私たちの頭の上には、いつも「笑顔の雲」が浮かんでいます。
雲はいろいろな形をしていますが、どんな形の雲でも、どこかに笑顔があります。
「この雲のどこかに、人の顔が隠れているはずだ!」
食べ物にも「表情」があります。
食べ物には顔がありません。
目も鼻も口もないので、表情も存在しないように思うかもしれませんが、誤解です。
雨の日になれば、ぜひ楽しんでほしいことがあります。
「雨の音」です。
雨の日は、外が暗かったり、足元が悪かったりして、少し気持ちが暗くなりがちです。
突然の降る大雨。
それは、にわか雨です。
にわか雨は困ります。
桜が咲く季節になると、みんな一斉に桜を見始めます。
一斉に咲くピンクの桜は、大変美しく、見応え抜群です。
桜の周りに人が集まって、じっくり見て楽しんだり、カメラを向けて何枚も写真を撮ったりします。
バラ、ヒマワリ、アサガオ、コスモス、チューリップ。
まず目を向けるのは「花」ではないでしょうか。
きれいな花びらが広がっていて、美しい色や形も魅力的で、目が釘付けになります。
チャンスはどこにあるのでしょうか。
「希少性」「神秘性」といった印象があるためでしょうか。
特別感があるため、チャンスを得るためには特別な場所に行かなければいけないと思っている人が少なくありません。
自然現象にクレームをつける人がいます。
・山奥の旅館で「虫の鳴き声がうるさい」とクレームをつける人
・露天風呂に「葉っぱが浮いている」とクレームをつける人
私たちの日常では「風」が存在しています。
外にいるなら、チャンスです。
皮膚感覚を研ぎ澄ませると、たいてい風が吹いているでしょう。
素晴らしい景色を見て感動することがあるでしょう。
特に旅行の際は、すてきな景色や美しい風景と出会うことが多くなるはずです。
息をのむような絶景と出会うと「生きていて良かった!」と思うはずです。
公園や学校の運動場で、無邪気に遊んでいる子どもを見かけることがあります。
普通にわいわい遊んでいるだけなのですが、うるっとくることはありませんか。
「元気だなあ」「かわいいなあ」と思うのはもちろんですが、なぜか感動的な光景に見えて、心がじんとします。
人の心が見える瞬間の1つ。
それは、傘立てに傘を置く場面です。
雨の日、外出先から家に戻ると、傘立てに傘を置きます。
世の中には「デートスポット」と呼ばれる場所があります。
水族館、夜景の見える展望台、ライトアップやイルミネーションのきれいな広場など。
恋人の聖地のような場所があり、カップルが集う場所となっています。
「セミの鳴き声がうるさい」
「スズムシの鳴き声がうるさい」
そんな状況があれば、ひとつ言えることがあります。
時代の空気を知りたければどうすればいいのでしょうか。
手っ取り早いのは「繁華街を歩くこと」です。
繁華街には、飲食店をはじめ、さまざまなお店が集結しています。
新発見はどこにあるのでしょうか。
実はとても身近なところにあります。
「歩き慣れた道」です。
夜空に浮かぶ大きな天体といえば「月」です。
月の年齢はおよそ45億年。
地球の年齢は46億年ですからほぼ同じくらいの年齢です。
あなたの身近に「頑張っている人」を見つけてください。
頑張っている人なら誰でもかまいません。
知人でも友人でも職場の同僚でもかまいません。
世の中には、汗を流して苦労が伴う仕事があります。
「汗を流して大変な仕事です」と言うと「すごいですね」「立派ですね」「プロですね」と褒められます。
「楽で簡単な仕事です」と言うと「ずるい」「怪しい」「虚業だ」とののしられます。
あなたは「自分の雰囲気」に意識を向けたことはありますか。
自分はどんな雰囲気の人間なのか、客観的にチェックしたことはあるでしょうか。
雰囲気は、そこに漂っている一定の空気です。
どんな仕事でも、誰かが見ていると考えることです。
大きな仕事から小さな仕事まで、誰かが見ていると考えてください。
掃除でも雑用でも何でもです。
人生には「勝負所」と呼ばれる場面があります。
重要な試合・試験・面接・話し合いなど、物事の勝敗につながる重要な局面があるでしょう。
今後の行く末に影響を与える場面があるはずです。
新鮮な光景は、意外と身近なところにあります。
それは雨の日です。
「雨なら見たことがある」「よくある普通の光景ではないか」と思うかもしれません。
掃除でいちばん大変なのは何でしょうか。
掃除をすることではありません。
始めるまでが大変なのです。
最近夕日を見ていますか。
最後に夕日を見たのはいつですか。
子どものころはよく見ていた夕日も、大人になるにつれて見ることが減ってきます。
電車の楽しみの1つといえば、車窓から見える景色です。
車窓からは、人や街並みなどいろいろな景色を楽しめるでしょう。
電車の独特の音と揺れを感じながら眺める景色は、独特の風情がありますね。
あなたの体は、37兆個の細胞からできています。
あまりに膨大な数で想像しにくいかもしれません。
人体の細胞を1秒1個のペースで数えるとすると、なんと120万年も時間がかかります。
つまらないことを一瞬で面白く変える方法があります。
「面白そうだ」と思ってみるのです。
わざとポジティブに思い込んでみましょう。
日常会話では、天気の話題が出ることがあります。
このとき、ふと自分が口にしている言葉を、振り返ってみましょう。
「暑いですね」「寒いですね」という会話ばかりしていませんか。
人生を豊かにするためには「この景色に出会えて良かった」という瞬間をつくることが大切です。
私たちは素晴らしい景色を目にしたとき、大きく心を動かされ、感銘を受けます。
あまりの美しさや雄大さに心が洗われます。
私たちの頭の上には、いつも「笑顔の雲」が浮かんでいます。
雲はいろいろな形をしていますが、どんな形の雲でも、どこかに笑顔があります。
「この雲のどこかに、人の顔が隠れているはずだ!」
そう思いながら、じっくり雲を眺めてください。
いろいろな角度から雲を眺めてください。
雲の形だけでなく、色や濃淡にも注目しましょう。
なかなか笑顔の雲を見つけられなくても、簡単に諦めないのがポイントです。
しばらくすると、だんだん人の顔が浮かんで見えてくるでしょう。
「ここが目かな。ここが口かな。ということはここが鼻かな。人の顔に見えてきた!」
雲を見ながら笑顔を探していると、普通に見えていた雲が、笑顔の雲に見えてくるのです。
私たちの脳には「人の顔を見つける力」が備わっています。
人の顔と思いながら雲を眺めていると、どんな雲でも人の笑顔を探し出せます。
常に雲の形は変わるように、笑顔の様子も違います。
しかも一度として同じ笑顔はありません。
タイミングが変われば、笑顔の様子も変わります。
雲の形は風の影響を受けて少しずつ変わるので、笑顔の雰囲気も少しずつ変わります。
口を閉じた笑顔のときもあれば大きな口を開けた笑顔もあり、見るたびにいろいろな笑顔を楽しめます。
さて、今日はどんな笑顔の雲でしょうか。
雲の中には、笑顔が隠れているので探し出してください。
ゲーム感覚になると集中力が高まって見つけすくなります。
毎日笑顔の雲探しを楽しめば、毎日ラッキーとハッピーを楽しめます。
運が良ければ笑顔の雲が2つ3つ見つかることもあり、そういうときはラッキーとハッピーも2倍3倍です。
いつも笑顔の雲が大空からあなたを見守っています。
笑顔の雲を見つけられれば、今日もきっと良い1日になるでしょう。
私たちの頭の上には、いつも笑顔の雲が浮かんでいるのです。
食べ物にも「表情」があります。
食べ物には顔がありません。
目も鼻も口もないので、表情も存在しないように思うかもしれませんが、誤解です。
単純な見た目にとらわれています。
顔はなくても表情はあるのです。
顔の造形だけが表情ではありません。
色、形、香りなど、おいしそうな雰囲気はすべて表情です。
人の表情は、目・鼻・口で形作られますが、食べ物の表情は、色・形・香りで形作られます。
朝食・昼食・夕食にも表情があります。
フルコース料理にも表情があります。
シンプルな単品から手の込んだ料理まで、どんな食べ物にも表情があるから面白い。
目の前においしそうな料理があれば、いきなり食べるのではなく、まずそれぞれの表情に注目してください。
鮮やかな色合いも、美しい盛り付けも、食欲をそそる香り。
すべてが表情です。
ぐつぐつと煮える音や立ち上る湯気も表情の1つです。
あなたが食べようとするものをじっくり見つめてください。
「おいしそう!」と思いながら見ていると、にこにこしている様子が見えてくるでしょう。
顔はなくても、ポジティブな雰囲気が感じられるはずです。
それが表情です。
食べ物の表情に気づけば、ついこちらの表情も緩みます。
食生活もますます豊かになります。
食事の時間とは、食べ物の表情を見つけ、楽しむ時間なのです。
雨の日になれば、ぜひ楽しんでほしいことがあります。
「雨の音」です。
雨の日は、外が暗かったり、足元が悪かったりして、少し気持ちが暗くなりがちです。
そういうときこそ、雨の音に耳を傾けましょう。
雨の音を聞くことはあっても、意外とじっくり耳を傾けることは少ないのではないでしょうか。
「ざあざあ」という音が聞こえるでしょう。
聴き慣れた音かもしれませんが、不思議と聞き飽きることはありません。
今一度、じっくり耳を澄まして、雨の音に耳を傾けてみてください。
雨の音は、癒やしの音楽です。
雨の音には「1/fゆらぎ」と呼ばれる、規則性と不規則性が調和した、独特の「ゆらぎ」があります。
一定のようでいて微妙な変化があり、それが私たちの耳に心地良く感じられます。
雨の音を聞いていると、自然とリラックスでき、落ち着きが促されたり、物事への集中力が高まったりするのです。
傘を差しながら歩けば、傘に当たる雨の音も聞こえます。
これもまた、癒やしのメロディーです。
雨の音を聞きながら読書や勉強をすれば、いつもより集中できるでしょう。
「雨は嫌だなあ」と思うだけではもったいないことです。
「今日は雨の音を楽しめる」とわくわくしましょう。
雨の音は、癒やしをもたらしてくれる自然の音です。
自然界から心地良いメロディーをプレゼントされているのです。
突然の降る大雨。
それは、にわか雨です。
にわか雨は困ります。
急に雲行きが怪しくなったと思えば、突然の大雨です。
バケツをひっくり返したようなどしゃ降りです。
屋外にいて傘を持っていなければ、びしょぬれになるでしょう。
にわか雨が降ったときどう思うかです。
「天気予報は晴れだったのにな」
「なんだかついてないな」
「傘を持っていない。困ったなあ」
「外に干した洗濯物が台無しだね」
にわか雨にいらいらして腹を立てる人もいるかもしれません。
ここなのです。
にわか雨が降ったくらいで不機嫌にならないでください。
むしろ喜んで上機嫌になりましょう。
にわか雨は、天からのサプライズプレゼントだからです。
にわか雨は、天からのサプライズプレゼントです。
にわか雨に遭遇することはなかなかありません。
「平凡な天気ばかりではつまらないでしょう。たまにはにわか雨を楽しみましょう」
天から素晴らしいサプライズプレゼントをいただきました。
スケールの大きなサプライズプレゼントです。
にわか雨は、お店では売っていません。
お金でも買えません。
人からもらうこともできません。
タイミングも予測が不可能です。
だからこそ貴重であり、面白いのです。
平凡な日常に突如出現した、想定外です。
トラブルのように感じますが、あらためて考えると、ささいなことです。
にわか雨は、天からのサプライズプレゼントであることに気づけば、迷惑どころか幸せを感じるはずです。
たまにはびしょぬれになってみるのも面白いものです。
こういうときくらいしか、びしょぬれを経験できません。
ぬれても大したことありません。
ぬれたら乾かせばいいだけです。
けがをするわけではありません。
大切な人を失うわけでもありません。
命まで取られるわけでもありません。
にわか雨のある日は、ラッキーな1日です。
にわか雨が降ったとき、迷惑と考えてはいけません。
にわか雨を楽しめるのも、1年に数回でしょう。
「思わぬトラブル」と考えるのではありません。
「貴重な贈り物」と考えるのです。
天からのサプライズプレゼントなのですから、ありがたく感謝しながら受け取りましょう。
「本当に驚きました。こんな大雨になるとは思っていませんでした。素晴らしいサプライズプレゼントをありがとうございます!」
感謝が天に届けば、にわか雨の後、きれいな虹が見られるかもしれません。
ダブルのサプライズプレゼントになるのです。
桜が咲く季節になると、みんな一斉に桜を見始めます。
一斉に咲くピンクの桜は、大変美しく、見応え抜群です。
桜の周りに人が集まって、じっくり見て楽しんだり、カメラを向けて何枚も写真を撮ったりします。
「桜の名所」と呼ばれるところでは、一面にピンクの空間が広がって、うっとりするような絶景となります。
大勢の人でごった返し、多くのお花見が行われます。
昼間はもちろん、夜桜を楽しむ人もいます。
桜の季節はお花見を楽しむのが毎年の恒例になっている人も多いことでしょう。
そんな桜も、散り終わると、さっと人がいなくなります。
あれほどにぎわっていた人だかりが、魔法のようにさっと消え去ります。
桜の木のそばを歩くことはあっても、完全スルー。
みんなあれほどじっくり桜を見ていたのに、一転して見なくなります。
あれほど写真をたくさん撮っていたのに、誰も写真を撮らなくなります。
散った後の桜も、桜であることに変わりありません。
ぜひ散った後の桜にも目を向けてみてください。
みんなから見向きもされなくなっても、普段と変わらずそこに立っています。
散り終わった後の桜の木にも、趣があります。
年に一度の大仕事を終え、ほっと一息ついていることでしょう。
また来年の開花に向けて準備を始めていることでしょう。
急に無視されるようになって、桜はちょっと寂しく感じているかもしれません。
吉田兼好の徒然草には「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」という一説があります。
「花は満開だけを、月は満月だけを見て楽しむものだけではない」という意味です。
散り終わった後の桜も、鑑賞を楽しみましょう。
満開のときの桜も美しいですが、散り終わった後の桜も美しい。
「目を向けてくれてありがとう」と、桜も喜んでくれるに違いありません。
散った後の桜も、魅力的なのです。
バラ、ヒマワリ、アサガオ、コスモス、チューリップ。
まず目を向けるのは「花」ではないでしょうか。
きれいな花びらが広がっていて、美しい色や形も魅力的で、目が釘付けになります。
目の保養になり、うっとり癒やしを感じるでしょう。
花から「こっちを見て! もっと見て!」と言わんばかりの主張が聞こえてくるようです。
もともと花の美しさは昆虫に花粉を運んでもらうための知恵なのですが、私たち人間にとっても魅力的で目を奪われます。
美しい花であればあるほど存在感があり、目だけでなく心まで奪われますね。
心地よい香りも漂っていて、天然のアロマセラピーを楽しむ人もいるでしょう。
花のアロマは、心まで華やかにしてくれます。
ところがその一方で無視されがちなのは「茎」や「枝」です。
花のような美しさや華やかさはなく、地味で存在感が薄く感じられます。
視界に入っていても、スルーする人が多いもの。
「特に美しくない」「鑑賞するほどでもない」と思われることが多い。
みんな花を見るばかりで、茎や枝を見過ごしがちです。
たしかに花に比べれば、美しさ・華やかさは見劣りしますが、だからといって無視するのは惜しいことです。
華やかで美しい花が咲いているのは、茎や枝があるおかげです。
栄養や水分は、茎や枝を通って花に届きます。
茎や枝があるからこそ、花が咲いています。
花にとって茎や枝はなくてはならない存在であり、陰で支えている存在です。
ユニークな特徴があって楽しませてくれることも少なくありません。
ヒマワリの茎も、よく見ると産毛の生えていて面白い。
この産毛は「トライコーム」と呼ばれ、水分を保つ働き、害虫から身を守る働き、強い日光をガードする働きなどがあります。
バラの枝にはとげがたくさんついています。
草食動物から身を守るために発達したものですが、必死に生きようとするバラの強さが感じられるはずです。
バラはトゲがあるからこそ、いっそう美しさが映えています。
花を見て楽しむのもいいのですが、たまには茎や枝にも注目してください。
地味かもしれませんが、地味なりに特徴があります。
茎や枝も、花の一部です。
茎や枝にも鑑賞の価値があるのです。
チャンスはどこにあるのでしょうか。
「希少性」「神秘性」といった印象があるためでしょうか。
特別感があるため、チャンスを得るためには特別な場所に行かなければいけないと思っている人が少なくありません。
パーティーに行ったり、旅行に出かけたり、イベントに参加したりです。
たしかに特別な場所は、普段とは違った雰囲気があってチャンスにあふれているでしょう。
しかし、わざわざ特別な場所に行かなくても、もっと身近なところに目を向けてください。
チャンスは、何でもない普通の日常にあります。
「どこにもチャンスはない」と思うかもしれませんが、気づいていないだけです。
「あるのに気づいていない」「見えているのに見えていない」という状態になっています。
もっとじっくり目を凝らしてください。
チャンスは普段隠れているので、それを発見することが大切です。
通勤通学で通る道があるでしょう。
足元に目を向ければ「新しい植物に気づくチャンス」があるでしょう。
繁華街をぶらぶら歩くことがあるでしょう。
すれ違う人や街の風景に目を向ければ「時代や流行を学ぶチャンス」です。
カフェでまったりしながら外を眺めることがあるでしょう。
道行く人を眺めていれば「ひらめきのチャンス」に恵まれるかもしれません。
店内を流れる音楽に耳を傾けることがあるでしょう。
じっくり耳を傾ければ「癒やしのチャンス」が得られるでしょう。
上司から面倒な仕事を依頼されました。
ここで嫌な顔を見せず、にこにこしながら喜んで対応できれば「評価アップのチャンス」といえるでしょう。
チャンスがないのではありません。
チャンスに気づいていないだけです。
私たちの日常は、たくさんのチャンスにあふれています。
実は今この瞬間も、あなたは何らかのチャンスに恵まれているところです。
気づけるかどうかは、あなた次第。
五感を研ぎ澄ませ、チャンスに意識を集中させながら、周りをよく観察してみてください。
探すまでもなく、何でもない普段の日常で十分なチャンスが得られます。
次の瞬間、あなたははっとするはずです。
「こんなところにチャンスがあったのか!」と。
チャンスは、見つけるものではなく、気づくものです。
チャンスは、何でもない普通の日常にあるのです。
自然現象にクレームをつける人がいます。
もちろん車の騒音や隣のどんちゃん騒ぎであれば、クレームを入れるのも理解できます。
迷惑になるような音が響いていれば、誰でも不快に感じ、睡眠の妨げにもなるでしょう。
しかし、虫の鳴き声も、露天風呂に浮かぶ葉っぱも、波の音も、いずれも自然に起こることです。
自然の中にある露天風呂なら、葉っぱが落ちるのは当然です。
定期的に掃除をしていても、風が吹けば葉っぱが落ち、湯船に浮かぶこともあります。
山奥のホテルなら、虫の鳴き声が聞こえるのも当たり前です。
夏であれば蝉は鳴くし、秋であれば鈴虫が鳴き、大合唱となることもあるでしょう。
海辺のリゾートホテルなら、波の音が聞こえるのも自然なことです。
どうしても気になるなら部屋を変えてもらうのも1つの方法ですが、それでは海辺のリゾートホテルの意味がなくなってしまいます。
自然現象をストレスと受け止めては、人生の楽しみが減少するのです。
こういうときは「風情」として受け止めるのです。
虫の鳴き声も風情、露天風呂に浮かぶ葉っぱも風情、海辺から聞こえる波の音も風情。
自然の音には癒やしがあります。
「いい音だなあ」「雰囲気があるなあ」「味わい深いなあ」と思えば、不快な音も心地よいものへと変わります。
自然現象を「風情」として楽しめば「感動」に変わるのです。
私たちの日常では「風」が存在しています。
外にいるなら、チャンスです。
皮膚感覚を研ぎ澄ませると、たいてい風が吹いているでしょう。
強い風や弱い風、温かい風や冷たい風、優しい風や爽やかな風。
外にいるとき空気の圧を感じると、風が吹いていることがわかりますね。
空気であり、目に見えない存在ですが、いつも私たちの身近で吹いています。
心地よい風であれば、柔らかいクッションに包まれているようで気持ちがいい。
「いい風だなあ」と癒やしを感じます。
曇り空で強い風が吹いていれば「これから天気が悪くなるのかな」と、下り坂の天気を予感することもあるはずです。
もちろん風を楽しむのもいいですが、ここに見落としがちなことがあります。
たまには「風の香り」も楽しんでください。
風を感じることはあっても、風の香りを感じることは少ないもの。
「風に香りなんてあるの?」と思うかもしれませんが、もちろんあります。
ないように感じるのは、意識を向けていないからです。
嗅覚を研ぎ澄ませ、風の香りに意識を向けてみましょう。
緑の多いところなら、植物の香りが感じられるでしょう。
雨が降っているなら、風に乗って雨の香りが感じられるでしょう。
春なら春の香りがして、秋の季節なら秋の香りがするはずです。
飲食店の多い場所なら、料理の香りがして、食欲を刺激されるかもしれません。
散歩中や通勤・通学中に風を感じることがあれば、風の香りにも意識を向けてみてください。
目をつぶると、より嗅覚が研ぎ澄まされるので、わずかな香りを感じやすくなります。
香りも風と同様、目に見えない存在ですが、感覚に集中することでより鮮明に感じられます。
風だけでなく、風の香りにも意識を向けると、日常の感動が増えるのです。
素晴らしい景色を見て感動することがあるでしょう。
特に旅行の際は、すてきな景色や美しい風景と出会うことが多くなるはずです。
息をのむような絶景と出会うと「生きていて良かった!」と思うはずです。
普段の日常でもイルミネーションや展望台からの眺めなど、非日常的な景色にじんとすることがありますね。
さて、そんなあなたに少しでも感動や印象を深めるコツをお伝えいたします。
「きちんと足を止めて眺める」です。
歩きながら眺めるのではなく、完全に立ち止まって眺めるということです。
ちょっとしたことに思うかもしれませんが、実に大切なポイントであり、感動のレベルがまったく変わります。
歩きながら眺めると、感動はできても、深い感動とまではいきません。
さらっとした感じになります。
前方に注意を払いながら、ちらちら横目で見るような眺め方になります。
歩くことに気を取られるので、見ることへの集中力が低下して、感動も印象も中途半端になるのです。
だからこそ「足を止める」です。
きちんと立ち止まって静止状態になることで、目の前の風景に集中できます。
余計なことに気を取られることなく、ひたすら見ることに集中できます。
ぼうっと眺めることで、風景が網膜に焼き付いて印象に残ります。
足を止めて眺めると注意力も高まって小さな点にも目が留まるでしょう。
「ここが面白い!」「ここがきれい!」「あれは何だろう?」と何らかの発見があるでしょう。
小さな発見をすればするほど楽しめるポイントが増え、ますます印象的になります。
心の奥までしっかり感動が響くのです。
立ち止まって眺める姿勢であれば、何でもかまいません。
壁にもたれながら眺めるのよし。
ベンチに腰をかけて眺めるのも良し。
飲み物を飲みながら眺めるのも良し。
立ち止まって眺めれば、心の奥までじんと感動するでしょう。
記憶にも印象にも深く残ります。
短い時間でも、一生忘れられない時間となるに違いありません。
大自然にせよ、夜景にせよ、イルミネーションにせよ、感動を深めるなら一度足を止めて眺めるようにしましょう。
感動の大きさが普段の2倍から3倍ほど増すことを保証します。
公園や学校の運動場で、無邪気に遊んでいる子どもを見かけることがあります。
普通にわいわい遊んでいるだけなのですが、うるっとくることはありませんか。
「元気だなあ」「かわいいなあ」と思うのはもちろんですが、なぜか感動的な光景に見えて、心がじんとします。
子どもの声も笑顔も何もかも輝いて感じられ、じっと見入ってしまいます。
子どもが笑顔でわいわいはしゃいでいると、見ているこちらも笑顔になってくる。
不思議な癒やしや幸せを感じることもあるでしょう。
だんだん目頭が熱くなって、涙腺も緩んできます。
気づいたときには、涙がこぼれていることも少なくありません。
無邪気に遊ぶ子どもたちは、天使なのです。
ちょっと疲れたとき、遊びに夢中の子どもから元気をもらいましょう。
癒やされたり元気をもらったりすることもあるでしょう。
遊んでいる子どもを見ながら、昔の自分を思い出すこともありますね。
悩み事や心配事も、遊んでいる子どもたちを見ているときは忘れられます。
子どもの天使パワーには無限の力があります。
天使も天国も、意外と私たちの身近にあるのです。
人の心が見える瞬間の1つ。
それは、傘立てに傘を置く場面です。
雨の日、外出先から家に戻ると、傘立てに傘を置きます。
ここで、2通りの人にわかれます。
平凡な日常のワンシーンですが、その人の内面が見える瞬間です。
楽を考えるなら、傘を巻かずにそのまま置くのが早いでしょう。
雨の日は、早く家に入りたい。
疲れているなら、面倒なこともしたくない。
足元がぬれていて、服についた雨粒を早く振り払いたい。
もちろん自分の傘ですから自由です。
傘の置き方も、ルールが決まっているわけではありません。
傘の置き方がどうだろうと誰の迷惑にもなりません。
しかし、何気ない場面だからこそ、心がよく表れます。
傘を巻かずに置く人は、手間を嫌がる心理が垣間見えます。
こうした人は、ほかの場面でも「手間だから」「面倒だから」「迷惑をかけていないから」という理由でサボるでしょう。
「別に細かいことはいいよね」「最低限ができていればいいよね」と思っています。
その油断と惰性は、ほかの場面でも表れます。
だらしない生活を送ったり仕事をサボったりです。
手間や面倒を嫌がる姿勢があるため、仕事はミスが発生しやすく、なかなか良い結果も出せないでしょう。
いい加減な態度で過ごしていれば、幸運に乏しい未来がやって来るのです。
一方、傘を巻いてから置く人は「きちんとしたい」という気持ちがあります。
一手間かかりますが、傘がコンパクトにまとまって、見栄えがきれいです。
収納もしやすくなります。
得をするわけでも褒められるわけでもありませんが「小さなことでもきちんとしたい」という気持ちが表れています。
こうした人は、日常生活でも丁寧にこなし、きれいな生活を送っているでしょう。
きっと仕事でも「小さなことまできちんとしたい」という気持ちで対応しているはずです。
褒められなくても、真面目にこなします。
人が見ていないときでも、真面目です。
たとえミスをすることがあっても、きちんとした態度で取り組むでしょう。
丁寧な行いを心がけていけば、幸運にも恵まれ、建設的な未来がやってきます。
着実に実績を積み上げていけば、いずれ大きな実を結ぶに違いありません。
傘立てに傘を置く場面は、心だけでなく、未来まで見えてしまうのです。
傘立てに傘を置くとき、きちんと巻いてから置くか、そのまま置くか。
あなたはどちらですか。
傘立てに傘を置くときの様子から、その人の心と未来が見えるのです。
世の中には「デートスポット」と呼ばれる場所があります。
水族館、夜景の見える展望台、ライトアップやイルミネーションのきれいな広場など。
恋人の聖地のような場所があり、カップルが集う場所となっています。
「デートスポット」という響きの影響でしょうか。
「カップルで行くもの」という印象が強くて、1人で行くことに抵抗を感じる人がいます。
「1人で行くものではない」「ソロで行くのは場違い」と考える人もいるかもしれません。
しかし、これは大きな誤解です。
デートスポットは「カップル専用」という条件でないかぎり、誰でも自由に楽しめます。
カップルはもちろん、1人でも気軽に楽しめます。
デートスポットは評判になるだけあって、ひときわロマンチックな雰囲気に満ちているでしょう。
雰囲気のいいところは、1人でもカップルでも、分け隔てなく楽しめます。
「周りのカップルから笑われるのではないか」という心配は不要です。
周りのカップルは自分のことしか見えていません。
意外と気づかれないので安心してください。
カップルが多くて違和感を覚えるかもしれません。
周りがカップルだらけで浮いてしまっても、気にしなければいいことです。
悪いことをしているわけではないのですから堂々と胸を張ってください。
「デートスポットに1人で足を運ぶなんて寂しい」と言う人がいますが、考えすぎです。
寂しいことではなく、贅沢なことです。
1人で行くほうが、むしろ雰囲気をしっかり味わえるので最高です。
気になるデートスポットがあれば、ぜひ足を運んでみませんか。
気になる気持ちがあるのは「行きたい」という本音がある証拠です。
誰かと行くデートスポットもいいですが、1人で行くデートスポットも悪くありません。
団体で行く旅行と1人で行く旅行は違うように、カップルで行くデートスポットと1人で行くデートスポットも違います。
1人でデートスポットに足を運んでみると、贅沢で特別な時間を過ごせます。
デートスポットは、1人で行くのが醍醐味なのです。
「セミの鳴き声がうるさい」
「スズムシの鳴き声がうるさい」
そんな状況があれば、ひとつ言えることがあります。
セミやスズムシの鳴き声がうるさく感じるのは、心に余裕がなくなっている証拠です。
セミやスズムシの鳴き声は本来、風情のある音色です。
セミの鳴き声は夏の風情であり、スズムシの鳴き声は秋の風情です。
どちらも虫の鳴き声ですが、季節を感じさせる美しい響きがあります。
心に癒やしやリラックスをもたらしてくれます。
にもかかわらず、うるさく感じるのであれば、心がイエローカードの状態です。
心に余裕がなくなっていると思ってください。
おそらく働きづめの毎日になっているのでしょう。
息つく暇もないくらい忙しい毎日を送っていて、ストレスがたまっているのかもしれません。
心に余裕がなくなると、感情が不安定になります。
心が過敏になって、ちょっとした刺激にも不快に感じやすくなります。
外界からの刺激がうるさく感じ、いらいらすることも多くなるのです。
生活にゆとりをつくりましょう。
休憩を入れたり1人になる時間を作ったりしましょう。
思いきって有給休暇をとって、まとまった休養を設けるのも良し。
仕事ばかりだけでなく、趣味や遊びの時間を設けるのも良し。
悩み事を抱えているなら、先延ばしにするのではなく、きちんと解決に着手するのが賢明です。
心に余裕が戻れば、セミやスズムシの鳴き声が美しく聞こえてくるようになります。
外界からの刺激がスムーズに取り込まれ、癒やしやリラックスを感じるようになります。
セミやスズムシの鳴き声を通して、心の余裕をチェックしてみてください。
セミやスズムシの鳴き声の感じ方は、あなたの心の余裕を反映しているのです。
時代の空気を知りたければどうすればいいのでしょうか。
手っ取り早いのは「繁華街を歩くこと」です。
繁華街には、飲食店をはじめ、さまざまなお店が集結しています。
多くの人でにぎわっていて、昼も夜も活気にあふれているのが特徴です。
そんな繁華街には、常に時代の空気が漂っています。
商店街には最新のポスターが貼ってあるでしょう。
お店の店頭店内には最新アイテムが並んでいるでしょう。
飲食店には季節のフルーツを使った料理があるでしょう。
映画館があって最新の映画が上映されているでしょう。
すれ違う人を見ているだけで、流行のファッションやヘアスタイルが見えてくるでしょう。
行列ができているお店があって、興味をそそられることもあるはずです。
繁華街の風景から時代の空気をたっぷり感じ取れるはずです。
神経を研ぎ澄ませて歩けば、五感を通して多くの気づきや発見に恵まれるでしょう。
繁華街には、時代の空気がぎゅっと凝縮されています。
繁華街をぶらぶら歩くだけで、いろいろな刺激が飛び込んできて、楽しい時間を過ごせるでしょう。
「なるほど、今はこういうのがはやっているのか!」
直感的に時代の空気を感じることができるはずです。
散歩がてらに繁華街をちょっと歩いてみませんか。
あなたの街の繁華街は、時代の空気が詰まったエリアです。
近場に繁華街がなければ、遠出をしてもいいので、ぜひ繁華街に足を運んでみてください。
繁華街を歩くことは、時代の空気を学ぶ屋外授業です。
新発見はどこにあるのでしょうか。
実はとても身近なところにあります。
「歩き慣れた道」です。
あなたの生活には歩き慣れた道があるでしょう。
散歩道、通勤通学の道、買い物のときに通る道など。
今まで数え切れないほど歩いたことがあって、目をつぶっても道をイメージできるに違いありません。
あらためてここに注目です。
「歩き慣れた道のことはよく知っている」と思うかもしれませんが、たいていは思い込みです。
歩き慣れた道は、歩き慣れているゆえに大ざっぱな見方になっています。
見ているようで、意外と見ていないもの。
見ると言っても、ちらっとした見方になっていて、じっくり集中して見ることはありません。
ここなのです。
いま一度観察するようなつもりで、歩き慣れた道の隅々に目をやってください。
見慣れているはずの道に新鮮な感覚を覚えるでしょう。
見慣れている光景のはずが、いつもと違った様子に見えるでしょう。
そして、新しい発見と出会えるはずです。
道路表面の面白い模様に気づくかもしれません。
道路に敷き詰められたブロックの割れ目から草花が生えているかもしれません。
道路脇にきれいな花が咲いているかもしれません。
今までスルーしていた看板や建物も、立ち止まってよく見ると、味があって楽しめるかもしれません。
次から次へと新しい発見がいっぱい見つかり、興奮するでしょう。
「おや?!」という発見が止まらなくなるはずです。
つまらない道ではありません。
面白さに気づいていないだけです。
今まできちんと見ていなくて、スルーしていただけです。
「どうして今まで気づかなかったのだろう」と不思議に感じること間違いなし。
しっかり観察力を研ぎ澄ませて、歩き慣れた道の隅々を一つひとつ丁寧に見ていきましょう。
あなたの観察力が物を言うときです。
視力は低くても、新発見は可能です。
新発見は「歩き慣れた道」にあるのです。
夜空に浮かぶ大きな天体といえば「月」です。
月の年齢はおよそ45億年。
地球の年齢は46億年ですからほぼ同じくらいの年齢です。
月の姿は45億年前に誕生して以来ずっと変わっていません。
地上の景色は、大陸が移動したり山や川ができたりなど時代によって変わりますが、月の姿は同じままです。
月は大気も酸素も緑もないので、景色も雰囲気も同じ様子が続いています。
月は、人類が誕生する以前から同じ姿をしています。
ここで気づいてほしいことがあります。
大昔から月の姿が同じであるということは、大昔の人たちも同じ月を見ていたということです。
1000年前の平安時代の人たちも、同じ月を見ていました。
紫式部や清少納言も月を見て、楽しんでいたことでしょう。
『源氏物語』『枕草子』にも月の話が登場しています。
2000年前の弥生時代の人たちも、同じ月を見ていました。
邪馬台国の卑弥呼も、月を見ていたはずです。
月の満ち欠けから占いを決めていたこともあるかもしれません。
1万年前の縄文時代の人たちも、同じ月を見ていました。
石器を持った名も無き人たちも、月を見ていたに違いありません。
月明かりを頼って狩りをしていたこともあるはずです。
はるか大昔の人たちと同じ景色を見ていると思うと、不思議な気持ちになりますね。
「きれいな月だなあ。はるか大昔の人たちも同じものを見ていたのだなあ」
そんな思いを巡らせながら月を眺めると、より感慨深いものが感じられるでしょう。
これは過去だけでなく、未来にも言えます。
100年後、1000年後、1万年後の未来人も、同じ月を見ることになるはずです。
生きている時代こそ違いますが、月の鑑賞だけは、すべての時代に生きる人の共通体験です。
毎晩あなたの上では、時代を越えた天体ショーが行われています。
夜空に浮かぶ月には、時代を越えた感動があるのです。
あなたの身近に「頑張っている人」を見つけてください。
頑張っている人なら誰でもかまいません。
知人でも友人でも職場の同僚でもかまいません。
もちろん面識のない人でもOKです。
インターネットの向こう側にいる人でもかまいません。
頑張っている人を見つけたら、直接的でも間接的でもいいので、エールを送ってみましょう。
目の前にいるなら、直接声をかけてエールを送るといいでしょう。
目の前にいないなら、メールやSNSなど間接的な手段を通してエールを送ってみてください。
「応援する理由がない」と思うかもしれません。
「自分には関係がない」「何のメリットもない」と思う人もいるでしょう。
しかし、理由もメリットもなくても、素直にエールを送ってみることです。
意地を張らず、素直な気持ちでエールを送りましょう。
ここで大切なのは「素直な気持ち」です。
僻みや妬みの気持ちを持たず、素直な気持ちで「どうかうまくいってほしい」と思いながら応援することです。
心から相手の成功を願ってください。
打算も計算も抜きにして、純粋にエールを送りましょう。
頑張っている人にエールが届けば、素直に喜ばれます。
素直に喜ばれたことを喜んでください。
ただそれだけでよしと考えましょう。
頑張る人にエールを送ることは美しい行為です。
野球では、マウンドに立つ人だけでなく応援する人も輝くように、私たちの日常も、頑張る人だけでなくエールを送る人も輝きます。
エールを送ることはパワーを送ることと同じです。
あなたのエールが頑張っている人に届けば、相手のパワーの一部となり、ますます頑張れるでしょう。
ほんのわずかかもしれませんが、相手を助けたことになります。
そして、頑張っている人にエールを送ると、不思議と自分も頑張りたくなるでしょう。
自分の口から発した言葉は、自分の耳で聞くことになります。
あなたの手で打ったり書いたりした文章は、自分の目で読むことになります。
エールを送ったら、結果として自分も元気やパワーをもらえることになるのです。
これほど素晴らしいことはありません。
エールを送ることは美しい行為です。
頑張る人にエールを送るあなたも美しく輝くのです。
世の中には、汗を流して苦労が伴う仕事があります。
「汗を流して大変な仕事です」と言うと「すごいですね」「立派ですね」「プロですね」と褒められます。
「楽で簡単な仕事です」と言うと「ずるい」「怪しい」「虚業だ」とののしられます。
頑張っている感をアピールできるためでしょうか。
汗を流す仕事は、称賛されたり評価されたりすることが多いもの。
一方、汗を流さない仕事は、ばかにされたり怪しまれたりすることが多いもの。
苦しい思いをしながら頑張ることが素晴らしいことであり、楽して簡単にできる仕事は良くないと考える人がいます。
特にネット系の仕事は、汗をかくことなく利益を出すことが可能です。
インターネットはデータや通信など目に見えないものが中心です。
物理的に何かを生産するわけではないため「虚業」と冷やかされることも少なくありません。
こうしたことから「汗を流す大変な仕事=素晴らしい」「楽で簡単な仕事=素晴らしくない」と考える人が一定数存在しています。
しかしこれは大きな誤解です。
大変な仕事だから良いわけではありません。
楽で簡単な仕事だから悪いわけでもありません。
仕事の本質はそこではありません。
大切なことは「価値を提供できているかどうか」です。
大変な仕事であろうと楽な仕事であろうと、顧客に価値が提供できていればいいことです。
きちんと価値を提供できていれば、世の中に役立つこととなり「喜ばれる仕事」として成立します。
世の中には数多くの仕事があります。
屋外で行う仕事もあれば、屋内で行う仕事もあります。
汗を流す仕事もあれば、汗をかかない仕事もあります。
商品をつくる仕事もあれば、サービスを提供する仕事もあります。
世の中にはさまざまな需要があるため、仕事の種類もさまざまです。
大変な仕事が良いわけでもなければ、楽な仕事が悪いわけでもありません。
汗を流して苦労しているかにこだわらず、価値を提供できているかどうかにフォーカスすることです。
世の中のためになる価値を提供できていれば、堂々と胸を張れるのです。
あなたは「自分の雰囲気」に意識を向けたことはありますか。
自分はどんな雰囲気の人間なのか、客観的にチェックしたことはあるでしょうか。
雰囲気は、そこに漂っている一定の空気です。
「場所」「状況」にあるものと思われがちですが「人」にもあります。
もちろんあなたにも、雰囲気があります。
あなたが人を見たとき「明るい雰囲気だな」「落ち着いた雰囲気だな」と感じることがあるように、あなたにも雰囲気があります。
あなたの全身から発していて、周りにそれ相応の印象を与えています。
いつの間にか周りに与えている影響ですから、無視できません。
あなたの雰囲気が変われば、同じ人でも、別人のように見られます。
そのくらい雰囲気とは、影響の大きなものです。
雰囲気は、1つの要素で決まるものではありません。
「雰囲気=外見」と思われがちですが、それは雰囲気を構成する要素の1つにすぎません。
表情、姿勢、価値観、話し方、ファッションなど、複数の要素が組み合わさって総合的に決まります。
自分の雰囲気を感じ取ることも、メタ認知の1つです。
客観的な視点から、自分の雰囲気をチェックしてみてください。
暗い雰囲気が出ているのか、明るい雰囲気が出ているのか。
怖そうな雰囲気が出ているのか、優しそうな雰囲気が出ているのか。
子どもっぽい雰囲気が出ているのか、大人っぽい雰囲気が出ているのか。
イメージどおりの雰囲気が出ているならいいのですが、そうでなければ改善の余地があります。
モテる人になりたいなら、魅力的な雰囲気を出すことが必要です。
上品な人になりたいなら、洗練された雰囲気を出すことが必要です。
大人らしさを強調したいなら、威厳や風格のある雰囲気を出すことが必要です。
修正点を見つけて、理想のイメージに向けて整えていきましょう。
雰囲気は、ある瞬間だけ出るものではなく、常にあなたから発しているいるものです。
たとえば、今この瞬間も、あなたから何らかの雰囲気が出ています。
自分の雰囲気に注意を向けて、理想の雰囲気に整え、なりたい自分になりましょう。
どんな仕事でも、誰かが見ていると考えることです。
大きな仕事から小さな仕事まで、誰かが見ていると考えてください。
掃除でも雑用でも何でもです。
「誰も見てない」と考えると、怠ける気持ちが生まれて油断します。
サボったり手を抜いたりして仕事の姿勢が悪くなります。
あなたの仕事は「誰かが見ている」と考えてください。
上司や先輩が見ています。
同期や同僚が見ています。
部下や後輩が見ています。
顧客やお客さんが見ています。
取引先や一緒に働く仲間たちが見ています。
その場に人がいなくても、監視カメラを通して誰かが見ているケースもあるでしょう。
自分の仕事が見られていると思えば、サボりや手抜きの考えは生まれません。
背筋がぴんと伸びて、身も心も引き締まります。
真面目にきちんと取り組もうと考えるはずです。
小さな仕事でも「最善を尽くそう! 丁寧に仕上げよう!」と思うはずです。
本当に誰も見ない仕事もあるかもしれません。
そんなときは、天の神様が見ていると考えることです。
はるか高い空からあなたを見ていて、仕事に対する姿勢をチェックしていると考えます。
いつも天の神様が見ていると思えば、背筋がぴんと伸び、きちんと仕事をしようと思うはずです。
人生には「勝負所」と呼ばれる場面があります。
重要な試合・試験・面接・話し合いなど、物事の勝敗につながる重要な局面があるでしょう。
今後の行く末に影響を与える場面があるはずです。
「ここが勝負所だ!」と思えば、心に火がつきます。
びしっと気合が入って、高い集中力を発揮できる。
疲れてへとへとの状態でも、底力が湧いて、もう一踏ん張りできる。
不思議と根気が出て、粘り強くなれます。
勝負所だと思えば、眠っていた力が目覚めます。
潜在能力が刺激され、実力以上の力を発揮することも少なくありません。
勝負所と思うだけで、不思議な力に恵まれ、自分の可能性を引き出せます。
では、勝負所の判断は誰かするのでしょうか。
自分なのです。
勝負所の判断は、他人が決めるものではなく、自分が決めるものです。
自分が「ここが勝負所だ!」と思えば、そうなります。
日頃から勝負所をたくさんつくってください。
勝負所は、やってくるものではなく、つくっていくものです。
勝負所とは、勝ちに導く大事な局面をいいます。
解釈を広げれば、普段の日常にも「勝負所」と言える場面がたくさんあるのではないでしょうか。
重要な場面はもちろんですが、平凡な場面も、考えようによっては「勝ちに導く大事な局面」と呼べるはずです。
普通の仕事もルーティンワークも、その延長には結果があります。
試験の結果は日頃の勉強で決まるように、重要な場面の結果も日頃の仕事で決まります。
たとえば、普通に仕事をしているとき「勝負所だ!」と思ってみてください。
ぐっと気合が入ってやる気がみなぎり、もう一踏ん張りができるでしょう。
目的に向かって頑張っているのですから、解釈によっては勝負所と言えるはずです。
勝負所は、いくつあってもかまいません。
本番だけでなく、普段からたくさんつくってください。
毎週でも毎日でもOK。
たとえば今あなたが取り組んでいる仕事も、解釈を広げれば「勝負所」と呼べるのではないでしょうか。
できるだけたくさん勝負所をつくって、自分の可能性を引き出してください。
解釈を広げれば、日常すべてを勝負所に変えることも不可能ではありません。
雑用やルーティンワークをしているときも「勝負所だ」と思えば、そうなります。
やる気が出たり集中力が生まれたりなど、高いパフォーマンスを発揮できるでしょう。
底力を発揮できれば、難しい目標達成も可能となるでしょう。
素晴らしい奇跡が起こる可能性もゼロではありません。
たくさん勝負所をつくる人は、より多くの可能性に恵まれるのです。
新鮮な光景は、意外と身近なところにあります。
それは雨の日です。
「雨なら見たことがある」「よくある普通の光景ではないか」と思うかもしれません。
雨が降っているところを見たことがあるかと聞けば、100人中100人が「ある」と答えるでしょう。
たしかに雨は特別な光景ではありませんが、実は「見落としている視点」があります。
雨が降っているとき、真上を向いてみてください。
斜め上ではなく、首を大きく傾け、完全に目線を真上に向けます。
雨粒が落ちてくる様子がはっきり見え、普段と違った光景を楽しめるでしょう。
真上から雨粒が真っすぐ落ちてくる様子は、なかなかユニークで面白い。
無数の小さな水の粒がびゅんびゅんこちらに向かってくる。
水鉄砲の水が飛んできているように見えるかもしれませんね。
ちょっとはらはらどきどきして刺激的ですが、もちろん危険なものではないので安心してください。
雨を見ることはよくありますが、真上を向いて雨粒が落ちてくる様子をじっくり眺めることは意外と少ないのではないでしょうか。
そもそも雨の日は傘を差しているので、真上が視界に入ることはほとんどありません。
真上を向いていると、冷たい雨粒が顔面を直撃するでしょう。
大きめの雨粒であれば、顔のツボを押しているようにも感じられて気持ちいい。
ときどき雨粒が目の中に入ることもありますが、ご愛嬌です。
普通の雨がちょっと目に入るくらいは健康に影響ありません。
清涼感のある、天然の目薬を差したと思えばいいことです。
さらに目線を遠くへ移し、雨雲にも目を向けてください。
「この灰色の雲が雨をつくっているのか」と思うと、自然の偉大な営みが感じられ、感慨深いものがあります。
よく見ると、灰色の濃い部分と薄い部分が混じり合っていて、目を楽しませてくれるでしょう。
晴れた日の雲も味わい深いですが、雨の日の雨雲も味わい深いものがあります。
たまには真上を向いて雨が降る様子を見るのも、なかなか新鮮です。
ちなみに小雨のときと大雨のときでは見え方が違うので、興味があればそれぞれ試してみてください。
落ちてくる雨粒を鑑賞してみることも、童心に返るポイントの1つです。
大自然があなたにプレゼントする、天然の水鉄砲です。
掃除でいちばん大変なのは何でしょうか。
掃除をすることではありません。
始めるまでが大変なのです。
押し入れを開けるのが面倒です。
掃除機を取り出すのが面倒です。
コードを引っ張って、コンセントにプラグを差し込むのが面倒です。
どれもちょっとしたことなのですが、小さなことも積み重なると大きくなります。
「面倒だなあ」と思うことで悪い暗示がかかり、ますます面倒な気持ちが強くなるばかりです。
始めるまでに「よっこいしょ」というプロセスがあり、心理的抵抗があるのです。
しかし大変なのはここまでです。
いったん掃除を始めてしまえば、後はすいすい進みます。
掃除をしているうちに掃除のスイッチに火がつきます。
やればやるほどきれいになるので、だんだんテンションが上がって楽しくなります。
「ここも掃除しよう」「ついでにあそこも掃除しよう」となってモチベーションが続きます。
疲れるどころか、元気になる。
掃除をしている間は目の前のことに集中するので、嫌なことも忘れられます。
もはや途中で掃除を止めるほうが難しくなります。
気づけば、すっかり部屋がきれいになっているのです。
掃除を始めたら、半分は終わったも同然です。
掃除でいちばん大切なのは、取りかかることです。
大切なことは、この法則を頭に入れておくことです。
「そういうもの」と思うだけでいいのです。
あらかじめわかっていれば、取りかかるのがおっくうでも違います。
面倒な気持ちがあっても「いつものことだね」とわかっていれば、ストレスに対する感じ方がポジティブになります。
「始めるまで大変なんだよね。始めてしまえば後は楽だよね。いつものパターンだね!」
そう思えば、重い腰もさっと上がります。
あらかじめわかっているだけでも、心理的抵抗は小さくなるのです。
最近夕日を見ていますか。
最後に夕日を見たのはいつですか。
子どものころはよく見ていた夕日も、大人になるにつれて見ることが減ってきます。
「夕日なんて別に珍しくない。特別なことではない」と思うかもしれません。
室内にいることが多いと、夕日を見ることが少なくなります。
忙しい毎日を送っていると、ますます夕日を見る時間がなくなります。
仕事や勉強に集中していると、気づけば夜になっていて、たそがれに気づかないことも多い。
都会に住んでいると、なおさらです。
高層ビルが地平線を覆い隠し、夕日を見る機会がいっそう減るでしょう。
「ここ最近ずっと夕日を見ていない」という人も多いのではないでしょうか。
しかし、夕日は不思議な神秘があります。
夕日も素晴らしい情景の1つです。
美しい大自然を見て感動するように、夕日もまた素晴らしい情景であり、感動の対象です。
夕日は、太陽とお別れをする直前の顔です。
独特の風情があります。
心地よい余韻も楽しめます。
夕日は、大自然が織りなした芸術作品の1つです。
夕日には、神秘的な力があります。
心を癒やしたり、気持ちを落ち着かせたり、ストレスが軽くなったりします。
どんなにいらいらしていても、夕日を見れば必ず気持ちが落ち着くから不思議です。
日中に疲れていても、夕日を見ていれば、癒やされます。
夕日を見ることで、元気や勇気をもらえることもあります。
夕日を見ないのは大きな損失です。
これらの神秘をすべて逃すことになります。
なんてもったいないことなのでしょう。
素晴らしいチャンスを、みすみす逃さないでください。
夕日を見ることは、チャンスをつかむことと同じです。
昼間の太陽を肉眼で見るのは危険ですが、夕日は違います。
夕日の場合、光と紫外線の刺激が弱いため、肉眼で直接見ることができます。
太陽の姿を目で捉えることができるチャンスです。
天気がよくて晴れ渡っていれば、美しい夕日を楽しめるでしょう。
都会では夕日を見ることができないように思われていますが、誤解です。
都会でも、ビルの屋上や高層階に行けば、夕日を見ることができます。
ぼんやり眺めるだけでいいのです。
美しい夕日を見れば、心が癒やされ、気持ちよく夜を迎えられます。
あなたは毎日、夕日を見るチャンスがあることに気づいてください。
できるだけ毎日夕日を見て、しっかり楽しみましょう。
夕日を見れば、気持ちのいい夜を迎えられます。
夜もぐっすり眠れます。
夕日は、太陽からあなたへのプレゼントです。
電車の楽しみの1つといえば、車窓から見える景色です。
車窓からは、人や街並みなどいろいろな景色を楽しめるでしょう。
電車の独特の音と揺れを感じながら眺める景色は、独特の風情がありますね。
じっとしているにもかかわらず、川の流れのように景色が横に流れていくのが面白い。
ぼうっと眺めているだけで、次から次へといろいろな景色が目に飛び込んできて飽きません。
時には「おや?!」という発見もあって楽しめることもありますね。
さて、車窓から景色を楽しむなら、たまには別の視点から景色を楽しんでみませんか。
それは「前方景色」と「後方景色」です。
電車に乗る際「先頭車両」「末尾車両」を選んでください。
先頭車両に乗ったら、進行方向を見てみましょう。
ガラス張りになっていれば、前方景色を楽しめます。
先頭車両から見る前方景色は、運転席から見る景色と同じです。
遠くまでよく見え、こちらにぐいぐい迫ってくる様子があり、迫力があって面白いでしょう。
迫り来る前方景色を楽しめるのは、先頭車両だけの特権です。
末尾車両から眺める後方景色も要チェックです。
末尾車両に乗ったら、後退方向を見てみてください。
先頭車両と同様、ガラス張りになっていれば、後方景色が楽しめます。
どんどん遠く離れていく景色を見ることができて、面白い眺めを楽しめるでしょう。
遠ざかる後方景色を楽しめるのも、末尾車両だけの特権です。
中間車両から眺める景色も悪くありませんが、先頭車両・末尾車両から眺める景色も味わい深い。
乗り慣れた電車にも、ポジションを変えると、別の景色が楽しめます。
先頭車両も末尾車両も、それぞれ1カ所しかなく限られたポジションです。
リフレッシュや気分転換にもなるでしょう。
たまには先頭車両や末尾車両に乗ってみませんか。
視点を変えると、面白い景色が見えてくるのです。
あなたの体は、37兆個の細胞からできています。
あまりに膨大な数で想像しにくいかもしれません。
人体の細胞を1秒1個のペースで数えるとすると、なんと120万年も時間がかかります。
そんな膨大な数の細胞ですが、元をたどれば、たった1個の受精卵でした。
あなたのお父さんとお母さんの精子と卵子が出会った受精卵が、何度も細胞分裂を繰り返します。
1個から2個、2個から4個、4個から8個と倍々に増えていき、細胞分裂を46回繰り返したとき、およそ37兆個に到達します。
このとき、単純に細胞分裂を46回繰り返すわけではありません。
筋細胞や神経細胞など、さまざまな役割を持った細胞に変わりながら増えます。
これを「分化」と言います。
その数は、およそ270種です。
もちろん細胞はできて終わりではありません。
細胞にも寿命があります。
たとえば、皮膚細胞はおよそ1カ月、血液細胞はおよそ3カ月、骨細胞はおよそ10年です。
死んだ細胞はなくなって終わりではなく、新たに生まれた細胞によって補われます。
これを「代謝」と言います。
1個の受精卵が細胞分裂によって37兆個まで増え、分化によって270種の細胞に分かれ、失われた細胞は代謝によって補われる。
「細胞分裂」「分化」「代謝」という3つのメカニズムが働いて、私たちの体と健康が維持されています。
これを「神秘」「奇跡」と言わずして何と言うのでしょう。
遺伝子のなせる技ですが、あまりにも精密なシステムです。
この事実を認識すると、いかに私たちはすごい生き物であるか驚かされるでしょう。
あなたは、神秘と奇跡に満ちた存在です。
このことを自覚すれば、命にも人体にも感謝せずにはいられなくなります。
自分の素晴らしい神秘と奇跡に気づいてください。
人は誰でも、神秘と奇跡の存在なのです。
つまらないことを一瞬で面白く変える方法があります。
「面白そうだ」と思ってみるのです。
わざとポジティブに思い込んでみましょう。
表面的に思うのではなく、深く本気で思い込むことが重要なポイントです。
「そんなことはできない」と思う人もいるかもしれませんが、騙されたと思って一度試してみてください。
頭の柔軟体操をするつもりになれば、トライできるのではないでしょうか。
最初はちょっと違和感があるかもしれませんが、すぐ慣れます。
たったこれだけのことで素晴らしい現実を体験できるでしょう。
面白そうだと思えば、だんだん本当にそう感じてきます。
さっきまで平凡で退屈に感じていたにもかかわらず、不思議と面白く感じるようになります。
頭の中で「面白がるスイッチ」がオンになるからです。
大切なことは「どう感じるか」ではなく「どう受け止めるか」です。
どこが面白いのかは後の話です。
面白そうだと思いながら取り組めば、あとから面白いところが見つかります。」
どんなことにも必ず面白いところがあり、それを見つけられるかどうかです。
「ここがいいね」「ここも楽しいね」「こんな楽しみ方もあるね」と、次から次へと面白いところが見つかるでしょう。
「面白そうだ」と思うことで、気づきのセンサーが活性化され、本当に面白いところを見つけていけます。
この方法は万能であり、ビジネスでもプライベートでも通用します。
興味のない本があれば「面白そうだ」と思いながら読んでみてください。
気の合わない人がいれば「面白い人だ」と思いながら接してみてください。
つまらなさそうな展覧会があれば「面白そうだ」と思いながら鑑賞してみてください。
だんだん本当に面白く感じられ、有意義な時間を過ごせるに違いありません。
私たちの脳には素晴らしい力があります。
つまらないことをどんどん面白くしていき、どんどん面白い人生に変えていきましょう。
これは頭と心の体操にもなるので、ぼけ防止にも役立ちます。
面白そうだと思いながらいろいろな物事を見ていけば、人生は面白いことだらけになります。
この世がワンダーランドに見えてくるのです。
日常会話では、天気の話題が出ることがあります。
このとき、ふと自分が口にしている言葉を、振り返ってみましょう。
「暑いですね」「寒いですね」という会話ばかりしていませんか。
「暑いですね」「寒いですね」も、天気の会話の1つですが、どことなく物足りません。
その瞬間の様子しか、感じ取れていないからです。
大切なのは、変化を感じ取ることです。
「暑いですね」「寒いですね」ではなく「暑くなりましたね」「寒くなりましたね」です。
もっと贅沢に言えば「草花が青々と茂り、美しくなりましたね」であり「肌寒くなり、草木の様子も静かになりましたね」です。
いかに、季節の変化を感じているかです。
今日の天気の話題より、季節が変化する話題です。
じわりじわりと移り変わる変化を、体全身で感じて、存分に楽しみましょう。
春になるほど温かくなり、雪が解けて、草花の芽が出る様子を楽しみます。
夏になるほど稲穂や草木が伸びて、青々と茂る様子を楽しみます。
秋になるほど草木の葉が散り、哀愁が漂い始める様子を楽しみます。
冬になるほど気温が下がり、雪が積もる様子を楽しみます。
季節の変化とは、演出です。
暑くなったり寒くなったりするのは、人生という舞台の最高の演出です。
たっぷり演出を楽しむことは、人生を存分に感じて生きていることです。
季節は今、どう変化していますか。
今日の天気だけではなく、移り変わる季節の変化を感じましょう。
季節の変化を感じることは、人生における贅沢の1つなのです。
人生を豊かにするためには「この景色に出会えて良かった」という瞬間をつくることが大切です。
私たちは素晴らしい景色を目にしたとき、大きく心を動かされ、感銘を受けます。
あまりの美しさや雄大さに心が洗われます。
「なんて素晴らしいのだろう」と思うだけでなく「この景色に出会えて良かった」と思います。
時が止まったかのように感じ、涙がこぼれることも少なくありません。
あなたのこれまでの人生でも「この景色に出会えて良かった」という瞬間があったでしょう。
一瞬の光景でも、深く心に刻まれ、一生忘れられない思い出となっているはずです。
朝日が昇る瞬間や夕日が沈む瞬間など、絶妙のタイミングでしか見られないことがあります。
さて、ここで大切なことがあります。
「この景色に出会えて良かった」という瞬間をつくるには、外に出なければいけません。
じっとしていたり部屋にこもっていたりしていては「この景色に出会えて良かった」という瞬間はつくれません。
近場や自宅周辺で「この景色に出会えて良かった」という瞬間もありますが、数やパターンが限られます。
必要なのは「旅」です。
さあ、冒険の旅に出ましょう。
世の中は広大無辺で、さまざまな絶景が存在しています。
数え切れないほど絶景があなたを待っています。
「この景色に出会えて良かった」という瞬間をつくるために、どんどん時間やお金を使ってください。
県外に出たり海外に行ったりすることです。
今まで行ったことのないところには、今まで見たことがない景色が広がっています。
写真で見るのと実際に直接見るのとでは、迫力も感動もまったく違います。
写真で見るより、自分の目で直接見るのがいちばん。
あなたの目をカメラにして、感動の景色を目に焼き付け、心に刻んでください。
素晴らしい感動と出会えます。
素晴らしい思い出もつくれ、一生忘れることはありません。
景色があなたのところにやってくることはありません。
あなたが現地に行かなければいけません。
外に出るからこそ「この景色に出会えて良かった」という瞬間をつくれます。
手間暇をかけて足を運ぶからこそ、出会えたときの感動もひとしおです。
「この景色に出会えて良かった」という瞬間を1つでもたくさんつくっていきましょう。
たくさんあるほど人生が豊かになります。