世界には七不思議といういわれがあり、今の世の中では解決しがたい不可思議なことの代表といわれています。
私がこの七不思議の八番目にしてもいいのではないかと思うくらいの世の中の不思議が、もう1つあります。
それが「お金について学校では教えてくれない」という不可思議な現象です。
私たちは、毎日必ずお金を一度は目にし、使います。
しかし、そんなお金とは何かを本当に理解している人は少ない物です。
なぜお金が誕生したのか、何のためにお金が存在しているのかを初めに知っておく必要があります。
お金とは、一言でまとめると「手段」と言えます。
自分が欲しい物を手に入れるための「手段」です。
お金という物を交換して手に入れられます。
現在、日本人が生涯稼ぐ金額は、およそ2億円といわれています。
人によっては、多少の差はあるでしょう。
ある人は1億しか稼げない人もいるでしょうし、またある人は3億も稼ぐ人もいるでしょう。
清貧とは、清く貧しいと書きます。
できるだけお金を使わず、できるかぎり豊かで清い使い方をするということです。
節約ももちろん清貧に当たります。
お金は常に手段であるということには変わりありません。
物を手に入れるための手段なのです。
何の手段でもかまいません。
お金は、常に使う目的があって稼ぎます。
使う目的もないのにただ稼ぐのは、意味のないことです。
自分がもっと人生を豊かにして楽しく生きたい欲求のためにお金を稼ぎ、人生を豊かにします。
お金を払うときに、あなたが頭を下げるか下げないかで周りからの印象はぐっと変わります。
お金を払うときに頭を下げて「ありがとうございました」という人なら、あなたは今以上に印象が良くなります。
しかし、ただ無表情で頭を下げなければ、偉そうに見られてしまい嫌われます。
お金を無駄に使わないために節約はとても良いことです。
必要以上にお金を使わない姿勢は、あなたが死ぬまで持ち続けていい貴重な「金銭感覚」です。
必要なところにのみお金を使い、関係のないところにはお金を使わないということは、基本中の基本です。
お金を使う人は、常に人間です。
お金の動きを見れば、その人の心の動きがよくわかります。
人間の心理状態に合わせて、お金も使われたり、使われなかったりしています。
お金は、自分の人生を豊かにするために使うことです。
お金を使って自分が幸せになれるなら、迷うことなく使うことです。
お金を使うときの基準は「自分がハッピーになれるかどうか」です。
親の援助に頼って勉強するより、身銭を切って勉強したほうが、よく身につきます。
親の援助に頼っていると「親のお金。自分のお金ではない」という意識があるため、勉強するときに気持ちが緩みます。
もちろんまったく勉強ができないわけではありません。
世界には日本だけでなく、韓国や中国、アメリカやイタリア、フランス、ロシアとさまざまな国があり、さまざまな人種がいます。
もちろん国によって価値観が違い、物価も変わってきます。
ですが、どんなに価値観が違い、物価が変わろうとも、お金が世界中に行き渡り、仲介していることには変わりありません。
お金で失敗したときの悔しさを、どうするかです。
誰か他人のせいにするのは良くありません。
せっかくお金を払って得られた貴重な失敗体験が、水の泡になってしまい身につかないからです。
お金は、心の余裕です。
お金はあるほど、心に余裕が出てきます。
心に余裕を持たせたければ、お金をたくさん持つことがいちばん早い話です。
お金は道具にすぎません。
自分のほしい物や願いを叶えてくれるための道具にすぎないのです。
自分の欲求が先にあり、その欲求を満たすためにそれ相応のお金が必要なのです。
お歳暮やプレゼントなど、年間の行事には贈り物をする機会が何度かあります。
お歳暮に限ったことではなく、父の日、母の日、誕生日、暑中見舞いなど、数を数えれば結構あります。
こうしたときの贈り物を選ぶ際には、毎回迷ってしまい、最後には「どちらにしようかな」といちばん時間を費やしてしまうのです。
人は生まれたばかりのころは歩くことさえままなりません。
親からの保護を受け、助けてもらいながら大きく成長します。
子どもが大人になるためには、大人である親の力はとても大きいのです。
給料が1万円上がると、いつもより1万円節約できたこととは表現が違うだけで、基本的には同じです。
会社ではたった1万円でも給料はなかなか上げてくれません。
「もっと仕事ができるようになったら給料を上げてやる」
私は本を買うときに、どれも安いなと感じます。
本が出来上がるまでにかかった時間や費用、努力や経験に比べれば、どれも安すぎです。
たった1冊の本を書くためには、作者がたくさんの本を読んで勉強し経験が詰め込まれているわけです。
大切なことであるにもかかわらず、ほとんどの人が気づいてないことがあります。
いえ、気づいていたとしても、見て見ぬふりをしている人がほとんどです。
それが「健康」です。
お金は動かさないと、幸せになれません。
たまったままのお金では意味がなく、使ってこそ意味があるのです。
お金を貯めているだけでは、それでは単なる精神安定剤にすぎません。
下手に儲け話に乗らないほうが、着実にお金は貯まります。
うまい儲け話には乗らず、毎日の仕事を一生懸命にこなすほうが長期で見て着実にお金を稼ぐことができるのです。
ですが一方で、世の中には手っ取り早くお金を稼げるという甘いうたい文句があります。
「世の中、お金じゃないから」
「お金ですべては買えないよ」
「人生、お金がすべてではない」
お金で苦労をしない人は考え方から違います。
「給料が欲しい」ではなく「成長が欲しい」と考えているのです。
お金そのものが目当てではなく、自分の成長が目当てで仕事をしています。
賭けごとやギャンブルを、やらないほうが結果としてお金が貯まります。
ギャンブルは負けることを前提として成り立っていますから、最後には損をするものと考えることです。
州公認のギャンブル施設がある世界的な歓楽地といえば、ギャンブルの町「ラスベガス」です。
負けるようにできているギャンブルですが、やってはいけないわけではありません。
ギャンブルは、お金を払って「はらはらどきどき」という時間を買う行為です。
ギャンブルは賭けごとであって、ほとんどが運に左右されるものであり、本人の努力は関係ありません。(パチンコ、株投資は除く)
むやみに貯金をしていると、守りの人生になります。
「もしものときのために」
そう思っていると、お金を使うことを控えるという保守的な構えになります。
お金で失敗をして自分を責める暇があるなら、失敗から教訓を学びましょう。
お金の失敗は、誰でも必ずあります。
最初は、お金の使い方や危険性がよくわからないため、いろいろ苦しむ経験をするでしょう。
お金の上手な使い方の1つに、プレゼントを贈るという使い方があります。
自分がお世話になっている人に、プレゼントを贈って感謝の気持ちを伝えましょう。
両親や友人、恋人など「ありがとう」という感謝の気持ちを、プレゼントという形に変えて伝えるととても喜ばれます。
世界には七不思議といういわれがあり、今の世の中では解決しがたい不可思議なことの代表といわれています。
私がこの七不思議の八番目にしてもいいのではないかと思うくらいの世の中の不思議が、もう1つあります。
それが「お金について学校では教えてくれない」という不可思議な現象です。
学校では社会に出てから役立つからと、数学や社会、国語、理科などを教えます。
数学程度の計算や国語、社会の教科はたしかに社会に出てから役立ちます。
簡単な足し算や引き算、社会の仕組みや漢字の勉強は無駄ではありません。
それはいいのですが、肝心のお金については、一切教えてくれないのが学校なのです。
お金は人間が生まれてから死ぬまでずっと付き合い続けなければならない大切なテーマです。
お金は世界中で使われる英語以上の共通言語です。
「これからは国際化だ。英語をしっかり勉強しよう」などと叫ばれていますが、英語以上にお金についての勉強のほうが重要です。
にもかかわらず、これほど大切な勉強を不思議なことに学校では一切まったく触れないのです。
お金の使い方が下手な人間を、あえてつくり出そうとしているかのようです。
私たちは、まずお金についての勉強がいちばんに不足しています。
社会についての勉強や人付き合いについてなど、いろいろと勉強しなければなりませんが、それよりまずお金の勉強です。
どういうわけか世の中ではお金について教えてくれるところがないからです。
小学校中学校といった学校でも教えてくれず、お金について未熟なひよこのまま社会に放り出されます。
これでは新社会人はお金に苦労するのも当然です。
お金は結局自分で勉強しないといけないものなのです。
私も社会人になり、お金に関しては大いに苦労しました。
お金の失敗談で何冊か本が書けてしまえるくらい失敗をしています。
新社会人のころはお金の使い方や本質がまったくわからなかったのです。
そのためおばあちゃんからもらった就職祝いの100万円を、たった1年で使い切ってしまうという大失敗もしてしまいました。
これほど大切な学校では教えてくれない勉強を、できるだけ早めにあなたにお伝えしておこうと思います。
あなたがまだ学生ならラッキーです。
社会人になって苦労するであろう出来事を、代表して経験しました。
その苦労した経験から得たノウハウをお伝えします。
お金についての勉強であり、知識であり、知恵でもあります。
これから死ぬまで一生役立ち続ける貴重な話をまとめておきました。
どれも学校では教えてくれないポイントであるだけに「そんな! まさか! 聞いたことがない」という話ばかりです。
しかし、それだけあなたがお金について何も知らなかったということなのです。
私たちは、毎日必ずお金を一度は目にし、使います。
しかし、そんなお金とは何かを本当に理解している人は少ない物です。
なぜお金が誕生したのか、何のためにお金が存在しているのかを初めに知っておく必要があります。
お金の使い方とは「自分が欲しい物を、ある一定の量のお金と交換して手に入れる」ということです。
これが誰しも知っているお金の使い方であり、世界共通です。
しかし、お金は人類誕生以前の大昔から存在していたと言うわけではありません。
お金は、まず人間がつくり出した人工的な手段です。
昔にさかのぼってお話をします。
その昔、世界にお金という物が存在しなかったころ、人々は「物々交換」によって物を手に入れていました。
ある者は狩りをするのが得意で肉を持っていた。
しかし、一方で農業を営むことは苦手で、お米を手に入れる手段がなかった。
そこでお米を手に入れている人に、自分の得た肉とお米とを交換しようと交渉し、自分が持っていない物を手に入れていたのです。
俗にいう「物々交換(物と物とを交換)」です。
まだお金が存在しなかったころは「自分の物と相手の物とを交換」することでほしい物を手に入れていたのです。
木と塩を交換、ウサギと犬を交換、大根とニンジンを交換といった感じです。
中には、釣り合っていない交換もあります。
ウサギ1匹と牛1頭とでは、大きさや寿命も全然違います。
こうしたときにはウサギ5匹と牛1頭といった具合に、釣り合いをうまく保って交換していました。
ですが、やがて頭のいい人間たちは、そんな物々交換では効率が悪いということに気づきます。
自分の持っている物と相手の持っている物が、必要し合っているときはいいですが、問題はそうでないときです。
物々交換は、相手が自分の持っている物と交換して初めて成り立つことです。
自分の持っている物が相手は必要としていない物なら、いくら相手の物が欲しくても交換に応じてくれないのです。
「私は君の物は必要ないな。物々交換には応じられないね」
うまく断られます。
お互いに持っている物をお互いが交換したいときに初めて物々交換が成立するのです。
やがて、人々は気づきます。
「これでは効率が悪い。物と物とを仲介する共通的な価値のある物が必要だ」
そこで生まれた共通の物が、お金です。
初めは、お金は石でした。
複製できない特別な石をお金の代わりにして、自分の持っている物をある一定の石の量に変換します。
特別な石なのでそのへんに転がっている物ではいけません。
きちんと模様が施されたお金と認められる石でないといけません。
変換された石のお金で、誰かに自分が欲しい物と交換してもらいます。
このようにして人々は自分では手に入れられない物を、お金という共通的な価値の物に変換しました。
そのお金で他人から自分が持っていない物をお金と交換することで、効率よく手に入れられるようになったのです。
自分が持っていない物があったとしても、お金を仲介すれば物が買えるようになっています。
その後お金も石から、鉄製の物、銅製の物、紙幣の物など、より複製ができないようにつくられ、今のお金があるわけです。
ウサギ1匹だと2,000円。
しかし、牛1頭だと10,000円。
このように値段が付けられ、自分の持ち物をお金に変換します。
変換されたお金を使って、相手から物を買います。
お金は物々交換の効率を追及した結果生まれた、最高の手段なのです。
お金とは、一言でまとめると「手段」と言えます。
自分が欲しい物を手に入れるための「手段」です。
お金という物を交換して手に入れられます。
自分の力ではどうしても手に入らない物でも、お金という物を仲介して交換すれば手に入れられます。
自分で料理ができなくても、お金があればなんとかなります。
おなかがすいたときには、お金と交換して食べ物を手に入れればいいのです。
けがをしても自分で治療をするための専門知識や、薬剤がなくてもお金があればなんとかなります。
専門医のところへ行きお金と引き換えに最良の治療法と薬で健康を手に入れられます。
自分の家が欲しいなと思ったとき、自分だけの力ではつくり方がわからず必要な木を切るための力もありません。
しかし、お金があれば、家と交換できます。
建設会社の人の知識や大工さんの労働力などをお金と交換して、大きな家だって手に入れられるのです。
世の中にあるほぼすべての物は値段が付けられています。
お金さえあれば手に入れられるようになっているところがすごいところです。
このルールは世界共通です。
日本だけでなく、アメリカやフランス、韓国や中国、インドやロシアでもまったく変わりません。
お金とは、自分が欲しい物を手に入れる「手段」ということをしっかり認識しておくことです。
たくさんお金を持っているお金持ちは「たくさんの手段持ち」とも言えます。
たくさんのお金を持っていますから、たくさんの願いをお金の力で叶えることができます。
たくさんのお金という手段があれば、自分の力でできないことでも、実現させていくことができるのです。
物を交換する際に仲介役として用いられる「共通的な価値を持った物」です。
人の心や愛はお金では買えないですが、一部の例外を除いたほとんどが、お金によって手に入れられるのです。
現在、日本人が生涯稼ぐ金額は、およそ2億円といわれています。
人によっては、多少の差はあるでしょう。
ある人は1億しか稼げない人もいるでしょうし、またある人は3億も稼ぐ人もいるでしょう。
だいたい平均すると、およそ2億円という金額であるそうです。
つまり私たちは、一生を2億円分の手段と交換して生きていかなければならないということです。
普通に生活をして普通に働いていけば、一生を通して2億円ほど稼げます。
その2億円をどう振り分けて使うのかは、あなたしだいです。
「2億円のうち、これは食費に使い、これは住宅費に使い、これは衣料に使い、これは保険に使い……」
うまく振り分けるのです。
この振り分けが下手な人は、人生のバランスがおかしくなります。
当然2億円の家を買えば、そこですべてのお金がなくなります。
2億円の家を手に入れられても、食べ物を買うお金もなければ着る服を買うお金も手元にはなく、生きていけません。
生活していけない状態になります。
お金の使い方が上手な人は、生き方も上手な人です。
自分が欲しいものや必要な衣食住をバランスよく把握し、それにかかる金額を計算して上手に配分できる人は、お金に失敗しません。
世の中には不思議なことに受けられるサービスは同じでも、金額に大きな差があることがしばしばあるのです。
私は先日、ブックオフという古本屋に行きました。
ブックオフには普通の本より格安で本が売られています。
いちばん安くて1冊なんと100円です。
中にはほぼ新品の本でも100円という格安の値段で売られていることもあります。
普通の本屋で買えば1,200円もするというのに、12分の1の値段というのは大きな差があります。
しかし、同じ本であることにはまったく変わりありません。
一度は誰かが読んで売られた本であるにしろ、本の状態はきれいで新品と間違えてしまうくらいです。
あなたはどちらのほうが得をしているか、もうおわかりですよね。
もちろん100円で同じ本を買うほうが、より上手にお金を使うことができていると言えます。
先ほど言った、受けられるサービスは同じでも、金額に大きな差があるとはこのことです。
これは本だけに限ったことではありません。
洋服やCD、車、旅行、家、土地にもまったく同じことが当てはまります。
手に入れるものまったく変わらないというのに、値段には大きな差があることが世の中にはたくさんあります。
できるかぎり安い値段で、価値のあるサービスを手にするほうが、使い方が上手と言えます。
お金を上手に使うとは、小さな金額で大きなものやサービスを受けるということです。
清貧とは、清く貧しいと書きます。
できるだけお金を使わず、できるかぎり豊かで清い使い方をするということです。
節約ももちろん清貧に当たります。
無駄なことにはお金を使わず、本当に必要なことにだけに最小限のお金を使うというのは、清貧であり上手なお金の使い方です。
基本的に一生涯で稼ぐお金は限られています。
しかし、面白いことに、節約に関しては限りがありません。
できるだけたくさんお金を稼ぐというテーマには、2億3億と自分の稼げる上限が見えています。
ですが、できるかぎりお金を使わないというテーマには限りがなく、究極はタダ(0円)で物を手に入れることが可能です。
節約の究極は、0円で物を買うという「もらう」という行為に当たります。
お隣さんが引っ越しでいらない物を処分しているとき、使わなくなった椅子をただでもらえば、0円で手に入れられます。
本来なら椅子を買うのにいくらかお金がかかりますが「もらう」ことができれば0円で手に入れられるのです。
大阪には「もらえる物はもらう」という言い回しがあります。
「ただで手に入る物なら、とりあえずもらっておこう」という意味と思われそうですが、そうとは限りません。
リサイクルと考えることができます。
処分をしたい人にとっても引き取ってもらえて嬉しいし、もらう人もただでもらえるのでお得なのです。
「これ、いらないんだけどいる?」
「ちょうど良かった。ほしいなと思っていたところなんだ」
お互いの要求が合えば、お金を介さずに物を手に入れられるのです。
もらえる物はもらっておこうとは、はしたない行為でも何でもありません。
お金を必要とせず物を手に入れられる素晴らしい節約の1つなのです。
お金は常に手段であるということには変わりありません。
物を手に入れるための手段なのです。
何の手段でもかまいません。
食べ物を手に入れる手段、洋服を買うための手段、もっと美しくなるための手段、自分の夢を叶えるための手段。
手段と言ってもいろいろありますし、必要なことも人それぞれです。
ですがお金としてのその威力は、使うまでは発揮されないことに注意することです。
持っているだけでは単なる精神安定剤にしかならず、しっかり使ってこそお金としての役目が果たされるのです。
お金を使うまでは、ただの紙切れ同然なのです。
使うことを前提にお金を稼ぎ、使っていかなければなりません。
にもかかわらず「お金が欲しい」と、愚痴ばかりこぼしている人がいます。
「~がしたいからお金が欲しい」ではなく、ただ「お金が欲しい」と、お金を手に入れることそのものが目的になっている人です。
こういう人はお金を手に入れることそのものが、人生の目的になっています。
お金さえあれば幸せになれ、すべてが100%叶うものだと思っています。
使う目的もなく、よくわからないけどとりあえずお金が欲しい人が、意外に多いのです。
私の友人にもいつも「お金が欲しいな」と、言う人がいます。
そんな人に「じゃあ、お金があったらどうするの」と聞くと「とりあえず貯金する」と言います。
もし使う目的があるなら、お金は必要です。
お金を稼ぐ必要もあります。
お金の原点は、物々交換です。
自分がつくれない物や手に入れられない物があって、でもそれがどうしても必要だからお金を仲介して手に入れるわけです。
目的がなくただお金を稼ぐというのは、むなしいのです。
目的が先にあってお金を稼ぎ、目的を果たせばまた次の目的のために一生懸命に働いてお金を稼ぐのです。
目的がないと人生は楽しめないのです。
お金は、常に使う目的があって稼ぎます。
使う目的もないのにただ稼ぐのは、意味のないことです。
自分がもっと人生を豊かにして楽しく生きたい欲求のためにお金を稼ぎ、人生を豊かにします。
しかし、使う目的のないお金でも、まったく意味がないわけではありません。
使う目的のないお金でも、お金にはお守りのような不思議な力があります。
本人の心に、安心や安定をもたらしてくれます。
「精神安定」というお守りの力です。
お金は薬ではありませんが、薬以上に効果を発揮し、精神を安定させてくれる力があります。
私もお金が底をつきそうなときは、いつも頭の中がお金のことでいっぱいになり、落ち着かずにいられなくなります。
不安になったりいらいらしたり、気持ちが落ち着かなくなります。
しかし、給料日に銀行で給料が振りこまれているのを確かめると、その瞬間からほっとして精神が安定します。
お金がないときには、どう生活しようかと焦り不安になりますが、お金が入ってくると、突然精神が安定するのです。
お金は、空気のようです。
あるときは特に意識しませんが、なければ手足をばたつかせて息苦しくなります。
またお金が補給されると、さっきまでの苦しさはどこかへ消えて、また普通に生活ができます。
お金には、本物の精神安定剤以上の効果と即効性があります。
お金があるときとないときでは、精神的な状態に大きな違いが出てきます。
お金がないときには「世の中間違っている」とか「お金持ちがうらやましい」と愚痴を言い、性格が悪くなります。
ですがその一方で、お金があると普段は口説けないような女性に対して、口説く勇気が出てきたりします。
穏やかな気持ちになったり、胸を張って道を歩けるようになったりなど、精神的な部分にも大きく影響を及ぼしてきます。
お金とは、勇気や癒やしを今すぐ得られる、安定剤なのです。
お金を払うときに、あなたが頭を下げるか下げないかで周りからの印象はぐっと変わります。
お金を払うときに頭を下げて「ありがとうございました」という人なら、あなたは今以上に印象が良くなります。
しかし、ただ無表情で頭を下げなければ、偉そうに見られてしまい嫌われます。
お金のパワーはとても強く、値段の付いている物なら何でも手に入れられます。
お金はあなたを差別しません。
男女、子ども、老人、人種など関係なく、お金さえあれば、それ相応のサービスと交換ができます。
お金さえあれば簡単にサービスを受けられるからこそ、支払うときには偉そうな態度にならないよう気をつけなければなりません。
いくら仲介役としてお金が介在していたとしても、お金のやりとりは「人と人」です。
自動販売機などは人とのやりとりなしにも可能ですが、基本は常に人と人であることをしっかり押さえておきましょう。
お金を支払う姿を、店員さんや販売員は逃さず見ています。
商品を購入してくださるありがたいお客さんを、ほうっておくはずがありません。
お金を払ってくれるお客さんを店員さんは「ありがとうございます」と喜んでくれます。
しかし、お客さんが偉そうにしていると「支払っているんだからサービスしろ」という考えが店員さんに伝わり、嫌われるのです。
「ああ。この人はお金があるから偉そうになっている。お金の力でふんぞり返っている」
こうしたことを心の中で思っているわけです。
お金を持っているから、みんなから好かれるわけではありません。
お金を使うときの態度が重要なのです。
お金を払うときには頭を下げながら謙虚になることです。
「お金を払わせてください」という態度になれば、相手も気持ちよくお金を受け取れ、快くサービスを提供したくなります。
お金を無駄に使わないために節約はとても良いことです。
必要以上にお金を使わない姿勢は、あなたが死ぬまで持ち続けていい貴重な「金銭感覚」です。
必要なところにのみお金を使い、関係のないところにはお金を使わないということは、基本中の基本です。
ですが、そんな節約は、方法しだいではあなたの性格を変えてしまうので注意しましょう。
無理をした節約は、その人の性格を悪い方向へと変えます。
ダイエットと同じように無理をしてしまうと、表情が暗くなり、食べることを悪いことだと思い始めたりします。
「痩せて、みんなに好かれたい」と始めたダイエットでも、本人の性格が悪くなるのでは逆効果です。
節約も適度な節約はいいのですが、あまりに常軌を逸した無理な節約は本人の性格を悪くさせてしまいます。
食事に行っても、コーヒーしか飲まない。
友人との付き合いも、節約のため控える。
携帯料金もかかるから、友人とも連絡を取らない。
電気代がかかるから、テレビをつけず、部屋も暗くする。
暗くなった部屋だけでなく、本人まで暗くなってしまう。
お金を使いたくないから、何もしない、何も起きない、何もない。
こうした生活では友人がいなくなり、幸せのための節約が、不幸のための節約になります。
ダイエットも節約も、適度が大切です。
自分の性格が悪くなったり暗くなったりすれば、赤信号です。
節約の仕方が間違っていたり、やりすぎていたりしている証拠です。
お金を使う人は、常に人間です。
お金の動きを見れば、その人の心の動きがよくわかります。
人間の心理状態に合わせて、お金も使われたり、使われなかったりしています。
お金の動きは、その人の心の動きを反映しています。
たとえば多額のお金が入って、喜んでいるときはつい調子に乗ってお金を使ってしまいます。
ちょっとお金持ちになって気分に浮かれて高揚し、調子に乗ってしまうのです。
気分がいいときには、お金も勢いよく使われて外に流れ出すぎてしまい、また金欠という失敗を繰り返してしまう傾向にあります。
またお金が全然なくて生活が苦しく心を削られている状態まで来ると、お金は驚くほど使われない生活となります。
私も、自分のお金が底をつきそうなときは心が痛みます。
やがて給料日がやってきて、まとまったお金が一気に飛び込んできます。
給料日には、節約の心がけを忘れ、勢いよく使いたくなってしまうのが、人間心理です。
我慢していた気持ちがあったので、お金がまとまって入ってきたため、つい調子に乗ってしまうのです。
本当はお金がまとまって入ってきたときほど、お金を使わないようにするのがいちばんです。
お金がまとまって入ると、今まで我慢していた気持ちに緩みが出て、つい使いたくなります。
お金の使い方がうまいユダヤ人の商人の間では「儲かった次の年は仕事を休め」といわれています。
本来なら、儲かればその勢いで次の年も同じようにといきたいところです。
ですが調子に乗るとおかしな行動を取ることを知っているユダヤ人は、儲かったときほど、頭を冷やして休めと言っています。
お金がまとまって入ってきたからとはいえ調子に乗らないことです。
時間を置いて落ち着かないと、またお金を使いすぎてしまい、あとから悔いるのです。
お金は、自分の人生を豊かにするために使うことです。
お金を使って自分が幸せになれるなら、迷うことなく使うことです。
お金を使うときの基準は「自分がハッピーになれるかどうか」です。
食べ物、着る物、使う物など、そうした物を購入するとき、購入した後の自分はハッピーになれるかどうかを基準に考えます。
自分がこれを所持することで嬉しくなり、ハッピーな生活を送れそうだなと思うなら、買います。
自分の生活向上に対して使われているので、OKです。
しかし、気をつけてほしいのは、人目を気にした購入です。
「この本を持てば、尊敬されそうだな」
「高級車を持っていれば、すごいと言われそうだな」
「高級ブランド品を身につければ、かっこいいと思われるだろうな」
もちろんそうした高級品を持つのが悪いわけではありません。
お金持ちは、高級品を買えばいいのです。
収入に見合っていますから、分相応です。
しかし、適した収入もないのに、単によく見られたいからという動機で高級品に手を出すのは、要注意です。
自分がハッピーになることより、自分をよく見せようとする見えに、お金を使ってしまっています。
人目を気にすると、どうも必要のないお金を使ってしまうのが人間です。
身の丈に合っていない買い物のため、家計が傾くのです。
賢い人は、自分の人生を歩みます。
決して周りの人に流されず気にしません。
自分がいちばん楽しく嬉しくハッピーになれることに気を向けています。
人の目を気にしているのは、自分の人生を歩んでいるようで実は「周りの人に振り回されている人生」でしかないのです。
親の援助に頼って勉強するより、身銭を切って勉強したほうが、よく身につきます。
親の援助に頼っていると「親のお金。自分のお金ではない」という意識があるため、勉強するときに気持ちが緩みます。
もちろんまったく勉強ができないわけではありません。
身銭を切って勉強するときの「切迫感」には、かなわないということです。
お金はお金でも、他人のお金か自分のお金かで、本人の気の持ちようが変わってしまいます。
身銭を切ると自分のお金という認識が強くなるため「なんとか元を取ってやろう!」と気合が入ります。
私はアメリカに留学していたころ、すべて親のお金で勉強をしていました。
それなりに勉強はできていたのですが、社会人になり、自分のお金で勉強をすると身につく効率がまったく違うことに驚きます。
自分のお金で物を買い始めるようになると、余計な物は買わないようになり、買う物は責任を持とうという気持ちが生まれます。
これは自分のお金でないと、わからないことです。
いくら本を読んでもこのときの感覚は独特で、生きるエネルギーのようなものを感じます。
自分のお金で勉強すればサボることもなくなり、一生懸命なので短期間でよく身につきます。
本を1冊読むにしても「きちんと元を取ってやる!」と自分にムチを入れて読むようになり、当然その分よく頭に入るのです。
習い事をする、本を読むなどといった自分の技能を向上させることに関しては、自分のお金で授業を受けてみることです。
勉強に関しては、身銭を切るか切らないかで、身につく度合いが変わるのです。
世界には日本だけでなく、韓国や中国、アメリカやイタリア、フランス、ロシアとさまざまな国があり、さまざまな人種がいます。
もちろん国によって価値観が違い、物価も変わってきます。
ですが、どんなに価値観が違い、物価が変わろうとも、お金が世界中に行き渡り、仲介していることには変わりありません。
お金という存在は、国や人種などで生じる違いを埋める働きもあります。
国にはそれぞれの文化や宗教、価値観があります。
答えの見つからないことに対して話し始めると、こじれてしまい、いつまで経っても解決しません。
「とりあえずこの商品にはこの値段を付けておきましょう。この値段で買ってくれるなら文句は言いません」
といった感じで、宗教や文化を超えて、値段を付けているのです。
そのおかげで世界共通のお金を仲介役にして、やりとりは初めて正当に可能となるのです。
お金は世界の溝を埋めるために大いに活躍しています。
もしお金がなければ、宗教や文化、価値観の違いといった話に商売が成り立たず、うまく経済が回っていかないことでしょう。
お金は人類が発明した世界の溝を埋める最高の道具なのです。
お金があるおかげで海外旅行ができ、海外の物やサービスをトラブルなしに受けられるのです。
「宗教がどうだの、価値観がどうだの」と言い争いを避けることができます。
値札に書かれている値段さえこちらが支払えば、むこうは笑顔で商品を渡し、サービスを提供してくれるのです。
お金は、なんと素晴らしい道具なのでしょう!
お金によるトラブルもありますが、お金があるからこそ世界中でトラブルが少なく済んでいるわけです。
お金は英語以上に世界の共通語です。
日本人は英語の勉強をする前に、お金を上手に使えるようにならなければなりません。
お金のない国がないかぎり、お金の勉強ができていれば世界のどこへ行っても通用します。
英語が世界の掛け橋になるといわれていますが、すでにお金が世界を1つにする掛け橋になっていたのです。
お金で失敗したときの悔しさを、どうするかです。
誰か他人のせいにするのは良くありません。
せっかくお金を払って得られた貴重な失敗体験が、水の泡になってしまい身につかないからです。
人のせいにするのではなく、自分のせいにすることです。
たとえ悪いのが相手でも、自分のせいにして悔しさを十分に感じきっておくことです。
悔しさが、その後のあなたを大きく変えます。
「改善したい」「同じ失敗を繰り返したくない」という気持ちが、より強くなります。
私にも、社会人になったばかりのころ、お金にまつわる痛い経験があります。
訪問販売による、高額な浄水器を買わされてしまった経験です。
東京で一人暮らしを始めたばかりの私は、飲み水に苦労をしていました。
蛇口から出る水はくさいし、水はいつもコンビニにまで買いに行っていました。
シャワーの水に含まれる塩素が原因と思われるアレルギーが、出てくるようになりました。
かゆくて仕方ありません。
水に関しては困り果てていたところ、訪問販売の爽やかなお兄さんがやってきました。
タイミングよく、高機能な浄水器の案内でした。
ちょうど水に困っていた矢先だったので、私は前向きに話を聞いてしまいました。
しかし、ネックは値段でした。
価格は、およそ30万円です。
浄水器1つに30万円は高すぎだと思って、断ろうとすると、爽やかなお兄さんがうまいことを言います。
「ローンを組めばいいですよ。1カ月で計算すると、たった4,000円です」
私は頭の中が「30万円」から「4,000円」に切り替わってしまいました。
「だったらいいかな」と甘い考えをしてしまったのです。
購入後、たしかに浄水器はとてもいいもので水に困ることはなくなりました。
しかし、です。
あとから冷静になれば、身の丈に合っていない買い物をしてしまったと、思うようになりました。
浄水器とはいえ、もっと安いものがあります。
30万円が法外な値段だということに気づき、後になって怒りがこみ上げてきました。
あのときのお兄さんを恨んでしまったし、その怒りをどうしていいのかわからず余計に鬱憤がたまってしまいました。
そのとき生まれて初めてクーリングオフにも問い合わせました。
しかし、もうクーリングオフの有効日数が過ぎていたため、取り返しがつかない状態になっていたのです。
判断を一瞬誤ったばかりに、大きなローンを数年間にわたり、背負うことになってしまったのです。
苦い思い出です。
借金は一度背負えばわかりますが、気が重いものです。
何か邪悪な悪霊にとりつかれているような感じがします。
それからというもの、私はお金に関係した出来事には、目を鋭くさせるようになりました。
「こんなのいかがですか」と言われても、以前の悔しい経験が思い出されます。
「いいえ、結構です!」と強く言いはねるようになりました。
「これ以上、ひどい経験をしたくない」という緊張感があると、強気になれます。
街角で話しかけられても、まず話は聞かないようになりました。
別人のようです。
「いりません」「不要です」と言っています。
お金の痛い失敗が、私を大きく変えてくれました。
痛い経験はいい勉強とも言え、そのときに学んだ教訓は生かしておくことが大切なのです。
お金は、心の余裕です。
お金はあるほど、心に余裕が出てきます。
心に余裕を持たせたければ、お金をたくさん持つことがいちばん早い話です。
お金は人間の未知なる心に大きな影響を与え、余裕という栄養を与えてくれます。
お金がないときは性格も悪く、考えも狭くて小さくなりがちです。
けれど、ある程度お金が入り余裕が出てくると性格が良くなり、考えも大きく気持ちにも余裕が出てきます。
しかし、ビタミンと同じで、ただたくさん取ればいいわけでもありません。
多く取りすぎると、副作用があります。
お金はたくさん持てば持ったで、税金、相続といった大きなお金の処理に大きな時間を費やしてしまうことになります。
またお金は持てば持つほど、お金目当ての人しか寄ってこなくなり、本当の友人ができにくくなります。
お金はたしかに心の余裕ではあるのですが、たくさん持ちすぎても心の余裕がなくなります。
お金は道具にすぎません。
自分のほしい物や願いを叶えてくれるための道具にすぎないのです。
自分の欲求が先にあり、その欲求を満たすためにそれ相応のお金が必要なのです。
ですが世の中には、その道具であるお金そのものに人生すべてをかけてしまっている人がいます。
何か果たしたい夢があるのではなく、ただお金をより多く手にすることが生きる目的であり、人生をかけてしまっているのです。
生きる目的が、お金を稼ぐことになってしまっている人のことです。
やりたいことがあるのではなく、ただ「お金が欲しい。もっと給料が上がればいいのに」と愚痴をこぼしている人は要注意です。
だいたいこういう人は本当に年収がアップしても「もう少しお金があればいいのに」と欲張り始めます。
願いそのものが、お金を手に入れることになるため、終わりがないのです。
その願いは本当に大きなお金がないと実現できないのかと言えば、実際はそうでもありません。
少ないお金でも案外あっさり実現できるのです。
「お金があれば旅行できるのに」
「お金があればもっとおしゃれができるのに」
「お金があればもっといい部屋に住めるのに」
「お金があればもっと親孝行できるのに」
こんな願いは、大きなお金が必要とは限らず、少ないお金でも実現は可能なのです。
今は格安の旅行や安い服、安い家賃がありますし、親孝行が必ずしもお金をかけないとできないのかというとそうでもないのです。
結局その人は「ただお金を手に入れること」のみが目的になり、その願いを叶えるための具体的な行動をしていないのです。
探せば大きなお金を使わずして実現できる方法がいくらでもあります。
お金があれば、たしかに何でも叶えられます。
だからとはいえお金ばかりを追いかける人生では、味気ないのです。
お歳暮やプレゼントなど、年間の行事には贈り物をする機会が何度かあります。
お歳暮に限ったことではなく、父の日、母の日、誕生日、暑中見舞いなど、数を数えれば結構あります。
こうしたときの贈り物を選ぶ際には、毎回迷ってしまい、最後には「どちらにしようかな」といちばん時間を費やしてしまうのです。
ある程度までは贈り物の見当をつけることはできるのですが、最後の最後で2つまで絞られ、どちらにしようかと迷うものです。
そんなときには「値段の高いほう」にすることがポイントです。
あるいは「価値の高いほう」にしておいたほうがいいのです。
値段はたった数百円、数千円の違いですが、この「ちょっと出しすぎたかな」という精神的な余裕は相手にはきちんと伝わります。
金額的には小さな違いでも、受け取るほうには差が大きく感じられるのです。
たとえば私はお歳暮や暑中見舞いなどの贈り物を贈るときには、ちょっと大きめの物を贈るようにしています。
そうすると相手の人にとって「これほど!」というちょっとした心理的好感を与えることができます。
また多すぎればお隣さんにおすそ分けができ、コミュニケーションの機会をつくり出すこともできます。
相手にとってちょうどいい量も悪くはありませんが、相手にとってちょっと多いなと思う量もいい影響を与えるのです。
むしろあまりに値段の安い物を贈ってしまい、相手からケチられたと思われるほうが損失は大きいのです。
ちょっと値段をけちったばかりに印象が良くなるどころか、悪くなってしまうことがあるのです。
「けち」と思われたらせっかくの贈り物も台無しです。
贈り物で迷ったら「高いほう」を選んでおけば、まず間違いはないのです。
人は生まれたばかりのころは歩くことさえままなりません。
親からの保護を受け、助けてもらいながら大きく成長します。
子どもが大人になるためには、大人である親の力はとても大きいのです。
ですがなかには、保護をしすぎている親もいます。
子どもに簡単にお金をあげてしまう親です。
お小遣いは良い代表で、簡単にお金を子どもに「渡して」しまいます。
それが長期間にわたって、ずっと「渡され続けて」しまうため、子どもには、お金は「もらう物」だと勘違いしてしまうのです。
私の家庭も比較的過保護であり、毎月お小遣いをもらっていました。
冒頭でもあげたとおりの出来事と同じく、小学生から大学のころまでずっと親から「お小遣い」をもらい、生活をしていました。
しかし、そんな生活をしてしまっていたため、社会人になるまでは「お金はもらう物」だと間違って認識してしまっていました。
しかし、一度社会に出てみればわかりますが、正しくは「お金は働いて稼ぐもの」です。
社会のためや人のために働き、その報酬としてお金を受け取ります。
もちろん働きが大きければ大きいほど、より多くお金を受け取れます。
社会では決してお金はただではもらえません。
私は小さいころから親からお小遣いをもらっていたため、金銭感覚がおかしくなっていた部分がありました。
そのため社会に出てからお金に関してはいろいろ苦労をして、今ではこのようにお金にまつわる話は山のようにできるほどです。
何しろずっと「もらう物」だと思っていましたから、この金銭感覚を変えるためには苦しい経験を何度もすることとなったのです。
中国の華僑やユダヤ人は、子どもに早くから働かせ、子どもの自立心を芽生えさせる教育を行っています。
決してお金をあげるのではなく、小さな仕事をやらせて、お金を渡すという教育ができているのです。
お金に対して正しい認識を小さなころから身につけさせるために、親の教育が厳しいのです。
お金を子どもにあげることは、子どもをダメにさせてしまうことになります。
私はお金を甘く見ていただけに痛い経験をたくさんすることになり、そのおかげでお金について考える機会を得ることになりました。
おかしな話で、これが私にとってお金について考える良い機会になりました。
お金をあげる経験は子どもには毒なのですが、悪い経験もいい経験に変えるようにしています。
給料が1万円上がると、いつもより1万円節約できたこととは表現が違うだけで、基本的には同じです。
会社ではたった1万円でも給料はなかなか上げてくれません。
「もっと仕事ができるようになったら給料を上げてやる」
「給料を上げてもらいたければ、もっと仕事をしろ」
このように当然の答えが返ってきます。
しかし、1万円の節約なら、すぐできてしまいます。
1万円の節約は、1万円余分に稼いだと同じです。
もう1万円余分にほしいと思うなら、稼ぐ前にまず節約できないか考えてみましょう。
生活の中で、ちょっと贅沢をしているところ(外食、ショッピング、飲み会)を控えめにするだけで、簡単に節約ができます。
人間には、いつもより1万円多く稼ぐことより、1万円節約するほうが簡単に感じられるのです。
「もっと給料、上がればいいのにな」「もっとお金があればいいのにな」と愚痴をこぼすなら、節約をすればいいのです。
給料を上げる努力をするより、節約する努力を先にしましょう。
いくら稼げても贅沢をしていれば、なかなかお金は貯まりません。
いつもの外食を少し減らしたり、古本屋を利用したりすれば驚くほど節約ができます。
私はいつも本を買うときには、まず古本屋へ駆けこむことにしています。
古本屋にある本は、すべて本来の定価より安いものです。
一度誰かが読んだ本を買いとっているため、価格が安いのです。
しかし、値段は半額になっていても、実際はまったくの新書と変わらないきれいさです。
同じ本を買っているにもかかわらず、かかった費用が2分の1、あるいはそれ以下で済むなら、賢い買い物です。
半額で浮いたお金は、働いて余分にもらった給料と同じなのです。
私は本を買うときに、どれも安いなと感じます。
本が出来上がるまでにかかった時間や費用、努力や経験に比べれば、どれも安すぎです。
たった1冊の本を書くためには、作者がたくさんの本を読んで勉強し経験が詰め込まれているわけです。
私も自分が本を書いているだけにわかるのですが、1冊の本ができるまでには膨大な時間と費用がかかっています。
単に書いているだけの時間だけでなく、経験している時間や勉強した時間を合わせて考えてみましょう。
長い時間がかかっていることに気づきます。
作者が涙を流すような、つらい経験で得た知恵が詰め込まれているのです。
あなたが経験するであろうつらい出来事を作者が先に経験をして、惜しみなく教えてくれているのです。
自分がこれからつまずくような失敗を、本を読むことで未然に避けることができ、賢く生きることができるようになります。
本を読めば読むほど、人生を先取りできます。
本を読んでいる人が賢いのは、たくさんの人たちの人生を知ることができ、多く知識や知恵に触れることができているからです。
私は、本はどれも宝物だと思っています。
その人が、今までに経験したことが原料にされていますから、その人の分身のように思えてならないのです。
その見えない原価に気づいて、感謝をすることが大切です。
ただ本に値段が付けられているのではありません。
1冊ができるまでには目に見えない原価がたくさんかかっていることに気づけば、本はどれも安く、買わなきゃ損なのです。
大切なことであるにもかかわらず、ほとんどの人が気づいてないことがあります。
いえ、気づいていたとしても、見て見ぬふりをしている人がほとんどです。
それが「健康」です。
意外なことと思われるかもしれませんが、健康とはお金に対して大変大きなつながりを持っています。
「健康運=金運」であることを知っておきましょう。
健康なら、それだけお金を稼ぐことができるということです。
自由に歩いたり、話をしたり、手足を動かすことができるのは、当然のことながら健康であるためです。
健康でなければ、仕事も思うようにできません。
お金を稼ぐためには仕事をしっかりこなすことが必要であり、仕事をしっかりこなすためには健康でいることが大切なのです。
また健康でいれば、病気や入院などで余分なお金が出ていくこともありません。
病気や入院は、大きなお金がかかります。
特に入院するとなると、たとえ保険をかけていてもお金が必要になってくるケースもあります。
しかし、元から健康なら、これらの心配などまったくないのです。
毎日口にする食べ物に気を使い、早寝早起き、無理をしないといった当たり前のことをすることが、いちばんのお金を稼ぐ近道です。
それがどうでしょうか。
健康が大切だとわかっていながら、睡眠不足や食べすぎ太りすぎ、仕事で無理をするといったことをしている人が大勢います。
ファストフードの店が増え、添加物や保存料といった体に悪いものを口にする機会が多くなってしまいました。
本人はうすうす悪いとはわかっているのですが、これがなかなかやめられないのです。
健康を崩してしまい「あのときこうすれば良かったな」と後悔してしまうことになるのです。
今、私たちが自由に生活ができているのは「健康」という土台があるからです。
健康という土台の上に家庭、仕事、お金、恋愛、人付き合いなどが乗っかっているのです。
まず健康という土台をしっかり固めておかないとすべてがうまくいかず、健康がダメになれば傾いてしまいます。
実は健康は金運とつながりがあるだけでなく、すべてに対してつながりを持っているのです。
健康を1つ失うだけで、家庭、仕事、お金、恋愛、人付き合いなどが将棋倒しのように総崩れになります。
人生が順調な人は、決まって健康な人です。
私のおばあちゃん(母方の母)は、もう80歳前だというのに、元気にしています。
健康ですから、毎日ダンススクールに通ったり、人付き合いしたり、旅行をしたりしています。
そんな姿を見ると、健康は大切であることに気づかされます。
おばあちゃんは高齢にもかかわらず、いろいろな挑戦をしています。
もし早くに健康を失って入院生活を送っていたとすれば、ここまで自由とはいきません。
やりたいことがいくらあっても、体が動かなければ、それまでです。
しかし、体が健康で丈夫なら、年を取ってからでもやりたいことはやっていけるのです。
私のおじいちゃんは、もう亡くなってしまいこの世にはいませんが、死の直前に、私に伝えた一言があります。
「貴博、健康だけは気を使いなさい。失ってからではどうにもならん。何にもできなくなる」
食べるものも制限され、動くことも制限され、そうして生きることも制限された中で出た一言でした。
この言葉を口にしたおじいちゃんは、その数日後、亡くなってしまいました。
私は今でもこの言葉を強く覚えています。
入院して初めてわかる健康の大切さは、そうなってからでは遅いのです。
健康であるうちはその大切さになかなか気づけません。
自分の身内が健康を失い、命を失っている姿を目の当たりにすると、それまで気にしなかった健康も気にし始めるようになります。
おじいちゃんは、最期に私に大切なことを教えてくれました。
健康運は、人生運にまでつながりを持っているのです。
お金は動かさないと、幸せになれません。
たまったままのお金では意味がなく、使ってこそ意味があるのです。
お金を貯めているだけでは、それでは単なる精神安定剤にすぎません。
貯金は将来の蓄えのために行いますが、貯金をするくらい心配があれば今にお金を使い将来のために投資をすることが大切です。
将来が心配だからとはいえお金ばかりためているのでは、一向に本人の成長はありません。
将来が心配だからこそ、本を読んだり人付き合いにお金を使って、自分に投資したりするのです。
自分が成長すれば、将来の不安もなくなります。
「そんなことを言っても、何があるかわからないだろう」という人もいるでしょう。
しかし、今の自分に投資をしないほうが、もっと将来は不安定で危ないということに早く気づいておくことです。
お金を知恵に替えて、頭の中に入れておかないといつ誰にとられるかわかりません。
泥棒やスリに、お金をとられるかもしれません。
しかし、部屋に泥棒が入り全財産を盗むことはできても、自分の頭の中にある知識や知恵までは盗みだすことはできません。
お金を自分のために投資をして知識や知恵に変えるほうが、よほど「将来のための蓄え」になるのです。
お金を貯金し始めたら、もう心は保守体制に入っています。
本当に向上心を持っている人は、貯金などせず、今の自分の成長にすぐお金を使います。
使ったお金で自分を向上させ、向上した自分で仕事をこなし、お金を稼ぎます。
また自分に投資して成長を促すという繰り返しです。
将来何があるのかわからないからこそ、今の自分に投資しておくことが必要なのです。
お金を貯金ばかりしている人は成長がなく、無駄に大金を残したまま死んでしまいます。
遺産相続で遺族がけんかをして、仲たがいをするきっかけをつくってしまうのです。
下手に儲け話に乗らないほうが、着実にお金は貯まります。
うまい儲け話には乗らず、毎日の仕事を一生懸命にこなすほうが長期で見て着実にお金を稼ぐことができるのです。
ですが一方で、世の中には手っ取り早くお金を稼げるという甘いうたい文句があります。
「大儲け」
「一獲千金」
「あなたにもできる」
「安定」
「絶対」
「確実」
こうしたフレーズは、お金のない人の弱い心に付け込もうとする罠です。
こうしたうたい文句にいちばん引っかかるのは、実はお金のない人たちです。
お金のある人はお金があるので困っておらず、案外こういう言葉には興味がなく気に留めません。
ですが、本当にお金がなくなりそうな人は、一刻も早くお金が必要な状態です。
お金が底をつきそうな人は、精神的に弱くなっています。
そんなときに甘い言葉で誘われると「待っていました」とつい乗ってしまい、罠に陥る悪循環があるのです。
どんなにお金がなくても、うまい儲け話には乗ってはいけません。
世の中にはうまい儲け話というのはありません。
世の中で手っ取り早くお金が稼げるなら、すでに世の中はお金持ちだらけでいっぱいです。
たとえ一時的に大金が稼げても、何か「違法的な手段」を使っているがゆえに、短期間に大きく稼げているわけです。
お金がなくなり気が焦り始めると、そんな当たり前のこともわからなくなってしまうから、お金は怖い。
そうした仕事は、長期で見て長続きしないようです。
街角や訪問販売で「儲かりますよ」と誘ってくれば「儲かる話なら、あなたがすればいい」と言い返しましょう。
「なぜあなたがしないのですか。みんなに話すと、みんながお金持ちになって結局同じになってしまいますよ」
相手は、具体的に言い返せないはずです。
「世の中、お金じゃないから」
「お金ですべては買えないよ」
「人生、お金がすべてではない」
こうしたお金を否定して悪者扱いにしている言葉を口にする人がいます。
お金に対してあまり良い印象を持っていない人に多く、こういう言葉を言う人は決まって貧乏人です。
自分でお金が稼げず、認めたくないからと「お金がすべてではない」と言い、自分で自分のつじつまを合わせ慰めているのです。
たしかにお金ですべてを買うことはできませんが、お金で世の中にあるほとんどの物が買えてしまうことも事実です。
むしろお金で解決できることのほうが多い世の中です。
人の心や愛情はお金で買うことができませんが、一部を除いてほとんどの物を買うことができることも本当の話なのです。
お金に対して否定的な人は、お金持ちが悪い人だと思っています。
自分にはお金がないから、お金のある人たちが幸せにしているところを認めたがらず、お金を悪者扱いしているのです。
ですが、お金は善でも悪でもありません。
お金はお金です。
お金が中心に回っている世の中(資本主義社会)です。
お金に対して感謝をして、お金を使って解決ができることは素直にお金に頼ったほうがいいのです。
お金はあなたの敵ではなく、むしろあなたの強力な味方です。
「お金にお願いしよう」と、お金のパワーに感謝をすることが大切なのです。
お金で苦労をしない人は考え方から違います。
「給料が欲しい」ではなく「成長が欲しい」と考えているのです。
お金そのものが目当てではなく、自分の成長が目当てで仕事をしています。
初めは仕事の方法がわからなくてうまくできなくても、一生懸命に仕事をしているので仕事でもうまくいきます。
成長を第一に考えて一生懸命に仕事をしている人は、だんだんできるようになります。
仕事ができるようになると、それだけ周りから認められるようになり、給料が上がってしまうのです。
それでも本人は「もっと成長したい。向上したい」と願っているため、さらに人と差がついてしまい、給料にも差が出てきます。
給料目当てで仕事をしている人より、成長が目当てで仕事をしている人のほうが、それだけお金にも好かれてしまうのです。
世の中にうまい話などはありません。
最後には一生懸命に地道に楽しんで仕事をしている人のほうが、うまく人生が回る世の中になっているのです。
賭けごとやギャンブルを、やらないほうが結果としてお金が貯まります。
ギャンブルは負けることを前提として成り立っていますから、最後には損をするものと考えることです。
州公認のギャンブル施設がある世界的な歓楽地といえば、ギャンブルの町「ラスベガス」です。
ラスベガスは、もともとは大きな砂漠の中にあった小さな町でした。
小さな町ですが、ギャンブルは負けることが前提に成り立っているので、町にお金が転がり込み、どんどん栄えていきました。
賭けごとが町の興行収入の柱になって、お客が来てギャンブルをすればするほど、町は栄えるのです。
今では「ベラージオ」「シーザーズパレス」「MGM」といった超巨大ホテルが立ち並んでいます。
ギャンブルの本質は、お金を賭けることで得られるはらはら感を楽しむことです。
結果として負けて損をしてしまいます。
しかし、お金を払ってはらはらどきどきといった有意義な時間を過ごすことができたことに対して、お金が支払われているのです。
決して儲けるためにギャンブルがあるのではなく、そもそもギャンブルは負けるようにできていることを肝に銘じておきましょう。
負けるようにできているギャンブルですが、やってはいけないわけではありません。
ギャンブルは、お金を払って「はらはらどきどき」という時間を買う行為です。
ギャンブルは賭けごとであって、ほとんどが運に左右されるものであり、本人の努力は関係ありません。(パチンコ、株投資は除く)
興行が成り立つように勝つより負ける確率を高くしているため、結果としてはやはり負けてしまうわけです。
ですが、はらはらどきどきする時間を買おうことなら、ささいな賭けごとも楽しみの1つです。
日常では味わえない、お金を賭けるからこそ湧き出てくる真剣さやはらはら感やどきどき感は、ギャンブルだからできることです。
決して儲けるためではなく、一時的などきどきした時間を過ごすためにお金を賭けるなら、お金を使ってもいいのです。
ただし、1つ守ってほしい最低限のルールがあります。
ギャンブルは、損をしていい金額を決めてから始めることです。
ギャンブルで失敗をするのは、自分でもやめられなくなる衝動に駆られるときです。
負けて帰るのも嫌ですから、負けた分の元だけは取ってから帰ってやると思い、はまってしまうのです。
損をした分を取り返したらやめると思っても、さらに負けてしまい、余計に元を取り返そうと必死になります。
ギャンブルは、もともとお金を損するものだという認識で始めなければいけません。
このくらい負けたら、今回はやめにしておこうと考えれば、大損をするということはないのです。
火がつくと燃え尽きるまでやめられないギャンブルであるだけに、始める前に消火器を用意しておかなければならないのです。
むやみに貯金をしていると、守りの人生になります。
「もしものときのために」
そう思っていると、お金を使うことを控えるという保守的な構えになります。
もちろん貯金をすることは悪いことではありません。
たしかに将来は何が起こるかはわかりません。
思わぬ病に倒れるかもしれない。
あるとき突然の事故に遭うかもしれない。
本当の将来は、将来になってみないとわかりません。
もしものときのためにお金を貯めることは悪いことではなく、必要なことです。
しかし、貯金をするなら、最初に「目的」と「金額」を決めておくことが大切です。
「何のために貯めるのか」という目的。
「どのくらい貯めるのか」という目標。
目的と目標を決めておかないと、際限なく貯金を続ける一方になります。
私は現在、貯金に上限を設けています。
目的は突然の病に倒れたときの費用を上限として貯金するようにしています。
上限以上貯まりそうなときは、どんどん使うようにしています。
ずっと貯金を続けていると自分の楽しみのために使うことができないため、上限をつくって目安にしています。
もちろん既婚者や子持ちとなると、また貯金の上限も変わるはずです。
独立をするために貯金をしている人、結婚のために貯金をしている人、贈り物のために貯金をする人など、いろいろいます。
大事なことは、自分の立場にかかわらず、貯金の「目的」と「金額」をしっかり決めておくことです。
自分なりに「今、何のために貯金をしているのか」「どのくらいまでためるつもりなのか」をはっきり決めておきましょう。
「何が起こるかわからない」と思って際限なく貯金を続けていると、お金を使って楽しむ前に人生が終わってしまいます。
お金で失敗をして自分を責める暇があるなら、失敗から教訓を学びましょう。
お金の失敗は、誰でも必ずあります。
最初は、お金の使い方や危険性がよくわからないため、いろいろ苦しむ経験をするでしょう。
お金で友人をなくす。
お金につられて騙される。
借金でストレスを感じる。
いろいろ失敗が山ほどあることでしょう。
お金の失敗をしたことがない人は1人もいません。
しかしそんなとき、自分を責めて終わるのではありません。
同じ過ちが繰り返されないよう、しっかり反省することが大切です。
お金の失敗は、大人になってからのほうが痛い。
家庭があり、子どもがいるような人にとってのお金の失敗は、もっと痛いのです。
できるだけ早いうちにお金に関する失敗を経験しておき、そこから使い方や知恵を学ぶことが必要です。
お金の失敗は、子どものころにしておくことが理想です。
子どものころの失敗なら、金額が小さいのでまだ取り返しがつきます。
子どもの使うお金が小さな金額だからとはいえ、軽く考えないことです。
たった1万円の失敗でも、子どもにとっての1万円は大きなお金です。
あなたも子どもだったころ「1万円」というお金は大金に思えたのではないでしょうか。
大人になれば1万円はすぐ稼げますが、子どものころに1万円というお金は、大きなお金に感じます。
その1万円で、お金の使い方を学んだり痛みを感じたりしておくことは、将来のための大きな投資になります。
子どものころにできるだけ多くの金銭トラブルを経験しておくほうが、大人になってからの金銭トラブルが減ります。
早いうちにお金の痛みを味わうことは、学校で勉強することがないため、重要な勉強の1つです。
お金の上手な使い方の1つに、プレゼントを贈るという使い方があります。
自分がお世話になっている人に、プレゼントを贈って感謝の気持ちを伝えましょう。
両親や友人、恋人など「ありがとう」という感謝の気持ちを、プレゼントという形に変えて伝えるととても喜ばれます。
もちろんプレゼントには多少なりともお金が必要にはなりますが、ここで使うお金こそ本当にスマートできれいなお金の使い方です。
本来お金はその本人を幸せにするために、誕生しています。
物々交換では都合が悪いため、お金というみんなに共通の価値を仲介して、うまく交換ができるように生まれました。
あなたがつくれないものや手に入れられないものでも、お金があれば手に入れられます。
感謝をしたい人に適切なプレゼントを適切な時期に自由にできるようになったのです。
お金を使うことで、本人がどんどん幸せになっていくことが上手なお金の使い方です。
「仕事が忙しくてそんなひまはない」という人は、いつまでも幸せになれない人です。
どんなに会社が忙しくても人とのつながりを台無しにしては、豊かさが得られないのです。
お世話になった人に感謝を忘れるほど忙しくなっては、お金を稼ぐ意味がないのです。
自分が生きてもっと幸せになるためにお金を稼ぎ、使っていかなければなりません。
お世話になっている人に感謝をして、そうしてこれからの仲を深めていくことは、人生においての大きな幸せの1つです。
こうしたことにお金を使って、どんどん幸せを大きくしていくことがお金にとっても喜ばしい使われ方なのです。
お金は、あなたの人生を幸せに変える強力な道具なのです。