人間関係がうまくいかない人は、ある傾向があります。
自分や相手に完璧を求める傾向です。
「自分はきちんとしなければならない」
現代は「ストレス社会」といわれています。
ビジネスでもプライベートでも、たくさんのストレスが点在しています。
学校では、勉強や部活動のストレスがあります。
相手と考えがぶつかると、自分の考えを理解してもらうと説明します。
「話せばきっとわかってもらえる」と期待する。
ところがいくら話しても、相手は首を縦に振りません。
再会したときは、こう言いましょう。
「この前は、ありがとうございました」
相手は「何かしたかな」と驚くかもしれません。
自分の可能性を広げたければ、自分の年齢を忘れることです。
私たちは無意識にうちに、年齢による固定観念に縛られています。
自分の年齢を忘れると、固定観念も消えるため、自由な行動や発想ができるようになるのです。
うわべの言葉で話をされて、もやもやすることはありませんか。
うわべの言葉は聞いて簡単にわかります。
言葉が表面的で嘘くさいところがあります。
ストレスがあるのは、かまいません。
適度なストレスは、緊張感を生み、仕事や勉強を効率化させる効果があります。
競争相手がいるおかげで、意気込みが強くなるでしょう。
あなたには「許せない人」はいますか。
ひどいことをされたり心を傷つけられたりすると、本当に腹が立ちます。
取り返しのつかないトラブルを引き起こされ、生活も人生もめちゃくちゃにされると、もはや怒りだけでは収まりません。
自分の信頼を高める方法があります。
守れる自信のない約束をしないことです。
あなたが約束をするかどうかの基準は何でしょうか。
身近に外国語を流暢に話す人はいませんか。
たとえば、帰国子女です。
海外の生活が長かったため、外国語が流暢に話せる人を見かけることがあります。
人から見下されることがあっても、むきにならないでください。
卑屈になったり腹を立てたりする必要はありません。
当然ですが、仕返しを考える必要もありません。
友人の数を自慢する人は、まもなく友人が減っていきます。
たしかに友人は多いかもしれませんが、自慢をし始めると、だんだん減っていくのです。
友人の数を自慢するのは、友人を自分のステータスの1つと考えています。
困ったとき、どういう表情をしますか。
困った表情といえば、不機嫌な表情が一般的です。
眉間にしわをよせたり、しかめ面をしていたりなどが多いのではないでしょうか。
ある日のこと、友人が急にプレゼントをしてくれました。
「これ、どうぞ」と言って差し出したのは、お菓子でした。
「急にどうしたの」と尋ねると「いつもお世話になっているので」と照れた顔で言いました。
人を騙さないことです。
人を騙して得をしても、一時的です。
騙した人との人間関係は切れます。
ほほえみと挨拶は、似ています。
何が似ているかというと、先手を打つ重要性です。
人間関係では、挨拶の早さが大切です。
「愛を探す」と言いますが、ナンセンスです。
愛は、探すものではなく、掘り出すものです。
探しに行かなくても、すでに持っています。
誰からも愛されない人には、共通点があります。
誰も愛していないのです。
「好きな人はいますか」と聞くと「いません」と答えます。
隠れるのが悪いこととは限りません。
公の場で変身している姿を見せると、驚かれたり白けたりするでしょう。
失敗やミスではありませんが、見た目がかっこ悪いのです。
感じの悪い人に出会うことがあります。
タクシーに乗って行き先を伝えたら、舌打ちをされた。
病院に行ったとき、受付の人の態度が偉そうで不快だった。
美しくなりたいですか。
美しくなるためには、化粧品も大切ですが、もっと大切にしたいことがあります。
誰かを愛する姿勢です。
ときどきいらいらしている人を見かけます。
態度が悪かったり、言葉遣いが汚かったりです。
何があったかは知りませんが、何かにいらいらしている態度の人です。
子犬は、なぜかわいいのでしょうか。
子犬は落ち着きがなく、よく吠えます。
突然お漏らしをしたり、飛びかかってきたりします。
人間関係では、ぎくしゃくすることがあります。
誤解や行き違いがあると、関係がしっくりいかなくなり、ストレスを感じるようになります。
お互いに壁ができ、距離感が生まれ、接しにくくなります。
不謹慎な発言かどうかは、クッション言葉で決まります。
たとえば、急に「もし親が死んだとき」という話をすると「不謹慎だな」と思います。
いきなり言われると、とげがあります。
人と接していると、いらいらして怒鳴りたくなるときがあります。
不作法な子どもをしつけで怒鳴ろうとしたり、友人の態度に腹が立って怒鳴ろうとしたりなどです。
そこで怒鳴ったら、怒りがそのまま相手にぶつかります。
自分が初めて上司になったときに困るのが、部下への接し方です。
「生まれて初めて上司になった」ということは「生まれて初めて部下を持った」ということです。
やはり初めての仕事は、どうしていいのかわからず、戸惑うものです。
友人がいれば、必ず幸せとは限りません。
友人とはいえ、話しかけられる頻度が多いと、勉強や仕事の邪魔になることがあります。
深夜に突然電話がかかって、睡眠を妨げられることもあるでしょう。
偉そうにしていると、人から嫌われます。
たとえ地位が高くても、偉そうにしていると、やはり印象が良くありません。
陰で「偉い人なんだろうけど、態度がちょっとね」と言われるに違いありません。
すべての人は、家族です。
現在の戸籍法にのっとった考え方では、まだ狭いです。
「人類」という大きな枠組みで考えましょう。
人間関係がうまくいかない人は、ある傾向があります。
自分や相手に完璧を求める傾向です。
「自分はきちんとしなければならない」
「相手に失礼があってはならない」
自分にも相手にも、完璧を求めてしまう傾向があります。
不快になるような言動を完璧に避けて、相手を喜ばせる言動を心がけます。
もちろんその心がけは素晴らしいですし、理想的です。
しかし「完璧でなければいけない」と思うのは、少し大げさです。
人間そのものが完璧ではありませんから、自分や相手に完璧を求めるのは、無理があります。
人間ですから、間違えることもありますし、不注意もあります。
物忘れもありますし、できないこともあります。
ためらいもありますし、言いすぎもあります。
完璧を求める癖があると、人間関係のストレスが増えやすくなります。
人間関係で完璧を求める考えを改めませんか。
人間関係の最大のコツは、相手にも自分にも、完璧を求めないことです。
自分の言動に物足りない点があっても、よしとします。
相手の言動に満足できなくても、寛大になります。
自分にも相手にも完璧を求めなければ、人間関係はとても気楽になります。
間違えるから人間です。
不注意があるから人間です。
完璧を求めなくなったとき、自然な人間関係を構築できます。
現代は「ストレス社会」といわれています。
ビジネスでもプライベートでも、たくさんのストレスが点在しています。
学校では、勉強や部活動のストレスがあります。
職場では、仕事や人間関係のストレスがあります。
家庭では、家事や育児のストレスがあります。
外に出れば、人混みや信号待ちのストレスがあります。
私たちの生活は、常にストレスのシャワーを浴びているようなもの。
どこにいても何らかのストレスがあり、もはや避けては通れません。
きっとあなたも、ストレスと上手に付き合いながら生きていることでしょう。
しかし、ストレスには「集中しているポイント」があるのをご存じでしょうか。
それぞれの生活シーンに均一というわけではなく、偏りがあります。
ある研究によると「ストレスの9割は人間関係」といわれています。
人と関わっていると、何かと神経を使うことが増えます。
気を遣ったり周りに合わせたりすることがあるでしょう。
集団行動を取らなければいけないときも少なくありません。
同調圧力があって、素の自分を抑えることとなり、なかなか素直な自分を出せないこともあるでしょう。
嫌われないように演じることも少なくないはずです。
時には妬みや嫉妬に悩まされることもあるでしょう。
人付き合いが多くなればなるほど、心をすり減らすことも多くなります。
知らず知らずのうちに気苦労を重ねていることが少なくありません。
日常にはさまざまなストレスがありますが、実際はほとんど人間関係に集中しています。
ストレスの9割は人間関係と聞いて、うなずく人も多いのではないでしょうか。
さて、ここからが本題です。
実はここにストレス改善のヒントがあります。
「ストレスの9割は人間関係」ということは、裏を返せば「人間関係をクリアできれば、ストレスの9割は改善できる」となります。
ストレスに悩まされたときは、人間関係から離れてみてください。
もちろん私たちの生活で人間関係を切ることはできません。
職場では人とのやりとりが必須であり、仕事をしていくうえで人と関わることは避けられないでしょう。
しかし、人間関係をゼロにできなくても、距離を置いたり一時遮断をしたり接触頻度を減らしたりならできるはずです。
引きこもったり縁を切ったりする必要はありません。
仕事や日常に支障が出ない程度で、ちょっとだけ人との関わりから距離を置いてみましょう。
ちょっと人間関係から離れる時間をつくるだけでいいのです。
1人の時間をつくってみます。
ランチの時間は、みんなと食事に行くのはちょっとお休みにして、1人で食事をしてみます。
カフェやレストランで、まったりするのも良し。
ちょっとだけ引きこもりを楽しんでみるのも良し。
SNSをしているなら、しばらく利用を控えてみます。
週末は、友人と会うのもいいですが、自宅でインドアを楽しむのもいいでしょう。
アウトドアでも「登山」「ドライブ」「キャンプ」など、1人で楽しめるアクティビティーがあるのでおすすめです。
旅行好きであれば、一人旅がうってつけです。
そうして人と関わることを減らせば、驚くほどストレスが改善されるでしょう。
1人の時間が充実すると、ストレスから解放されるだけでなく、心にエネルギーがチャージされていきます。
ストレスの9割は人間関係ですから、ストレス改善の鍵も、人間関係にあるのです。
相手と考えがぶつかると、自分の考えを理解してもらうと説明します。
「話せばきっとわかってもらえる」と期待する。
ところがいくら話しても、相手は首を縦に振りません。
何度も話し合っても話が噛み合わず「わからない」「理解できない」「納得できない」という返事ばかり。
感情を抑えながら丁寧に説明しても、話が平行線のまま進展しないことがあります。
そんなとき「あの人とはわかり合えない」となるでしょう。
自分の考えを理解してもらえないと、むっとするかもしれません。
わかり合えない人がいるのは悪いことでしょうか。
いいえ、悪いことではありません。
わかり合えない人はいてもいいのです。
むしろわかり合えない人がいるのは自然なことです。
生まれや育ちに違いがあれば、お互いの常識や価値観が異なります。
わかり合えない人がいるのはよくないことに感じるかもしれませんが、よくも悪くもありません。
お互いの価値観が異なっているだけです。
どちらが正しいのか、どちらが間違っているのかではありません。
どちらも正しいのです。
相手には相手の考えがあり、自分にも自分なりの考えがあります。
残念ながら「話し合えばわかってもらえる」というのは幻想なのです。
わかり合えない人がいるのは問題ありません。
おかしなことでも悪いことでもなく、普通のことです。
理解されなくて怒ったり落ち込んだりする必要もありません。
わかり合えない人がいるのは大いに結構なことです。
ただし、このとき大切なマナーがあります。
わかり合えないからといって、相手を否定や攻撃しないことです。
悪口を言ったり感情をぶつけたりしないことです。
「なるほど、そういう考えもありますね」と思うだけでいいのです。
賛同しなくてもいいので、相手の意見を尊重します。
どうしても受け入れがたいことであれば、さらりと流してしまうのも悪くありません。
受け止める力も大切ですが、受け流す力はもっと大切です。
馬耳東風に徹すれば、心が楽になって平常心を保てます。
このマナーさえ守っていれば、話が噛み合わないことはあっても、トラブルには発展しません。
再会したときは、こう言いましょう。
「この前は、ありがとうございました」
相手は「何かしたかな」と驚くかもしれません。
感謝する理由もないのに、いきなり感謝するのは不自然と思うでしょう。
感謝する理由は、言ってから考えればいいのです。
クイズ番組のようなものです。
ボタンを先に押してから、答えを考えます。
感謝の理由がまったく見つからないはずはありません。
前回会ったときのことを細かく思い出せば、感謝すべきことが、1つくらいは思い浮かぶはずです。
ささいなことでもかまいません。
楽しく話ができただけでもいいのです。
「楽しく話ができた」というのも、感謝の理由です。
感謝は、言えば言うほど、人間関係が良くなります。
頭のいいトレーニングにもなります。
頭を使うなら、こうした有意義なことに使いましょう。
感謝は、しすぎるくらいで、ちょうどいいのです。
自分の可能性を広げたければ、自分の年齢を忘れることです。
私たちは無意識にうちに、年齢による固定観念に縛られています。
自分の年齢を忘れると、固定観念も消えるため、自由な行動や発想ができるようになるのです。
さて、この法則は、自分だけに当てはまるわけではありません。
他人にも当てはまります。
あなたが自分の年齢を忘れるのと同じ要領で、相手の年齢も忘れましょう。
礼儀を保ちつつ、年齢による固定観念は忘れます。
初対面の人に、いきなり年齢を聞かないことです。
気になる気持ちがあっても、自分から聞かないことです。
相手から聞かれたときは答えてもいいですが、自分から積極的に聞こうとする姿勢は控えます。
年齢を聞いてしまうと、相手を型にはめて見てしまいがちです。
そのせいで、せっかくの出会いを台無しにしてしまうことがあります。
年下でも年上でも、いいではありませんか。
あなたが接する人間関係の年齢も、忘れます。
仲良くなれば、年齢は関係ありません。
「同じ年の人とは仲良くなりやすい」というのも、固定観念です。
そう思っているから、そうなります。
年上だから仲良くなることもあれば、年下だから仲良くなることもあります。
人間関係に年齢は関係ありません。
相手の年齢を忘れるときも、人間関係の可能性が広がるのです。
うわべの言葉で話をされて、もやもやすることはありませんか。
うわべの言葉は聞いて簡単にわかります。
言葉が表面的で嘘くさいところがあります。
お世辞や社交辞令のような印象を受け、心に響くことがありません。
自分の言葉ではなく、借りてきた言葉のようなところがある。
うわべだけのコミュニケーションほど悲しいものはありません。
いつも相手がうわべの言葉ばかりであれば深いコミュニケーションができず、首をかしげることもあるでしょう。
「どうしてあの人はいつもうわべの言葉ばかりなのだろう」
理由は単純です。
あなたがうわべの言葉で話しているからです。
自分の言葉を振り返ってみてください。
「相手はうわべの言葉ばかり」と思いますが、そんな自分こそ、うわべの言葉ばかりになっているのではないでしょうか。
人の言葉には敏感でも、意外と自分の言葉には鈍感で気づかないことが多い。
あなたが心を開かないと、相手も心を開かなくなります。
あなたがうわべの言葉を話すと、相手もあなたの調子に合わせて、うわべの言葉を返してきます。
うわべの言葉が飛び交って、表面的な会話しかできなくなります。
これでは永遠に「心のコミュニケーション」を実現できません。
では、どうすれば相手に本音の言葉で語ってもらえるのでしょうか。
方法は簡単です。
まずあなたから「本音の言葉」をぶつけるのです。
本音の言葉を話してください。
本音の言葉には勇気がいりますが、心のコミュニケーションでは欠かせません。
本音で話すことを「ずばずば話すこと」「遠慮なくストレートに話すこと」と考える人がいますが、それは誤解です。
本音といっても、言葉遣いを無視するわけではありません。
「相手の心に配慮しながら丁寧な言葉遣いで本音を話す」ということです。
本音を話す際は「クッション言葉」を使うとスムーズです。
「実際には○○です」
「正直に言うと○○です」
「本当のことを言うと○○です」
相手を傷つけそうな心配があるなら「正直に話してもいいですか」と許可を求めるクッション言葉を使うといいでしょう。
あなたが本音で話せば、相手も本音で話してくれるようになります。
「この人は本音で話している。じゃあ、私も本音で話そう」と心を動かされる。
相手から本音を待つのではなく、まず自分から本音をぶつけることが大切です。
あなたが本音で話せば、相手からも本音が返ってくるのです。
ストレスがあるのは、かまいません。
適度なストレスは、緊張感を生み、仕事や勉強を効率化させる効果があります。
競争相手がいるおかげで、意気込みが強くなるでしょう。
タイムプレッシャーがあるおかげで、勢いが増すこともあります。
大きなストレスも、心を鍛える訓練になるでしょう。
そもそも現代社会では、ストレスから避けられない状況です。
家庭、学校、職場など、どこに行っても常に人間関係が存在します。
人間関係のあるところに、ストレスもあります。
問題は尽きません。
ストレスを避けて生きるのは、ほぼ不可能です。
ストレスがあるのは、かまわないのです。
よくないのは、ため込むことです。
ストレスがあって、そのままずっとため込んでいると、大きくなる一方です。
ストレスの抵抗力は関係ありません。
ストレスをため込んでいれば、抵抗力にかかわらず、いつか限界に達します。
ストレスと上手に付き合って、より良い関係を保ちましょう。
あなたには「許せない人」はいますか。
ひどいことをされたり心を傷つけられたりすると、本当に腹が立ちます。
取り返しのつかないトラブルを引き起こされ、生活も人生もめちゃくちゃにされると、もはや怒りだけでは収まりません。
強い憎しみの念が生まれ「あの人を許せない!」と思うことでしょう。
その人のことを一生憎み続け、恨み続け、責め続けることになるでしょう。
取り返しのつかないほどひどいことをされると、許せないのも当然に思えます。
しかし、ここで大切な事実に気づいてください。
許せないことの本当の理由は、ひどいことをされたからではありません。
「許せない」と思っているからです。
「許せない」と思っているから許せません。
思考が現実になっているだけです。
「許せない」と思っているかぎり、いつまで経っても許せません。
誰かを憎み続けるのは大変疲れることです。
24時間365日、看守の仕事をしているようなもの。
一瞬たりとも気を抜けず、常に緊張状態が続くため、非常に多くの精神を消耗して疲れやすくなります。
生活も人生も快適にしたいなら、許せないことを1つでも減らし、できればゼロにすることが大切です。
どうしても許せないことでも、簡単に許せる方法があります。
「許せる」と思うことです。
「そんなことは無理だ。許せないものは許せない!」
そう思ったあなた。
ほら、その考えが良くありません。
「許せない」と思うから許せません。
強い抵抗感があるに違いありませんが、いったん心を真っ白にしてチャレンジしてみてください。
嘘でもうわべでもいいので「許せる」と思ってください。
あっさり許せてしまいます。
すっと心の霧が晴れ、負の感情が消えていき、穏やかな気持ちが広がるでしょう。
あれほど許せなかったことがいとも簡単に許せてしまい、拍子抜けするはずです。
許せるかどうかは、自分がどう思っているかで決まります。
現実を変えるには、まず思考を変えることが大切です。
思考を変え、心の壁を壊し、新しい自分に生まれ変わってください。
「許せない」と思っているから、許せません。
「許せる」と思えば、許せるのです。
自分の信頼を高める方法があります。
守れる自信のない約束をしないことです。
あなたが約束をするかどうかの基準は何でしょうか。
「守れそうなら約束する。守れなさそうなら約束しない」
おそらくこうした感覚ではないでしょうか。
実は、この感覚には欠点があります。
「守れそうなら約束する」と思うことでも、守れない可能性があることです。
「約束」というキーワードは、簡単に言えますが、重く考えることです。
軽い気持ちで約束するのは、良くありません。
「もし守れなくなれば、そのときに謝ればいい。軽い内容なら相手も許してくれるだろう」と思います。
たしかに軽い内容なら、相手も許してくれるでしょう。
しかし、たとえ許してくれても、相手には「約束を守れなかった」という事実として判断されます。
大切な信用を失っているのです。
約束をするときには、慎重になることです。
守れる自信がない約束は、しない。
約束をするときには、必ず守れる内容だけ厳選します。
約束を果たす自信がなければ「守れる自信がない」と正直に言って、素直に謝りましょう。
正直に断るほうが、かえって信頼を高めます。
「本当に約束を大切にしている」という姿勢が伝わるからです。
ささいなことでもいいですから、確実に自分が守れる約束だけを続けていきましょう。
この習慣を続けていれば、自然とあなたの信頼が高まります。
身近に外国語を流暢に話す人はいませんか。
たとえば、帰国子女です。
海外の生活が長かったため、外国語が流暢に話せる人を見かけることがあります。
外国語をなめらかに発音し、自由自在に操る様子はかっこいいですね。
そんなとき、つい妬んでしまう自分がいれば、要注意です。
自分が外国語にコンプレックスがあると、なめらかな発音が、やけに腹立たしく感じるかもしれません。
外国語を話す様子が、気取った態度に見える人もいるでしょう。
しかし、いくら妬んだところで、いいことは一つもありません。
敵を増やすだけです。
あなたが勝手に恨んで、相手を嫌いになっても、人間関係にひびが入るだけです。
そもそも相手は何も悪いことしていません。
一方的に嫌いになっても、人間関係が悪くなるだけで、自分が苦しくなるだけなのです。
外国語が流暢な人が身近にいれば、妬むより、頼りにしましょう。
甘えるのです。
できる人の能力は素直に認め、頼りにします。
「外国語が上手ですね。うらやましい。頼りにしています」
褒めながら近づき、仲良くなりましょう。
敵ではなく、味方にします。
結果として、人間関係もうまくいきます。
より良い人間関係を結んでおけば、いざあなたが困ったときも、快く助けてくれるでしょう。
人から見下されることがあっても、むきにならないでください。
卑屈になったり腹を立てたりする必要はありません。
当然ですが、仕返しを考える必要もありません。
不快に感じるかもしれませんが、ここは大事な場面です。
世の中には見下すのが大好きな人がいて、ところどころに生息しています。
見下す人は心に劣等感があって、見下すことで安心感を得ようとしています。
見下す人がいなくなってほしいと思うところですが、残念ながらゼロにすることはできません。
心の穴を埋めることに必死になっていて、ターゲットが見つかると、ここぞと言わんばかりにマウンティングを取ってきます。
見下す人と真面目に取り合う必要はありません。
真面目に取り合っていると、こちらのエネルギーが消耗されるだけで不毛です。
もし見下されることがあれば、寛大な心でスルーしてください。
「どうぞ見下してください」「言いたいだけ言えばいい」と思っておけばOK。
動物園にいるゴリラがマウンティングのポーズをしていると思えばいい。
リアクションを見せると、相手はますますヒートアップするので、思うだけにしておくのが賢明です。
特に反応することもなく、無反応でいるのがいちばんです。
見下されても、あなたは自分のやるべきことに集中しましょう。
外野の声に惑わされず、目の前のことに集中するのみ。
何でも反応すればいいわけではなく、時には無反応でいることが正解ということがあります。
どれだけひどいことを言われても、受け流す力があれば怖くありません。
きちんとスルーすることで、ストレスにも強くなります。
スルーを貫けば、そのうち見下してくる人は「無反応でつまらない」と諦め、何も言ってこなくなります。
友人の数を自慢する人は、まもなく友人が減っていきます。
たしかに友人は多いかもしれませんが、自慢をし始めると、だんだん減っていくのです。
友人の数を自慢するのは、友人を自分のステータスの1つと考えています。
「自分はこんなに人脈があります」
「自分はとても人気者なんです」
「自分はコミュニケーション能力があります」
自分を大きく見せるために、わざわざ友人を引き合いに出します。
自分の偉大さを、暗に伝えようとしているのです。
そういう姿勢は、友人にとって感じが悪いでしょう。
持ち物のような扱い方をされれば、誰でも腹が立ちます。
友人はがっかりして、離れていくでしょう。
親友まで仲を深めることができません。
友人の数を自慢する人に限って、親友はゼロなのです。
友人は、むやみにたくさんいればいいわけではありません。
自然と増えるのはいいのですが、躍起になって増やすのは愚かです。
友人は、たくさんいればいるほど、1人当たりの交流時間が少なくなります。
大切なのは、友人の数ではありません。
質です。
友人と、いかに仲を深めるかです。
友人の数を自慢するのはやめることです。
友人関係を崩す原因になります。
聞かれたときは答えてもいいのですが、自分から言いふらすのは避けるのが賢明です。
困ったとき、どういう表情をしますか。
困った表情といえば、不機嫌な表情が一般的です。
眉間にしわをよせたり、しかめ面をしていたりなどが多いのではないでしょうか。
困っていれば当然の表情ですが、ここがポイントです。
その表情は、明るくありません。
むしろ怖いです。
困った表情が怖い顔になっていると、いらいらはさらに倍増します。
困っていることに周りの人が気づいても、怖い雰囲気のため「大丈夫ですか」と声をかけにくくなるでしょう。
困ったときの表情は、笑顔になりましょう。
「まいったな」「勘弁してくれよ」という雰囲気が出た、軽い笑顔です。
困った表情が笑顔になると、いらいらのストレスが半減します。
周りの人たちも、声をかけやすくなるため「大丈夫ですか」と声をかけやすくなるでしょう。
協力を得やすくなるのです。
困ったときの表情で、事の成り行きが変わると言っても、大げさではないのです。
ある日のこと、友人が急にプレゼントをしてくれました。
「これ、どうぞ」と言って差し出したのは、お菓子でした。
「急にどうしたの」と尋ねると「いつもお世話になっているので」と照れた顔で言いました。
とても嬉しかったのです。
小さなプレゼントでしたが、素直に感動しました。
プレゼントを贈ると言えば、誕生日や記念日が一般的です。
誕生日や記念日は「何かもらえるかもしれない」という心の準備があります。
一方、何でもない日は、心の準備がまったくありません。
完全に無防備です。
その分、突然プレゼントをすれば、相手を驚かせる効果があります。
予定された日にプレゼントをもらうのもいいですが、突然もらうプレゼントも嬉しいですね。
大切な人がいれば、ぜひ、突然プレゼントしてみましょう。
あえて誕生日や記念日以外の日のほうが、より感動が伝わるでしょう。
「いつもお世話になっているので」
「街でたまたまいい物を見つけたので」
「ふと顔が浮かんだので」
さりげない理由をつければ、素直に受け取ってくれるでしょう。
人を騙さないことです。
人を騙して得をしても、一時的です。
騙した人との人間関係は切れます。
自分の性格が悪くなります。
騙す内容によっては、警察につかまり、刑務所です。
一時的に得をしても、長期で見れば損です。
いいことなんてありません。
人を騙すと、昼の世界で生きられなくなります。
明るいはずの太陽すら、不快に感じるようになります。
太陽の光が「死ぬまで許さないぞ」と言っているような気がするのです。
結果として、太陽を避けた夜の世界しか、生きられなくなります。
騙す側になるくらいなら、騙される側になったほうが、ましです。
多少の損はありますが、人生に絶望することだけは避けられます。
人を疑う人生より、人を信じる人生のほうが、明るく生きられます。
これまで騙した経験があるなら、今からはもう騙さないと誓うことです。
今まで騙した罪があれば、これからの善行によって償っていくのです。
今まで騙した罪は消えませんが、少なくとも未来があります。
その方向で生きていけば、昼の世界でも生きられます。
「今からもう騙さない」と誓うのです。
ほほえみと挨拶は、似ています。
何が似ているかというと、先手を打つ重要性です。
人間関係では、挨拶の早さが大切です。
挨拶は、先にする人のほうが好感が持てます。
挨拶されたから、自分も挨拶するのでは、遅いです。
人間関係は、常に先手が大切です。
挨拶は、競走と考えましょう。
相手が誰であろうと、とにかく自分から先に挨拶を心がけます。
好感を与える側になることで、人間関係もスムーズに進むのです。
ほほえみも同じです。
ほほえみも、競走です。
相手がほほえんだら、自分もほほえむのでは、遅いのです。
相手がほほえむ前に、自分から先にほほえみましょう。
先にほほえむ人が、好感を与えることができます。
ほほえみを与える側になることで、人間関係もスムーズにいくのです。
ちなみに、ほほえみながら挨拶をすれば、同時に先手を打つことができるため、完璧です。
好感を与える側になるのが、より良い人間関係のコツです。
受け手にならず、与える側になりましょう。
さて、次に誰かと会えば、あなたから先にほほえみながら挨拶しましょう。
これを意識するだけで、気持ちのいい会話が始められます。
「愛を探す」と言いますが、ナンセンスです。
愛は、探すものではなく、掘り出すものです。
探しに行かなくても、すでに持っています。
自分の中にあるのです。
愛の表現とは、鉱山で金脈を掘り出すようなものです。
自分の内側から掘り出して、見せていくのです。
たとえば、人と会ったとき、明るく笑顔で挨拶しましょう。
自分から先に挨拶するのです。
すぐ明るい気分になれます。
自分の内側にある愛が、掘り出されたからです。
もっと人に優しく接すれば、内側にある愛が掘り出され、表面化します。
食事中「おいしいな」と思ってみましょう。
すると、心地よい気分に浸れます。
「おいしい」と思った瞬間、自分の内側にある愛が掘り出されます。
明るい考えや思いやりの行動をすればするほど、あなたの内側にある愛が表面化します。
だから、探しに行かなくてもいいです。
掘り出すのです。
自分の内側にあるものを、どんどん出していく。
しかも嬉しいことに、愛の量には限りがありません。
金脈や温泉は量に限りがありますが、愛だけは無限です。
試してみればわかります。
あらゆる人に優しく接すれば、いくらでも優しい気持ちになれ、無尽蔵の愛が吹き出ます。
できるだけ、あらゆる人に優しくしたほうがいいのです。
友人だけでなく、知人にも明るく接しましょう。
見ず知らずの人に優しく接する姿勢も大切です。
それだけ多く愛が掘り出され、豊かな宝と接することができます。
誰からも愛されない人には、共通点があります。
誰も愛していないのです。
「好きな人はいますか」と聞くと「いません」と答えます。
口にすることといえば、悪口や中傷ばかり。
態度と言えば、横柄や無礼ばかり。
誰も愛さない人を、誰が好きになるでしょうか。
誰も愛さない人は、誰からも愛されません。
「みんな嫌いだ」と言う人は、みんなから嫌われます。
悲しいことですが、人生の法則です。
ただし、逆のことも言えます。
誰かに愛されたければ、まずあなたが誰かを愛することです。
愛するとはいえ、恋愛感情を抱く意味ではありません。
「好意を抱く」という意味です。
「あなたを応援しています」
「あなたの味方です」
「あなたは素晴らしいですね」
親しみの気持ち、親切な心を伝えましょう。
相手に好意を抱くかどうかに、条件は不要です。
ただ出会えた事実に感謝して、無条件で、相手に好意を抱きます。
誰かを愛すると、その人からも愛されるようになります。
自分を応援してくれる人は、好意を抱くからです。
突然ですが、質問です。
あなたが愛している人は、何人いますか。
5人ですか。
10人ですか。
その人数が、あなたが愛されている人の数です。
できるだけ多くの人を愛する人生を送りましょう。
多ければ多いほど、愛のあふれる人生を歩めます。
隠れるのが悪いこととは限りません。
公の場で変身している姿を見せると、驚かれたり白けたりするでしょう。
失敗やミスではありませんが、見た目がかっこ悪いのです。
有名なスーパーマンでさえ、変身するときは隠れます。
ヒーローが服や靴を脱いでいるところが見えると、かっこいい雰囲気が壊れるでしょう。
いくら変身後の活躍があっても、変身している途中の姿は、やはりかっこ悪いです。
変身するときは、きちんと隠れましょう。
誰にも見られないことが大切です。
たとえば、メイクです。
メイクは、人前より隠れてしたほうがエレガントです。
着替えも、カーテンを閉めて、隠れてしましょう。
大事な研究も、隠れてしたほうがふさわしい場合があります。
友人との秘密の話は、隠れたほうが話しやすいでしょう。
隠れるべき場面では完全に隠れましょう。
ちらっと見えたり途中から見えたりするのでは意味がありません。
しっかり隠れることで、美しく変身できるのです。
感じの悪い人に出会うことがあります。
タクシーに乗って行き先を伝えたら、舌打ちをされた。
病院に行ったとき、受付の人の態度が偉そうで不快だった。
レジで「スプーンをください」と言ったら、店員から嫌そうな顔をされた。
感じの悪い人と出会ったら、外れのくじを引いたような感覚になります。
すべての人が感じのいい人ならいいですが、残念ながら、そうでない人もいます。
感じの悪い人に出会ったら、すっきりしない気持ちになって、もやもやするでしょう。
あまり感じが悪いと、いらいらして、ストレスを感じます。
不快な気持ちになって、テンションが下がるでしょう。
さて、感じの悪い人に出会ったら、どうするか。
このときの心がけは大切なポイントです。
明らかに悪質ならクレームも検討しますが、わざわざクレームを入れるほどでもないこともあるでしょう。
細かいことまでいちいちクレームを入れていると、モンスタークレーマーになってしまいます。
では、どうするといいか。
反面教師にするのです。
その人は、わざわざ悪い手本を見せてくれることで、どれだけ相手を不快にさせるか体験させてくれました。
体験型の授業です。
しかも授業料は無料です。
人生では、良い見本を見ることも大切ですが、時には悪い見本を見ることも大切です。
悪い見本から学ぶこともたくさんあります。
仕事では、成功例だけでなく失敗例から学ぶことがあるように、人生でも、良い見本だけでなく悪い見本から学ぶこともあります。
反省や戒めの材料になり、自分の成長や向上に役立ちます。
「自分はこんな態度をしないように注意しよう」
きちんと反面教師から学べば、戒めの効果は抜群です。
反面教師にすれば、感じの悪い人と出会えたことも価値が出ます。
すでにできている心がけでも、重要性の再確認になるので、無駄にはなりません。
ポジティブな受け止め方をすれば、不快感が収まるのも早くなります。
ただいらいらして終わりにするのではありません。
感じの悪い人がいれば、反面教師にしましょう。
きちんと成長の糧として生かすこと。
反面教師を通して、自分の振る舞いを見直すきっかけにしようではありませんか。
感じのいい人に出会えたことすら、感謝できるようになります。
美しくなりたいですか。
美しくなるためには、化粧品も大切ですが、もっと大切にしたいことがあります。
誰かを愛する姿勢です。
人が美しくなるのは、愛されるときより、愛するときです。
誰かを愛するためには、好意を表現しなければなりません。
人は好意を表現したとき、美しくなります。
優しく挨拶しましょう。
優しく挨拶する行為が、美しく映ります。
好きな人をつくり、愛しましょう。
誰かに恋すると、心も美しくなります。
友人と仲良くしましょう。
仲良くする行為が、美しい雰囲気を醸し出します。
愛することに理由はいりません。
理由を必要とせず愛するから、美しいのです。
ときどきいらいらしている人を見かけます。
態度が悪かったり、言葉遣いが汚かったりです。
何があったかは知りませんが、何かにいらいらしている態度の人です。
いらいらしている人と接していると、自分までいらいらします。
いらいらしている相手のせいで、不快感が伴い、自分の態度や言葉遣いまで悪くなりがちです。
しかし、ここが大切な場面です。
いらいらして言い返したりやり返したりすると、トラブルの始まりです。
いらいらしている人と出会うたびに気分を害して、面倒なトラブルが起こります。
では、どうするか。
いらいらした人がいれば、こう思いましょう。
「この人も大変なのだろう」と。
きっと日常で何か大変なことがあり、いっぱいいっぱいなのでしょう。
相手を気遣う配慮や思いやる余裕がなくなってしまっている状態です。
不条理な仕事を押し付けられ、四苦八苦しているのかもしれません。
プライベートでトラブルがあり、腹を立てていることもあるでしょう。
人間関係がうまくいかず、自暴自棄になっていることもあるでしょう。
人間ですから、神経質になってしまうことがあるのは仕方ありません。
嫌なことが立て続けにあると、小さなストレスも積み重なり、いらいらも最高潮になります。
あなたも仕事が大変なときは、神経がいら立って、自然と態度や言葉遣いが悪くなるはずです。
あなたがそうであるように、相手もそうです。
相手の状況を察することで、いらいらした態度をされても、冷静に受け止めやすくなります。
相手に釣られて、自分までいらいらしないことです。
「いらいらしたら負け」と思うくらいでちょうどいい。
相手と衝突するのではなく、大きな心の器で相手を包み込みましょう。
「この人も大変なのだろう」と思うことで、あなたの器が大きくなります。
子犬は、なぜかわいいのでしょうか。
子犬は落ち着きがなく、よく吠えます。
突然お漏らしをしたり、飛びかかってきたりします。
とても世話がかかり、大変です。
しかし、そういううるさくてしつこいところが、かわいいのです。
無邪気な様子がありのまま表現され、癒やされます。
無邪気な子犬とは、なだめるように接すると、良い関係が保てます。
あなたが嫌いな人も、子犬のようなものです。
悪口を言っているのではなく、吠えているのです。
嫌がらせをしているのではなく、落ち着きがないだけです。
うるさくてしつこいのではなく、無邪気なのです。
まだ世間知らずの子犬が、わんわん吠えていると考えれば、印象は一変するでしょう。
うるさくてしつこいでしょうが、本気になって対応しないことです。
「今日もまた始まった。静かにしましょう」
なだめるように、接しましょう。
相手の悪口や悪態は、本気で受け止めないことです。
なだめるように接すれば、うまい距離感がつかめます。
人間関係では、ぎくしゃくすることがあります。
誤解や行き違いがあると、関係がしっくりいかなくなり、ストレスを感じるようになります。
お互いに壁ができ、距離感が生まれ、接しにくくなります。
ぎくしゃくした関係は、微妙な関係です。
完全に関係が崩壊している状態ではないものの、関係が良好という状態でもありません。
人間関係では、ぎくしゃくすることがつきものです。
親しい関係であろうと、付き合いの長い関係であろうと、ちょっとしたことでぎくしゃくすることがあるものです。
ぎくしゃくしたとき「ほうっておけばいいだろう」と考える人が多いものです。
ほうっておけば自然と、よくなると思うかもしれません。
ちょっとトラブルがあっても、時間がたてば記憶が薄らぎます。
しかし、放置は良くありません。
ぎくしゃくした関係は、少なからず摩擦が生じている状態です。
摩擦があるからには改善の必要があり、放置するのは良くありません。
ぎくしゃくした関係とは、悪くなりかけている状態です。
いったんぎくしゃくすると、悪い方向に向かいます。
コミュニケーションが減ったり、無視がエスカレートしたりして、どんどん2人の距離が広がります。
気づけば、完全な不仲になっていて、改善の余地がない状態になっています。
あなたの過去を思い出してください。
ぎくしゃくした関係を放置した結果、疎遠になった人が何人かいるでしょう。
そのまま放置にして、自然と改善することもありますが、それは「運が良かった」という話です。
ぎくしゃくし始めたときどうするかが、運命の分かれ道です。
円滑な人間関係で大切なことがあります。
「ぎくしゃくした段階で対処する」ということです。
ぎくしゃくした段階を見逃さないでください。
不仲を改善するなら、ぎくしゃくした段階で対処するのがベターです。
「ちょっとぎくしゃくしているな」と思えば、できる範囲で改善しましょう。
早ければ早いほどいい。
あまり時間を置くと、どんどん接しにくくなり、関係が断絶されていきます。
相手と接しにくいかもしれませんが、こういうときこそ「大人の振る舞い」を心がけることが大切です。
自分に非があれば、謝ります。
誤解があるなら、誤解を解きます。
普段と変わらず、きちんと挨拶をします。
話しかけにくい雰囲気が漂っているなら、何か用事をつくって話しかけてみます。
できるだけ普段どおりの接し方を心がけるのがいいでしょう。
冷却期間を置きたいときもあるでしょう。
興奮がひどくて、ぴりぴりした雰囲気が強いとき、冷却期間が必要になる場合があるのも事実です。
ただし、冷却期間を置くなら必要最小限に抑えてください。
長すぎる冷却期間は毒にしかなりません。
関係が冷め切ってしまってからでは温めるのが大変です。
ある程度時間を置いて興奮が収まれば、すぐ謝ったり誤解を解いたりしましょう。
不謹慎な発言かどうかは、クッション言葉で決まります。
たとえば、急に「もし親が死んだとき」という話をすると「不謹慎だな」と思います。
いきなり言われると、とげがあります。
そこで話をする前に「不謹慎ですが、もし親が死んだとき」と言えば、印象が変わります。
あらかじめ「不謹慎」と言っておけば「これから少し衝撃的な話が来るのだろう」と心の準備ができるのです。
慎みに欠けた話も、柔らかい印象に変わり、聞きやすくなります。
不謹慎な発言を避けるより、不謹慎と思われる印象を避けることです。
発言の前に、配慮の一言を加えるだけでいいのです。
人と接していると、いらいらして怒鳴りたくなるときがあります。
不作法な子どもをしつけで怒鳴ろうとしたり、友人の態度に腹が立って怒鳴ろうとしたりなどです。
そこで怒鳴ったら、怒りがそのまま相手にぶつかります。
相手から嫌われたり、けんかに発展したりすることもあるでしょう。
いらいらして怒鳴ろうとした瞬間が大切です。
本当の自分が試される瞬間です。
怒鳴りたいと思ったら、にっこりするのです。
その瞬間、お互いが成長できます。
怒鳴ろうとした瞬間は、相手の表情や雰囲気から、相手にわかるものです。
怒鳴るであろう瞬間に、にっこりされると「今、怒鳴るのを我慢したな」とわかります。
相手が落ち着いた態度を見せることで、自分の未熟な言動が浮き彫りになります。
自分の配慮が足りなかったことに気づきます。
「悪いことをしたな」と素直になり、反省を促す効果があります。
相手は、1つ成長します。
自分にとっても成長です。
怒鳴るのをぐっとこらえ、逆に笑顔をつくることができました。
これが、気持ちのコントロールです。
気持ちをコントロールできるのが大人です。
自分が初めて上司になったときに困るのが、部下への接し方です。
「生まれて初めて上司になった」ということは「生まれて初めて部下を持った」ということです。
やはり初めての仕事は、どうしていいのかわからず、戸惑うものです。
また、部下が年下とは限りません。
年上の部下がいることもあります。
年上にもかかわらず、部下として対応するのは難しく感じるでしょう。
部下への接し方がわからないとき、アドバイスがあります。
部下を「家族」と思うのです。
会社という家で一緒に生活する、家族です。
もし部下が男性なら、弟と考えます。
もし部下が女性なら、妹と考えます。
年下の部下でも、年齢は意識せず、そういうものだと思い込みます。
もちろん戸籍上は家族ではありませんが、難しく考えず、そう思い込んでください。
おのずから部下への接し方が良くなります。
接するときは、自然と相手の懐に入るような態度が意識できるはずです。
叱るときも、愛情を持って叱ることができるようになるでしょう。
家族と思うことで、これまで以上にチームワークを強く意識できるでしょう。
部下を家族と思うことで、言葉や態度が良くなります。
それは必ず、部下に伝わります。
部下との良好な関係が結べるのです。
友人がいれば、必ず幸せとは限りません。
友人とはいえ、話しかけられる頻度が多いと、勉強や仕事の邪魔になることがあります。
深夜に突然電話がかかって、睡眠を妨げられることもあるでしょう。
あまり友人が多すぎると、1人に割り当てる時間が少なくなるため、友情を深めにくくなるでしょう。
表面だけ良い人を装っていて、友人のふりをしている場合もあります。
では、幸せに友人は不要かというと、そうではありません。
友人がいれば、必ず幸せとは限りませんが、幸せな人には、必ず友人がいます。
幸せに友人は欠かせません。
テーマパークに、1人で行っても面白くありません。
友人と行くから、テーマパークが楽しく感じます。
「テーマパーク」を「人生」と置き換えてください。
人生を、1人で生きても、面白くありません。
人生は、友人と一緒に生きるから、楽しく感じます。
人生では、1人の時間も大切です。
1人の時間も大切ですが、1人の時間しかないのは、恐ろしいことです。
1人の時間は適度にして、友人との仲も深めましょう。
友人との仲が豊かになると、人生も豊かになります。
偉そうにしていると、人から嫌われます。
たとえ地位が高くても、偉そうにしていると、やはり印象が良くありません。
陰で「偉い人なんだろうけど、態度がちょっとね」と言われるに違いありません。
「ちょっとね」の部分で、すべての偉さが台無しです。
地位や権力があっても、印象が悪いため、陰で中傷されます。
今は偉くても、今後は成長が下降するでしょう。
「自分は偉い」と思った瞬間、人の話を聞かなくなります。
人の話を聞かなくなると、視野が狭くなり、どんどん考えが堅くなります。
これが悪化すると、考えの堅い中年の完成です。
偉くなっても、偉そうにしない人が本当に偉いのです。
どんなに偉くなっても、謙虚な姿勢は持ち続けることです。
世の中には、まだまだわからないことがたくさんあります。
自分より能力の高い人も大勢います。
現時点の自分に慢心せず、さらなる向上を目指していれば、人は必ず謙虚になります。
「自分はまだまだ」と思います。
自分の無知を素直に認め、これからも学ぶ姿勢を保ち続けているかぎり、成長は続きます。
横柄にならず、謙虚な姿勢で学び続けていれば、いつまでも成長が続きます。
だから偉くなるのです。
偉くなっても、偉そうにしない人が、本当に偉い人です。
すべての人は、家族です。
現在の戸籍法にのっとった考え方では、まだ狭いです。
「人類」という大きな枠組みで考えましょう。
地球が誕生して、いきなり人類が誕生したわけではありません。
はるか大昔、原始生命体から始まった生命は、その後、環境の変化を乗り越えながら、進化を繰り返してきました。
複雑な経過があったのです。
私たち現代人の前は、新人。
新人の前は、旧人。
旧人の前は、原人。
原人の前は、猿人です。
猿人の前は、哺乳類の猿といわれています。
哺乳類の前は、両生類。
両生類の前は、魚類。
魚類の前は、原始的生物。
原始的生物の前は、多細胞。
多細胞の前は、単細胞です。
私たちの祖先をたどると、この辺りで同じ親にたどり着きます。
人類の壮大な家系図を延々とたどっていくと、同じ親です。
そう考えると、私たちの身の回りにいる人たちはすべて「家族」と考えることができます。
多少の違いはありますが、基本的な体の構造は同じです。
DNAレベルでみると、ほぼ同一です。
長い歴史を感じながら、人と接してみましょう。
国籍や肌の色など、つまらない境界線にとらわれず「すべての人は家族」と思うことです。
この事実に気づけば、人に対する接し方も以前より優しくなるはずです。