前向きになりたいときは、次の言葉を唱えましょう。
「ハクナマタタ」です。
ウォルト・ディズニーの名作『ライオンキング』で有名なフレーズなので、ご存じの人も多いのではないでしょうか。
人生は、難しそうに見えるのが特徴です。
友人をつくること、勉強すること、好きな人とデートすること。
結婚すること、子どもを育てること。
運命・奇跡・直感を、信じますか。
こう聞くと「信じる人」と「信じない人」の2通りに、わかれます。
どれも、人の力を超越した、不思議な力です。
世界のいろいろなところを旅行しました。
そのたびに、さまざまな人や文化に出会いました。
いろいろな光景を目にするのは、視野が広がり、勉強になります。
テンションとは、何でしょうか。
テンションとは、緊張感であり、高揚感です。
仕事をするときには、気持ちが大切です。
腹が立ったときは、トイレ掃除をしましょう。
部屋の掃除もいいですが、最も汚いトイレ掃除をするのが、いちばん効果的です。
トイレは、家の中でも、最も汚いところです。
「体調が悪い」と「やる気がない」。
どことなく意味が似ているように思えますが、実は全然違います。
体調が悪いなら、休憩が必要です。
トイレで大便をするときは、踏ん張らなければいけません。
力が入りますが、用を足せたときは、すっきりします。
このすっきりした感覚は、天にも昇るような気持ちです。
「やるべきことはやったのか」
うかつにも、親や上司から指摘されました。
今やろうとしているところで「早くやりなさい」と指摘されると、やる気を失います。
「嫌なことから逃げたい!」
そう思うのは、誰でも同じです。
嫌なことからは、誰もが逃げたいと思うものです。
悔しい気持ちになるのは、素晴らしいことです。
本気になっていた証拠だからです。
本気を出さなければ、悔しい気持ちになることはありません。
整った環境を、うらやましがる必要はありません。
整いすぎている環境は、温室と同じです。
たしかに温室は、気持ちいいです。
家の近くに神社はありますか。
神社に行って、樹齢100年の木を、ぜひ触れてみましょう。
樹齢1,000年の木は珍しいですが、近くの神社に行けばたくさんあるでしょう。
もし失敗したときは、こう思いましょう。
「NG大賞の候補ができた」と。
さあ、NG大賞を決めるコンクールを開きましょう。
自分の人生は、誰のものでしょうか。
自分の人生は、自分のものです。
誰からも奪えない、自分の財産です。
運が悪いと思うのは、ナンセンスです。
少なくとも、この文章を読んでいる人に、運が悪い人はいません。
本当に運が悪ければ、とっくに死んでいるはずです。
「自分は本当に成功できるのか」と思うことはありませんか。
「自分は本当に成功できるのか」と不安になれば、それでいいです。
「成功できるのか」と思えるのは、きちんと成功を意識できているからです。
アイドルのファンクラブに入ったことはありますか。
大好きなアイドルがいれば、すでにファンクラブに入っている人もいるでしょう。
一方、アイドルには興味がない人もいるでしょう。
挑戦してうまくいったときは、自分に拍手しましょう。
「勇気を出して、よく頑張りました」という意味で、拍手をします。
「頑張りました賞」です。
病院に行くと、医師が深刻な顔をして、こう言いました。
「病気が見つかりました。このままでは危ないです」
ため息をついて「悪い知らせだ。大変だ」と思います。
一生懸命の実感は、一生懸命になっているときには、わかりません。
一生懸命になると、自分の心を振り返る余裕がなくなります。
振り返る余裕がないほどの状態だから、一生懸命です。
「振られる」と「首になる」は、口にする必要はありません。
使わなくてもいいです。
使うと、自分が惨めになります。
贅沢を控える生活は、素晴らしいです。
「もったいない」という気持ちは、美徳の1つです。
贅沢を避けることで、節約できたり、無駄を省いたりできます。
「制約が多い」と嘆いていませんか。
仕事をしようと思っても、制限や条件が多いため、スムーズに進まないことがあります。
お金がない、時間がない、働き手が足りないなどです。
「私の人生は、うまくいくでしょうか」
そんな言葉に、心当たりはありませんか。
よく耳にするフレーズですが、よく考えると、おかしな発言です。
泥棒の被害に遭ってしまいました。
部屋の物やお金を、たくさん盗まれました。
「大変だ」と、怒り心頭になるでしょう。
好きなことができているなら、十分です。
もう幸せです。
世の中には、好きなことさえさせてもらえない人が、たくさんいます。
成功する前は「うさんくさい」と言われるものです。
必ず言われます。
「うさんくさい」と言われたとき、ため息をつくのではありません。
逃げるのが、必ずしも悪いとは限りません。
人生では、逃げるのが正しいときもあります。
負けるとわかっている戦いに挑むのは、時間と体力の無駄です。
日常生活では、命懸けだと思う光景を目にします。
たとえば、高いビルに上って、窓ガラスを掃除している人です。
「うっかり足を滑らせれば、死んでしまうな」と思います。
前向きになりたいときは、次の言葉を唱えましょう。
「ハクナマタタ」です。
ウォルト・ディズニーの名作『ライオンキング』で有名なフレーズなので、ご存じの人も多いのではないでしょうか。
ミーアキャットのティモンとイボイノシシのブンバァが、躍りながら「ハクナマタタ」と連呼しているシーンが印象的です。
ハクナマタタは、もともとスワヒリ語の言葉です。
意味は「大丈夫、どうにかなるさ」です。
シンプルな一言ですが、なかなか味わい深く感じられますね。
「ハクナマタタ」という響きも耳に心地よくて、心が和みます。
つらいことや苦しいことがあったとき「ハクナマタタ」と唱えてください。
「大丈夫、どうにかなるさ」です。
自分に語りかけるように心を込めて言うのがポイントです。
暗い気持ちが吹き飛んで、苦しかった心が楽になります。
すっと肩の力が抜け、前向きな気持ちが生まれてくるでしょう。
自然と目線も下から上に向くはずです。
日頃から落ち込み気味の人は、なおさらハクナマタタの精神を身につけたい。
ティモンとブンバァのように「ハクナマタタ」と連呼すればいいのです。
意地でも前向きになれるので、いつも元気で明るい気持ちになれます。
ガッツポーズをしながら「ハクナマタタ」を唱えると、さらにポジティブ効果が高まるのでぜひやってみてください。
ハクナマタタのサウンドトラックもおすすめです。
手持ちの音楽プレーヤーにハクナマタタのサウンドトラックを入れておくのはいかがでしょうか。
明るい音楽なので、気分やテンションを上げてくれ、自然と前向きな気持ちになれます。
前向きになりたいときに再生すれば、軽快なハクナマタタが耳に響き渡り、心も躍り始めるでしょう。
ハクナマタタの精神を持てば、常に前向きでいられるのです。
人生は、難しそうに見えるのが特徴です。
友人をつくること、勉強すること、好きな人とデートすること。
結婚すること、子どもを育てること。
どれもこれも、難しそうに見えます。
「うわっ、難しそうだ。自分には無理だ」とあたふたします。
しかし、そう見えるだけです。
挑戦してみると、できるものです。
たとえば、学校に入学したばかりのころ「友人ができるかな」と不安になりましたが、すぐ友人ができましたね。
「勉強ができるかな」と悩みましたが、きちんとやった分、成績が上がったではありませんか。
難しそうに見えるだけで、挑戦してみると、あっさりできるのです。
これは、今も同じです。
今「難しそうだな」と思っていることも、挑戦してみれば、簡単にできます。
海外旅行も、挑戦すれば、実は簡単です。
仕事も、挑戦すれば、実は簡単です。
仲直りも、挑戦すれば、実は簡単です。
必要なのは、勇気だけです。
勇気を出して挑戦すれば、あっさりできるのです。
運命・奇跡・直感を、信じますか。
こう聞くと「信じる人」と「信じない人」の2通りに、わかれます。
どれも、人の力を超越した、不思議な力です。
信じるかどうかは、個人の自由です。
あるもないも、どちらも正解です。
「運命も奇跡も直感もない」と思えば、実際に不思議な経験は起こりません。
運命を信じなければ、不思議な出来事があっても「偶然だろう」と思います。
奇跡を信じなければ、努力をしないため、神秘的な出来事も体験できません。
直感を信じなければ、ぴんときた感覚も「単なる気分の問題だろう」と思い、無視します。
信じなければ、感じようとする努力をしないため、本当に何も感じないのです。
しかし、逆のことも言えます。
あると思えば、あるのです。
運命を信じると、ささいな出来事にも、自然の法則を超えた力を感じるようになります。
奇跡を信じると、諦めない努力が続けられ、大逆転という奇跡が体験できます。
直感を信じると、ぴんときた感覚を大事にして、自分に素直な行動ができるようになります。
不思議な力を信じれば、感じようとする努力をするため、よく感じられるのです。
「あるか、ないか」ではありません。
あるとも言えるし、ないとも言えます。
問題は、あなたが「信じるか、信じないか」です。
どちらでもいいですが、やはりあると信じたほうが、恵まれた人生が送れます。
あると信じるから、次々と不思議な出来事が起こるのです。
世界のいろいろなところを旅行しました。
そのたびに、さまざまな人や文化に出会いました。
いろいろな光景を目にするのは、視野が広がり、勉強になります。
ところがその一方で、どの国でも見られる、同じ光景もありました。
韓国に旅行したとき、早起きしてファストフード店に行くと、集中して勉強に励む学生がいました。
ニューヨークに旅行したとき、早起きしてコーヒーショップに行くと、スーツ姿のビジネスマンが熱心に本を読んでいました。
台北に旅行したとき、早起きしてレストランに行くと、新聞を夢中になって読む老人がいました。
どこも同じなのですね。
向上心の強い人ほど早起きするのは、世界共通です。
大勢から抜け出す人になるために、風変わりな習慣は不要です。
早起きをして、勉強すればいいだけです。
みんな、朝は、弱いです。
誰もが朝に弱いからこそ、逆にチャンスでもあります。
早起きそのものが、フライングスタートです。
誰もがじっとしているときに、いち早くスタートできます。
誰より早くスタートができていますから、誰より成長の伸びが良くなります。
早起きができた時点で、あなたは得をしています。
1歩も2歩も、早く前に出ることができています。
早起きを毎日続ければ、誰より抜きんでるのです。
テンションとは、何でしょうか。
テンションとは、緊張感であり、高揚感です。
仕事をするときには、気持ちが大切です。
テンションがあれば、仕事にも力が入り、うまく行きやすくなるでしょう。
しかし、テンションを上がるのを待っているだけでは、無駄な時間ばかりが過ぎてしまいます。
受け身になると、テンションが上がったときしか行動できなくなります。
テンションを上げる、シンプルな方法があります。
とにかく先に、行動を始めればいいのです。
テンションが低くても、体を動かしましょう。
体を動かすと、血液の流れが良くなり、脳を刺激できます。
行動を初めて10分も経てば、ハイテンションになっているでしょう。
行動することで、いつでも意図的にテンションを上げることができるのです。
一にも二にも行動です。
テンションが低いときこそ、行動です。
テンションが低いときに行動するから、テンションも上げることができるのです。
腹が立ったときは、トイレ掃除をしましょう。
部屋の掃除もいいですが、最も汚いトイレ掃除をするのが、いちばん効果的です。
トイレは、家の中でも、最も汚いところです。
汚いところを掃除するのは、自分の心の汚れを取るのと同じです。
腹が立っているときは、心にたくさんの汚れがこびりついています。
怒り、嫉妬、執着、妬み、恨みなどです。
たくさんのエゴです。
便器の汚れを落とす行為が、心の汚れを落とす行為につながります。
トイレ掃除をしているうちに、腹が立っている気持ちが落ち着いてきます。
トイレが清潔になっているころには、すっきりした気分になっていることでしょう。
トイレは、すっきりする場所なのです。
「体調が悪い」と「やる気がない」。
どことなく意味が似ているように思えますが、実は全然違います。
体調が悪いなら、休憩が必要です。
体調は、体の問題です。
体の調子が悪いときに、無理をしても、もっと調子が悪くなるだけです。
たとえやる気があっても、体調が悪ければ、休憩が最優先です。
体に異常があれば、ベッドで休んだり、薬を飲んだりするなどして、体をいたわりましょう。
健康な体があってこそ、健全な人生を歩めます。
しかし、やる気がないのは、体調と関係ありません。
やる気は、心の問題です。
「やる気がないから休憩」は変です。
もっともっと、やる気がなくなるでしょう。
じっとしているだけでは、やる気は出てきません。
正しくは「やる気がないから行動」です。
行動は、やる気がないときこそ、始めるものです。
体調さえよければ、やる気のあるなしにかかわらず、行動が最優先です。
やる気は、行動しているうちに、出てきます。
だんだんテンションが上がり、やる気になるのです。
合言葉は「やる気がないから始めよう」です。
やる気がないときこそ、行動するいいタイミングなのです。
トイレで大便をするときは、踏ん張らなければいけません。
力が入りますが、用を足せたときは、すっきりします。
このすっきりした感覚は、天にも昇るような気持ちです。
頑張った後の、ご褒美のようなものです。
トイレに入る前より、体が軽くなり、体調もよくなります。
この快感がやみつきになり、トイレに行くのが楽しくなるのです。
人生も同じです。
人生では、踏ん張らなければいけない瞬間があります。
踏ん張るのは、苦労もストレスも多いため、弱腰になりがちです。
逃げ腰になるのが、楽なようで、いちばん気持ち悪いです。
常に気がかりがあり、リラックスできません。
結果も中途半端で、気持ちもすっきりしないのです。
踏ん張るときには、だらだら中途半端にせず、本腰を入れて一気に片付けることが大切です。
踏ん張りが必要な仕事は、さっさと踏ん張って、早く仕事を終わらせましょう。
すっきりは、踏ん張った後にやってきます。
仕事を終えることができれば、着手する前より体が軽くなっています。
天にも昇るような、すっきりした気持ちが味わえます。
このすっきりした気持ちがやみつきになり、また踏ん張りたくなるのです。
こうして人生は、前に進んでいくのです。
「やるべきことはやったのか」
うかつにも、親や上司から指摘されました。
今やろうとしているところで「早くやりなさい」と指摘されると、やる気を失います。
「やれ」と言われると、やりたくなくなります。
命令のようであり、積極的な気持ちが半減するのです。
しかし、そこで投げやりになるのではありません。
指摘されるだけ、ありがたいと思うことです。
人は年を取るごとに、だんだん立場が変わります。
「指摘をされる側」から「指摘する側」へと立場が変わります。
親の面倒を見たり、後輩の面倒を見たり、子どもの面倒を見たりです。
面倒が増える分、気配りが増えます。
背負う責任も増えるでしょう。
誰かの指摘するのも、一苦労です。
背中を押してもらえるだけ、ありがたいと思うことです。
相手は貴重な時間を捻出して、ささいな点を指摘してくれました。
おかげで改善できそうです。
期待であり、応援なのです。
世の中には「指摘する価値さえない」と思われている人がいます。
期待も応援もされなくなったら、終わりです。
誰からも目を向けられないのは、最も厳しい孤独です。
そういう人に比べれば、なんと恵まれているのでしょうか。
指摘されるのは「自分には価値がある」と認められている証拠です。
指摘されたから、腹を立てるのではありません。
指摘された勢いで、どんと前に進みましょう。
「嫌なことから逃げたい!」
そう思うのは、誰でも同じです。
嫌なことからは、誰もが逃げたいと思うものです。
しかし人生では、嫌なことでも逃げてはいけないことがあります。
たとえば、勉強や仕事です。
学生は、勉強が仕事です。
学校では勉強があり、進学には試験が必要です。
社会人になれば、仕事をしなければいけません。
仕事をして納税するのは、国民の義務です。
逃げるのが癖になっていると、集中しづらいでしょう。
逃げるのが癖になっている人に、いい方法があります。
逃げられない状況をつくればいいのです。
自分から逃げ道をふさいでしまいます。
たとえば、勉強から逃げる癖があるなら、家庭教師を雇います。
家庭教師がわざわざ家に来るなら、逃げようがありません。
仕事をするときには、ペナルティーを前提とした締め切りをつくります。
締め切りを超えた場合は、大きなペナルティーが科されます。
こうすれば、やる気がなくても締め切りのことが気になり、逃げられなくなります。
引くに引けない状況をつくることです。
逃げ道がなければ、前に進むしかありません。
自分から逃げ道をふさぐのも、立派な勇気なのです。
悔しい気持ちになるのは、素晴らしいことです。
本気になっていた証拠だからです。
本気を出さなければ、悔しい気持ちになることはありません。
真剣で取り組み、全力を出したから、悔しい気持ちになります。
悔しい気持ちになるのはいいのです。
問題は、その後です。
悔しい気持ちで、終わりにするのではありません。
ただ不愉快になり、嫌な思い出だけが残ります。
何も進歩がありません。
悔しい気持ちは、バネにするものです。
悔しいなら、強いバネになるはずです。
悔しい気持ちが強いうちに、トレーニングに打ち込みましょう。
自分でも信じられないほどの底力が出ます。
悔しい気持ちは、バネにすれば、次こそはうまくいくでしょう。
悔しい気持ちを抱いた後、どうするかで、人生が決まるのです。
整った環境を、うらやましがる必要はありません。
整いすぎている環境は、温室と同じです。
たしかに温室は、気持ちいいです。
環境が、何から何まで整っていれば、苦労はしないことでしょう。
しかし、環境が整いすぎていると「苦労が必要ない」「いつでも何でもできる」と思い、手を抜きます。
人間は環境がよすぎると、油断します。
温室は、気持ちよくすぎて、気合が入りません。
ぼうっとなり、眠くなってしまうのです。
人間は、少々環境が悪いほうが、やる気になれるものです。
少しくらい環境が悪いほうが、気持ちが引き締まり、よく集中できます。
「自分は今、環境が悪いなあ」と思えば、チャンスです。
環境が悪ければ「どうすればうまくできるか」と、頭を使う機会が生まれます。
環境の悪さにきちんと立ち向かえば、頭と体を鍛えるチャンスになります。
チャンスと思えば、やる気になります。
環境が悪い状態は、実はいい環境です。
もし、環境の悪い中で成功できれば、将来自慢できます。
「やはり小さいころから恵まれていたんですよね」と言われたとき「いいえ、違います」と言い返します。
「実はこんなに環境が悪い中、頑張っていたんですよ」と、涼しい顔で言いましょう。
「えっ」と相手の驚く顔を見るのが、面白いのです。
崖から這い上がった栄光は、一生自慢できます。
「すごい。よくこんな状況でこんなにできましたね」と思われるのが、快感です。
温室育ちを、あっと言わせてやりましょう。
環境が悪い今、温室育ちをあっと言わせるチャンスを与えられているのです。
家の近くに神社はありますか。
神社に行って、樹齢100年の木を、ぜひ触れてみましょう。
樹齢1,000年の木は珍しいですが、近くの神社に行けばたくさんあるでしょう。
ただ木に触れて何の意味があるのかと思いますが、意味があります。
樹齢100年の木に触れるのは、実にすごいことです。
木に触れたのではありません。
100年間立ち続けている木に、触れたのです。
私たちは学校の朝礼で、10分間立ち続けるだけでも、足が疲れます。
その一方で、樹齢100年の木は、100年間も立ち続けています。
つまり、100年間も立ち続けるほどのパワーがあるわけです。
ただ立っているだけに見える木ですが、私たち人間とは、比べものにならないパワーがあります。
樹齢100年の木は、100年のパワーの塊です。
樹齢300年の木は、300年のパワーの塊です。
樹齢1,000年の木になると、もはや手を合わせて拝む対象です。
樹齢の長い木に触れると、元気をいただけます。
ざらざらした手の感触から、感じるものがあるはずです。
もし失敗したときは、こう思いましょう。
「NG大賞の候補ができた」と。
さあ、NG大賞を決めるコンクールを開きましょう。
公式ではなく、自分勝手に開けばいいのです。
あなたは今、コンクールの候補になるNGを集めている最中です。
審査員は、あなたです。
週末・月末・年末などに、その期間のNG大賞を発表します。
いちばんひどいと思われる失敗を選び「よく頑張った」「素晴らしい」と、自分で褒めたたえます。
賞品として、何か自分にご褒美を与えましょう。
迷ったら「贅沢食事」が無難です。
人生に、遊び心を持つことです。
生活に楽しめるイベントを作ったほうが、失敗も報われます。
失敗したのは、挑戦した証拠。
結果はよくありませんでしたが、頑張って挑戦したのは事実です。
その事実に報いるため、贅沢な賞品くらいはあっていいでしょう。
失敗をいつまでもくよくよ引きずっても仕方ありません。
週末・月末・年末には、その期間を振り返り、最高と思われるNG大賞を思い出しましょう。
ちなみに、この発表会を友人同士でやると、話がかなり盛り上がります。
さあ、今回のNG大賞は何になるでしょうか。
ぜひ、お試しあれ。
自分の人生は、誰のものでしょうか。
自分の人生は、自分のものです。
誰からも奪えない、自分の財産です。
しかし、自分の人生にもかかわらず、強く意識している人は少ない。
世間体やお金を気にして、やりたいことを我慢する日々です。
たしかに世間の人々に対する体裁は大切です。
生活にはある程度の貯蓄も必要です。
計画的に生きることは、大人らしいです。
しかし、世間体やお金を意識しすぎていると、自分のやりたいことは何もできなくなります。
他人の目を気にした行動は、他人に動かされている人生です。
他人や世間から操られる、あやつり人形です。
行儀はいいかもしれませんが、思うように生きていません。
あやつり人形のような生き方は、もうやめることです。
自分の人生は、誰のものでもない、自分のものです。
操られている糸を、自分で切ってしまいましょう。
自分の力で立ち上がり、行きたい方向に歩みます。
それが人間です。
自分の人生ですから、もっとわがままに生きるべきです。
好きな勉強をしたり、読みたい本を読んだり、見たい映画を見たり、好きな人と付き合ったりすべきです。
好きなアーティストのコンサートを見に行ったり、行きたい国に旅行に行ったりしてみましょう。
相性のいい友人と好きなだけ話をして、大笑いしてもいいでしょう。
自分の人生ですから、自分の好きなように生きて、何が悪いのでしょうか。
他人から「わがままだ」と言われても「自分の人生くらい自分で決めさせてほしい」と言い返すくらいの勇気は持ちたいところです。
一度しかない人生は、楽しまないと損です。
自分が思うように生きてこそ、自分らしい人生が歩めるのです。
運が悪いと思うのは、ナンセンスです。
少なくとも、この文章を読んでいる人に、運が悪い人はいません。
本当に運が悪ければ、とっくに死んでいるはずです。
交通事故に遭いませんでした。
通り魔に遭うこともありませんでした。
大きな病にもかからず、生き続けることができています。
今生きているのは、運がいいことです。
「生きるなんて当然だろう」と思いますが、生きているから、そう思えるだけです。
世の中には、自分の知らないところで、望まない死を迎える人が大勢います。
WHO(世界保健機関)の報告に、興味深いデータがあります。
世界の交通事故による死者は、2010年から過去数年にわたり、年間およそ130万人だそうです。
1日にすると、3,500人です。
つまり、およそ25秒に1人が、交通事故で亡くなっていることになります。
25分ではなく、25秒です。
この文章を読んでいる1分間で、もう2人が交通事故で亡くなっているわけです。
恐ろしいですね。
交通事故は、自分がどれだけ注意しても、防げないケースがあります。
対向車がいきなり車線変更して、自分のところに向かってくることもあるでしょう。
居眠りのせいかもしれませんし、飲酒のせいかもしれません。
こればかりは、どうしようもありません。
今生きているのはみんな、幸運の持ち主です。
恵まれた運に、感謝しながら生きることが大切なのです。
「自分は本当に成功できるのか」と思うことはありませんか。
「自分は本当に成功できるのか」と不安になれば、それでいいです。
「成功できるのか」と思えるのは、きちんと成功を意識できているからです。
心と体が、成功に向かっています。
成功に向かっていなければ「成功できるのか」と思うことすらありません。
「成功できるのか」と思うのは、成功に向かっている証拠です。
夢を諦めれば、悩みから解放されます。
夢を考えることがなければ、苦しみから解放されます。
夢に向かうのは、悩みと苦しみが伴うものです。
今、世の中にいる成功者は「自分は本当に成功できるのか」という不安を、乗り越えた人たちです。
誰もが通っている道を、今あなたも、通っているところです。
「自分は本当に成功できるのか」という不安を乗り越えるのが、1つの難関です。
みんな、ここで挫折します。
「やめた、やめた。普通の生活に戻ろう」と言って、成功を諦めるのです。
不安な日々が続くかもしれませんが、自分を信じることです。
不安になるから、足を止めるのではありません。
不安になっても、足を止めない人が、成功できます。
継続していれば、競争相手がどんどん棄権します。
気づくと、走っているのは自分だけになります。
自然といちばんになれるのです。
アイドルのファンクラブに入ったことはありますか。
大好きなアイドルがいれば、すでにファンクラブに入っている人もいるでしょう。
一方、アイドルには興味がない人もいるでしょう。
人それぞれですが、実は誰もが、ファンクラブに入っています。
自分のファンクラブです。
自分というアイドルがいて、自分が、そのファンクラブに入っています。
会員登録日は、生まれた日です。
会員番号は、いちばんです。
会員期限は、死ぬまでです。
年会費は無料ですが、希望すれば、寄付もできます。
ファンレターは、自宅宛てに届けましょう。
強力なサポーターとして、両親が存在しています。
それに次ぐサポーターとして、友人、先生、上司などが存在しています。
ファンに恩返しをしたければ、一生懸命に活動するのがいちばんです。
自分が一生懸命活動すると、自分が喜ぶだけでなく、周りにいる人たちも喜んでくれます。
自分に期待し、自分を応援しましょう。
挑戦してうまくいったときは、自分に拍手しましょう。
「勇気を出して、よく頑張りました」という意味で、拍手をします。
「頑張りました賞」です。
拍手は、自分でしてもいいのです。
恥ずかしいことではありません。
自分のことをいちばんよく知っているのは、自分です。
挑戦してうまくいったときは、気兼ねなく自分に向けて拍手をしましょう。
「ぱちぱち、ぱちぱち」という拍手の音を聞けば、やる気と元気が、もっと出てきます。
ただし、うまくいかなかったときも、拍手をしましょう。
見下すような拍手ではありません。
「勇気を出して、よく頑張った」という励ましの拍手です。
「気にするな。次はうまくいくぞ」という応援の拍手です。
うまくいかなくても、勇気を出して挑戦した事実は変わりません。
大いに、褒めたたえるべきことです。
1つ、いい習慣がわかりましたね。
では、拍手をしましょう。
ぱちぱち、ぱちぱち。
病院に行くと、医師が深刻な顔をして、こう言いました。
「病気が見つかりました。このままでは危ないです」
ため息をついて「悪い知らせだ。大変だ」と思います。
「このままでは危ない」と言われると、余計に焦る気持ちも出てきます。
しかし、悪い知らせではなく、いい知らせです。
病気が早いうちに見つかったからです。
「このままでは危ない」ということは、生活を改善すれば、まだ間に合うということです。
手遅れになる前に見つかったのですから、良かったです。
打つ手があります。
不摂生な生活をするとどうなるのか、痛切に感じました。
病気とわかれば、さっそく治療に励みましょう。
病気が1つくらいあるほうが、無病の人より健康に注意し、かえって長生きできます。
悪い知らせではなく、いい知らせなのです。
一生懸命の実感は、一生懸命になっているときには、わかりません。
一生懸命になると、自分の心を振り返る余裕がなくなります。
振り返る余裕がないほどの状態だから、一生懸命です。
受験勉強中は、自分が一生懸命であることに気づきません。
恋愛中も、自分が一生懸命であることに気づきません。
仕事中も、自分が一生懸命であることに気づきません。
「一生懸命」という仕組み上、仕方ありません。
一生懸命は、後になって気づきます。
人生が一区切りついて落ち着いて、ふと過去を振り返ったときです。
「そういえばあのとき、一生懸命だったな」と思います。
一生懸命とは、そういうものです。
それが、人生です。
実はあなたは今も、一生懸命になっています。
「まさか」と思いますが、自分では気づかないだけです。
少なくとも、この文章を必死になって読んでいるのは、一生懸命になっている証拠です。
人生に迷いながらも、必死になって前に進もうとしている様子がうかがえます。
自分では「こんなものなのかな。これでいいのかな」と思いますが、そんなものです。
一生懸命の実感は、一生懸命になっているときは、わかりません。
しばらくして生活が落ち着いてから、気づくでしょう。
「そういえばそのときは一生懸命だったな」と、懐かしむのです。
「振られる」と「首になる」は、口にする必要はありません。
使わなくてもいいです。
使うと、自分が惨めになります。
誰がこんな言葉を考え出したのかは知りませんが、なんて響きの悪い言葉なのでしょうか。
こんな言葉を使っていると、自分がみすぼらしくなるばかりです。
「振られる」と「首になる」は、人生の禁句なのです。
では、そういう状況になったとき、どう答えるのがいいのでしょうか。
好きな人から振られて、友人から「どうしたの」と聞かれたら、こう答えましょう。
「卒業した」と。
会社を首になり、家族から「どうしたの」と聞かれたら、こう答えましょう。
「卒業した」と。
振られたり首になったりしたのではありません。
卒業したのです。
十分に単位を取得して、レベルアップしたから、卒業する時期を迎えました。
ステップアップです。
古いステージに別れを告げて、新しいステージに向かうときです。
今すべきことは、これからに向けて、全力になることです。
これから新しい人生の幕開けです。
終わったのではなく、始まったのです。
贅沢を控える生活は、素晴らしいです。
「もったいない」という気持ちは、美徳の1つです。
贅沢を避けることで、節約できたり、無駄を省いたりできます。
質素倹約がいいことであるのは、たしかです。
では、常に贅沢してはいけないのかというと、そうではありません。
贅沢を我慢し続けていると、ストレスのはけ口がなくなります。
我慢も、度が過ぎると、体に毒です。
我慢ばかりでは、ストレスがたまり、いらいらして疲れます。
その結果、あるとき、大噴火するのです。
贅沢を我慢して、健康を害するのでは意味がありません。
質素倹約も度が過ぎると、人付き合いにも日常生活にも、暗い影を落とします。
贅沢は、たまにするものです。
むしろ贅沢は、たまにしなければなりません。
たまにするから、いいストレス発散にもなります。
ストレス発散ができれば「また頑張るぞ」というやる気や元気が出てきます。
贅沢は、たまにするために、存在しています。
あなたは、一生懸命に頑張っています。
そろそろ、贅沢をしてもいい時期ではありませんか。
目安としては、週に一度は贅沢です。
平日頑張ったご褒美として、休日に贅沢をしましょう。
手帳を開いて、先に贅沢する日を決めましょう。
贅沢する日が待ち遠しくなり、我慢もしやすくなります。
たまにする贅沢は、生きている喜びを与えるのです。
「制約が多い」と嘆いていませんか。
仕事をしようと思っても、制限や条件が多いため、スムーズに進まないことがあります。
お金がない、時間がない、働き手が足りないなどです。
制限や条件が多いと、自由な行動も限られます。
みすぼらしい気持ちになり、発想も乏しくなる気がします。
しかし、制約が多ければ、仕事も悪くなるとは限りません。
本当は制約がないほうが、大変です。
お金がありすぎると、必要のない道具を購入して荷物が増えた結果、仕事の進行を妨げます。
人が多すぎると、いろいろな人の考えが対立して、統一感がなくなります。
時間がありすぎると、気持ちが緩んで、仕事に打ち込みにくくなります。
条件も制限もない状態では、自由すぎるため、かえって何をやっていいのかわからなくなります。
自由すぎる状態は、不自由です。
制約は、あっていいのです。
むしろ制約は、あったほうがいいです。
制約は、仕事の邪魔をするものではなく、仕事に生かすものです。
制限や条件があるから、範囲がわかります。
気持ちが引き締まり、統一感も生まれます。
制約を生かせば、必ずいい仕事ができます。
「私の人生は、うまくいくでしょうか」
そんな言葉に、心当たりはありませんか。
よく耳にするフレーズですが、よく考えると、おかしな発言です。
人生の成り行きは、誰かに聞いてわかるものではありません。
「そうですね。どうでしょうね」と、曖昧な返事しか返ってこないことでしょう。
人生がうまくいくかどうか、人に聞くのではありません。
人生は、自分しだいです。
自分のやる気と行動力で、いくらでも変えられます。
そもそも「うまくいくかどうか」は「うまくいかないかもしれない」が、前提になっています。
うまくいかないかもしれないと弱腰になっていると、引っ込み思案で、弱気になります。
やる気もパワーも出にくくなるのです。
「うまくいくかどうか」と思うのは、やめることです。
思いたくても、思わないほうがいいです。
行動するのは自分ですから、自分のやりようしだいです。
人生は、うまくいかせるものです。
「うまくいかせるぞ」という気持ちがあれば、うまくいきます。
「うまくいかせるぞ」は「うまくいくのは当然」が、前提になっています。
「うまくいくのは当然」が前提になると、やる気とパワーがみなぎり、結果を出せます。
結果が出ると、自信もついてきます。
実際に行動するのは、自分です。
自分がうまくいくと思って行動を続ければ、うまくいくのです。
泥棒の被害に遭ってしまいました。
部屋の物やお金を、たくさん盗まれました。
「大変だ」と、怒り心頭になるでしょう。
しかし、泥棒の被害は、考え方しだいでチャンスに変えることができます。
盗まれたと考えず「処分してくれた」と考えればいいのです。
物に対する執着が強く、自分ではなかなか捨てられませんでした。
泥棒がわざわざ物を盗んでくれたおかげで、廃品回収を呼ぶ手間が省けました。
心と体が軽くなった分、これから人生が歩みやすくなるでしょう。
命があるだけ、良かったのです。
お金が残っても、命が奪われれば、人生は終了です。
もがいても、やり直しができません。
命があるだけ、御の字です。
お金を奪われても、命さえ残っていれば、まだ人生は続けられます。
お金は、また稼げばいいのです。
盗まれたお金は、授業料だと考えることです。
金額が高いほど、貴重な防犯意識を勉強できます。
防犯の意識を机上で学ぶのは、限界があります。
教科書やテレビを眺めるだけでは「そうですか」と思い、人ごとのように感じてしまいます。
不謹慎ですが、防犯意識を本気で学ぶなら、被害に遭うのがいちばんです。
被害に遭うことで、防犯の重要性を痛切に感じることができます。
被害に遭っても、大きな学びがあれば、被害より儲けが上回ります。
被害をチャンスに変えることです。
むしろいい授業が受けられたと、喜んでもいいくらいです。
好きなことができているなら、十分です。
もう幸せです。
世の中には、好きなことさえさせてもらえない人が、たくさんいます。
好きなことができている人より、できていない人のほうが多いです。
家族や会社に縛られて、自由が失われているのです。
そういう人たちに比べれば、好きなことをさせてもらえるだけ、恵まれています。
好きなことができている上「自分を理解してもらいたい」と思うのは、贅沢です。
単なるわがままになります。
これ以上欲張ると、好きなことができない人から恨まれます。
むしろ「好きなことができていない人を理解しよう」と思うくらいでいいのです。
好きなことができている人は、理解される側ではなく、理解する側になりましょう。
悩んでいる人の手助けをするのが、好きなことをしている人の使命です。
成功する前は「うさんくさい」と言われるものです。
必ず言われます。
「うさんくさい」と言われたとき、ため息をつくのではありません。
「うさんくさいと言われないように、もっと頑張るぞ」と、思えばいいのです。
元気がなくなる言葉ではなく、やる気が出る言葉です。
そもそも成功する前は、うさんくさく見えるものです。
成功に向かって歩み始めた瞬間から、それらしい姿形に見えるほうが、不自然です。
うさんくさいと言われるのは、成功に向かう誰もが通る、登竜門なのです。
ただし、成功した後も「うさんくさい」と言われます。
普通の人には、成功している姿がまぶしく映ります。
気に入らず憎らしいため「何か小言を言ってやらないと、気が済まない」と思います。
「うさんくさい」という根拠のない言葉で、攻撃してくるのです。
つまり「うさんくさい」という言葉は、成功する前も後も言われ続けるものです。
これは仕方ないことです。
うさんくさいという言葉は、励みにするのが正解です。
成功する前は、うさんくさいという言葉を励みにしましょう。
成功した後も、うさんくさいという言葉を励みにしましょう。
励みにすればするほど、もっと心に火がつきます。
生きる力に変えるのが、いちばんなのです。
逃げるのが、必ずしも悪いとは限りません。
人生では、逃げるのが正しいときもあります。
負けるとわかっている戦いに挑むのは、時間と体力の無駄です。
野生動物ですら、負けるとわかっている戦いは、逃げます。
負けると感じたときは、潔く逃げましょう。
ただし、無言でもちろん時には逃げることも必要ですが、逃げるばかりでは成長しません。
無言で逃げると、完全に負けたかのようです。
負けたと思われるのは、不本意です。
ただ逃げるだけでは、野生動物と同じです。
人間なら、人間らしい逃げ方をしましょう。
「また来る」という捨てゼリフを残して、逃げるのです。
野生動物にはできない逃げ方です。
「また来る」と言って逃げれば、完全に負けた雰囲気にはなりません。
「少しだけトイレ休憩をくれ」という感じです。
トイレなら、仕方ありません。
完全撤退ではなく、あくまで一時退散です。
戦いを、少し延期するだけです。
逃げてから、悔しい思いをやる気に変えて、力をつけましょう。
いずれ力を身につけてから、再び戦いに挑みます。
次は、相手が逃げる番なのです。
日常生活では、命懸けだと思う光景を目にします。
たとえば、高いビルに上って、窓ガラスを掃除している人です。
「うっかり足を滑らせれば、死んでしまうな」と思います。
けがでは済みません。
一発で、死んでしまいます。
まさに、命懸けの仕事です。
すごいなあと思いますが、そんなあなたも、命を懸けているではありませんか。
命を懸けて、人生を生きています。
死にたくないから、命懸けで生きています。
私たちの人生は、死にたくないから生きる日々の連続です。
生きていることそのものが、命を懸けた仕事です。
命を懸けて生きていない人は、1人もいません。
みんな、命を懸けています。
生きているだけで、素晴らしい仕事をこなしています。
だからあなたも、素晴らしいのです。