お金を使う本来の目的は「生きるため」です。
生きるために、着るもの、食べるもの、住むところが必要です。
そうした最低限の「衣食住」に、まずお金が使われます。
健康のためにお金を使うことは、大切な習慣です。
よくよく考えると、健康のためにお金を使うことは、上手な使い方の1つです。
「もしものときのためにお金を貯金しておけ」という言葉をよく耳にします。
心を最も豊かにするためのお金の使い方には、どんなことがあるのでしょうか。
いろいろなことが考えられます。
代表的なことを以下に挙げました。
余裕がなければ、いくらお金があっても使う暇がありません。
「忙しい、忙しい」と言って、感謝することを忘れてしまっている人が大勢います。
仕事で忙しい、家事に忙しい、育児に忙しい、人間関係で忙しい。
所有とは、持てば持つほど、可能性が広がります。
生活も、恋愛も、仕事も、人生もです。
しかし、です。
本当に心が豊かになるお金の使い方とは、物を手に入れるために使うのではありません。
物を手放すために、お金を使うことです。
所持するのではなく、手放してその分自由を手に入れることに使うことです。
人の幸せは、お金だけで計ることはできません。
もちろんお金は幸せになるために大切な要素の1つであり、否定はしません。
ただ「お金がすべてではない」ということです。
悲しいかな、人は「隠すため」にお金を使っていることが少なくありません。
何を隠すのかというと「弱み」「コンプレックス」です。
次のような目的に心当たりがありませんか。
人間は、本当にいいものに出会うと、それ1つに集中するようになります。
いちばんは、常に1つだけだからです。
服にしろ、恋人にしろ、アクセサリーにしろ、お気に入りの音楽にしろ、1番は1つだけです。
私の母は、お金を上手に使う達人です。
効率よくお金を使うだけでなく、心まで豊かにできるお金の使い方を知っています。
母は、ときどきご近所との付き合いで、もらいものをします。
なぜいつもダイエットが失敗するのか。
それは、我慢が大きいからです。
食事を制限したり、つらい運動をしたりなど、我慢を重ねなければなりません。
豊かな発想、品のある態度、素晴らしい才能、秀でた知識と知恵。
こうしたことは、自分を磨くからこそできることです。
誰でも初めからできるわけではありません。
自分が楽しもうというお金の使い方が、心を豊かにするお金の使い方です。
シンプルで単純な法則です。
自分が楽しむために使ったお金は、必ず「蓄積」へと変わります。
上手なお金の使い方とは、新規開拓よりメンテナンスにお金を使うことです。
お金を使って心が貧しくなる人は、新規開拓ばかりにお金をつぎ込んでしまいます。
新しいことが良いことであり、古いことは悪いことだと思っているのです。
あなたに足りないことは、そもそもお金ではありません。
やりたいことです。
本当にやりたいことが見つかれば、その瞬間からどうお金を使えば豊かになるかが、自然とわかるようになります。
若い時期は限られています。
若い時期に、自分のやりたいことを見つけるためには、できるだけ多くを経験する必要があります。
何でも「経験」と考えましょう。
「食べること」とは、人間の3大欲の1つです。
食べることは、生きていくためには欠かすことができず、食べることで1日の活力が得られます。
朝食・昼食・夕食の3回は、私たちには幸せのひとときですよね。
好きな人とのコミュニケーションには、電話とデートの2つがあります。
電話では遠い場所からも話ができます。
しかし、それなりにお金がかかります。
心が豊かになるお金の使い方は、楽しいかどうかで決めることがいちばん重要です。
「楽しい」という気持ちは、まさに心が豊かになっている状態だからです。
楽しい気持ちには、損得勘定は存在しません。
「楽しいこと」のためにお金を使うと、人生が好循環に回るようになります。
楽しいことなら、痛みやつらさといった苦痛さえも快感であり、成長へと変えていくことができるようになるからです。
楽しいことには、利益損得という計算はまったくありません。
こだわりにお金をかけることは、無駄ではありません。
それは他人から見れば、無駄にしか見えないことでしょう。
ですが、本人がこだわりと感じていれば、心の豊かさにつながります。
お金を心の豊かさに変えていくためには、意識することが必要です。
自分で心の豊かさにつながるよう意識をして、使っていくことが必要です。
お金はあなたの言うことを何でも聞いてくれる家来だからです。
豊かさという考え方を、少し変えてみましょう。
「物を持つ」という豊かさから「何ももたない」という豊かさです。
物を持つほうが贅沢であるように思われがちですが、一概にそうとも言えません。
寝ることは、食べることと同じ人間の3大欲の1つです。
食べないで生きている人はこの世に1人もいないように、寝ないで生きている人もこの世には1人もいません。
人間にとって寝ることは、生きるためには必須です。
私の実家では、自分の畑でできた作物をご近所にプレゼントをする習慣があります。
いわゆるおすそ分けです。
私の実家は兼業農家であるため、いろいろな作物を育てています。
文化を手に入れることも、心の豊かさの1つです。
物を通して得られることは、物質的豊かさだけでなく、文化力という心の豊かさも手に入れられます。
文化力とはいえ、あまり耳にしたことがないのではないでしょうか。
物にはライフスタイルを変える力があります。
少し高価でも、生活が向上するなら買ったほうがいい。
お金を払って物を手に入れるとは、新しいライフスタイルを手に入れることです。
豊かさとは、持っている金額の大きさのことではありません。
どれだけたくさんのお金を貯金しているのかが豊かさと思われがちですが、そうではありません。
どれだけお金を使ったかが、その人の豊かさ、つまりリッチにつながっていくのです。
テレビに依存している人は、寂しがり屋だといわれています。
テレビでは芸能人やお笑いタレントたちが、あなたを楽しませてくれ、身近にいる存在であるような感覚を生み出します。
スイッチ1つで、今すぐ誰かと会えます。
心が豊かになるお金の使い方。
一言でいえば「人間関係を豊かにするためにお金を使う」ということです。
そのほか、自分を向上させたり、自分磨きに使ったりすることもいいでしょう。
お金を使う本来の目的は「生きるため」です。
生きるために、着るもの、食べるもの、住むところが必要です。
そうした最低限の「衣食住」に、まずお金が使われます。
生きていくためには、お金はなくてはならないものです。
ですが、衣食住のために必要なお金を使えば、後の残りはすべて貯金なのかというと、それも寂しいものです。
貯金が悪いといっているのではありません。
「もしものとき」という想像を頭の中だけで膨らませすぎ、行動することに対しておどおどしてしまうことがいけないのです。
生活の安定が確保されると、なおさらその安定を壊したくないという心理が働きます。
守りの姿勢に入ってしまい、動かなくなってしまうのです。
人生に安定はありません。
むしろ安定してしまっては、刺激がなくなり、色あせてしまいます。
変化のない毎日では、お金はあっても、むなしい日々です。
お金は使ってこそ、意味と価値が出てくるのです。
では、お金はどう使えばいいのでしょうか。
使い方とはいえ、いろいろありますよね。
一言でいえば「心を豊かにするために使えばいい」のです。
お金はたしかに生きるために最低限必要ですが、余ったお金は、貯金へと回すのではなく、心を豊かにするために使うことです。
お金があればいいという考え方ではなく、お金の使い方が重要なのです。
貯金が人を幸せにするのではなく、お金を使うことで人生が有意義になります。
このお金の使い方で、人生を華にもバラにもさせてしまうことができます。
お金は使い方によって、心まで豊かにできます。
せっかくの一度きりの人生です。
貯金のために我慢と忍耐で埋め尽くされた毎日で人生を終えるのか、それとも心を豊かにするためにお金を上手に使うのか。
あなたなら、どちらがいいですか。
私なら、迷わず心を豊かにするためのお金の使い方をします。
健康のためにお金を使うことは、大切な習慣です。
よくよく考えると、健康のためにお金を使うことは、上手な使い方の1つです。
「もしものときのためにお金を貯金しておけ」という言葉をよく耳にします。
ですが本当に「もしものとき」には、お金を使いたくても使えない状態なのです。
こうしたことは、どれも「もしものとき」と呼ばれる出来事です。
たとえば「死」です。
これぞ代表的な「もしものとき」ですが、死んでしまっては貯金が何の役に立つのでしょうか。
いいえ、まったく役立ちません。
死んでしまっては、あの世までお金を持っていくことができず、手放さなければなりません。
貯金の金額によっては、後に残された人たちの間で、財産の振り分けによるいざこざが起こってしまう火種になります。
風邪や病気のときは、どうでしょうか。
風邪をひくくらいなら、大金は不要です。
ささいな病気くらいなら、実はさほどお金はかからず、薬局で売っている医薬品で事足りるときが大半です。
一方で手術をするなら、少々お金を貯めたところで足りるものではありません。
保険に入っていれば、それで賄えます。
ですが、もし入っていなければ貯金をしたところで、足りるような金額ではありません。
大きなお金が必要です。
会社の倒産、失業、家が火事になることも同じです。
ただごとではないため、チマチマした貯金で賄える状態ではありません。
失業保険や火災保険に入っているほうが、貯金よりよほど懸命なお金の使い方です。
貯金より、保険のほうが重要になってくる話だからです。
では、家族や恋人の死はどうでしょう。
お金があれば、人間が生き返るとでも言うのでしょうか。
実際、人が亡くなれば、二度と生き返ることはありません。
たとえお金の力でも、人を生き返させることはできません。
家族の死であれ、恋人の死であれ、お金を役立たせたくても、立てることができないのです。
お金の力ではどうにもならない、絶対的なことです。
では、難しい病、植物状態になったときにはどうでしょう。
お金を使いたくても、体が動かないため外出もできず、クラブやカラオケや飲み会にも行くことができません。
買い物に行きたくても行けず、ドライブをしたくてもできず、旅行に行きたくても行けません。
使いたくても使えない状態なのです。
やはりこうしたときもお金を貯めていたところで、実はあまり意味がありません。
世間では「もしものときのために貯金をしろ」と言います。
しかし、ちょっと待ってください。
本当にもしものときのために、お金は必要なのでしょうか。
もしものときには多少の貯金程度で足りるような金額ではなかったり、お金を使いたくても使えなかったりといった状態なのです。
あるいは、人の死というような、お金があっても何の効果もなさないことすらあります。
これが現実です。
「もしものとき」という事実は、たしかに存在します。
しかし、もしものときにお金は活躍できないし、させられないのです。
本当のもしものときは、それどころではないからです。
まずはこの事実をしっかり心に留めておきましょう。
すると、お金をどう使えばいいのかという「本当のお金の使い方」が見えてきます。
日頃から病気やけがに気をつけた毎日を心がけるために、お金を使うことです。
入院してからでは巨額のお金が必要ですから、日々の健康に気を使い、予防という形でお金を使っていくほうがいいのです。
フィットネスクラブへ通い、健康のためにお金を上手に使ったり、栄養のあるおいしい食事のためにお金を使ったりします。
運動をしたり、栄養面にお金を使ったりすることは、けがや病気の予防策として大きな効果があります。
病気やけがをしてからお金を使うのではなく、そうならないようにお金を使うことが重要なのです。
会社を首になることにびくびくした毎日を送るくらいなら、日頃から自分磨きのためにお金を使うことです。
家族の死、恋人の死を恐れるくらいなら、今、手書きの手紙を書いてプレゼントを贈ることにお金を使うほうが大切です。
自分の死をいくら恐れても、いずれ死を迎えます。
あなたには今、貯金がどのくらいありますか。
貯金を自慢している人になっていませんか。
貯金を自慢するくらいなら、今の自分磨きのためにお金を使いましょう。
将来輝くために、今お金を使って自分をどんどんと磨くことです。
もしものときが来ないように、今お金を使って予防していれば、心配することはないのです。
心を最も豊かにするためのお金の使い方には、どんなことがあるのでしょうか。
いろいろなことが考えられます。
代表的なことを以下に挙げました。
どれも心を豊かにし、人生も豊かにする上手なお金の使い方です。
これらのどれでもかまいません。
どれをとってもあなたの心と人生を豊かにするお金の使い方です。
どれも、万一の予防策になっていて、同時に自分の心も豊かになるお金の使い方になっています。
特に大切なことは「自分磨きのためにお金を使うこと」です。
自分は、人生の中心軸です。
中心がどれだけしっかりしているかで、その周りの状態も変わります。
自分磨きができれば、自分が楽しめることだけでなく、仕事面へも生かすことができるようになります。
自分への投資が、仕事によりリターンがあり、仕事がさらにできるようになります。
首になることにびくびくするくらいなら、一生懸命に自分の好きなことを突き詰めることにお金を使うことです。
生きることが楽しくなり、仕事が楽しくなっていくという最も有効的な使い方なのです。
余裕がなければ、いくらお金があっても使う暇がありません。
「忙しい、忙しい」と言って、感謝することを忘れてしまっている人が大勢います。
仕事で忙しい、家事に忙しい、育児に忙しい、人間関係で忙しい。
自分のことだけで精いっぱいになり、ほかへ気を使う余裕がないのです。
忙しくしている自分は、ほかの人より仕事ができて必要とされているのだと勘違いをしています。
「今、忙しいから、そんなことは後にして」
こんな言葉を言えることが、かっこいいと勘違いしているのです。
そんな人は、人へのお礼や感謝をないがしろにしてしまい、知らず知らずのうちに薄い人間関係になっています。
本当にお礼の1つもできないほど忙しくなって、幸せなのでしょうか。
本当に忙しいなら、お金を使う暇もありません。
家族がいても会う暇もないため、いてもいないようなものです。
友人がいても、会う時間も話す時間もないため、疎遠になるでしょう。
お礼も感謝もできないほど忙しくなれば、冷たい人だと思われ、人から避けられます。
適度な忙しさは、たしかに大切です。
ですが「忙しすぎること」には注意を払う必要があります。
お礼や感謝もできないほど忙しすぎてしまえば、幸せどころか不幸になっていることに気づきましょう。
お金は、余裕をつくるために使うことが大切です。
心を豊かにするお金の使い方とは、自分にできないことを人にやってもらい、時間と余裕をお金で買うようにすることです。
すべてを自分で背負うのではなく、できないことは人にお願いして余裕をつくり、時間を節約するお金の使い方はたくさんあります。
私はときどき、あえて外食をしています。
外食では、自分で食事をつくる時間と手間が省けます。
それでいておいしい料理を頂くことができ、後片付けのために時間をとられる必要もありません。
外食をすればたしかにお金はかかりますが、時間に余裕ができるのです。
これが、心に余裕をつくる上手なお金の使い方です。
お礼や感謝を忘れてしまうほど忙しいときには、要注意なのです。
所有とは、持てば持つほど、可能性が広がります。
生活も、恋愛も、仕事も、人生もです。
しかし、です。
自由にばかり目が向いて、付随する不自由に気づいていない場合があります。
物を持つとは、自由を手に入れる反面、不自由を手に入れることもあるという話です。
場合によっては、手に入れられる自由の量より、不自由のほうが多い場合があります。
物を買うときには、そうした両面から見て、よく考えることが必要です。
たとえば、家の購入です。
「一家一城のあるじ」というキャッチコピーに自尊心がくすぐられ、何十年にもわたるローンを組む人がいます。
家庭を持てば、家を持つのが当然だと言わんばかりのキャッチコピーです。
たしかに一軒家を持てば、さまざまな自由が手に入ります。
内装は自由にできますし、ペットも自由に飼うことができるようになります。
「家を持つのが人生の夢」という人もいるでしょう。
しかしローンを組めば、ほかの制限が増えることも事実です。
ローンは借金です。
大きな借金を返すために、重い責任がのしかかります。
ローンに縛られると、仕事を辞めたくても、辞められなくなります。
遠い郊外から通うことになれば、満員電車に長時間耐えなければならなくなります。
引っ越しをする自由も奪われます。
将来は何があるかわかりません。
仕事の都合で転勤する可能性もあるでしょう。
地方へ飛ばされることになるかもしれませんし、海外勤務になるかもしれません。
不動産を所有していると、動きたくても動きようがないのです。
ご近所との人間関係が悪くなっても、逃げることができません。
これをどう受け止めるかは、人によります。
自由だと思っていることは、裏を返せば、実は不自由である場合があります。
「一国一城のあるじ」というキャッチコピーにわくわくすることはあっても、踊らされないこと。
本当に必要かどうか、きちんと見極めることが大切です。
本当に心が豊かになるお金の使い方とは、物を手に入れるために使うのではありません。
物を手放すために、お金を使うことです。
所持するのではなく、手放してその分自由を手に入れることに使うことです。
大きな家より賃貸のほうが、引っ越しが簡単にできるため、自由が手に入ります。
精神的にも気が楽です。
修理代も大家が支払ってくれるため、金銭的にも助かります。
高級外車を所有すると、ガソリン代や車検にお金がかかります。
修理をするとはいえ、部品を海外から取り寄せなければならないため、時間もお金もかかります。
また誰かにぶつけられたり、傷つけられたりするのではないかという不安が、いつも頭にあり、余裕がありません。
電車なら、ガソリン代も車検も気にすることはありません。
自分で運転をする手間すら省けて、自由ができます。
高級のブランド品にしろ、持てば持つほど手放したくなくなるという執着が生まれ、物に縛られることになります。
にもかかわらず、日常ではめったに使いません。
「高価な物だから壊してはいけない。汚したくない」という心理が働き、なかなか使おうとしません。
使っていないからとはいえ、捨てたくても捨てることができません。
高級で金額が高かったため、もったいなくて、捨てられないのです。
部屋の中にどんどんとたまっていき、物置状態になっていくという結末が待ち構えています。
当然部屋のスペースをとられ、掃除の手間も増えます。
スペースにしろ、時間にしろ、何かを持てば持つほど、余裕がなくなるのです。
本当にこうしたお金の使い方が、心が豊かになっているお金の使い方だと言えるでしょうか。
とんでもない話です。
使えば使うほど、どんどんと自由が奪われ、時間も奪われ、余裕がなくなります。
では、どうお金を使えばいいのでしょうか。
手放すことに、お金を使えばいいのです。
何かを所有するためにお金を使うのではなく、手放すことにお金を使えば、自由と余裕が手に入り心が豊かになります。
家も一戸建て30年のローンを組むのではなく、賃貸にすればいざというときに自由に引っ越しが可能です。
車をもたなくても、電車で事足りるなら、そうしたほうがいいのです。
ガソリン代を気にする必要も払う必要もなく、運転のためにハンドルの前に縛られることもなくなります。
交通事故の危険も、うんと減ります。
電車なら、移動しながら雑誌も読めるし、酔っていても飲酒運転で捕まることはありません。
高級なブランド品をもたなければ、ジュースをこぼして汚れたとしても「また買えばいいか」と開き直れます。
もつより、もたないほうが、気が楽です。
精神的な余裕ができます。
これが心を豊かにするお金の使い方です。
心を豊かにするお金の使い方とは、お城の中でドレスを身にまとい、多くの執着に縛られる生活を送ることではありません。
賃貸やレンタルといった必要なときに借り、何も持っていないという生活のほうが、縛られることがないため心が軽くなるのです。
人の幸せは、お金だけで計ることはできません。
もちろんお金は幸せになるために大切な要素の1つであり、否定はしません。
ただ「お金がすべてではない」ということです。
世の中にはお金持ちであるにもかかわらず、不幸な人生を歩んでいる人が大勢います。
いえ、むしろお金をたくさん持つことだけに気をとられてしまったがために、大切なことを見失い、不幸になってしまったのです。
本当に幸せな人は「心を楽しんでいる」という共通点があります。
これらに共通していることは「心」です。
人との触れ合いがあり、心と心の接触を楽しんでいるということです。
温かみがあり、わくわくがあり、緊張があります。
お金による物質的な華やかさではなく、心の楽しみがある生活のほうが豊かです。
幸せになるためには、心がポイントになることを忘れないでください。
心が存在しない生活は、いくら物質的に豊かで華やかでも、精神的にはむなしくぽっかり心の穴があいている状態なのです。
悲しいかな、人は「隠すため」にお金を使っていることが少なくありません。
何を隠すのかというと「弱み」「コンプレックス」です。
次のような目的に心当たりがありませんか。
高級ブランドを買いあさることも、最新機種に執着することも、一戸建てを購入することも、弱みを隠すためであることが多い。
楽しむためにしているのではなく、弱みを見せないよう、見栄や虚勢を張るためにお金を使っています。
こういうことにお金を使っている人は、お金を無駄に使ってしまいます。
知らない間にどんどんとお金が減っていき、貯金もありませんが、楽しみもありません。
余計に物が増えるため、たくさんの執着が生まれ、さらに精神的な自由が失われる悪循環になるのです。
弱みを他人に知られたくないからと、自分の価値が上がるような物を買い、身につけ、価値が上がったような錯覚を起こします。
自分の弱みがなくなってしまったかのように感じるでしょう。
しかし、実際はふたをしているだけであって、何も改善されていないのです。
これは心が豊かになるようなお金の使い方ではありません。
進歩や改善がなく、隠すためにお金を使っているからです。
では、弱みやコンプレックスを改善させるための方法はないのでしょうか。
思いきって公開していけばいいのです。
隠そうとすればするほど「見られたくない」という執着が強くなって悪循環になります。
ここで発想の転換です。
開き直って、公開します。
さらけ出した瞬間から、弱みではなくなります。
弱みやコンプレックスは「個性」と考え方を変えることで、突然弱みどころか強みへと変えることができるのです。
弱みはそもそも、考え方を変えるだけで一瞬にして強みへと変えることができるのです。
視力がいい人には、視力が悪い人の光景や苦労がわかりません。
それを弱みと考えるのではなく、強みと考えればいいのです。
視力が悪い人には、その人しかわからない世界が広がっているということです。
身長が低い人にはそれなりの苦労がありますが、その人しか味わえない世界です。
身長が高い人にもそれなりの苦労がありますが、それもその人しか味わえない世界です。
一見弱みと思えるようなことも、生かし方を変えることで弱みから強みに変えることが可能です。
強みに変えることは難しいことではありません。
隠すことではなく、開き直って見せていくだけでいいのです。
これが本当の改善ということです。
くさいものほどふたをするのではなく、出していくことが大切です。
人間は、本当にいいものに出会うと、それ1つに集中するようになります。
いちばんは、常に1つだけだからです。
服にしろ、恋人にしろ、アクセサリーにしろ、お気に入りの音楽にしろ、1番は1つだけです。
いちばんが2つも3つもあるというのはおかしな話で、普通は1つだけです。
何でも新しいものにお金をかけるかけ方は、もったいないお金の使い方です。
均等にお金を振り分けようと思っても、いちばんと3番ではランクも違えば使う頻度もまったく違ってくるからです。
いちばんのお気に入りであり、なおかついちばんよく使うものにお金をいちばんかけるべきです。
せっかくいちばんがあるのですから、いちばんに徹底的にお金をかけることが大切です。
古くなってしまっただけで、すぐ新しい物を買おうとしていませんか。
ちょっと待ってください。
いちばんがあるにもかかわらず古くなっただけで、捨ててしまい、新しい物を買ってしまうのはもったいないお金の使い方です。
新しい物を買うのではなく、メンテナンスにお金をかけてください。
上手なお金の使い方とは、新しい物を買うのではなく、メンテナンスにお金をかけることです。
靴が汚れてしまえば、取り換えるのではなく、メンテナンスにお金をかけましょう。
壊れてしまった照明は、取り換えるのではなく、修理にお金をかければいいのです。
服が汚れてしまえば、洗濯をします。
服が破れてしまえば、糸で繕います。
手当たりしだいに友人と出会うのではなく「この人だ!」と思えば徹底的にお金をかけることです。
同じものを長い間使い続けると、当然古くなりますが、いちばんは長く使えば使うほど、愛着まで湧いてくるようになります。
ワインと同じように、味や愛着というのは、時間がたつにつれて深みが出てくるのです。
お気に入りで、なおかつ愛着まで湧いてくれば、そのいちばんはさらに特級のいちばんになります。
これだけはお金を出して、新しい物を買えばいいという話ではないのです。
愛着は、長く使い続ければ続けるほど出てくるようになります。
メンテナンスで少しでも長く付き合い続けていけば、愛着も加わったいちばんにできるのです。
心まで豊かになるお金の使い方とは、メンテナンスにお金をかけることだったのです。
私の母は、お金を上手に使う達人です。
効率よくお金を使うだけでなく、心まで豊かにできるお金の使い方を知っています。
母は、ときどきご近所との付き合いで、もらいものをします。
野菜をもらったり、魚をもらったりです。
ご近所との付き合いでは、よくあることです。
ある日、母は上等な牛肉をもらいました。
もちろん大喜びです。
普通に焼き肉を食べて、終わりそうな流れですが、母は違いました。
「ついでに」と言って、スーパーに向かい、野菜を買ってきました。
家でご飯を炊いて、家族みんなで楽しめるようすき焼きをつくってしまいました。
母の素晴らしいアイデアです。
いいものをもらったときは、もう1つ何かを加えて、もっと素晴らしくできないかと考えることが大切です。
カニをもらえば、カニ雑炊にします。
タイを頂けば、タイ飯をつくります。
豚肉や牛肉をもらえば、その日の夕食はすき焼きになってしまうほどです。
「もっと素晴らしくできないか」というお金の使い方をすれば、生活はささいなことで豊かになります。
お金を使うことで、心まで豊かになるとは、こうした使い方のことなのです。
なぜいつもダイエットが失敗するのか。
それは、我慢が大きいからです。
食事を制限したり、つらい運動をしたりなど、我慢を重ねなければなりません。
それも長期間、続けてしなければなりません。
長続きがせず、途中で挫折してしまうわけです。
人間にとって我慢が好ましくないことは、ダイエットという失敗例から証明されています。
貯金も同じです。
貯金をしているつもりにもかかわらず、なかなかお金が貯まらない人がいます。
節約しているはずだけれどお金が貯まらない、という不思議な現象です。
それは一方で節約をしながら、別の場面では、ストレス発散にお金を使っているからです。
我慢は、すれば体の中で自然と消えるわけではなく、蓄積されています。
それは行動のどこかで発散されているわけです。
いらいらしたり、過食や拒食になったり、睡眠不足になったりするのは、ストレスがたまっているからです。
我慢は、代表的な「ストレスの元」です。
ダイエットも貯金も、本人にとってストレスとなってしまえば、もちろん長続きはせず、体を壊してしまう元凶になります。
我慢をしない方法を考えましょう。
我慢をしない方法で実現させていけばいいのです。
勉強にしろ、貯金にしろ、人付き合いにしろ、仕事にしろ、我慢をしないで済むことは、それだけ長続きがするということです。
人間はどんなことが長続きするのかというと、楽しいことにです。
楽しいことは我慢が不要です。
もちろん我慢もあるはずですが、満足感があるため、我慢も楽しみの1つに変わっているのです。
ダイエットや貯金に成功する人は、楽しんでいる人です。
我慢を我慢と思わず、それも楽しみの1つと考えているから、長続きができ、結果として成功できるのです。
あなたの生活の中に、我慢がどのくらいあるか振り返ってみましょう。
おそらく長続きしないでしょう。
ストレスであり、苦しんでいるからです。
「楽しみ」のある方向へと方向転換すればいいのです。
かっこいいことや見栄を張ってしまうと、我慢をしなければならなくなります。
見栄を張るための我慢はやめて、素直に楽しめる方向に歩むことです。
方向転換をしましょう。
我慢がなくて楽しいからこそ長続きができ、あなたにとって本当の意味での「ぴったり」となるのです。
豊かな発想、品のある態度、素晴らしい才能、秀でた知識と知恵。
こうしたことは、自分を磨くからこそできることです。
誰でも初めからできるわけではありません。
たくさんの経験をして、勉強をして、そうしてやっとほんの少し身につくというくらいです。
そのためには、自分磨きが欠かせません。
自分磨きに対してお金をケチってしまうことは、成長の機会を逃してしまうことです。
この成長の機会は、若ければ若いほうがいい。
若いほうが、吸収力があり、身につきやすく、親の援助に頼りやすい時期だからです。
自分磨きは、できるだけ早いうちに、それもケチらないようにすることです。
自分に対する投資は、今でこそ返ってきませんが、将来は必ず倍以上になって返ってくるようになります。
学生時代に好きな読書に励み、3年間くらいは自分磨きのために捨ててしまうというくらいでいいのです。
今、世界で活躍している一流家たちは、みな青春時代を自分磨きのために費やしてきた経験が必ずあります。
建築家である安藤忠雄さんは、学生時代から、好きな勉強(建築)に打ち込み、自分の才能を磨いていきました。
それも独学です。
学校に通ったり、先生に師事したりしたわけではなく、自分の力で勉強をして、世界に通用する有名な建築家になりました。
学校より自分の勉強は、独学で行うほうがいいと思い、青春時代をすべて建築へと捧げたのです。
自分磨きは、一夜にしてできるわけではなく、継続的な努力が必要です。
継続できる努力は、好きなことでしかできません。
自分磨きとは、好きなことへの追求と言い換えることができるのです。
自分が楽しもうというお金の使い方が、心を豊かにするお金の使い方です。
シンプルで単純な法則です。
自分が楽しむために使ったお金は、必ず「蓄積」へと変わります。
往々にして周りへの見栄のために使ったお金は、あぶく銭のようにどんどん流れ出ていき、お金が残りません。
自分が楽しむことにお金を使っているのではなく、他人からよく見られるために使っているため、自分のためにはなっていません。
世界中の女性に振り向いてもらおうと、八方美人を装っているようなものです。
いろいろな女性がいるにもかかわらず、すべての人から好かれるための自分など、つくれるわけがないし、できないことなのです。
これでは完全に、自分を見失っている状態です。
八方美人とは、誰に対しても笑顔を振りまく代わりに、個性がなくなっている状態です。
本当は、自分にも好きなタイプと嫌いなタイプがあるはずです。
ですが「他人に好かれたい。嫌われたくない」という気持ちのせいで、自分らしい生き方から脱線させているのです。
心が豊かになるお金の使い方とは、自分が本当に楽しめるお金の使い方をすることです。
人から好かれるために他人と合わせることではなく、自分が楽しむためにお金を使うのです。
自分が楽しむためにお金を使うことは、すべて自分のためになっています。
たしかに趣味が周りと合わなければ、無視されますし、好かれることも少なくなるでしょう。
しかし、自分が本当に楽しんでいるなら、そうしたことは気にならないはずなのです。
上手なお金の使い方とは、新規開拓よりメンテナンスにお金を使うことです。
お金を使って心が貧しくなる人は、新規開拓ばかりにお金をつぎ込んでしまいます。
新しいことが良いことであり、古いことは悪いことだと思っているのです。
新しい物ばかりを買いあさり、新しい人と出会い、新しいことばかりにお金を使っていきます。
新しく出会っても、その後が続かないから成長も関係も深まっていかないのです。
つまり、精神的豊かさがないわけです。
ですが、心が豊かになるお金の使い方をする人は、新規開拓ではなく、メンテナンスにお金をかけます。
人間関係でいえば、新しい友人を次から次へとつくることではなく、今の友人ともっと仲良くなるためのお金の使い方を指します。
新しい人に出会うことより、今の友人を大切にして仲を深めるために温泉に行ったり、旅行に行ったり、遊びに行ったりします。
そういうお金の使い方のほうが、幅は狭いですが、奥行きが深まるのです。
新規開拓で新しい人と出会ったり、新しい物を買ったりしていては、幅は広がっても奥行きを深めることはできません。
人間の時間は有限です。
24時間しかないのですから、次から次へと新しい人や物ばかりと出会っていては、仲を深める時間がないのです。
あなたの周りにいないでしょうか。
ちょっと思い出してみましょう。
「新しい出会いが欲しい」
「もっと友人をつくりたい」
私の周りにも、そういう願いを持って合コンやコンパに出かける人たちをたくさん見かけます。
そういうところではたしかに今までにはない新しい人との出会いがあります。
そうしたところに来る人は、そもそもの目的が新しい出会いです。
出会いやすければ、仲良くなりやすいものです。
ですが、自分の人間関係がうまくいっていないからほかの人間関係へと助けを求める人は、精神的豊かさに乏しい人が多いのです。
自分がそうであるだけでなく、相手もそうだし、集まる人がみんなそうした人たちです。
出会いはあっても、薄い付き合いになりやすく、気に入らないことがあればすぐ「サヨナラ」となってしまう関係になるのです。
薄い人の周りには薄い人たちばかりが集まり、深みのある人の周りには深みのある人たちだけ集まります。
合コンやコンパは、日本のことわざにあるように「類は友を呼ぶ」という現象のまさに、それなのです。
同じ失敗を繰り返し、お金を使っていても、精神的に豊かになれません。
自分が薄い関係を求めているため、相手も同じように薄い関係で終わらせてしまい、深みがなければ精神的豊かさもないのです。
本当の豊かな関係は、新しい出会いにあるのではありません。
今の友人との関係にあるのです。
新しい出会いにお金をかけるくらいなら、今の友人ともっと仲良くなるためにお金を使いましょう。
楽しい思い出だけでなく、つらい思い出でもいいですから、共に仲を深めるのです。
旅行や温泉、習い事、遊びに出かけるだけでもかまいません。
それが、心が豊かになるお金の使い方なのです。
あなたに足りないことは、そもそもお金ではありません。
やりたいことです。
本当にやりたいことが見つかれば、その瞬間からどうお金を使えば豊かになるかが、自然とわかるようになります。
本来自分がすべきことに素直に耳を傾け、それに従って行動するだけでいいからです。
本当にやりたいことがあるなら、道を踏み外すことはありません。
大きな地図の中に、目的地が書かれているため、どこへどうやって行けばいいのかが自然とわかるからです。
私たちは、地図を持ったままこの世に生まれてきましたが、目的地までは指定されずにこの世に放り出されてしまいました。
どこへいくのかという目的地は自分で探し、見つけないといけないのです。
お金がどうのこうのという問題ではなく、それ以前にどこへ向かうかが重要なのです。
実際のところ世の中には、お金がない人よりやりたいことがない人のほうが、圧倒的に多く存在します。
自分は何をするべきなのかが、本当にわかっていない人が多いのです。
おいしいものを食べたい、好きなところへ旅行したいといった、そんな程度の「やりたいこと」ではありません。
自分の一生を捧げるくらいの「本当にやりたいこと」です。
「本当にやりたいこと」を見つけたとき、自分の役割であり使命と感じることができるようになります。
お金は、やりたいことを実現させるための従順な召し使いとなり、自分の願いを叶えるために忠実に動いてくれる家来となります。
ですが、これらは、本当にやりたいことが見つかっていたときの話です。
やりたいことが見つかっていない人は、お金の使い方がわからず、目の前の欲を満たすことにお金を使ってしまいます。
おいしいものを食べる、かっこいい服を買う、映画を見たり、旅行へ行ったりと、それはそれで結構なことです。
ですが、それだけです。
大きな地図の中に目的地があるのではなく、ただふらふら歩き、出会うがままに、ことを済ませているだけです。
今、目の前にある「食欲、睡眠欲、性欲」に振り回され、自分のやりたいことと勘違いしてはいけません。
それは人間が生きていくために最低限必要な欲にすぎません。
本当にやりたいことは、この3つを超越したところにあります。
目的地を見つけて、初めて本当のお金の使い方がわかるのです。
幼いころに大けがをして、病院でお世話になったことがきっかけで、人を介護する看護師に自分のやりたいことを見い出す。
そのためにお金を払って学校へ通い、勉強をして、資格を取って、やりたいことに近づく。
このようにやりたいことが最初にあって、その実現のためにお金を使うのです。
お金さえあれば、幸せになれるわけではないのです。
若い時期は限られています。
若い時期に、自分のやりたいことを見つけるためには、できるだけ多くを経験する必要があります。
何でも「経験」と考えましょう。
やりたいことが見つかるまでお金は使わないより、やりたいことを見つけるためにお金を使っていくことが大切です。
私も今のやりたいことが見つかるまでは、回り道ばかりしてきました。
受験勉強中には、将来の職業に悩み、英語を勉強するためにアメリカ留学したり、中国語や韓国語も勉強したりしました。
手当たりしだいといった感じです。
今行っていることとは、ほとんど関係ありません。
そのときは「何かが見つかるかもしれない」という思いがあったから、とにかくやってみたわけです。
いろいろ試してみて、自分に何が合っているのかを、暗中模索していました。
たくさんの経験の中で「これだ!」というものを、やっと見つけることができたのです。
それまでにはたくさんのお金がかかりましたが、本当にやりたいことを見つけられれば、そのお金は微々たるものです。
今後の長い人生において揺るぎない目的が見つかったということは、もう道に迷わなくてすむということです。
無駄足を踏むことがなければ、無駄な出費もすることがなくなり、元は取り返せます。
お金の上手な使い方は、やりたいことを見つけるために使うことです。
わからないから使わなければ、余計に見つけることはできなくなります。
気になることは挑戦して、肌に合わなければ三日坊主でやめてしまってもいいのです。
やりたいことを見つけなければ、本当のスタートすらできていないということなのです。
「食べること」とは、人間の3大欲の1つです。
食べることは、生きていくためには欠かすことができず、食べることで1日の活力が得られます。
朝食・昼食・夕食の3回は、私たちには幸せのひとときですよね。
食べている間は、素直に「おいしいな。幸せだな」という生きる喜びを感じることができます。
感動しているときに「生きていて良かったな」と思います。
しかし、最近は仕事のため朝食を抜いたり、また慌ただしく食べたりしている人が多いようです。
中には、ダイエットのため、わざと朝食を抜いている人もいるようです。
食事そのものに対して、もっと気を使う必要があります。
食事ほど元気に関わる大切なことはありません。
満腹になればそれでいいと考えている人が多いのですが、食事によって得られることは、想像以上に多いのです。
栄養バランスが整った食事からは、タンパク質はもちろん、ビタミンやミネラルなども得られます。
健康を保つうえで欠かせない栄養を摂取できますね。
おいしい食事からは、肉体的な健康だけでなく、精神的な健康も得られます。
たまらなくおいしいものを食べると、自然と笑顔になり、元気になれます。
おいしさから「よし! 頑張るぞ!」という気合と元気が得られ、良い1日のスタートを切れます。
おいしい食事からは、たくさんの元気をもらえ、日々の幸せな生活に直結するのです。
私も食事には、多少なりとも気にかけるようにしています。
昔は、質素な食事だったのですが、栄養バランスの取れた食事を取ると、本当に心から元気になれ、1日のやる気が得られます。
食費に関しては、結構お金をかけているほうだと思います。
心身面に直結するからこそ、けちをしたくはありません。
きちんと投資をしておきたい。
1日3回ある食事をどうするかで、生活の幸せ度がまったく変わってきます。
食事にお金をかけることは、心の豊かさにとても大きく関係するのです。
好きな人とのコミュニケーションには、電話とデートの2つがあります。
電話では遠い場所からも話ができます。
しかし、それなりにお金がかかります。
もし遠距離なら、ちょっと話をしただけで、驚くほどのお金がかかります。
一方、デート代も負担になるでしょう。
食事、テーマパーク、買い物など、それなりにお金が必要です。
好きな人とのコミュニケーションでは、電話とデート代のどちらに重点を置くほうがいいのでしょうか。
デート代にお金をかけるほうがいいのです。
電話は往々にして、コミュニケーションより、寂しさを埋めるための道具となってしまいがちです。
好きな人でなく、友人など「別に用事はないけど、今、何をしているの」という内容ない会話になりがちです。
結局自分が暇で寂しいから、ほかの人となんとなく会話をして寂しさを紛らしたいというだけです。
携帯電話が短期間の間に老若男女を問わず、幅広い層に広まった背景には、人間の寂しい心が関係しています。
寂しいから、その穴の開いた心を埋めるためにコミュニケーションがあり、寂しい心が多少なりとも癒やされます。
携帯電話の繁栄は、起こるべくして起こったことなのです。
携帯電話の機能やデザインが悪くても、とにかく遠い人とのコミュニケーションが取れるなら、手段は選びません。
携帯に依存した恋愛関係では、好きだから付き合うというより、寂しいから付き合っているという状態なのです。
本当に好きなら、恋愛では電話代よりデート代にお金をかけるようにしましょう。
電話はコミュニケーションとしては、楽で手間もかかりません。
しかし、好きな人ほど電話より、直接会ったほうがいいのです。
電話は必要最低限だけでかまいません。
「えー! 電話しないと寂しいじゃん」
そう叫ぶ人が出てくることでしょう。
ほらほら、寂しいから付き合ってるんじゃないですか。
「電話しないと寂しい」ことは、その恋愛はすでに好きだから付き合っているより、寂しいから付き合っているということです。
寂しいから付き合うのではなく、好きだから付き合うとき、電話は本当に重要ではなくなります。
電話では声しか聞こえず、会えないからです。
実際に会ってデートをすることのほうが、本当の意味での好きな気持ちが表れているのです。
私は好きな人とはあまり電話をしません。
電話が嫌いと言うわけではありません。
電話をしても会えないし、手もつなげないし、キスもできないからです。
電話でなんとなく話をするくらいなら、会う日のためにお金を貯めてデートで楽しんだほうがいいのです。
夫婦が結婚をすれば同居することと同じです。
本当に好きなら、一緒にいたいと思う気持ちが出てくるはずです。
電話だけで十分愛し合えるというなら、結婚生活は別居で十分、電話で十分だと言っているようなものです。
電話だけでは、本当の愛を語り合うことは難しいのです。
本当に好きなら、電話より直接会いたい気持ちが本物なのです。
心が豊かになるお金の使い方は、楽しいかどうかで決めることがいちばん重要です。
「楽しい」という気持ちは、まさに心が豊かになっている状態だからです。
楽しい気持ちには、損得勘定は存在しません。
サッカーを好きな人は、サッカーができるだけで十分に楽しめます。
たとえゲームで勝とうと負けようと関係ありません。
サッカーが好きで楽しいため、勝ち負けはもはや関係ないのです。
サッカーが好きな人は、勝っても笑顔ですが、負けても笑顔です。
「楽しい」を基準にしているため、負けすらも楽しいと感じてしまうのです。
ですが残念なことに、物事を損得で決める人がいます。
「得をするならする。損をするならやめる」という、損得を判断基準にして決めてしまう人です。
「新しい人と出会えるからサッカーをする」と言う人は、人と出会えることを目的として考えています。
実際にはいい人に出会えるかわかりません。
いい人に出会えなければ「損をした」と感じて、サッカーも面白く思わなくなる。
むしろ我慢をしながらすることになります。
人に対して損得を考える人も要注意です。
「お金持ちの人と一緒にいればおごってもらえるから得だ。貧乏人と一緒にいてもおごってとせがまれるだけだから損だ」
損得で出会いを考えていると、良い出会いを見逃します。
得をする人にはへつらいますが、損をしそうな人には冷たい態度を取ってしまいます。
損得で考えるから、こうなってしまうのです。
スポーツも人間関係も勉強も、損得で考えるのではなく、楽しいかどうかで決めることです。
楽しいかどうかで決めると、お金が心の豊かさへと転換されます。
お金を払った分、しっかり自分が楽しめるため、心の豊かさに変わり、使えば使うほど心は豊かになるのです。
もちろん勝っても楽しいし、負けても楽しいのです。
損得を基準で決めてしまうと、必ずしも楽しいこととは限らないため、つまらないことで我慢をしなければいけなくなります。
我慢の先に、心の豊かさはありません。
自分を抑圧しながら精神的なストレスをため、心が豊かになっていくことはありません。
心の豊かさとは「楽しい」「面白い」「好きだ」という気持ちのことです。
そのためにお金を使っていくことが、心が豊かになる使い方です。
「楽しいこと」のためにお金を使うと、人生が好循環に回るようになります。
楽しいことなら、痛みやつらさといった苦痛さえも快感であり、成長へと変えていくことができるようになるからです。
楽しいことには、利益損得という計算はまったくありません。
得するからやっているわけではなく、単に楽しいからやっているため、損をしても楽しいことには変わりありません。
楽しいことをやっていれば、時には失敗や痛みやつらさといった苦痛も当然出てくることでしょう。
ですが楽しいがゆえに「なるほど」→「勉強になる」→「次からはこうしよう」というステップを踏むことができるようになります。
失敗が、体験として蓄積され、成長へと変わるのです。
これが成長するということです。
楽しいことをやっていれば、心が豊かになるだけでなく、負けすらも成長へと変えていく一石二鳥の効果があります。
楽しいことをやっていれば、人生が好循環に回るようになるのです。
うまくいってもいかなくても、勝っても負けても、とにかくすべてが成長だからです。
私は今、HAPPY LIFESTYLEを運営し、自分が楽しんでいます。
たしかに多少お金のかかる面もあります。
時にはクレームなどによって、厳しいコメントを頂くこともあります。
しかし、これが好きなことだから「なるほど」と素直に受け止めることができるようになります。
もっと上手になりたいからこそ「この失敗を生かそう」と思ってしまうのです。
「思おう」としているのではなく「思ってしまう」ことがポイントです。
これは好きで楽しいからこそ、自然にできることです。
もし嫌いなことをいやいややっていれば、ささいな失敗で「もうやめた自分にはできない」と弱音を吐いてしまうでしょう。
好きでもなく楽しくもないことは、最初から続かないのです。
本当の成長は、楽しいことの中にあります。
お金は、楽しいことのために使うことが、心の豊かにつながるのです。
こだわりにお金をかけることは、無駄ではありません。
それは他人から見れば、無駄にしか見えないことでしょう。
ですが、本人がこだわりと感じていれば、心の豊かさにつながります。
こだわりとは、つまり「お気に入り」ということです。
「どうしてもこれだけは譲れない。これだけは自分のこだわりだ」というところに、自分だけの独自の価値観があります。
クマのプーさんにこだわりを持っていれば、1つの人形とはいえ、それなりにお金をかけます。
種類を集めたり、貴重なプーさんを手に入れたりとこだわりを持ちますが、それにより本人が満足できればいいのです。
満足とは、心の豊かさがいっぱいになっていることを言います。
心の中はもちろん、ほかの人には見えません。
どんなに満足していても、他人からは心の中まではのぞけないため、その満足状態がわかりません。
こだわりにお金をかけて結果として自分が満足できても、ほかの人にはそれが見えないために無駄なことに思えるのです。
こだわりとは自分独自の価値観ですから、当然ほかの人が理解できないことも不思議ではありません。
「そんなことして意味があるの」「無駄なことにお金を使って」という批判の声が飛んできても、当たり前のことなのです。
そうした声は無視をしてかまいません。
自分独自の価値観は、ほかの人にはわかるはずがないからです。
こだわりには徹底的になることが、心を豊かにするということです。
満足があり、自分だけの価値観を満足させることができるのです。
お金を心の豊かさに変えていくためには、意識することが必要です。
自分で心の豊かさにつながるよう意識をして、使っていくことが必要です。
お金はあなたの言うことを何でも聞いてくれる家来だからです。
あなたがお金を上手に操らなければなりません。
あなたにその気がなければ、お金もその気になりません。
あなたが上手に使えば、お金も上手に動いてくれます。
お金が勝手に動いて、あなたを幸せにしてくれることはありません。
あなたが正しい使い方をしないかぎりお金は単なる紙切れでしかないのです。
人を助けることもできますが、人を傷つけることもできます。
お金をあなたの心の豊かさへと変換し、自分が幸せになるように使うことが上手なお金の使い方なのです。
豊かさという考え方を、少し変えてみましょう。
「物を持つ」という豊かさから「何ももたない」という豊かさです。
物を持つほうが贅沢であるように思われがちですが、一概にそうとも言えません。
物を持つことが逆に、自分を縛り付けてしまっている場合があるのです。
たとえば、ビデオです。
ビデオは、たしかに個人が所有すれば、自由に使えます。
しかし、ビデオは何度見てもなくなることはありません。
たとえ何も録画されていないビデオテープですら、場所をとられ、掃除の手間も増えます。
たくさんのビデオはそれだけあなたに豊かさを与えているように思えますが、ビデオ屋に行けば数多くのビデオが待ち構えています。
あなたが苦労をしてビデオを録画するより、ビデオ屋に行ったほうが手早くて楽なのです。
今、ほとんどの映画が、レンタルビデオ屋に行けば勢ぞろいしています。
テレビで放映される日まで首を長くして待つくらいなら、さっさとビデオ屋に行き、借りてきたほうが効率いいのです。
見たいときに、見ることができます。
見終われば、返せばいいだけです。
ビデオという例をあげましたが、ほかにも当てはまることはたくさんあります。
着物、スキー用品、キャンプセットなど、今は何でもレンタルができる時代です。
これらは、毎日使う日用品ではありません。
1年にほんの数回程度、必要な物です。
常に、部屋の中に保管しておく必要はありません。
部屋に置くとそれだけ空間の自由が奪われ、あなたを縛り付けてしまうことになります。
物を持つことが必ずしも豊かになると限らないとは、こういうことです。
「必要なときに、必要な期間だけ借りる」というスタイルが、今の時代に合った「所有しない豊かさ」です。
所有をしない状態は、実は贅沢な生き方なのです。
寝ることは、食べることと同じ人間の3大欲の1つです。
食べないで生きている人はこの世に1人もいないように、寝ないで生きている人もこの世には1人もいません。
人間にとって寝ることは、生きるためには必須です。
同時に、豊かな暮らしにも必要になってくる当たり前でいながら軽く見られがちなことの1つです。
食事もそうですが、睡眠もすべての人に共通する基本です。
食べることと寝ることはそのまま元気へつながり、肉体的な健康だけでなく、精神的な健康に大きく影響を及ぼします。
睡眠不足で無理やり体を起こしていると「なぜこんなにつらい人生を歩んでいるのだろう」と考え方がネガティブになります。
食事も睡眠も不足していると、人生がつらいものと感じてしまうようになり、幸せ度合いが下がってしまうのです。
本来、十分に睡眠を取れていれば、目覚ましは不要です。
十分に睡眠が取れれば、人間は自然と起きるようになっています。
休日にたっぷり睡眠が取れたときには、目覚まし時計は必要なく、自然と起きることができます。
それも爽快な気分で、良い目覚めを感じることができます。
本当は、普段からそういう状態のほうがいいのです。
そういう状態になるように、生活を整えることが大切です。
体が自然に目を覚ますまで十分に睡眠が取れれば、それだけでお金も努力も必要なく幸せな生活が手に入ります。
もっと寝たいけど起きないといけない状態は、いわば目覚まし時計によって、無理やり体にむちを打っているようなものです。
体の健康にもよくありませんし、精神的な健康にも良くありません。
睡眠時間がどれだけ短いかで自慢する人がいますが、そういう人に限って不幸そうな顔つきをしています。
目の下にはクマができ、肌はかさかさで、元気がないのです。
睡眠不足は、自慢でも何でもありません。
むしろ恥じるべきことなのです。
自分の生活をコントロールできず、基本がおろそかになっているため生活全体がぐらついているという状態です。
私の実家では、自分の畑でできた作物をご近所にプレゼントをする習慣があります。
いわゆるおすそ分けです。
私の実家は兼業農家であるため、いろいろな作物を育てています。
お米、サツマイモ、キュウリ、なすび、スイカなどです。
もともと、自給自足を目的に育てているのですが、天候によって作物の育ち方も違います。
天候に恵まれた年は、豊作になるのです。
たくさんの作物は、家族全員で食べても、余る量です。
「食べきれない」と言って捨てるのも、心苦しく感じます。
そこで「作物が余る」とわかった時点で、ご近所さんにおすそ分けをしています。
「もし良かったらどうぞ」という一言で、コミュニケーションが生まれます。
この口実があれば、自然と近所付き合いが生まれます。
相手も喜んでもらえますし、余った物を食べていただければ、自分も助かります。
お互いにとって嬉しいことですね。
そうすると不思議なことに、相手も何かをお返ししてくれるようになります。
「自分の畑でも余り物があるから、ぜひ食べてほしい」と持ってきてくれるのです。
こうしたコミュニケーションを通して、近所との仲も自然と深まるのです。
文化を手に入れることも、心の豊かさの1つです。
物を通して得られることは、物質的豊かさだけでなく、文化力という心の豊かさも手に入れられます。
文化力とはいえ、あまり耳にしたことがないのではないでしょうか。
文化力とは、歴史であり、人の温かみであり、思い入れの濃さであり、今までにない新しい刺激のことをいいます。
たとえば、高級なお茶碗です。
たかがお茶碗とはいえ、本当に良い高級なお茶碗となれば、1つ何万円も何十万円もするものがあります。
たった1つのお茶碗がなぜそれほどの値段になってしまうのでしょうか。
それは「文化」が加わっているからです。
歴史があり、特別な手法や技術を使い、人の手で丁寧に仕上げられたお茶碗は、もはや芸術作品になっています。
卓越した職人の技術やデザイン、仕上がりという文化に、高い値段が付けられているのです。
何もぼったくりというわけではなく、それなりの意味があってのことです。
そんな高級なお茶碗を1つ、あなたの文化力アップのために、購入してみましょう。
2つも3つも不要です。
たった1つでいいですから、本当に良いお茶碗を1つ思いきって購入してみましょう。
高級なものだからとはいえ、飾りものにしてしまってはいけません。
きちんと実際に、お茶碗として使ってみればわかります。
高級であるだけに、緊張して、いつもとは違った味わい方になるでしょう。
独特の持ちにくさ、肌触り、きれいな色合いのマッチングが、いつもの食事をさらにおいしく豊かにさせます。
お茶漬けはお茶漬けでも、お茶碗を変えてしまうだけで味まで変わってしまうことがわかります。
それが「文化の味わい」というものです。
それが、そのお茶碗にある本来の文化の味なのです。
その味わいのために、高い値段が付けられていたのです。
高級だといってお茶碗を飾りものにしてしまえば、それまでです。
お茶碗ではなく、お飾りものになります。
いくら高級なお茶碗とはいえ、茶碗として使われるようにつくられています。
お茶碗として使って、初めてその役目を果たせるようにできているのです。
置物や飾りものにするのではなく、実際にあなたの生活の中で活用してほしいのです。
文化という力は、目にはなかなか見えないものです。
ピカソの絵でさえ、たった1枚が数千万円もする高価な絵があります。
それはその1枚を書くために、ピカソが努力に努力を重ねて磨き上げられた才能の結晶が映し出されているから、高価なのです。
はっきりは目には見えない努力が、裏には隠れています。
1枚の絵に込められた思いも、値段に繁栄されています。
だから高級となったのです。
そもそもブランド品も同じです。
GUCCI、FENDI、PRADA、HELMES。
ブランド品を厳しくチェックすると、高価だけあって細かいところまで丁寧に仕上げられています。
縫いとりは機械ではなく、卓越した職人の手による手作りになっています。
縫い目も、しっかり加工され、機械にはどうしてもできない技や技術でつくられ、人の温かみが感じられるのです。
高級な物というのは、値段だけが高いのではありません。
文化が加わっているから高いのです。
そうした高級品をあなたが手にする機会があれば、飾りものにするのではなく、実際に使ってみましょう。
使わなければ意味がないからです。
実際に身につけたり役立てたりすることで、その文化を深く感じられるようになります。
得られる感覚が、あなたの心を豊かにさせるのです。
物にはライフスタイルを変える力があります。
少し高価でも、生活が向上するなら買ったほうがいい。
お金を払って物を手に入れるとは、新しいライフスタイルを手に入れることです。
お金を払って、今までとはちょっと違う生活が手に入ると考えましょう。
所有をせず、物を持たないことに豊かさがあると言いましたが、物を購入することで得られる豊かさもあります。
「ライフスタイル」です。
物を買うときには、物を手に入れるというより、新しい生活を得るために買うと考えましょう。
お金を払って、新しいライフスタイルを買い、自分の生活に吸収することで、心の豊かさまで変えてしまうのです。
たとえば、自分の個性に合った洋服を洋服屋さんで見つけました。
いいなと思うものには、高級ブランド品が多い。
値札についている値段も、ゼロが1つ多い値段です。
こんなときには考え方を変えて、その服を買うことで自分がどんなライフスタイルを手に入れられるかを考えてみましょう。
その服を着て、幸せそうに過ごしている毎日が送れている自分が想像できるかどうかです。
買っても生活があまり変化しないようなら、見送ってください。
ですが、買ってから生活が良い方向へ向上することが想像できれば、宝物を掘り当てた可能性があります。
生活が、多少なりとも変化するかどうかです。
これが「物を手に入れることで、ライフスタイルを手に入れられる」ということです。
いい物を持てば、生活が変化します。
今までにはなかった機能や形、動き、使い方により、生活が大きく変化してしまうのです。
私は以前まで、インターネット・カフェで本を書いていました。
部屋で書こうと思ってもだらだらして、書きにくいからです。
自分の部屋では、怠け心が出てしまいます。
ですが面白いことに、部屋の外に出るとすらすら書けるようになります。
人の目や環境の大きな変化があるために、その緊張感が集中力を高めてくれます。
以前から持っていたノートパソコンで本を書いていた時期もありましたが、バッテリーがすぐなくなります。
2時間もしないうちにバッテリーがなくなってしまうのでは、良い仕事ができません。
集中力が切れると、また取り戻すことが大変です。
最初からインターネット・カフェで書いてしまおうと通っていたわけです。
家から近いところにあったため、通うことには特に問題はなく、それでうまく執筆を進めることができていました。
あえて不満をいえば「狭いこと」「お金がかかること」「タバコのにおいがすること」です。
私はタバコが大の苦手です。
インターネット・カフェでは集中はできたものの、タバコのにおいを我慢していた状態でした。
また時間制の料金体系だったため、ゆったり書くことはできず、時間に追われながら忙しく書いていました。
そんな日々を送っていたある日、今までの生活が一転するような物との出会いがあったのです。
電化製品の町「秋葉原」で見つけた、驚くほど小さくて軽いノートパソコンです。
1キロもしない軽さで、なんとバッテリーは最長9時間であることに驚きました。
私は、もしこれを手に入れれば、どのくらい生活が変わるだろうかと想像していました。
「インターネット・カフェに通う必要はなくなるだろう」
「軽くて持ち運びやすいから、コーヒーショップでコーヒー片手に書けるだろう」
「旅行しながら書けるだろう」
「六本木ヒルズの展望台で、優雅に執筆ができるだろう」
あれこれと思い浮かべては、にやにやしていました。
いろいろと考えた末、思いきって購入したパソコンが、今、私の目の前にあるノートパソコンです。
このノートパソコン1つのおかげで、想像したとおりの日常になりました。
もうインターネット・カフェに通うことはなく、コーヒーショップでコーヒー片手にのんびり執筆に集中できています。
手に触れて、自分のものにしてみないとわからない豊かさがあります。
物を手に入れることで、自分の生活スタイルが大きく変わってしまうことがあります。
お金を使うことで、今までにない新しいライフスタイルを手に入れる考え方を持ってみましょう。
生活を変化させるために、何かを購入するのです。
物質的豊かさに思えますが、生活が変化するのは、もはや物質的豊かさを超えた、生活向上の豊かさです。
生活が大きく変化して、自分の理想に近づけるというなら、上手なお金の使い方と言えるのです。
豊かさとは、持っている金額の大きさのことではありません。
どれだけたくさんのお金を貯金しているのかが豊かさと思われがちですが、そうではありません。
どれだけお金を使ったかが、その人の豊かさ、つまりリッチにつながっていくのです。
使えば使うほど「お金の豊かさを発揮した」ということです。
お金を使うまでは、単なる紙切れです。
使わなくても精神安定剤くらいにはなりますが、使わないかぎりお金としての効力は発揮できていません。
どんなにたくさんのお金を持っていても、使わなければ「お金の豊かさを発揮していない」ということになります。
お金の豊かさは、使ったときに初めて発揮されるものなのです。
豊かさが決まるのは、貯めている金額の大きさではなく、使った金額の大きさです。
たくさんのお金を使った人が、本当のリッチです。
お金を持っているだけの人はリッチではありません。
お金を使っていないため、リッチを感じていないからです。
テレビに依存している人は、寂しがり屋だといわれています。
テレビでは芸能人やお笑いタレントたちが、あなたを楽しませてくれ、身近にいる存在であるような感覚を生み出します。
スイッチ1つで、今すぐ誰かと会えます。
いえ、正確にいえば、会っているような感覚にさせているだけです。
歌手、タレント、芸能人、お笑いタレント、スポーツ選手、文化人、アナウンサー。
実際に見たことも、話したこともないにもかかわらず、テレビとの距離が近いだけに、友人であるような感覚にさせてしまうのです。
それは実際の友人ではありません。
実際の友人は、現実のあなたの周りに存在している人たちです。
テレビは、知り合いや友人であるような感覚を生み出してしまう寂しがり屋にはうってつけの道具です。
しかし、あなたの心の豊かさとはまったく関係がありません。
そういう人ほど、現実には親しい友人がいません。
どんどん現実離れをしてしまうため、現実の人間関係がおろそかになっているのです。
テレビばかりに釘付けになっていませんか。
釘付けになっていれば、楽しい時間を過ごしていることでしょう。
簡単に人と会うことができ、楽しめ、笑うことができるからです。
会っているような、知り合っているような、仲良くなっているような錯覚に陥り、一方で現実の友人はどんどんと遠のいていきます。
いま一度、目を覚ましましょう。
今すぐテレビを消して、友人とたわいない会話をしたほうが、よほど有意義な時間を過ごすことができるのです。
テレビは「初めまして」と出会うことも簡単ですが「バイバイ」してしまうことも簡単です。
スイッチ1つなのです。
これほど薄い人間関係はありません。
本当の友人とは、あなたに楽しいことだけでなく、つらい味わい、悲しみ、痛みを与えてくれる存在です。
出会いに緊張があり、別れには必ず涙があります。
そもそもそうしたことが、あなたの成長になり、人間関係を豊かにさせていくということなのです。
心が豊かになるお金の使い方。
一言でいえば「人間関係を豊かにするためにお金を使う」ということです。
そのほか、自分を向上させたり、自分磨きに使ったりすることもいいでしょう。
ですが幸せの基本は、常に人間関係にあります。
その人間関係の中でも、中心軸となる人間関係が、家族なのです。
親との関係がうまくいっている人は、決まって友人も多くて、仲良くしています。
しかし、親との仲がうまくいっていない人は、人に対して疑い深くなり、反抗的で友人も少ないのです。
基本がうまくいっている人は、すべての人間関係に対して肯定的で明るく見ることができます。
しかし、基本がうまくいっていない人は、すべての人間関係に対して否定的で暗いものと見てしまいます。
幸せの基本は、心の豊かさです。
心の豊かさの基本は、人間関係にあります。
人間関係の基本は、親にあります。
あなたが心を豊かにし、幸せになるためには、根底である親との関係を向上させなければならないのです。
親との関係こそ、すべての人間関係のスタート地点なのです。
親との関係が悪ければ、途中のどこかでつまずきます。
服のボタンを留めて、最後でボタンがずれていることがわかる失敗と同じです。
初めがおかしければ、すべておかしくなってしまうのです。
最初にずれたボタンの留め方をしてしまえば、その後に留めるボタンもすべてずれます。
あとからが悪いのではなく、初めが悪いのです。
人間関係も、これとまた同じです。
友人との関係がうまくいかない、恋人との恋愛関係がうまくいかない。
こうしたトラブルの原点は、親との人間関係にあるのです。
いちばんの基本である親とのずれがあるなら、その後の友人関係、恋人関係もすべてずれます。
では、こういうときにはどうすればいいのでしょうか。
当たり前に考えましょう。
もう一度基本に返り、親との関係を直していけばいいのです。
ずれたボタンを、初めから留め直すことと同じように、親との人間関係がうまくいけば、後の人間関係もよくなります。
心の豊かさの基本は人間関係です。
人間関係の基本は、親との関係です。
「心の豊かさ=親との関係」と言えるのです。