私が中学生3年のときの担任は、岡田先生という男の先生でした。
普段はとても優しいのですが、怒ったときにはとても怖くなる先生です。
その岡田先生が考え出した学級全体のルールの1つに「当番」というものがありました。
男女がペアになり、日替わりで今日の当番をします。
黒板を消したり、掃除をしたり、朝の挨拶、終わりの挨拶を一括でまとめる役です。
日替わりの学級委員に近い形式です。
そんな当番で最もみんなが嫌がることが、1つありました。
スピーチです。
学校の6時間目が終わり、終わりの挨拶をする際、みんなの前でスピーチをしなければならないというルールがありました。
内容は何でもいいのですが、最低1分間は、必ず話し続けなければならないというルールがありました。
私はこれがはじめ、嫌でたまらなかったのです。
私だけでなく、みんな、それを嫌がっていました。
シーンと静まり返った教室の中、みんなの前でのスピーチは、まさに緊張一色です。
初めは、手足が震えていた経験を覚えています。
スピーチ時間は最低1分とはいえ、慣れていないうちは、この1分すら長く感じるものです。
当番の関係から、約2週間に1回、みんなの前でスピーチという機会が与えられます。
当番で、順番どおりに回ってきます。
これを3カ月ほど繰り返していくころから変化が見られ始めました。
緊張が、だんだんなくなったのです。
初めは手足が震えたスピーチも、3カ月を過ぎれば慣れてきて、半年を過ぎれば緊張が感じられなくなるのです。
何度もスピーチを経験することで、慣れができてくるからです。
1年経つころには、どうすれば緊張できるのか、考えてしまうほどでした。
岡田先生は「大切なことは慣れることなんだ」と私たちに教えてくれていたのです。
「自分には無理だ」と思っていた、手に汗握るスピーチがそうであるように、数をこなせば、緊張もストレスさえも減っていきます。
質の問題ではなく、量の問題です。
たくさんの数をこなして、量を経験すれば、緊張がなくなり、ストレスもなくなります。
岡田先生は、中学3年の私たちに、大切な世渡り術を体感させてくれていたのでしょう。
それは教えてわかることではなく、考えてわかることでもありません。
実際に自分たちがそういう経験をして、体感することで理解してほしかったのだと思います。
わざわざ私たちに、スピーチの機会を定期的に与えてくれていたのでしょう。
私は今でも、みんなの前で話をするのが得意ですが、その発端は、中学3年のころに経験した、大量のスピーチに由来しています。
当時の経験をきっかけに、慣れてしまいました。
スピーチに緊張する人を見ると、必ずその人は、経験が少ないことが共通しています。
「いかにうまく話そうか」とばかり、考えています。
スピーチでは質より、量がポイントなのです。
「いかにうまく話そうか」と考えるより、下手でもいいからたくさんの経験をこなします。
すると、慣れのおかげで、余裕が出てきて、結果としてうまさにつながります。
ストレスは、量の問題や回数の問題をはじめとする、慣れの問題なのです。