就職活動に疲れて、諦めているあなた。
すっかり出遅れて、就職活動が不利になってしまった。
面接を受けても、不採用ばかり。
朝、起きたとき、何を考えていますか。
眠い顔で目をこすりながら、眠くてぼうっとしていませんか。
起きた直後は、1日の中で最も大切な瞬間です。
「自分は今、何をすべきか」
人生では、迷ったり行き詰まったりするときがあります。
買うべきか、買わないべきか。
あなたは今、多くの感謝に囲まれて生きています。
星の数ほどたくさんあり、数え切れません。
恵まれ過ぎている状態です。
「成長したい」と思うだけでは、成長できません。
成長は、具体的に行動したとき、達成できることです。
額に汗をかくことであり、勇気を出すことです。
人生とは、サイコロを振って楽しむボードゲームのようなものです。
サイコロの側面には、1から6までの数字が書かれています。
サイコロを振れば、1から6までのどれかが出ます。
「仕事が大変だ」と思うときがありますね。
大変な仕事で、心が折れそうになったときは、こう考えましょう。
「自分が大変な仕事をする分、誰かが喜んでくれる」ということです。
心配を感じたとき、どうするかが大切です。
焦ったりため息をついたりするだけでは、現実は変わりません。
何もしなければ、何も変わらないでしょう。
小さなことに悩む性格の人がいます。
会話の後「言いすぎてしまった」と思い、くよくよ悩んでしまう。
ちょっとしたことに「なぜだろう」と思ってしまう。
人が強くなるときには、2つのパターンがあります。
「失うものがないとき」と「守るものがあるとき」です。
失うものがないときは、うまくいかなくても損がないため、思いきった行動ができます。
潜在能力が出ない理由は、単純です。
逃げ道があるからです。
逃げ道があると、必死になりにくい状態になります。
そもそも「間違い」や「失敗」という呼び方が良くありません。
いかにも「悪いことをした」「お天道さまに顔向けできない」という雰囲気があります。
自信をなくしたり、元気をなくしたりします。
元気な自分ばかり好きになろうとしていませんか。
たしかに元気な自分のほうが、明るくてポジティブな印象があります。
写真を撮るときも、笑顔のほうが映りはいいですね。
人は、不幸な人を見るのが大好きです。
人は、少しでも安心を得ようと、自分より不幸な人を探す傾向があります。
自分より不幸な人を見て「自分はまだましだ。良かった」と、安心できるからです。
運動会の定番の競技と言えば、玉入れです。
競技者が高く掲げた籠に玉を投げ入れ、入った玉の数を競う競技です。
制限時間内に、高く掲げた籠に向かって、とにかく必死になって玉を投げます。
厳しい言葉を言われたときが大切です。
厳しい言葉とはいえ、相手は怒っているのか、叱っているのかで、意味が異なります。
「怒る」と「叱る」は、別物です。
最近、あなたの身に降りかかった危ない経験を思い出してください。
財布を落としそうになった。
車にひかれそうになった。
歯磨きは、誰のためにしているかというと、自分です。
「早く寝たい」と思うときに限って、歯磨きが面倒に感じるものです。
そこで歯磨きを、真面目にするか、サボるかです。
可能性がゼロになるのは、いつなのか。
諦めたときです。
諦めたとき、すべての時間・努力・お金が無駄になり、すべての可能性がゼロになります。
「考える」と言えば、座ってするものだと思われがちです。
学校で授業を受けるときは、いつも座っていたため、そういう先入観があります。
座っていれば、メモをしながら考えられるメリットがあります。
目的をゴールとすれば、目標はハードルです。
目的を達成するために、たくさんの目標を乗り越えます。
目的は遠くにあっていいのですが、目標は遠すぎてはいけない。
ちょっと掘ったくらいで諦めないでください。
まだまだ努力が不十分です。
頑張って掘ったとしても、まだ十分ではありません。
あなたが始められないのは、理由を考えているからです。
「きちんとした理由がなければ、理由を聞かれたときに笑われる」と思ってるのでしょう。
たしかに理由はあったほうがスマートですが、そこが要注意です。
「人前で泣くのは情けない」と思いますが、そうではありません。
情けないどころか、すごいことです。
人前で涙を流せる勇気があるからです。
「今までうまくいかなかったから、これからもうまくいかないだろう」
そう思う人が多いのですが、誤解です。
今までが悪ければ、これからも悪いような気がしますが、勘違いです。
人が幸せを感じるのは、わかち合うときです。
楽しいテーマパークに、1人で行っても面白くありません。
親しい友人と一緒に行くから、面白いのです。
大きなことをするためには、集中が必要です。
何事も集中しなければ、大きなことを達成できません。
地道にやればいいと思いますが、集中しなければできないことがあるのもたしかです。
今やっていることは、理科の実験と思えばいいのです。
「本番」「正式」という意識が強すぎると、行動の勇気がなくなります。
力が入りすぎていると、うまくいくこともうまくいかなくなります。
あるところに、人気の映画を見に来た男性がいました。
その日は、上映の最終日です。
仕事の都合で時間がありませんでしたが、上映最終日にようやく時間が取れました。
死んでしまえば、おしまいです。
死は、取り返しがつきません。
あらゆる可能性がゼロになり、人生が完全に終わります。
就職活動に疲れて、諦めているあなた。
すっかり出遅れて、就職活動が不利になってしまった。
面接を受けても、不採用ばかり。
資格を取る時間もない。
うまくいかない就職活動の連続で、とっくに「もうダメだ」と諦めているのかもしれませんが、本心は違います。
あなたは、まだ諦めていません。
この文章を読んでいるからです。
本当に諦めているなら、この文章すら読もうとしないはずです。
こうした記事は、完全に無視するか、もしくは読みたくないと思うはずです。
自分は諦めていると思っているかもしれませんが、本音では、まだ諦めていません。
「まだ行動できるのではないか」「何か救いがあるのではないか」と思っているはずです。
こんな状況でも、まだ希望を捨てていない自分に、希望を持つことです。
朝、起きたとき、何を考えていますか。
眠い顔で目をこすりながら、眠くてぼうっとしていませんか。
起きた直後は、1日の中で最も大切な瞬間です。
朝のリズムによって、1日全体のリズムが変わります。
朝にだらだらしていると、1日全体もだらだらしてしまいます。
朝起きたとき、何を考えるかが大切です。
朝起きれば、すぐ窓を開け、大空を眺めながらこう思いましょう。
「今日はいい1日になりそうだ」と。
曇りでも雨でも雪でもいいのです。
曇りでも雨でも雪でも、素晴らしい朝です。
自然の営みに感謝です。
どんな天気でも「いい1日になりそうだ」と思うことが大切です。
そういうことを考える事実が、すでにいい1日の始まりになっています。
日々の習慣にしましょう。
「自分は今、何をすべきか」
人生では、迷ったり行き詰まったりするときがあります。
買うべきか、買わないべきか。
続けるべきか、辞めるべきか。
思いきるべきか、諦めるべきか。
それがわからなくなったとき、一つの基準があります。
10年後の自分です。
10年後の自分を想像してみましょう。
ただし、10年後なら何でもいいわけではなく、幸せな自分を想像するのがポイントです。
10年後の幸せな自分が、現在のあなたを見たとき、どうアドバイスするかを考えるのです。
「そのままでいい。突き進め」と言うでしょうか。
「努力が足りない。もっと頑張れ」と言うでしょうか。
「そちらではない。こちらの道に進め」と言うでしょうか。
多くの人が、現在から未来に向けて考えますが、本当は、未来から現在に向けて考えるほうが賢明です。
未来から逆に考えると視野が広くなるため、正しく考えられるようになります。
ほんの10分でかまいません。
静かな場所で目を閉じて、真剣に考えてみてください。
その10分間が、人生を左右する貴重な時間になるでしょう。
10分後には、答えが見えているのです。
あなたは今、多くの感謝に囲まれて生きています。
星の数ほどたくさんあり、数え切れません。
恵まれ過ぎている状態です。
にもかかわらず、それに気づけないのは、単純な理由です。
余裕がないのです。
余裕がないと、感謝があっても気づけません。
忙しい状態が続いていると、どんどん感謝に気づけなくなります。
「自分はこんなに一生懸命頑張っているのに、どうしていいことがないのか」と愚痴を言うようになります。
車でスピードを出せば出すほど、景色の移り変わりが早くなり、手前に咲いている花に気づけなくなるのと同じです。
もっと余裕をつくりましょう。
歩く速さを、2分の1にします。
急いで食べるのではなく、よく噛んで、ゆっくり食事をします。
人と会ったときは、話をするより、聞くことに重点を置きましょう。
ぎりぎりに出社するのではなく、15分前に出社します。
定期的に、部屋の掃除をしましょう。
部屋を見直して、いらない物は捨てましょう。
余裕のある生活を心がければ、心にも余裕が生まれます。
自然と、自分の周りに存在する感謝に気づけるようになります。
「成長したい」と思うだけでは、成長できません。
成長は、具体的に行動したとき、達成できることです。
額に汗をかくことであり、勇気を出すことです。
積極的に本を読めば、知識を吸収できます。
スポーツをすれば、体が鍛えられます。
積極的に人と接すれば、人間関係が学べます。
行動するから、成長できます。
原因と結果の法則です。
行動と成長は、交互にやってきます。
もし「自分は成長していない」と思うなら、行動も止まっているのではないでしょうか。
行動をやめれば、成長も止まります。
成長を止めたくなければ、行動を止めないことです。
今すぐ、何かをする。
ぐずぐずしているなら「勇気を出せ」というサインです。
できれば、自分を高める行動を習慣にしましょう。
習慣にしてしまえば、自分が高まる状態も、ずっと続きます。
人生とは、サイコロを振って楽しむボードゲームのようなものです。
サイコロの側面には、1から6までの数字が書かれています。
サイコロを振れば、1から6までのどれかが出ます。
3が出れば、3マス、前に進めます。
6が出れば、6マス、前に進めます。
ゼロはありません。
最低でも、1が出るのは確実です。
つまり、サイコロを振った瞬間、前進が確実なのです。
しかし、サイコロを振らなければ、ゼロです。
「どんな数字が出るかわからない」
「もし低い数字だったらどうしよう」
恐れてサイコロを振らないのは、ナンセンスです。
サイコロを振らないのが、いちばん恐ろしいことです。
まったく前進がありません。
サイコロは振らなければ、何も数字が出ないのです。
あなたの人生は、そんな状況になっていませんか。
とにかくサイコロを振ってみましょう。
さもなければ、ゼロという最悪の結果しかないのです。
「仕事が大変だ」と思うときがありますね。
大変な仕事で、心が折れそうになったときは、こう考えましょう。
「自分が大変な仕事をする分、誰かが喜んでくれる」ということです。
仕事は大変です。
大変ですが、だからこそ誰かが助かります。
喜んでくれます。
感謝されます。
仕事の大変さだけを考えるのではありません。
大変な仕事の結果によって、助かる人びとをイメージしましょう。
楽な仕事より、大変な仕事のほうがいいのです。
大変な仕事のほうが、より大きな社会貢献ができるからです。
大きな仕事を任されるのは、それだけ期待がされているからでもあります。
大変な仕事であるほど、達成した喜びも大きくなるでしょう。
あなたの仕事の達成を、待ち望んでいる人たちがいます。
仕事の大変さで判断するのではなく、仕事の意義を見つめることです。
大変と思える仕事の重要性に気づけるため、やりがいが生まれます。
苦しみは半減し、力は2倍になるでしょう。
心配を感じたとき、どうするかが大切です。
焦ったりため息をついたりするだけでは、現実は変わりません。
何もしなければ、何も変わらないでしょう。
むしろ、じっとしているだけでは変化がなく、余計に心配が増えるだけです。
無駄に暇な時間があると、人間は悪いほうへ考える性質があります。
心配を感じたときは、行動の燃料にしましょう。
心配を感じる時間があるなら、その時間すらないほど、もっと行動するのです。
たとえば、大学受験で心配になれば、その心配を打ち消すために、もっと勉強します。
一生懸命に勉強すれば、心配を感じる時間がなくなります。
いつもより勉強に励めば、成績が向上しやすくなるため、実際の心配も小さくなるでしょう。
少なくとも、じっとしているよりは、未来があります。
じっとしていても、仕方ありません。
安心しているときより、心配しているときのほうが、底力が出ます。
心配は、行動を促す燃料にすることです。
心配を感じる暇すらないほど、行動すれば、心配も消えます。
同時に、現状も打破しやすくなるのです。
小さなことに悩む性格の人がいます。
会話の後「言いすぎてしまった」と思い、くよくよ悩んでしまう。
ちょっとしたことに「なぜだろう」と思ってしまう。
人生の意味や目的などをはっきりさせたくて、ずっと考え込んでしまう。
人より考えやすいと、頭が疲れてきます。
小さなことに悩む自分が嫌になりそうなときは、こう考えてください。
人生を追究しているのだと。
「悩む」と言いますが「追究」とも言えます。
小さなことで「なぜだろう」「どうすればいいのだろう」と考えるのは、真理を探ろうとする姿勢です。
追究しているのです。
小さなことで悩めるのも、才能です。
細部まで気づく能力があります。
ざっくばらんな性格の人にはできない芸当です。
小さなことに悩めば悩むほど、人生を深く追究できるでしょう。
その性格は、あなたにとって生まれつきの財産です。
「追究を楽しんでいる」と考えるといいでしょう。
「追究しつつ、その行為も楽しんでいる」と考えることです。
小さなことで悩める幸せに気づくことです。
本人は疲れて大変かもしれませんが、選ばれた人しかできないことでもあります。
人生の1日あたりの思考量が多いため、ほかの人より人生を深いところまで楽しめるはずです。
小さなことで悩む自分を、大好きになりましょう。
人が強くなるときには、2つのパターンがあります。
「失うものがないとき」と「守るものがあるとき」です。
失うものがないときは、うまくいかなくても損がないため、思いきった行動ができます。
怖いものがない状態は怖い。
思いきり体当たりができるため、底力が発揮できます。
一方、守るものがあるときは、人を思う正義心が働くため、やはり強い力が出てきます。
大切な人を守らなければいけないときも、底力が発揮できます。
どちらも、大変強い力が発揮できます。
では、どちらのほうが、より強い力が発揮できるのかというと、実は守るものがあるときなのです。
失うものがないときの強さは、自暴自棄に近い強さです。
強さの1つではありますが、少し投げやりになっている姿勢があります。
うまくいく場合もありますが、乱暴な一面もあるため、自分を傷つける場合があります。
一方、守らなければいけないときの強さは、自分の過ちが他人に影響します。
「他人にも影響する」と思えば「負けていられない」と思い、人一倍の強さが出るのです。
人が本当に力を発揮するのは、誰かのために行動したときです。
どうせ強くなるなら、失うものをなくすより、守るものをつくることです。
守るものがなければ、あえて守るものを作ったほうが、強くなれます。
家族でもいいでしょう。
仕事でもいいでしょう。
自分にとって、守るものをつくりましょう。
潜在能力が出ない理由は、単純です。
逃げ道があるからです。
逃げ道があると、必死になりにくい状態になります。
「いざとなれば、逃げられる」
「手を抜いてもいいだろう」
「ぼちぼち進めていこう」
逃げ道があると安心します。
しかし、この安心こそ、やっかいです。
安心は居心地いいのですが、潜在能力を発揮する邪魔にもなります。
安心していると、人は潜在能力が発揮されません。
潜在能力を発揮させたければ、逃げ道をすべてなくすことです。
自分で自分を追い込ませることです。
逃げ道がなくなったとき、必死になるため、自分の隠れていた力が表面化します。
「もう逃げられない。失敗は許されない」と思うとき、人は潜在力を発揮します。
普通では考えられないほどの強い能力を発揮するのです。
いろいろなことに手を出しても、中途半端になるでしょう。
短い人生で結果を出すには、逃げ道をなくし、道を1つに絞ることが大切です。
そもそも「間違い」や「失敗」という呼び方が良くありません。
いかにも「悪いことをした」「お天道さまに顔向けできない」という雰囲気があります。
自信をなくしたり、元気をなくしたりします。
なんて響きの悪い言葉なのでしょうか。
呼び方を変えればいいのです。
エンターテインメントです。
エンターテインメントとは、人を楽しませる物事を言います。
間違えたときも失敗したときも「エンターテインメントを楽しんでいる」と考えます。
呼び方を変えるだけで、間違いや失敗の受け止め方は大きく変わります。
間違いや失敗の恐怖は、半減するでしょう。
「減らそう」と思うより「増やそう」と思うでしょう。
行動力が出るため、もっと挑戦したくなります。
今日も、エンターテインメントを楽しみましょう。
元気な自分ばかり好きになろうとしていませんか。
たしかに元気な自分のほうが、明るくてポジティブな印象があります。
写真を撮るときも、笑顔のほうが映りはいいですね。
しかし「元気のない自分は嫌い」と思うのは、少し考えすぎです。
人間は不完全ですから、できないこともありますし、落ち込むこともあります。
元気のない自分が嫌いになるなら、自分の一部を否定することになります。
落ち込むのが怖くなるでしょう。
ぜひ、元気のない自分も好きになってください。
元気のない自分も、自分の正しい姿の1つです。
元気のない自分がいれば「まあ、そういうときもある。しばらくすれば立ち直るだろう」と考えます。
自分で自分を励まします。
素の状態だから、美しいのです。
元気のない自分も、否定せず、肯定しましょう。
元気のない自分を認めていると、元気が出てきます。
人は、不幸な人を見るのが大好きです。
人は、少しでも安心を得ようと、自分より不幸な人を探す傾向があります。
自分より不幸な人を見て「自分はまだましだ。良かった」と、安心できるからです。
特に自分が追い詰められているときほど、安心を求める気持ちが強くなるため、他人の不幸探しが顕著になりがちです。
たしかに容易に安心を得られる方法の1つです。
しかし、建設的ではありません。
不幸探しによって得られる安心は、一時的です。
根本が解決していないため、しばらく経てば不安がよみがえり、また不幸探しを始めます。
気づけば、不幸探しに多大な時間を費やし、貴重な人生を無駄にしているのです。
さらに恐ろしいのは、自覚症状が薄いことです。
本人は、不幸探しをしている意識はありません。
不幸探しはほとんどの場合、無意識のうちに行われます。
次のような行動に心当たりはありませんか。
どきっとした項目があれば、該当しています。
不幸探しは、貴重な人生を無駄にする習慣です。
不毛、無益、非建設的です。
不幸探しをやめませんか。
必要なのは、自分を変える行動です。
仕事に集中したり、新しい挑戦をしたりなどです。
成長は、実体験を通して得られます。
変化がなければ、自分から変化をつくりましょう。
新しい挑戦をすれば、新しい変化が生まれます。
自分の状況が根本からよくなれば、そもそも不安を感じることが少なくなります。
不幸探しをやめるのが、不幸から脱する第一歩です。
不幸探しをやめなければ、不幸から脱出できないのです。
運動会の定番の競技と言えば、玉入れです。
競技者が高く掲げた籠に玉を投げ入れ、入った玉の数を競う競技です。
制限時間内に、高く掲げた籠に向かって、とにかく必死になって玉を投げます。
入っている最中に、何個入っているのかはわかりません。
入った玉の数は、競技が終わってから、わかります。
一つひとつ、玉を数えます。
人生も、運動会の玉入れのようなものです。
自分が今どのくらい努力をしているのかは、今はわかりません。
努力の姿、形、量などは曖昧で、自分からも他人からも、よく見えません。
そういうものだと思い、自分の努力をよく把握できなくても、あまり執着しないことです。
今できることは、運動会の玉入れのように、必死になって玉を投げることです。
1つでも多く玉を投げる。
少しでも正確に投げる。
今の時期は「入れ、入れ」と願いながら、必死で玉を投げるだけでいいのです。
たくさん投げれば投げるほど、入りやすくなります。
玉が入った数は、人生が終わりに近づいたころ、わかります。
「ああ、こんなに入っていたのか」
晩年に晩酌を楽しみながら、今まで果たした努力の結果を楽しむのです。
厳しい言葉を言われたときが大切です。
厳しい言葉とはいえ、相手は怒っているのか、叱っているのかで、意味が異なります。
「怒る」と「叱る」は、別物です。
怒るとは、感情的になって、不快や不満の気持ちを表に出している状態です。
とにかく腹が立って仕方ないため、いらいらした感情に任せて、相手をののしります。
怒りの言葉は、相手のことは考えず、単に自分の怒りを発散させているだけの場合があります。
たとえば、次のような言葉が怒るときの言葉の特徴です。
「むかつくんだよ、この野郎」
「殴ってやろうか。こっちに来い」
怒りの勢いで危害を加えてくるかもしれませんから、素直に謝った後、そそくさと逃げたほうがいいでしょう。
一方、叱るとは、相手のよくない言動を冷静な態度でとがめることです。
怒っているときとは対照的に、落ち着いた口調で言われるのが特徴です。
「迷惑なので、やめてください」
「こうするのは、よくないと思いますよ」
「少しうるさいので、もう少し静かにしてください」
厳しい言葉ですが、正論です。
叱る言葉は、相手のためを思っている言葉のため、きちんと聞くことが大切です。
言われたことは素直に従い、改善するように心がけましょう。
最近、あなたの身に降りかかった危ない経験を思い出してください。
財布を落としそうになった。
車にひかれそうになった。
友人とけんかしそうになった。
「危ないところだった」と思った経験なら、何でも結構です。
ぎりぎり危険を回避できた経験です。
ほっと一息つきたいところですが、危ない経験をした直後に何をするかが大切です。
「危なかった。今度から気をつけよう」と思っているのではないでしょうか。
ここなのです。
「今度から気をつけよう」は、不十分です。
具体策ではありません。
そもそも今度の瞬間には、注意することすら忘れているでしょう。
忘れるのは人間の得意技です。
「気をつけよう」で済ませようとしている自分に、気をつけることです。
「危ない」と思った直後にすべきことは、予防策を立てることです。
危ないことが起こった原因を突き詰めます。
同じことが再び起こらないように、対策を立てます。
きちんと予防策を立てれば、次から危ない目に遭うことはなくなります。
時間やお金がかかるかもしれませんが、人生に必要な手間と考えましょう。
歯磨きは、誰のためにしているかというと、自分です。
「早く寝たい」と思うときに限って、歯磨きが面倒に感じるものです。
そこで歯磨きを、真面目にするか、サボるかです。
歯磨きをサボっても、虫歯になってひどい経験をするのは、自分です。
歯が痛くて、苦しむことになります。
歯は、健康と関係していますから、大事にすることが大切です。
人生も、歯磨きのようなものです。
何かをサボっても、痛い目に遭うのは自分です。
勉強をサボれば、知識不足で恥をかくのは、自分です。
運動をサボれば、健康を損なうことで苦しむのは、自分です。
仕事をサボれば、評価を落とされて少ない収入にあえぐのも、自分です。
人生のあらゆることは「自分のため」と思うことです。
サボって楽ができるのは、一時的です。
長期で見ると、サボると楽になるどころか、苦しくなります。
サボりたいと思ったときは、真面目に着手しておくほうが賢明です。
面倒を、真面目に立ち向かうかどうかで人生がわかれると言っても、過言ではありません。
面倒なことに立ち向かえば、結果として、面倒がいちばん少ない人生になるのです。
可能性がゼロになるのは、いつなのか。
諦めたときです。
諦めたとき、すべての時間・努力・お金が無駄になり、すべての可能性がゼロになります。
可能性がゼロに近くても、諦めないことです。
諦めないかぎり、達成できる手段があるはずです。
悪あがきもよし。
遠回りもよし。
やり直しもよし。
それでもダメで、どうしても自分の力でできなければ、どうするか。
できる人にお願いすればいいのです。
不器用でも不格好でもいいので「できる人にお願いする」という選択肢を設けてください。
嫌がるに違いないと思っているなら誤解です。
お願いすれば「いいですよ」と応じてもらえるでしょう。
きちんと報酬を支払えば、簡単に応じてもらえます。
自分の力でどうにもできないなら、できる人にお願いすればいいだけのことです。
人に頼るのは甘いことだと思っているなら誤解です。
何でも自分の力でやればいいものではありません。
人の力を借りることは、悪いことでも何でもなく、ごく当たり前のことです。
自分の力でできないのですから、人の力を借りるのは当然のことです。
仮に相手は応じてくれないとしても、諦めてはいけません。
しっかり頭を下げて心からお願いすれば、応じてもらえる可能性が高くなります。
そのくらい、恥も外聞の捨てた大胆な行動が大切です。
自分一人の力が弱くても、諦めないことが大切です。
どしどし人に頼って、どんどん甘えていいのです。
「人の力は借りない」と頑固になっていてはいけません。
自分のプライドが邪魔しているかもしれませんが、変なプライドにこだわったところで仕方ありません。
頭を柔らかくして、素直な心を持ち、人の力を借りることを大切にしましょう。
恥も外聞も捨てて、頼れる人にはどんどん頼るのが正解です。
行き詰まっていたことも、人の力を借りれば、あっさり解決することが多い。
世の中には、あなたより上手にできる人が大勢います。
あなたより知恵のある人も大勢います。
特に専門家の力を借りれば、難しい事態でも難なく乗り越えられるでしょう。
「自分でやらなければいけない」という考えから抜け出し「できる人にお願いする」という発想を持ちましょう。
人の力も借りないで諦めるのは良くありません。
諦めかけていたことも、できる人のお願いすれば、解決の扉が開くのです。
「考える」と言えば、座ってするものだと思われがちです。
学校で授業を受けるときは、いつも座っていたため、そういう先入観があります。
座っていれば、メモをしながら考えられるメリットがあります。
もちろん座りながら考えるのもいいのですが、そればかりでは偏りがあります。
座っているときは、動きがありません。
体を静止したままだからこそ考えられることもあれば、静止しているからこそ考えにくいこともあります。
そこで、座りながら考えてわからないことは、歩きながら考えてみましょう。
歩きながら考えると、体の筋肉を積極的に動かすため、脳の血流量が向上します。
歩いているときは、景色の変化もあります。
いろいろな景色を見ながら考えることで、いつもと違った考え方や見方がしやすくなるでしょう。
変化の流れの中で考えると、視野が広がり、堅くなった頭も柔らかくなります。
座りながら考えたり、歩きながら考えたりを繰り返すと、いつもより発想力が向上するのです。
目的をゴールとすれば、目標はハードルです。
目的を達成するために、たくさんの目標を乗り越えます。
目的は遠くにあっていいのですが、目標は遠すぎてはいけない。
遠すぎると、途中で息切れします。
「まだあんなに遠くにある」と思うだけで、疲れます。
達成できる体力はあっても、達成しようとする気持ちが萎えるのです。
目標は、手の届く範囲にしましょう。
目標だからとはいえ、大げさに準備しないほうがいい。
むしろ、目標は小さすぎるくらいのほうがいいでしょう。
小さすぎる目標のほうが、達成が簡単になります。
達成できると、達成感が得られるため「また頑張るぞ」と思えます。
達成感には、疲れを吹き飛ばす効果があります。
やればやるほど、元気になるのです。
目標をできるだけ小分けにしたほうが、たくさん達成感が得られます。
目的までの道のりも、楽しく感じられるでしょう。
大きな目標ではなく、小さすぎる目標をたくさんつくりましょう。
目的までの距離は同じでも、目的までのモチベーションが維持しやすくなります。
ちょっと掘ったくらいで諦めないでください。
まだまだ努力が不十分です。
頑張って掘ったとしても、まだ十分ではありません。
多くの人は、浅いところや普通のところで諦めます。
手応えが得られないと、掘っている途中でやめてしまいます。
100人中99人が、早々とギブアップします。
「どうやらここにはなさそうだ」と撤退の判断します。
これほど惜しいことはありません。
見切りをつけるのが早すぎます。
金も石油も温泉も、宝の鉱脈は深いところにあります。
鉱脈を掘り当てるには、とことん深く掘ることが必要です。
どんなに素晴らしい鉱脈も、手前で諦めたら終わりです。
諦めてしまえば、結果も成果もゼロ。
手ぶらで帰ることになります。
鉱脈は深いところにあるのですから、浅いところ・普通のところで諦めないことです。
分厚い層も幾重の層も、鉱脈を掘り当てるための試練です。
あなたに与えられた課題であり、乗り越えるべき壁です。
「もう少し、もう少し」「まだまだ、ここで諦めてなるものか」を繰り返しながら、深くまで掘っていくことです。
「これだけ頑張ったのだから十分だろう」と思ったときが正念場です。
「ない」と確定したわけではありません。
あなたが深く掘ったという判断は、実はまだ普通です。
多くの人が「ここにはなさそうだ」と早々に見切りをつけて諦めます。
「そろそろ見切りをつけてもいいけど、もうちょっと頑張ってみるか!」を、最低でも3回は繰り返してください。
少なくとも普通段階を突破でき、未知の深さまで到達できます。
掘って、掘って、掘りまくる。
掘るのに疲れたら、ちょっと休憩してから再開すればいい。
普通に深く掘るのではなく「これでもか!」と言うほど深くまで掘りまくってください。
あり得ないほど深くまで掘ったとき、宝の鉱脈が得られるのです。
あなたが始められないのは、理由を考えているからです。
「きちんとした理由がなければ、理由を聞かれたときに笑われる」と思ってるのでしょう。
たしかに理由はあったほうがスマートですが、そこが要注意です。
そもそも世の中には「始めるのに理由が必要」というルールも法律もありません。
自分が勝手に作った考えです。
自分が勝手にルールをつくり、自分をストップさせています。
始める理由を考えると、あらゆることが始めにくくなるでしょう。
世間体の良い理由がないと、始められなくなります。
人生の貴重な体験の機会を、数多く逃すことにもなります。
始める理由は不要です。
「なんとなく」でいいのです。
始める理由がはっきりしていなくても、物事は始められます。
「なんとなくしてみたくなった」
「なんとなく始めたくなった」
「なんとなく気になった」
これで、新しいことを始められます。
「人前で泣くのは情けない」と思いますが、そうではありません。
情けないどころか、すごいことです。
人前で涙を流せる勇気があるからです。
本当に勇気がなければ、泣くのを我慢したでしょう。
本気になれば、涙を我慢するのは、さほど難しいことではありません。
もしくは、見られないように、その場から立ち去ることもできたはずです。
しかし、あえて泣いている姿をさらす決断をしました。
勇気があるのです。
人前で泣くことができる勇気も、才能の1つです。
テレビでアイドルが泣くシーンをよく見かけますが、泣いているからうまくいっているとも言えます。
テレビで泣けば、全国に向けて醜態をさらすことになります。
醜態をさらせる勇気があるから、そのアイドルは成功しています。
同時に、涙は見る人を感動させる力もあります。
「人前で泣く勇気」と「涙による感動」の相乗効果によって、アイドルは人気を獲得します。
「人前で泣くことができる」という才能を活用しているのです。
もし、人前で泣いた経験があるなら、大きな勇気がある証明です。
自分では「勇気がない」と思っても、現実には勇気のある行動をしています。
現実は、勇気さえあれば、多くの挑戦ができます。
仕事に挑戦も、デートに誘うことも、勇気さえあればできることです。
自分の勇気を信じて、行動することです。
少なくとも、人前で泣くことができる人には、その才能があるのです。
「今までうまくいかなかったから、これからもうまくいかないだろう」
そう思う人が多いのですが、誤解です。
今までが悪ければ、これからも悪いような気がしますが、勘違いです。
つまらない先入観にとらわれています。
悪い妄想をしているだけです。
これからのことは、未来の話です。
まだ起こっていないのですから、まだわかりません。
これからの未来は、これからつくっていくのです。
むしろ「今までうまくいかなかったから、これからうまくいく」と考えることです。
今までうまくいかなかった経験から、たくさんの教訓が得られるでしょう。
「うまくいかなかった経験の逆をすれば、うまくいく」とも考えられます。
「うまくいかなかった道には才能がない」という見切りもできます。
これまでは、うまくいかないことがたくさんあったかもしれません。
しかし、これからのことはわかりません。
これからのことは、今、何をどうするかによって決まります。
うまくいかなかった経験は、生かすことです。
生かして、踏み台や教訓にすれば、これからはうまくいくでしょう。
そう考えることができれば、これからうまくいくはずです。
今日は、これからの人生の最初の日です。
「今から始めよう」という気持ちが大切です。
建設的な考え方を、常に持ち続けましょう。
人が幸せを感じるのは、わかち合うときです。
楽しいテーマパークに、1人で行っても面白くありません。
親しい友人と一緒に行くから、面白いのです。
その瞬間の感動を、一緒にわかち合えるからです。
「あれに乗ってみよう」「これはすごいね」「また行こうね」と感動をわかち合う相手がいるから、楽しく感じます。
食事も同じです。
1人で食べるのもいいですが、誰かと一緒に食べるほうが、もっとおいしく感じます。
「どんな味だろうね」「すごくおいしいね」と感動をわかち合うから、よりおいしく感じます。
友人は、1人で感じる幸せを、何倍も大きくさせる力があります。
人間関係があるから悩むこともありますが、人間関係がなければ幸せにもなれません。
友人がいれば必ず幸せとは限りませんが、幸せな人には必ず友人がいます。
より良い人間関係を結ぶことで、わかち合う対象ができます。
わかち合う習慣とは、幸せを感じる習慣です。
自分の生活に「わかち合い」があるかどうか、確認してみてください。
自分の財産を少し削ってもいいですから、誰かとわかち合うことです。
余り物があれば、おすそ分けをしましょう。
自分の取り分が減っても、感じる幸せが増えるなら、それでいいではないですか。
いかに財産が多いかではなく、いかに幸せを感じるかです。
わかち合いを積極的にすれば、今より幸せを感じることができるでしょう。
大きなことをするためには、集中が必要です。
何事も集中しなければ、大きなことを達成できません。
地道にやればいいと思いますが、集中しなければできないことがあるのもたしかです。
大きな山を越えるには、勢いが必要です。
集中は、質や効率を高めます。
勉強は、集中したほうが記憶力が高まり、頭の回転もよくなるでしょう。
仕事も、集中したほうが精度が増して、短い時間で多くの仕事がこなせるでしょう。
集中力は、より良い仕事をするためのキーワードです。
1日1回でいいですから、集中の時間をつくりましょう。
自分の最も調子が出やすい時間帯に、集中します。
集中するなら、最も大切な仕事に向けるのが賢明です。
集中は、何度でもできるわけではありません。
1日1回と言いましたが、実際は、1日1回しかできないのかもしれません。
体力や精神力を激しく消耗するからです。
最も大切な仕事に選んで、集中するのがいいでしょう。
一度スイッチが入れば、切りのいいところまで続けます。
1日1回の集中でも、1年間続けると、365回になります。
365回も集中すれば、かなり大きなことを果たすことができるでしょう。
難しいと思うことでも、日々の集中を積み重ねることで、達成できるはずです。
今やっていることは、理科の実験と思えばいいのです。
「本番」「正式」という意識が強すぎると、行動の勇気がなくなります。
力が入りすぎていると、うまくいくこともうまくいかなくなります。
人生では、失敗が許されない状況があるのもたしかですが、ごくわずかです。
ほとんどの仕事は、理科の実験のようなものです。
「どんな結果になるかわからないから、ちょっと試してみよう」という感覚でいいのです。
理科の実験と思えば、結果が知りたくなって、心が高揚するでしょう。
このときの「わくわく」という気持ちを、ぜひ大切にしてほしい。
「見たい。知りたい」という素直なモチベーションで行動すると、仕事が本当に楽しく感じられます。
うまくいけば、うまくいった理由を分析して、また次に生かしましょう。
うまくいかなければ、うまくいかなかった理由を分析して、また次に生かしましょう。
どちらにしても、前進なのです。
あるところに、人気の映画を見に来た男性がいました。
その日は、上映の最終日です。
仕事の都合で時間がありませんでしたが、上映最終日にようやく時間が取れました。
彼は、嬉しそうに映画館へ向かいました。
しかし窓口に行くと、不思議な人混みができています。
どうやら、すでに満席なのです。
多くのお客さんは、窓口のスタッフに「満席です」と言われると、しぶしぶ諦めていました。
満席ですから、仕方ありません。
ところが、その男性は違いました。
「どうしても見たい。お願いします」と、熱く懇願したのです。
窓口のスタッフは「ダメなものはダメです」と言って、一点張りです。
ところが数分間、懇願し続けると、背あとから支配人らしき人が現れ、そっと彼に耳打ちしました。
「仕方ありませんね。今回だけですよ。ほかの人には内緒にしてください」
特別に、立ち見をさせてもらうことになりました。
彼の熱意に押されたのです。
「満席です」と言われても、絶対無理とは限りません。
彼のように「なんとかならないか」と悪あがきくらいはしてほしい。
熱意を見せれば、もしかすると状況が変わる可能性もあるのです。
人生では、簡単に引き下がらない粘り強さが大切です。
死んでしまえば、おしまいです。
死は、取り返しがつきません。
あらゆる可能性がゼロになり、人生が完全に終わります。
本気で自殺を考えているなら、逃げてください。
現実が嫌になって死ぬことを考えているなら、死ぬ気になって逃げます。
死ぬ気で逃げれば、よほどの地獄でないかぎり、逃げ切れるはずです。
逃げることで根本的な解決につながるとは限りませんが、解決の糸口が見つかる可能性はあります。
逃げることで環境が変われば「もう少し生きてみよう」という気持ちが生まれるかもしれません。
新しい変化が生まれれば「もっと頑張ってみよう」と思う余裕ができるかもしれません。
確実ではありませんが、可能性はあります。
自殺する人は「自殺しよう」とは思わないそうです。
自殺未遂者の話によると「気づけば、自殺しようとしていた」と言います。
もはや、正常な思考すらできないほど追い詰められ、正気を失っているということです。
自殺が頭をかすめている状態は、すでに赤信号です。
手遅れになる前に、逃げることです。
逃げた罪はありますが、誰かの命を奪うわけではありません。
あとから代償を払うことになりますが、死を選ぶよりは賢明です。
最後の手段として、頭の隅に入れておくといいでしょう。
自殺するくらいなら、逃げるほうがましなのです。