です。
歌がうまいと、次の人が歌いにくいです。
コンプレックスは、ありますか。
自分が「劣っているな。苦手だな」と思うことです。
コンプレックスは、誰もが隠そうとします。
野球の試合を見ていると、ホームランのようなファウルボールを見かけることがあります。
バッターが打った瞬間、飛距離がぐいぐい伸びていきます。
観客席から「おっ」という歓声が湧きます。
「そんなことはわかっている」。
この口癖に、心当たりはありませんか。
相手が同じことを繰り返していると、つい言いたくなる言葉です。
試験問題で、不思議な経験をすることがあります。
試験で選択問題が登場したとき、最初は「これだ」と思い、すぐ回答します。
試験時間に余裕があり、見直すと、別の選択肢のほうが正しいように思え、答えを変更します。
あなたが愛用しているカバンを、最後に掃除したのはいつですか。
そう聞いて、どきっとする人も多いのではないでしょうか。
部屋の掃除を定期的にしても、カバンの掃除を忘れる人は、多いです。
前例にないとき、どう思うかです。
「前例がないからダメ」と思う気持ちは、わかります。
「これまで成し遂げた人が1人もいない」ということです。
子どものころは「将来の夢は何ですか」と聞かれると、誰もが元気よく答えます。
「お金持ちになることです」。
「プロ野球選手になることです」。
あなたはまだ、本当の自分を知りません。
気づいていません。
できないことに当たったときは「もう無理だ。できない」と思い、力を緩めています。
人が生きられなくなるのは、どういうときでしょうか。
人が生きていくうえで大切になるのは、やはり体力です。
体力がなくなれば、死んでしまいます。
落ち込んだときは、自分にこう語りかけましょう。
「それがどうした?」と。
少し、きつい言葉です。
「芸術にはセンスが必要である」といわれています。
たしかにセンスがあれば、具体的に表現する能力を、うまく発揮できることでしょう。
感じのいい作品には、鋭い感性が表現されているものです。
厄払いをするために、わざわざ神社まで行く必要はありません。
厄払いは、もっと身近で手軽にできます。
悩みを、人に打ち明けるだけでいいのです。
「信念」という言葉があります。
よく耳にする言葉ではありますが、どういう意味でしょうか。
辞書で調べると「正しいと固く信じて、疑わない心」とあります。
とあるテレビ番組で、女優がバンジージャンプに挑戦する企画がありました。
視聴者としては「きっと怖がって、いつまで経っても飛ばないだろう」という流れを予想します。
アシスタントが「3、2、1」と言っても「やっぱり無理」と言ってしゃがみ込むのが、定番です。
老けて見える人には、共通点があります。
口元が緩んでいるのです。
口をぽかんと開けていたり、口角が垂れ下がっていたりします。
運が悪いことがあっても、いらいらしないようにしましょう。
もともと運は、自分のものではありません。
運は、神様からのプレゼントです。
大きなことは達成するには、大きな苦労をしなければいけないのでしょうか。
いいえ、違います。
大きな苦労をしてもいいですが、必須ではありません。
話は、聞いてもらえるだけで、ありがたいことです。
「友人は、話を聞くのは当たり前」と思いますが、そうではありません。
みんな、忙しいです。
仕事はまず、準備から始めるのが一般的です。
もちろん準備は大切です。
前もって必要なことを整えておけば、スムーズに仕事が進められるでしょう。
人生や命が関わる大切な場面では、やはり準備を徹底すべきです。
しかし、準備が必要になる状況は、少ないのではないでしょうか。
私たちの日常を見るかぎり、仕事の多くは、ささいな内容です。
準備は、あくまで理想です。
あったほうがいいですが、なくても始められます。
準備をしないと始められないのは、思い込みです。
準備をしなくても、始められる仕事があります。
英単語を覚えたり、教科書を読み始めたりするのに、準備は不要です。
メールのチェックや返信も、準備は不要です。
いきなり始めることができます。
始め方が少し雑になりますが、スタートが早くなります。
場合によっては、準備を省いたほうが、質が良くなることもあります。
最初の1歩を、いかに早く始めるかです。
「準備をしなければ始められない」という思い込みが、気づかないうちに、仕事の進行を妨げていることがあります。
本当に準備をしなければ始められないのか、振り返ってみましょう。
勉強、仕事、買い物、子育て、掃除、料理などです。
省けるものなら、省いたほうがいいです。
省けば、仕事の量も減るのです。
いきなり最初から、大きく踏み出すのは大変です。
大きく踏み出すのは、気合も時間も体力も必要です。
最初は、小さく踏み出せばいいのです。
小さければ、いつでもどこでもできます。
小さく踏み出すのは、1歩や2歩ではありません。
1歩や2歩は、まだ大きいです。
0.1歩でいいのです。
「0.1歩なんて1歩のうちに入らない」と思いますが、最初はこれで十分です。
わずかしか進んでいませんが、前進であることには変わりありません。
「止まっている状態」から「動いている状態」へ変わりました。
つまり「行動していない」から「行動している」に変わったということです。
距離で考えないことです。
たとえ0.1歩でも、前進は前進です。
0.1歩を10回繰り返せば、1歩になります。
まず動くことです。
1ページではなく、1行です。
1時間ではなく、1分です。
軽い気持ちで小さく踏み出せば、勢いがつきます。
0.1歩が、いつの間にか、1歩になります。
スピードが出れば、パワーも出ます。
しばらくすれば、10歩になっているでしょう。
さあ、歩みましょう。
0.1歩から始めると、気づけば、一仕事が終わっているのです。
自分を好きになれなくても、好きになるしかありません。
自分は、この世で絶対に否定をしてはいけない人物です。
自分が嫌いになることは、自分を否定することです。
自分を否定することは、この世から消してしまうことと同じです。
生きているのがつらくなって、当然です。
自分が好きになれない理由は、主観的すぎるからです。
間近で見ると、よく見えすぎるため、気持ち悪く見えるものです。
きれいなバラの花は、目の前で見ると、気持ち悪く見えます。
きれいな絵画も、間近で見ると、気持ち悪く見えます。
かわいい犬も猫も、間近で見ると、怖いです。
人間も同じです。
自分と最も近い距離にいる人は、自分です。
自分では、自分のことがよく見えすぎるため、気持ち悪く感じます。
長所さえも、気持ち悪いと思ってしまうのです。
もう少し自分と距離を置き、客観的になってみましょう。
1つ、いい方法があります。
鏡を1枚、用意します。
鏡に映った自分を見ながら「こんにちは」と、挨拶してみましょう。
「自分」という他人がいるように思え、いい距離感がつかめます。
変な顔でも変な性格でも、離れてみると、いい味をしたキャラクターです。
この世にたった1人しか存在しない、貴重な存在です。
欠点があっても、障害があっても、ダメな性格でもいいのです。
「そんな自分が愛らしい」と思うことです。
自分は、この世で、最も愛すべき人物です。
自分を好きになれば、生きているのが楽しくなります。
自分の特徴は、自分ではわかりません。
自分は近すぎるため、よく見えません。
近すぎるから、見間違えていることもあります。
自分では、自分のあらゆる特徴を「普通」と思う傾向があります。
お金の使い方も、話し方も、行動パターンも、自分では普通と思うため、特徴がはっきりつかめないのです。
そこでおすすめしたいのが、友人に聞くことです。
できるだけ親しい友人に「客観的に見て、私にはどんな特徴があるか」と、尋ねてみましょう。
変な質問ですが、大事な質問です。
こうした質問をしたことがないと思いますが、だからこそ、ぜひ質問してほしいのです。
自分では「大ざっぱな性格」と思っても、友人からは「几帳面」という、逆の答えが返ってくるかもしれません。
自分では「目つきが悪い」と思っても、友人からは「優しい目」という答えが返ってくるかもしれません。
1人だけでなく、複数人から聞けば、より具体的に知ることができます。
「信じられない」と思う指摘もありますが、しっかり聞き、重く受け止めましょう。
実際、親しい友人からの意見は、かなり正確です。
友人からの指摘が、自分では気づかなかった特徴を知るきっかけになります。
意外な癖を知ることができれば、改善のきっかけになります。
意外な習慣を知ることができれば、自分の長所や短所を知る手がかりになります。
自分のことは、できるだけ早く知るに超したことはありません。
学校の勉強より大切です。
自分を知りたければ、他人に聞くのがいちばんなのです。
「変な人だと思われたくない」と考えていると、人と会うのが怖くなります。
たしかに変な人だと思われるのは、気分のいいことではないでしょう。
でも、本当は、変な人だと思われたくないと考えるのが、いちばん変なのです。
普通という基準は、あっていないようなものです。
世の中にはいろいろな人がいますから、実はみんな、変な人だと言えます。
変な人だと思われたくないと思うのは、価値観の多様性を排除しているのと同じです。
「普通が正しい。普通以外は悪い」という価値観を持っています。
差別です。
偏見です。
「変な人だと思われたくない」と考える人こそ、変なことを考える、変な人です。
「変な人だと思われてもいい」と考えることです。
世の中にはいろいろな人がいるわけですから、いろいろな価値観を認めることが大切です。
多様性を認めると、生きやすくなります。
「あれもダメ。これもダメ」ではなく「あれもよし。これもよし」と考えると、心が楽になります。
認めることは、許すことです。
多様性を受け入れることで、あらゆることが許され、差別や偏見もなくなるのです。
これが本当の普通です。
いろいろな人がいるのですから、いろいろな価値観を認めるのがいいのです。
あなたは、欲張りですか。
そう言われても、なかなか自分ではよくわかりません。
欲張りかどうかを、客観的に確かめる方法があります。
トイレットペーパーです。
トイレでトイレットペーパーを使う瞬間を、思い出しましょう。
トイレの個室の中は、誰にも見られません。
トイレットペーパーは、値段も手頃であるため、手軽に使えます。
だからこそ、トイレットペーパーは、自分の欲深さが表れやすいところです。
見てほしいのは、トイレットペーパーを使う量です。
トイレットペーパーを使う量の目安は「シングルで、1回につき、70センチ前後」といわれています。
自分の場合と比較して、いかがでしょうか。
もし、70センチ未満なら、欲が小さいです。
素晴らしいです。
倹約精神があり、無駄を省く気持ちがあります。
そのままの状態を続けましょう。
もし、70センチ前後なら、欲も平均的です。
余裕があれば、もう少し短くしてもいいでしょう。
もし、70センチをはるかに超える長さで使っているなら、欲が大きすぎます。
「どうせ誰にも見られないからたくさん使ってしまえ」という気持ちがあります。
倹約精神がなく、欲深いです。
トイレットペーパーは、自分の心を映し出す鏡です。
欲深い気持ちを直したければ、トイレットペーパーの無駄遣いに気をつけましょう。
トイレットペーパーの使う量を見直せば、欲張る心も抑えられるのです。
ストレスも責任もまったくない状態では、人は遠くへ飛べません。
ナイロン袋で考えると、よくわかります。
ナイロン袋だけ、遠くへ飛ばそうとしても難しいです。
ナイロン袋は、軽いです。
投げても、手前で落ちます。
ナイロン袋を遠くへ飛ばしたければ、重りが必要です。
ナイロン袋に小石を入れると、重りのおかげで、遠くへ飛ばせます。
もう少し大きな石を使えば、もっと遠くへ飛ばせます。
人間も同じです。
ストレスも責任もまったくない状態では、遠くへ飛べません。
遠くへ飛ぶためには、重りが必要です。
ストレスであり、責任です。
ストレスも責任も、まったくないより、少しはあったほうがいいです。
重りがあるから、遠くまで飛んでいけるのです。
「どれが良かったですか」
「どれがおいしかったですか」
何かを食べたり使ったり体験したりしたとき、感想を聞かれることがあります。
このとき、よく聞かれる定番のフレーズがあります。
「全部好き」という一言です。
似たようなパターンとして「どれも好き」「どれも良かった」「すべて素晴らしかった」という答え方も同じと見なします。
分け隔てなく、すべてを肯定する答え方です。
よく聞かれる答え方ですが、注意が必要です。
「全部好きならいいではないか」と思うかもしれませんが、良くありません。
社交辞令に聞こえるからです。
理想的な答え方に思えますが、そうではありません。
お世辞に聞こえます。
表面的な言葉に聞こえます。
完璧な答え方は、かえって嘘のように聞こえます。
当たり障りのない答え方をすると、社交辞令と思われるのがオチです。
「全部好き」という言葉は心に響きません。
印象に残らなければ、ないも同然です。
当たり障りのない答え方をすると、相手の印象に残らないのです。
悪気があろうとなかろうと関係ありません。
悪気はなくても、社交辞令と受け止められやすい現実があります。
もし「全部好き」という答え方に心当たりがあるなら、注意してください。
知らないうちに社交辞令と思われ、不本意な誤解を招いている可能性があります。
「全部好き」は「1つも印象に残っていません」と同じことになります。
つまり「全部好きではない」と同じことです。
「きちんと答えるのが面倒くさい」というニュアンスとして受け止められ、悪い誤解を招くこともあります。
「全部好き」というフレーズは禁句にしましょう。
全肯定は、全否定の裏返しです。
言いたくなっても、ぐっと喉のところで止めておくのが賢明です。
どうすれば相手の印象に残るのか。
具体的に1つ挙げることです。
「ここがいい!」と思ったところを挙げましょう。
特に気に入ったところを1つ挙げれば、社交辞令に聞こえません。
人の心を動かすのは「具体性」です。
具体的に答えるから、本音で語っているように聞こえます。
もちろん嘘ではなく、本当に全部が好きということもあるでしょう。
その場合も、具体的に答える点は同じです。
「どれも好きですが、特にこれが好きです」という言い方をすればいいでしょう。
全部が好きとはいえ、レベルに差があるはずです。
少し好きなところもあれば、大好きなところもあるでしょう。
どれも好きなら、いちばん好きなところを挙げてください。
「好きなことが見つからない」という悩みを持つ人がいます。
意外に多いです。
自分のことだから、すぐ見つかりそうですが、戸惑う人が多いようです。
しかし、これが面白いのです。
「好きなことが見つからない」という人に「では、嫌いなことは?」と尋ねると、次々と答えるのです。
嫌いなことはたくさんあって、好きなことが1つもない状態です。
それはおかしいです。
それだけ嫌いなことがあるなら、好きなこともあるはずです。
実は、嫌いなことが見つかった時点で、好きなことも見つかっています。
嫌いの逆をすればいいのです。
嫌いの逆をすれば、好きになります。
「暗いのが嫌い」なら「明るいのが好き」ということです。
「うるさいのが嫌い」なら「静かなのが好き」ということです。
「汚いものが嫌い」なら「きれいなものが好き」ということです。
ほら、もう好きなことが見つかったではありませんか。
嫌いなことがはっきりしているなら、好きなこともはっきりするはずです。
嫌いなことを、逆にしましょう。
好きなことは、簡単に見つかります。
それだけです。
人生の幸福は、道の選び方に左右されます。
決断であり、選択です。
他人に道を決めてもらうと、責任も小さくて済みます。
万が一のことがあれば「私が決めたわけではない。あなたのせいだ」と、責任転嫁できます。
楽です。
ただし、幸福も半減します。
他人に決めてもらって進み始めると、その道の半分は、他人のものです。
自分らしくない道になるため、幸福も小さくなります。
外見はうまくいっているように見えても、本人の充実感が物足りないのです。
責任と幸福は、つながりがあります。
幸福を得たければ、責任を背負うのがいちばんです。
自分の道は、自分が決めるのです。
他人が決めた道と、自分が決めた道とでは、幸福感が違います。
自分が決めて行動すると、100%、自分の責任になります。
責任は大きいですが、100%、自分の道です。
自分らしい人生を歩んでいる実感が強くなるため、幸福感も大きくなるのです。
責任を背負う覚悟があるから、大きな幸福が得られるのです。
営業の電話は、最初の電話がいちばん大変です。
断られるのが怖くて、最初はびくびくしながら電話をかけます。
案の定「必要ありません」と、強い口調で言われました。
落ち込みそうになりますが、そうでもありません。
なぜか、ほっとします。
一度断られることで「慣れ」ができたのです。
1回目の電話に比べれば、2回目の電話はとても楽です。
すでに断られた経験があるため、心理的なプレッシャーが小さいからです。
いい意味で「またか」と思えます。
2回目も断られると、3回目はもっと楽になります。
断られるほど、断られる恐怖が消えるのです。
精神力を鍛えると言いますが、慣れです。
慣れてしまえば、恐怖が消え、精神力が強くなります。
断られることに強くなるためには、断られるのがいちばんです。
人は、断られることで、強くなります。
断られるほど、あなたの精神力は強くなります。
慣れてしまえば、苦ではありません。
勢いがつくため、むしろ気持ちよくなるのです。
「歌が下手だから歌えない」。
そう言いますが、実際にみんな歌がうまいと、かなり厄介です。
歌がうまいと、次の人が歌いにくいです。
歌の善しあしを、自然と意識するようになります。
いつの間にかカラオケが、歌のコンテストになります。
笑顔が引きつり始め、火花が散るのです。
そういうときに音痴が1人いると、救われます。
音痴は、場を和らげつつ、盛り上げます。
音痴に悩む必要はありません。
歌がうまく歌えるのが才能なら、うまく歌えないのも才能です。
歌を通して、人を笑わせることができます。
意識せず、音程を外して歌えるのは、誰でもできることではありません。
音痴だから、カラオケと無縁ではありません。
音痴だから、カラオケと縁があります。
歌がうまくて反感を抱かれることはありますが、歌が下手で反感を抱かれることはありません。
むしろ喜ばれます。
堂々と、下手な歌を披露しましょう。
音痴は、カラオケに欠かせない存在です。
「私は音痴」と言えるのは、立派な自慢です。
下手な歌で、たくさんの人が救われるのです。
コンプレックスは、ありますか。
自分が「劣っているな。苦手だな」と思うことです。
コンプレックスは、誰もが隠そうとします。
自分の弱さをさらけ出すと、相手に変な人かと思われるからです。
しかし、コンプレックスを隠したままでは、いつまでも克服できません。
それどころか、コンプレックスは隠すほど、ますますコンプレックスになります。
隠すほど「自分は弱い、劣っている」と、再認識することになるからです。
余計に自信がなくなり、劣等感がさらに悪化するのです。
心の問題なのです。
コンプレックスを克服する、いい方法があります。
コンプレックスを、身近な人に打ち明けましょう。
話すだけでいいです。
運動が苦手であることを話しましょう。
音痴であることを話しましょう。
頭が悪いことを話しましょう。
「これが苦手なんだよね。わはは」と笑って話せば、すでにコンプレックスは解消されています。
「笑って話せるくらい意識しなくなった」ということです。
コンプレックスは、乗り越えたから話すのではなく、話すから乗り越えられます。
誰かに話したとき「人に話すことができた。もう自分は弱くない」という意識が芽生えるからです。
本当は、コンプレックスなんて誰にでもあるのですから、深く考える必要はないのです。
ありのままを認めて、笑いのネタくらいにしておけばいいのです。
それで人生は、乗り越えられます。
野球の試合を見ていると、ホームランのようなファウルボールを見かけることがあります。
バッターが打った瞬間、飛距離がぐいぐい伸びていきます。
観客席から「おっ」という歓声が湧きます。
ホームランかと思っていると、ぎりぎりのところでファウルボールになるのです。
ルールとしてはファウルボールですが、一瞬その場の雰囲気が、ホームランに近い状態になります。
観客を、わかせます。
バッターには、力と闘志があることが、証明されます。
ピッチャーはひやりとして、精神的なダメージを受けます。
大きなファウルボールは、ホームランのようなものです。
ぎりぎりのところでファウルボールになったものの、ホームランのように試合を湧かせます。
結果は残せなくても、印象はよく残ります。
仕事でも、同じです。
仕事をするなら、思いきって行動しましょう。
思いきって行動すれば、ホームランのようなファウルボールになります。
そういうファウルボールは、かっこいいです。
力と闘志があることを、証明できます。
相手に、精神的なダメージを与えられます。
見ている人も「おっ」と驚くでしょう。
結果は残せなくても、いい印象が残せるのです。
「そんなことはわかっている」。
この口癖に、心当たりはありませんか。
相手が同じことを繰り返していると、つい言いたくなる言葉です。
同じことを繰り返されると、聞くのは時間の無駄だと思います。
「そんなことはわかっている」と言いそうになりますが、ちょっと待ってください。
「そんなことはわかっている」という人こそ、わかっていません。
同じことを繰り返したのではありません。
大切なことを、強調したのです。
相手はいかに大切であるかを伝えるために、わざわざ繰り返してくれました。
相手は無意識かもしれませんが、繰り返された言葉は、大切なポイントである証拠です。
おかげで、大切なことを再確認できました。
ためになる本を何度も読むのと、同じです。
ためになる本は、繰り返し読むと、再確認できます。
復習の効果が得られ、よく身につきます。
同じことを繰り返し聞くのも、時間の無駄ではありません。
むっとするところではなく「なるほど」と思うところなのです。
試験問題で、不思議な経験をすることがあります。
試験で選択問題が登場したとき、最初は「これだ」と思い、すぐ回答します。
試験時間に余裕があり、見直すと、別の選択肢のほうが正しいように思え、答えを変更します。
ところが、試験の結果を見ると「実は最初の選択が正しかった」という場合があります。
「なんだ。こんなことになるなら、答えを変えるべきではなかった」と思うのです。
これは日常でもよくあります。
考える時間が長くなるにつれて、余計なことを考えてしまい、正しい決断がしづらくなります。
別の選択に変更すると「やっぱり最初が良かった」と、後悔しやすいのです。
もちろん大きな買い物では、よく考えたほうがいいでしょう。
しかし、小さなことは、即断即決が向いています。
迷ったときは、最初の決断を信じることです。
直感は、心のささやきです。
「これがいいよ」と、もう1人の自分がささやきかけています。
直感は、これまでの経験から湧き出る感覚であるため、不たしかに思え、実は正確なのです。
最初の決断は、おおむね正しいのです。
あなたが愛用しているカバンを、最後に掃除したのはいつですか。
そう聞いて、どきっとする人も多いのではないでしょうか。
部屋の掃除を定期的にしても、カバンの掃除を忘れる人は、多いです。
人間は、身近すぎると、かえって見えなくなります。
近すぎると、まつげのように、あっても見えなくなります。
カバンはいつも持ち歩いているため見えにくく、掃除の対象として、すっかり忘れている人が多いです。
カバンは、肌身離さず持ち歩いているため、汚れやすい持ち物です。
カバンを開けて、中をのぞいてみましょう。
底のほうに、ちりやほこりがたくさんたまっているはずです。
勉強運や仕事運が低いのは、あなたのカバンのせいかもしれません。
カバンが汚れていると、カバン全体の運気が低くなります。
カバンの入れているペンや本にも、低い運気が移ります。
勉強運や仕事運も低くなりやすいのです。
愛用しているカバンは、定期的に掃除しましょう。
部屋の掃除のとき、一緒にカバンの掃除をする癖をつけておくのがおすすめです。
カバンがきれいになると、運気も上がり、生活の調子も上がっていくのです。
前例にないとき、どう思うかです。
「前例がないからダメ」と思う気持ちは、わかります。
「これまで成し遂げた人が1人もいない」ということです。
成し遂げた人がいなければ、方法も進め方もわかりません。
自分が開拓するしかありません。
確実にできる保証もありません。
不安になるのも、当然です。
しかし「前例がない」という言葉は、逆にチャンスでもあるのです。
自分が成し遂げれば、1番目になれるからです。
有名になるのは、最初に成し遂げた人です。
あなたが最初に成し遂げれば、一躍有名になるでしょう。
歴史に名を残すのは、常に最初に達成できた人です。
マゼランは、初めて世界1周を果たした人物ですが、2番目の達成者は誰も記憶にありません。
コロンブスは、初めてアメリカ大陸を発見した人物ですが、2番目の達成者は誰も記憶にありません。
2番目では、歴史にならないのです。
1番目だから、歴史になります。
素晴らしいチャンスではありませんか。
いつの間にか、現実主義が、未来を切り開く妨げになっていませんか。
前例のある道だけ進む人生は、つまらないです。
誰かの後につくだけでは、新しい道が開かれません。
新しい道は、前例のないところにあります。
前例がないことでも「自分がやればできそうだ」と思えば、チャンスです。
自分ができると思うなら、ぜひ、挑戦してみましょう。
勢いがあるうちに挑戦すれば、時の運が味方します。
前例がないからこそ、チャンスなのです。
子どものころは「将来の夢は何ですか」と聞かれると、誰もが元気よく答えます。
「お金持ちになることです」。
「プロ野球選手になることです」。
「宇宙飛行士になることです」。
それぞれが、自信を持って元気よく答えます。
しかし、大人になるにつれて、夢を口にできなくなります。
現実がわかってくるからです。
「いい大人が夢を語るなんて恥ずかしい。現実を見ろ。お金も時間もない。どうせ無理だ」。
現実的になればなるほど、夢を見るのが恥ずかしくなります。
現実はわかりますが、現実的すぎます。
夢がないと、現実は楽しめません。
言われたことをやる、夢のないサラリーマンです。
夢は、恥ずかしがるものではありません。
熱くなって、語るものです。
子どもは、大人を見て、成長します。
大人が夢を持たなければ、子どもも夢を持てません。
子どもに夢を持たせたければ、大人が夢を持ち、熱く語ることが大切です。
大人が夢を熱く語ることが、子どもにとってもいい教育になります。
ロボットのようなサラリーマンになりたくなければ、夢を熱く語ることです。
諦めれば、最後です。
諦めなければ、夢を叶える可能性はあります。
「夢は何ですか」と聞かれたときは、恥ずかしがらずに夢を答えましょう。
人生は、現実に夢があるから、楽しめるのです。
あなたはまだ、本当の自分を知りません。
気づいていません。
できないことに当たったときは「もう無理だ。できない」と思い、力を緩めています。
安全な生き方です。
無理をしないのはいいですが、少し諦めるのが早すぎます。
できないと思うのは、幻想です。
できないと思っている時点で、まだ余裕がある証拠です。
本当にできないなら「できない」と思う余裕さえありません。
そのままの状態では、本当の自分を知らないまま、一生が終わります。
できないことは、諦めるものではなく、できるようにするものです。
できないと感じたときの合言葉があります。
「実はできる」です。
自分の殻を破る言葉です。
限界を超えて、本当の自分を発揮できるようになります。
「実はできる」と思えば、本当にできるような気がしてきます。
まずは気持ちからです。
可能性は、自分からつくっていくものです。
もう一踏ん張り、頑張ってみましょう。
「おや、まだできそうだ」とわかります。
もう少し踏ん張れば「おや、できてしまったぞ」と、自分でも驚きます。
「実はできる」と思うから、現実になります。
本当の未知なる力を、発揮できるのです。
人が生きられなくなるのは、どういうときでしょうか。
人が生きていくうえで大切になるのは、やはり体力です。
体力がなくなれば、死んでしまいます。
体力があるから、日常活動ができ、生きていけます。
しかし、いまや、体力の心配は、昔の話になりつつあります。
現代社会において、体力がなくなる状況は、ほとんどないからです。
現代社会は、物が豊かです。
体力が少なくても、補助する道具がありふれています。
車、エレベーター、エスカレーター、自転車、パソコン、インターネットなどです。
力がなくても、重い物を運べます。
体を動かさなくても、買い物できます。
優れた道具の力があるおかげで、体力がなくても、ほとんどのことができるようになりました。
むしろ心配してほしいのは、精神です。
今、精神を病む人が、増えています。
仕事には、スピードが求められ、以前よりストレスが増えています。
スピードを要求されるから余裕もなくなり、ストレスの解消も不十分の状態です。
人が生きる希望を失うのは、体力が参ったときではありません。
精神が参ったときです。
体力があっても、精神が参ってしまうと、人は不自然な行動をするようになります。
「もうダメだ」「生きていても無駄だ」と思い込み、よからぬ行動を起こすのです。
落ち込んだときは、自分にこう語りかけましょう。
「それがどうした?」と。
少し、きつい言葉です。
自分で自分を見下すように、言うのがポイントです。
上の立場から、生意気なことを言っている印象があります。
他人に言われると頭にきますが、自分で言うと、冷静に受け止められます。
自問自答は、きつい言葉が、効果的です。
きつい言葉のほうが、自分を突っぱねることができるため、客観視を促しやすくなります。
本当に落ち込むべきことなのか、もう一度よく見てみましょう。
死ぬわけではありません。
借金を背負うわけでもありません。
「それがどうした?」と自分に問いかけることで、冷静な自問自答ができます。
ささいなことに落ち込んでいることに気づき、何でもないように思えてきます。
落ち込んだあなたをいちばん励ますのは、あなたです。
自分で自分にむちを打ち、奮起させましょう。
「芸術にはセンスが必要である」といわれています。
たしかにセンスがあれば、具体的に表現する能力を、うまく発揮できることでしょう。
感じのいい作品には、鋭い感性が表現されているものです。
ただし、センスがなければ芸術ができないのかというと、そうではありません。
センスがなくても、芸術はできます。
何かを表現しようとする人間活動には、性別も年齢もキャリアも関係ありません。
誰もが自由にできることです。
センスがなければ、好きなように進めればいいのです。
直感のままに、物事を進めていきます。
自分が感じたことは、すべて正解です。
自分が感じたことに、間違いはありません。
センスがないからこそ、何にも縛られることもなく、自由気ままに進められます。
思ったこと、感じたことを、ありのままに表現してみましょう。
すると、1つ、完成します。
「何を表現しているの」と聞かれたら「素直に気持ちを表現しています」と言えばいいのです。
何にも縛られず、自由気ままな様子が、表現されます。
それもまた、1つの芸術です。
センスがなくても、芸術はできるのです。
厄払いをするために、わざわざ神社まで行く必要はありません。
厄払いは、もっと身近で手軽にできます。
悩みを、人に打ち明けるだけでいいのです。
話し相手は、あなたの厄払いをするヘルパーです。
打ち明けた瞬間、あなたの心に潜む悪霊が退治され、邪悪な念を追い払えます。
悩みが解決しなくてもいいのです。
打ち明けることに、意味があります。
悩みを吐き出さないのは、良くありません。
たまる一方では、ストレスも大きくなるばかりです。
解決が遅くなるため、災いも大きくなります。
悩みは、誰かに打ち明けるためにあります。
悩みは、親しい人に打ち明けましょう。
家族でも友人でもかまいません。
思いきって悩みを打ち明けた瞬間、すぐ身も心も軽くなります。
いい厄払いができたのです。
「信念」という言葉があります。
よく耳にする言葉ではありますが、どういう意味でしょうか。
辞書で調べると「正しいと固く信じて、疑わない心」とあります。
つまり、徹底した強い考えです。
過去の偉人たちの行動を振り返ると、偉業の根底には、信念があることに気づきます。
リンカーンは「平等」という信念によって、奴隷制の撤廃を果たしました。
マザーテレサは「無償の愛」という信念によって、貧しい人の救済に献身しました。
ガンジーは「非暴力」という信念によって、インド独立を果たしました。
ただの信念ではありません。
揺るぎない信念です。
信念があっても、簡単に変わるのでは意味がありません。
偉業は、揺るぎない信念があって、初めてできるものです。
揺るぎない信念があると、強い生き方ができます。
困難があっても貫くことができ、偉業を達成できます。
あなたには、信念がありますか。
偉業の達成には、揺るぎない信念が必要です。
揺るぎない信念が、あなたの思いを力へと変えます。
とあるテレビ番組で、女優がバンジージャンプに挑戦する企画がありました。
視聴者としては「きっと怖がって、いつまで経っても飛ばないだろう」という流れを予想します。
アシスタントが「3、2、1」と言っても「やっぱり無理」と言ってしゃがみ込むのが、定番です。
1回飛べば済むことが、ためらうばかりで、30分も1時間も時間が過ぎるのです。
ところがです。
アシスタントが「3、2、1」と言った瞬間、ためらいもなく1発で、バンジージャンプを決めてしまいました。
見ている側が、期待を裏切られます。
アシスタントも「1回目で決めるのは珍しいな」という顔をしていました。
飛び終わった後「よく1回目でできましたね。怖くなかったのですか」と話しかけると、興味深いことを言いました。
「ためらうほど、余計に怖くなると思ったから、1回目で決めた」と言うのです。
素晴らしいです。
人間は、怖いと思うほど、余計に怖く感じる傾向があります。
心の中で「怖い、怖い」と唱えるたびに、恐怖が膨らみます。
心の準備のつもりで時間をかけるほうが、かえって恐怖が大きくなり、心が乱れてしまうのです。
恐怖を小さくしたければ、何度もやり直さないことです。
怖いからこそ、いきなり1回目で終わらせましょう。
1回目で決めれば、恐怖が最も小さくて済むのです。
老けて見える人には、共通点があります。
口元が緩んでいるのです。
口をぽかんと開けていたり、口角が垂れ下がっていたりします。
口元が緩んでいると、疲れた様子に見え、老けて見えます。
たとえ若い人でも、口元が緩んでいれば、老けて見えます。
「何があったのだろうか」と、心配になります。
口元1つで、その人全体の印象が変わるのです。
若く見られたければ、口元を意識しましょう。
口を閉じて、口角をきゅっと上げます。
年を取ると、表情筋が緩むため、口角がたれやすくなります。
表情筋が緩んでも、意識をして口角を上げていればいいのです。
口元を意識するのが、若く見られるポイントです。
若々しい人は、口元に力が入っています。
口元を意識すると、緊張感が出てきます。
その緊張感が心理面に影響して、若々しい気持ちにさせるのです。
運が悪いことがあっても、いらいらしないようにしましょう。
もともと運は、自分のものではありません。
運は、神様からのプレゼントです。
自分が作ったものではなく、頂き物です。
運の悪い出来事がおかしいのではなく、運の良かった今までが、特別だったのです。
神様はいつも忙しいため、ときどき運のプレゼントを贈り忘れます。
人間も、うっかり忘れることがありますから、良しとします。
「まあ、そういうこともあるよね」と、水に流しましょう。
あまりいらいらしていると、神様は怖がって、運をプレゼントしにくくなります。
今回は運をいただけませんでしたが、次回はきっといただけるでしょう。
「いつか変わった形で、また運がやってくるだろう」。
そう信じることが、神様の機嫌を取る方法です。
あなたの未来は「曇りのち晴れ」です。
大きなことは達成するには、大きな苦労をしなければいけないのでしょうか。
いいえ、違います。
大きな苦労をしてもいいですが、必須ではありません。
大きな苦労がなくても、大きなことが達成できます。
小さな苦労を重ねればいいのです。
小さな苦労なら、今すぐ手軽に取り組むことができますね。
小さな苦労をたくさん積み重ねれば、大きな苦労をしたことになり、大きなことを達成できるのです。
大きなことは、小さな苦労に分けましょう。
難しいことは、3回に分けます。
量が多ければ、3つに小分けします。
時間がかかるなら、3度に分けます。
人生は、小さな苦労ばかりでいいのです。
大きな苦労をしない分、小さな苦労は、量で勝負です。
小さな苦労を大量に積み重ねれば、結果として偉大な功績をつくれます。
人生は、大きな苦労から逃げても、成功できるのです。
話は、聞いてもらえるだけで、ありがたいことです。
「友人は、話を聞くのは当たり前」と思いますが、そうではありません。
みんな、忙しいです。
やることがたくさんあります。
忙しいにもかかわらず、話を聞くための時間をやりくりしてくれました。
自分のわがままな話を、最後まで聞いてくれました。
ありがたいことです。
だからこそ、友人と話し終わったとき、ぜひ口にしてほしい言葉があります。
「話を聞いてくれて、どうもありがとう」です。
頭でわかっていても、言い忘れやすい言葉です。
なかなかこれを言える人はいません。
言えないからこそ、言うと喜ばれます。
気持ちの余韻を残して、別れることができます。
話を聞くだけで感謝されると「また話をしたいな」と思い、縁が長く続くのです。
実は私からも、感謝があります。
わざわざ読んでくれて、ありがとうございます。
またよろしくお願いします。