私が高校3年のとき、国語の授業は稲田先生という熱血の男性教師が担当でした。
年齢は50代前半。
髪の毛は少なく、いつも忙しそうでした。
一番の特徴は、怒ったら怖いことです。
先生は、熱血であるゆえに、授業も常に本気でした。
「やる気がなければ授業を受けなくてもいい。今すぐ帰れ!」
厳しい言葉をかけられることもしばしばでしたが、それだけ生徒のことを本気で考えていました。
最も怖かった先生でもありましたが、最もわかりやすくて丁寧な授業を進めていました。
厳しい先生ほど印象に残るとは、まさに稲田先生のことでした。
生徒から嫌われることもありましたが、一方で先生を慕う生徒も多くいました。
私もその1人でした。
卒業間近になった、ある日のことです。
稲田先生は、私たちが大学生になってからのことをアドバイスしました。
「一生懸命に勉強しなさい」というお決まりの話から始まりましたが、意外な話もありました。
急に柔和な表情になってこう言います。
「学生時代こそ、たくさん海外旅行をしなさい」と。
「なぜだろう」と思って、生徒が一斉に耳を傾けます。
「社会人になってからでは時間がなかなか取れない。海外旅行は一気に見識が広まる」
「時間の余裕がある学生時代こそたくさん経験を積んでから社会人になれ。学生時代は、海外旅行もいい勉強だ」
「なるほど」と思いました。
私は今、社会人です。
社会人として仕事を始めてからよくわかりますが、社会人のほうが余裕はありません。
大人になってからのほうが、時間やお金の余裕ができそうな気がしますが、そうとも限らない。
平日は仕事があるので、朝から晩まで会社に縛られることになります。
結婚すれば、親戚付き合いに忙しくなります。
出産すれば子育てに忙しくなり、家計や子育てに回す出費が急増します。
また、冠婚葬祭のため、急な出費もあることでしょう。
人や仕事のタイプにもよりますが、多くの社会人は、お金も時間も余裕はありません。
もしかしたら、学生時代より社会人のほうが、いろいろな意味で余裕がないのかもしれません。
学生が海外旅行は贅沢と思える一面もあることでしょう。
しかし、人生全体から見て、海外旅行を経験するなら、学生時代が最適です。
稲田先生は、その事情を知ってのアドバイスをしていたのです。