学校では教えてくれない
30のこと

  • 頭がよければ、
    幸せになれるわけではない。
学校では教えてくれない30のこと

頭がよければ、幸せになれるわけではない。

「頑張って勉強しなさい」
学生時代、先生から、何度も言われてきた言葉です。
学校では、テストの点がよい人は評価されます。

頭がよければ、幸せになれるわけではない。

学校では「勉強の楽しさ」を教えてくれない。

「我慢はいいことだ」
こうしたことを学校では何度も言われてきました。
戦争を経験した世代は、食べるものがなかった時代を経験しているだけに「我慢=美徳」という考えに強くこだわっています。

学校では「勉強の楽しさ」を教えてくれない。

学校では、お金の勉強をさせてくれない。

学校では、お金の話を避けたがります。
お金の話をすると「子供がお金の話をしちゃいけません」と、叱られます。
どうもお金にはいやらしく、泥臭いイメージを持っている先生たちが多いようです。

学校では、お金の勉強をさせてくれない。

「好き」を基準に選択すると、人生がうまくいく。

「好きなことをやりなさい」
これは私が幼いころからずっと言われ続けてきている親からの言葉です。
学校では「勉強、勉強」としか言いませんが、一方で私の親は「好きなことをしなさい」と言っていました。

「好き」を基準に選択すると、人生がうまくいく。

友人は、量より質が大切。

学校では「友人はたくさん作りなさい」と教えてくれます。
幼かったころの私は「友人が多いほどよい」と思っていたものです。
19歳くらいまでは、とにかく友人をたくさん作ろうと必死になっていたものです。

友人は、量より質が大切。

初めは全力でぶつかる。
コントロールは気にしない。

私は高校時代、体操部でした。
入部したてのころは、もちろん何も大きな技はできません。
最初は簡単な柔軟体操から始まり、少しずつ難しい技に挑戦していくという教え方でした。

初めは全力でぶつかる。コントロールは気にしない。

失敗はしてもいい。
失敗にくじけない人が強くなる。

私が中学生のころ、高市君という失敗にくじけない友人がいました。
体育の時間にあった、サッカーの試合でのことです。
大事な球を高市君が受け、仲間へのパスを、うっかり敵へ回してしまいました。

失敗はしてもいい。失敗にくじけない人が強くなる。

会う人みんなが、先生になる。

学校では、先生だけが先生です。
教える人といえば、先生。
学ぶ人といえば、生徒。

会う人みんなが、先生になる。

カラオケでは、音痴の人が主役になる。

学校では、成績優秀の人が主役になります。
学級委員長といえば、決まって成績のいい人が選ばれます。
しかし、カラオケでは、音痴の人が主役になります。

カラオケでは、音痴の人が主役になる。

難しい顔をしている人が、素晴らしいわけではない。

学校では、難しい顔をしていると一生懸命に勉強していると見てくれます。
険しい表情をして、額に汗を流して勉強していると「偉いね」と言われます。
しかし、これは、本当によい勉強法ではありません。

難しい顔をしている人が、素晴らしいわけではない。

お金を持っていれば偉いわけではない。
お金を何に使うかが大切。

「お金持ち」という言葉があります。
その名のとおり、たくさんのお金を持っている人という意味です。
お金をたくさん持っている人が偉いと考える人は、まだ子供です。

お金を持っていれば偉いわけではない。お金を何に使うかが大切。

レベルが高くなればなるほど、簡単なことの難しさがわかるようになる。

私はHAPPY LIFESTYLEで文章を書いているうちに、簡単なことほどレベルが高く難しいことに気づくようになりました。
簡単なことほど難しいとは、ちょっとおかしな表現です。
しかし、難しくすることのほうが実は簡単なのです。

レベルが高くなればなるほど、簡単なことの難しさがわかるようになる。

恋愛という科目は、学校にはない。

学校では「国語」「算数」「理科」「社会」という科目はあっても「恋愛」という科目はありません。
恋愛は、人間なら誰しも経験する大切なことであるにもかかわらず、学校では積極的にそのノウハウを教えようとしません。
男性が女性に話しかける上手な方法や、女性がよい男性を見分けるコツなどは、誰もが必要としている知識です。

恋愛という科目は、学校にはない。

カンニングができるようにならないと、社会ではうまくやっていけない。

学校では、カンニングは教えてもらえません。
テストでカンニングをしようものなら、先生に叱られるだけでなく、0点にされます。
カンニングのノウハウ、技術、テクニックなど、学校ではまったく教えてくれないのです。

カンニングができるようにならないと、社会ではうまくやっていけない。

本当の力とは、無駄の塊からできている。

学校では、無駄なことを嫌います。
勉強もできるだけ効率よく進めようとします。
無駄な知識も、黒板に書くことはありません。

本当の力とは、無駄の塊からできている。

強いからヤンキーになるのではない。
弱いからヤンキーになるのだ。

私が高校1年生のころの話です。
当時、私は学級委員長を務めていました。
クラスには、何人か「ヤンキー」と呼ばれる人がいて、手を焼いたものです。

強いからヤンキーになるのではない。弱いからヤンキーになるのだ。

大切なことは、勉強そのものではなく、勉強の仕方。

学校は、勉強を教えてくれます。
知識をたくさん叩き込まれるところです。
しかし「勉強」は教えてくれますが「勉強法」は教えてくれません。

大切なことは、勉強そのものではなく、勉強の仕方。

自分は悪くないのに、謝らなければならないこと。

自分は悪くないのに、謝らなければならないことも、学校では教えてくれないことの1つです。
学校では、必ず悪いことをした人が謝ることになります。
当然といえば、当然です。

自分は悪くないのに、謝らなければならないこと。

親の援助は、ありがたく頂かなければいけない。

学校では「親に頼ってはいけない」と教えられます。
優しい親思いの子供に育てるために、建前上は、そう教えます。
しかし、小学生から大学生くらいまでは、親の援助に頼らないといけないのです。

親の援助は、ありがたく頂かなければいけない。

勉強は、やらされるものではなく、自分からしていくもの。

勉強とは本来、やらされることではなく、自分からしていくものです。
学校では「勉強をしなさい」と耳にタコができるほど言われます。
「しなさい」と何度も言われることが影響して「勉強とは、やらされるもの」と思ってしまうのです。

勉強は、やらされるものではなく、自分からしていくもの。

止まり方より、走り方。

学生時代は「止まり方より、走り方」を意識することです。
学校では、走り方より、まず止まり方を勉強させます。
いえ、止まり方ばかりを勉強させるといっても過言ではありません。

止まり方より、走り方。

成長には、後退がない。

学校の勉強では「0 + 3 - 3 = 0」となります。
3を足して、3を引けば、0(ゼロ)になります。
「3歩進んだ、3歩下がった、結局元の位置に戻った」ということです。

成長には、後退がない。

私たちの体は、神様からの「借りもの」。

学校では、私たちの体が神様からの借りものであることを教えてくれません。
自分の体は、自分のものだと思い込んでいます。
しかし、実際、自分で自分を作った人など、この世には1人も存在しないのです。

私たちの体は、神様からの「借りもの」。

大人の喧嘩の仕方。

学校では「喧嘩はしてはいけない」と教えられます。
「喧嘩をしなさい」と教わることはありませんから、喧嘩を知らないし、弱い子供が育ちます。
社会に出ると、喧嘩をしなければならないことばかりです。

大人の喧嘩の仕方。

出る杭を、打ってはいけない。

出る杭を育てる先生は、なかなかいません。
一人一人が個性的でも、個人の成長を尊重して先生はそっと見守ってくれていると、生徒も個性を伸ばせます。
しかし、みんなと同じような行動を取ることを強要させるのです。

出る杭を、打ってはいけない。

社会では、矛盾が当たり前。

矛盾という言葉があります。
矛盾とは、つじつまのあわないことを言います。
学校では、矛盾した考えを嫌います。

社会では、矛盾が当たり前。

三日坊主をしないと、才能を見つけられない。

三日坊主は、できるだけやめるように学校では教わります。
すぐ諦めては根性が身につかず、情けないことだと思われます。
しかし、本来、三日坊主は必要です。

三日坊主をしないと、才能を見つけられない。

金銭感覚の勉強。

金銭感覚は、人間が生きていくために必要になる感覚です。
金銭感覚がないと、お金を意味もなくたくさん使ってしまうことになり、すぐ貧乏になります。
食べるものに困り、着るものに困り、生活に困ります。

金銭感覚の勉強。

土壇場。

土壇場を経験している数によって、いざというときに強くなります。
急に起こる出来事に強くなり、冷静さを失わず、対処できるようになります。
もちろん計画的な出来事では、焦りは経験できません。

土壇場。

夢は、自動的に叶うものではない。

学校では、夢について教えてくれますが、追いかけるための具体的な方法までは教えてくれません。
「将来は有名人になり、モテモテになる」
「歌手になり、ミリオンヒットを出す」

夢は、自動的に叶うものではない。

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